『残り100! 未だ勝負は続く、続いている! どちらも一歩も譲らない! はたしてどちらが勝つのか──!』
残り100を過ぎたあたり、静かな私だけの世界に、隣から聞きたくなかった音が鳴り響いた。
宝塚記念の時にも聞こえた、竹が割れた時のような高くて軽いあの音。でも、私たちウマ娘にとっては何よりも重い、破滅を伝える音だ。
隣を走るマンボさんの速度が、一瞬落ちたのを感じた。彼女から感じていた熱が、炎が消えていくのを感じた。
マンボさんの白い翼が、燃えて、溶けて、砕けていく。色を失った私の世界に、その白が散っていく。
けれど、決して脚は緩めない。マンボさんなら、きっと──
『ッ、一瞬失速したかと思われたリボンマンボ、此処で凄まじい加速! だが走り方がおかしい! 何処か痛めてしまったか!? だが、走りはさらに鋭くなった! 残り50、最後の最後、燃えるようなデッドヒートが続いている!』
その瞬間、景色が蒼い炎に包まれた。消えかけた炎が、一瞬強く燃え上がるように。
彼女の瞳に宿っていた炎が、辺り全体に燃え広がるように。ゴールまでの道に、炎の道が出来ていく。
今まで以上の速度を出して、壊れたはずの脚で駆けてくる。その走りに、私は一瞬心を奪われてしまった。
『大接戦でゴール! ここからではどちらが勝ったのか全く分かりませんでした! 結果は写真判定に持ち込まれましっ、ああっ!?』
ゴール板を通り過ぎたそのすぐ後、私の横を走っていたマンボさんの身体がぐらりとこちら側に倒れてくる。
「──ッ!!」
無意識だった。心を奪われた為にマンボさんの姿を注視していたからか、彼女の身体が傾いてくると咄嗟に彼女の身体を支えようとして、けれど無茶な体勢だったのか、それともラストスパートのトップスピードだったからか、支えきれずに一緒にターフに倒れていく。
何とかマンボさんを抱き寄せることは出来たが、左肩から思いっきりターフに叩き付けられ、バウンドして空中で身体が一回転する。
マンボさんの身体にダメージを与えてはいけないとそれだけを考えて、自分の身体がなるべく下になるようにしながら数回バウンドした後、ターフの上を少し滑っていく。転がるとマンボさんの身体に負担がかかってしまうかもしれないので、意図的に背中で滑った。アスファルトの上だったら背中がズタボロになっていたかもしれない。今日は体操服だから露出した手足にちょっと擦り傷が出来るかもしれないが、まあ許容範囲だろう。
『倒れたリボンマンボにブラックプロテウスが巻き込まれるような形になってしまった! これは心配です、無事でしょうか?』
『巻き込まれるというより、ブラックプロテウスが咄嗟に庇ったような感じに見えましたね。ですが危険な倒れ方なことに変わりありません。おっと、ラチにぶつかって止まりましたね』
ラチにぶつかり、支柱を一本へし折ってようやく止まった。ちょっと身体が痛い。山で滑落した時よりはマシだけど、ここ最近では阪神レース場での事故の時の次くらいに痛かったかもしれない。
だけど多分、私じゃなかったらかなり危険な転倒の仕方だった。間違いなく肩を脱臼か、骨折するような転倒の仕方だ。
でも、マンボさんは頭から行っていたし、庇わなかったら私は間違いなく後悔しただろうから、まあ良しとしよう。
「マンボさん! 大丈夫ですか、マンボさん!」
ターフに寝転がったまま、私の上で私に抱きしめられているマンボさんに声を掛ける。揺すりはしない。何処を怪我してるかわからないから、なるべく揺らさない方がいいだろう。多分足の骨折だとは思うのだが……
何度か声を掛けても、マンボさんから声が返ってくることはない。息はしているが、意識を失っているようだ。何かしらの処置をした方が良いのだろうが、下手に動かせない。
とりあえずそのままの体勢で、救急隊の到着を待とう。一先ず命は無事だということを知らせるために軽く手を振っておく。
『ブラックプロテウスが手を振っています、とりあえずは無事のようですが、何処かしら痛めていないか心配です。おっと、今写真判定の結果が出ました。一着、リボンマンボ! 二着ハナ差でブラックプロテウス、その差何とわずか3センチ! 一念、鋼鉄をも通ず! 追跡者の執念がほんの僅か王者を上回った! 鋼鉄の牙城に遂に傷をつけるものが現れました!』
『そうですね……故障しながらも決して脚を緩めなかったその執念、その根性。故障後に走ったことは曲がりなりにもレースに携わる者としては喜ぶことは出来ませんが、それだけ勝ちたかったということでしょう。その想いが結果に表れたということですね』
結果がアナウンスされる。負けてしまったか。でも、今はそれどころじゃない。今は一秒でも早く、マンボさんに手当てをしてもらわなければ。
「マンボー!! 大丈夫、マンボ!?」
救急隊を待っていると、観客席の方からスーツの女性が飛び出してきた。というか、軽く観客席の柵と外ラチを飛び越えて来たようだ。ウマ娘じゃない、ヒトの女性だ。凄い身体能力……というか、あれはマンボさんのトレーナーさんでは?
