ちょっと短いですが更新さぼるよりマシかなということで投稿です
大阪杯が終わった後はすぐに天皇賞春……とはいかない。
この時期はちょうど春のファン感謝祭がある時期だ。去年はクラシックに備えて私は参加しなかったけど、今年は参加することにした。
スピカはダイヤちゃんやサトノクラウンさんなどのサトノ家のウマ娘が集まったチーム、チームカペラと合同でメイド喫茶を行うことになっている。
メイド服はサトノ家とメジロ家から借りてきたものなので、恰好だけは本格的だ。流石にサトノのトレーナーさんみたいなプロのような所作は出来ないけれど。まあまあ様になっていると思う。
今日はそのファン感謝祭の最終日。客入りはよく言ってまあまあといったところだろうか。とりあえず接客を私とスズカさんの二人で回せるくらいの客入りだ。
理由は多分二つ。多分チームリギルが前にやって人気だった執事喫茶を復刻でやることになったので、お客さんが持っていかれているのが一つ。そしてもう一つが──
「お待たせしました、豚骨ゴルシラーメンと塩ゴルシラーメンです!」
「はい、お待たせしました、ええっと……高低差200cmの坂チャーハン、です」
──提供されているメニューにある。厨房担当をゴルシさんが一人でやると言って聞かず、それを認めてしまったがためにメニューはすべてゴルシさんが決めてしまった。
その結果、喫茶とは思えないようなメニューになってしまった。方向性が迷走しすぎた喫茶店というかもはやラーメン屋のようなメニューとなってしまい、お客様を選ぶようなお店となってしまったのだ。せっかくのメイド服が台無しである。なんせメイド喫茶定番のオムライスすらないのだから。
それに出店名が『黄金食堂』である。メイド喫茶どこ行った?
「わあ、待ちかねたよ~! いただきます! ほら、シャカールも早く食べよ!」
「なんで学園祭でラーメンなんぞ食わなきゃならねぇンだ……一日だけならまだしも期間中ずっと……」
「うむ、やはりここのチャーハンは美味しい。そして量も満足できる。ほら、タマも一緒に食べよう」
「ウチはこんな大きな器ここでしか見たことないわ……茶碗に一杯だけ貰うわ。それで十分や」
まあ、一部のコアなファンには大ウケしているようだが……
「せっかくの美味しいコーヒーが豚骨の匂いで台無しです……」
「そんなこと言いながら毎日飲みに来てくれるじゃあないか。何だかんだ言っても気に入っているんだねえ?」
「味は変わりませんから……貴女はどんなものにも溶け切らないほど砂糖を入れるのでわからないのかもしれませんが、薫りを楽しむのも良いものですよ。貴女にはわからないかもしれませんが」
「酷い言われようだねえ。私にだって美味いか不味いかくらいならわかるとも」
一応、喫茶店なのでコーヒーや紅茶も提供している。器具はせっかくなので新しく買い揃えた。豆や茶葉に関しては一度飲んでみて一番美味しく淹れられたものを使っている。ちなみに淹れる係は私かマックイーンさんかダイヤちゃん、後はテイオーさんの内の誰かが担当することになっている。
なので今日は私が淹れたのだが通の二人にも好評なようなので少しほっとした。これで喫茶店としての体裁を最低限保てているだろう。多分。
『これにてトレセン学園春のファン大感謝祭、全日程を終了いたします。本日はご来園いただきまして誠にありがとうございました』
客の少ない店内を回していると、全体放送でアナウンスが流れた。どうやら終わったらしい。
「お疲れ様、テウスちゃん。さ、後片付けしましょ」
「ふいー、疲れた疲れた~。んじゃ、ゴルシちゃんは看板とポスター剥がしてくるぜ。学園中に貼ったんだけどなー。やっぱ数枚上下さかさまに貼ったのがいけなかったのかねぇ」
「じゃあ、私は洗い物しますね。スズカさんは机とかの片付けお願いします」
とりあえず手分けして片づけを始める。今日休みの皆もしばらくしたら合流してくるだろう。その前に大抵のことは終わらせてしまおう。
超大盛チャーハンで使っていた器を洗い始める。でかすぎて洗い辛い。これはもう器というか鍋なのでは? あ、手が滑って……
「うわぁっ!?」
器を落として派手に割ってしまった。靴を履いていたので怪我はしていないが……
「テウスちゃん大丈夫? 今ほうき持ってくるわね。素手で触るのは危ないし」
