無慙無愧が巡る怒りの日   作:ヘルシーテツオ

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間が空いてしまったので、軽く前回までのおさらい。
・瀕死だったベアトリス、クインによって救われる。
・病院にてクワルナフとヴァレリアが邂逅。
・ベアトリス、ボトムレスピットに連れられて、同じく敗北したリザとルサルカと合流。その際、ドッペルアドラー局長ジークリンデ・エーヴェルヴァインとも。
・クインの案内を受けて、今のボトムレスピットを支配するカイホスルーの前に。その場面で一区切り。


第九章『神に連なる者』②

 

 ここには“在るべきもの”が欠けている。

 まずはじめに思い至ったのは、そんな直感だった。

 

 彼女の名はチャコという。

 ブルーに染めた短髪。顔の大きさに見合わないサイズの眼鏡と、赤いニット帽がトレードマーク。

 勿論、本名は別にある。ボトムレスピット内における通り名であり、その役割は情報屋。

 その分野での非凡な能力を有していたためであり、彼女がこの“違和感”について感付いてしまったのもそれが要因だと言えた。

 

 一見して、クラブは滞りなく回っているように見える。

 取り立てて騒ぎ立てる者はなく、探りを入れてみても疑問を抱いている者は皆無だった。

 何も問題は起きていない。ボトムレスピットはいつも通り、アウトローたちの居場所として機能している。そう結論付けるしかないように思える。

 だが違った。クラブ全体の運営にも情報という形で携わり続ける彼女だからこそ、ボトムレスピットの決定的な不全に気付くことが出来た。

 

 今のクラブ・ボトムレスピットには、意思決定が為されていない。

 寄り集まったアウトローたちが、各々の思惑に沿って動いている。共同体としての筋は通しつつも、基本的には好き勝手にやっているだけだ。

 実際、アウトローの共同体などそんなものだろうが、ならばこそおかしい。ボトムレスピットは()()()()()()()()()()()()()()

 創設された経緯により、組織にはその特色が色濃く表れる。一言で言えば、ボトムレスピットという組織は最高意思からの決定に皆が従うよう出来ている。

 王者が、自らの手足とするべく創り上げた組織。なのに今の玉座には誰も座っておらず、居たはずの王の不在に誰も気が付いていない。明らかに筋が通っていなかった。

 

 そしてチャコが“悪夢”に苛まれるようになったのも、そのおかしさに気付いてしまった頃からだった。

 

 鉄塊に潰される。拷問器に嬲られる。雷に、炎に焼かれ、薔薇の夜に吸い殺される。

 自らの死に際の光景。思い当たりことなんて何もなく、なのに既視感を覚えてしまうのは何故なのか。

 まるで自分が、何度も何度もそういった末路を辿っているかのように。あまりにも真に迫った恐怖と絶望が、毎夜のようにチャコの心を蝕んだ。

 気付いてはならないものに気付いてしまった代償。深淵を覗き込んでしまったが故に、その先にある目を付けられてしまったと、苦しみの中で理解できた。

 

 それでも、チャコは決して弱くはなかった。

 並の者なら発狂必至の悪夢に苛まれて、そこで彼女が求めたのは怪奇に対する答え。

 薬を用いて意識を保ち、睡眠を削りながら自身に起きていることを究明すべく努めた。

 一人で抱え込むような真似もしない。仲間たちも遠慮なく巻き込んで、情報屋としての能力を駆使し手を尽くした。

 

 チャコは色々なことを知りたかった。

 その卓越した情報収集能力は、彼女の好奇心によって育まれてきたもの。

 敷かれたレールの上を歩いていく人生。安定しているのだろうけど、それだけでは退屈で、閉じた世界を拡げる何かを求めた。

 別に反骨精神が旺盛だったわけじゃない。ただ自らの人生をポジティブに、ラディカルに愉しもうと努めただけ。

 つまりは人よりも欲張りで、そして正直だったということだろう。だからこそボトムレスピットなんて街の裏側にも手を出した。

 それを単なる若気の至りで終わらせない機知と行動力。それは彼女が非凡な存在であることの証明だと言える。

 

 重ねて言おう。彼女は決して弱くない。

 安寧の檻に閉じこもるばかりでなく、未開の荒野へと踏み出す勇気もある。人間としても十分に強者だと言っていい。

 しかし、同時に彼女はどうしようもなく人間だった。超常の域にある魔人ではなく、故にどうしたって現実は限界を思い知らせる。

 死の悪夢は確実に彼女の正気を削ぎ落し、あらゆる手立てが徒労に終わる落胆は、その心に諦めの気持ちを根付かせていく。

 もはや限界が近いことを、誰より彼女自身が察していた。こうしてまともな思考が叶うのも、ひょっとしたら最期になるかもしれない。

 

 自分が欲しがったものは、娯楽。

 それはこの人生を彩るもの。色彩豊かになればなるほど、興味の対象は増えていく。

 とても一度の人生だけでは味わいつくせないほどに。世界は様々な価値で溢れているから、その可能性を常識なんて枠で狭めようなんて馬鹿みたい。

 知りたいなら知ればいい。好奇心は猫を殺す。よく聞く注意喚起だけど、きっとそうなっても後悔はしない。

 

「にゃーにゃー……なんてね」

 

 そして、今まさにその猫として、好奇心に殺されようとしている自分。

 まともな考え方が出来ている今だからこそ、自分の人生に後悔していない。

 せめてもの意地かもしれない。どんなに辛くても、ここで今までの自分を否定したら何も残らない。

 娯楽を欲しがり、色彩に満ちた人生を求めたこと。そんな風に生きたことが自分という人間の証明。

 なけなしの意地だとしても、それだけは変えたくない。変えてはならない、不変としてあるべきものだと思うから。

 

「面白いな。まだ欲しがってるのかよ、お前」

 

 そうしてただ消えるはずだった彼女を、拾い上げる声があった。

 典雅であり、大きくはないがよく通る響き。その声を耳にした瞬間、自分でも制御が効かないほどの“欲”が生まれた。

 まだ死にたくない。こんな訳も分からないまま、大人しく舞台を退場するなんて絶対に嫌だ。

 生きたいという渇望。もっと知りたいという欲望。先までの諦観など消え去って、チャコの心に熱が宿っていく。

 

「いいぞ、もっと欲しがれ。欲望があってこその命だ。

 止まるな。飽きるな。餓えた望みに焦がれろよ。貴賤なんてありゃしねえ。

 無いのなら奪え。あらゆる手段を利用しろ。敵も味方も、総てはそのための道具に過ぎねえ。

 てめえを邪魔するルールなんぞに頭を下げるな。それでこそ、俺の財宝(モノ)になる価値がある」

 

「あん、たは……?」

 

 チャコは理解した。

 自分の目の前に立っている者。人の姿を取っている“それ”は、ルールそのものなんだと。

 何もない所にルールが出来るのではなく、まず彼というルールがあってから他がある。謂わば世界の絶対原則。

 壮大すぎる存在感についていけない。頭がクラクラして、思考がまとまらず、それでも知りたいという単純な欲に従って問い掛けた。

 

「おまえも今から俺の(もの)だ。

 俺を悦ばせるために生き、有象無象ではない鮮烈な輝きを示してみろ。

 代わりに俺の財宝(たから)として抱いてやろう。俺の名はカイホスルー。よく覚えておけ、いいや忘れられない名前にしてやるよ」

 

 堂々たる名乗り。男の名は第六魔王カイホスルー。

 空白だったボトムレスピットの玉座に、新たな“(キング)”が君臨した瞬間だった。

 

 

 

 

「まあ、とりあえずお前ら、一杯やれよ」

 

 王の間とも表現が出来る大ホールから場所を移し、クラブ奥にあるVIPルームにて、気さくにそう告げるカイホスルー。

 まるで客人をもてなすように、クインとジークリンデ、そして黒円卓の面々を自らの元へと招き入れる。テーブルには所狭しと置かれた料理と酒。

 己は上座のソファーにさっさと腰をおろし、隣に女を一人侍らせてくつろいだ様子を見せている。相手が杯を取るのも待たずに早々に一杯を飲み干していた。

 

「文明とはいいものだな。俺たちの天じゃあ育まれなかった概念だ」

 

 

 水で割らず、上物のウイスキーを舌の上で転がし愉しむ。

 その芳醇で複雑な美味は、カイホスルーも知らない。技術を育み、発展させてきたが故の味わい。文明の歩みがあったからこその酒である。

 

「何より価値が増えるのがいい。欲しがるから価値が生まれ、価値は進む。俺が欲しくなる財宝(たから)が増える。

 欲望が無けりゃあ朽ちて廃れるだけだ。思えばあの世界は欲望の範囲が狭すぎた。

 白は節制ありきで発展しねえ。黒はどいつもこいつも個人主義。お互い殺し合いに何より夢中だから、娯楽なんざ二の次にされる。

 クワルナフの野郎も、あれだけの技術でせっせと造り続けたのは兵器だけだったしな。もっと別の形で活かしていりゃあ世の中は晴れやかになってたろうよ」

 

「そうですか。それでここにあるものは、黒の魔王らしく奪ってきたものですか?」

 

「噛みつくなよ神剣(クイン)。何でも暴力頼りなんざ面白くもなんともねえだろ。

 こっちの金の力だよ。ああ、金ってのもいいもんだよな。こいつこそ進んだ欲望の象徴だぜ。

 物同士の交換じゃあ追い付けない。価値が増えて膨れ上がった欲望をさらに拡げるための利器だよ。

 仮に俺が天を握っていたなら、もっとこういうものが幅を効かせるようになってたんだろうな。ごちゃごちゃとして割り切れねえからこそ、欲望ってのは色んな形になっていくんだ」

 

「……そういったあなたの性質は、次の天でもとても色濃く受け継がれているようでしたよ」

 

