強欲の天理に染められた『
元よりアウトローたちの収容地として機能していた場所は、解放された欲望によって過激化への一途を辿る。
真っ当な娯楽ではない。より危険で、より背徳的であればあるほど満足できる。社会を外れた者にとっては、禁忌の響きこそが何より魅力に聞こえるらしい。
死を賭けた遊技場などはその最たるもので、命の唯一性という縛りが無いから好きに出来る。そしてそれ以外に関しても、同じく命を安売りすることが流行っていた。
確かなリーダーがいれば、もう少しは秩序があったかもしれない。しかし今の『
聖書に記されし堕落の都の如く、悪徳の恍惚に酔い痴れた地。
ならばこそ、そこに邪悪の古豪たる魔女が君臨するのは必然だった。
豪奢なホールを占領し、繰り広げられるのは何十人もの男女が絡み合う大乱交。
まともなものではない。殴打や首絞めなど序の口で、中には四肢や頸部を斬り落としながら劣情を吐き出す倒錯ぶり。
致死性の高い極めて危険なドラッグを嗜好品とばかりに愛飲している。既に半数以上は事切れて、恍惚の死面を貼り付けながら復活を待っていた。
そんな山と重なった屍の山の上に跨って、退廃の光景を眺めながら美酒を呷るのはルサルカだ。
あられもなく着崩した恰好からは性臭が漂っており、彼女もこの乱交に加わっていたことを示している。
幼いながらも妖艶で、その色香と魔術で男も女も誑かし、絡んで愛でて気まぐれに縊り殺して。
ルサルカ・シュヴェーゲリンという“禁忌”に、この場の誰もが夢中だった。年季の果てに熟成された悪徳は、規範を外れた者たちには堪らない魅惑を醸し出す。
支配とは、それ即ち快感である。
他の者とは目線が違う。蠢く群衆を高みより見下ろして、その生殺与奪を采配する。極論、これに勝る欲望は無いとさえ言っていい。
良識に従い、世間に容認された無難な欲で満足していられる内はいい。しかし人間とは、やれるとなれば際限なくやりたくなるのが性の生き物。
禁忌とされる行為が、自分にだけ許される。その誘惑に抗える人間は極めて限られる。そして一歩目を踏み出せば、あとは転がり落ちるように堕落する。
その欲望はありふれたものだと言える。気儘な我欲に酔い痴れていけば、やがては
ルサルカの聖遺物の大本である、エリザベート・バートリー。彼女が重ねた悪徳も、思えばそう特筆すべきことでもないのかもしれない。
ただ他人よりも辛抱が効かず、求めることに素直だったというだけ。そこに環境が噛み合って出来上がった怪物が“血の伯爵夫人”なのだろう。
聖遺物と同調し、相性よく共鳴しながらルサルカはそう実感していた。別段、彼女たちがとんでもなく異常だったとか、そんな話ではない。
ルサルカはそれを深く理解している。加害者としても、被害者としても。平凡な人間が状況次第で何処まで残酷になれるのかを。
何の変哲も無かった村娘が、ここまでの魔女へと成り果せたように。他人を虐めるのに、特別な才能なんていらないのだ。
命とは大切なもの。決して掛け替えのない、護りたいと願うものだから。
ルサルカとて分かっている。分かっているからこそ、そんな大切なものを浪費することは最高の贅沢なのだ。
そこに人道や倫理を振りかざして反論しても、完全否定できる者がどれだけいるだろう。
善性の裏にある人の悪性。禁忌としながらも惹かれる心は誰もが持っているものだから。
ルサルカ・シュヴェーゲリンは真性の魔女。
彼女の魔性に、人々は舌の上で転がされるように弄ばされる。
抗おうとする者はいない。そんな勇者の如き雄々しさは愛玩具には許されない。
水精の魅惑に嵌った者に待っているのは、痴れた水底へと耽溺していく末路のみ。それは魔女にとって何よりの愉悦となる。
何も知らず恐悦に浸る有象無象。その愚かで無様な姿を肴にして睥睨しながら、魔女は無知で無力だった“
「――――ちぃ!」
途端に生じる不快感。
直前までの昂揚にも冷水をぶちまけられて、癇癪と共に男の一人を殴り潰していた。
たった一人きりで魔女の癇癪は終わらない。
ルサルカより伸びた影、そこより現れた拷問器が生存する者を次々と捕らえていく。
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。さしたる理由もない惨劇を感慨なく眺めながら再び杯を呷ってく。
理解はしているのだ。こんなことはただの憂さ晴らしだと。
いくら尊厳を冒涜したところで、御座に君臨する者らの関心さえ惹くことは出来ない。
