無慙無愧が巡る怒りの日   作:ヘルシーテツオ

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第三章『開戦』③

 

 諏訪原大橋。

 街のシンボルである諏訪原タワーと隣接した立地にある。

 土地を両断する河川に架けられた、市内の交通を支える要。日中という時刻なら一般、流通業含めて無数の車が行き交う。それが本来の、日常としてのあるべき光景だ。

 

 その大橋には今、たったの一台も車が走っていない。

 理由は明白。今のこの橋を目にして、通り過ぎようとする者などいるわけがない。

 たとえ仕事で、それが必要だと分かっていても、断崖絶壁に飛び込む者がいるとすれば、それはただの自殺志願者。

 ここは既に人外魔境。まともな人間が踏み入れれば命はない。2名の魔人と、一振りの凶剣が、暴威と殺意をぶつけ合う戦場なのだ。

 

 音が響いている。

 それは叩きつける金属音。絶え間なく、執拗に、執念深く何度も何度も。

 音の出所は明らか。攻撃意志に振り切った斬撃の嵐、疲労も防御も考えない剣の打擲が答えだった。

 晒される者は堪ったものではあるまい。ここまで徹底的に攻撃されれば、強度に関わらずどんなものでも原形を保ってはいられまい。

 

「無駄ですよ。聖餐杯は壊れない」

 

 そんな攻撃を一身に受け続け、一歩も動かず涼しい顔でヴァレリアは言う。

 返しとしての掌底の一打。その技自体に特筆すべきものはなかったが、攻撃一辺倒で防御の意識が皆無だった相手には容易く直撃した。

 防ぐことも受け身すらも取れず無様に転がっていく彼。それでも立ち上がる彼に向けてヴァレリアは更に言葉を続ける。

 

「観察と、そして理解ですか。どうやらあなたの力は、その二つが密接に関わっているらしい。

 敵対する相手を分析し、その内面を深く把握することで急所を得る、と。そんなところでしょうか。

 ふむ。どういう原理かは分かりませんが、我々の持つ力とは違うようだ」

 

 言葉には答えず、凶剣は再び突貫し攻撃を再開。

 だが結果は同じ。その攻撃は先にも増して凄まじい勢いだというのに、神父の身体は微動だにしていない。

 

 それを傍から見るベアトリスは、しかし奇妙に思った。

 ヴァレリアの防御力については今更だ。彼の能力とはそういうもので驚くには値しない。

 奇妙なのは凶剣の彼の方。その攻め方が破滅的なのは変わらずだけど、威力の方が明らかに減じている。

 自分と戦っていた時の、聖遺物まで砕いてみせた悪夢じみた破壊力が、今の剣からは感じられない。

 あれならばヴァレリアでなくとも、他の聖遺物の使徒でも防ぐことは難しくない。そう、ちょうど自分が戦った最初の段階、それくらいの強さだと見て取れた。

 

「謂わば相手によって特攻能力を創るようなものですか。それ故に、別の相手になれば強さもリセットされる。

 奇妙ですね。普通、強さというものは不可逆だと思うのですが。ルールの上だけでなく、そもそも弱かった自分に戻りたい者などいないでしょう。

 弱さは恥だ。無形のままの力では何も出来ない。どれだけ嫌悪があろうとも、そこから逃げていては何も掴むことは出来ないのですよ。

 その力、詳しくは知りませんが、性に合わないことが出来るほど融通が効くとは思えない。決めた事柄を簡単に覆すような真似はしないと見受けますよ。

 つまりはそういうところも、あなた自身の気性によるもの。公平、なのでしょうかねぇ。もしもそれが罪と罰なら、なるほど、あなたの殺戮も決して無道なものではない」

 

 言いながら放たれる掌打。それらは面白いように直撃する。

 あるいはこうして、痛みを受け続けることが彼なりのけじめなのか。

 無残な殺戮に及ぶ者として、受ける返しの殺意から逃げないこと。そんな誓いがあるのなら、確かにただの殺戮者とは違う。

 強さを得れば痛みに対し鈍くなる。黒円卓の魔人たちが良い例で、人間的な苦悩や苦痛を共感できなくなってしまうのだ。そうならないための強さのリセットなら納得もできる。

 果たして本質は何処にあるのか。笑顔の仮面を被ったまま、神父の眼は暴き出さんとする。かつては人の心を読み取れてしまう異能者であり、そんな過去の経験と感覚を頼りに相手の正体を白日に晒さんとしていた。

 

「いやはやしかし、これは大人しくさせるのも手間ですねぇ。

 この暴れっぷりはシュライバー卿を思い出しますよ。まったく以て恐ろしい限り、私のような卑小の身では――」

 

「愉しいか?」

 

 瞬間、差し込まれたたった一言の詰問が、絶対零度の如く両者間の空気を凍り付かせた。

 

「そのニヤケ面を見れば分かる。貴様、今の自分を愉しんでいるだろう?