「ほう。そいつは興味が沸くな。一度見てみたいもんだ。

 おっと悪いな。ついつい旧知同士で花を咲かせちまったが、お前らを蔑ろにしたわけじゃねえよ。

 だからいつまでも突っ立ってないで、席について一杯やりな。別に取って喰うつもりなんてないんだからよ」

 

 穏やかでも高圧さを隠しきれない声音で、黒円卓の面々へと着席を促すカイホスルー。

 ベアトリスも、リザも、ルサルカも。その表情は緊張で強張っていたが。それでも何とか平静を取り繕いそれぞれ腰を下ろした。

 

「ねえ。話の前に訊いておきたいんだけどさ。そっちの子はなんなの?」

 

 開口一番を切ったのはルサルカ。彼女が指すのはカイホスルーの隣で侍る女だった。

 ルサルカは知らない。黒円卓でも、東方正教会(ドッペルアドラー)でもない。そしてクインらの関係者とも思えない。

 魂喰いの感覚として分かる。この女はただの人間だ。この場における最大の異質であり部外者だと言っていい。

 

 短く綺麗に切り揃えられた蒼の髪。薄めの化粧は、それだけ地顔の良さを示している。

 髪の色に映える赤い薔薇の髪飾りに、黒を基調としたパーティードレス。

 鏤められた装飾品はどれも一級品。美しく着飾り、元の幼さを妖艶な魅力へと昇華させた美女(チャコ)であった。

 

「あたしぃ?うーんと、まあ一言で言っちゃうと、あんたたちの眼中にもなかった有象無象(モブキャラ)ってとこかな?」

 

 のんびりとした口調に盛大な皮肉を滲ませながら、魔人を相手に臆面もなく言ってのける人間(チャコ)

 

「本当だったらこうやって話も出来なかったんだろうね。きっと何にも出来ずに、見向きもされずに殺されたんだろうから。

 でもまあ、国連の手配書は見てたけど、こうやって直に面と向かって見ると、なんだか割と普通かも?」

 

 彼女自身が言うように、本来ならばこうして会話などあり得るはずもなかった両関係。

 アウトローの中では一角の人物といえど、所詮はその程度。世界の裏側に君臨してきた魔人を相手にするには存在としての格差がありすぎる。

 彼女(チャコ)はそこまでイカレてはいない。捕食者に怯える被捕食者として、そこに抗えるだけの強さなど持ち合わせていなかったが。

 

「超ウケる。ざまあって感じ。今のあんたら、すんごいザコキャラっぽいよ」

 

「この餓鬼……!」

 

 ただの不良学生が、黒円卓の魔人に対して、あろうことか挑発まで宣って。

 それはルサルカの自尊心を著しく傷つける行為だろう。三百年を生きた老獪な魔女の殺意を以て、生意気な小娘を睨みつけたが。

 

「おいどうした?俺の女に何か文句でもあるのかよ?」

 

 星をも支配する龍の威圧が、そんな魔女の圧を容易く撥ね退ける。

 エイヴィヒカイトという、絶対的な無敵性を有していたこれまでと異なり、今は向こうにも龍王の後ろ盾がある。

 少なくとも、もはや一方的に奪われるだけの関係ではない。逆に臆して退いたルサルカの姿が、今の彼女たちの立場を表していると言えた。

 

「お前も、それくらいにしておきなチャコ。つまらねえ恨み節を聞かせるためにこいつらを呼んだわけじゃねえ。

 俺が浪費を嫌ってるのは知ってんだろ。お前の欲望を、こんな程度のことで満たそうとしてんじゃねえよ」

 

「はーい了解。あなたの言う通りにいたしますよっと、(キング)

 

 それきりチャコは引き下がった。

 カイホスルーの隣で、添え物のように黙って表に出ようとしない。

 あくまで己は影の存在だと、そう自らを理解しているように。そんな己の女を一撫でして、カイホスルーは一同へと向き直った。

 

「さて、何から話したもんかな。いざ理屈だって説明しろと言われると、中々に難しいもんだが」

 

「では、こちらからまず一つだけ確認を。あなたは今の事態についてどの程度把握しているのですか?」

 

「おおむねと言ったところか。所詮は推測に過ぎんし勘頼りなのは否めねえが、しかしそう間違っていないとは思ってる。

 むしろな、神剣(クイン)。俺はお前からの話にこそ期待してるんだぜ。お前だったら、俺が把握していない事情とかも知ってるだろうしな」

 

 カイホスルーの返答に、他一同の視線がクインの方へと向けられる。

 告げられた言葉に、クインは否定を返さなかった。即ちどちらかがより事情通なのではなく、互いに把握している事情としていない事情があるということ。

 

「ここは擦り合わせといこうぜ。まずはそっちから答えな。この舞台の絡繰りについて、お前の方から意見はあるか?」

 

 言葉を求められるクイン。応じるように頷いた彼女だが、次の言葉はすぐには出てこない。

 目を閉じ、悩み、言葉を選んでいるのだとその様子から察せられる。それは優しさか、憐れみという名の配慮だろうか。

 言葉を待つ者たちも、それを急かすような真似はしない。聞くことを望みながら、同時に恐れてもいるからだろう。

 何かが狂っている舞台。その絡繰りを聞かされれば、彼女らの根本の意義が砕かれるかもと予感しており、本来の演者たちは戦々恐々としながら待つしかない。

 

「この地に降り立ち、右も左も分からなかった私は、まず民たちの想いに耳を傾けました。

 白でもなく、黒でもない。誰もが白の中に黒を持ち、黒の中にも白があった。あるのは比重の違いだけで、私の知る世界とは一変していると気づかされました。

 正直に申し上げるなら、最初は混乱しましたし、言葉を悪くすれば不快だと感じました。あの世界は間違っていたという結論は変わりませんが、それでも私にとっては真我(アヴェスター)の宇宙こそが生きた場所で、物事の基準でしたから。改めてそれを思い知らされましたよ。

 自分のいる場所が定かではない。この地の人々にとっては当たり前であろうそれが、ここまで気持ち悪いものだとは思いもよりませんでした」

 

 第四天の舞台であるシャンバラにおいて、第一天の者たちは異物である。

 その強者たちも、ここに存在しない法則によって強さを保証されていた。魔王たちの力の規模縮小はそれを顕著に表している。

 単体としては素の人間に近い白の陣営。個人であればその影響力もさほどではないだろうが、集団としてなら話は別。同胞との結束と協調、絆の価値を骨子とする白の者にとって、善悪が定かでないこの世界はまさしく混沌。

 清濁併せ吞む天地、善意の裏に含まれた悪意が信じられず、価値観を崩壊させて集団発狂をも引き起こしていたかもしれない。白でも黒でも、相容れない異物であるのは変わらないのだから。

 

「幸いなことに、私には事前の知識が備わっていたこともあり、受け入れることが出来ましたが。

 混濁した中にも善の価値は確かにある。この混沌の様相こそ、本来の人の姿であり、決して恥じ入るようなものではないのだと」

 

「前置きが長げえよ。本題に入れ」

 

「……そうして想いを聞き入れていく内に、私は彼らの祈りの中に違和感を見つけました。

 同じ場所で、同じ時間を歩んでいるはずなのに、彼らの想いは“ズレている”。見ている世界が一致していない。

 誰もがそうなのに、彼らは何故か決して気付かない。そこに作為的なものを感じたのです」

 

 そして異物であるからこそ、見えてくるものもある。

 誰もが気付かない、気付けない違和感に対し、彼女だけが気付くことが出来た。

 その時点でも、仕組まれたものがあるのは明らかだろう。まるで舞台を円滑に回すために、余計な知識は必要ないといったような。

 

「私たちはとうに過ぎ去った遺物です。なのにこうして先の宇宙の舞台に降り立ち、生者のように振舞えている。

 ()()()()()()()()()()()()()()。そういうことを可能とする法則(ルール)に、私は覚えがあります」

 

 都合のよいように仕組まれて、まるで操られた人形のような。

 それでいて彼らの想いに嘘偽りはなく、紛れもなく彼ら自身からくる想いだと分かる。

 かつてそのように動いている存在を、クインは見た。彼らと戦い、鍔迫り合う刃としての視点から、凶戦士の前に立ちはだかった“軍勢”を。

 

「私が知るものと、全てが同じだとは思いません。

 しかしまったく違うとも思えない。恐らくは、根底の法則は同じところから来ている。

 私も、あなたも、この世界のあらゆる人々が」

 

 この神座の宇宙に生まれ、死んでいった総ての魂。それらの登場人物たちは消え失せたわけではない。

 座の法則が死後の概念を定義するように、魂という要素が座の機構の重要部分を占める要素なのは間違いない。

 彼らは皆、保管されているのだ。誰一人、無為な塵芥と廃棄されることなく、今も尚神座という根源の更なる極奥で眠っている。

 

「私も、彼らも、あるいはこの舞台そのものが」

 

 そこからイメージを通して、再現されて召喚された存在を、かつてこう呼んだ。

 

「私たちは“永劫の輝き(アイオーン)”ではないでしょうか」

 

 

 

 

「それでは、あなた自身も含めて、私たちは皆創られたものであると仰るのですか?」

 

「恐らくは、な。様々な要因を考慮し検証を重ねたが、その結論が最も妥当であろう」

 

 屋上へと場所を移して、ヴァレリアとクワルナフは対峙していた。

 他に人の姿はない。人を外れた者だけの空間で、しかし険呑な風では決してない。

 病院内の風景を一望しながら、その対話は穏やかとさえ言ってよかった。一人は笑顔で、一人は静謐のまま、話をしているその様に争いの気配は見られない。

 