所詮は有象無象の些末事。自分とてその一端に過ぎないと思い知らされてしまったから。
修めた魔術も、命を弄ぶ邪悪さも、ありきたりな欲の延長に過ぎない。
一足飛びの才覚ではなく、重ねた年数を以て万理に臨む。本人は認めないだろうが、ルサルカの本質は地道な努力の人だ。
およそ人が手を伸ばせる範囲でなら、彼女はあらゆる望みに届くだろう。だがそれ故に、彼女が望んだ頂きへ届かない。
決定的に
忸怩たる想いまで流し込むように酒を呷る。
酔いが回っていくのを感じる。魔人たる身はアルコール程度で毒されるほど柔ではないが、あえて耐性を下げて酔うことは出来る。
結局、人は酔うために酒を呑むのだから。魔人でも俗な享楽を好む輩ほど、この手の無駄な特技に精通していた。
満足できればいいのだろう。
己の器を弁えて、ここが分相応だと納得できれば、恐らくそれなりの幸福は手にはいる。
かつてのように、街へ国へと渡り歩き、人々の営みの裏側に君臨する妖艶な魔女として。
神秘の第一人者という自負と共に、影の世界の女王として満足すればよい。分際を知った賢き隠者として振る舞えば、民衆の尊敬を勝ち取ることだって出来かもしれない。
だが無理なのだ。
魔女は知ってしまった。未だ及ばぬ遥かな高みの、光輝く天主の星を。
故に賢者ではなく愚者として、無様な悪足掻きを止められない。狂い切れず怖じ気づきながらも、その生き汚さで以て足を進める。
遅々として進まない歩み。三世紀もかけてこの程度というのが元の才能の無さを表している。
魔女としての始まりである牢獄で、あの“影”と出会った時に、きっと彼女は壊されてしまったのだろう。
獄中の鉄格子から、ある囚人は星を見た。
汚泥の中で臆病者の
自分は堕ちた地星。天を翔けるための翼はもがれてしまったから、こちらと同じ場所にまで堕ちてほしい。
人間としての終わり。魔女としての原初となる渇望。三百年という年月で沈殿した想いは捨てたくても捨てられない。
夢破れた人の想いは呪いに変わるという。
永劫に叶わないものを追い続けても報われない。それなのに諦めることが出来ないのは悲惨だろう。
水銀の言霊は嫌らしくも的を射ている。総てを下に引き摺り降ろさなければならないのに、届かない至高の座を知ってしまった時点で詰んでいる。
黄金と水銀、そんな二柱の存在だけでも耐え難かったのに。
破格は彼らだけではなくて、それどころか結構な数がこの世界にはいるという。
だとしたら
「馬鹿馬鹿しい……」
もはや笑うしかないだろう。
本当に腹立たしい。引き摺り降ろしたいと渇望は昂っている。
けれどいざ、そんな破格と対峙すれば、弱い自分は折れてしまうのだろう。改めて思い知らされた格の差は、あの牢獄での頃と何も変わっていなかったから。
酒は現実逃避のための手段。
凡夫ならば誰にでも覚えのある、世界をまともに見たくない時の行為。
典型的な酔いどれであり、何処にでもいるであろう負け犬だ。それを屈辱とする自尊心も、今となっては邪魔なだけ。
ああ、駄目だ。酒が足りない。
半端に丈夫な身体が恨めしい。おかげで常人なら致死量と言える量を飲んでも酔い切れない。
だから余計なことを考えてしまうのだ。今はただ、このくそったれな世界のことなんて忘れ果ててしまいたいのに。
空になった瓶を投げ捨てる。高級品だったが、正直アルコールでさえあれば何でもいい。
新しいのを持ってこさせたかったが、小間使いだった奴は先ほど殺してしまったのを思い出す。いずれ甦るのだろうけど、わざわざそれを待っているのも億劫だった。
仕方なしに立ち上がる。
泥酔状態の覚束ない千鳥足。
ここまで酔ったのはいつ以来だろう。享楽的なれど本質が臆病なルサルカは、本当の意味で無防備を晒すなどこれまであり得なかったはずで。
途中、転がる骸に足を取られて、そのまま盛大にすっ転んだ。
演技でも何でもない。ただただみっともなくひっくり返っただけ。
おまけに倒れたまま立ち上がれない。完全に酔いが回りきっている。自分でも信じられない有り様に、ルサルカは乾いた笑い声をあげた。
「アハハハハハハハハ……――――」
もういい。もう、いいだろう。
このまま怠惰の中に身を委ねてしまえばいい。幸いなことに、こうして退屈凌ぎの手段には事欠かないわけだし。
どうせ碌な結末にはならないのだから。きっと自分は、どう足掻いても報われない最期を辿る。そういう星の巡りの下にいると。
何故だか知らないが、そう確信できてしまう。ならば苦しんで足掻くことに何の意味がある?