 弱さは恥?無形の力じゃ何も出来ない?つまりそれは貴様自身のことだろう。

 貴様はかつて弱かった。そして強くなったわけじゃない。ああ、実に屑らしい発想の仕方をしたようだな」

 

 叩き落とされる大上段からの一撃。

 これまでは神父の身を微動だにも出来なかったもの。今度のそれは、凄まじい重さと衝撃を伴ってヴァレリアを撥ね飛ばした。

 威力が跳ね上がっている。敵を探っていたのは彼も同じ。凶眼の眼光は、神父のそれ以上の精度で以てその内面に解体の刃を入れていた。

 

 笑顔の仮面は剥げていた。

 今のヴァレリアにあるのは驚愕。我が身から感じる痛みが信じられない。

 それは実に半世紀、この玉体(からだ)を賜ってからは最も無縁だったはずのもの。彼が何よりも無敵だと信じる器にダメージが入った事実に、預かる者は戦慄していた。 

 

「どうした?笑えよ。

 その顔の持ち主に、そういう表情は似合わないんじゃないのか?」

 

「……なるほど。やはり、恐ろしい。私如きでは荷が勝ちすぎるということですか」

 

 言われたからではないだろうが、再びその顔に笑みを張り付けるヴァレリア。

 ただし、その笑顔は先までとは違う。何処か陶酔して、酔い痴れたような危うさが垣間見れる。

 その眼は対峙する相手を映していない。遠い場所にいる、別の誰かへと向けられていた。

 

「ご覧になられましたか、我が主。これが彼です。凶剣の如しこの彼を、あなたは果たしてどのように評しますか?」

 

 

 ――――“素晴らしい”――――

 

 

 問いを口にした瞬間、()()()()()()()

 

 途方もない大圧力。万象総て、悉くを砕かんとする災害じみた存在感。

 アスファルトに亀裂が入る。ワイヤーが何本も千切れ、軋みをあげた鉄骨の幾つかが自壊した。

 人が築き、多くのものを支えるべく造られた大橋。その巨大な建造物が、その存在をまったく許容しきれていない。

 世界が鳴動している。地が、海が、降り立とうとする天の如き存在に震えているのだ。

 

「――ガッ、くぅゥッ!!?」

 

 押し潰される重圧の中で、ベアトリスが悲鳴をあげた。

 ヒビが入った聖遺物、魂に間隙が出来ている今の状態で、その威圧はあまりに酷。

 痛みと共に、彼女は思い出していた。これより世界に現れる者、黒円卓の頂点に君臨する首領の存在を。

 半世紀ぶりに直に味わうその圧を、それは昔日の恐怖を思い出させ、彼女の心を再び挫折に追い込もうとする。

 

「その憤怒。その殺意。もはや何を言っても侮りの言葉となろう。

 ただ、見事なり、と。そんなありきたりの賞賛しか思いつかん」

 

 投影される像が実体を結ぶ。

 遥かな長身。均整の取れた体格は人体比率の黄金比。

 獅子の鬣のような金髪と、自殺衝動すら覚える麗貌に映る双眸もまた黄金。

 

「名乗ろう、我が敵手。まさしく剣が如き凄絶なる御仁よ」

 

 第三帝国の斬首官。髑髏を背負った黒太子。

 どの表現も的確で、そして同時にそのどれもが適切とは言い難い。

 破壊公(ハガル・ヘルツォーク)愛すべからざる光(メフィストフェレス)。人の言葉で呼ぶ名では、もはやその存在を表現し切れないから。

 

 圧倒的なる至高天。黄金の獣と呼ばれる黒円卓の第一位が、その姿を世界に出現させる。

 

「私は――――」

 

 凡庸なる万象よ、ただ伏して頂点の名乗りを聞くがいい。

 傲慢なのではなく、そのような生物であるが故に。君臨する黄金の威光を妨げられる者など居はしない。

 

 

 

 

 だからこそ――――

 

 

「馬鹿な……ッ!?」

 

 驚愕の声は、果たして誰の口から漏れたものか。

 目に映っている事態が信じられない。起こりえない事が起きている。

 天の法則に反している。脳が理解を拒んでいた。どうすればいいのか分からない。

 