「まず第一の話として、私は既に死んでいるはずだ。己が如何なる結末を迎えたのか、その最期の瞬間までの記憶は確かにある。

 そしてこの世界も、私が知るものとは明らかに異なる。生命は善と悪とに分かたれず、両属性を内包させたその混沌は、あるいは人のもつ本来の姿やもしれんが。

 ここは私が存在した世界より、幾度かの代替わりを経た果ての宇宙。それが正確には何度目かと知る術は持ち合わせなかったが」

 

 淡々と語りながら、しかしその内容は簡単に流してしまえるものではなかった。

 何かがおかしいこの世界。その根底に解明のメスを入れる論理の権化は、あくまで人の情を介することなく思考を重ねる。

 

「だとしても疑問点は無数にある。このような事象を可能とする法則など、私の既存の知識には無い。過去改変か、未来干渉か。そのどちらかであるとも見れるが。

 しかしこの推論は、次代の法則が異なる宇宙にまで影響を及ぼしていることを意味する。開闢へと至り、古き地平を洗い流した神の御業が、そのように甘いものだとは思えない。

 これも推測ではあるが、旧世界の存在が確立された別の世界に足を下ろすことは難しい。既に失われた存在である我らは、本来ならばその形を保つことすら至難のはずだ。

 よほど護りに長じた法で身を固めなければ、呆気なく崩れ落ちてしまうだろう。それなのに我らはこうしてこの地に立っている。

 確かに弱体化は受けている。だが言い換えるならばそれだけで、我らは安定した存在としてここにいる。強すぎず、弱すぎず、この舞台に適応した形での調整を受けたように。

 作為があるのは明らかだろう。自然の成り行きに任せて、こうまで拮抗するはずがない。我らは対等の舞台に立たされている」

 

「ならばその意図とは?我々の力を拮抗させて、この舞台を仕組んだ者は何を狙っていると?」

 

「これもまた明らかだろう。同じ等級の力を有した、戦いを是とする者たちが、ひとつ同じ場所に集められて望まれる事など他にない。

 この舞台は闘技場(コロッセオ)だ。次元が違い過ぎるための蹂躙ではない。互いの威を存分にぶつけ合わせる闘争が求められている」

 

「そのように一方的ではないからこそ、拮抗した戦いとして成立し得ると。ああなるほど、それは確かに作為的だ。

 そもそも現実において、拮抗した戦いなど極々稀な例でしかない。ほとんどの場合において、戦いが始まる前から結果とは決まっている。

 それを覆すことは容易ではなく、故に道理を外れた狂気が生まれる。かつて味わったあの戦争も、おおよそはそのようなものでした」

 

「その他にも作為的な部分は幾つもある。ならば我らの事も含め、この舞台それ自体がそうだと見做すのが道理だろう。

 ここは正史としての宇宙とは異なる仮初めの箱庭、局所的な天地創造といったところか。

 そして舞台にある命の総ては、正史の歴史を模して創られた存在に違いあるまい」

 

 この世界を箱庭だとクワルナフは言う。

 されど、彼が語る箱庭のスケールは、他の者たちと同列には語れない。

 ここでこそ一個の人としての姿に落ち着いているが、かつては極超巨星と恒星級の星々五十体からなる星団であり、五百の銀河を喰らった空前絶後の怪物。

 歴代でも神格を除けば、最大級の存在規模を誇っていた超弩級。天地創造や命の創造と複製といった発想に至ったのも、それしきはかつての己でも可能だったからに他ならない。

 

 だからこそ、ここに生きる人々は不明に気付けない。

 人はいる。街はある。惑星(チキュウ)があって、宇宙は広大に広がっている。

 やろうと思えば何千、何万年とだって持続させることも叶うのだろう。そこまでの規模となれば、もはや事の真偽にどれだけの意味があるのか。

 理解の及ばない領域の話など、ただ毎日を過ごす人々には無いも同然。彼らはただ、当たり前の人間として生きている。

 

「かつて私は多くの知識を蒐集したが、全知全能には程遠い。所詮、呼吸に等しく破滅を生んだだけの、空虚な機械の如き木偶に過ぎん。

 故に、私の知り得ないところで把握できなかった法則があったことに驚きはない。死者の蘇生か、あるいは再現か。いずれにせよ、答えが出たところで何が出来るわけでもない。

 私自身のこの舞台における役割は多くない。それどころか無意味といってもいいだろう。こうして理を敷いてみせたのも無聊の慰めに近しい」

 

「無意味ですと?これだけの事を成し遂げられるあなたが、そのような事を言うのですか?」

 

「然り。この身は奇跡の成り損ない。意義を見失った痴愚の歯車が本性なれば。

 意図せぬ不幸の重なりであったと、言い訳をするつもりもない。真の勝利者とはそうした偶然までも含めて栄冠を掴むものだろう。

 故に、他人(だれか)に期待した。私がやれなかったことを成し遂げられる何者か、そういう者が現れることを望んで、私は宇宙を旅して銀河を喰らった。

 事象の解明に重きを置いてきたのは、そんな奇跡に至る要因を探し出すために。果てに見出した“不変”に討たれたのが、私という存在が宇宙に刻んだ足跡だ」

 

 かつて救世主として立つ機会を逸して、破滅の工房へと堕ちてしまったクワルナフ。

 彼にとっては恥ずべき暗黒の数千年間。しかし忘却の中でも、求めていたものは変わらなかった。

 世界に救済を。悲劇ばかりの世界を変える奇跡の到来を。宇宙に破滅をもたらしていく中でも、本能に根差した願いだけは失われることなく。

 

「それは些か……後ろ向きが過ぎるのではありませんかな?」

 

 故に、流されたのでも転ばされたわけでもなく、まぎれもないクワルナフ本人の性によるものだからこそ、ヴァレリアは頷くことが出来なかった。

 

「あなたが我が主、ハイドリヒ卿と同位の視点をお持ちだというのは分かります。かつてならそんな存在は信じることも出来なかったでしょうが、こうして直に対面しては疑える余地もない。そして、だからこそ解せない。

 私のハイドリヒ卿に向ける思いは、素直な忠義ではない。認めてしまいますが、あの方を憎んでいると言っていい。私の大切なものは彼の手により奪われた。許すなどどうして出来ましょう。

 ですが、同時に抱いている憧憬の念も嘘ではない。それは事の善し悪しに左右されず、恥じることなく己の征く道を信じておられる揺るぎなさ。理不尽であり、あの方が悪魔たる何よりの由縁ですが、だからこそ魅せられた。私もあのように在りたいと。

 対して、あなたはどうか?不躾かもしれませんが、とてもハイドリヒ卿と同格とは思えない。その振る舞いは、あまりに――――」

 

「他力本願が過ぎるか?」

 

 向けられる懐疑の視線、侮辱とも取れる言葉を受け取りながら、クワルナフは先んじる形で末尾を紡ぐ。

 その様に憤りはなく、むしろ痛快といった笑みが浮かぶ。受けた指摘に頷いて、そんな自分を誇りと共に自覚していればこその笑いだった。

 

「その通りだ、修羅に仕える者よ。この身は無窮の“剣”を生み出す者。その輝きに魅せられて、奇跡の鋳造の礎となることを望んだ砥石である。

 笑わば笑えよ。そのために己が覇道を不完全なものに貶めようと、そうと望んだ我が選択に一片の悔いもない。

 これが私だ。輝ける光輪にして戦輪。破滅工房と恐れられた魔王にして、クワルナフという男の不変なる真実なのだ」

 

 

 

 

 己が把握していない状況に放り込まれて、人が取り得る反応はおおよそ二つの方向性に分かれる。

 

 一つは混乱。

 それが突拍子の無い事態であれば、その分だけ戸惑いの気持ちは強くなるだろう。

 自分の預かり知らぬ未知によるものなら、猶更に。そこに付随する恐怖や嘆き、要はマイナスに向いた感情であり、大概の者はこちらに当て嵌まる。

 

 そしてもう一つは怒り。

 己をこのような事態に陥れ、弄んだ何某かへの憤激。熱を伴うプラスに向いた感情の発露。

 自らを強者と自覚し、自尊心を育ててきた者であればこその反応。成功の実績とプライドがあるから、好きなように扱われるのが我慢ならない。

 自らよりも劣等だと信じている者たちと同列に扱われる。君臨してきた強者にとって、それは許し難い屈辱だろう。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 黒円卓は世界最強の集団。どんな国も、兵器も、魔人を斃すことは叶わず膝を屈した。

 優に半世紀もの間、彼らは理不尽な災厄で在り続けたのだ。最強者たる自負と傲慢は、もはや骨の髄まで染み込んで拭えない。

 

「つまりこう言っているわけ?わたしたちは全員偽物で、何だったらこの世界そのものが単なる模造品に過ぎないって?

