漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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ランキングを見るのが怖い今日この頃です。

ジャック・オー・ランタンさん、2話及び3話の誤字報告ありがとうございました。適応させていただきました。


第八話 レースを終えて変わったもの

 

 退院してから二週間、私の学園生活は一変していた。

 

 まず、同級生のみならず先輩方からも異様に気を遣われるようになった。

 大変だったね、とか。酷いことされなかった? とか、今は落ち着いているが公欠明けの初日はそれはもう酷いもので、ウマ娘の波に私は飲まれていた。

 

 どうやら私が精密検査を受けた事情に理事長や生徒会長達が苛烈なまでに激怒したようで、URAに抗議をしたり事情を全校集会で学園の全生徒に周知したりと精力的に動いて下さったらしく、私が呑気にベッド担ぎスクワットをしていたころには盛大に燃え上がっていたそうだ。

 

 URAはそれはもう慌てた。URAは殆どがウマ娘の名門、トレーナーの名門という者の出身から出された委員や役員によって上層部が構成されている団体だ。

 

 ウマ娘の育成やレースに係わる立場である以上、公正公平、クリーンな業務というのが求められている。

 

 そのURAが寒門のウマ娘に対して圧力をかけたということで理事長が抗議文を提出、しかもその文をトレセン学園のホームページにも掲載したことから大炎上が起こったそうだ。

 

 名門の人たちも、自分たちに延焼してはまずいと思ったのか、はたまた彼らも怒ってくれたのか次々に声明を出すに至り、翌日には委員や役員の顔触れが一新されていたそうだし、私宛に菓子折だのなんだのが大量に届けられた。

 

 事を大きくするつもりはなかったし、穏便に済ませたかったのだが大騒ぎになってしまって、もう本当に申し訳なくて、理事長や生徒会長には頭を下げて回った。

 

 理事長たちは「君が気にすることはない」とか、「私たちが守るから安心してくれ」とか温かい言葉を掛けてくれたが、それがまた申し訳なくてずっとぺこぺこしていた。

 

 同級生や先輩たちにしても私はそんな感じで謝っていたのだが、それがいけなかったのか撫でまわされたりお菓子を分けてくれたりと過保護にされている。

 まあ、事件の被害者だと見られて同情されているだけだろうし、しばらくすれば落ち着くだろう。

 

 

 

「わー、テウスちゃん髪綺麗だねー。シャンプーとかなに使ってるのー?」

 

「えっと、購買で売っていたものですけど……」

 私も三日経ったあたりから慣れて、今はされるがままになっている。今は同級生のミニコスモスちゃんに撫でまわされた挙句に髪を弄られている最中だ。

 私はあんまりファッションに詳しくないので、普段は下ろしているかテイオー先輩のように後ろで結っている程度なのだが、今は髪をハーフアップにして複雑な編み込みをされている。

 

「はい、出来たよー。どうかなー?」

 

「ありがとうございます。うわ……すごいですね……」

 ミニコスモスちゃんが手鏡で見せてくれるがそれ以外の言葉が出てこない。私では見てもどうやったのか全くわからない編み込みだ。

 

「折角綺麗な髪なんだからもっとおしゃれしないと損だよー。今度編み込みの仕方教えてあげるねー。あ、チャイムだー。またねー」

 

「ええ、是非お願いします。楽しみにしていますね」

 授業開始を知らせるチャイムが鳴り、お互い席に戻る。次が今日の最終の授業だ。ちなみに科目は数学。睡魔に負けてしまう脱落者が数多く発生する魔の授業だ。

 私は数学は得意な方だ。授業を聞きノートをまとめつつ、別のノートに今日のトレーニングメニューを書いていく。

 

 最近は併走してくれる娘も増えたので、誰かと一緒にやるための常識的なトレーニングメニューに収まっている。

 

 スズカ先輩だけが相手なら加減する必要はないのだが、他の娘も一緒に走るなら問題が出るだろうとトレーナーさんが考えてくれた。

 

 トレーナーさんの考えてくれるトレーニングメニューはとても理に適ったもので、最大限効率化が図られている。そのお陰で私としてはもうトレーニングが楽しくて楽しくて仕方がない。

 

 この勢いでもっと自主トレも増やしてもいいくらいなのだが、自主トレの開始時と終了時にはトレーナーさんへの報告が義務付けられているので迷惑を掛けない範囲、寮の門限の一時間前までで終えている。

 

 後片付けも必要だし、遅刻して寮から締め出されるわけにもいかないので若干の余裕を持っている形だ。聞く限り門限は結構緩いらしいが、私は今まで一度も遅刻したことはない。 

 

 

 

 

