インタビューが終わった翌日、いつもの時間にトレーナー室へ着いた。結局やるべきこと、やりたいことは何も変わらない。今日は特にノルマとは設けず、好きなだけ走らせてもらう予定だ。
「……あれ?」
その予定だったのだが、いつもと少し様子が違う。部室の電気が点いていない。いつもは私が来る前にトレーナーさんがいるのだが、今日は寝坊でもしたんだろうか?
まあ、いつも朝五時に付き合ってもらう必要もない。トレーニング前後に報告しろと言われているけれど、最悪事後報告でも問題ないだろう。
せっかくなのでトレーナーさんがいない間に掃除を済ませてしまおう。年末、皆が帰省する前に大掃除をしてその後もほぼ毎日清掃しているけれど、昨日はいろいろあって掃除が出来ていない。せっかくだから朝に掃除して今日一日気持ちよくトレーニングできるようにしておこう。
エアグルーヴ先輩から貰った掃除用具を用具入れとして使っているロッカーから取り出して掃除を始める。
最初は何となく始めた部室の掃除だが、日課になるとしてないと気になってしまう。
今では掃除中鼻歌を歌うくらいには掃除好きになってしまった。レパートリーは主にウイニングライブで歌った曲。今日の鼻歌は『winning the soul』だ。何だかんだ言って今までのライブで一番強く印象に残っている曲なので好きな曲の一つだ。カラオケに行った時も歌ったし。
もう二度と、ウイニングライブの舞台では歌えないというのは少し寂しいが、それがクラシックという舞台だ。一年間センターを独り占めしただけでも贅沢だと思っていよう。
それにしても遅い。掃除し始めて30分くらい経ったが、トレーナーさんが来る気配がない。足音も聞こえないから近くまで来ているということもなさそうだ。ちょっと心配。電話してみようかな? まだ寝てるだけならいいんだけど……
電話を掛けてみたらコール音が数回したのち、トレーナーさんが応答してくれた。寝坊……なのかな?
「おはようございます、トレーナーさん。朝早くすみません。もうトレーニングを始めてもいいですか?」
『おう……大丈夫だ。悪いな、少し寝坊した。すぐ向かうから……』
トレーナーさんから返事が返ってきたが、声はガラガラだし覇気がない。とてつもなく体調不良の気配がする。流石に電話の不調というわけではないだろう。
「トレーナーさん、体調が優れないみたいですけど……休んだほうがいいですよ? 理事長とたづなさんにはこちらから連絡しておきますから、今日は休んでください」
『そうはいってもこれから春の王道路線だ。今が一番大事な時期だからな……』
「それで悪化させたら元も子もないですよ。それにほかの子にうつったら大変です。私は風邪ひいても一晩寝れば治りますけど、先輩方はそうとは限らないんですよ」
こう言っておけばトレーナーさんは反論できないだろう。何だかんだ言ってウマ娘のことを第一に考える人だから。
『……そうだな、その通りだ。悪い。ゆっくり休むことにする。理事長とたづなさんには自分で連絡するから、自主トレを始めておいてくれ。代わりに見てくれる人もこっちで探しておく』
「本当は仕事せずに休んでほしいんですけど……わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
その後軽く二言くらい話してから電話を切る。風邪かあ。季節の変わり目だしそういうこともあるか。私も気を付けないと。風邪ひいたり熱が出たりすると出走できなくなる。
とりあえず走ってくるかと思い、掃除を切り上げてコースに出て走り始める、この時間から走っているウマ娘は非常に少ない。たまにスズカさんが私より先に居るくらいだ。朝走るのは気持ちいいのに。なんで皆走らないんだろう? スズカさんも不思議がっていた。
あとはあまり言いたくはないのだが、後が無いようなウマ娘が時折居るくらいだ。この時期ではまだ少ないが、8月あたりは多い。見つけるたびにトレーナーさんとたづなさんに連絡している。私からの言葉はきっと逆効果になるから。
『気持ちはわかる』なんて口が裂けても言えないわけだし。未勝利だった時期のない私が言っても逆撫でするだけだ。勝ちたいという気持ちはわかるが、ここで勝てなければ後が無いという気持ちはわからないし。
これを言ったらかなり敵を増やすだろうから口には出さないが、走るだけならトゥインクルシリーズに拘る必要はないと思う。フリースタイルに行ったっていいし、実業団か企業に所属して陸上競技に関わってもいい。トゥインクルシリーズと比べれば注目度も下がるが、走ること自体は出来るわけだから。事実、引退後私はそうするつもりだ。
まあ、いつ引退になるのかは全くわからない。というか、未だに身体のサイズが少しずつだが成長している。いつ本格化が終わるかは全くわからないけれど、本格化が終わってピークアウトの時期になっても私の場合能力が下がらない可能性がある。
ウマ娘の本格化は急激に身体が成長する影響で、ピークを過ぎると揺り戻しが起きて記録が急激に落ちる。
けれど、私が望んだのは『絶対に故障しない身体』。それを思い浮かべたときに私は『怪我などをしてしまえば潰れてしまう』と考えていた。その範囲が思ったよりも広かったのだ。
ほかのウマ娘では故障に入らないような軽度の擦り傷切り傷ですら、私はすぐに治ってしまう。虫歯に罹ったことはないし、乳歯が抜けて永久歯に生え変わるときは一晩寝たらすでに噛み合わせに問題ない程度に歯が生えてきていた。多分、歯が折れても翌日には新しいのが生えてると思う。歯の噛み合わせはスタートダッシュの時にとても大切なもの。それが悪いと『走れなくなってしまう』から。広義では故障になるんだろうか?
