漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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試験的にトレーナー視点を入れてみた。というか今回は大体トレーナー視点です。

沖野T、初期設定画では「西崎リョウ」って書かれてるらしいですね? でもこの小説では沖野で通します。下の名前が必要になったら沖野リョウにしようかな?

APさん、第六話の誤字報告ありがとうございました。


第七話 ドーピング疑惑

 ウイニングライブ後。私は都内で一番大きい病院に連行されていた。

 

 メイクデビューでの圧倒的勝利、二着との着差41バ身という出鱈目な記録を打ち立てた私は、何とドーピング疑惑を掛けられているのだ。

 

 まあ、私は全くの無名だったしこの措置も仕方がないと思う。母も祖母もウマ娘だが、母は脚部不安で未出走、祖母に至っては実家の剣術道場を継ぐためにトレセンに通ってすらいない。

 そんなウマ娘がジュニア級にもかかわらずシニア級クラスの走りをしたのだ。何かやばい薬でも使っているのではないかと思われるのも仕方がない。

 

 一応レース場の方でもレース後にドーピング検査はしたのだが、裁決委員の要請によりこうして精密検査を受けているということだ。

 

 トレーナーさんは裁決委員に噛みついていたが、こんなことでトレーナーさんの立場を悪くするわけにも行けないので大人しく検査を受けている。一日大人しくしていればいいだけだ。少しお泊りするだけで何のことはない。トレーニングできないことだけは不満であるが。

 

 このまま今日は入院することになるので、トレーナーさんには先に帰ってもらった。退院は明日のお昼ごろになるらしい。明日は公欠にしてくれるそうだ。

 

「テウスちゃんも大変だねー。ご飯これだけで足りる? あ、レース見てたよ。一着おめでとう」

 

「あ、大丈夫です。ありがとうございます、看護師さん」

 

「いいよいいよー。何かあったら呼んでねー」

 この病院は私が以前精密検査を受けた病院と同じである。なので看護師さんやお医者さん、院長さんまで知り合いだったりする。事故にあったり滑落したりした時に毎回担ぎ込まれるので常連でもある。私、迷惑かけすぎでは?

 

 少し自分の行いを反省しつつ、病院で晩御飯を食べる。ウマ娘用の量に調整されたものなので結構量は多い。レース後でお腹が空いていることもあってぺろりと平らげることができた。

 

 私が入院しているのは特別室だ。検査などにかかる費用は全額URAの負担となっているので遠慮なく一番高い部屋にしてもらった。特別室にはトイレも浴室もあって部屋から出れなくても困ることはないのだが、トレーニングが出来ないことだけが問題である。だが事情が事情なので外出禁止だ。大人しく寝るしかない。……でも、腕立て伏せとかくらいなら出来るかな?

 

 その場で出来るトレーニングを眠くなるまで行って、その日は就寝した。

 

 

 

【トレーナーSide】

 

 

 

 頭の固い裁決委員共には辟易とする。

 

 確かにテウスは寒門のウマ娘だ。メジロだとか、シンボリとか、ナリタ、エアといった名門とは全く違う、実績のない家の娘だ。

 

 それでも、あいつの実力は確かだ。それを裏打ちするのは圧倒的な練習量。一日で普通のウマ娘が10人くらいは故障してもおかしくないくらいのトレーニングをあいつは常に行っている。ストイックだとかそういうものではなく、それを好きでやっているのが末恐ろしい。

 

 レースへの意欲が高いのも、走るのが好きだからだ。そういったところはスズカに似ていて、後になってスズカを併走相手として紹介したのを後悔したくらい、二人は相性がいい。

 

 元々テウスはカーブや坂道は得意だったが、ターフを速く走るという一点においては全く技術が備わっていなかった。どちらかというとダートや障害向きの走り方だったと思う。それでいて入試時のレースや選抜レースで一着をもぎ取っていくあたり、彼女の能力の高さが窺える。

 

 だから俺はスズカに併走を頼んで、テウスにターフでの走り方を叩き込んでもらった。

 

 アメリカから帰ってきたスズカは一回りどころか二回り以上成長していて、帰ってきたときについトモを触ってしまったものである。もちろん蹴られた。

 

 そんなスズカが叩き込んだ走り方を、テウスは見事に自分のものとした。スズカのものにそっくりなようで、所々違うそのフォームでスズカと併走する姿を見て、そしてメイクデビューで楽しそうに疾走していく姿を見て、俺は確信した。

 

 来季のクラシックの主役はフジキセキでも、ジェニュインでも、タヤスツヨシでもない。このブラックプロテウスなのだ、と。

 

 能力だけで言えば、テウスは今の段階でもシニア級に匹敵する。駆け引きなどの技術は不足しているが、それはレースを経験させていくうちに身につくだろう。

 

 一つ懸念があるとすれば……

 

 

 

「……さん? トレーナーさん? 聞こえていますか?」

 自分を呼ぶ声でふと我に返る。目の前には緑色の事務服を着た理事長補佐、駿川たづながいた。

 

「ああ、たづなさん。もう時間ですか」

 

「はい。ブラックプロテウスさんの退院の時間ですから、迎えに行きましょう。あ、検査結果はもちろん全てシロ。全くの異常なし、健康体だそうですよ。レースの消耗も全くないそうです」