 事態を簡潔に述べるなら、ラインハルトの言葉を遮り、彼が仕掛けた。

 たとえ黄金の獣が相手でも、凶剣の男は臆することなく牙を剥く。

 彼我の存在強度がどれほど隔絶しているか承知の上で、徹底して空気を読まない。あらん限りの殺意を込めて、その脳天へと剣の一撃を叩き込んだ。

 

 愚行としか言いようがない。

 何故なら、その一撃で砕けたのは彼だったから。攻撃されたラインハルトは全くの無傷なのだ。

 それは単純な質量差。矮小な質量で、超弩級の質量に真っ向から衝突すれば然もありなん。

 結果、相手に何の痛痒も与えられずに、砕かれた魂は黄金へと呑み込まれた。

 無謀もここまでくれば度が過ぎる。あまりと言えばあまりな結末に、見る者たちも呆れるしかなかっただろう。

 

 ()()()()()()()

 

 揺らぎが、起きた。

 総体からすればほんの些細な、しかし確かに生じた波。

 それはあるはずのない異常事態。何故なら、その揺らぎとはラインハルトより起きているのだ。

 現世の外、異界に置いた第五宇宙(ヴェルトール)。玉座を統べる墓の王に生じるべき限界はない。

 雑魂を英霊に変え、質と量を兼ね備える覇王の業。実に半世紀もの間、展開されたグラズヘイムに揺らぎなど微塵もなかった。

 しかし現実として揺らぎは起きて、それは刻一刻と増していく。伴って沸き出る凄絶なる気配、禍々しい凶気の波動はもはや間違えようがない。

 

 ここに地獄のハラワタを喰い破り、凶剣たる彼が再び現世に降り立った。

 

 まさしくあり得ない事態である。

 理屈を問えば、恐らくそれは魂の形成化。質量さえ伴う霊体の物質化に他あるまい。

 聖遺物に喰われた魂は、霊的に言えばまだ生きている。内から乗っ取り、聖遺物の支配権を簒奪すれば復活も可能だろう。

 ただし、あくまで理屈は成り立つという空論に過ぎない。魂の強度、聖遺物との親和性、そのどちらもが逸脱してなければ始まらない。

 そして相手はよりにもよってラインハルト・ハイドリヒ。もはや笑い話にもならない。力量でも相性でも、黄金はまさしく次元が違う。

 だからこそあり得ない。それがたとえ同格の存在だとしても、やはり不可能なはずなのだ。

 

「敵の目の前で呑気にご挨拶か?」

 

 それらの驚愕と戦慄を、しかし彼は一顧だにしなかった。

 何を驚くことがあろう。彼にしてみれば、これしきは驚くにも値しない。

 確かに黄金の支配は凄まじい。同格(かみ)と比較しても、こと魂の総軍を率いる将才においては右に出る者はいまい。

 その存在は“戦争”。群れとなって進軍するレギオンなれば。だがそれでも、その支配を脱することは容易いと“剣”である彼は断じる。

 

「これが望みだったんだろう?未知が欲しいと、自分を驚かしてくれる展開を待ち望んでいたんだろうが。

 馬鹿が、いつまでそんな気分でいやがる。腑抜けたままなら、ここで素っ首落としてやるぞ」

 

 一目で分かった。こいつは追い詰められる事を望んでいる。

 全力を出したい。自分にとって容易ならざる事態を渇望している。

 つまりはよくいる手合い。“黒”の連中には比較的多かった輩の同類だといえる。

 ならば型に嵌めるのも容易い。散々に見て知って、殺してきた者たちだ。理解に至るも一瞬で、そんな心理を破ることなど造作もない。

 

「この敗けたがりが。死に物狂いの意味すら知らん分際で、何を粋がって喋っている」

 

 大上段から見下ろして、ラインハルトに向けてそう告げる。

 そう、見下ろしてだ。あのラインハルト・ハイドリヒが片膝をついている。

 無論、総体としての存在に影響はない。並みの者なら喰い破られた時点で重傷だろうが、やはり黄金の総軍は規格外。

 せいぜいが針に刺された程度。その穴も既に別の魂で埋められている。あくまで裡からの不意な事態に圧されただけだ。

 しかしその構図、見下ろす者と見上げる者、それはまるで勝者と敗者。より上位に位置取る者が、前者の称号に相応しいのは言うまでもないだろう。

 黄金を知り、その威光を畏れる者からすれば、まさに天地がひっくり返った衝撃に等しい。彼らの誰もがその光景を信じられず、ただ茫然自失して動けない。

 

 そして、当の黄金はといえば――――

 

「ははは、ははははは、

 はははははははははははははははは――――!」

 

