無慙無愧が巡る怒りの日   作:ヘルシーテツオ

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第十四章『ヴィルヘルム』②

 その評を耳にした時、反射的にヴィルヘルムの血液は沸騰しかけた。

 

 ヴィルヘルム・エーレンブルグは“鬼”である。

 それは自他共に認める事実。嫌々ながら、何かのせいで仕方なく、などと言い訳はせず、自ら進んで人を喰らう鬼畜となった。

 恨みや罪は数知れず、望むがままに鬼畜の道を歩んだ吸血鬼に、善なる要素を見出だせる余地はない。

 

 だというのに、世の中にはいるものなのだ。

 ごく稀に、妙な逆張りをする輩が。君は困難に立ち向かっていける人だと、何故か肯定的に見たがる者。

 窮地にあってこちらを拒絶せず、悟った風で憐れみを見せてくる。鬼畜であるヴィルヘルムを、その殺意を受けながら手を伸ばしてくる純正の聖者。

 

 はっきり言って気狂いの類いだろう。

 ヴィルヘルムにしてみればそちらの方が不愉快だ。直接的に拒絶を返してくる輩の方が分かりやすいし共感できる。

 殺そうとしているのだ。恐怖し、憎悪し、同じく殺意でもって否定してくるのは当然のこと。

 むしろそうした輩こそ、ヴィルヘルムは歓迎している。ノリの悪い連中はお呼びではなく、文字通りの黙殺をくれてやった。

 

 暴力に頼らず、他人に理解を示す自分は偉いとでも?

 あえて否定はすまい。自分はただ、代償だけをくれてやる。

 それで何かが変わるというなら、その時は認めてやろう。無残な肉塊と成り果てて、何か出来るというのなら。

 

 そんな白ける戯れ言を、よりにもよって吸血鬼でさえ恐れ入るような凄絶の男から聞かされたものだから。

 闘争の愉悦に酔いしれていたところに、浴びせられた冷や水。至上の頂きから叩き落された落差に、ヴィルヘルムは不快も顕わに相手を睨みつけた。

 

「心外に聞こえるか?そうだろうな。貴様は貴様で、己というものが見えていない。いや、よく見えているからこそと言うべきか」

 

 向けられる感情を承知しながら、構わずにマグサリオンは言葉を続ける。

 冗談を嗜むような性質ではない。どんなに突拍子もなく聞こえても、彼の洞察はいつだって理屈を介した理解を基に行われる。

 彼は宇宙の生命を理解の果てに絶滅させた凶戦士。その断定に的外れはあり得ない。何時如何なる時も、凶眼の理解は正鵠を射るのだ。

 

「たとえば、この世界だ」

 

 親指を突き立てて、マグサリオンが指し示すのは夜の世界を覆う吸血鬼の異界。

 

「この世界には弱点がある。貴様にとって天敵と呼ぶべきものを、あえてそのまま受け入れている。

 意図しない結果ではあるまい。妄信する偶像に従い、許容した上での結果だろう」

 

「ハッ、だったらどうだってんだ。殊勝だって褒めるのかい?」

 

「クク――殊勝ね。ああ確かに、お前は実に殊勝な奴だ。たかが殺し合いなんぞに、ここまで律儀であろうとする奴も珍しい」

 

 それはヴィルヘルムの創造のみが持つ特異な性質。

 己を夜に生きる吸血鬼にしたいという祈り。だが彼は吸血鬼となることで、その弱点までも引き継いでしまう。

 世界に数多とある怪物伝承の中でも、とりわけ吸血鬼はその弱点が知られている。吸血鬼と名を聞けば、自然と弱点の一つや二つは容易に連想できるだろう。

 例えば、十字架や銀。その他にも炎や毒、流水等々。本来ならば非霊的干渉を無力化する聖遺物の使徒でありながら、ヴィルヘルムはそれら全てが致命傷になってしまう。

 だからこその強大さ、とも取れるのだろうが。ともすれば常人相手に不覚を取ることもあり得るのだ。

 

 裏を返せば、敵に対してあえて勝算を与えていることになる。

 

「考えてもみろ。その弱点、貴様が知る“格上”の連中に、一人でも突いてこようとする奴がいるか?」

 

 ヴィルヘルムよりも格上と聞いて思いつくのは、三人の大隊長たちだろう。

 ザミエル。マキナ。シュライバー。特にザミエルは相性の観点からも最悪の相手と言える。

 魔を焼き滅ぼす炎もまた、吸血鬼の弱点の一つ。赤騎士の(ローゲ)の前では鎧袖一触に灰燼と帰すのが必然だ。

 

 だが、ならば相性故の勝利かと問われたなら、ザミエルは侮辱と受け取るだろう。

 弱点の有無など関係ない。耐性があろうが無かろうが、彼女の忠義は総ての敵を滅ぼすのだから。

 その勝因を別のところで語られること、それこそ彼女の矜持を否定している。到底許せることではない。

 他の二人にしたところで同じ。マキナも、シュライバーも、どちらも己の幻想を信じている。その死を、その疾走を、相性如きで捻じ伏せられるとは微塵も思っていない。

 渇望に懸ける絶対の自負。それこそが強さの骨子であり、どんな相手に対しても揺らぐことは決してない。融通が利かないとも言い換えられるが、それ故の強大さならば詮無きことだ。

 そこから外れることは、彼らの生き様の否定に等しい。弱さに繋がるのは明らかで、狂った者だけが強者の頂きに立つことを許される。

 

「つまりは貴様の抱える弱点など、同格か格下が相手でなければ無用の長物だ。そもそもの原典からしてそうだったんだろう。

 つまるところは殺されるための方便に過ぎん。怪物が人間に斃されるために設定される、被造物らしい都合の良さだろう」

 

 もしも物語において、怪物に弱点がなく真実不滅で無敵の存在なら。

 人間の勇者は打つ手がなくなってしまう。理不尽も過ぎれば物語が成り立たない。

 竜の逆鱗よろしく、どんなに強大な怪物にも弱点が存在する。物語の敵役として、弱い人間にも勝ち筋を与えるために。

 

「だが貴様にはそれが性に合った。強者として君臨すれど、無敵ではない。場合によっては格下にも討たれ得るというのがある意味で対等な関係だと感じたんだろう。

 周りの奴らが阿呆の群れに見えたんだろう。つまらぬ屑ばかりの世界に辟易としていたんだろう。一匹だけ抜きん出た人に寄り添えぬ怪物。

 早々に遊べる相手もいなくなり、孤立はより深まっていく。手加減が出来る性分でもない。思うままに力を振るいつつも、命を賭け金に遊ぶのなら弱点というのはよい安牌だろう」

 

 一聞して無意味と思える遊びの要素だが。

 それは美学と言い換えられる。殺される要素を持ちながら殺されない。つまりは生き抜くことに長けている。

 そういう在り方が強いと感じているし、何より愉しい。殺し、殺される闘争の恍惚こそ至上の悦びだと理解していたから。

 

「単なる殺人鬼なら、殺しの難度を求めてのことかもしれん。だが貴様は違う。

 殺しに行くと同時に、殺しに来てほしい。一方的ではなく、殺意によって結ばれた双方向。それが貴様が望んだ関係性だ。

 要するに殺し合いが好きなだけだが、貴様のそれは自己のみで完結する類いではない」

 

 ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。

 自他ともに認める戦闘狂にして、殺人狂。仲間内でもその戦意と凶暴さは黒円卓屈指と見做される。

 数多の戦場に降り立ち、目につくものを蹂躙してきた天災じみた人災。彷徨えるハーケンクロイツ、白い貌のSS将校などと称される生ける伝説。

 しかし、そんな男が真に求めていたものは、容易さだけの殺戮ではない。殺意に対し、同等の殺意で返してくる、そんな歯応えのある脅威こそ求めていた。

 暴力に天賦の才を持っていたヴィルヘルムは、人であった頃から怪物だった。誰も彼も容易く壊れてしまう雑魚ばかり。何処かに遊べる相手はいないものかと、鬼の子は常に餓えていた。

 

 蹂躙ではない。殺意と殺意が交差する対等の闘争こそが望み。

 つまりはバフラヴァーンの同類だが、求道の闘神とは異なる点も明確に存在する。

 

「貴様が求めていたのは“交流”だ。殺意は貴様なりの言語であり、それを使って他人と語らいたかったんだろう」

 

 彼は喰らい拡がる覇道の気質。たとえ暴虐の権化でも、決して他人を無視してはいない。

 

「貴様にとっての暴力とは自己表現に等しい。己はこうだと主張する対話と同じものだ。

 話せる相手のいない世界は寂しかったろう。話が通じん輩の相手は億劫で、話のウマが合う相手のことは歓迎する。別段、珍しくもない感受性だな?