走れなくならないようにすることに対してこの加護は妥協をしない。周りがイップスだと思っている最近の出遅れ癖も、タキオンさんは脳の問題だと言っていたが間違いなく私の心の問題だ。私の加護は肉体に働くものであって、精神には働いていない……と思うから。もしかしたら精神的な病を患ってまともに走れなくなったら翌日綺麗さっぱりその症状が治っている可能性もゼロではないので、この加護に関して深く考えるのは怖いけれど。
やっぱり折を見てトレーナーさんには相談してみよう。もっと頼れるような、それこそ三女神様にご相談出来るようなことがあればよかったのだが、流石に無理みたいだ。毎日三女神様の像の前でお祈りはしているんだけど、祈祷力が足りないらしい。今度フクキタルさんに弟子入りでもしようかな? もしかしたら加護を与えてくれたのはシラオキ様の可能性もあるんだし。
「おはよう、テウスちゃん。トレーナーさん見なかった?」
気が付いたら隣をスズカさんが並走していた。考え事をしていて全く気付かなかった。いきなり話しかけられたような形になって、少し驚いたけど何とか平静を装う。
「おはようございます、スズカさん。トレーナーさんはその、風邪引いちゃったみたいで今日はお休みなんです」
「えっ!? そ、そうなの……大変ね。お見舞いとか行ったほうがいいのかしら……」
「インフルエンザとかだったりすると大変なので落ち着いてから確認したほうがいいかもしれませんね。お昼休みくらいに確認しましょうか? それくらいには病院に行った後で一息ついてるでしょうし。トレーナーさんに確認が取れなくても理事長やたづなさんが教えてくれると思いますし」
朝一で病院に行ったとしても落ち着くのはそれくらいだろう。自分で動けないようならマックイーンさんにお願いして主治医さんを派遣してもらえばいいし、そのままメジロ家で面倒を見てもらえば絶対に安心だ。万一だって起こりえないだろう。だってメジロ家だし。
「だとすると代わりに見てくれる人を探さないと……サトノのトレーナーさんとかはどうかしら……」
「うーん、多分難しいんじゃないでしょうか? 彼女のトレーニングとスピカのトレーニングは合わないみたいですし。ダイヤちゃんはサトノのトレーナーさんに見てもらえばいいと思いますけど……トレーナーさんが手配してくれるそうなので、朝練はともかく放課後の通常トレーニングは気にしないでいいと思いますよ?」
最悪たづなさんが見てくれるだろう。あの人が見ていれば怪我だけは絶対に起こさないし、ウマ娘のトレーニングについてもやけに詳しいので頼りになる。理事長秘書はあれくらいハイスペックじゃないと務まらないんだろうか? だとすれば理事長の多忙さに比べ秘書をたづなさん以外に見たことがないことにも説明がつく。
「ともあれ今日は好きに走っていいみたいですし、たくさん走ることにします。スズカさんもどうですか?」
「そうね。トゥインクルシリーズはもう引退しちゃったし、サマードリームトロフィーまでにも時間もあるし。久々に気の済むまで走りましょうか。楽しみね」
そう言って笑いあって芝のコースを走り始める。やっぱり走るのは楽しい。レースも、やっぱり楽しまなきゃ損だ。私も最初はそう思っていたはず。初心忘るべからず。まず私が楽しんで、それを皆が楽しんでくれればいい。
一度迷いが晴れてしまったらこんな簡単に考えられるんだなあと思いつつ、時間が来るまでスズカさんとの並走を楽しむのだった。
そして放課後。皆で授業が終わった後、トレーナーさんの代理に誰が来るのか皆で話していた。
本命が東条トレーナー、対抗がブルボンさんの担当の黒沼トレーナー、穴がオグリさんのところのトレーナーの北原トレーナーだった。
本命を上げたのは私とライスさん、ゴルシさん以外の全員、対抗は私とライスさん、穴はゴルシさんだった。確かに全員可能性はあると思う。
