無慙無愧が巡る怒りの日   作:ヘルシーテツオ

7 / 26
第四章『両雄激突』②

 

 ――勝てる、と。

 

 怒涛の勢いで激しさを増す死闘の中で、ヴィルヘルムは確信した。

 理屈立てた計算などではない。物心ついた頃より、生涯を彩る血と暴力、幾度となく渡った死線で養われた生死の気配を嗅ぎ分ける嗅覚だ。

 敵は勢いをなくしている。未だ闘志は衰えず、力の成長は止まることなく続いていたが、己の果たした進化はそれを上回る。

 

 闘争の本質は、互いの存在をかけた喰らい合いだ。

 相手の予想の上をいき、強さの底を知ることで、その存在を支配する。

 そうしてこその完全勝利。完膚なきまでの敗北を味わわせてこそ、己の強さの証明となる。

 

 ヴィルヘルムにとって、はっきり底が知れないと言えるのは、たった二人だけ。

 ラインハルトにメルクリウス。黒円卓の双首領だけが、白貌の吸血鬼にその矜持を曲げさせた。

 更に言うなら、ヴィルヘルムが真に己より上だと認めているのは、ラインハルト唯一人。

 たとえ格上の大隊長たちでも、勝負を譲る気など毛頭ない。対峙することがあれば喰らってやると、獰猛な鬼気はいつであれ滾っている。

 

 そして今、己が死闘を繰り広げるバフラヴァーンという男。

 なるほど確かに凄まじい。最強を目指し、故に他の一切を滅尽するという決意。現代ではとてもあり得ない発想は、実に愉快でイカれている。

 無限の体力に、成長をし続ける強さ。どれを見ても難敵だと認めるのに否はない。

 

 だがそれだけならば、ヴィルヘルムに屈するつもりは毛頭なかった。

 

「最強になりてぇだぁ?そりゃあつまりテメエが最強じゃねえと白状してるようなもんだろうがよ」

 

 強さを標榜する男の言葉に見つけた矛盾。

 最強を目指すことと、最強であること。似ているようで、決して両立しない論理である。

 頂点を目指すのは、頂点にいないからだ。自らが王者だと自認するのなら、挑むのではなく挑まれてこそだろう。

 

「俺たちは違う。断言してやるぜ。黒円卓こそ世界最強だ。最強で在り続ける。

 こいつは自負だぜ。ハイドリヒ卿の修羅道を駆けると決めた日から、俺たちには覚悟があるのさ。

 誰にもこの席は譲らねえ。最期の神秘は俺たちだ。世界が終わる怒りの日に、未来の果てまで黄金の下で戦うために」

 

 故に、それを分からせよう。言葉ではなく、力で以て。

 それでこそ黄金の爪牙。修羅道の在り方であり、謳うべき破壊の情だと信じてる。

 

 最強種たる自負に懸けて、魔業の力を集束させた掌の血杭。

 たとえどれほどの硬度だろうが穿ち、その存在を瞬く間に吸い殺してみせる。その決意を形にした一撃だ。

 まさしく勝負を決める腹積もりで、誓った破壊の意志に迷いはなく、会心の手ごたえを感じながらヴィルヘルムは一撃を繰り出し――――

 

「ガ、アァッ!!?」

 

 まったくの慮外だった“真横”からの打撃に弾き出された。

 

 あり得ないことであった。

 創造を使えば理性が消える。獰猛な本能が剥き出しになり、まともな思考が出来なくなり、総じて隙が多くなる。

 ただし、それはあくまで計算的な意味合いでだ。理性が消える分、野性的な感覚はむしろ研ぎ澄まされるのである。

 多数との乱戦こそ本来の真骨頂であるヴィルヘルムだ。戦闘の最中、よもや第三者の横やりを見逃すわけはなく、相手にしたところで今更真っ向勝負以外を選ぶとは思えない。

 

「そうだった。俺は長いこと勘違いをしていた」

 

 困惑しているヴィルヘルムを尻目に、バフラヴァーンは独り言ちる。

 その呟き自体は小さなものだが、共に沸き立つ闘志と気迫、それらは天井知らずの昂ぶりを見せている。

 