「破片も大きいので大丈夫ですよ。これくらいなら……痛っ!?」
「ああもう、危ないって言ったでしょう? 結構切れてるわね。待ってて、確か救急箱を用意してたはず……」
焦って破片を回収しようとしたら、大きな破片で右手の人差し指を軽く切ってしまった。それほど痛くはなかったのだがつい悲鳴を上げてしまい、駆けつけてきたスズカさんに見られてかなり心配されてしまった。ちょっと落ち着こう。焦るとろくなことがない。
血はそれほど出ていない。本当に軽く切っただけだ。こんなものこうやって親指で軽く押さえておけば──
「はいテウスちゃん、手出して? 消毒して絆創膏貼っちゃうから」
「え? ああ……いえ、大丈夫です。
10秒くらい押さえていると救急箱を持ったスズカさんが手当てをすると言ってきたが、もう必要ない。せっかく持ってきてもらって申し訳ないのだが……
取りあえず押さえていた指を離して手をスズカさんに見せてみる。
もう血は止まっていたし、それにもう、本当に傷は治っている。それはもう、本当に怪我をしたのかわからない程度には。
「え、噓でしょ……相変わらず怪我治るの早いわね? でも、とりあえず洗って消毒して絆創膏貼っておきましょうか」
「そうですね、お願いします……あの、少し相談したいことがあるんですけど。夜、トレーナーさんも交えて相談できませんか」
「? 私は構わないけれど……レースの事? それともトレーニング?」
「まあ、似たようなものですかね……今後に関わることという点では」
「? まあ、トレーナーさんには連絡しておくわね」
スズカさんに丁寧に手当てしてもらいながら、話を切り出してみた。丁度いい機会なのではないか、と思ったからだ。
いつかトレーナーさんやスズカさんには私が貰った加護について話そうかと考えていた。何があっても大丈夫と思える人だし、それに、最近加護が強くなったというか、完全に身体に馴染んできたみたいな感じがするからだ。
今までだったら3日くらいは残るような大きな傷跡も、1日どころか半日で完全に治ってしまう。筋肉痛も1時間くらいで治るし、小さな切り傷程度なら10秒あれば充分。
多分これは、今後強くなることはあっても弱くなることはない類のものだと思う。私の身体が完全にその加護を受け入れて、私自身の力にしてしまったような感覚がするからだ。
まあ、常に身体が十全な状態に保たれる上消耗してもすぐ回復するという点では良い事尽くめなのだが……流石にちょっと一人で抱えるには怖すぎる問題なので、信頼できる人たちに相談してみたい。帰省した時に両親や祖父母にも相談するけれど、先に今一番身近にいる人たちに相談してみようと思う。
そうして夜、門限前の落ち着いたタイミングで三人トレーナー室に集まって、私の加護について話してみた。産まれてくるときに謎の存在、多分神様に欲しいものがないか聞かれて怪我しない、故障しない身体が欲しいと願ったこと。実際に故障しないし、怪我してもすぐ治る身体になったということ。生まれ変わったことについても話したが、前世のことについて全くと言っていいほど覚えていなかったためあまり詳しい話は出来なかった。その話を終えた結果──
「ふーん。そういうこともあるんだな。まあ珍しい事じゃないだろう」
「そうですね。テウスちゃんのは益しか齎さないみたいですし、ウマ娘としてはマシな方ですね」
こんな反応が返ってきた。私が呆気に取られていると、苦笑いしながら話を続けてくれた。
「ウマ娘の中には時々特殊な事情を抱えて産まれてくるウマ娘ってのが居るんだ。人には見えないものが見えたり、怪異を引き寄せやすくなったり。人に全く気付かれなくなるような娘も居たな。後ワープする娘も何人か居る。ゴルシやネオユニヴァース辺りだな」
「フクキタルもシラオキ様が夢に現れてお告げしてくれるって言ってたわ。最初は与太話かと思っていたのだけれど、時折霊障が起きたりするし……この話を聞いた後だと本当なのかもって思っちゃうわね」
「ええ……? 私よりよっぽどファンタジーな存在多すぎませんかそれ?」
何か悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。ワープって何? 物理学上はワームホールでワープできるらしいと聞いたことがあるけど実際にやれるのそれ?