 やり方は異質でも、求めるところは凡百どもと大差ない。己を分かってもらいたい。通じ合いたい。望み自体はいっそ素直とすら言える」

 

「……いきなりペラ回して、何を抜かすかと思えばよぉ。自己表現ん?分かってもらいたい通じ合いたいだぁ?

 馬鹿かよ、てめえ。頭沸いてんじゃねえのか。俺を見てどうやったらそんな風に思えんだよ。

 殺してきた。邪魔な奴らウゼェ奴ら、どいつもこいつも潰して壊してグチャグチャにしてよぉ。

 この暴力(チカラ)で、ぶっ殺してきた。ナマっちょれぇ理屈なんざ無ぇ。その俺が、この国の平和ボケした猿どもと同類だと抜かすカァッ!!」

 

 気に入らない、ではない。許し難い。今のヴィルヘルムの心境を表すならそんなところだ。

 己の矜持を、あたかも只人の馴れ合いと等しく見られたこと。それを断じたのが、自分が畏れ認めようとしていた相手であったことが、更なる火種となってその怒りを燃え上がらせる。

 

 爆発したように叩きつけられる殺意。常人ならそれだけで悶死するだろう鬼気の波動を無感動に流し、マグサリオンは言葉を紡ぐ。

 

「そうやって拘るのは、“暴力(それ)”が貴様にとって唯一の寄り辺だからだ」

 

 仮定の話である。

 もしもヴィルヘルムに暴力の才能が無かったなら、彼の人生はどうなっていただろう。

 少なくとも、今のようにはなっていないことだけは確かだろう。重ねた勝利こそが自負と自尊を育てるならば、勝てなければいつまでもドブの鼠と変わらない。

 “箱”の中で光より逃れ、日の昇る時間を奪われながら生き永らえた子供。勝利の味を知らなければ、その心はひどく卑屈に育ったのではあるまいか。

 

 何も奪えないのなら、誰かの庇護を受けて生きるしかない。

 善意や同情を期待して、痩せさらばえながら施しを待つ。そんな生き方しか出来ないものになっていたかもしれない。

 ある意味で、それは最大の恐怖だろう。そして縁遠い想像では決してない。もしも暴力が無かったなら、それはヴィルヘルム・エーレンブルグのあり得た姿だったと。

 

 普通の人々にとって、暴力とは基本的に唾棄すべきものだろう。

 だがヴィルヘルムにとっての暴力とは、何も持たない畜生同然だった自分を“人並み”にしてくれた財宝に違いなかった。

 

「否定ならば散々に受けてきただろう。救いが無いと言われてきたか?

 貴様はそれが気に入らない。世間一般(だいたすう)が言うところの“まとも”に対する反発こそが貴様の本質だ。

 波長が合わん。協調など反吐が出る。ならば良し、己は人から奪う怪物なのだと。大義名分なぞ無い、要は総てが気に食わなかっただけ。

 それが貴様だ。吸血鬼とやらの幻想も、総てはそんな単純極まる反発心から始まっている」

 

 怪物が、人類にとっての敵対者を指す代名詞ならば。

 まさしく己にこそ相応しい。世間一般が謳う正しさ、人間としての在るべき姿とやら。

 それらは全て、己を拒み否定してきたものだから。その言葉を理解した時、心にぴたりと当て嵌まるのを実感した。

 自分は夜に住まい、人間どもから血を奪う怪物。人の正道に牙を剥くと決めた吸血鬼(じぶん)には、その名こそ相応しい。

 

「――――――――」

 

 告げられた言葉に対し、ヴィルヘルムが示した反応は“無”だった。

 直前までの臨界に達した怒りも忘れ、どんな感情を浮かべるべきか判断できず、色がついていないという意味での無表情。

 白痴のような呆けぶりは、戦場ではあり得ない迂闊だろう。愚鈍と謗られてもやむを得ない醜態は、内に渦巻く衝撃の程を表すものだった。

 

「貴様には自覚がある。己が屑であること。認められぬ悪だとな。

 壊人のような勝手な自己解釈も挟んでいない。行ってきたことは鬼の所業、正義に討たれるに値する外道だと。光に拒まれた闇の住人としての自認と自負。

 だから真面目だと称した。有象無象のほとんどは見て見ぬ振りで、半端な甘えを許した愚昧だからな」

 

 かつて、とある一人の修道女を相手に、ヴィルヘルムはこんなことを口にしている。

 もしも神が存在するなら、この世に戦争があるはずがない。自分のような者が産まれるはずがない、と。

 主張自体は神への反論として稚拙かつありきたりなもの。しかし重要なのはそこではなく、そもそも前提として自身の悪行に自覚がなければこんな言葉は出てこない。

 戦争や貧困。正当な手段に依らず、暴力で奪うというヴィルヘルムの日常。その行いを正しく悪だと認識している。当たり前かもしれないが、怪物にはそんな当たり前こそ異常だった。

 

 例えば、これがシュライバーなら、道理など無視して踏みにじるだろう。

 凶獣の中に悪の定義があるのかすら疑問だし、咎に傷める心など残っていないからこその壊人だ。

 罪も罰も知らず、呼吸と同じく他者の生命を蹂躙して轍に変える。まさしく救いようのない怪物の所業と言える。

 ヴィルヘルムもまた、狂った獣と称されるべき男。しかして凶獣とは違い、その心には悪を悪と解する人らしさが残されている。

 

「貴様は少し、この俺に似ている」

 

 もしかしたらその一言は、凶戦士なりの最大級の賛辞なのかもしれなかった。

 

「餓えた想いがあるだろう。奪われていると感じてるんだろう。恐らくは無自覚な宿業もあるのだろうが、そこから推察できる事実は明白だ。

 半端には終わらせない。それは貴様の生来の気質、魂から根差した属性に由来する。障害とは、避けるのではなく壊すもの。破壊すべきものを見過ごしたまま、次に進むことなど出来んとな。

 同意してやる。慚愧を抱えて何をしようが、そんなものはただの八つ当たりだ。掴めるものが無いのは道理でしかない」

 

 抱えた剣を構え直す。それは斬滅の結末が近い合図だった。

 理解という行程を経て、不変として無慚の剣に刻む行為。誓った戒律に従い、マグサリオンは最期となるだろう問いを投げた。

 

「逸した機に拘泥しても詮無きことだ。自らの喪失を認めて未来に向かう。ありきたりだが、これが真理だよ。

 貴様はなんだ?この茶番でしかない宇宙で、どんな不変を刻む?つまらん塵屑のまま終わるのを良しとするか?」

 

「なッ……なんだよ、てめえは」

 

 呆然と、畏れ慄くように答えながら、知らずヴィルヘルムは後退りしていた。

 途方もない、次元(スケール)の違いを感じていた。対話を通じてその存在を僅かなれども測れたからこそ、その未知の深さに圧倒されている。

 

「なんだってんだ。ぶっ殺そうとしてんだろう。何故そうまで知ろうとしやがる。

 殺したらそれまでだろう。喰らって魂を糧にしたって、使い切ったらそれまでのもんに過ぎねえじゃねえか。

 そんな奴らをそこまでして、何の意味もねえだろうが!?」

 