「俺は勝利が欲しかったわけじゃない。

 最強という概念。より強いのは俺なのかお前なのか。どちらが上か下かを決める比べっこ。果てに残るのは唯一人で、闘争とはそこに行き着くまでの過程。

 ああ、そうだ。俺はただ、過程(そいつ)がたまらなく好きなんだ」

 

 バフラヴァーンという男が求めたもの。

 生涯すべてを闘争に明け暮れ、飽きることも磨耗することもなかった戦いの権化が欲したものは、戦いそのもの。

 最強という王冠を巡り、相争い競い合う行程こそが素晴らしい。己にとっての永遠に味わいたい至福だったのだと思い出す。

 

「孤独や空しさなんてのは栓なきことだ。何故なら俺は最初から知っていた。あの充実、全てが満ち足りていた始まりの瞬間を。

 だから叩き潰してやると決めた。我も彼も等しく己なら、俺は永遠の充足の中にいられるだろう」

 

 並ぶ者なき最強とは、孤独と同義。

 突き詰めた果てには何も無い。それこそ真理と嘯く輩こそ、バフラヴァーンにとっての敵。

 ならば証明してやろう。己以外に己と並べる者がいないのなら、世界に己自身が満ちればいい。

 普通に考えれば、道理にもならないただの妄言。だが自己へと向けた求道の誓いは、群生相の夢として結実した。

 

 ヴィルヘルムを襲ったものの正体とは、もう一人のバフラヴァーン。

 ここまで実体定かではない幻に近かったものが、バフラヴァーンの悟りによって確かな像を結んでいく。

 1人、だけではない。合計にして4人。まったく同じ存在感を伴ったバフラヴァーンたちが並び立つ。

 『終わりなき群生する暴窮(マルヤ・アエーシュマ)』。孤独を恐れず戦い続ける限り、寸分違わぬ分身を生み出す。原初の刻、無意識の深奥で誓っていたバフラヴァーンのもう一つの戒律である。

 

「ところでお前、自分たちが最強だと言ったな?」

 

 自己へと向いていたバフラヴァーンの意識が、ヴィルヘルムへと向けられる。

 

「で?それからどうした?最強になった後、遊べる相手がいなくなった世界で何をしていた?

 たいして強くもない連中を相手取って退屈をまぎらわしていたか?

 それとも、遊べる奴が出てきてくれるのをただ待っていたのか?」

 

「テメエ……ッ!」

 

「つまらんなあ。そりゃ受け身だ。主導権を他の奴に渡している。

 尋常にやれない戦いなんて気が抜けるだけだろう。遊べる相手を待つにしても、そいつが済んだら次はどれだけ待てばいい?

 最強っていうのは常に頂きの高さが更新されてこそ意味がある。過去の栄光なんぞより未来にあるものの方が強いってのは分かる理屈だろう?

 ああ、つまり俺たちは似た者同士ということだな」

 

 戦っていれば大体のことは分かる。強敵であればあるほど、戦いこそが言葉よりも雄弁に相手の事を語ってくれる。

 こいつが言うところの修羅道。独りの主の下で一つとなり、不死の戦奴となって戦い続ける永遠のヴァルハラ。

 ああなるほど、そいつは面白そうだ。お前たちの主とはなかなか気が合いそうだな、と。

 そういうものになりたいと言った、お前の気持ちはよく分かる。俺もまた、いつまでだって戦っていたいと願っているから。

 

「だが安心しろ。俺と戦う以上、お前もまた俺だ。俺が俺と戦うのなら、退屈なんて感じている暇は一秒だってありはしない」

 

 こいつが俺の同種だと認めよう。ともすれば敗北すら予感させてくれる強敵だと認めよう。

 であるならば、そんな風に己を熱くさせてくれる相手とは、即ち己以外にあり得ない。

 他人にとっては意味不明でしかない言動。しかしバフラヴァーンの主観において、それは疑いようのない真理に他ならず。

 

「俺と同じ空気を吸った」

 

「俺と同じ大地に立った」

 

「ならばお前は俺だ」

 

「俺が俺といる以上、やるべきことはたった一つ」

 

「さあ!」

 

「さあ!」

 

「さあ!」

 

「さあ!」

 

「「「「俺と戦え!!!!」」」」

 