「今日の授業はここまで。居眠りしていた娘たちは後で職員室に来るように」

 終了のチャイムが鳴り授業が終わる。先生が最後に告げた宣告に悲鳴が上がった。

 

 今日はほぼ半数が居眠りしていたようだ。項垂れる娘と帰り支度をする娘が綺麗に分かれている。

 

 私は起きていたしノートも完璧にまとめてあるので全く問題ない。項垂れるミニコスモスちゃんを見て苦笑いして、教室を後にした。

 

 

 

 すぐにでも着替えてトレーニングに行きたいので、静かに廊下を走る。途中で可愛がってくれる先輩方とすれ違い、挨拶を交わしつつ部室へ急ぐ。

 

 こちらを見て少し驚くような娘も居たのに少し疑問に思いつつ、部室へたどり着き着替え始める。今日も一番乗りだ。毎回一番乗りになるので最近は部室のカギを託されている。

 

 早着替えを終えてトレーニングの準備をしていると、扉がノックされる。この優しい叩き方はマックイーン先輩だろう。衝立もあって、扉を開けても着替えが見られるようなことはないのだが、マックイーン先輩は毎回ノックしてから入ってくる。

 

「はーい、入って大丈夫ですよ、マックイーン先輩」

 

「失礼しますわ。テウスさん、今日もお早いですのね」

 

「トレーニングが楽しみで楽しみで仕方なくって! マックイーン先輩も早いですね。リハビリの調子はどうですか?」

 マックイーン先輩は昨年、繫靭帯炎を発症し、現在はリハビリに努めている。大分回復したようで補助がなくとも問題なく行動はできているが、回復具合は気になる。

 

「ええ、問題無いですわ。この調子なら早ければ秋、遅くても年明けまでには走れるようになるでしょう。ですが、流石に今年の秋の天皇賞には調整が間に合いそうにありませんわね……来年の春に間に合うかもどうか……」

 メジロ家にとって天皇賞は悲願らしい。既に春の天皇賞を二度制しているマックイーン先輩だが、秋の天皇賞は取っていない。いや、1着を取った事は取ったのだが、斜行により18着への降着処分を受けてしまったために取れなかったのだ。

 

「来年の天皇賞がありますよっ。来年の秋の天皇賞なら私も出れますし、一緒に走りましょうね!」

 

「ええ、望むところですわ……って、貴女、菊花賞はどうするんですの?」

 

「? 秋の天皇賞は菊花賞の一週間後ですよね? なら問題ないですよ!」

 

「問題しかありませんわよ!!?」

 おかしい、何か問題があっただろうか? クラシックでは皐月賞とダービー、出られれば宝塚記念、菊花賞、そして秋三冠と挑戦していくつもりだったのだが……

 ちなみにティアラ路線は見送ることにした。桜花賞はマイル戦で私には距離が短いからだ。

 出来るだけ長いレースを走りたいので今のところマイル戦に出るつもりはない。

 

 宝塚記念を狙っているのは、もしかするとそこでスズカ先輩と走れるかもしれないからだ。スズカ先輩は今年のマイルチャンピオンシップを最後にドリームトロフィーリーグに挑戦したいと言っていたが、私の走りを見てか私とも戦いたいと言ってくれた。周りが全部シニア級になるであろうレースではあるが、スズカ先輩と真剣勝負できる機会を逃すわけにはいかない。

 

「テウスさん、貴女良いですか? いくら貴女が頑丈だからとはいえ、菊花賞の後に天皇賞を走るのは流石に無茶ですわ。それに、相手はシニア級ばかりですのよ?」

 

「大丈夫ですよ。万全な状態で走って見せます。マックイーン先輩が相手でも逃げ切って見せますよ?」

 

「……言ってくれますわね。手加減はしませんわよ。覚悟しておきなさい」

 マックイーン先輩が少し怖い笑みを浮かべてくる。流石に凄い迫力だ。流石はGⅠ4勝のウマ娘といったところである。

 

 

 

「……それにしてもテウスさん。貴女、今日はおめかしさんですのね」

 マックイーン先輩も着替えを終え、私の柔軟を手伝ってもらっていると、急にマックイーン先輩が変なことを言ってくる。

 

「え? 特に何も変わったことはないと思いますけど……」

 首を傾げて何かしたか考える。お化粧とかはトレーニングしてると落ちるのでしていないのだが……

 

「いつもと髪型が違いますわ。とても愛らしくて似合っていますわよ」

 

 ……!! 忘れていた! そういえばミニコスモスちゃんに髪を弄られてそのままだった!