 何人が阻もうと捻じ伏せ進む。それが覇道の理で、牙獣たる者の性だ。

 ヴィルヘルムはいつだってそう信奉してきた。その理に従い、弱者を喰らって生きてきたのだ。

 敗ければ塵。死んだ奴らは何にもならない。勝利すればこその覇者であり、その自負があればこそ相手の行為が分からない。

 獰猛に殺戮を重ね、一方で相手のことを理解する。それは無益な偽善にも見えて、しかしこいつはそんなものじゃないと思えてならないから。

 期待があった。相手の未知に対する、自分でも形容できないこの感情。つまらないものであってくれるなと、そんな気持ちを抑えられないままに問いを叫んでいた。

 

「だから貴様らは浅いんだよ」

 

 侮蔑を含んだ短い返答は、期待通りと言えるもの。

 そこに込められた世界をも震撼させる念の質量。超重の意志力は、吸血鬼の自負すら打ち砕く。

 

「未知な事象を“そういうもの”だと受け入れたら、やがてはそんな未知なる何かによって潰される。

 まさか、未知は未知なままが美しいとでも考えているのか?だとしたら、つまらん負け犬の戯れ言だ。

 超えていくなら、知らねばならんだろう。直視しろよ、そのハラワタまで。都合のいい妄想で目を背けるな。

 これから知る者も、かつて取り零した者も、いずれ必ずこの手で殺す。その血を浴びて断末魔を聞き届け、総てを余さず呑み込んでやる。

 そういう“凶剣(もの)”になると俺は決めた。この眼に映る不快な塵どもを、一匹残らず滅ぼすために」

 

 馬鹿のように消費され、屑のように散っていく。そんな浪費を、マグサリオンは許さない。

 ただの一人も無駄にはしない。あらゆる生を、無益も有益も拾い上げて、無双の剣を実現させる鋭さに変えていく。

 出鱈目な答えであり、苛烈の極致で悪趣味とも誠実とも言えるマグサリオンの冥府魔道。それに対してヴィルヘルムが感じたのは、彼が奉じる主君に対してのと同じものだった。

 

 この世のあらゆる者たちから目を逸らさない律儀さ、一人一人の眼を見て断末魔まで聞き届ける根気の強さと面倒見の良さ。

 そんな七面倒臭いことを飽きもせず、最期までやり遂げるのだという不変の決意。そこに黄金の獣とも通じる破壊の愛を見た。

 まともな形はしていない。もはやその感情は形容不可能で、分かり易い言葉で置き換えることは出来ないだろう。それでもあえて言葉を選ぶのなら、それは“愛”こそが相応しい。

 だって、あらゆる労苦を辞さずにそこまでやってのけるのだ。何の思い入れも無しでは出来るはずもなく、ならば愛しているからと言うしかないだろう。

 

「くくく、はははははは、アーッハッハッハッハッハァッ!」

 

 大笑するヴィルヘルム。

 何故か、とある言葉を思い出していた。

 何の関係もない。今の今まで忘れていたのに、この時を表すのに相応しいと思える、女の言葉。

 

 “誰かに愛された魂は、その幸福を道標にして、彼らが思う善き処に導かれるはずだろうと”。

 

「不変?不変ねえ?そいつは違うぜ。

 俺たちは変わり続ける。永遠に、最新鋭で在り続けるのが黒円卓(おれたち)だ。

 最後の幻想、この世界に最強として君臨する不滅のヴァルハラだ。喰らい続けて拡がっていく、至高の覇道を突き進んでいくんだよ」

 

「破綻しているな。だが、まあいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 阿呆な貴様にも分かり易い形にしてやろう。意中の相手に拒まれたんだろう?認められたいのなら、見合うだけの成果を示せ」

 

 かつて“城”に招かれず、白騎士(アルベド)の称号も気に入らない野郎(シュライバー)に奪われた。

 その無念、見たわけでもないヴィルヘルムの慚愧を、こうも容易く言い当てるのは流石と言うべきか。

 それは闘争の開始を告げる銅鑼の音。一種の儀礼と了解し、応じてヴィルヘルムも闘志を燃やす。

 

「付き合ってやろう。遊んでやるよ、貴様の好みのやり方でな」

 

「カハハハハハハ、ハアアアアァァァァ――――ッ!!」

 

 剣の刃が閃く。杭の矛先が突き出される。

 互いの暴力と殺意が交錯して、真っ向からの死闘が再開した。

 

 

 

 

 死力を尽くした殺し合いの最中、俺は奇妙な感慨を味わっていた。

 センチに浸ってる場合じゃない。一瞬の油断だって許されない相手だとは承知だったが、それでも考えるのを止められない。

 そいつは古い記憶。今さら振り返ったりもしない、もはやほとんど忘れかけていたこと。はっきり言って忌々しい過去のはずだったが、俺が感じているのはそう悪い気分じゃない。

 

 思い返せば、他人が宣う“まとも”ってやつは、いつだって俺の行く道を阻む壁だった。

 

 学も無ければ育ちも悪い。産まれた場所は社会の掃き溜め、その上陽の光にも見限られた闇の底。

 自分がいる場所がクソだってことは分かっていたさ。誰に教わることもなし、他人と比べて自分が惨めな存在だと、生き延びることを望まれていない屑なんだと。

 そのままの弱者なら、俺に許されるのは“まとも”な連中のお情けに縋る道だった。覆しようのない底辺の生まれ、それでも許される居場所を得るために迎合しなくちゃならない。

 仮にそうしたところで、得られるのは有象無象の立場だけ。断言してもいい。どんな立場だって、埋まっている上座の席につこうと思ったなら奪うしかない。順当な道が用意されていないなら尚更だ。

 一生をその他大勢として、それでもいいと納得し踏み留まる奴もいるだろう。それはそれで生きる道だと、俺だって否定しない。

 

 だが俺は違う。

 目の前に壁があるなら壊す。そうやって生きていくと決めた。

 他の奴らは鬼畜の所業という。救えない怪物だと。ああ、何も間違っちゃいねぇ。俺が選んだ道は、まさしく怪物として生きる道なのだから。

 踏み留まって手を差し伸べられるのを待ちはしない。あらゆる救いに背を向けてでも、この道を進むと決めたんだよ。

 

『ああヴィル!もっと欲しいのね。いいわよ、あなたのためならいくらでも食べてあげる』

 

 こいつらは、俺の自由を奪う虎バサミ。

 父と(あね)。俺を産んだ存在で、俺にとっては呪わしい血縁の繋がり。

 だから清算してやった。全ての始まり、腐った我が身を新生させる最初の略奪。それは勝利であり祝福だったが、世間一般で言わせれば親殺し。

 人の罪の中でも特に重いとされるものだろう。正しさで語るなら俺はこいつらを救うべきで、共に力を合わせて不遇な境遇からの脱却を目指すべきだったと。

 

『ねえ、そうでしょう?ヴィル。だってあんなに激しかったんだから。壊して貪るくらいに私のことを愛してくれたんだものね。

 ええ、いいのよ。ああしてこそ私たちは一つになれたんだもの。ただの家族としてなんて浅い、何よりも深い血と魂で結ばれることが出来たんだもの。

 私は永遠にあなたのものよ、ヴィル。そしてあなたも私のもの。絶対に、絶対に放さないわヴィルヴィルヴィル――――!』

 

 魂の奥から聞こえている、融合した聖遺物(ヘルガ)の声。

 死闘の中で繋がりが深まって、よっぽど機嫌がいいのかいつも以上にトバしてやがる。

 都合のよい妄想に浸っている、狂った女の喚き声。それは本当に耳障りで、聞くに堪えないと感じていたから。

 

「――うるせえぞ。男同士のタイマンに、女風情が口を挟んできてんじゃねえッ!」

 

 そうだ、勘違いするんじゃねえ。

 俺がヘルガを求めたことなんて一度も無い。

 今も昔も、こいつ自身に価値を抱いたことなんて誓って有りはしないんだ。

 

「めでたい頭じゃあいつまでも経っても理解できねえか?俺はお前を棄てたんだよ!」

 

 他にどんな解釈の仕方があるという?

