漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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前書きネタはもう尽きました

レースの設定などは完全独自設定です。色々ガバいですが許してください、何でもはしません!


第六話 メイクデビュー

 

 日付が経つのは早いもので、明日は私のメイクデビュー戦である。本来、メイクデビュー戦は6月から翌年2月までしかないのだが、今年度は試験的に全期通してメイクデビュー戦が行われる。ただし、回数は少なめであるが。

 

 ウマ娘は暑いのが苦手である。そのため少し暑くなる6月より涼しめな4月5月の方が調子が出るという娘も多いので、案外競争率は高い。

 

 

 

「ふう……テウスちゃん。大分速くなってきたわね。良い仕上がりよ」

 

「ありがとうございました、スズカ先輩!」

 今日のスズカ先輩との併走、7本目が終了した。

 

 スズカ先輩にフォームを直してもらったり、実際走るところを見てフォームを盗ませてもらったりして、ターフでの走りも大分マシになった。

 トレーナーさんには後で聞いたのだが、どうやら私の走りは能力に物を言わせているだけで技術も何も無い状態だったらしい。元々山道しか走ってこなかった弊害か、ターフでの走り方が滅茶苦茶だったそうだ。

 

 脚質的に似通ったスズカ先輩に教わることで問題なく走れるだろうと目論んでいたそうで、結果その目論見は大当たりだったことになる。

 

 調整した結果、私のフォームはスズカ先輩よりほんの少し前傾姿勢になって走るフォームで、大跳びでもピッチでもない通常走法、それで脚の回転を出来るだけ速くするような感じになった。まあ、大体スズカ先輩と一緒である。

 

 それでもスズカ先輩の全力には追いつけないが、8割程度なら割といい勝負が出来るようになった。今は無理でもいつか必ず先頭の景色を譲ってもらおうと思っている。

 

「よーし、スズカ、テウス。いいタイムだ。これならメイクデビューも勝てるだろう。だけど、油断するなよ? ほら、後5分休憩したらもう一本行ってこい! 今日はそれで終わりだ!」

 トレーナーさんがストップウォッチを見ながらいい笑顔を向けてくる。併走中ずっとタイムを計ってくれて、ところどころアドバイスや檄を入れてくれたりする。

 

「トレーナーさん。私はもう走れますよ。テウスちゃんも行けるわよね?」

 

「はい、大丈夫です。それに後一本だけじゃ足りません。後三本はお願いします」

 

「いや、ダメだって。明日もあるし、何よりコースの使用時間が足りないから。今日のところは勘弁してくれ」

 トレーナーさんが渋るのに二人で不満を表明する。スズカ先輩も私もまだまだ全然走り足りないのに……

 でも、トレーナーさんにこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかないのでわがままは言わないでおこう。今まで結構我が儘を聞いてもらったし……走ったり、走ったり、走ったりとか……

 

「じゃあ、最後だしテウスちゃん。全力で行くわね?」

 

「はい! 負けませんよ!」

 

「ふふ、まだまだ先頭は譲れないわ」

最後の一本の併走を始める。最初の頃より引き離されなくなったし、今度こそは行ける! ……と、思う!

 

「まったく…この二人は目が離せないな……放っておくとどれだけ走ってるかわからん……」

 トレーナーさんが私たちを見て呟いている。ウマ娘は耳がいいんですから、独り言だって聞こえちゃうんですからね!

 

 まあ、迷惑を掛けているのはわかっているのだ。この間理事長秘書の駿川さんに呼び出しを受けていたのは知っている。トレーナーさんは何でもないように振舞っていたが、どういう話かは知っている。実は私も呼び出しを受けていたのだ。

 

 どうやら私の早朝トレーニングを見ていたウマ娘たちから私のトレーニングがスパルタ過ぎるのではないかと相談があったらしく、私は理事長に事情を聴かれた。

 

 無理強いされているのではないかとか、無理はしていないかとか。全て一蹴して、両親や祖父母とも電話で話してもらって理事長には納得してもらった。

 

 トレーニングを自重しようとは思うのだが、身体がトレーニングを求めるのでどうしようもない。なのでそこはもう諦めてもらって、その分我が儘は控えようと思っている。

 

 

 なお、最後の併走は15バ身程引き離されて終わった。スズカ先輩速すぎ……

 

 

 

 

 