 

 恥ずかしさのあまりペタンと地面に折りたたむように前屈して倒れる。マックイーン先輩が「どうしたんですの!? 何処か痛みますの!?」と心配して体を揺すってきたが、暫くは起き上がれそうにない……

 

 

 

【トレーナーSide】

 

 

 

 日が沈みかけたトレーニング用コース。俺はそこで担当ウマ娘のトレーニングを見ていた。

 

 ブラックプロテウス、穏やかな性格でこちらの言うことは素直に聞いてくれるが、このトレーニング量だけは制御することが出来ない。

 何せテウスが好きでやっていることだ。最初のころに一度言い聞かせて止めさせたことがあったが、翌日見るからに調子を崩していて、ライブのレッスンで何度も転んだり歌詞を間違えたりしていたとテイオーに聞いてからはテウスの好きにやらせるようにした。

 

 一応俺の手の空いているときは見守ったり、他のトレーナーにそれとなく見ていてもらうようにお願いしたりして放置しないようにはしていた。オーバーワークが怖かったのである。

 

 テウスは今、スズカが今週のヴィクトリアマイルに備えた調整をしているということもあって、単独でのトレーニング中だ。坂路で巨大タイヤ引きをしている。意味が分からない。通常あれは平地のダートで使うもののはずだ。重さも5tくらいあったはずだが、なぜ引けているのだろう。

 

 まあ、今更テウスのトレーニングに口を出しても仕方がない。坂路のウッドチップが物凄い勢いで荒れていくが、終わった後あいつが自分で整備していくし、いつの間にか理事長の許可を貰っていたようだしな……

 

 

 

「……ちょっと貴方。あれ大丈夫なの?」

 トレーニングを見守っていると隣に並んできたグレーのパンツスーツを身に纏ったクールな女、東条ハナが話しかけてくる。

 

「おハナさんか。テウス……ブラックプロテウスが頑丈なのはおハナさんも聞いてるだろう? 問題ないさ」

 

「そうはいってもね……真似するウマ娘が出てきたらどうするのよ」

 

「……あれ、真似できると思うか?」

 二人でそのトレーニング風景を見て無言になる。おハナさんは無表情になっていた。凄く楽しそうな表情で坂路を巨大タイヤを引きながら上っていくテウスを見て何もかもを通り越して無表情になってしまうのもよくわかる。俺もそうだったしな……

 

 

 

 坂路でのタイヤ引きを終え、満足そうにしているあいつに待機していた整備員が話しかけていた。理事長がこの後の整備を手配していたのだろう、テウスは整備員にお礼を言っているようで頭を何度も下げてからこちらへ向かってきた。

 

「あ、トレーナーさん! それにチームリギルのトレーナーさんも。見ていてくれたんですか? ありがとうございます!」

 ぽわぽわとした柔らかい笑みを浮かべて俺たちにもお礼を言ってくる。テウスはこうして事あるごとに感謝の気持ちを伝えてくる娘だ。こうされると何か強く怒れなくなるんだよな……

 

「貴女、この男に無茶なことを強要されてはいない? 何かあったらすぐに言いなさい」

 

「酷いな、おハナさん……そんなことしてないって。な、テウス?」

 

「はい! トレーナーさんは他の娘たちとのトレーニングメニューを考えてくれたり、私が無茶しないように見張っててくれたり、とても頼りになるんですよ! その日のトレーニングに応じた食事メニューとかも考えてくれて、お世話になりっぱなしなんです!」

 テウスがすごく嬉しそうに、無邪気に語る姿を見て、おハナさんが肩から力を抜いて柔らかめの雰囲気を出したのがわかる。結構な勢いで褒められて俺も少し恥ずかしくなって、頬を掻く。

 

「それにトレーニングした後はいつも私が無茶してないか、消耗してないかを確かめるために脚とか、背中や腰とかを触診してくれるんです。声を掛けられる前に触られることもあるのは少しびっくりしちゃいますけど……」

 テウスのその発言で、おハナさんが出していた柔らかい空気が一瞬で凍り付く。

 

「貴方……いきなりウマ娘の身体を触るなって何度も何度も、何度も言っているわよね?」

 おハナさんがこちらを睨んでくる。その振り上げた手はどうするつもりなんですかね……?

 

 

 

 その後、すっかり日の沈んだトレーニング用コースにバチィンと一発の大きな音が鳴り響いたのだった。




ブラックプロテウス
暫く皆に構い倒される日々が続いた。

ミニコスモス
いつも語尾が伸びているのんびり屋。
趣味はヘアアレンジ。

沖野T
おハナさんに叩かれた頬の跡は3日経っても消えなかった。

東条ハナ
沖野Tはいつかセクハラで捕まるんじゃないかと思っている。

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