前を向いて立ち向かえなんて正論は、地に堕ちて穢れた者には相応しくない。空っぽな人間にそんな強さを求めるのは残酷だ。
ここに在るのは総てに折れた敗残者。
無様な地星に相応しい姿に、皆が喝采をあげているのを感じる。
一人だけ光を掴むなんて許さない。地に堕ちたなら、皆が揃って横並びで。
度し難くも、凡夫であればこその渇望。故にこそ魔女の裡にある魂たちも倣っている。その業をずっとずっと抱き続けてきたルサルカが、今や当の本人が引き摺り落とされる側に回っていた。
地星としてのあるべき末路である今の自分。
その様を己自身で嗤いながら、ルサルカは混濁した意識を手放していた。
*
古来より酒とは、魔術儀式との密接な関わりを持っている。
酔いとは一種のトランス状態。不明瞭であるが故に、普段自覚しない部分が浮き彫りになりやすい。
意識の底にある無意識。あえて知恵を捨てることで、世俗との繋がりを断ち見えざるものを視ようとする。
それは高次元への交信。あるいは自分自身という器の底への潜行だった。
己の
人は忘れても、その記憶が失われたわけではない。
ただ降り積もった思い出から、目当てのものを探し出す術を持たないだけ。
過去は必ず何処かに残っている。何かの拍子に見つけられれば、古い思い出も今に甦るだろう。
無論、脳にも容量というものがある。人の規格さえ超えて生き永らえれば、やがては飽和し壊れていくだろう。
それでも、古いものから順番に消えていくわけではない。そんな規則性は人の記憶には当て嵌まらない。
記憶にも重要度というものがある。どうでもいい記憶は早々に隅へと追いやられるし、拭い様もなく刻まれたものは何度も何度も反芻して思い出すだろう。
魔女の根源、あの牢獄の記憶は今も色褪せずに残っている。たとえ屈辱と苦痛しかない記憶だとしても、あの地獄こそ地星の渇望を完成させたものだから。
『仮にそういう
自分自身が幻想になろうなんて思わない』
人は刻まれた記憶を忘れない。その重要度を認識していれば尚の事。
ならばもし、意識では忘れようとしていながら、無意識で忘れまいとしている記憶ならどうだろう。
『遺産は在りし日の輝きを内包したまま止まっている。それがいい。
彼らは永遠だ。俺は永遠に憧れる刹那でいたい』
何よりも大切な記憶でありながら、その価値を本人が認めたがらない。
こんなものはただの気まぐれだと、長い人生の中でのほんの一時。どうでもいい幕間の日々。
そんな
『俺は幻想になりたくないが、時の止まった不変は好きだよ』
そいつは永遠性を愛しながら、同時に刹那の存在であることを望んでいた。
そんな変わり者であったから、特別印象に残ったというだけ。いくらか調子を狂わされたのも事実であり、ほんの少しの悔しさがある程度。
所詮、
「そうよ。あるわけがないんだわ」
沈んだ夢の中に映った情景。
無意識で垣間見たのは地獄でも影でもなく、何故か取るに足らないはずの男のこと。
「ただ珍しかったから、気になっただけ。
食べ損なって悔しかったから、こだわってるだけ。
ただそれだけ、それだけなんだから。こんな
口にしながら、何度も何度も自らに言い聞かせる意味を、ルサルカは気づけない。
自分の気持ちに素直じゃない。身も蓋もなく述べればそれだけだろう。しかし悠久の時を生きる彼女にとって、決して容易でないのも確か。
思い出は積り続けて、気付けば何が大切だったかも思い出せない。果たされなかった想いは重荷となり、これからの生涯にも影を落とし続ける。割りきって次に向かうなんて快活さは地星の魔女には似合わない。
故に忘却しか手段はなく、彼方へと追いやられた記憶をルサルカは省みない。
ここまでの生涯がそれ以外の選択を取らせない。選んでいるようで、その実は一本道を歩いているようなもの。
もはや気持ちだけの問題ではなく、運命だと言い換えてもいいだろう。アンナ・マリーア・シュヴェーゲリンは求めたものに追い付けない。それがこの宇宙に刻まれた既知なのだから。
「それだけなのに、ねえ?どうしてなのよ、◼️◼️◼️◼️」
恋しくて、けど妬ましくて。
