漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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ぶっ倒れて2か月休業したり色々あって全く音沙汰無くてすみませんでした。短いですが何とか書けたので投稿。ただちょっと感想にお返事できる気力がないので申し訳ないんですがお返事は余裕のある時に……

今回はサクラローレル視点です。あんまりローレルっぽくないというお叱りは甘んじて受けます


第五十九話 超長距離の魔王

 

 

 

 

『気合が入って、スタートしました! 17人揃って、いや1人綺麗に抜け出したウマ娘がいます。3番ブラックプロテウス! 逃げウマ娘としては理想的なスタートダッシュ! 出遅れ癖からは完全復調か!』

 

 

 ついにレースが始まった。いつも通りに中団に付け様子を窺う。ブライアンちゃんは私のすぐ前。いつも通りなら、この位置取りで大丈夫なんだけれど……

 

『さあ先行争い。菊花賞の時より200m第2コーナー寄りになった関係で、この天皇賞(春)での先行争いは激しくなる展開になることが多いですが、今回は綺麗に一人抜け出ました。先頭はお馴染みブラックプロテウス。気持ちよさそうに逃げています。逃げというのは浪漫、ギャンブル戦法の一つとされていた戦法ですが、彼女にとっては賭けでも何でもない! 特に超長距離の彼女を捉えたウマ娘は今まで存在しません。菊花賞、ステイヤーズステークス、万葉ステークス、ダイヤモンドステークス、そして阪神大賞典。この五つにおいて、二着との着差はすべて大差! 最初から最後まで影すら踏ませず一人旅を続ける彼女を今日こそは捉えることが出来るのでしょうか! 今日もマヤノトップガンがすぐ後ろを追走していきますが、それでも2バ身ほどは離れています!』

 

 このレースで最も警戒している相手、ブラックプロテウス。金鯱賞までの不調が嘘だったかのように調子を取り戻し、さっそく一人旅を始めている。そのすぐ後ろにマヤちゃん。どんな戦法でも出来るマヤちゃんは阪神大賞典の時と同じようにブラックプロテウスと同じ大逃げを選んでいる。多分、彼女の中で一番勝率が高い戦い方を選んだ結果だろう。それを見て私のすぐ前に居たブライアンちゃんが愉しそうな雰囲気を出し、ペースを上げた。

 

 怪我からの復帰後、ブライアンちゃんは絶不調と言っていい状態だった。その彼女が、今まさに調子が上がっていくのが手に取るようにわかる。以前の独特なフォームを自然に取り、全盛期の走りを確実に取り戻していっている。

 

 喜ばしいことだ。ブライアンちゃんがこうして元気になっていくのはとても嬉しい。

 

 それと同時に、彼女に再度火を灯したのが私でないことが、途轍もなく妬ましい。

 

 お門違いな想いだということはわかっている。でも、それでも――心の奥底に、昏い炎が宿るのを感じてしまう。

 

『さあ早くも中盤! 第4コーナーを回って正面ストレートに入って来ました。かなりのハイペースだ、1000m通過タイムは――57.8! 57.8だ! これはちょっと尋常じゃありません! 殺人的ハイペース! まるで短距離戦のタイムのようです! 淀の坂を越えてきたとは思えない、凄まじい速度で駆け抜けていきます! 凄まじい大逃げ! 二番手のマヤノトップガンを5バ身、いや6バ身。今なおじりじりと引き離していきます!』

 

 前を睨むように見つめる。その背中は遥か前方。この長丁場でここまで大逃げしてしまうウマ娘を、私は今まで見たことがない。果たして脚は持つのだろうか?

 

 私が少し迷いを見せていると、ブライアンちゃんがさらにペースを上げた。前方を見ればマヤちゃんもペースを上げている。彼女達にはわかるんだろう。ブラックプロテウスなら、最後まで保つと。

 対戦経験が豊富な彼女たちがそう判断したんだ。それに乗っかった方がいい。私もブライアンちゃんの背中を追うようにペースを上げる。

 

『後続も黙ってみているだけじゃありません! 少しずつ引き離されていたマヤノトップガンがペースを上げその差をじりじりと縮めていく! それを追うようにロイスアンドロイス、ナリタブライアン、サクラローレルが続きます! 他のウマ娘たちは様子見か、だがそれでも少しペースは速くなっていっています! 天皇賞春、長距離戦とは思えないほどのスピードレースと相成りました!』

 

 全体的にブラックプロテウスに引っ張られてペースが上がっている気がする。でも、それも仕方ない。普通ここまでの逃げを打てる相手と戦うこと自体稀有なことだ。逃げのウマ娘をペースメーカーにすることもあるレースにおいて、崩れない強い逃げを相手にするとその走り方によってレースは形を変える。スカイちゃんとかはその辺りがとても上手なウマ娘だ。

 ブラックプロテウスの場合は、駆け引きじゃないただのパワープレイだけどそれでも崩れなければとてつもなく脅威になる。それを、二回目の淀の坂に差し掛かったあたりで思い知ることになった。