 ねえ、あなた正気?冗談にしたって笑えない。妄想なら他でやってほしいんだけど」

 

「信じられないのは分かります。当事者のあなた方にとって、これは到底受け入れ難いことでしょう。

 ですが――――」

 

「――うるさいィッ!」

 

 理性の問題ではない。感情が受け入れることを拒んでいた。

 激昂を露わにして、クインへと自らの影を伸ばすルサルカ。

 エイヴィヒカイトが無くても、彼女には自前の魔術がある。他の魔人が力を失っている中で、ルサルカだけは唯一、未だに常人を超えた力を有していた。

 伸びた影が黒色の泥となり、クインの身を昇ってその喉を締め上げる。影の概念に実体の定義を与える虚数魔術、研鑽の果てに習得したルサルカの人生の足跡。

 

「分かるですって?あんたに何が分かるっていうのよ。

 わたしはね、生きたいの。もっともっと生きなくちゃいけないのよ。

 まだこんなところじゃあ死ねない。ハイドリヒ卿の黄金錬成で、この尽きかけの魂を完全な不老不死にする。そのために六十年を待ってきた。

 それが何?そう思っているわたしは偽物で、本当は全部終わった後だっていうの?ここにあるものはただの再現?ふざけるんじゃないわよ!」

 

「マレウス、待ちなさい!」

 

「いいえ待たないわヴァルキュリア。こんな戯れ言は絶対に認められない。

 わたしは生きているわ。偽物なんかじゃない。ここに居るわたしは、ルサルカ・シュヴェーゲリン以外の何者でもない!」

 

「そ、その通りです。理解が深まり、真に迫ったアイオーンの再現体は、もう本物とだって見分けがつかない。それこそ死者が生き返ったのと変わらないほどに。

 意に沿わなければ召喚者にだって逆らえる。その自由意思が許されているのなら、あなたの想いも決して偽りなどでは――」

 

「黙りなさい!」

 

 影絵の緊縛に力が籠もり、クインの言葉を遮った。

 加減の様子はない。激情に駆られた殺意は制御不可能で、もはやこのまま絞め殺す勢いだった。

 

「そんな与太話に聞く耳なんて持っていないわ。何だったらこのまま――――」

 

「いけない。止めろマレウス!」

 

 完全に限度を超えようとしているルサルカに、ベアトリスが動き出す。

 魔人としての力はなく、剣も無い。果たして今の自分でルサルカを止められるのか。抱いた迷いは一瞬で振り切る。

 既に行動は決断した。隙をついて体術で制圧する。魔人としての無敵性は向こうにも無い。鍛え上げた軍人としての力のみで、この魔術師を無力化しよう。

 覚悟が定まったなら、躊躇は不要。余分な思考を排除して、ベアトリスは踏み出した。

 

「あぐ……おぉ……!」

 

 だが、そんなベアトリスの行動も前に、ルサルカの身には異変が起こっていた。

 その顔は苦悶に歪み、クインを緊縛していた影絵も霧散する。術を維持できないほどの苦痛、何らかの干渉は明らかだ。

 クインではない。ベアトリスでもリザでもない。ジークリンデではなく、ましてチャコという少女でもあり得ない。

 

「まあ、あれだ。お前、ちいとばかり黙っておけよ」

 

 そんなことを可能とするのは、この場の主導権を握る魔王しかあり得ない。

 

「ぎい……あ……おおおおおおぉぉぉぉおおおお!!」

 

 堪らず上がった絶叫は、未知への恐怖で染まっていた。

 ルサルカにとって痛みとは身近なもの。魔術の習得とは身に刻む苦痛の道だ。

 おおよその狂気は既知の範疇。その想定に収まるならば、魔女が醜態を晒すなどあり得ない。

 取り乱すとしたら、彼女の三百年の歴史にも存在しない痛み。魔術の世界にすら収まらない未知なる法に他ならない。

 

「カイホスルー!それ以上は――」

 

「口を挟むんじゃねえ神剣(クイン)。別に殺しはしねえよ勿体ねえ。

 だが、王の前での不作法にいつまでも寛容でいると思うな。仕置きがいるなら、まずはそいつを思い知らせる」

 

 カイホスルーの手には、一冊の禍々しい書物が握られていた。

 それはルサルカが契約した聖遺物『血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)』。魂を融け合わせた力の源にして、ルサルカと一心同体の命そのもの。

 その書物に、龍王からの圧力が加えられている。軋みをあげて砕かれんとする呪物の悲鳴が、即ちルサルカ自身の苦悶そのものであった。

 

「そんな嘘、嘘嘘嘘あり得ない……ッ!?エイヴィヒカイトの契約を、その持ち主ごと奪うだなんて、そんな真似……!」

 

「出来ねえとでも?お前らの理屈で俺を当て嵌めるんじゃねえよ。

 俺に奪えないものはねえ。俺が欲しいと思ったならそいつは俺のものだ。いいか、お前らはもう俺のものなんだよ」

 

 カイホスルーの元にあるのは、ルサルカの聖遺物だけではない。

 戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)。ベアトリスとリザの聖遺物もまたカイホスルーの手の内にあった。

 一つのものに拘泥し、権利の是非を問うなど匹夫の所業。領土にある総てを己の財として納めてこそ王者の御業だと。

 魂の強度だけではない。メルクリウスの秘術であるエイヴィヒカイト、その大原則を覆す行いは水銀への挑戦といっていい。

 黒円卓の面々にとって、双首領の存在は絶対。ならばこそ彼女らにとってカイホスルーは、その絶対を揺るがす怪物であった。

 

「術理がどうだと知ったことじゃねえ。俺がそうだと認めたルールこそが世の道理だ。

 お前らのことは来賓として歓迎するつもりでいる。だからまず、俺という存在を身に刻め。

 強気に噛みついてくる女は嫌いじゃねえが、軽んじることは許さん」

 

 そして更なる異変がルサルカの身を襲う。

 魂の苦痛とは別の、その身体にもたらされる猛烈な喪失感。

 四肢の先から、ルサルカの肉体が別のものへと置き換わっていく。紫色の光沢を湛える濁りのないアメジスト。

 生体から鉱物へ。魔術の括りでは到底理解は不可能で、それは神威にも近い龍の威光。貴石へ変じていく己を見下ろし、ルサルカは悲鳴をあげた。

 

 貴石化の権能。

 この宇宙には無い、あるいは遠い過去に消え失せた概念だが、かつて宇宙の星々には魂と意思があった。

 あらゆる生命を超越する最強種族。いわば一つの世界そのものである星霊は、自らの世界に理を強いる権利を持つ。

 異質ではあるが、カイホスルーも分類すればその一種。故に持ちえるのが権能であり、彼は命を己の財宝に変えてしまう。

 かつてのスケールこそ失ったが、彼という覇道の意思は衰えることなく健在。ボトムレスピットがカイホスルーの支配領域なら、ここで彼に出来ないことはないに等しい。

 

「もう一度言う。お前らの命は既に俺のものだ。己を憂い嘆くだけなら、せめてその光彩をもって俺の王国の一部となれ」

 

 王の処分に口を挟める者はいない。

 ここではカイホスルーこそが絶対者であり、それに逆らう強さも、その理由もなかった。

 ルサルカに救いの手を差し伸べる者はいない。龍王の怒りに触れた代償に、貴石と化して場を彩る財宝の一部となる末路しか彼女にはなく。

 

「待ってください」

 

 あり得ないと思われた制止の声があがった。

 カイホスルーの妖眼が向く。つまらない言葉なら、同じく罰を課すと龍の瞳は告げていた。

 

「私たちはあなたの庇護で命を救った身です。仰ることも至極尤もであるでしょう。

 それでもどうか、今一度の恩情を。どうか彼女を消すのは思いとどまっていただけませんか?」

 

 声をあげたのはリザ・ブレンナーだった。

 一同から一歩前に出る。ここまで沈黙を保ってきた彼女が、カイホスルーの眼光を真っ向から受け止める。

 容易なことではない。殺意とも異なる龍の視線、総てを己の強欲の対象と見なす眼は、まともな者では一睨みで魂を屈服させる魔貌だった。

 

「聖遺物を握られて、私たちの生殺与奪はあなたにある。それに不満なんて申しません。命に値するものとして、支払う対価ならそれは道理でしょう。

 もう払えるものはない。こうして慈悲に縋るしか、私たちには術がありません。それでも、どうか」

 

「あらあら。随分と調子のいいことですね。自分たちのしてきた事を省みたことがないのかしら?」

 

 希いながら頭をさげるリザに、嘲笑を向けたのはジークリンデ。

 

「散々に他人の魂を喰らい、自分の欲望のために消費してきたくせに、よくもそんな事が言えますね。

 なんてみっともない。いざ自分が消費される段になって慈悲を乞うなんて、無様にもほどがあります。

 それとも、未だに自分たちは特別とでも思っているんですか?自分たちは水銀に選ばれた魔人だからと、有象無象(モブキャラ)とは違うのだとでも?

 流石は偽善者ですね、リザ・ブレンナー。不都合には目を瞑り、自分を正当化するのがお上手なようで」

 

「そうね。あなたの言う通りよ、お嬢さん」

 

 底の深い汚濁じみた悪意を受けながら、リザは淡然と微笑んでみせた。

 

「こうして力を失った今、私たちはこの世界から疎まれる立場にある。

 ここで庇護を受けられなければ、どの道私たちには道が無い。だからこうして縋っているの。何もおかしなことではないでしょう。

 ええ、みっともないわね。ごめんなさい、私は生き汚いのよ。エレオノーレには嗤われるでしょうけど、どんなに無様だって私は構わない」

 

 まるで服従の意を示すように、リザはカイホスルーへと跪いた。

 求められるならこの身だって捧げよう。どう罵られたっていい。自分が特別などとは夢にも思わない。

 それでもまだ消えたくない。望みは叶わず、何をやっても全ては徒労に終わりそうだと思えるのに、未だに老いかける魂は生きる意思を捨てきっていなかった。

 

 それが何故なのか、リザ自身にもはっきりとは分からなかったけど。

 

「……名前を言いな。お前の口から聞きたい」

 

 己へと跪いた女へと、内面を感じさせない声でカイホスルーが告げる。

 

「リザ・ブレンナーです。同胞からはバビロンの魔名でも呼ばれますが」

 

「そっちの名前はいらねえ。つまらねえ男が与えた皮肉なんぞ、俺が使う価値はない。

 顔を見せろ。こっちを向け。お前という女を、もっと俺に見せてみろ」

 

 カイホスルーの眼の色が変わる。

 好奇か、それとも嗜虐か。どちらとも映る、魔王の凄みを滲ませた笑み。

 上位者の舌の上で転がされる恐怖。己の命運がどう転ぶのか、揺れる内心を表に出さずにリザはカイホスルーを見返した。

 

「なるほど。お前はいい女だな、リザ・ブレンナー」

 