 ここに4人のバフラヴァーンが、喝破と共に限界知らずの我力を爆発させた。

 

 入り乱れる大乱闘。

 計5人の絶対強者たちの死闘は、空前絶後の領域へと突入する。

 秩序だった流れなんてものは微塵も存在しない極限の混沌。全員が全員を敵と認識する究極のバトルロワイヤルだ。

 同じバフラヴァーンだからと、手心を加えるなんて発想自体があり得ない。むしろ同じ自分だからこそ、全身全霊を燃やして挑むのだ。

 ただ独りとなって頂きに立つ、最強を目指した決意は皆共通。本物、偽物なんて区別はなく、どのバフラヴァーンも唯一無二の自負を持って戦っていた。

 

 ならばこそ、そんな闘争の我執について行けず、脱落する者が現れるのも必然だった。

 

「ガアアアア!!クソがあァァァァッ!?」

 

 バフラヴァーンたちの中で、必死に戦い続けるヴィルヘルム。

 されど趨勢はもはや明らか。敗北は目前にまで迫っていた。

 それも無理はない。展開された薔薇の白夜は決闘用。

 一対一の尋常な果たし合いでこそ真価を発揮する。今や戦いは何でもありの乱戦の様相だ。

 それは本来のヴィルヘルムが得意とする戦場。ならば元の薔薇の夜に戻せばいいと、そう単純な話でもない。

 何故なら、分身したバフラヴァーンは弱体化などしていない。どれも寸分違わぬ強さを有したバフラヴァーンだ。

 薔薇の夜の吸精だけではバフラヴァーンの進化に追いつけないと判断したからこその薔薇の白夜。戻したところで、追いつけないのは変わらない。

 

 己自身と戦うバフラヴァーンは、そうしている間にも成長を繰り返している。

 そしてバフラヴァーンが一人斃れれば、それは即ち一つの戦いを越えた事を意味し、残ったバフラヴァーンたちは新たな強さへと覚醒を遂げるのだ。

 強く、強く、強く、今よりもっと強くなりたい。単純明快すぎる願い、そこに懸けた熱量が度を超えて凄まじすぎる。

 

「俺は敗けねぇ!俺は死なねぇ!こんな所で終わってたまるか、生きて生きて生き抜いてやるんだよぉぉぉ!!!」

 

 それでも尚、ヴィルヘルムは屈しない。

 殴られ、砕かれ、全身を引き裂かれても尚折れず、最強の闘神たちへと向かっていく。

 己は退かない。己は挫けない。自らへと懸けた自負の念が崩れかけの身体を奮い立たせ、絶望的な戦場へと向かわせていた。

 

「きゃあああああ!!ヴィル、ヴィル、わたしのヴィルがああああ!!?

 許さない許さないユルサナイイイイイッ!!!わたしが彼を咲き誇らせるの。彼こそが永遠の夜なのよォォォォッ!!」

 

 闇の賜物(ヘルガ)もまた、ヴィルヘルムの胎の中で狂奔する。

 己が愛した男に勝利を捧げるため、限界以上の駆動でもって求めに応え続けていた。

 

 己。己。己。男と女が見ているものは、どちらも己自身を通している。

 それは自己愛。善悪の如何はともかくとして、自己を信じるその一念には確かな強度が宿っている。

 常人ではそこまで自己というものを肥大化できない。ヴィルヘルムも、ヘルガも、我欲に懸けたその強さは、天の視点から見ても並ならぬものなのは間違いなかったが。

 

「そうか、よかったな」

 

 されどここに在るは、天上天下唯我独尊の道を極めし男。

 

「しかし俺の方が強い」

 

 それは至極当然の道理として。

 最期に残ったバフラヴァーンの巨拳の一撃が、ヴィルヘルムを完膚なきまでに粉砕した。

 

 

 

 

 脈動が、聞こえた。

 

「え?」

 

 最初、それは気のせいだと思った。

 自分は勝った。そう確信したし、それは実際に間違いではなかった。

 影に呑まれた殺人姫は動けない。完璧な封印を果たした己の手並みに誤りはないと。

 

 そう信じていたルサルカだから、起ころうとしている事態をすぐに受け入れる事が出来なかった。

 