焦がれるほどに眩しくて、けれど伸ばしたこの手は何も掴めない。
追い付けないのなら止めてやる。輝くあの人の脚を引いて、無理やりにだって留めてやろう。
ああ、なんて性悪な想いなのだろう。どう足掻いても足枷にしかなれない。それでも想わずにはいられないのが、泥に塗れた魔女の偽りなき真実。
魔女が求めたもの。その一人は影。
彼女にとっての始まり。あの獄中で出逢った超越然とした何者か。
アレが誰であったのか、得られた情報から推察すればおのずと答えは出るだろう。
しかしルサルカはそれをしない。察することが出来ないほど鈍いのではなく、その先には絶望しか無いと予想できるから。
だからこその現実逃避。欲望よりも保身に走る彼女らしい。もはやどうあっても届かないのだと、事実を知ってしまうのが怖くて。
ならばもう一人。思い出の刹那となった彼のこと。
彼女自身が忘れたがっている。いつまでも縋っているようで馬鹿らしいと。
しかし表の意識はそうでも、裏の無意識はそうではない。深層心理にしまい込まれた宝物、その輝きを知らぬ内に追っている。
とはいえ、それも永遠とは言えない。述べたように人の規格を超えて生存している魔女の記憶は崩壊が始まっている。そのままではやがて朽ちてしまうのが自明の理。
明確な答えには出せないが、その危機感だけは常に持っている。綻び出した己に焦り、完全な不滅を願うのはそのためだ。
もし宿業を超えようとするなら、ルサルカが求めるべきなのはどちらだろう。
両方を求めるなんて高望みは通らない。そこまでの器ではないし、それは彼女自身でも分かっている。
彼女の小さな手のひらではどちらかだけが関の山。そしてどちらかだけでも、追い付けた事実に変わりは無いはずである。
酩酊した意識。無意識との境目で揺蕩いながら、ルサルカは自問する。
自分が求めたもの、追い付きたかったのは何だったか。邪魔だったプライドも砕け散って、とても素直に自分が見れている。
果てに答えが得られたなら、果たして自分は何をするべきか。堕落の中でルサルカはそう己に問いかけ続けていた。
*
息も絶え絶えに、ぐったりと脱力して寝台に沈む少女。
衣服は剥かれ、あられもない恰好を晒していたが、それを気にする余力など彼女には無い。
圧倒的な手管に蹂躙され、もはや思考も覚束ない。行為の直後はそれこそ昇天してもおかしくない有り様だったのだ。
「おう、どうだ?少しは持ち直したかよ?」
そんな少女の姿を愉快気に眺めながら、呑気に声をかける龍の王。
自分の方は早々に身なりを整えて、果実をつまみくつろいでいる。その様子には、つい先ほどまで
「やり、すぎでしょ……どんだけ絶倫だってのよ……!?」
「あんなものは撫でる程度だ。これでもお前の身を気遣っていたんだぜ?
単品では満足いくものではないが、添え膳と考えれば悪くない。まあまあ楽しめた」
「勝手に人をデザート扱いすんなってぇのー……。
つーか、マジにあり得ないし。あれで手加減してたって本気?」
「当たり前だ。俺様を何だと思ってる?星そのものである星霊だぞ。
本気でやったら人の器なんて壊れるどころか碎けちまうよ」
「はぁ……やっぱり怪物は怪物ってことね」
アウトローの中に混じり、その生活を謳歌する嗜みとして、男性経験もそれなりの数をこなしている。
しかし、それなり程度では到底測り切れない快楽が、龍王との情事にはあった。少女は終始圧倒されるばかりであり、対抗心なんてあっという間に吹き飛んだ。
リザと同じように考えてはいけない。
黒円卓とは、水銀が手ずから選び抜いた超人の集団。
最弱を謳おうとも、リザ・ブレンナーとて選ばれた一人。魔人の業を扱えるのは、そもそも人を超える傑物だというのが水銀の理屈。
ボトムレスピットで情報屋として名を馳せたチャコだが、超人と並ぶには実力も経験も足りない。まだまだ凡人の域を出ていないのだ。
「それにしてもさ、王サマってやっぱり王サマなんだよね。すっごいナチュラルにハーレム思考でヤッテるし。
その前はあんなに熱心に、あのリザって人を口説いてたのに。でもさ、そういうのって正直ウケがよくないよ?