うちのトレーナーさんも後を追っているようだが、あっという間に引き離して私たちの下に辿り着いた。あまり息が切れていない。このヒト実はウマ娘なのでは? つい頭と腰のあたりを見てしまうが、間違いなくヒトのようだ。
「マンボ!! マンボの状態は?」
「息はしてますけど、それ以外は私にはわかりません。なるべく衝撃が掛からないようにはしましたけれど、それもどれだけ彼女の助けになったかはわかりません」
「ううん、ありがとう。貴女のおかげで大分軽減されたと思うわ。って、貴女は大丈夫なの? 随分激しい転び方してたけど……一度マンボを降ろした方がいい?」
そう言って私の上からマンボさんを退かそうとする。余り動かさない方がいいと思うのだが……
「今マンボさんを動かさない方がいいと思うので、救急隊が来るまでこのままの方が良いと思います。私は擦り傷程度ですから。救急隊の方たちももうすぐそこまで来ていますし」
「あれで擦り傷程度って、嘘でしょ……? まあ、そこまで言うならお願いするわね。ちょっとだけ救急隊の方たちと話してくるわ」
マンボさんのトレーナーさんが苦笑いしながら離れていき、到着した救急隊の方たちと話しに行く。そうしているうちにストレッチャーが二台こちらに運ばれてきた。一台はマンボさん用だと思うが、もう一台は……?
「お待たせしました。リボンマンボさん、ブラックプロテウスさん。搬送するのでストレッチャーに乗せますね」
「あ、いえ。私は軽傷なのでストレッチャーは大丈夫「ダメです」アッハイ」
ストレッチャーを断ろうとしたら真顔で完全に封殺されてしまった。大人しくストレッチャーに乗せられたあたりでようやくトレーナーさんが辿り着いた。彼の足が遅いわけではなく、マンボさんのトレーナーさんが速すぎるだけなのだが。
「テウス、無事か? 空中で一回転してたが……」
「ちょっと擦りむいたくらいですよ?」
「嘘だろ……まあ、それでも病院には行ってもらうぞ?」
流石にもう抵抗はしない。あまり抵抗すると後でたづなさんにお説教されてしまう。ウイニングライブ、どうするんだろう。一着と二着が揃って病院送りでは流石に見送りだろうか……
そんなたわいないことを考えながら、病院へドナドナされていくのだった。
金鯱賞が終わった翌日の放課後、私は少しだけ憂鬱な気分だった。天気も私の憂鬱さがうつったかのように崩れて小雨が降っている。
何故かと言えば、今私はトレーナーさんとインタビューを受けている最中だからだ。
まあ、これは仕方ない。後で映像を見たが物凄い転び方をしていた。多分私以外だったら酷いことになっていただろう。
各方面の方々に心配をかけてしまったし、このインタビューは甘んじて受け入れた。
「月刊トゥインクルの乙名史です。まずは先のレースでの転倒の影響、つまりケガなどしていないかについてお聞かせください」
簡単な挨拶と無事であることを報告をした後質問タイムに入り、質問のトップバッターは最前列の真正面に居た乙名史さんだった。
彼女自身私が無事なことは知っている筈だ。何せ私と彼女は既にLANEでやりとりしており、病院で貰った検査結果を撮った映像も持っているし。
カラオケ行ったときにライトハローさんやお姉さんとも既に交換していて、グループチャットで結構頻繁にやり取りしたりしてるし。彼女たちに心配を掛けていただろうから、両親の次に報告した。
トレーナーさんはどうなのかって? あの人は病院に居て私の隣で検査結果を聞いていたから、お医者さんを除いて一番最初に検査結果を知った人だと思う。
「はい。私に関しては多少の擦り傷程度でほぼ無傷でした。病院に着いた頃には既に痛みもなかったくらいですね」
用意されていたマイクを持って質問に答える。今インタビューを受けてる講堂は中くらいの広さで、多分マイクがなくても声は届きそうだが、たづなさんが用意してくれたので使わせてもらうことにした。
余りの良好具合にお医者さんが変な顔をしながら検査を3回やり直したほど良好な結果だった。というかほぼ治り掛けていたくらいだ。
怪我をするたびに治癒力が上がって行くような気がする。実験する気にはなれないけど、その内トレーナーさんか両親には打ち明けようかな、位には考え始めている。