 迎えに行けるようトレーナー室で支度をしていた俺を呼びに来てくれたようだ。結果も全く問題ないそうだ。まあ、当然である。あれだけ全力で走って消耗なしというのもおかしいと思うが、無事之名バ。これ以上の事はない。

 

 支度を済ませて、たづなさんを車の助手席に乗せてテウスがいる病院に走り出す。

 

 病院で手続きが少しあるため、その補佐としてたづなさんが同行してくれることになっている。理事長は今回の件でかなり怒っていて、『憤怒ッ!! URAには日本ウマ娘トレーニングセンター学園として公式に抗議声明文を発表するっ!』と言っていた。今までに見たことのない怒りようで、極限まで絞られたウマ耳を幻視したものだ。

 

 今回については俺も腹に据えかねているので全面的に協力した。今回ブラックプロテウスに入院隔離させてまで精密検査を受けさせたということは、勝者に対してその勝利を祝福するのではなく、不正しているのではないかと疑ってかかり、更には自ら行った検査でシロだとわかっているのにそれを認めようとしなかったということだ。

 

 少しでも彼女に瑕疵がないか。あればそれを理由に公式記録としては認めない、失格にしてやるとでも言いたげなその態度に、俺は裁決委員を殴り飛ばそうとした。

 

 テウスが止めなければ、間違いなくぶっ飛ばしていただろう。テウスは笑って、『少しお泊りしてくるだけですから』と言っていたが、きっと傷ついていたはずだ。

 

 勝者に限らず、頑張ったものには祝福が必要である。俺は何人も勝ったのに、好走したのに祝福を受けられないウマ娘を見てきた。ライスシャワーやキョウエイボーガン、地方を回っていた時のスマートファルコン。スーパークリークに至っては一部の過激なファンから殺害予告まであったほどだ。

 

 反応はそれぞれで、走る意味を見失いかけた娘もいれば、雑音とばかりに気にせず走りぬいた娘もいた。

自分から悪役ムーブをかまして担当トレーナーといちゃついていた娘も居たほどである。

 

 だが、どんなに余裕そうにしていても、年端も行かぬ少女である。中学生から、高校生くらいの年齢。俺の半分程度しか生きていない、未成年の子供たちだ。

 まだ世間からの悪意からは保護されて然るべきだし、問題が起きた時には守ってやらなきゃならない。それが俺たちトレーナーの、大人の、一番重要な仕事なんだと思っている。

 

 今回の件は陰でこっそり餌付けして可愛がっていたマックイーンも『マジギレですわ! メジロに来ましたわ!(意訳』と怒っていたし、生徒会長であるシンボリルドルフも耳を絞って『眥裂髪指、怒髪衝天とは正にこの事だな』と言っていたほどだ。

 

 それぞれ実家に電話をしていたし、何らかの対処をすると言っていた。恐らく明日か明後日には裁決委員の顔触れが一新されていることだろう。残念でもないし、当然である。

 

 

 

「……トレーナーさん。テウスちゃんにその怒った顔、見せちゃダメですよ?」

 どうやら考えていたことが顔に出ていたようだ。たづなさんに窘められる。少し苦笑いして、顔を引き締めた。

 

「ウマ娘のことを真剣に、大切に思って頂いているのは、同じウマ娘として……いえ、ウマ娘にとってはとても嬉しいことでしょう。でも、今回テウスちゃんが大人しく入院したのは貴方のためでもあるんですから。笑顔で出迎えてあげましょうね?」

 

「わかっていますよ……あん時テウスに庇われたって事くらいも。自分がちょっと情けなくなりますね……俺が守ってやんなきゃいけなかったのに」

 

「ふふ、ウマ娘に限らず女の子は強い生き物ですから、守られるばかりじゃないんですよ。でも、その気持ちはとても嬉しいものですよ。これからもウマ娘さんたちの事、大切にしてあげてくださいね」

 

「勿論です……あ、着きましたね。それじゃあ、行きましょうか」

病院に到着し、テウスを迎えに行く為に車を降りる。きっと学園に帰ったらすぐにでもトレーニングをせがんでくることだろう。スズカとの併走だけじゃ飽きるかもしれないし、スペやゴルシにも頼んでみるか……

 

 

 

 

 

 特別室に迎えに行くと、ベッドを抱えてスクワットしている所に出くわした。何やってんだ、こいつ……

 

 テウスは苦笑いでごまかそうとしていたが、軽いお説教タイムとなったのは言うまでもないだろう。




ブラックプロテウス
あまりにも暇だったのでベッドを抱えたり背中に乗せたりしてトレーニングしていた。
トレーナーさんからは怒られたが、院長先生には爆笑された。
今回の件は全く気にしていない。メンタルも鋼鉄である。

沖野トレーナー
URAのあまりの態度に激怒して手が出そうになったがテウスに止められて事なきを得た。
今回の件を結構気にしていつもの飴は大量に噛み砕いた。

シンボリ家やメジロ家などの名門たち
レース界に新たな風が吹いたと注目していたウマ娘が在らぬ嫌疑を掛けられ潰されようとしていることに激怒し、ありとあらゆる手段を用いて抗議活動を行った。
名門であるが故に、レースの誇りを穢す行為は断じて許せない行為。

URA
トレセン学園からだけでなく名門の家々より抗議文が届いて大混乱に陥った。後日、公式に謝罪文を掲載したが暫く炎上し続けた。



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