「まあそういう事だから、あまり気にしすぎないようにな。それと、話してくれてありがとう」
「人と違うことを話すのは勇気が要るわよね。それを私たちに話してくれて嬉しかったわ。これからもよろしくね、テウスちゃん」
「……はい! 宜しくお願いします!」
この人たちに相談して良かった。これからも何か悩みがあったらすぐ相談することにしよう。頼れる先輩とトレーナーさんを持って幸せ者である。
「門限までまだもう少し時間がありますし、お茶でも飲んでから行きませんか? カフェインレスの紅茶があるんですよ」
「せっかくだから頂こうかしら。ね、トレーナーさん」
「おう、そうだな。あ、待ってろ、確かサトノのトレーナーから貰ったクッキーが棚に……」
そうして門限ぎりぎりまでお茶を楽しみ、時間ギリギリにスズカさんと二人で寮に滑り込むのであった。
『晴れの京都、本日のメインレース。唯一無二、一帖の楯を懸けた熱き戦い。日本最長距離GⅠ、天皇賞(春)! 今、17人の優駿たちによる熱き戦いが幕を開ける! 間もなくファンファーレです!』
そうして、天皇賞の日。バ場状態は良。気温は24℃くらい。まさに絶好のレース日和だ。
『名だたるステイヤーたちが集うこのレース。ですが人気はほぼ一極に集中しています。世界最速のステイヤー、ブラックプロテウス。果たして彼女を打倒しうるステイヤーは存在するのか! 2枠3番、ブラックプロテウス。1枠1番のサクラローレルに続いて今、ゲートに入りました。そのサクラローレルは今日4番人気。ですが彼女は前走の中山記念で9番人気でしたが、1番人気のジェニュインを差し切り見事勝利を収めています。今回も下剋上なるか!?』
ちらりと隣を見る。栃栗毛の髪を持つウマ娘、サクラローレルさん。ブライアンさんを見る目がちょっと怖い娘だ。でも、最近はブライアンさんに向ける目とは違う、嫉妬のようなものが感じられる怖い目を私に向けてくることがある。普段の穏やかな彼女を知っていなかったら苦手意識を持っていたかもしれない。
というか、私彼女に何かしただろうか……対戦するのはこれが初めてのはずなのだけれど。ブライアンさんとバチバチにやりあってたからかな?
『3枠5番、2番人気ナリタブライアン。前走前々走と好走しています。調子は上々、全盛期に近付いている雰囲気があります。影をも恐れぬ怪物が、鋼鉄をも喰らいつくすのか! 期待が高まります!』
そうして私を挟んで反対側にブライアンさんが入ってくる。ちらりとこちらを……というか、私を少し見た後にローレルさんを面白そうにガン見し始めた。私を挟んで変なことしないでほしい。これがレースじゃなかったら怯えてるよ私……
『3番人気4枠8番マヤノトップガン、手を振りながらゲートに入っていきます。元気いっぱい、調子も絶好調といったところでしょうか。ブラックプロテウスに阻まれあいにくとGⅠ勝ち星はありませんが、素質は十分。今回ついにその栄光をつかみ取れるのか!』
奇数番の娘たちが入った後、偶数番の娘たちが入っていく。マヤノさんの方に助けてほしいと視線を送るとくすくす笑いながらゲートに入っていた。安全圏から……レース後に覚えててね、マヤノさん。あの二人の間に放り込んであげるから……
マヤノさんに逆恨みをしつつ、スタートの姿勢を取る。出遅れダメ、絶対。集中集中……
『大外枠、リードサスペンス、今ゲートに収まりました。天皇賞春が今──スタートしました!』
そうして開いたゲートを私は──誰よりも早く、飛び出した。
文章量に関してはその時々の筆の乗りで変わってくると思いますが少なくて4000、多くて1万字くらいだと思います