「うそよ……嘘よ、こんな。あり得ないわ。

 こんな……こんなこと……ッ!」

 

 ルサルカの表情が歪む。

 痛みでも苦しみでもなく、それは恐怖。

 正体不明の何か、魔女の智慧でも測り知れない怪物が這い上がってくる。

 

「あぐ……お……ぎいぃぃぃぃいぃぃぃッ!?」

 

 あがった悲鳴と共に、影と血肉の混沌物を裂いて、殺人姫フレデリカは再び現世に降り立った。

 

 その身にはやはり、一切の損傷は残されておらず。

 天真爛漫な振る舞いは何も変わらず、しかし変化があるのはその所有物。

 左手には鎖。そして右手には“梨”を持って。更にその足元では無数の拷問器具を従わせている。

 言うまでもなく、それらはルサルカの有する聖遺物の一部。その所有権を簒奪し、フレデリカは立っている。

 苦悶はそのために。契約者の魂と一体化している聖遺物を奪われることは、言うなれば身体の一部を引き千切られるのに等しい。

 

 確かな理屈があってのことではない。

 元よりあれこれと筋道立てて考えられるほど賢くはないのだ。

 故にこの行動も大部分は直感に依る。網羅された拷問器具を前にして、フレデリカはこう思った。

 

 拷問器具(これら)は人を壊して、死なせるためにあるものだ。

 ならば殺人鬼(じぶん)にとって、これらは言わば趣向品。趣味を嗜むための小道具である。

 そんな道具に封じられて、動けないでいるなんておかしい。あなたたちはわたしに使われてこそでしょう、と。

 単なる感情論に等しい稚拙な理屈は、しかし我力を扱う彼女にとって強力な手段となる。結果、殺人姫の支配が魔女の領土を制圧し、封印を破るに至ったのである。

 

 とはいえ、実のところ、そんな理論にそれほどの意味はない。

 言っている通り、殺人鬼とは空虚な器。掲げる信念に熱なんて宿っていない。

 感情論だけで事態を打破できるなら、それは覚醒といって差し支えない。その手のものとは縁がないのが殺人鬼だ。

 フレデリカの情熱に火を灯したもの。それは断じて、空虚な理論などではなかった。

 

「あの方の鼓動の、音が聞こえます」

 

 呟かれた声には、確かな熱が宿っている。

 陶酔したような表情はほのかな朱に染まり、少女ながらに“女”としての色香を漂わせている。

 思い出した恋情(おもい)。もはやその器は伽藍ではない。燃え上がる情熱に満たされた乙女の心を爆発させた。

 

 突貫してくるフレデリカを、ルサルカは迎撃する。

 重傷を負ってはいるが、しかしこの学園は魔女にとっての陣である。

 それ相応の用意はできている。傷を塞ぎつつ、彼女が尚も有する拷問器群を一斉召喚して解き放った。

 それは影の縛鎖も加わった全力の解放。フレデリカは影を踏む度に止まり、拷問器の直撃を受け続けた。

 されどそれでも、フレデリカは躊躇わない。止まった脚は自ら引き千切り、魔獣の顎に圧し潰されようとも復活して押し進む。

 

「お姉様の悲鳴を、もっともっと聞きたいです」

 

 怪物だと言われました。

 お前はヒトではない。忌むべき殺人鬼だと。

 あまりにも多くの人たちから言われたので、自分でもそう思うことにしました。

 

「その臓物を味わって、鮮血でこの喉を潤したい」

 

 母の子宮にいた頃に、その母によって殺されかけて。

 わたしにとっては大切な始まりの思い出(さつじん)。お母さまの殺意があったから、わたしは殺人鬼(わたし)として在れたのだと確信してます。

 それからも、色んな人がわたしに言います。お前は生きていてはいけない。産まれるべきではなかった命だと。

 

 だから、わたしは決めました。こんなにも死を望まれているわたしは、()()()()()()()()()()()

 

「頭を割った脳髄はどんな風になっているのかしら」

 

 だってそうでしょう。わたしは“怪物”なのですから。

 人より恐怖され、忌むべきものと扱われるのがその定義。図らずも彼らの言葉は、わたしに在り方を教えてくれた。

 同族(ニンゲン)を殺して喰らう殺人鬼(カイブツ)として。ヒトのように向けられる殺意から逃げる真似は決してしない。

 