 それは歓喜の大哄笑。憚ることを知らない高笑いだ。

 告げられた指摘は、まったく返す言葉もない。まぎれもなく己はそういう人間だ。

 世界はあまりに脆く、事象は総じて容易がすぎる。己にとっての勝利とは単なる予定調和。

 それは難易度が低すぎるばかりでなく、文字通りに既知感として総てを思い出してしまうから。

 故に、体験したことのない未知を。己の力を以てしても容易ならざる事態を渇望した。ああ、我ながらなんと幼稚な願望か。

 そう、ラインハルト・ハイドリヒなんて男はその程度。実にくだらぬ男であると自嘲している。であるならば、今さら何を躊躇うことがあろうか。

 

 無慙の男は容赦しない。いつだって死に物狂いの彼は、全霊の殺意のみで剣を振るう。

 そんな愚かしくも美々しい敵手に対し、ラインハルトは拳の一撃をもって返礼とした。

 

 撫でるが如き、なんて味気ないものではない。

 あらん限りの力を込めて、己の渾身を固めた握り拳。

 振りかぶって突き放たれた右の一打。そこに手加減なんて文字は無い。

 それは世界を総じて脆いと称した男の全身全霊。その威力は申し分なく衝突し、込められた力の全てを解放させた。

 

 音が、消えた。

 膨大な破壊圧が空間そのものを震撼させ、大気に自由な活動を許さない。

 元よりラインハルトの降臨より崩壊の軋みをあげていた大橋は、この一手によって木っ端微塵と砕け散った。

 それだけでは終わらない。止まらず浸透していく衝撃は、河川の水を丸ごと巻き上げて、津波とスコールと化して降り注ぐ。

 それでも尚、治まる事のない破壊の圧力は、ほとばしる衝撃波となり全方位へと拡散していき、周辺地域に天変地異と見紛う大破壊をもたらした。

 

 周辺の破壊を目的としたわけでもない、ただの拳で。

 これだけの惨状が出来てしまった。出鱈目なその結果は、もはや天災以外の何物でもない。

 周辺に配置され事態を監視していた警察その他も、この破壊によって総てが薙ぎ払われたことだろう。

 これがラインハルト。生まれるべき世界を間違えてしまった黄金の獣。いいや、より確かな真実を告げるなら、世界より最強種の王冠を被らされた至高天。

 

 そして、それで終わりでもなかった。

 

 黄金の手の中に、更なる至高の輝きが形成される。

 存在圧が倍加する。その圧力、もはや常人では場に居合わせるだけでも塵と化そう。

 同じく聖遺物を宿した魔人たちでさえ、場を圧する波動に頭を垂れるしかない。まさしく次元違いの存在格差。

 迂闊に直視などしようものなら正気を保っていられるか自信がない。隔絶した神意、真なる神殺しが現出する。

 

「ハ、ハイドリヒ卿ッ!?」

 

 『聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)』。

 開帳されたラインハルトの聖遺物に、ヴァレリアが焦りの声を上げた。

 まだスワスチカは十分に開いていない。今のラインハルトは不完全な影のような状態。そんな状態で、そんな神槍(もの)を振るえばどうなるか。

 下手を打てば儀式それ自体が破綻しかねない。半世紀をかけた目論見がご破算となるのだ。それは彼らにとっても許容できることではなく。

 

 一切合財、もはや知らぬとばかりに、神威を込めた黄金の槍を一閃させた。

 

 世界が、断裂する。

 それは既存法則があげる悲鳴。もはや耐えられないと泣き叫ぶ絶叫だった。

 究極に近くなれば、表現のための言葉も陳腐になる。かつて水銀はそのように述べた。

 火は火であり、水は水。それ以外の何者でもなく、賢しげに余分な虚飾で飾り立てるのは、至宝の価値に対する冒涜だと。

 ならばラインハルトとは、即ち“破壊”だ。彼という存在を表すのに、それ以上の言葉は必要ない。

 

 万物にとっての破壊の権化。ならばその矛先を向けられた結果はどうなるのか。

 破壊の跡には、何も無かった。塵も残さず消滅してしまったのか。それもまた当然だと、そう言える結果だったが。

 

「否」

 

 当の黄金自身が、それを否定した。

 彼は死なない。いいや、死した程度では止められない。絶対不変の無慙無愧。

 ラインハルトを破壊者とするなら、彼は殺戮者。器の喪失など問題にもならない。元より外装の姿形に大した意味はないのだろう。

 むしろ良い気付けとなったはず。ここまでの展開では、外装ばかりで芯たる不変は微動だにしていなかったに違いない。

 現に今も、獰猛なる凶の気配をひしひしと感じている。少しでも気を抜けば、再び裡より喰い破ってくるだろう。

 