 果たしてどのように受け取ったのか、満足気にカイホスルーは頷く。

 

「まあそう気張るな。俺は女を蔑ろにはしない。特に価値を認めた女に対してはな」

 

 言葉と同時に、ルサルカを襲う貴石化の権能が止まる。

 瞬く間に戻っていく肉体の感覚に安堵したのか、何度も仰々しく息をついた。

 

「取り乱す気持ちも汲み取ってやろう。お前らからすれば荒唐無稽だろうが、元が星霊である俺にとってはそう難しいことでもない。

 世界ってのは人体に似ている。何億もの細胞からこの身体が成り立っているのと同じように、星が成り立つのもそこに住まわせる生命があってこそだ。

 そこから更にスケールを大きく見れば、宇宙だって同じだ。俺たちは宇宙にとっての細胞で、そもそもが玩具みたいなものなんだよ。

 再現された創り物だと?それがどうした。俺が俺であることに変わりはねえ。なら俺として動く以外にないだろうが」

 

「動くとは?この世界にとって異物でしかない我々に、いったいどんな道理があると?」

 

 カイホスルーの言葉に問いを投げるのは、同じく第一天の住人であるクイン。

 

「さてな。そこはまだ考えてねえ……おいおいそう呆れた顔をするなよ。

 どういう状況でこうなったにしろ、このまま何もせず腐っているつもりはねえだろう。先の展開なんざ見えずとも、何かしでかしてやるのは確定なんだよ。

 具体案なんざ気にするな。どんな展開になろうとも、俺が動いた以上はいいところに転がっていく。王道ってのはそういうもんだ」

 

 その言葉に根拠はなく、ただ龍王が抱く自信と自負だけがある。

 未来の展望を見渡す聡明さを持ちながら、そうした予測で事に及ぶのを好まない。

 そういうものは貧者の道だと思っている。王者とは成るべくしてなるもので、器一つで遂げてこそ王の道だと。

 まともに考えれば馬鹿としか言えない。しかして神威に達するまでに貫かれた馬鹿ならば、もはや絶対の真理にも等しいだろう。

 稚拙な欲望のみで万物を掴み取らんとする強欲の悪龍。それこそがカイホスルーという男なのだから。

 

「変わりませんね、カイホスルー。あなたもマグサリオンの手で討たれたのでしょうに。彼からは何の指摘も受けなかったのですか?」

 

「ああ言われたぜ。なかなかに身に染みる諫言だった。

 だが、それで何故、俺が俺を曲げなけりゃならん。足りないものがあったのは認めるが、ならばそれを踏まえて上方修正すればいい話だ。

 俺は変わらねえよ。それしきの矜持で覇道を名乗りはしねえさ」

 

 内心の憤りを押し殺したクインの言葉にも、カイホスルーは揺らがない。

 一度や二度の悟りや救いを得たところで、神は変わらない。確固たる不変を有するからこそ座に到達する資格を有する。

 カイホスルーもまた、神座に至る資格を有した一柱。殊勝に反省してなど、欲望の覇道には似合わない。

 

「とはいえ考えてかなきゃならんことも認める。今の俺たちは、俺たちの預かり知らねえ誰かの掌の上にいる。そこを見極めんことには動こうにも動けねえ。

 だからこそのお前たちだ。こっちの事情について知りたけりゃ、ここの連中に尋ねるのが一番だろう」

 

 そう言ったカイホスルーの眼が、黒円卓の面々へと向けられた。

 

「率直に訊く。お前らが知る中で、どうあっても傀儡なんぞにならないだろう奴は誰だ?」

 

 問われる彼女たちに、舞台のからくりなど見当もつかない。

 しかし、問われたように鎖に繋がれた身で甘んじているなど考えられない存在、その名前は全員が共通していた。

 

「……ラインハルト・ハイドリヒ卿。そしてカール・クラフト。彼らが誰かの傀儡だなんて、信じられません」

 

「ふむ。事前にジークリンデから聞いていたのと同じ名だな。そいつらがこの宇宙の座を握ってやがるのか。

 なら重ねて質問だ。お前らから見て、そいつらはどんな存在だ?悪魔だの、蛇だの、抽象的な表現は無しだ。そいつらって人間を知りてえ」

 

 そう問われて、一様に困惑を浮かべたのは無理からぬことだろう。

 彼女らにとって、黄金と水銀とは謂わば別種。同じ人類という枠組みでは測れない存在。

 どんな人間かなんて、言葉で言い表すなど到底不可能。常識に収まらない規格外だからこそ畏怖し、膝を折って忠誠を捧げたのだから。

 

「……少なくとも、最初にお会いした時のハイドリヒ卿は、まるで人生を憂いているようでした。

 囚われれば逃れられない、冷血非情のゲシュタポ長官。そう聞いていましたし、力にこそ圧倒されましたけど、抱いていた印象からそう外れていたわけではなかった。

 だけど、それから顔を合わせる度に、ハイドリヒ卿はどんどん外れていきました。超然とした、もはや理解が及ばない黄金の獣に」

 

「どうやらメルクリウスに連れまわされて、色々とやっていたみたいだったけどね。詳しい内容はわたしにも分からない。

 ただ、あの二人が動くたびに、世界から古い神秘が確実に消えていった。あの時代は魔術師にとっての黄昏時だったけど、まるでその残滓を喰らってまわっていたみたいに」

 

「変わっていったというなら、逆にメルクリウスは何一つ変わらなかったわね。あの男は最初に会った時から同じだった。

 ハイドリヒ卿が恐ろしいのは確かだけど、分からないというならメルクリウスの方かしら。カール・クラフトの経歴も詐称でしょうし、本当に何処から来た何者だったのか」

 

 ベアトリスに、ルサルカに、リザ。各々が思うところを語っていく。

 それを聞き届けながら、それぞれの言葉を吟味するようにカイホスルーは目を閉じて思考に没頭した。

 

「……なるほどな。理解はしたぜ、おおよそは。

 だが話を聞く限り、そのラインハルトって野郎は随分とつまらねえ奴のようだな。まったく期待外れも甚だしい」

 

「つまらないって、ハイドリヒ卿が!?」

 

「おうよ。お前らもビビッてないで、少しは客観視してものを考えてみな。

 要はそいつは、自分の欲望も分からねえ奴だったんだろう。それを手取り足取り、ご丁寧に教わっていったって話でしかねえよ。

 それも男が、男に対してだぜ。くだらねえ」

 

 恐れを知らぬ物言いは、当人を見ていないからか、それともひとえにカイホスルーが同格故か。

 信じられないといった様子の黒円卓の面々には構わず、同じ調子でカイホスルーは続ける。

 

「まあ、野郎の評価については直に会ってみてから改めてだな。

 だが関係性は見えた。俺たち風に言えば、メルクリウスって奴は真我で、ラインハルトはマグサリオンってとこか。

 お前はどう思ってるんだ、神剣(クイン)?こいつらの話を、お前はどう受け取ったよ?」

 

「私は実物を見たわけではありませんから、断定はしません。

 ただ、そういう関係性というなら、恐らくラインハルトという人物はメルクリウスなる者の自滅因子であったのではないかと。

 神や、それに連なる者が、自らを殺させるためにそういった存在を生み出す場合がある。マグサリオンも、元々の生まれを辿ればそうでしたから」

 

「それで、自分を殺せる奴をせっせと教育していたってわけか。

 自殺願望持ちの神格ね。ますますくだらねえな」

 

 散々にこき下ろす両人の会話を、聞いている面々は果たしてどう受け止めるべきなのか。

 黒円卓の双首領にそのような言葉を口に出来た者はいない。誰もが彼らを畏れ、口を噤んで考えないようにしてきたからだ。

 かといって、彼女らは忠誠心溢れる臣下ではない。明確に反目しているベアトリスに、ルサルカも内心では若造と見下して――そうすることで自らの自尊心を守っていた――リザもまた、ラインハルトとの間には忠節からは程遠い因縁が根差している。

 例えばザミエルがここにいれば、それこそ烈火のごとく怒り狂うだろうが、忠義の赤騎士(ルベド)はここにはいない。神槍よりの聖痕を宿した者として、複雑な思いが黒円卓の女たちの間で渦巻いていた。

 

 決して信奉はしていない。しかし侮辱されて喜ぶのもまた違う。

 畏怖もまた、忠義の形の一つということなのか。何と言っていいのか分からずに、彼女たちは口を開く機を逸してしまう。

 

「うふふ、おかしいですねえ。あの黄金と水銀が、こんな風に言われているだなんて。

 正直、私としてはこれだけでも生き返った甲斐がありますよ。ああいえ、生き返ったのとは違うのでしたっけ?」

 

「どちらでもいい。俺たちからすればそう大差はない。

 そういう道化の振る舞いがお前の価値とは認めるがな、あまり余計な茶々を入れるな。

 軽んじるなってのは、お前にも言っているんだぜ、ジークリンデ」

 

「滅相もなく。偉大な龍の御威光に、私ごときが否と言える道理もないでしょう。

 ですが、私と彼女たちは不俱戴天。如何に世界が移ろうとも、こればかりは曲げることの叶わない私の芯でして。

 たとえ貴石の身に堕とされようと、私の敵意は変わりません。どうかご容赦を」

 

「ふん、強気な娘だ。嫌いじゃねえがな。だがお前については後回しだ。

 舞台の仕掛けがどうであれ、そいつらが中心かそれに近いところにいるのは確かだろう。

 言っちまえば主役みたいなもんだが、ならばこそ踊る相手も必要だろう。そいつが誰かは、まあ分かりきっているな」

 

「マグサリオンですね。傀儡に甘んじるなど考えられないのは、彼も同じです」

 