女をとっかけひっかえの飾り扱いする男とかこっちにもいるけど、基本クズだし。流石にそんなのとは一味違うって見せてほしいな」
「衆愚どもの考えなんぞ知ったことじゃないが、そんなものは考えるまでもねえことだ。
宇宙は広い。俺が愛でるに値する
なにせ世には物の価値が分からん馬鹿も溢れているからな。俺に見出されず、その輝きが埋もれていく。そんな損失こそあってはならんだろう」
未だ寝台の上に転がる己の
「ああ、だが勘違いはするな。主導権こそ譲らんが、選択権は常に女の側にある。女が自ら俺の元を去っていくなら、それを止めるつもりもない」
「束縛はしないってこと?独占欲とかはないってわけ?」
「いいや。己の宝を惜しまぬ奴がいたなら、それは宝に対する愛が足らん。
だがあるべきでないところに留めおくのもまた歪だ。執着があろうと、価値が下がる関係を強制すれば、俺の覇道にも傷がつく。
強かで良い女に好かれるのは男の器の証明だろう。俺が選ぶのではなく、女どもには自ら俺の器に収まるよう仕向けたい。その方が痛快だし、お前たちも納得できるというものだろう」
「つまり惚れるんじゃなくて惚れさせるって?」
「そうだ。むしろ男と女の関係で主導権も握れん奴が、ハーレムなんぞ笑い話もいいとこだろ」
選択など無用。ただ器量でもって万事こともなし。それがカイホスルーにとっての目指すべき理想だ。
女のために奔走するなど匹夫のそれだと思っているし、それで失望されるほど浅い器のつもりもない。
そして無論のこと、単なる理想で終わらせるつもりもない。求めることには素直で明朗快活、それこそが彼を神威にまで押し上げた何よりの由縁なのだから。
「でも、そういうわりには手を出してない人も多いんじゃない?あの
物にしようとしてるのはリザって人だけじゃない。他はいいの?」
「勘違いするなよ。俺は女という生き物を尊敬してるが、誰でもいいと言った覚えはないぜ。
美しいに越したことはないが、醜さにも愛でようはある。肝要なのは
呷った酒を舌の上で転がして、一拍を置いてからカイホスルーは続けた。
「あいつらは生娘だ。自分の心の何たるかすら推し量れねえ。欲に対する初々しさが残っている。
そんな状態で手籠めにしてやるのはまだ早い。俺が見初める価値が現れるとすれば、その
「……すっごいセクハラだけど、別に身体がバージンだから、とかじゃないよね?」
「当たり前だ。肉体の云々ではなく、魂の問題だよ。
特にあのルサルカはな。欲望を他のものとすり替えても満足は得られねえ。このままいけば先はねえよ。
ここから目覚めるなら、あるいはと言ったところか。もっともそこまで俺が世話してやる義理もねえが」
冷然とした言葉は、決して単なる脅しではない。
何処にでも身の程知らずの馬鹿とはいるもので、龍王に取り入り甘い蜜をねだろうとした女がいた。
近くにチャコがいたことも要因の一つではあったのだろう。そしてチャコは見た。龍の眼に適わなかった女が、物言わぬ宝石へと変えられていくのを。
欲の魔王は女を尊ぶが、決してその裁定は甘くない。宝としての価値を見出せなければ使い倒して終わりなのだ。
それは誰にとっても例外ではない。勿論、
目を掛けられたからと、それに驕ってしまえば見切られるのもすぐだろう。故に不遜だと承知しながらも、臆せず問いを投げ掛けた。
「まあ女関係はそれでいいよ。ならさ、王サマ。この前の決着とかはつけないの?」
「あん?」
「ほら、あの金ぴかドクロのすごい人。あの人とのバトルって結局お流れだったんでしょ?リターンマッチとかはやらないのかな?」
ラインハルトとカイホスルーは、共に覇道を戴く者同士。
本気で激突すれば後戻りが効かないと知っている。故に先の一戦も程を弁えて、一線を超えることなく仕切り直しの運びとなったが。
あれほどの闘争を繰り広げた者として、後腐れの無い決着を望んだとて不思議はない。それこそ男の本懐、強者の王道だとも言えるはず。
「…………」
されど当のカイホスルーに、そんな闘争に対しての意気ごみなどは感じられなかった。
むしろ冷めた眼差しの表情には苦虫を嚙み潰したような忸怩たる感情を覗かせている。
「あたしには分かってることなんてなーんにも無いよ。こっちの感覚だと映画の中に突っ込まれたみたいだったし、ファンタジー通り越してギャグみたいな。
正直どっちが勝ってた負けてたなんてあたしには判断つかない。でもさ、ひょっとしてあのまま続けてたらさ、王サマが敗けてたんじゃないかな?」
「ほう?何故そう思った?」
「勘、かな?言ったでしょ。分かってることなんて無いって。
ただ王サマの様子って、要は敗けそうだったから不貞腐れてるのかなって見えたから」
「遠慮のない奴だ。相手次第なら無礼打ちしてもおかしくないぞ。
だが、それでこそ俺が価値を見込んだだけのことがある。お前はその立ち位置のまま、俺って男を観続ける観測者になりな」
娯楽を知りたがった少女の欲望。
単純だからこそ衒いが無い。面白そうだという理由のみで動くチャコのことを、カイホスルーは肯定した。
「俺とて明確な根拠はない。これも直感にすぎないが、しかし間違いなかろうとも思っている。
あれで
もしも過日、弁えずに自らの覇道を流出していたなら。
鬩ぎ合いの果てに、カイホスルーは敗れただろう。そういう確信が生まれている。
戦力や技量での話ではない。まるでなるべくしてなるという、因果に定められた方向性のような。
あるいはラインハルト・ハイドリヒが退いたのも、同じくそうした展開を予測したからかもしれない。既知となった結末を何よりも疎んでいるのは彼だから。
「恐らくは、これが資格があった者と真実座に至った者との差なのだろうが。
忌々しいが、やはり俺はこの舞台の脇役らしい。そう理解できちまったのさ」
「ふうん。でもさ、そういうのを実力で覆すってのも物語とかの王道じゃない?