 邪魔だった。忌々しかった。こいつらが生きてると、俺はいつまでも俺自身を誇れない。

 だから殺した。犯して奪って、尊厳も生命も引き裂いてやったのだ。

 重要なのは、その事実。畜生の証明、掃き溜めの情、胸糞悪いそれらをこの手で灰にしてやったこと。

 ヘルガの存在は、そんな過去との決別を象徴する記念碑のようなもの。それ以上でもそれ以下でもありはしない。

 

 俺は自由だ。鬱陶しい枷なんざいらねえ。この牙一本で、何処までだって生きて生きて生き抜いてやる。

 

「なあよう、アンタだってそうなんだろ?」

 

 固めた拳を思い切り殴り込みながら、思わず俺は尋ねていた。

 鉄の鎧をぶち割って、中身を貫く感触が伝わるが、それ以上に痺れるような手応えが返ってきた。

 退かない。砕けない。俺は死なないと。問答無用に押し通される獰猛な意志。その凄絶さ、嘆きも罪も振り切った姿が堪らない。

 

「あぁ、やっぱりそうだよなぁ……」

 

 今さら隠したってしょうがない。

 返しの剣を叩き込まれながら、俺はこの男に見蕩れていた。

 一言、惚れたといっていい。それくらいにこの存在は俺にとって衝撃だった。

 

「強ぇ奴ってのは、そうでなくちゃあいけねえ」

 

 正義の是非だのと言うつもりはない。俺自身には合わないが、そういう生き方もあると認めてはいる。

 大事なのは、てめえの決めた生き方に妥協しないことだろう。いちいち後ろを振り返ったり、迷って立ち止まったりせずに押し通す意志が大事だ。

 後戻りをしなければ、それだけ前に進んでいるんだからな。背負った過去やら理由の如何で強くなれるなんて戯れ言は響かねえ。

 あやふやに生き方を迷っているのは停滞だ。迷わない奴に追い付けるなんてあり得ない。当たり前のはずの理屈を、何故だか分かっていない奴が多すぎる。

 

「愛だの想いだの馬鹿こけうぜえ!んなもんは雑魚どもの常套句だろうが」

 

 しかも現実は、そういう奴らに限って妙な幅を効かせてやがる。

 メルクリウス。それにメトシェラ。強大なはずのあいつらが、何故だか弱いと感じられたこと。

 その理屈がようやく分かった。詰まるところあいつらは過去しか見ていない。未来に進もうとする意志がごっそり抜け落ちていたんだ。

 年老いちまったんだか知らねえが、終わりを求めたがるなんて生命としては下の下だろう。そんな奴らがいつまでも上座にふんぞり返っているのが気に入らない。

 

 俺は違う。俺は生きる。

 不滅の生とは、老いた先で枯れ尽きて、それでも生にしがみ付くことじゃない。

 無様に藻掻いて繋ぐだけの命など俺の目指す永遠とはかけ離れてる。永遠とは終わらない生の苦痛だとも言われるが、そんな答えこそ俺が否定してやりたいものだった。

 

 生きるとは、魂を輝かせることだ。

 俺にとってのこれだという生き方、それを自覚し実践できれば、自ずと喜びは溢れてくる。

 在るべき居場所にいるのだから、そいつは当然ってものだろう。それこそが生の実感というやつで、突き詰めれば俺たちはそのために生きていると言っていい。

 

 

“神様が糞だというなら、あなたが奉じるラインハルト・ハイドリヒ卿も、相当な糞やろうなのではないですか?”

 

 

 何時だったか、そんなことを言われたのを思い出す。

 あの頃は俺も若かった。他人に伝えるなんて考えてもいなかったせいで、咄嗟に上手い返しが思いつかなかった。

 これでも結構、悔しい気持ちもあるんだぜ。もしも何処かで挽回の機会があればと、そう思っていたのも本音なんだよ。

 

 ――なあ、クラウディア?

 

「愛しているから壊す。ああ、言っていることはどう考えても糞だってのに、あの人は輝いていたんだ」

 

 認めるぜ、糞の所業だと。

 だが、あの人はそれだけじゃあ終わらねえ。単なる鬼畜だった俺との違いはそこにある。

 

 初めから分かっていたわけじゃない。

 実際、出逢った当初は自分でも何が何だか分からなかった。

 あの人は理解を超えた存在で、これまでの常識を木っ端微塵にぶっ壊す超越ぶりに圧倒されるしか出来なかった。混乱しきった頭は悩む余裕もなく従うことに決めただけ。

 だが、その敗北は屈辱じゃなかった。当時でもそれだけは分かる。理屈以上に惹かれるものを魂が感じていたからこそ、四の五の言わずに屈伏した。

 

 あの人は、ハイドリヒ卿は、自分を信じていたんだ。

 きっとあの当時、あの人自身でも理解が十分とは言えなかった頃、それでも魂は在るべき姿を確信していた。

 愛している。だから壊す。矛盾しているのに、あの人の中でだけは矛盾していない。それも独り善がりの思いで終わるのではなく、自分の正義を外の世界に押し拡げていったんだ。

 否定してくる連中に噛みついて、暴力を叩き返すしかなかった俺とは天地の差だろう。真なる覇王ってものを思い知らされた。

 

 俺はこの人に従いたい。

 生涯に染み付いた暴力の業。それを単なる破壊で終わらせるのではなく、愛と呼べる昇華を目指したい。

 ハイドリヒ卿の覇道を、あらゆる奴らに知らしめよう。栄えある黄金の獣の鬣の一本として、これが祝福でなくてなんだという。

 

 迷惑だ。独りでやってくれって?阿呆が、知るかよ。

 雑魚が意見できるなんて思うな。強者にかしづくのは自然の摂理で、それはまともな社会でだって同じだったろうが。

 そんなにこの世界が大事なら、命を懸けて戦えよ。そうして勇敢さを示した魂なら、きっとあの人にも愛してもらえる。

 光栄に思え。古い世界をぶっ壊し、新天地を築く覇王の祝福を。魂が本音のままにぶつかり合える至高のヴァルハラを。

 

 ハイドリヒ卿の修羅道でこそ、俺の魂は輝ける。

 俺が修羅道を奉じているのは、その方が俺に都合がいいからだろうって?その通りよ。

 てめえにとって都合がいいから従う。それの何が悪い?即物的かもしれないが、だからって不純だとでも?

 ごちゃごちゃと理屈を捏ねて、さも高尚なように演出する方が、俺にとってはくだらねえ。あの人へ捧げる忠誠心に偽りが無いのは変わらないんだよ。

 俺を倒せるのはハイドリヒ卿だけ。他の奴に靡くなんざあるわけがない。

 

 ……そう思っていたんだが、な。やれやれ、こいつは参ったぜ。

 

 イザークから話を聞いた時には、正直なところ実感なんて持ってなかった。

 世界を、宇宙の総てを殺し尽くす。ご大層な来歴だが、そんなものは所詮話の中だけでしかない。

 設定がいくら派手でも、物語の人物に本気(マジ)でビビりちらかす奴はいねえ。この目で見たわけでもないのに畏れ入る方が馬鹿だろう。

 知ったことかよ舐められて堪るか。話を聞いた時の所感なんてそんなもので、叩き潰してやるつもりだったよ。

 