 なんたる凄絶、美々しく絢爛な御仁だろうか。

 こちらは趣向に合わせてやっていたのに、ものの見事に覆された。横紙破りがよほど得意と見える。

 だがそれ故に爽快でもある。そちらがその気だというのなら、こちらも相応の態度で臨むべき。

 

 忌々しき既知感(ゲットー)は、既にここには無いのだから。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉は、ある種の念波となって街中へと響き渡った。

 驚愕。困惑。様々な感情があった。もはや違和感なんて話では無い。そも大前提から覆ったのだと、そう告げられたのだから無理もなかった。

 

 ここに水銀の思惑はなく、ならばこの舞台を恐怖劇(グランギニョル)とは呼べず。

 これより先、晴れの舞台に立てるのは斯くも雄々しき英雄のみ。華々しき覇を、猛々しき武を、互いに競い鎬を削り合う英雄祭(ウルスラグナ)である。

 

「ああ。無論のこと、そちらが言いたいことは分かっているとも」

 

 そのラインハルトの言葉は、この場の誰かに向けられたものではない。

 向ける相手は地上になく、もっと言えば世界にさえ存在しない。更に隔てた次元の先の相手へと話していた。

 

 異変は、既に起きていた。

 目に見える変化ではない。地上の人々では違和感さえ感じられまい。

 捉えられたのはラインハルトのみ。その次元の視点でなければ感知できない。不可視という意味ではなく、規模として壮大すぎる故に感覚に収められないのだ。

 二つのものが崩され、混ざり合う。攻撃ではない。その行為は、新しいものを創造する試みに似ている。

 混沌を経て、一つとなったものは異なる法則で動き出す。たとえば異世界の住人同士が、同じ息を吸い同じ言葉と力でぶつかり合えるように。

 

 そしてそれが、舞台を整えているのだと、ラインハルトは察していた。

 

「見せつけたいのだろう。卿が輝きだと奉じる者たちを。その価値は確かなものだと誇りたいのだな。

 ああもちろん、異論など無いとも。その考えには同意しよう。私もまた、我が愛する爪牙たちを誇りたい」

 

 恐らくこれは、確かな実体を伴った存在ではない。

 近い表現を用いるのなら残留思念。当人が消えた後も残った我力(いのり)のようなもの。

 かつて無慙の剣に魅せられ、一部となることを望んだ誰か。不変の芯に打撃を与えたことで、あるいはそれが表に出てきたのか。

 詳しい原理は知らないし、興味もない。ラインハルトはただ、敬意に値するその魂に礼を示す。

 

 幻視という形で垣間見えたのは、黒と白に分かれたモノトーン。

 反転を象徴するような姿の中に、しかし秘めたる情熱を持った女が、微笑んでいた気がした。

 

 黄金自身は動けない。真に本領を発揮するには準備が足りず、また呑んだ“無慙(カレ)”のこともある。

 相応しいもてなしをしなければならない。となれば今後の舞台を彩る役目は、黄金が誇りと信じる爪牙たち。

 その渇望を解し、()で、直衛として円卓の席を許した傑物たちよ。まだ見ぬ“敵”にも何ら見劣ぬ者たちだと、黄金は信じている。

 

 

 ――――卿らを、見せつけよ

 

 

 王者の覇をもって、告げられる開戦の大号令。

 聖痕に刻まれた契りの下、覇道の意思は配下の騎士へと伝わっていった。

 

 

 

 

心得ました、我が主(ヤヴォール・マインヘル)

 

 そんな主君の威光に対し、真っ先に応じてみせたのは黒円卓きっての戦鬼。

 ラインハルト・ハイドリヒという金色の闇を奉じ、修羅の覇道に殉ずると誓った白貌の吸血鬼。

 

 困惑の気持ちは勿論ある。

 どういうことなのか、何が起きているのか。抱くべき当然の疑問、それに対する憤りは確かにあった。

 だがそれも、下された黄金からの宣戦によって露へと消えた。理解など無用、信ずる王者の意向こそ何よりも優先される。

 戦えと仰った。力を見せろと、敬愛する主君からの下知。ならば己がすべきことは決まっている。

 爪で引き裂け。牙をたてろ。敵を打ち砕き、踏み躙り、我こそ獣の爪牙であると高らかに謳い上げるのだ。

 

 場所は遊園地。陽が落ちるまでは大分ある。

 諏訪原市でも有数の娯楽施設であり、市の内外から多くの客が訪れる場所。つまり生贄の数は十分だ。

 しかし、彼は吸血鬼である。生物学的には無論のこと人間だが、他でもない彼自身が己はそういうものだと定義していた。

 単なる妄想と侮るなかれ。先天的に陽の光を受け付けないアルビノ。夜に生きて夜に狩るのは、彼にとって世界の理。同族(ニンゲン)殺しさえ歯牙にもかけない獣性は、そこいらの似非とは密度が違う。