「舞台の主役は恐らくそいつらなんだろう。壊す者同士、白黒はっきりつけようとしているか知らんが。

 この俺に端役を割り当てるなんざ大した肝だが、分からんのは俺たちがここにいる意味だ。

 俺たちがここに現れた切っ掛けはナダレだろう。何かしらの衝撃で表に出てきた奴の意識が、こっちの宇宙との境界を“崩界”で繋ぎ合わせた。

 ベアトリス。お前はその場にいたんだろう。そこで何かを感じなかったか?」

 

 この世界が決定的に狂いだした時。その瞬間をベアトリスは確かに見た。

 ラインハルトの神槍(ロンギヌス)。ツァラトゥストラだと思われた“誰か”へとそれが叩きつけられた時に、世界が別のナニカへと切り替わった。

 これまでこの宇宙を回してきた歯車の片方が、別の歯車に入れ換えられたように。天地に降り立つ許しを得て、あり得ないはずの登場人物が顔を出した。

 

 今さらながら、ベアトリスは疑問に思う。

 あのツァラトゥストラは誰だったのか。メルクリウスの代替。黄金錬成を回す黒円卓の敵対者。そんな事前の知識は全て意味を無くしている。

 確信する。あれはそんなものには収まらない、凄絶で禍々しいナニカだったと。直に剣を交えて、その脅威を味わったベアトリスだからこそ。

 どれだけ傷つき血を流しても止まらない凶剣。あらゆる生命を抹殺せんとする冥府魔道は、黄金とも水銀とも異なるものだったと。

 

「だが理由が分からねえ。まさかマグサリオンの意思でもあるまい。わざわざ俺たちを入れ込んだわけはなんだ?」

 

「……恐らくですが、具体的な理由は何もなかったのではないでしょうか」

 

 カイホスルーのあげた疑問符に答えるような形で、クインがそう言った。

 

「彼女は、言ってしまえば最も神に翻弄された立ち位置で、だからこそ世界の在り様を崩す一因となることを渇望していた。

 彼女自身には新世界を生む力が無い。だからこそ後の創世を任せられる誰かを求めて、その人が高みへと至る助けとなること。それが“みんな”の魔王という彼女の祈り。

 永劫の輝き(アイオーン)になろうと、世界に刻んだその願いが不変なら、望むことも同じだったはずです。だからこの世界にも、決定的となる一因をもたらした。

 彼女は“みんな”を愛していました。決して思った通りにはならない宿業を負っていましたが、それ故に明確な展望は抱かずにある種の混沌を望んだのかもしれません。

 あなたは端役だと言いましたが、そもそも役さえ貰えず除け者にされるよりはいい。愛する“みんな”の輝きを示してやりたいと、そんなところではないでしょうか」

 

 第二魔王ナダレ。

 白と黒が入り混じった二元の化身。善と悪の境界線に立つことを余儀なくされた、一人の女性。

 彼女の真意を知る者は、黒の同胞たちの中にもいなかった。翻弄され、誰よりもままならない己だったからこそ、不変となった祈りがあった。

 彼女自身は強者でも、知恵者でもない。それでも完遂された思いに不純なものは一つもなかったから。

 

「ふん、そうかよ。そう言うならそうなんだろう。俺の記憶では、奴はよく分からん印象のままで止まっているからな。

 だが配役も見えた。現れたのは同じ黒の陣営でも魔王クラスの連中だけ。それ以下の奴らじゃあ形にならなかったか。

 バフラヴァーンにフレデリカ。そしてクワルナフの野郎にこの俺か。マシュヤーナは最期が天堕の果てだったし、アカ・マナフについちゃ論外だろう。神剣(クイン)以外の義者(アシャワン)がいないのは、手を加えられる影響の範囲外だったってとこか」

 

 納得したようにカイホスルーは笑った。

 既に舞台の上にある役者の名前は出揃って、あとは如何に演目を回していくかというだけ。

 要は好きにやれということだろう。ならば強欲の覇道を為す龍王が、その我欲を抑えることなどありはしない。

 

「最後にお前らに訊いておきたい。メルクリウスって野郎についてだが、そいつはこんな風に言っていなかったか?

 餓えか、飽きか、世の中なんざつまらねえと、如何にも卑賤の輩が抜かしそうな事をな」

 

 再び問いを向けられて、黒円卓の女たちは考える。

 出来ることなら思い出したくはない。円卓の誰にとっても畏怖の対象であり、ある意味では黄金よりも恐ろしい全員にとっての魔道の師。

 この中であの影法師と特に関わりが深かったのはリザ・ブレンナーだろう。彼女がかつて指揮した“泉”という機関に、彼は何度も足繫く通っていたから。

 

「……彼は良くも悪くも、凡人に歩調を合わせられない人でした。自分を取るに足らない愚物だと語るのに、彼の視点はいつだって超越していた。

 厭世主義というならそうかもしれない。彼はいつだって未知って言葉を口癖のように好んでいましたから。

 人の一生とは総て定めの中にあり、大事も小事も選ばされているだけ。世界はそんな既知感(ゲットー)の中にあって、それを覆すのがハイドリヒ卿だと」

 

 それは、まともに聞けば狂人の戯れ言か、詐欺師の用いる大言壮語としか聞こえない言葉だ。

 笑い飛ばせなかったのは、誰よりも底知れぬ深淵のような男が口にした言葉だったから。正気かどうかも確かめようがなく、只人である団員たちは呑み込むしかなかった。

 

 だがそれも、今となっては事情が異なる。

 世界とは、宇宙とは、自分たちが絶対だと信じていたものが仮初めの箱庭に過ぎないと知らされた今ならば。

 あれはより深い部分で世界を見ていた言葉。まともに生きていれば気付かずに済んだであろう世界の真理だったと、彼女たちの中でも思い至る。

 賢くひらめきを見出したわけではない。ただこれまでの常識を破壊された後では、見えてくるものも違ったというだけの話。喜ぶ気持ちなど彼女たちの誰にもなかった。

 

「そうかなるほどな。おかげで確信を持てたぜ。

 この舞台は繰り返しの輪の中にある。そういう風に生きると決められた奴は、初めからそうなるように出来てるらしい。

 富める奴は富み、貧しい奴ならいつまでも何度繰り返そうが貧しいまま。多少の顛末は前後しようが、おおよその結末は変わらん所に行き着くようだ。

 こいつはそれを垣間見た。知らねえうちに辿ってきたであろう自分の結末、黒円卓(おまえら)に殺されるっていう自分の最期をだ」

 

 傍らに置いたチャコを抱き寄せて、宝物の価値を愛でるように撫でながらカイホスルーは続ける。

 

「そういう法を敷いたであろう当人がそれを壊そうとしてやがるとは、何とも間抜けだが、それだけにこの法は強固で隙がねえ。

 繰り返すってことは、それ以外の可能性を許さねえってことだ。違う道筋に行こうとしても、揺れ戻して同じ可能性へと収束させるんだろう。

 似たような展開を辿れば、結果もそこに収束するように出来ている。誰も彼も、そこから外れることが出来ねえように、知らず知らず動かされてるんだろうさ。

 未知、ね。果たしてそれだけかな?勘だが、こいつの欲はそんな単純なものじゃない。もっと複雑で生々しい、粘着質な情欲みたいなものがありそうだ」

 

 最後の呟きに答えられる者は、ここにはいない。

 メルクリウスを知る者も知らない者も、戸惑いながら龍王の次の言葉を待った。

 

「だが狂わせる手立てがないわけじゃねえ。所詮、仮初めに過ぎない舞台だからな。

 こいつ(チャコ)が垣間見ることが出来たのも、その辺りの甘さが原因だろう。本来なら、民どもは気付くことも出来ねえんだろうからな。

 狂わせ方にも見当はついてる。あり得る可能性が収束するなら、あり得ない可能性を追えばいい」

 

 それは例えば、既知の日常を愛するはずの刹那が、その日常に生きる人々を殺戮するといった。

 脚本家に定められた役割から脱却し、その筋書きを破綻させる。修正する者が不在ならば、歪みは何処までも大きくなるだろう。

 その観点で見れば、第一天の者たちは存在自体が歪みである。彼らと関わりを持てば、自然とあり得なかった可能性へと流れ出していく。

 

「心得ておけよ、お前ら。

 もしも叶えられない願いがあるのなら、この舞台はそれを叶えるための場でもある。

 望めよ欲しがれ。己が求めるものを追え。善も悪も等しく、遍く欲望をこの俺が肯定してやる」

 

 

 

 

「しかし、些細なことやもしれぬが解せんな」

 

 傍から見れば実に淡々としたやり取りの対談。

 感情や関心を示そうとしないその姿勢を崩さずに、ふと思いついたようにクワルナフが尋ねる。

 

「この内容は当事者にとって無視できるものではあるまい。お前の知る常識を根底から覆すものであったはず。

 しかしお前を見るにさしたる衝撃でもないようだ。信じていない風でもない。いったい何故だ?