 だが、直に対面したこの野郎は、そんな俺の覚悟すら吹っ飛ばしちまうほど強烈で。

 信じていた常識がぶっ壊される音が聞こえる。ああ、こいつはまさにハイドリヒ卿と出逢った時以来のもの。

 単に強いからってんじゃない。強さだけならあのバフラヴァーンって野郎も相当なもんだったが、その在り方が気にくわなかった。

 こいつは誰も見ていない。負の情念が欠けている。這いつくばった泥の味なんて知らずにここまで来たんだろう。

 それは俺にとって物足りなさを感じるもので、だからこそ認めることは出来なかったんだ。

 

 だがこいつは違う。

 こいつはとことんやった。気に入らない道理ってやつを、てめえの凶念一つで叩き潰した。

 聞いた話だと剣一本で、その断末魔を聞きながら殺し尽くす。無理だ無謀だなんて台詞、耳にも届かなかったことだろう。

 そんなものは雑魚の理屈。真っ当な枠に収まって限界を見ようともしない奴らの戯れ言だ。人間は、世界を滅ぼしてでも先に進もうとする生き物なんだから。

 

 シュライバーのような悪食の性質でもない。

 理解した上で殺そうってのは、その存在を余さず糧とするためだろう。

 つまりは質と量の体現。俺たちとは法則(ルール)がまた違うんだろうが、どうでもいい。やってることの本質は同じだ。

 果てに荒野で君臨するなら、そりゃあアンタが神だよ。文句を言える奴なんて何処にもいないわけだからな。

 

 ()()()()()()()()()

 それこそが暴力の原点。立派なお題目なんていらない。気に入らない奴を否定するのに、気に入らない以外の理由が要るわけねえだろう。

 理由は単純でも、凄まじいのは曲げずに貫く意志の熱量。とても人にやれるとは思えない。まさしく怪物の名に相応しい所業だ。

 畏れ入ったよ。俺にはとても真似できない。どうあれ別の誰かに膝を折った時点で俺には手が届かないものとなった。

 

 届かないからこそ、憧れってのが沸き上がる。

 これしきで斃れてられるかよ。もっと、もっとアンタに、俺という存在を刻みたい。

 だっていうのに、現実ってやつは甘くねえ。どれだけ意気込んでも、肝心の身体の方がついていかなかった。

 気合や根性でどうにかなる事じゃない。限界以上の絞りカスになるまで出し尽くして、ここまでやれた事こそ奇跡なんだろう。

 だからってなあ、納得できるかは別の話なんだよ。俺の魂はまだ餓えてる。闘り合いたいと願っているから、無念の想いは募るばかりで――――

 

『何をしている、ベイ中尉』

 

 そんなどうすることも出来なかった俺を、我が主君は見捨てないでいてくれた。

 

『卿こそは我が先駆け、黒円卓が誇る一番槍よ。これしきで終わってはその真価も発揮されまい。

 足りぬと言うなら与えよう。我が爪牙として、相応しき矜持を示すがよい』

 

 そうして沸き上がってくる力。身体中に満ち溢れて、崩れかけだった器を寸分の漏れもなく埋めていく。

 忘れもしない。あのメトシェラと闘った時と同じ。ハイドリヒ卿の不死英雄(エインフェリア)の証であるグラズヘイムの魂だった。

 無限の燃料を入れられた身体は完全復活を遂げていた。まだまだやれる。いいや、何時までだって闘ってみせると闘志が吼えていた。

 

 流石はハイドリヒ卿、分かってらっしゃる。

 粋な計らいには感謝しかない。獣の軍勢(レギオン)として、相応しき姿でもって報いよう。

 もはや闘いは俺個人のものではなくなった。黄金の祝福を授かった以上、ハイドリヒ卿の名代を仰せつかったにも等しい。

 誉れだからこそ責任は重大。そんな栄誉を背負いながら、このイカレてイカシた男との“喧嘩”がやれる。ああ、そいつはなんて――――

 

「最高かよ」

 

 まさしくこれ以上ない展開だった。

 忠義と憧れ。この二律背反を解消する、たった一つの冴えた答え。

 ここまでお膳立てされて、尻込みするなら修羅を名乗れねえ。御託は要らず、あらん限りの力でもって拳を握った。

 

「オラァいくぜぇぇぇ――――!!」

 

 血杭を生やし、唸りをあげて拳を野郎に叩き込む。

 俺の全身全霊、器を満たす数千の魂を一撃ごとに搾り出す。

 その威力は、もはやこれまでの比じゃない。発生する衝撃は余波だけで周りを環境諸共吹っ飛ばす。

 それでもやはりと言うべきか、この男は斃れない。今の俺の拳は、この世のどんなものでもぶっ壊せると確信できるのに、野郎だけは不壊のままだ。

 流石としか言えない。当然、やられっぱなしで済ませるタマじゃなく、返しの剣に俺は容赦なく斬り裂かれる。

 俺には見切れない不可避の斬撃。本来なら即死を免れないだろうが、しかし今の俺には無限に注がれる軍勢(レギオン)がある。

 アンタが不壊なら、こっちは不滅だ。不死身はハイドリヒ卿の専売特許、その後押しを受ける俺に滅びは訪れない。

 

 次元が切り替わっていく。

 闘争のレベルが、これまでとは及びもつかない領域へと。

 直感で分かった。ここは頂点に近い。俺は今、神という存在に準ずる位置に立っている。

 飛躍した強さには充実と昂揚があった。悟ったようなことを言うつもりはない。

 手にした力を喜んで何が悪い?強ければ強いほど味わえる闘争の質も上がる。そんなの愉しいに決まってるだろう。

 これこそまさに超越だ。ハイドリヒ卿の世界でなら、この歓喜の熱をいつまでだって味わえる。俺が信じたものに間違いはないんだって心の底から断言できた。

 

 ……だっていうのに、至福なはずの時間の中で、高揚に水を差すものがあった。

 まるで今のこの俺を拒絶し、否定して、憐れんでいるような。今までの人生で散々に味わってきた視線。

 あり得ないことだったが、確実に感じていた。忘れたなんて話ではなく、絶対に存在するはずがない記憶の幻影(ヒトガタ)が、俺のことを睨んでいた。

 

 人種が違う。同じ白子症(アルビノ)でも、この島国の黄色い猿どもの顔と名前。

 明らかに別人だというのに、そいつは俺にそっくりだった。いいや、俺たちは同じなんだと魂が理解していた。

 理屈はまったく分からない。この次元に到達した辺りから、妙な記憶が浮かんできやがる。それは脳の内からではなく、もっともっと深い所からやって来ているような。

 

 分かるのは、俺はこいつと絶対に相容れない。

 たとえ魂が同じでも、俺たちは決定的に違っている。

 その違いが許せない。道が分かれた俺たちは不倶戴天。遭えば潰し合わずにはいられないんだ。

 

 なあおい、そうだろうが、“凶月”。

 ああ心底ムカつくぜ。てめえなんざ、所詮は俺の残骸から生まれたものに過ぎないくせに。

 分かるぜ。てめえも同じ感想なんだろう。殺せるか以外の秤を持たない鬼じゃない?まともすぎて笑えてくるぜ。

 女のためかよ。ああ、別に悪いとは言わねぇ。何ならその道は、俺がヘルガを棄てるんじゃなく護ることを選んだ果てかもしれないと、そう認めるのも吝かじゃない。

 

 だが、そもそもヘルガはみすぼらしかった。

 大事だろうが、外見(そこ)はよ。護るにしたって、その気にさせる“そそる”女じゃなけりゃあ無理な話だ。

 蛆がたかった糞を後生大事にするなんざ、スカトロ趣味の変態でしかねえだろうよ。

 

 親父は酒浸り。自分の娘で憂さを晴らして、盛りながらヘルガは愛だの何だの笑ってた。

 汚い。こいつらは汚い。善悪なんて分からない時分でも、それだけは理解した。

 俺もこうやって産まれてきたのかと思うと心底うんざりした。こいつらとの血の繋がりなんて吐き気しかしなかった。

 何もかもが半端で、現実から逃避するしか出来ない糞溜まり。物語のヒロインなんて、ヘルガには土台無理な話だった。

 