 魔人となり名実ともに人の枠を外れた今、その妄執(いのり)はより深く、彼という形を成す存在意義(アイデンティティー)となった。

 今更日光ごときで害される事はないと分かっていても、夜に住まう者の矜持として日中の時間には活動しない。故にこの場においても、夜となるまで事に及ぶ気はなかったのだが。

 黄金の命令とあらば是非もない。主命を遵守し、矜持も曲げず、そのどちらも妥協しないのならどうすればいいか。

 

 決まっている。()()()()()()()()()()()()

 

 下りたのは闇の帳。朱い月の夜。

 居合わせた人々は度肝を抜かれただろう。寸前まで、彼らは昼の時間にいたはずなのだから。

 そして、それ以上の疑問を追求する余裕はない。吸血鬼の夜とは、それ自体が生き血を貪る吸精の牙なのだ。

 一人、また一人と、生命の力を吸われ、倒れ伏していく人々。最期には肉体の一片まで溶かされて跡形も残らない。生物非生物を問わず、果ては無形のエネルギーまで糧に変える異能。

 まともな人間に耐えられるものではない。程なくして、この場の生者は夜に君臨する吸血鬼以外にいなくなった。

 

 鮮血に染まった遊園地で独り、彼は待っていた。

 こんな有象無象の劣等ではない。命を喰らうに値する難敵の到来を。

 超常の力を得て、地上で無敵となった彼にとって、待つばかりの半世紀は耐え難い退屈だった。

 今の自分に、人間とはあまりに脆弱。危機的な戦場とて、自分には庭で散歩をするようなものだ。

 時折、食指を動かされる獲物と出逢っても、あと一歩のところで獲り逃す。未だに宿業は超えられていない。

 だからこそ望むのだ。血沸き肉踊る真の闘争を、己の暴力を思うままに発揮できる機会を、殺し殺される事を是とする修羅場を。

 黄金が告げたのなら、それは天が約束した祝福だ。ついにこの時が来たのだと、もはや疑う必要は何処にもない。

 

 そんな鬼気に引き寄せられてか、夜の世界に超密度の“何者”かが落ちてきた。

 

 即座に分かった。これがそうだと。

 彼の吸精をもってして容易に吸い切れぬ存在。有象無象であるはずがない。

 何より、姿を見る前から分かる膨大な闘気。己の好みとも合致している相手だと察していた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。

 名乗りなよ。戦の作法も知らねえかい?」

 

 抑えられない愉悦と殺気を笑みの形にして、ヴィルヘルムは言った。

 そんな“馴染み深い”相手の姿に、落ちてきた存在もまた言葉を返す。

 

「俺の名はバフラヴァーン」

 

 顕わとなったその姿は、まさしく巌の如き巨漢だった。

 全身に搭載された筋肉。度を越した量でありながら、高密度、高純度に絞り抜かれていると分かる肉の鎧。

 それは一種の芸術とも表現できる。余分な一切の要素を混じえず、唯一無二の価値のために磨かれた美のカタチ。

 彼こそが闘争の化身。ラインハルトの黄金律ともまた異なる、人体における完成比率の体現者である。

 

「とりあえず俺の前にいる、そこのおまえ」

 

 場所も、時間も、相手が誰かも関係ない。

 出遭ったのなら、その総てが己にとって死合うべき好敵手。

 その在り方、暴虐そのものでありながら、悪辣な醜悪さとは一切無縁。

 それは童が夢見る無垢な祈り。人が大人になっていく内に、やがては諦めてしまう野望にして幻想。

 

 即ち“最強”の二文字。男の覇気と決意はそれのみを追い求めている。

 

()ろうか」

 

 

 ――――第三魔王バフラヴァーン、参戦。

 

 

 

 

 対し、困惑によって動きが取れないでいるのはルサルカだ。

 自らの根城として置いた月乃澤学園。その屋上にて独り立ち、様々な考えに頭を巡らせている。

 

 元より、魔女であるルサルカには、黄金への忠誠も修羅道への共感もない。

 あるのは畏れと、不老不死という恩恵に向けた打算と欲求。ある意味では、とても人間らしいとも言える感性だろう。

 そんな彼女だからこそ、突然のこの事態を歓迎できるわけもない。なまじ知識を豊富に持つからこそ、まったくの未知には対処が追いつかないのだ。

 