 世界が揺らいでも尚揺らがない不変がお前の中にあるのか?それとも単に、世界に対する関心を失っているのか?」

 

「おや不思議ですか?単純なことですよ、()()()()()()()()

 

 ヴァレリアもまた、変わらない微笑みの仮面を張り付けて答える。

 

「それは信仰ということか?だとすればますます解せん。偶像に依ったところで耐えられるとは思えんが。

 この世界に神はいない。人々が求める、祈りに値する神などは。悲しいかな、それがこの宇宙の厳然たる真実なのだ。

 宇宙の究極こそ神であり、故に他の神などいないということが明言されてしまっている。偶像(かみ)など、真実を知ってしまった者にとっては儚く脆い砂上の楼閣に過ぎん」

 

「仰る通りです。私を支えているのは偶像などではない。もっと確かで、厳然とその存在を知っている“最強”たる者。

 ありもしない奇跡に縋りはしない。そんなもので叶えられる願いは無いと分かっている。

 ああ、私自身、きっと完全に悟っていたわけではなかった。いいえ、気付いていたのに気付くまいとしていたのでしょう」

 

 相も変わらず人当りの良い態度の神父は、この場における異質であった。

 誰もが自らの存在意義を見失いかねない事実を前に、まるで世間話でもしているかのように。

 まともな事態でないからこそ、まともな姿こそが最大の狂気となる。地獄の中心で無邪気に笑う幼子がいたとしたら、きっと誰もその子のことを愛せまい。

 

「私、ヴァレリア・トリファは、ラインハルト・ハイドリヒがいなければ何も出来ない」

 

 故にこそ、ヴァレリア・トリファは誰よりも狂っている。

 

「何も出来ないのです。何も、何もね。ヴァレリアン・トリファなる男ごときでは何も掴めず、救えず、何かを遺すこともない。

 あなたは無意味と仰ったが、真に無意味というならこの私こそそうだ。誰かの礎ともなれぬ、唾棄すべき愚昧でしかない」

 

 黒円卓とは、狂人たちの集まりである。

 自身にとっての幻想を信じ抜き、現実を侵すほどの魔業を操る。狂っていなければやってられない。

 ウォルフガング・シュライバーなどは、その中でも特に頭抜けていると言える。そして方向性こそ異なれど、それに匹敵する狂気を秘めた壊人がヴァレリアである。

 

「私はかつて、ハイドリヒ卿に大切な子らを奪われた。だがあの方は見抜いておいでだったのだ。我が行いに善意などはない。あるのは浅ましい自愛、擦り切れた我が身の安らぎを求めたが故の所業。

 私は彼らを救っていない。ただ無垢なる彼らに囲まれることで、私自身を救いたかった。魔人と歩む道に嫌気がさして、逃げられないと分かっていながら都合のよい夢想に逃避した。

 結果は語るまでもない。どだい何もしないで得られる願いなどあるわけもないのだ」

 

 徹底した自己否定。その思いはかつての過ちに起因する。

 取り零された幼い命。愛しい献花(こども)たちを救うために、手折られた十人の徒花(こども)たち。

 等しく愛していたはずなのに、その選別は行われた。そうしなければ皆が死んでしまうからと、手折られる側が納得できるはずもない。

 罪業は、自らの安寧だけを求めた逃避と、愛しい者を掬いきることが叶わぬ不出来な自身。元より世俗との乖離に苦悩していた凡庸な魂は、究極の域にまでその渇望を昇華させた。

 

 別人になりたい。

 彼が知りうる限りの最強の器。誰も掬い零すことのない無敵の存在に成り変わりたい。

 ラインハルト・ハイドリヒを憎み、敬い、至高の器を以て至高を穢す。明らかに矛盾しているが、そうでなければ別人になり替わるなんて渇望は抱かない。

 単なる憧れとはわけが違う。憎悪も、畏怖も、崇拝も等しくあり、複雑怪奇な感情の混沌の果てに見出だした答えがそれなのだ。

 ただ綺麗なものを追い求めているのではない。あえて一言に要約するなら、凡俗で枯れるだけだった男が、地獄の釜へと潜っていく決意を抱いたということか。

 

「まあ、寒々しい自分語りはここまでと致しましょう。つまり私の支柱とは、脳髄まで取り替えたこの私自身。我が器は無敵なりと信ずればこそ立っていられる。

 みっともなく狼狽え、雛鳥のように答えを求めるばかりでは不甲斐ないでしょう。あの方に相応しい姿ではない。

 実際、衝撃は受けましたよ。只人であった頃の私なら、耐えられずに折れていたに違いない。そしてそうでないからこそ、異なる見方も見えてくる」

 

 つまりは発想の転換だった。

 真実がどれだけ衝撃的で、残酷であったとしても、それはそれ。

 状況が変わらないのなら、それを把握して如何に実利を得るかを考える。

 簡単なことではない。全てを投げ出して諦めてしまいたい気持ちもあるだろう。だがその選択は黄金の聖餐杯には許されない。

 

「事が既に正史の出来事として終わっているのなら、私が救うべき愛し子たちはどうなった?解放されたのか?救われたのか?それとも今も地獄に囚われて、救いの時を待っているのか?

 確かめねばなりますまい。曖昧な答えに逃げることだけは許されない。その上で子供たちの救いとは何なのかを問わねばなりません。

 それを踏まえるなら、あなたの語ってくださった事はとても面白い。あるいは私にとっての福音となり得るかもしれません」

 

 この舞台は過去の再現。

 街も、人々も、この世界ごとひっくるめて、被造物として存在しているのだという。

 されど舞台の上の人々は、そんなことは夢にも思わず、それぞれ思い思いの人生を過ごしている。

 そこに束縛や、強制されたものはほとんど見られない。ああ、ならばそれは、本物の生命と何処が違う?

 

「己が本物であるかどうかなど、気にしなければそれまで。無知は罪ですが、時にそれは救いともなり得る。

 そういう法則(もの)があるという事実。あるいは黄金錬成を掠め取る手段にこだわる必要もなくなるかもしれない。

 子供たちは何も知らずともよい。ただ生を謳歌して、人としての一生を全うすればよい。余計な重荷など背負わなければいいのだ。そうして得られた喜びも、哀しみも、総てが一つの魂の元へと還るのだとすれば、それは救済以外の何物でもありはしない」

 

 再現体(アイオーン)は、決して無意味な泡沫の夢ではない。

 かつて勇者が友との邂逅と真の理解を交わしたように、生じる想いに偽物などありはしない。

 神座の奥、最も深き極奥にある秘中の秘。それはこの宇宙でも何よりも神聖不可侵な場所。

 再現の元となる魂がそこにあるのなら、想いが還るのもそこになるのだろう。何より人の想いを重要視するこの宇宙、無為に散らせることだけはしないと確信できる。

 

「不条理は今に始まったことではない」

 

 ヴァレリア・トリファは神に至れる器にあらず。

 たとえ至高の器を身に纏おうとも、魂の根底にあるのは凡夫の心。

 故に、神の視点では見えてしまうものを見なくても済む。不都合には蓋とするという人間らしい俗欲に満ちた結論。

 

「神々の視点など必要ない。私は人間だ。地獄も楽園も、私には分からない。

 それでいいのだ。高すぎる視点では、俗世の雑事など目に映るはずもなし。ならば私は、彼らが歯牙にもかけぬ者たちのための救いと成り続けよう。

 たとえこの救いが、嘘の上に塗り固めた鍍金(メッキ)に等しいのだとしても、ああ何が不満だ。その輝きさえ真なら、中身などどうでもいいではないか。

 私が知る限り、俗人というものは弱く、いい加減で、だからこそ柔軟だ。好奇心に殺される猫はそう多くない」

 

 この宇宙における神とは、覇道の資格を有して流れ出させる者を指す。

 新たな法を開闢させるビッグバン。その心に抱いた狂おしい渇望に従い、彼らは後戻りの効かない道へと向かっていく。

 他の者と迎合し、妥協しながら生きるという、普通の人間のような真似がどうしても出来ない。行き着くところまで行ってしまうのが神たる由縁。

 たとえその結果として、彼ら自身にとっても不都合な世界が流れ出すのだとしても。強すぎるが故に、そんな不可逆性を有してしまう。

 

 巻き添えを食らう者からすれば、冗談ではない話だろう。

 世界の善し悪しなど、そこに暮らす人々には分からない。まず前提としてあるのが世界なのだから、否定以前の問題だ。

 世界の塗り替えの結果がどうであろうと、当事者となった人々にとっては破滅以外の何物でもない。現状維持を望む者は過半数を超えているはずだ。

 そんな俗人の気持ちがヴァレリアには分かる。ラインハルトの地獄(ヴァルハラ)を認めず、回帰の法が支配する世界で構わないと思っている。そのためにも、黒円卓の首領代行は難攻不落で在り続けるのだ。

 

「まあそれでも、以前ならばハイドリヒ卿がどうにかなるなど、とても信じる気にはならなかったでしょうが。

 今ならばあるいは、そういうこともあり得るのではと思っている。あの凶なる剣を振るう“彼”は、私にとっても衝撃でしたよ。

 察しますに、彼もあなた方の陣営なのでしょう。あのような存在がこの世界に在ったなど、とても信じられないことですから」

 

 本来、この舞台に存在し得ないはずの第一天の住人との接触は、演者たちにあり得ない影響をもたらした。

 ヴァレリアもまた、その例外ではない。神座の歴史で最も凄絶な無慙無愧を目の当たりにして、変化がないはずがなかったのだ。

 

「あれはハイドリヒ卿にも匹敵する衝撃。そして同時に、あの方とはまるで異なる印象も受けた。

 ハイドリヒ卿にあったのは絶対的な強さ。何者もこの人には敵わないという、天地に並ぶ者なき破格こそあの方だ。

 対し、彼は苛烈で凶々しかったが、強大さの点ではそれほどでもなかった。ただの銃弾にさえ倒れて、圧倒的には程遠く、悪く言ってしまえば不格好だ。

 そう、まるで凡人の器。選ばれた才など無く、ただ意志のみにて不可能を覆す奇跡。物語に語られる英雄が如き姿。

 ――ああ願わくば、私も彼のように在りたい」

 

 マグサリオンにとって、勇者や英雄といった称号ほど忌々しいものはない。

 勇者(あに)とは異なる道を征くという第三戒律。善の象徴としての生涯を否定するために課した誓いのために、向けられる憧憬は害意以上の毒となる。

 どれだけ冥府魔道を突き進もうと、その姿を輝きと捉える者が後を絶たない。無才を覆すその決意は、まぎれもなく英雄と呼ばれるに相応しい姿だったから。

 凶戦士にとっては厄介極まる脅威であり、彼の人生の最期にまで付き纏った。故にここでも逃れられる道理はない。

 