何か言われても三女神様のご加護ということにしておけばいいだろう。ウマ娘の身体は不思議で一杯だし、今までの経験上多分それでどうにかなると思う。
「そうですか、それは何よりです。その……リボンマンボさんについては何か御存じでしょうか」
「私の口からは何とも。詳しい内容はおそらく後日トレセン学園から何かしらのプレスリリースがあると思いますので、それをお待ちいただければと思います」
マンボさんはというと、足の骨が折れていたらしい。ヒビ程度だったというから、すぐの転倒には至らなかったようだ。あまり詳しく症状は聞けなかったが、少し時間は掛かれど問題無く復帰出来るらしい。
一応私が知っているのはこれくらい。詳しい内容はほとんど知らないから明言は避けておくことにした。後でトレセン学園が何らかの発表をするだろう。私が病院に運び込まれるたび、どんなに軽傷だろうと毎回発表があるくらいだし。
「わかりました、ありがとうございます。次の質問ですが──」
こんな感じで、インタビュー自体は結構すんなり進んでいた。まあ、今回集まってもらった目的は主に怪我の状況においての報告だし、語るべきことは多くない。
精密検査の内容については理事長に渡してあるし、その内掲載されるだろう。
普通そんな掲載しないものなのだが、何故か私のデータは毎回開示されている。身体機能とかが主な内容だ。
一般的なウマ娘より心肺機能が結構強いらしいが、正直そこら辺のデータの見方は全く分からないので、まあ別に体重とかが公開されないならいいかなと思っている。
「トラヴァスポーツの草水です。今回の金鯱賞の敗因は何だと思いますか?」
そんな平和な質問タイムが終わりを告げたのは、今日初めて見た記者さんが質問を投げかけてきたときだった。
隣に居るトレーナーさんが眉を顰めている。予想出来ていた質問だとは思うが、ストレートに聞いてくる記者さんが居るとはあまり思わなかった。
トレーナーさんが割って入ろうとしてくれるが、袖を引いて止める。私への質問だ。私が答えるべきだろう。
「敗因ですか。敗者に敗因を聞くより勝者に勝因を聞くべきだと思いますが……まあ、いいです。敗因があるとすると、私、ブラックプロテウスよりもリボンマンボの方が強かった。強いものが勝つのではなく、勝ったものが強い、それに尽きると思います」
「最近調子悪かったですよね? 疲れもあったのでは?」
「私は金鯱賞の時、確かに少し不調だったと思います。ですがそれは疲れとかそういうものではなく、私が余計な事を考えて走っていたからです。体調自体は万全でしたよ」
単刀直入に答えているのだが、彼の望んでいる答えではないのか少しムッとした表情で質問を続けてくる。私、彼に何かしただろうか? こんな不機嫌そうに質問される覚えはないのだが……
「ですが実際貴女が持っているレコードタイムとはかけ離れた勝ち時計でした。貴女の2000mのタイムなら余裕で勝てた相手では?」
「余裕で勝てるレースなんてありませんよ。たとえどんなレースでも、それがウマ娘同士が争うレースなら」
これ以上質問をされても答えは同じなので、彼の返答を待たずに言葉を続ける。
「私は確かに無敗で三冠を得て、秋の三冠も獲りました。でも、それはきちんとトレーニングを積んだうえで、運を掴めたから。スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ、そして、運。前の5つで勝っていても後ろの1つを掴めないと勝ちあがれない。それどころか走ることすらできないかもしれない。それがウマ娘のレースです。実際、シンボリルドルフは3回、かのセクレタリアトだって5回負けてます。それがレースの世界です」
「負けたことを正当化するつもりはありませんが、勝ち負けするからこそレースです。まあ、今までの私のレースがそうじゃなかったからこそ、『ブラックプロテウスの出るレースは退屈だ』だなんて言われたのかもしれませんが。トラヴァスポーツさんもそのような記事昨年出されていましたよね? メジロマックイーンさんの時も同じような記事を出されていましたが」
あまり自分に関しての記事は見ないようにしているが、多少の情報はそれも入ってくる。特に攻撃的なものは耳に入って来やすいものだ。