 取り乱さずに済んでいるのは、年長者としての矜持である。

 年齢だけで見れば、ルサルカは黒円卓の誰よりも上。長命は彼女にとって一つの誇りであり、故に無様を晒すのは我慢ならない。

 その誇りは、時に鎖となって己を縛る枷にもなる。己は賢い。己は貴重だ。換えなんてきかない唯一無二。だから蔑ろにされるなんてあってはならない。

 そんな考え方が判断を誤らせる。捨てきれない自負と自尊が、柔軟な発想の切り替えの妨げになっている。

 

 とはいえ、年の功というものも馬鹿にはできない。

 年月とは経験であり、経験とはつまり生き残りの術である。

 痛みを知るから、同じ痛みを受けることが無いように。屈辱は忘れず、執念は行動のための原動力だ。

 数百年を生き抜いた魔女とは、決して伊達や酔狂ではない。だからこそ己の陣中にて異常が生じた時にも即応できた。

 

 思考を一旦中断して、ルサルカは警戒を露わにする。

 根城とした学園。彼女の敷いた術式により、どんな事態になろうとも学校生活を続けるよう暗示をかけてある。

 そんな生徒たちの様子は、一見して変わりないように見える。しかし違う。卓越した魔術師として、己の術式に生じた穴を彼女は見逃さない。

 とある教室の、1クラス分だけの魂が把握できない。術の中に出来た陥穽、それがあまりに虚ろすぎて、まともな感覚では認知できないのだ。

 ルサルカですら、危うく素通りしそうになったほど。魔術師にとっては屈辱であり、術理に対しての挑戦だとも受け取れる。

 

 よって受けて立つことに決めた。

 元来の魔術師であること。メルクリウスの薫陶に依らず、純粋なる神秘の担い手であることはルサルカにとって譲れない部分。

 単なる力ではなく、その分野で舐めた真似をしてくれる輩など、ここ百年の間にも水銀を除けば一人としていなかった。

 魔女は屈辱を忘れない。必ず思い知らせてやると、執念は炎の如く燃え盛っている。

 歩いて出向くなんてまともなやり方はしない。己の影に沈み、あらゆる物理的制約を通り抜ける神秘で以て、魔女としての不敵な優雅さを纏い件の教室へと降り立つ。

 

 そしてルサルカは、自分の判断の間違いを悟った。

 

 ここにあるのは死だ。死しか無い。

 かつては命だったもの。恐らくは直前まで、ただの学校生活を送っていたであろう生徒たち。

 それら総てが使()()()()()()()()。無駄に浪費されたものは一つとして無い。徹底的に、その尊厳の一片に至るまで。

 それは娯楽だった。それは食事だった。あるいは仕事で、もしくは暇つぶしの手慰み。矛盾する印象は全部があって全部が無いから。

 空虚。人間としての喜怒哀楽、それらの感情と根本的にズレている。ただ一つ、殺人という方向性だけが唯一の共通項。

 

 神秘などではない。ここにあるのは異形だ。

 魔導として目指すべき深淵ではない。人の心という混沌が産んでしまった怪物性。

 そういう存在を一人、よく知っている。絶対に関わるまいと決めている黒円卓の白い凶獣。

 この惨状を生み出したのは、恐らくはそれと同質のもの。関わるべきではない類いだと直感する。

 

「ヒ、ひぃィ、う、うううぅぅぅ……ッ!?」

 

 そんな中に、唯一人だけ、生存者がいた。

 冒涜的な色彩に彩られた中、真っ当な生命の色はある意味で異質である。

 格好は何処も穢れていない。まったく普段通りの制服姿は、この場においてはよく浮き立つ。

 発狂寸前になりながら、何故か最後の一線だけは理性を保っているのも、あるいはそういう趣向なのかもしれない。

 狂気の中の正気。生命があるから死もより際立つ。故に彼女という添え物が残されているのだと。

 

 まあもっとも、結局は何の意味もないのだろうが。

 

「あ、ひ、た助け、助けてぇ――――!」

 

 ルサルカと眼が合ったその女生徒が、助けを求めて駆けよってくる。

 偽装の立場であったが、ここでのルサルカはドイツの留学生という設定だ。

 彼女視点で、ルサルカは同じ学校の仲間。無論、魔人の本性を剥き出しにする今のルサルカに近づこうとは普通なら思わないだろうが。

 ここでは魔女でさえ霞む。ルサルカを救いと信じ、助けを求めて手を出したのも、恐怖に麻痺した心では無理もないことだといえるが。

 

「とまれ」

 

 強い命令口調で、ルサルカは制止した。

 言葉ばかりではない。足元から伸びるルサルカの影が、女生徒の周囲に展開されその動きを制限している。

 ルサルカの表情にあるのは警戒。この無力で哀れな生存者に、彼女は最大限の警戒を向けていた。

 