 それがわたしの戒律。たった一つの遵守するべき『殺人鬼の掟(キラークイーン)』。

 

「可愛らしいお姿を切り刻んで、お人形のように愛でてさしあげたいわ」

 

 だからどうか、そんな理屈(もの)で縛れるだなんて思わないで。

 理解不能で、不死身でこその殺人鬼(かいぶつ)なのですから。そんな程度の理解の型枠で押し込めようとしないでください。

 ああ、痛い。痛い、痛いです。あの方が教えてくれたこの苦痛(あつさ)、これがわたしを際立たせてくれています。

 

 わたしの純潔()はあの方のもの。誰にも譲ることはない聖域なのだと思い出したから。

 

「熱く激しく残酷に、それはそれは凄惨に殺してさしあげます」

 

 そうして目の前まで辿り着いたフレデリカが、ルサルカを押し倒した。

 

 幼い姿を抑え込む、小さく華奢で儚そうな手。

 決して力は強くないと感じるのに、掴んでくる手だけは何故かまったく動かない。

 捕らえた獲物は逃がさない。殺人鬼としての我力が、ルサルカを決して逃がすまいとしていた。

 

 それは奈落の底に繋がるような虚空。想像を絶する純度の殺意(イロ)に満ちた瞳が覗き込んでいた。

 

「ヒイ――――!」

 

 思わずあがった恐怖の悲鳴は、口に突っ込まれた“梨”によって止められる。

 眼前に迫った恐怖に突き動かされてルサルカは足掻く。用いられる手段は全て用いて、温存など微塵も考えない全力の抵抗。

 それでもフレデリカは止まらない、死なない。もはや理屈ではなく、不死身の怪物はそれ故に不死身なのだと、存在そのものが謳っていた。

 

 馬乗りになったフレデリカの下で、ルサルカの心は折れようとしていた。

 

 

 

 

 そうしてまた一つの戦いを終えて、バフラヴァーンは惜しむように嘆息する。

 終わった後というのはいつも切ない。寂しくて、虚しくて、とても嫌な気持ちにさせられる。

 今なら分かる。自分が求めているのは結果ではなく、過程だから。かつてはこれを、ただ退屈に勝つと豪語していたが。

 

 つまり、今の自分は道の半ば。未だ完成してはいないのだと納得した。

 

 はっきり言って、バフラヴァーンは今の状況を把握しているとは言い難い。

 ここは何処で、自分はどうしてここにいるのか。普通に考えれば状況判断に努めるべきところ。

 しかし彼はバフラヴァーンである。そこが何処だろうと関係ない。終わらない闘争行を歩き続けるのみだ。

 よって特に深くは考えず、バフラヴァーンは次の戦いへと赴くことに決めた。完成でないというなら、進まねば。あるのはそんな一念だけ。

 総ての生命の絶滅の果てに、理想とする天地を見る。ああ、それはまるで“あいつ”の道を倣うようだと、嬉しくなる気持ちを逸らせながら歩き出す。

 

「もしやザリチェやタルヴィもこんな気持ちだったのか?

 なんだよ羨ましいな。俺ももっとはやく知りたかったぞ」

 

 そんなことを独り言ちるバフラヴァーンに、この場での関心は残されていなかったが。

 

「て、めェ……待ちやがれ……ッ!」

 

 絞り出すような声が、去ろうとするバフラヴァーンを制止した。

 声の主は、見るも無残な様となったヴィルヘルム。バフラヴァーンの拳に砕かれた身は、もはや生存しているのが信じられない。

 だが生きている。今にも消え入りそうな命を繋ぎとめて、挑みかかるように吼えていた。

 

「ほう。こりゃ驚いた。まさかまだ口がきけるなんてな」

 

 無様に倒れ伏すヴィルヘルムを見下ろして、バフラヴァーンは告げる。

 それを屈辱と受け取り、怒りの念を滾らせながらヴィルヘルムは言った。

 

「てめェ、どういうつもりだァ!?なんでトドメを刺さねえ、ナメてやがんのか!」

 