他のトレーナーに関しては、カノープスにはロイスアンドロイスさんがいる。彼女は私とも今後戦うことになる可能性が高いので利害関係がある。流石に直接指導はしないだろうということで除外。あとはあまり接点がないのでこれも除外になった。予想がつかない、という意味だが。
「やっぱりここはゴルシちゃんがトレーナーやってやるよ! 阪神大賞典といえばゴルシちゃん、ゴルシちゃんといえば阪神大賞典だしな!」
「ゴールドシップさんに任せると何が起こるかわかりませんからだめですわ!」
「何だよー。ただ単に1000mあたり58秒で走れば負けないって教えるだけだゾ☆」
「そんなこと誰にも……いやテウスさんならやれなくもなさそうですわね……」
無茶苦茶なことを言い始めたが多分不可能じゃない。ちょっと本気で考えておこうかな……?
ちなみにそんなことを言い出したゴルシさんはアストンマーチャンさんのトレーナーさんも推していた。ゴルシさん曰く『すっげーおもしれー奴』と言っていたので、相当な手練れなんだろう。ただ、スピカにスプリンターはいないので……そういえば私短距離重賞勝ってたな。そういう意味では私もスプリンター? 今のチーム構成でチームレースしたら私は多分ダート担当だけど。スピカはもっとチームのバランスを考えたほうが良いのではないだろうか……
あの人が来るこの人が来ると皆でガヤガヤしていると、扉がノックされた。私含めた全員が扉を見つめる。
「お邪魔しま~……ひいっ!!?」
扉を開けて恐る恐る入ってきた小柄なウマ娘――ベルノライト先輩が悲鳴を上げた。
ベルノライト先輩がここに来たということはゴルシさんの予想が正解だったということだろうか? ドヤ顔しているゴルシさんを見ていたら、続けて人が入ってきた。
若い女性だ。ベルノライト先輩よりちょっと背が高いくらいの小柄で、髪色はピンクに近い紫と黒髪の二層。直接お会いするのは初めてかもしれない。
「失礼する。チームスピカの部室はここで合っていたかな? 僕は奈瀬文乃。沖野トレーナーがいない間、代理でトレーニングを見させてもらう。よろしく頼む」
若き天才、奈瀬文乃。スーパークリークさんの担当トレーナーにして、若手ながらチームの指導を担当している才女。まさか彼女がここに来るとは思わなかった。彼女には彼女のチームがあるはずなんだけど……
「よろしくお願いします、奈瀬トレーナー。チームは大丈夫なんですか?」
「僕のチームと合同にはなるが、比較的に手が空いているのが僕しかいなかった。北原トレーナーも候補に挙がったが、春のファン大感謝祭の手配で手一杯だそうだ」
「オグリちゃんの人気がまだ収まらなくて……私はサポートです。でも、奈瀬トレーナー一人でも問題はなさそうなので、私も勉強させてもらう側ですね」
代表してスズカさんが質問すると返答が返ってきた。奈瀬トレーナーは結構人気が高いから、たしかスぺさんやウオッカさん、キタちゃんとも仲が良かったと思う。
ちなみにオグリさんの人気はいまだ凄まじい。何せ大抵の人の車にはオグリさんのぬいぐるみが置いてあったりするくらいの大人気ウマ娘だ。大感謝祭となるとそれはもう大賑わいだ。北原トレーナーが今からいっぱいいっぱいになっていても不思議ではない。三冠ウマ娘より人気があるからね、オグリさん。
それにしてもまさかトレーナーさんが奈瀬トレーナーを手配するとは思わなかった。あんまり仲良くしているところを見たことがないんだけどな……
チームのみんなもざわざわしている。ほとんどの人が好意的な反応だ。約一名ここから逃げ出そうとしているウマ娘がいるくらいで。
「マックイーン? どこ行くのー? せっかくだしトレーニング見てもらおうよー」
「い、いえ、このあと少し用事がありまして。別に逃げ出そうとしているわけじゃありませんのよ?」
マックイーンさんがこんな反応をするのは非常に珍しい。何か因縁でもあったんだろうか?