 『ここ東京レース場。次は第10レース。メイクデビュー戦、芝2000です。曇り模様ですが、何とか持ちこたえバ場状態は良の発表となりました。 今年度より新設された4月のメイクデビュー戦ですが、今回は9名のウマ娘が走ります』

 

『1枠1番リボンマンボ。リボン一門が送り出す新進気鋭のウマ娘です。今回の一番人気となりました。2枠2番は――』

 

 パドックでのお披露目を終え、本バ場入場。1枠1番のウマ娘から順に入っていく。私は8枠9番、つまり大外である。ちなみに人気は六番人気だ。仕上がりはいいのだが、私だけ中等部のウマ娘であるのが不安要素として見られているようだ。ちなみに私のトレーニング風景は理事長判断で非公開となっている。

 

 でも、別にいい。一番人気だとかそういうのは私には関係ない。私はただ、楽しく全力でコースを駆け抜けたいだけだ。結果は後から付いてくるものだから。

 

 ファンファーレが鳴り、ゲート入りが始まる。私は奇数枠ではあるが、大外のため一番最後のゲート入りとなる。

 

『最後に8枠9番、ブラックプロテウスが入ります。チームスピカ所属。中等部入りたてのウマ娘ですが、早くもデビューとなりました』

『選抜レースの映像を見ましたが、素質は十分に見えますね。成長しきっていないようにも見えますが、果たしてどうなるか楽しみです』

 実況の女性の声と、解説の男性の声が聞こえる。でも、ゲートに入ってからは聞こえなくなった。

 

 一度肩に力をぐっと入れて、その後力を抜く。そしてしっかりと前を見据える。

 

 

『さあ、メイクデビュー戦。今スタートしました! 各ウマ娘、出揃って綺麗なスタートになりました』

 特に出遅れもなく、スタートを切る。今日のスタートは可もなく不可もなし、といったところだ。

 

『おっと大外ブラックプロテウス! するすると上がっていきます! これは大逃げ! 大逃げだブラックプロテウス! 開幕から飛ばしていきます!』

『選抜レースでも逃げ戦法を取ったウマ娘ですからね。最後まで逃げ切れるのか、楽しみです』 

 スタートを切った後、一気に加速しつつ少し周りの様子を窺う。後続とは結構離れた。進路妨害を取られないくらい離れたのを確認すると、ゆっくりと内側を確保していく。

 デビュー戦を斜行で失格、というのは流石に避けたいので、慎重に内に入っていく。

 

『ブラックプロテウス、開幕から差を広げ、悠々と内側に付けました。後続とは7、8バ身は離れて、そこから更に引き離していきます。これは大逃げを超えた爆逃げです!』

『まるでツインターボの逃げを彷彿とさせますね。逆噴射とならないと良いのですが』

 

 内を確保し、加速体勢に入る。最初は下り坂なこともあって、カーブに差し掛かっても構わず加速を続け、直線に出て一気にトップスピードに入る。

 脚がするすると進む。今までの速さは歩いていたものなのかと思うくらい、スピードに乗れるのがわかる。

 第三コーナーの手前にある1.5mの坂もスピードを保ったまま一気に駆け上っていく。下り坂も上り坂も、私は得意中の得意なのだ。

 

『1000mを今通過した! 通過タイムは……57.9!? 57.9です! これはシニア級の1400mの1000m通過平均タイムとほぼ同じだ! 2000mだぞ大丈夫かブラックプロテウス!?』

『これは……フォームといい、まるでサイレンススズカの走りを思い出します。同じチームですし、もしかするとサイレンススズカから何か指導を受けたりもしたのかもしれません。スタミナが持つなら面白くなりますよ』

 

 第三コーナーに差し掛かり、第四コーナーへ向かう。途中から若干の上り勾配となっているが。私にとっては平坦な道も同然である。大体1ハロン11.1秒くらいをキープして走る。

 スズカ先輩の金鯱賞が11.2から11.4あたりの逃げで、終盤多少失速したものの平均すれば大体11.7とかだったはずだ。それに対する対抗心というのもある。

 なお、今のスズカ先輩にこんなペースで走っていたらあっという間にぶっちぎられることになる。最近のスズカ先輩は1ハロン10.5秒とか平気で出してくるからだ。もちろん2000mでの話である。上がり3ハロン31秒とか流石に追いつけない。

 

『大欅を……越え、第四コーナー! 後ろには誰もいない! 後ろには誰もいないぞ!』

『これは途轍もない強さです。メイクデビューとはまるで思えません。超大型の新星が現れましたね』

 