 バフラヴァーンは、ヴィルヘルムの生存に気付いていた。

 一八〇〇年という途方もない歴戦の経験。相手の生死などという初歩も初歩で間違えるなど、それこそ不条理だといっていい。

 つまり、生きているのに気付いていて、あえて見逃していたのだ。お前など取るに足らないと、そんな相手の態度が許せなくて、ヴィルヘルムは吼えている。

 

「おいおい勘違いするな。そんなつもりは毛頭ない。

 誓って言うが俺は全力だったぞ。本気でお前を殺すつもりでやった。手抜きなど、俺の存在に懸けてもあり得ん。

 それで命を繋いだというのなら、それはお前がしぶとかったんだ。誇っていいぞ、俺と戦い生き延びた奴なんて何人もいない」

 

 永遠の闘争、己以外の森羅万象、総ての絶滅を誓った暴窮飛蝗。

 しかし、何とも奇妙な話であるが、彼の誓いは必ずしも敵対者を抹殺しなければならないわけではない。

 いざ尋常に殺し合い、その上で相手が命を拾うことがあれば、それを受け入れる度量も持ち合わせている。

 

 相手の殺害、などというのは所詮、結果に過ぎない。

 男が求めるのは結果ではなく過程。勝負がついたのなら、その結果をとやかく言わない潔さ。

 その堂々たる強者の振る舞いを以て、数多の信者をも生み出している。暴窮飛蝗とは個人を示すのではなく、一つの勢力を表すものなのだ。

 無論、その性質上、常に勢力内での蟲毒が行われているようなもので、その数は凄まじく厳選されている。

 最終的には三人しか残らなかったという、果たして勢力と呼んでいいのかも疑問な、超級の戦闘狂たちの群れ。

 

「お前は強かったぞ。()()()()()()()()()()()

 

 しかしそれは同時に、バフラヴァーンから“他人”と見なされることでもあった。

 

 勝負の熱は既に引いて、狂奔していた時のような言動はなりを潜めている。

 お前は俺だとは、もう言わない。俺よりも弱いこいつは、()()()()()()()()()

 だから他人だ。己と真に尋常なる勝負ができるのは己しかいないのだから。

 

 現状、バフラヴァーンが自分よりも“上”においている他人は、たった一人だけである。

 

「ふ、ざ、けんじゃねえぞクソがァ……ッ!!」

 

 そのような侮辱を見過ごせるほど、ヴィルヘルムは人間が出来ていなかった。

 

 こいつは強い。自分よりも、それは分かった。

 しかし、それはヴィルヘルムにとって諦める理由になりはしない。

 ラインハルトへの忠義も、彼に敗北したからではない。きっかけなのは確かだが、単に強いだけなら狂獣の精神は膝を屈したりはしなかった。

 

 立ち上がる。崩れかけの身体を押して、無理を蹴りだし意地に懸けて。

 ああ、つまり舐めているんだな気に入らない。必ず目にもの見せてやるぞ。

 理屈など知るか。勝算なんざ知ったことか。こんなふざけた野郎の目の前で膝を屈するなんてあり得ねえ。

 こいつが俺たちよりも上であるなどと、そんな結論は絶対に、断じて認めてやるものか。

 

「効かねえんだよ薄っぺら野郎。てめえ如きの攻撃なんざなぁ!

 勝負はまだ終わっちゃいねえぞ。オラ、来いやアァッ!!」

 

 そんな感情の激流に流されるまま、ヴィルヘルムは殴りかかっていく。

 無論、既にその身体に余力など無く、拳の威力も見る影もないほど弱々しい。

 しかしそれでも、見せつける鬼気は紛れもなく本物だった。彼我の格差も重々承知で、その上で喰い破ってやると猛っている。

 

「ふむ」

 

 それを見届けて、バフラヴァーンは呟くと共に得心した。

 

「まあ実際のところ、お前のような奴も結構いる」

 

 つまり、情けをかけられるのが気に入らないと。

 バフラヴァーンの在り方を信奉する者がいるのは確かだが、否定する者はそれより遥かに多い。

 その言い草に尊敬よりも、憤りを覚えるのは自然と言えるだろう。特に“白”の連中は、大半がそういった者だった。

 

 まあ気持ちは分かる。俺もやられたことはないが、もしもされたらきっと怒るだろうから。

 