気合や根性、愛と絆のパワーで覚醒ってノリで。それとも王サマって魔王だし、そういう奇跡と相性が悪かったり?」
「抜かせ。奇跡なんぞいくらでも起こしてみせるが、そういう考え足らずにやらかす馬鹿は他にいるんだよ」
チャコの指摘を退けて、カイホスルーは告げた。
「あまり俺を侮るんじゃねえぞ。こんな偽物の舞台如きで、俺の欲望が満たせると思っているのか?
斬った張ったの勝負なぞ俺にはどうでもいい。そんなところに懸ける矜持なんざ持ち合わせてねえんだよ。
俺が見ているのはもっと
かつてカイホスルーは、凶戦士の手により討たれた。
それをもって敗北と言うのは間違いではない。彼自自身にも見えていなかった欠落を見破られ、凶剣に理解の刃を乗せてしまったこと。
敗れて散るつもりなど毛頭なく、その上での結果ならば敗北に否はない。それ自体はカイホスルーとて認めるところであろうが。
「俺が知らない天の連中を見極める。そう捉えるなら、この舞台はいい機会だぜ。
言っただろう。宇宙は広い。宝は俺が知るもので総てではなく、今この時も生まれている。人の欲が織り成す輝きの成果だよ。
輝きの価値を知り、この手の中に収めていけば、俺だけでは届かない欲のカタチにだって辿り着ける。
――――これから先、必ず来るだろう“次の舞台”で、今度こそ総てを手に入れるためにな」
まだ何も終わっていない。
それが証拠に、カイホスルーという男の意志はここにこうして存続している。
複製や模倣といった存在であったとしても、その欲に陰りがなければ龍王の覇道に終わりはない。
根拠は無用。己が動く時とは、即ちそういうことなのだと。知恵でも力でない。ただ度量のみを信じる王者は、敗北を経験したとて信念を曲げはしない。
敗北すら含めて我が王道なりと、声も高らかに宣言するだろう。馬鹿だとも言われようが、突き抜けた稀代の馬鹿者故に、カイホスルーはここにいるのだ。
「偽物かぁ……。ねえ、ちょっとつまんないことを言ってもいいかな?」
余計な責任など抱かずに、ただ娯楽の有り無しのみを追求する
そんな欲望には相応しくない諦観を滲ませて、チャコは言葉を続けた。
「この舞台は偽物で、ここで生きている人たちも皆、本当はもう死んでいる。うん、改めて聞くと笑えない事実だよね。
平気な顔していられるのは、単に深く考えないようにしているだけ。元々アウトローなんて連中は刹那的なモンだからね。
だからさ、分かったよ。あたしも所詮はその他大勢の
馬鹿は死んでも直らないと言われる。
神座の宇宙の強者とは突き抜けた
その純度、破格の熱量に普通の人間はついていけない。時に揺らいで、折れて、初志貫徹とはいかないのが“まとも”な人間だ。
馬鹿とは、なろうとしてなれるものではない。不屈の意志を貫いて、そのまま貫き通すには、どうしてもまともなままではいられない。
「ありきたりな動機なんだよ。いいとこのお嬢様が恵まれた環境に退屈して刺激を求めた。ただそれだけ。
お父さんも、お母さんも、放任気味だったかもだけどちゃんとあたしを育ててくれた。あまり自覚してなかったけど、愛されてたし愛してたんだと思う。
何もかもが壊れることなんて望んでなかった。ただ少しだけ、あそこでの日常が退屈だったってだけ」
世間に行き場を失ったはぐれ者ではない。真っ当な居場所がありながら、あえて外れて非行に走る少年少女。
退屈していた。平々凡々とした毎日に飽き飽きして、冒険気分で社会の裏側に手を伸ばす。悪い大人の食い物にされる典型だったが、ここでは少々事情が違った。
なにせ本来の“
「お父さんは死んだ。お母さんも死んだ。もう街で生き残っている人は誰もいない。
正直に言うと、今だって現実感が無い。あまりにも呆気なさすぎて、いなくなったことが信じられない」
ラインハルト・ハイドリヒの降臨。それが意味するのは諏訪原市の住人の全滅。
そこには何のドラマも無い。ついでとばかりに潰されて、魂を喰われただけ。
元よりここは生贄の祭壇として用意された都市。黄金の獣が現世に舞い戻れば、それは必然として起きることだ。