 第四コーナーを越えると高低差2mの上りに入る。流石に物理法則を無視できるほどの脚力はないので、多少スピードは落ちたが、勢いで乗り切る。

 

 最終直線に入っても周りには誰もいない。先頭の景色を独り占めにして、ゴール板を駆け抜けた。

 

『今一着でっ、ゴールイン! 大差、大差、大差です! 後続に圧倒的な差をつけてゴール! 勝ち時計は1:57.1! ……1:57.1!? 信じられません! レコード! レコードです! 芝2000m、スペシャルウィークが持っていた天皇賞秋、東京レース場芝2000のコースレコードタイム、1:58.0をコンマ9秒更新した! もちろんジュニア級芝2000のレコードも更新!』

『二着はリボンマンボ、時計は2:04.2、約7秒遅れてのゴールです。三着にはサンセットグルームが入りました』

 

 そのままのスピードで200mほど走った後、ゆっくり減速する。全員ゴールした後に向こう正面あたりで引き返し、観客席に小さく手を振ると、大きな歓声が返ってきた。

 メインレースの前でまばらだったはずの観客席には結構人が戻ってきていて、皆が割れんばかりの拍手をしてくれる。

 全員がゴールしレースが終了すると、ウィナーズサークルへ誘導される。勝ったウマ娘はここでファンにパフォーマンスを行うのだ。スズカ先輩のように自分の世界に入ってファンサービスを行わないウマ娘も一定数存在するが……

 

 ウィナーズサークルに立って、観客席を見上げる。観客の皆が拍手をして、凄いぞ、よくやったぞと褒めてくれる。

 これは……癖になってしまいそうだ。勝利の祝福が、こんなにも嬉しいものだなんて知らなかった。

 感謝の気持ちを込めて、観客席に最敬礼をする。45度を通り越して60度くらい腰を曲げてしまっているが、今更修正する気にはなれない。

 

 

 

「よくやったな、テウス。まさかこんなレコードで決着を見るとは……」

 

「お疲れ様。テウスちゃん。一着おめでとう。でも、最後の直線でちょっと遅くなっていたわ。最後の最後まで油断しちゃだめよ?」

 ウィナーズサークルにトレーナーさんとスズカ先輩が迎えに来てくれた。トレーナーさんは素直にほめてくれて、スズカ先輩にはちょっとダメ出しされた。厳しい先輩である。

 

「えへへ……二人とも、ありがとうございます。その……周りに誰もいないのは初めてで、少し混乱しちゃって」

 今までここまで独走したことはなかった。選抜レースは3バ身、入試時のレースも4バ身程度だった。正直途中から後ろを気にしていなかったので、ちょっとびっくりしたのだ。

 

「ふふ、これは私もうかうかしてられないわね。トレーナーさん、出れるなら次のヴィクトリアマイルか、安田記念、それか宝塚記念に出たいです」

 スズカ先輩がキラキラした目でトレーナーさんを見上げる。スズカ先輩の闘争本能を刺激することが出来たようだ。

 

「わかったわかった。出走登録はしておくから。スズカの成績ならどんなレースでも問題なく出れるだろう。それより、今はまずテウスのウイニングライブの準備をしないとな!」

 

「ウイニングライブ……頑張りますっ! テイオー先輩にみっちりしごかれましたから!」

 今すぐにでもレースに出たいと言わんばかりのスズカ先輩を宥めて、三人で控室に帰っていく。

 

 こうして私は初戦は和やかに、しかし衝撃的なデビューを果たすのだった。

 

 

 

 

 なお、ウイニングライブは特筆すべき点もなく、無難に終えた。

 




ブラックプロテウス
サイレンススズカにみっちり逃げ方を教わった結果走りのコツを掴み、とんでもない能力を発揮した。
先頭民族

サイレンススズカ
アメリカ遠征でさらに覚醒。中距離で上がり3ハロン31秒とか言うとんでもない速度を身に着けて帰ってきた。
先頭民族

リボンマンボちゃん
通常のメイクデビュー戦なら1位を取れるタイムなのに大差負けした被害者。
なお、テウスがレコードタイムで勝ったためタイムオーバーは免れた模様
先頭民族ではない


参考:2歳2000mレコード 1:58.9(グランデマーレ 2019年11月30日 中山競馬場)
中央競馬2000mレコード 1:56.1(トーセンジョーダン 2011年10月30日 東京競馬場) 

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