「安心しろよ。俺を熱くさせてくれた強敵(とも)のことだ。希望にはなるべく沿うようにしている」

 

 だからきっちりトドメを刺してやろう。

 向かってくるヴィルヘルムに、バフラヴァーンもその拳で以て迎撃に出た。

 

 その巨拳は、無論のこと全身全霊。

 それが戒律(ルール)で、それこそがバフラヴァーンだ。

 相手が何者であれ、いざ尋常に。他所になど現を抜かさず、全力を尽くし続けるのが彼という男だから。

 

 故に――突如降り注いだ紅蓮の大焦熱を、避けることが出来なかった。

 

「うおおおおおおッ!?」

 

 あがった驚愕はヴィルヘルムのもの。

 爆心の中心地、バフラヴァーンのいた場所は、包まれる爆炎によって影も形も見えない。

 大業火は余波だけでもあらゆる物体を融解させ、ここにあった遊園地という施設は跡形もなく消滅していた。

 

 その炎の主を、ヴィルヘルムは知っている。

 現世に居残った者たちとは異なり、グラズヘイムへと招致されラインハルトの近くに侍る事を許された三人の騎士。

 五色の一角を担う者。総軍(レギオン)の上に立つ大隊長。不死不滅たるエインフェリア。

 

「ザミ、エル……!」

 

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグが、舞台を睥睨するように立っていた。

 

「退け、ベイ中尉。ここは貴様の敗けだ。

 これ以上の無様は晒すな。これより先は私が取り仕切る」

 

 ヴィルヘルムが受けたのは余波の衝撃だけで、被害はほとんど無い。

 驚嘆に値する制御力だろう。眼前まで迫り交錯せんとする両者、その一方のみにこうまで火力を集束させるとは。

 燃え盛る紅蓮、その中心に在るのだろうバフラヴァーンの姿は見えない。魔人であろうが問答無用で焼き払う魔弾の射手(ザミエル)

 

「待、てよオイ!俺はまだ……」

 

「敗残者の言葉は聞かん。

 弁えろ。ここに私が在ることを、即ち黄金の意向だと知れ」

 

 その名前を出されては、流石のヴィルヘルムにも否はない。

 屈辱に歪む顔を伏せながら、弱り切った様を見せまいと跳び去っていく。

 

 ヴィルヘルムが去り、残るのはエレオノーレと未だ紅蓮の渦中にあるバフラヴァーン。

 炎の勢いは未だ収まる様子もなく、周囲へと拡がり続ける様はさながら焦熱地獄。

 これが他の者であれば、生存などまずもって考えられないことだっただろう。

 

「――――誰だぁ?この俺に、こんな愉快な真似をしでかしてくれた奴はぁ?」

 

 されど、ここに在るは闘神。地獄の底でも闘争に酔い痴れる暴窮飛蝗。

 問いの言葉と共に大地へと叩きつけられた巨拳の一撃が、周囲の炎を丸ごと吹き飛ばした。

 

 その炎は、寸前までのバフラヴァーンを焼き尽くすのに十分な火力を有していたのだろう。

 それどころかエレオノーレの戦略眼ならば、幾度かの覚醒分まで含めて威力を計算していたに違いない。

 それだけの大熱量を溜めに溜めた、まさに全霊の一砲火。彼女が奉じる黄金以外、黒円卓の誰であれ耐えるなど不可能である。

 

 ならばこそ、この男は当たり前のように乗り越える。

 不可能という言葉を起爆剤に、その無理難関へ挑むのだと闘魂を燃え上がらせるのだ。

 成長、覚醒――言葉なんて何でもいい。我こそ強い、我が勝つのだと、自らの存在強度を一念のみで引き上げた。

 それはエレオノーレの計算さえ凌駕して。全身に火傷を負い、至るところを炭化させた重傷ぶりで、しかし喜色一面に染まった顔には溢れる生命力と闘志で満ち満ちていた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第九位、大隊長。

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。ザミエル=ツェンタウァ。

 侮るなよ、第一天。私の(ローゲ)は、貴様らほど浅くはないぞ」

 

 自らの想定を覆された結果に、しかしエレオノーレは動じることなく。

 バフラヴァーンとは対照的な、鋭く整然と磨き抜かれた戦意で以て敵対者を見据えていた。

 