トラヴァスポーツさんは私に対して結構キツイ記事を書く。有名どころだと月刊ターフさんあたりもキツイ記事を書いてくるが、月刊ターフさんは私のトレーニングやレース間隔が厳しすぎるというトレーナーさんに対して攻撃的なタイプで、トラヴァスポーツさんは私に対して攻撃的なタイプだ。
「いや、それは言葉の綾であって……」
「金鯱賞はどうでしたか? 楽しかったですよね? 最終的にとても喜べるような状況ではなかったけれど、レース自体は盛り上がったでしょう。それは、私も彼女も全力を尽くしたから。そうでしょう? 私も彼女の故障さえなければ、とても、とても楽しいレースでした」
本心だ。結果がどうであろうと、あのレースはとても楽しかった。やっぱり私はこうやって走って、楽しめればそれでいい。根っこのところは何も変わってないと思い知った。
「私は決して無敵のウマ娘なんかじゃないんです。貴方方はそのあたり勘違いされていらっしゃるのでは? およそ2年前のメイクデビュー、私は6番人気でした。この中で一人でも、レース前に私に声を掛けてくれた方は、この場にいらっしゃいましたか?」
講堂の中を見渡す。当然誰も手を上げたりはしない。乙名史さんは多分私の名前くらいは知ってたと思うが、特例で行われた4月のメイクデビュー、普通にGⅠシーズンだ。多分その時期であれば他のウマ娘の情報で手一杯だっただろう。私のトレーニング映像は当時公開されていなかったし。
「私は所詮、その程度のウマ娘でした。勝ったら勝ったらで、ドーピングの疑惑をかけられてしまうような、そんな何処にでもいるただ一人の、走ることが大好きなだけのウマ娘です。それが、色々な人と走っていくうちに、色々なものを貰って、強くなっていったのが私です。そんな私に、負けて得るものは在れど、失うようなものなんて何もありません」
「そ、れは……負けてよかったと?」
彼がぼそりと呟いた言葉に、頭に血が上っていくのを感じる。
どうしてそうなるのか。誰がそんなことを言ったのか。負けて良かったと思って走るウマ娘なんていない。居るわけがない。
それはレースを走るウマ娘にとって最大の侮辱だと思う。中央だろうが地方だろうが何処だろうが関係なく、それは最大のタブーだ。公式だろうが非公式だろうが、それをしてしまえば二度と走ることは許されないくらいに。
握りしめていたマイクがメキッと音を立てて真っ二つになった。とてもじゃないが冷静ではいられない。
「おかしなことを──!!」
怒りに任せて言葉をぶつけようとしたとき、講堂の扉が大きな音を立てて開いた。全員の視線がそちらに集中する。
「あんたら、主役を差し置いて何してるわけ? 聞く相手が違うでしょ?」
開いた扉の向こうには、松葉杖をついたマンボさんが居た、左脚を覆うギプスが少し痛々しいが、彼女の表情はいたって普通、どころか少し機嫌が良さそうだ。
「よいしょっと……ふう、テウス。ちょっと肩かしてね」
「え、あ、はい。どうぞ」
ゆっくりとこちらに歩いてくると私の隣に立つ。会場の隅に居たたづなさんが慌ててパイプ椅子を用意している。用意している間肩を貸す。私よりマンボさんの方がちょっとだけ大きい。ちょっと悔しい。私の身長は入学時から1mmたりとも伸びていないのだ。決して低くはないと思うけれど、もう少し背が欲しい。
「あ、ありがとうございます、たづなさん。はい、というわけで金鯱賞の話なら私抜きでするのは筋違いよね? 質問があるならどうぞ」
マンボさんはたづなさんが持ってきてくれたパイプ椅子に腰かけて質問に答える態勢になった。私からマイクを取ろうとして少し驚いた顔をした後、トレーナーさんからマイクを貰っていた。
「それでは、私から。月刊トゥインクルの乙名史です。まずは金鯱賞でのご勝利おめでとうございます。お怪我の状況や、今後の予定などについてお聞かせください」
「中足骨と脛骨の骨折、だったかしら? ごめんなさい、レントゲン写真を見せてもらったからどこが折れてるのかはわかるんだけど、詳しい病名が長ったらしくて覚えられなかったわ。今指で指してもギプスで隠れてわかんないだろうし、詳しい資料は後で出すと思う。多分数か月すれば問題無く走れるようになるわ。調整含め今年のマイルCSくらいまでには間に合わせたいわね」