 どんな因縁があろうが知ったことじゃない。

 俺にとってヘルガはとうに終わった女。生まれ変わりだなんだといっても、結局は赤の他人。

 情という枷を選んだてめえに飛躍は無い。断崖を超えて飛翔する翼を棄てちまっているんだよ。

 “まとも”な奴らなら偉いと言うかもな。だが代わりに、今の俺が感じてる全能の頂きも絶対に味わえない。

 

 てめえはそれをくだらねえと言うんだろうな。

 いいぜ。口先でペラ回すなんざ柄じゃねえ。てめえも俺もすることなんて一つだろう。

 決着つけようぜ、半端は止そうや。曰く、真面目らしいからよ。残り滓を振り払った程度でお前の勝ちとは言わせない。

 

「――タイマン、張りな」

 

 この場にいない相手に向けて、俺はそう告げた。

 今ここではない、何時かの何処か。あり得ないとは思わない。いずれそんな機会も巡ってくると思っていた。

 世界がおかしくなったのなら、どんな事が起きたって不思議じゃねえんだろう。そんな未来の可能性に、譲れない意志を叩きつけてやった。

 

「どこを見ている、間抜け」

 

 魂に懸けた宣戦は、俺にとって譲れないものだったが、目の前の難敵には隙以外の何物でもなく。

 一時とはいえ意識を逸らした落とし前は、ぶち込まれた鉄拳によってつけられた。

 

「ぐげぇ、ゲェ……!へ、へへへ、悪ィ悪ィ。あんまり気分がいいもんだからよ、ついつい浸っちまった」

 

 ぐちゃぐちゃに潰された貌で、不細工に笑いながら答える。

 

 いつかは、所詮可能性(いつか)の話だ。

 今、この刹那に味わう充実こそ至福。最高峰の頂きに立っているのは間違いない。

 迷いは無い。ここで俺がすべきことは、目の前にいる怪物(あこがれ)に、この魂の限りをぶつけることだ。

 

「俺はまだまだやれるからよぉ。だからもっとだ、もっと遊ぼうぜェ!」

 

「貴様の趣味に付き合わせるな。闘争の愉悦など俺には無い。

 眼に映った不快な屑を殺しているだけだ。終えられるならさっさと終われと常に思っている」

 

「あぁ?んだよそりゃあ、ノリが悪いぜ。カマトトぶっても仕方ねえだろうによ」

 

 唯一、相手に不満があるとすれば、こいつは闘争を愉しんでいないことだ。

 好きこそ物の上手なれって言うだろ。単純だろうが、そいつは真理だと思っている。

 決めたからにはとことんやる。そしてやるからには愉しんで然るべきだ。禁欲姿勢が尊いなんてまったく欠片も思わねえ。

 正義も悪も、覇道だろうが求道だろうがそこは同じ。性に合う生き方ってやつは、魂がそう感じるんだ。

 

 暴力に生き、破壊に酔うのは、魂が悦んでいるから。

 それが確信できているなら、何処までだって進めばいい。これが俺だと胸を張って吼えればいいんだよ。

 

「知らん。元より理解など求めていない。俺の意義は俺だけが知ればいい」

 

「ああそうかい。まあ、それでもいいぜ。俺だって説教たれたいわけでもねえ。

 アンタがどう思ってようが、俺は俺が愉しめてりゃあそれでいいからよォ!」

 

 そうだ。理解も共感も要らない。

 俺には“暴力(コレ)”があればいい。魂が感じてる歓喜こそが真実だ。

 熾烈だからこそ本気になれる。殺し合いの中でしか得られない恍惚がある。それが修羅として俺が掲げる破壊の愛だ。

 

 俺はハイドリヒ卿に惚れてるし、アンタの生き様を理想とも思っている。

 だが俺は、ハイドリヒ卿にもアンタにも、後追いで生き方を踏襲しようとは思わない。

 理想は届かないからこそ理想なんだろう。無論、負け犬根性で言っているわけじゃない。

 俺は俗なものが好きだ。魔人となった今でも、そいつを棄てようとはまったく思っていない。

 戦場こそ我が居場所。その結論に間違いはないが、本道だけが人生ってのも薄味すぎる。もっと雑味が欲しいのさ。

 

 時には戦場を離れて、らしくもない平穏ってやつを味わったりもする。

 旨い酒にありつき、好みの女を口説く。博打に敗けたら反故にせず払ってやるし、気が向いたら、怪物園(ボルヘス・ハウス)のガキ共の世話だってしてやるさ。

 殺すしか知らない鬼だと言われる。おお、否定する気は特にねえが、俺はこうだからと生き方を限定するつもりもないんだ。

 悪人だってたまには善行をやったりする。世間に知られる大悪党が慈善事業に手を出してることも珍しくはないだろう。

 そういう雑味こそが人間らしさだと俺は思っている。超越者ってやつには不要なんだろうが、そういう俗人ぶりが性に合ってると感じるんだよ。

 

 理屈じゃなく直感で、何があってもすっきり出来る立ち回りを。

 これは俺が目標としている生き方で、だからこそ取り繕いは必要ない。

 好きなら味わえばいい。飽きたなら棄てればいい。そいつを指して弱さというならそうなんだろう。

 それでも、魂が悦んでいるなら、俺にとっては正解だ。そうやって俺は永遠を生きていく。老いて腐っていくんじゃない。一新され続ける最新型として。

 

 ……だからこそ、こんな思考は単なる気の迷い。自分でも益体のない考えだと分かっちゃいたが。

 

 長い、永い、永遠という時間。

 膨大なその時間の中で、もしかしたなら、ほんの一時でも。

 幻想として映ったあの野郎のような生き方を、この俺がすることもあるかもしれない、などと……。

 

「はっ、くだらねえよな。まるでクラウディアが言いだしそうなことじゃねえか」

 

 不思議だな。俺はお前を()()()()()()()はずなのによ。

 まるで当時の感情が甦ったみたいに、色んなことが浮かんでくるんだ。妙な考えが浮かんだのもそのせいだろう。

 なあ、お前は最期に、俺に何かを期待していたのか。まるで勝ちを確信したみたいに笑って逝きやがったお前は。

 俺の中に、そんな“光”のようなものを見ていて。いつかそいつが芽吹かせる日が来ると分かって、だからお前は……。

 

「……まあ、無いとは言わねえよ。今の俺にはあり得なくても、永く生きてりゃあそういうこともあるかもしれねえ。

 変わらないままじゃない。変わっていくのが俺だからな。そういう可能性まで否定はしねえよ」

 

 俺は“不変”にはならない。

 何時までも、この魂を悦ばせて、変わり続ける俺でいる。

 他人にも世界にも強制されない。俺自身が、変わっていく俺を決めていくんだ。

 難しいことじゃない。ただこの瞬間を充実させてればいいんだよ。そうなるために、そういう在り方を目指してる。

 

 今という刹那(じかん)の連続。その無限の連鎖こそ、俺が求めている“永遠”なのだから。

 

 

 

 

 終わらない死闘を演じる凶戦士と吸血鬼。

 

 どちらも殺して、殺されて、されど壊れずに甦る。

 もはや真っ当な人の道理が通用する域にない。その戦いは化生のものだ。

 技など要らぬ。そんなものは所詮、脆弱な我が身しか持たない人が、己を護るためにあるのだから。

 傷を負うことなど微塵も意に介さぬ両者。怪物の名に相応しき不条理同士の激突には、ただ殺意のみがあればよい。

 

「ギィィィィハァァァァッ!!」

 

 幾度となく、破壊と再生を繰り返すヴィルヘルム。

 既にその形はヒトのそれではない。より苛烈に、より獰猛に闘争手段を求めて、再生の度に原形からかけ離れていっていた。

 その四肢は倍以上の数となり、体躯はそれ以上に膨れ上がっている。それは増殖した血液であり、折り重なった茨によって構成された血喰の魔獣。

 全身には無限の牙が生えている。今や総身に至る全てが血を啜る(アギト)となり、この夜に君臨する暴食の獣だった。

 