「べ、別に奈瀬トレーナーに何か不満があるとかではありませんのよ? ただこう、魂か何かが彼女から逃げないといけないと囁きかけてくるのですわ!」
マックイーンさんが必死に言い訳している。奈瀬トレーナーは苦笑いだ。何か前世あたりで因縁でもあったんだろうか?
「まあ、君たちにもいろいろと思うところはあるだろう。僕が見るのは基本的なトレーニングと食事くらいで、特殊なことはしないつもりだ。担当トレーナーがいないときにあまり変な癖をつけさせるわけにもいかないからね。メジロマックイーンもそれでいいかな?」
「で、ですから何も不満はありませんわ!」
「そう? ならよかった。ほらマックイーン行くよー。じゃあトレーナー。みんな連れてコース行ってるねー」
「うん、わかった。僕のチームのみんなはもうコースに居るから、一緒にウォーミングアップをしておいてくれ」
テイオーさんがマックイーンさんを引きずって部室を出ていくのに続いて皆も出ていく。私も続いてコースに向かおうとすると、奈瀬トレーナーに呼び止められた。
「ブラックプロテウス。君には今日は僕のチームの皆と併走して欲しい。今の君の実力、僕に見せてほしいんだ。ああ、もちろん沖野さんには許可をもらっているから全力で来てくれて構わない」
そう言って不敵に笑った。ウマ娘を乗せるのが上手い人だ。私のツボをわかっている。
「そうですか。わかりました。お手柔らかにお願いしますね、奈瀬トレーナー?」
もちろん答えは決まっている。天才と呼ばれるトレーナーが育てたウマ娘たちと併走できる機会なんてそうそうない。せっかくだから胸を借りることにしよう。
微笑みながら返事を返し、私もコースに向かうのだった。
チームスピカのトレーナーが病欠で代理のトレーナーを探していると聞いて、その間の代理に立候補したのは興味があったからだ。
チームスピカ。現状デビュー後の所属ウマ娘全員がGⅠウマ娘というエリート集団。チームリギルと並ぶ、中央の二大チーム。
その中でも今一番注目されているのはやはり三冠ウマ娘、ブラックプロテウスだろう。
彼女を選抜レースで見たとき、まだまだ粗削りだが確実にクラシックを全て制覇できるだけの力があると思った。
声を掛けに行こうとしたのだが、沖野トレーナーに先を越されてしまったのは……まあ、仕方ない。普通に声をかけていただけならまだ機会はあったと思うのだが、まさか選抜レース後の公衆の面前でいきなりウマ娘のトモを触りに行くとは思わなかった。多分あれさえなければどのチームに所属するかはまだわからなかったはずだ。
後悔しても仕方ないとすっぱり諦めて他の娘のトレーニングに精を出していたが、やはりクラシックの冠はすべて持っていかれた。それどころか秋の三冠まで持っていったのだから素直に脱帽だ。しかもクラシック三冠と秋シニア三冠を同年で達成するという常識外れっぷりで、だ。
まさしく前人未到にして天下無双。そんな言葉が似合うような、絶対的な戦績を持った最強女王。それが彼女、ブラックプロテウスだ。
――そんな彼女が先週、惜敗ではあるが初めて敗れた。原因は見ていればわかった。余計な力が入りすぎているんだと思う。
でも、他所のウマ娘に流石に口を出すわけにはいかない。それとなく沖野さんに伝えてみようかと思っているうちに回ってきた機会だったから、つい手を挙げてしまったのが正直なところだ。
勿論これを機会に引き抜くなんてつもりは毛頭ない。でも、トレーナーとしてはやはり一度くらいは指導してみたいと思ってしまう。三冠ウマ娘というのは、それだけの魅力があるものだ。他の娘には絶対に言えないことだろうけど。
そうして指導してみて、やはり思うことがある。
「――ふう。よし、じゃあ次の方どうぞー」
「ぜえ、ぜえ……もう無理ぃ……チームの中で三番目に強いこのアタシが影すら踏めないなんて……がくり」
「くっ、スティーちゃんまでもやられたか! だが私はチームの中で三番目に強いウマ娘! 簡単にはやられぬぞー!」
――やはり彼女は、途轍もなく強いウマ娘だと。
スピードもパワーも一流。その上で、スタミナがずば抜けている。今だって彼女にとってはもう何回目かもわからない併走だというのに、併走と併走の間、ほかのウマ娘の準備が整うまでの間にすぐに回復してしまうほどだ。底が知れない。
「トレーナーさーん。すみません、遅れちゃいました~。テウスちゃんの様子はどうですか~?」