 

『2000m通過タイムは――1:55.4! その逃げ足はいまだ衰えず、200mあたり大体11.5秒で走り抜けています! だがブラックプロテウスを追っていた後続が淀の坂で明らかにペースが落ちている! 無理もありません、二回目の淀の坂は2000mを越えたあたりから始まります! このハイペースについていけるウマ娘は少ないでしょう!』

 

 少しずつ近付いていた背中がどんどん離れていく。脚に力が入らない。周りも同じで、ずるずるとペースを落としていく。明らかなオーバーペース。ブラックプロテウスに引っ張られていた私たちはすでにほとんど足が残っていない。

 

「まだまだっ、ここからぁっ!!」

「喰らい尽くす――ッ!」

 

 だが、それでも食らいついていくウマ娘が二人。マヤちゃんと、ブライアンちゃん。自分に活を入れるかのように吼えて、落ちたペースを引き上げて駆け抜けていく。私も、こうしてはいられない。妬ましいとか、憎たらしいとかそんな考えはもうやめだ。今はただ――

 

「私だって、勝ちたい……!」

 

 下がりかけていた頭を上げて、前へ、前へ進む。少しでも、速く。ブラックプロテウスより、早くゴールを駆け抜けたい!

 

『気持ちよく逃げるブラックプロテウス、その後方、一度火が消えかかったかに見えたマヤノトップガン、ナリタブライアン、そしてサクラローレルが追走します! だがもうすでにその差は10バ身以上! ここから届くのか、最終コーナー最初に駆け抜けてきたのはブラックプロテウス! 余裕の走りだ、これはセイフティリードか!』

 

 もうすでにブラックプロテウスは直線に入っている。彼女のフォームが低くなり、スパートに入る。まだここから、スパートするというのか。このハイペースで、どこにそんな脚が――!?

 

 そして、世界が塗り替わる。彼女の周りから色と音が失われる。深く踏み込んでいるのに、そのすべてが推進力に費やされているかのように、静かな、ただ走るための、彼女のためだけの世界。

 『領域』。彼女の領域は自己完結型、ただ走り抜けることだけに特化した彼女のためだけの限界の先の先。

 

 少し近付いた背中が、また離れていく。私たちも全力だ、100%以上、それこそ120%くらいの力は出ている。これが2000mのレースであったなら、彼女が本領を発揮する前にまだ届いたかもしれない。

 でも、この超長距離レースでは、彼女の背を、捉えられなかった。

 

『ブラックプロテウス、大差で今ゴールイン! まさしく圧倒的! 超長距離レースにおいて、彼女の影を踏めるウマ娘はもはや存在しないのか! レコードタイム、3:04.6! ちょっと信じられないタイムです! 200mあたり11.5秒で刻み続けた場合、理論値は3:04.0、多少離れてはいますがこの値に近い数値になっています! 二度の淀の坂を越えてなお、このペースを刻み続けた圧倒的タフネスは驚嘆の一言に尽きます!』

 

 ふらふらになりながらもゴールをくぐる。ブライアンちゃんやマヤちゃんより前でゴールをくぐったけど、もう周りを気にしている余裕がない。息が続かないし、脚に力が入らない。ターフに倒れこみ、荒い息をただ吐き続ける。

 ブライアンちゃんもマヤちゃんも、他の周りのウマ娘たちもゴールするなりターフに膝をついたり、倒れこんで動かなくなったりしている。ターフに立っているのはただ一人、このレースを制した王者のみであった。

 

『周りが膝をつく中ブラックプロテウスはいまだ悠々とクールダウンを行うように小走りしています。この光景はまるで超長距離の魔王が、並み居る挑戦者たちを意に介さずに軽くあしらったかのよう! そしてその魔王はこれにて宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念、大阪杯、そしてこの天皇賞春。シニア級の王道路線を完全制覇したことになります! 同一年ではないため春シニア三冠とはなりませんが、これはまさしく前人未到! 今ここに未来永劫決して消えない栄光が刻み込まれました!』

 

 全員がゴールして落ち着いたタイミングを見計らって観客席の前を通るように走る、彼女が勝利後によくやるウイニングランをしているのを眺めつつ、何とか身体を起こして立ち上がる。脚はがくがくだけど、一応これでも二着。ウイニングライブもあるし、その前に動けるように回復しないといけない。

 

 ブライアンちゃんやマヤちゃんと身体を支えあいつつ、何とか私たちは控室に帰ることが出来たのだった。




最初はテウス視点で書いてましたがただ一人旅で気持ちよくなってるだけのお話になってしまったのでローレル視点になりました

参考レースレコード及びコースレコード及びJRAレコード - 3:12.5(第155回優勝 キタサンブラック)

なおそのレースでは大逃げを打ったヤマカツライデンが1000mを58.3で走ってます。テウスはそのペースの以上のペースで爆逃げしてなおかつラップ走してます。バケモンかな?
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