 人器融合型の極致であり、暴走とも言える。

 このタイプの聖遺物の使徒は感情が理性を上回る傾向にある。全力を振るえば振るうほど理性は塗りつぶされるのだ。

 それは脇の甘さを露呈させることであり、歯止めの効かない暴威を発露させることでもある。たとえ隙を生じさせても、有り余る戦力で丸ごと捻じ伏せてしまえばよい。

 マグサリオンが突くのは技巧としての隙ではなく、在り方としての陥穽だ。戦法としては合理と無法によるごり押しこそが主流であり、ヴィルヘルムの暴威にも真っ向から応じている。

 つまりはヴィルヘルムにとってやりやすい相手。飽くなき闘志はより充実し、更に更にと戦力の限界値を引き上げていく。

 

 殺される苦痛はある。凄絶なる凶刃に晒されて、ただで済むわけがない。

 それでも、ヴィルヘルムは笑っていた。快活に、その魂を悦ばせて。異形と化したことにも頓着せず、在りのままに愉しんでいた。

 死を超越した終わりなき闘争。ラインハルト・ハイドリヒが築く黄金の覇道そのものであり、ならば怯む道理は無いと吼えている。

 

 とはいえ、永劫続くかに思える闘争にも、明確な決着は存在する。そしてそれは、確実に迫りつつあった。

 

 マグサリオンは退かない。そんな僅かな敗北感すら、彼の無慚無愧は許していない。

 言ってしまえば、単なる意地。されど貫き通された一念でもって宇宙すら滅ぼし尽くしたのなら、それは絶対不変の真理と化す。

 故に敗けない。己は生涯不敗であると。そんな意志力の土俵では、凶戦士には決して勝てない。

 

 圧しているのはマグサリオンの方だった。

 ヴィルヘルムがどれだけ覇気を滾らせ、その力を漲らせようが、凶剣の一撃はそれすら凌駕する。

 理解を果たした無尽の刃。あらゆる相手に特攻能力を付与する異能は、力を増したところで関係なかった。

 

 ならばこその不明は、未だにこの闘いが終わっていない点だろう。

 理解したとマグサリオンは言った。曖昧なままで口にする彼ではなく、言葉にしたなら事実であるはず。

 凶剣が真に無双の威力を発揮したなら、如何に黄金の恩恵を受けようともヴィルヘルムは死んでいる。

 だというのにヴィルヘルムは未だに滅びていない。捉えたと確信した一閃が、どういうわけか相手の芯を僅かに外していた。

 そんなことは凶戦士の戦歴でも例がない。マグサリオンにとっても未知なる何かが、ヴィルヘルムに働いているとしか思えなかった。

 

 闘争に興じる想いは、バフラヴァーンには及ぶまい。

 単に格だけで問うのなら、クワルナフとは比べるのも烏滸がましい。

 人生を愉しませているという点も、カイホスルーの前では見劣りするのは否めない。

 並み居る超越者を下してきたマグサリオンをして、ここまで手こずらせる何か。それはワルフラーンの怪人めいた摩訶不思議さとは違う。むしろ身近で当たり前とも感じられるもの。

 

 そして鎧の隙間から零れ落ちる鮮血を自覚した時、マグサリオンの中に久方ぶりの驚きが生じていた。

 無という不変の概念。その無法を支える意志が挫けぬ限り、マグサリオンは不壊の概念そのもの。

 だというのに血を流した。無論、マグサリオンに弱気は無い。圧しているのは彼の方なのだから、そんな感情は道理が合わない。

 やはりこれも、過去を遡っても例がない事象。叩きつけられた未知を前に、マグサリオンも凶眼を見開いて相手の謎を抉っていく。

 

「この男は……」

 

 幾度斬り伏せても尚、向かってくるこの男は。

 その姿はただの愚直な戦狂いにも映る。強さを信奉し、そのために自らを高めんとする者。

 傑物には違いないだろうが、凶戦士の脅威と成り得るほどでもない。その程度の器ならとうに終わっている。

 一度は確実に理解し終えたとも感じたのだ。だとするなら、マグサリオンの見立ての中に何らかの誤りがあったということ。

 ただ理解が足りていなかった?いいや、そんな簡単なことではない。一度は確実に底を見抜いたはずで、ならばそこから変化があったとしか思えなかった。

 

「俺の理解を超えているのか」

 

 所謂、成長や覚醒。稀有なことだが、精神の力で急激な発展を遂げる者は確かにいる。

 だが、そんな概念の権化と呼べる闘神を、既にマグサリオンは滅ぼしている。それだけならば理解に窮することにはならない。

 如何に変化しようとも、方向性が定まっているなら成長分まで見通してしまえば済む。つまりは単純な一定方向ではないということ。

 

 強さというプラスの方向。そう進むのが適切であるのは確かだが、そんな簡単にはいかないのが人間だ。

 時には挫折し、マイナスの方向へと進む場合もある。あるいは迷い、真っ直ぐな道から逸れてしまうことも。

 だが、そうなることが必ずしも負債へと繋がらないのが人の可能性の奥深さだ。迷って逸れた道の先で、新しい可能性に出遭うこともある。

 それが過去以上に素晴らしいものへと繋がるなら、かえってその迷いが功を奏したことになる。プラスばかりに目を向けていては、その可能性は見えないだろう。

 時には逃げ出してもいい。それが恥だとしても、それによって護れる結果を誇りと出来るなら、その未来は素晴らしいもののはずだから。

 

 人には無限の可能性(ミライ)が待っている。

 土台、人間を理解し尽くすなんて不可能なのだ。今日の時点での総てを明らかにしても、明日の彼には新しい何かが生まれているかもしれない。

 理解の枠を超える。善にも悪にも、強きにも弱きにもなれる。どのようにだって変わっていける人間として、ヴィルヘルムは闘っていた。

 

 とはいえ無論、そんな言葉の通りに済む話ではない。

 大体、そんな話が通るなら、マグサリオンは誰にも勝てないことになる。

 あくまでこれは、ヴィルヘルム・エーレンブルグだからこそ出来る話。かつてその魂は、何よりも偉大な解脱(キセキ)を実現させたからに他ならない。

 

 皮肉な光景だろう。

 これほどまでに人を外れた怪物ぶりを発揮しながら、その本質にあるのは人間的な可能性なのだ。

 恐らく、当人にも自覚はない。しかしマグサリオンの理解力は見抜いてしまっている。その魂の奥に眠る潜在的な輝きに。

 

 かつて、聖女との逢瀬で見出されかけた輝きは、その初恋と共に忘却されてしまった。

 修羅道へと傾倒するヴィルヘルムに、魂の真価を発揮する機会は訪れない。輝きは埋もれ、怪物は怪物として終わるのが今生の定めであったはず。

 その可能性を、マグサリオンが引き出してしまった。凶眼が白日の下に晒した人間としての強さが、ヴィルヘルムにここまでの善戦を許している。

 

「ク、ククク、なるほどな。面白い。

 ()()()()()()()()()()()()()、こういう奴も出てくるわけか」

 

 これもまた皮肉な話である。

 今や凶戦士の象徴と化した理解の刃。その戒律は、敵への完全勝利を強いられることでもあった。

 埋もれたままの価値があるなら見出し、発揮させた上で殺す。血塗られた冥府魔道に楽な戦いなどなく、いつだって踏破すべき死闘だけがそこにある。

 

 自らの現状を余さず把握しながら、マグサリオンは笑い声を漏らした。

 彼に闘争への愉悦はない。殺しに長けてはいるが人殺しが好きなわけじゃない。

 理解が進めば刃は冴え渡る。また一つの未知を凌駕したならば、凶剣はより鋭さを増すだろう。

 いずれ総てを殺すために。元より逃げ道など初志の時点で焼き棄てている。あらゆる未知と向き合う覚悟はとうに出来ているのだ。

 