記録を取っていると背後から声を掛けられた。僕が一番思い入れのあるウマ娘の声だ。振り向かなくても誰だかわかる。
「クリーク。気にしなくていい。寮長代理の仕事も大切だ。ブラックプロテウスは、一言で言うなら想像以上……かな。直すところがほとんどない。ちょっとフォームの歪みはあったけど、伝えたらすぐに直った。物覚えがいい娘だよ」
「あらあら~、それはよかったです~。テウスちゃんはすごいウマ娘ですから~」
話には聞いていたが、やはり随分可愛がっているらしい。僕が褒めたことをまるで自分が褒められたことのように喜んでいる。
「そうだね。スタミナだけで言えばクリーク。君でも彼女には勝てないよ」
「……あらあら~、それほどですか~?」
だがやはり、この言葉には強く反応した。トゥインクルシリーズを引退したとはいえ、その闘志は少しも衰えていないようだ。
「仮に君のスタミナが100だとしよう。このスタミナはどれだけ走れるかの総合数値だ。途中で息を入れたりはもちろん、脚の負担を考慮してどれだけ長く走れるかを総合した数値として考えてほしい」
「それで、テウスちゃんはどれくらいなんですか? そういう点では確かに私よりはありそうですけれど……」
彼女の持ち味はスタミナの豊富さもそうだが、2000mでも勝ち切れるほどのスピードを併せ持つことだ。決してクリークがブラックプロテウスに劣っているわけじゃない。そう言った上で、僕は記録から推定し、彼女と比較したブラックプロテウスのスタミナを告げた。
「――少なくとも、400。豊富なスタミナ、少し息を入れただけでも十分回復できるだけの心肺機能。そして何よりも、長く走っても消耗しない身体の頑丈さ。前二つは君も遜色ないほどだと思う。だけれど、最後の点については少なくとも君のようなGⅠウマ娘の4倍以上はあるとみて間違いない」
クリークが息を呑んだのがわかる。彼女もブラックプロテウスが頑丈なウマ娘だということはわかっていただろう。まさかそこまで頑丈だとは思わなかったのが本音といったところだろうか。
「……そこまでですか。う~ん……でも、ちょっと妬いちゃいます」
「やはり頑丈というのはウマ娘としては羨ましいかな?」
「違います。貴女がそんな風に褒めるのが、私じゃないことが気に入りません。ふふっ、わがままですけどね~。よし、私も一緒に走ってきます。いいですよね?」
「もちろん。そのために君を呼んだんだ。やられっぱなしというのもいただけないだろう? それに、君の走りを見たかったからね」
そう言ってクリークと笑いあう。トレーニングだということはもちろん忘れていない。指導するウマ娘の間に差は付けない。それでも、僕にとって彼女は特別なウマ娘だ。彼女は、僕にとっての奇跡なのだから。
「じゃあ行ってきますね。トレーナーさん。テウスちゃ~ん。私も一緒に走ります~」
「クリークさん? わかりました。せっかくですし走れる皆さんで走りましょうか」
「おっ? なんだオメーらゴルシちゃん抜きで併走かー? このゴルシちゃんの髪が白いうちは抜け駆けさせないゾ☆」
「ゴルシ葦毛だから白くないじゃん……確かに白っぽくはあるけど。まーでもボクも偶には併走したいなー」
コースに入るのを見送っていると気ままに走っていたスピカの面々も集まってきた。どうやら本当に今走れる全員で併走することになりそうだ。僕のチームの面々もスピカのチームメンバーたちと走れるならと集まってきて、かなりの大人数で併走になりそうだ。それが出来るくらいの広さがあるコースだ、問題はないだろう。
「併走は良いが、皆スタート前と後のストレッチは忘れないように。じゃあ芝2000でやろうか。くれぐれも無理はしないように」
『はーい!』
このままウマ娘たちに任せていると変な方向に進みそうな気がしたので併走方法の指示を飛ばす。全員素直に返事をしてくれた。ゴールドシップは変顔をしながらだったが、こちらの指示には従ってくれるらしい。
結構癖が強いウマ娘が多いが、まあこっちの指示は聞いてくれるし何とかなるだろう。そんな軽い気持ちで併走の指示を出し、この後の予定を手帳に書き始めた。
なお、その予定はゴールドシップが僕のチームメンバーを巻き込んでコース脇で人生ゲームを始めてしまい全員があまりにも熱中してしまったため紙屑と化してしまったのだった。