そこにあったであろう営みも、人生も、考慮されることはなく。
彼らには何の罪もない。ただ弱く、間が悪かったというだけ。
神座の交代劇の舞台となった場所で、演者以外の選択肢など絶無に等しい。己が預かり知らぬところで命運を決定され、黙して従うしか只人にはあり得ない。
龍の加護下にいなければ、チャコとてまったく同じ末路を辿っていただろう。それを覆せる“
「要は想像力が足りなかったんだよね。明日も今日と変わらない。それがつまんないって、本当に壊れてしまう時を考えられていなかった。
世界はつまんないままでないといけないんだって、分かっていたのに無視してた。退屈しないくらい刺激に溢れた場所でも、自分なら大丈夫だって。
きっと何処かで、あたしたちは無条件で自分が物語の主人公だって思ってる。口ではどう言ったって、自分が世界の
戦場などでもよく聞く話。
極限の状況下で、自分だけは死なないと信じ込む。隣の戦友が斃れるのを見届けながら、自分はこうはならないと。
何も特別なことじゃない。誰もが用いる自己暗示だ。命が消える呆気なさに、精神を適応させるために行う防衛手段。
勿論、それで本当に死ななくなるわけじゃない。賽の悪い目が出れば、容易く命が失われるのには変わらない。
恐らくはそこが主役か脇役かの分岐点。ただの暗示を真実に変えられるかどうか、それが出来てこその“特別”だ。
「今の状況にはわくわくしてるよ。あなたはこれからもっともっとすごいものを見せてくれる。退屈してる暇なんて何処にもない。
でも、本当にこのままでいいのかなって、迷ってる気持ちも同じくらいあるんだ。死んでいった人たちと、あたしの違いって何だろうって」
表情を覆い隠すように、赤いニット帽を深く被る。
それは自身にとってのトレードマーク。そして過ぎた日常の名残だと言えた。
「結局、あたしも凡人ってことなんだろうね。いっそ開き直ってやれればいいんだけど、なかなか上手くはいかないよ。
ごめんね。やっぱりつまんないよね。こんなの雑魚の理屈だし、知ったことじゃないから王サマみたいな人たちはやれるんでしょ。
せっかく拾ってくれてなんだけど、きっとあたしは王サマを失望させてしまうと思う」
それはある意味で裏切りにも等しい宣言だろう。
誰より人の欲を奉じる龍の王は、そこに混じる不純や誤解を許さない。
たとえ自らの寵姫であれ、信頼を損なえば呆気なく捨てられる。魔王であるカイホスルーにまともな情など通用しない。
それを十分に承知の上で、しかしチャコは構わなかった。
半ば自棄にも近いかもしれない。ここで終わるのならそれはそれでしょうがないと。
欲望に傾倒し切れず、雑多な想いに縛られるのは苦しい。満ち溢れる刺激的な娯楽の数々に、しかし心は疲弊している。
悟りの境地など得られる見込みもなさそうだから、終わってしまっても残念に思うと同時に安心できる。
龍に拾われて繋いだ命なら、終わらせられるのにも納得できる。すべてを受け入れる覚悟で龍からの裁定を待った。
「俺が知る奴の中で一人、頭抜けた馬鹿がいてな」
返された言葉は、しかしチャコが予想していたものではない。
脈絡の無い話題には首を傾げるしかなく、黙って次の言葉を待つ。
「先ほど話題にあげた馬鹿とはまた別でな。どちらが上ということではなく、言うなれば種類が違った。
そいつは奇跡なんぞ信じちゃいねえ。感情論とは真逆の理屈狂いで、何事も解き明かさんと気が済まん奴だ。
物だろうがシステムだろうが、解体するためには中身の知識が要るだろう。ただぶっ壊すほうが簡単だろうが、それだと把握していないところで取り零しがあるかもしれん。
根がまともだったんだろうな。消し去るためにまずは知る。何もおかしなことじゃないだろう。その道理を律儀に、徹底的に、貫いて貫いて貫き通したのが奴の道」
己を斃した男を語る。そんなカイホスルーの心境は、決して険呑なものではない。
認めているからだろう。死して尚変わらない龍の王だが、かつての結末自体は受け入れている。