気持ちはわかる。乙名史さんも苦笑いだ。病名って本当に長ったらしくて覚えられない。ただの風邪でも扁桃炎とか咽頭炎とか細かく分かれているらしいし。
「そうですか、わかりました。結構激しい転び方をされていた割には怪我の程度は軽い方だと思います。お大事になさってください」
「ありがとうございます。あの時テウスが庇ってくれてなかったら多分もっとひどいことになっていたと思うわ。ありがと、テウス」
「あ、いえ。特に庇ったつもりはなかったんですけど」
「え?」
ぽかんとした顔でマンボさんが私を見ている。記者さんたちもちょっと不思議そうな顔をしている。
「あの時は目の前で倒れ込んできてたので、つい受け止めようとしてしまって。特に何も考えてなかったんですよね」
「何それ労災案件? まあいいわ、助けられたのは事実だもの。じゃ、次の人」
くすくす笑いながら質問に答えている。やっぱり少しご機嫌のようだ。
その後何人かの質問を捌き、最後に「金鯱賞を終えたご感想をお聞かせください」との質問が飛んできたとき、マンボさんはそれはもう嬉しそうな顔をしていた。
「そりゃもう最高の気分よ。メイクデビューからずっと追いかけてきた背中に届いたんだから」
「結果として故障をしてしまったわけですが……」
ちなみに質問者は月刊ターフさんの記者だ。トラヴァスポーツさんの記者は黙り込んでしまっている。
「それが何? 此処にいる私の最大のライバルに勝つために、私が持ちうる全てを賭けた。だから勝てた。ここぞという時だから、私はオールインしたのよ。貴方たちにはわからないかもしれないけどね?」
少し耳を絞って、マンボさんは続ける。
「そうじゃなきゃ、誰かさんが『負けてよかった』なんて発言をしたとき諫めたはずよ。貴方たちは自分が書いた記事に、今後すべての人生を賭けることが出来るかしら。懸命にの『懸ける』じゃなくて、外れたら何も戻ってこない、文字通りのオールインが貴方たちに出来るの?」
それが出来る人はごく一握りだろう。ここには私たちトレセン関係者を除けば、瞳をキラッキラさせて今にも叫び出しそうな乙名史さんくらいしか居ないと思う。
「出来ない奴が無責任にあのレースを穢すな。負けてもいいと思って走るウマ娘なんてこの世に居るものか。もしそんな記事が書きたいって言うなら、人生全てを賭けて。そうしたら私は何も言わない。その覚悟を尊重するわ」
それにしても、聞かれていたのか。何処から聞いていたかはわからないけれど、ウマ娘の聴力的に全部聞こえててもおかしくない。此処は防音性能はそれほど高くない。勿論、講堂なのだから決して低くはない。ウマ娘にとっては高くないということだ。
「以上、会見終わり! さっき言ったように、覚悟があるならどんな記事でも書くと良いわ。それがあなたたちの仕事だもの。テウス、帰るから手伝って」
「えっ、あ、はい。わかりました。皆さん今日はありがとうございました」
一礼した後マンボさんを支えつつ講堂を出ていく。トレーナーさんはまだ残っているので多分軽く締めてくれるだろう。
外はまだ雨は降っていた。多分今日は降り止まないだろう。一応傘を持ってきてあるので二人で相合傘しながら寮の方向に歩く。
「マンボー!!? 何処に行ったのー!!?」
講堂を出てしばらくすると遠くから焦ったような声が聞こえてくる。マンボさんのトレーナーさんの声だ。
「……マンボさん、ここまでどうやって来たんですか?」
「トレーナーが理事長室行ってる間に様子だけ見ようと思って抜け出してきちゃった」
てへっとあざとく笑っているけど結構大問題だと思う。大怪我した担当が目を離したすきに姿を消していたらトラウマものなのでは?
助けに来てくれたことは嬉しいけれど、流石にやりすぎだ。というか、この娘こんな破天荒な娘だっただろうか? もうちょっと真面目な娘だった気がするのだが……
「一緒に謝りますからマンボさんのトレーナーさんのところに戻りましょうね?」
「はーい。うちのトレーナーはちょっと過保護だから困るわよね」
困ると言いながら耳は嬉しそうにピコピコしているし、尻尾も揺れていたのだった。