「スィリオスが目指したものか。“零”との戦いで役立つとも思えんが、得難い奇貨であることは認めよう」

 

 過去にマグサリオンが討ち、不変の内へと刻んだ善なる王。

 彼が宿した覇道とは異質なものだった。神の支配からの脱却。即ち誰もが解脱し、しかと自らの脚で立てる強さを持たせること。

 神の意思から脱するのに、神に強制されるのでは本末転倒。よってその祈りは覇道でありながら、他者に対して一切の強制力を持たないものだった。

 その他大勢と見做すこともなく、人類一人一人と向き合い導きを与えていく。途方もない時間が掛かるのは確実で、破綻の見込みも十二分にあるだろう。

 幻想に縋りたがるのもまた、人としての弱さなのだから。一人として取り零せないのなら、実現にはいったいどれだけの根気が要るのか想像もつかない。

 

 人が持つ可能性の真価は、人であっても実現が難しい。

 何ともおかしな話だが、だからこそ達成した解脱は偉業と呼ばれるのだろう。

 恐らくはこの宇宙の歴史において、最初の一人目である純人間。ならばこそ片鱗だけでも、その輝きは凶剣に抗えるのだ。

 

 固める拳に、渾身の力を込めて。

 増殖した四対の茨腕。異形の拳にて繰り出す最も原始的な暴力の発露。

 殴る。殴る。殴る。ただひたすらに突き出される拳打のラッシュ。

 単純明快、だがこれ以上はない男の武器。高次元に移ろうとも、それは変わらない。

 

 殺意は込められていたが、憎しみはなかった。

 壊してやると決意を漲らせていたが、否定しているわけではなかった。

 相手のことを認めているし、憧憬すら抱いている。だからこそ敬意を持った破壊の慕情を以て、修羅道の在り方を突き進む。

 

 深く、深く、芯まで通れと。

 不壊がどうした。無の概念がなんだという。

 己の幻想はそんなものだって突破できると、ただ信じて。

 黒円卓の魔人として、聖遺物を操る使徒としての正しい力の振るい方。つまりは自分を信じるということ。

 それは基本原則にして、故にこその奥義と成りえるもの。信じた祈りが、この拳に力を与えると知っている。

 互いの意志のぶつかり合い。それは本来マグサリオンの独壇場だが、ヴィルヘルムに宿る可能性が未知からの痛撃と化している。

 

 まだ何も諦めてはいない。たとえ相手が何者だろうと勝ちを求める。

 その執着こそ、ひいては生きるということ。生きるために喰らい、喰らうために勝つ。不滅とは、ヴィルヘルムにとって不敗の宣誓に等しい。

 いける、いけるぞ思い知れ。打ち込む拳の手応えを感じながら、黄金の爪牙たる矜持に懸けてヴィルヘルムは勝利へと手を伸ばして――――

 

「そうとも。貴様は怪物だ。そのザマで今さら人がどうだの、笑い種でしかなかろうよ。

 兆しはあろうが、それは所詮別の誰かのものだろう。貴様には相応しくない」

 

 そうして懐へと呼び込んだ相手へと、マグサリオンは無情の凶剣を叩き込んだ。

 

 ヴィルヘルム・エーレンブルグは、■■■■■にはなれない。

 たとえ魂の元が同じでも、彼らはよく似た別の誰かだ。未だ開花には程遠く、吸血鬼の幻想を求める男に解脱は訪れない。

 強さの究極とは拡がり続ける大開闢(ビッグバン)だ。至ってしまえばその先は不可逆であり、即ち可能性を棄て去ることに他ならない。

 黄金よりの祝福を受け、その暴威を振るえば振るうほど、魂が持つ可能性は遠のいていく。見出したその間隙をマグサリオンは見逃さない。

 

 今度こそ、勝負あり。

 鮮血が散華する。それは吸血鬼の命脈そのもの。

 凶刃は過たず、ヴィルヘルム・エーレンブルグを断ち斬った。不死不滅の概念ごと、発揮された必殺に手抜かりはあり得ない。

 ヴィルヘルムには意識の猶予すら与えられなかった。闘争の狂奔に灼かれたまま、修羅道を選んだ男は舞台より消滅していく。

 

「あるいは、貴様のような男が――――」

 

 そんな消え逝く男に向けて、マグサリオンは告げる。

 確かにマグサリオンは勝利した。誓いの通りに、凶戦士は未だ生涯不敗。

 されどヴィルヘルムの存在は、彼にも想定し得なかった未知であったのは間違いなく、凶剣にとって有益な理解であったのは確かだったから。

 

「この宇宙を変え得る楔となるのかもしれんな」

 

 その是非を決める基準を、無慚無愧たる彼は持ち合わせない。

 凶戦士に善悪の区別はなく、その剣で為すのは何時だって冥府魔道の殺戮行なのだから。

 

 ならば口に出したその言葉は、少しだけ自分に似た男に見せる、彼なりの手向けなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 こうして、またひとつの戦いが終わる。

 互いにとっての譲れない死闘。ならばその終わりは区切りと成り得る。

 残心という言葉がある。意識が途切れれば、その思考には隙が生じる。勝って兜の緒を締めよと諺に詠まれるように、物事の後とはとかく緩みが生じやすい。

 分かっていても、それは発生せざるを得ないものだ。精神の構造上、やむを得ない死角であり、不意を狙う側からすれば好機だと捉えられる。

 

 しかしマグサリオンに限ってそのような緩みはあり得ない。

 想いを途切れば屑共を見失う。殺戮以外の思考を禁じ、その行動までも徹頭徹尾殺しのために。

 冷徹無慈悲の機械めいた在り方に、まともな情動など期待する方が間違っている。何時如何なる時であれ、凶戦士の前に立てば死あるのみ。

 

「出てこい。それとも、そのまま黙って死ぬか?」

 

 何もいない方へと向けて、確信のこもる声で告げるマグサリオン。

 いないと見えるのは見せ掛けだ。凶戦士を前に誤魔化しは通じない。

 たとえ魔術の秘奥を駆使した完璧な隠形であったとしても、その凶眼は当然のものとして見破ってくる。

 

 だがらこそ、彼女がここに現れるのはあり得ないことだった。

 臆病であることは、即ち自己の保身に長けるということ。格下と見える相手でなければ油断など決してしない。

 凶戦士の前に立てば殺される。誰よりも死にたくないはずの彼女なら、そんな危険には近寄ることだってしないはずだった。

 

「ハァイ」

 

 ルサルカ・シュヴェーゲリン。

 彼女の願いとは永遠の命。劣化する魂も甦らせて、真なる不老不死を実現すること。

 三世紀を生きた魔女でありながら、これ以上なく人間らしい弱さを抱えたルサルカである。今さら潔くなんて真似は決して出来ない。その生き汚さこそ彼女が魔人たる由縁なのだから。

 

 ならばこそ、彼女の登場はあり得ないことだった。

 明確すぎる死への不吉。本来の彼女なら徹底的に避けるべきもの。

 なのに現れたルサルカに迷いは見えず、恐怖を堪えて気丈に振る舞いながら凶戦士に対峙していた。

 

「こんばんわ。ようやくまた逢えたわね」

 

 震える声を、精一杯の愛嬌で抑えながら。

 地獄すらも震撼させる殺意をたたえたマグサリオンの眼光を、ルサルカは見返していた。

 

 




ヴィルヘルム_VS_刑士郎。
パンテオンを知った時から、是非にも実現してほしいと思える組み合わせ。
アイオーンの設定的にいけるとは思うので、そんな期待を込めさせていただきました。

そういえば割と最近になって、light作『マガツバライ』をクリアしました。
全体的に無難な感じに仕上げてる出来でしたが、やはり最後には人生愉しんでるlightらしいキャラが強くてうれしかったです。
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