業腹ながらも己を討つに値する男だったと、納得しているからこそ悔いはない。過去に戻って覆そうとは思わないだろう。
「冥府魔道。誰かがそんな風に言っていたな。唯一人、奴以外には真似できない孤高の生き様だ。
浪漫の欠片も無いが、まあ大した野郎ではあったよ。“いい女”に愛されていただけはある。
――――かつて俺を殺した男だ」
カイホスルーの口から出た確かな言霊に、聞いてるチャコは息を呑んだ。
「チャコよ。言う通り俺ではお前の慰めにはなれん。俺が与えるのは女としての熱と、お前を輝かせる欲望だけだ。
これからもお前には欲しがる女で在ってほしいし、容易く見切りをつけるなと言いたい。
だがもし、それでもお前がお前の何たるかを知りたいなら、あいつに会ってみるといい」
その刃は凄絶、されど凶剣が与えるのは無慈悲な滅びだけではない。
世界は不変とは定まらず、何を信じればよいのか確かなものは何も無い。
真実はあまりにも残酷で、知った者に許されるのは絶望のみ。きっとどの天でもそれは変わらない。
ならばこそ冥府魔道は救い足り得る。理解の果てに下される終わりは、もう何者にも転がされない不変を与えるものだから。
「千年続けば仮初めとて真と同じ。そう言ったが、まあそんなことにはならねえだろう。
なにせ律儀で真面目な馬鹿野郎だ。本物偽物関係なしに、走り出したなら容赦などあるまい。
このまま同じ奴に殺されるのも芸がねえが、まあ俺だからな。どんな成り行きでも上手い具合に転がるだろう」
彼だけにしか分からない自信でもって、カイホスルーは未来を予言する。
元よりこの舞台に穏当な結末はあり得ない。
彼は不変の凶剣。ひとたび抜かれれば無慚無愧の殺戮行を貫き通す男がいる時点で、ぬるま湯の状況が続くわけもない。
ラインハルト然り。カイホスルー然り。宇宙の強者は皆、変わらない祈りを懐いている。それは宇宙を制する理であり、だからこそ変えることが出来ないものである。
重要なのは資格も有無など超越した想いの強さ、ただただ自らの一念に殉じて曲がらない愚かしさである。
――――そして、誰の眼にも映っていない舞台の外れで、その時は訪れた。
次元の壁を突き破り、虚空より現れ出でた腕。
禍々しい鎧に包まれた腕は、そのまま紙のように空間を引き裂いて、全体像を顕わにする。
血塗られた黒い全身鎧。無骨な姿に華はなく、濃密すぎる殺戮の足跡だけが見て取れる。
特異点の原則など、この男にとっては何の意味も無い。
掟破りの無法の化身。為すべきを為すためならば、男はあらゆる無理を押し通す。
大人しく封じられてやるなど認められるはずもなし。その凶眼に映した標的は、今も無数に蠢いているのだから。
彼がここにいる以上、勝負の結果も明らかだろう。
同じ筋書きを辿ったのか、それとも過去を超えたのか。それは当事者の二人にしか分からない。
いずれにしろ、一方が消え去ったのは確かである。どちらか一方の滅びしか、闘神と凶戦士の決着にはあり得ないのだから。
覚悟せよ。虚構の日常はこれで終わる。
これより先に停滞は無い。例外を許さない理解の魔剣は最短効率を駆け抜ける。
あとについていく者のいない唯一無二の愚者として。好んでいるわけではなく、かといって嫌々と嘆いてわけでも断じてない。
余人には計り知れない心象で、されど確固として貫く不変は凄絶そのもの。
変わらぬ殺意を総身に滾らせ、マグサリオンは舞台上へと帰還した。
や、やっとマグサリオンを出せた……(歓喜)
仮にもクロスネタの主題でありながら出番がなく、ほとんどタイトル詐欺同然になっておりましたが、ここからはようやくマグをメインでやっていけそうです。
こういうことになったのも、マグサリオンは他のキャラクターに対し解答を与えるキャラだと思うからです。
解答を出すからには問題を出さねばならず、そのために他のキャラたちの掘り下げに時間を費やして参りました。
その甲斐あって納得できるだけの材料は揃えられたかと自分では思っています。
長らくお待たせしてしまいましたが、無慚無愧の活躍を描写していけるよう頑張ります。