「大した演技じゃない。表面上には何の違和感もないわ。きっと記憶まで模倣しているのね。

 他の連中だったら騙せてたと思うわよ。こういうのを見抜くのは強さじゃなくて、相応の感覚と経験が要るもの」

 

 事実、ルサルカとて騙されかけた。

 これは哀れな被害者で、何の力も無い一般生徒だと。こうして向き合っていても、その印象がまったく拭えない。

 そうだと思い込んでいたら、危うく懐に招き入れていただろう。ヴァルキュリアやバビロンあたりはかなり危うかった。

 

 魔女として修めた魔術師としての研鑽とは、真っ当な感覚からの逸脱である。

 表の世界で生きるなら必要のなかったものを、あえて身に宿して養っていく事に他ならない。

 視えてはいないものが視えてくる。表面の形だけでなく、生命や魂といった無形の概念を、彼女なりの定義でもって認識するのだ。

 

「あいにくだったわね。外面を取り繕うのが上手みたいだけど、脇の締め方が甘かったわ。

 視えちゃってるから、あなたの色。そんな色して人間だなんて、信じられると思ってるの?」

 

 これは死の色彩(いろ)。血と臓物をのたくったようなおどろおどろしい色の先、極限の単一色を宿した純なる殺意(おもい)

 同じ死の属性を持つマキナの黒とは違う。あるのは剛健たる芯ではなく、底知れない虚無。

 これの殺意に理由はない。その残虐も、悪徳も、余計な理由付けを必要としていない。

 始まりから人を外れた存在。生まれついての怪物なのだと、これの中身をルサルカは洞察した。

 

「うふふふ――――」

 

 笑う声が響いた。

 寸前まで正気と狂気の狭間にいたはずの女生徒。哀れな被害者だったはずの彼女が微笑んでいる。

 元となった人物のものでは決してない透き通った微笑み。不純が無さすぎるそれは、人のものではない魔性だった。

 

「お見事です、お姉様」

 

 そうして纏っていた虚飾を脱ぎ捨てて、絶対悪がその姿を現した。

 

 自分の頭蓋を掴み、そのまま両方向へと生皮を剥いでいく。

 割れた顔の中から現れたのは別の顔。引き裂かれた中から出てきたのは、可憐と形容すべき少女だった。

 人の中から人が出てくる。まるで縦に割れたマトリョーシカ。天真爛漫、あどけなく邪気が見えない姿と、たった今行われた残酷非道とのアンバランス。

 

「お恥ずかしい限りです。まさか一目で見破られてしまうだなんて。些かの自信もあったのですが、精進が足りませんでしたね。

 ですが、それにつけても素晴らしい見識をお持ちなのですね、お姉様。戯れに興じて侮るような真似をしてしまったこと、どうかお許しくださいませ」

 

 少女の言葉には何の悪意もない。

 その敬意も謝意も、彼女なりの本心だろう。それでいながら全てが虚ろに見えるのは、結局のところ一つの意思に繋がっているから。

 彼女にとってはあらゆる感情が殺意の変形。少女のカタチをした殺人鬼(かいぶつ)

 

「自己紹介をいたしますね。わたしの名はフレデリカ」

 

 優雅にして貞淑な、非の打ち所のない淑女としての一礼。

 その所作に誤りはなく、深窓の令嬢然とした姿は嘘ではない。そして同時に、それら全てに意味など無い。

 彼女こそは殺人姫(さつじんき)ただ生まれながらに殺す者(ナチュラル・ボーン・キラー)、虚ろなる鬼たちの上に君臨する女王である。

 

「趣味は人殺し全般ですわ」

 

 

 ――――第四魔王フレデリカ、推参。

 

 

 

 

 




無慙の萌え豚ガチ勢二大筆頭、参戦!
ここまでこれたことで、いくつかのネタバレになる情報も解禁できます。

まず、刹那の陣営は参戦しません。
いるのはハイドリヒ卿率いる黒円卓勢。水銀も基本、出張りません。
まあベアトリスやマキナはいますが、彼らのこともあくまで黒円卓の一員としてカウントしております。

またこの物語じたい、お祭り騒ぎ的な要素がたぶんに含まれた話となっています。
実は元々のタイトルが『無慙無愧が巡る恐怖劇(グランギニョル)』だったのですが、改めて見返してこれ全然恐怖劇じゃないなと、今のタイトルに改めたという経緯があったり。

次回、両宇宙の脳筋担当とロリ担当の対決(笑)
クロスオーバーものの必然として、実力差は調整されていますが、納得できる描写を心がけようと思います。

なお、この話の一番の事情通はハイドリヒ卿です。
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