「おかげで悟りましたよ。私如きの小賢しい謀略など無意味。私に必要なのは、我が贖罪の道から決して逃げぬという決意と覚悟。

 所詮、凡夫に過ぎぬ身で、神々の謀を上回れるはずもなし。このように不条理で潰されるのが目に見えていた。

 初めから道は一つ。正気にては大業ならず。狂い尽きても尚果てぬ渇望だけが、この世界に一石を投じられる。そこに不純な考えを混じえることこそ誤りであったのだと」

 

 物分かりがよくては話にならない。まともな意見に耳を貸しているようでは駄目なのだ。

 渇望こそが魔人の力の源泉。そしてこの宇宙に質量を生じさせる唯一無二のものである。

 水銀の制作した神へと至る補助輪は、まさしく傑作と呼んで差し支えない。理屈の破綻など二の次で、むしろそれを真っ向から捻じ伏せてこそ奇跡を掴む資格を得る。

 

「私は黄金の玉体を担う聖餐杯。黒円卓の首領代行。私が舞台に在り続ける限り、真なる黄金の出陣は起こらない。

 要は諦めなければよい。不都合な事実など諸共に粉砕し、私は永劫に渡り救済の道を歩き続ける。

 やってやれないことはない。何故ならば、たとえ私自身は凡愚であれども、この器は凡愚に非ず」

 

 神父を支える狂信。冥府魔道の在り方を見て、その背を追わんとする決意の根源。

 彼は自分を信じていない。己を不出来と確信しているからこそ、他人の姿に完璧の幻想を見る。

 ラインハルト・ハイドリヒを絶対の強者だと信じている。最も憎み、恐怖しているからこそ、そんな男になりたいと渇望した。

 歪んでいるだろう。彼の弱さを、他人に転嫁しているだけだと言える。だがその狂える想いが弱いなどとどうして言えよう。

 祈りの種類に貴賤はない。強度の絶対値だけがこの宇宙の指標、無慚無愧によって奈落の断崖へと駆け抜けた渇望は極限の域にまで深まっている。

 

 もはやあらゆる言葉は通用しない。

 不都合など呑み込んで、好都合なものだけを獲得する。そうする事への迷いを、もはや一片も抱いていないのだ。

 

「世界の真実とやらが如何に残酷だろうと、私は逃げない。逃げた先にはよくないものが待っていると、私は誰より知っている。

 未来永劫、誰一人とて見捨てたりはしない。壊して創って、殺してはまた救って、アハハハ、悪趣味で破綻しているんでしょうが、しかし私は挫けませんよ。

 そんな魔道を進み切った先達がいたのだと、私は既に知ったのですから。模倣のようなものかもしれませんが、私にはそんな偽りの光こそ相応しい。

 きっと副首領閣下はこんな私を“邪なる聖者”などと呼ぶのでしょうが、だとしても迷わない。私はこの邪悪に満ちた聖道を歩き抜いてみせる!」

 

 決意と共に宣誓を口にする。

 そこに悪意はない。善意でもって茨の道を行こうとするその姿は、もしかしたら聖者だと言えるかもしれない。

 その過程がどれだけ血塗られていようとも、要は最終的に救っていればいいのだから。彼の救済には確かに嘘はなかった。

 

「――――よく分かった」

 

 得られた答えにクワルナフは納得して頷く。

 そうして導き出されたヴァレリア・トリファの人物像も、道理として呑み込んだ。

 

「つまり、お前は最初から壊れていたのだな」

 

 壊れなかったのではない。この男は最初から壊れていた。

 あの冥府魔道を目の当たりにして、尚もああなりたいなどと抜かすのは、間違いなく壊れている。

 

「あながち間違った理屈とも言えぬのがたちが悪い」

 

 重要なのは祈りの質量の絶対値。

 真っ当から外れた狂人ほど強い。それがこの宇宙のどうしようもない真理だから。

 強さを求めるなら神父の姿勢も正しくはある。まともな者ほど損をする世界なら、いっそ壊れた方がよいのも道理だ。

 

「ああ、改めて断じよう。このような摂理を敷いた母なる神は、やはり狂っている」

 

 大本が狂っているから、後に続いた世界も狂ったものとなる。

 二元論の宇宙が終わっても、始まりに敷かれた呪いは解けていないらしい。

 

「憐れな男だ」

 

 破綻者なりに、筋が通っているとも言えるヴァレリアの決意。

 だがクワルナフは確信していた。ヴァレリア・トリファに、冥府魔道の如き道を踏破するなど不可能だと。

 意志の強弱の話ではない。もっと根本的な部分で、この男は思い違いをしている。その陥穽がある以上、惨敗は目に見えている。

 

 指摘したところで聞く耳を持つまい。

 響かない正論ほど無意味なものはないのだから。

 そんな言葉で止まるのなら、ここまでの事になっていない。可能性があるとしたら、神父の中で最重要の優先度を持つ“誰か”からの言葉だろう。

 恐らく、その重要な“誰か”が、この舞台には欠けている。歯止めとなるものが無くなったからこそ、壊人として完成したとも言える。

 

 やがて、再び凶戦士と対峙した時、ヴァレリアは敗けるだろう。

 その陥穽を見抜かれて、凶剣の刃に成す術なく斃される。

 それ以外の結末が見えない。それほどに致命的な相性だ。何一つ報われることはなく、男は絶望の中で朽ちることになる。

 

「気が変わった」

 

 舞台の上に立つ者は、誰しも己の渇望からは逃れられない。

 それがこの宇宙の摂理故に。ヴァレリアも、そしてクワルナフも。

 醜く歪んだものは美しく導いて、迷い苦しむ民草の姿を見れば救ってやりたくなる。

 

「私には娘がいる。

 人の関係性で語るのは不適切で、決して良い父だったとは言えぬだろうが」

 

 血の繋がりではない。造物主と、その被造物という関係。

 父と娘という表現も、娘の方からそう言ってきたというだけ。

 それらしいことをしてやった覚えもない。本来ならこんなことを説く資格もないのだろうが。

 

「子とは、親の予想を超えていくものだ。いつまでも己が知るものと同じく見ては、その成長に驚かされよう」

 

 だからこそ誇らしくもある。

 変化に影響されるのは親も同じ。善しにせよ悪しきにせよ、生まれた子の存在が関係に変化をもたらす。

 思い通りとはいかず、だからこそ憎らしく、愛おしくもある。そんな関係性は、きっとどの宇宙でも不変のものだと思えるから。

 

「ふむ。申し訳ないが、何を仰りたいのでしょうか?

 つまりは、あなたも私の聖道を否定すると、そういう理解でよろしいか?」

 

「それでいい。細かな理屈の指摘を行うつもりはない。狂える事を是とする男に、そんな真似は徒労でしかあるまい。

 私はお前の慚愧を砕こう。対話は要らぬ。私のやり方で、その妄執に終止符を打ってやろう」

 

 世界が清浄な神気に包まれていく。

 血も穢れもいらない。ただ美しくと願った救世の覇道。

 クワルナフが持つ神髄。開帳された神威の一端でもあらゆる不浄を洗い流す美の化身がその本領を発揮する。

 

「構えるがいい。ああ、要はお前たちの流儀に乗ってやろうと言うのだ。

 好きなのだろう?闘争でもって事の優劣を決めるのが」

 

 解き放たれた覇道の神威は、たとえ魔人といえど抗えるものではない。

 事実、リザ・ブレンナーは直視されただけで自負を折られた。弱体化しようとも神に連なる者、人間如きとは格が違う。

 戦うという意志そのものをへし折りに掛かっている。最も凄惨な殺し合いの天に生まれた非戦の祈りが修羅道の使徒を染め上げんとして。

 

「ふふふ、困りましたねぇ。あなたが何を言っているのか、よく分かりません」

 

 ヴァレリア・トリファは揺らがない。染まらない。

 彼が有する不壊の器、闘争を尊ぶ黄金の玉体はそんな祈りに否を返す。

 

「ですが、一つだけ訂正させていただきましょうか。()()()()()()()()

 

 己は逃げない。決して救いなど求めない。

 償わなければならないのだ。罪を自覚し懺悔したなら、しなければならないのは罪業をそそぐための贖罪。

 罪を許されることと、罪を償うこと。この二つは別に行うべき事柄である。誰かを殺した罪があるなら、必ずやその誰かを救わねばならない。

 故に終わりなどは無く、永遠の贖罪に生きること。不退転を誓った想いに偽りなどはない。

 

 そのような有り様こそ、何より壊れ切った者としての証だと、ヴァレリア・トリファは気付けないから。

 

「そして意味は分からずとも、あなたの言葉には頷けるものがある。

 ああ確かに、私はどうやらあなたを()()()()()()()()()

 

 果たしてその言葉は、いったい何処から出たものなのか。

 その自覚を持たず、別人になりたがる狂える聖者は、かつての救世主と対峙した。

 





 もう一月も終わりですが、あけましておめでとうございます。
 まさかここまで手こずってしまうとは。我ながら遅筆すぎたと反省しています。

 今回の話がこの舞台の根幹となる設定となります。
 つっこみ所も多いでしょうし、本編の設定を改変してる点も否めません。
 所詮、黒円卓とアヴェスター勢を競わせたいがための設定なので。二次創作としてお目こぼしくだされば。

 神父様についてですが、彼の本領は策謀にあると思うんですよね。
 ですか、この面子だとそちら方面で活躍させるのが難しい。なので静かなる狂信という方面で振り切ってもらいました。
 マグサリオンにあてられて、某英雄閣下の如く光堕ちさせられた亡者のように。
 正論は無意味です。信じる心で不可能を可能とするのが彼らなので(笑)
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