 

 

 

 折れかけている中でも、ルサルカは必死に思考を巡らせていた。

 

 死なない、死ねない、こんなところで死んでたまるか。

 生にかける魔女の執念。ことに生き汚さにおいて、ルサルカは黒円卓においても一線を隔する域にある。

 三〇〇年という命の歴史。人としてのあるべきを外れ、壊れかけの魂は寿命を悟りつつも、それでもと。

 それは妄執と呼ぶべきもの。理由さえ忘却の彼方に置き忘れ、それでもと叫ぶ様は紛れもない狂気。

 だからこそ、追い詰められた土壇場では普段の優雅さなどかなぐり捨てて、必死の抗いを見せるのだ。

 

 自分の上に乗る殺人姫(かいぶつ)を見る。

 この手合いならば、恐らく殺害までに時間をかけるはず。

 獲物を(なぶ)り、じっくりと愉しむために。言い換えるなら死までの猶予がある。

 無論、責め苦は地獄だろうが、耐え抜いてみせよう。そして何としても、生存のための糸口を掴み取る。

 

 まだ消えるわけにはいかないから。

 狙ってくるのは顔か?眼か?それとも子宮?

 どれでもいい。いくらでも泣き叫び、許しを乞い、情けなく媚びへつらってでも。

 それでも自分は生き延びる。己の智慧と経験を以て、まだまだ生き抜いてやるのだ諦めない。

 

 そんなルサルカだったからだろう、気付くことができたのは。

 上に跨る相手の様子がおかしい。いやおかしいというなら存在そのものがだけど。

 こちらを見下ろしていた瞳、まるで深淵へと繋がる虚空のような殺意を映した、怖気が走るその眼。

 そんな相手の眼の色が違っている。戸惑っているような、何かに困っているような、これまでの純色に雑味が混じっている。

 まるで人間のような揺らぎ方。ルサルカの口に含ませていた“梨”を抜き出し、その瞳のままでフレデリカは問いを投げた。

 

「ねえお姉様?お名前を教えてくださいませんか?」

 

 この事態を、ルサルカは好機だと受け取った。

 相手の意図など知らない。殺人鬼(かいぶつ)の心象など、考えるだけ無駄だ。

 自分に対して何らかの興味を持っている。ならばそれを取っ掛かりに、この状況を切り抜ける道を見つけ出す。

 大丈夫だ自分ならやれる。心の弱気を振り払い、自らを奮い立たせながらルサルカは答えようとする。

 

「わ、わた、し、わたしの名、前は、ル――――」

 

 入れられていた“梨”の影響だろうか。

 いまいち呂律が回り切らない口を何とか動かして、答えようとした、その刹那――――

 

 走り抜けた白い嵐が、フレデリカの上半身を轢き潰していた。

 

 遅れて音がやってくる。

 けたたましい轟音、破裂音の合唱は、音速など遥か彼方に置き去りとした証。

 粉砕された校舎の瓦礫と、たちこめる土煙の先で響くのは、魔獣の咆哮めいたエグゾースト。

 やがて視界も晴れて見えたもの、鋼鉄の二輪に跨った白い姿が振り返った。

 

「やあ。()()()

 

 その声を聞いた時、ルサルカが感じたのは“絶望”だった。

 

 そうだ。この相手のことはよく知っている。

 天使の如き無垢な美しさの、狂った凶獣。

 窮地にあっても絶対に手を伸ばしてはならない、黒円卓きっての壊人だと知っていた。

 

「シュライバー……」

 

「怖かったねぇ。君が無事で本当によかったよ。

 でももう大丈夫。僕が来たからにはもう安心だよ」

 

 そんな言葉で安心するわけにはいかない。

 現に今も、もし少しでも身を浮かせていたら、自分ごと轢き潰していただろう。

 それで頓着するようなこともあるまい。仲間意識なんてもの、あるにはあるのかもしれないが、シュライバーのそれはまともな形をしていない。

 

「まあ、いきなりやんちゃですこと。

 お尋ねしますが、どちらの子でしょうか?」

 

 そしてまともではないのは、あちらも同じ。

 凄惨な有り様の下半身から、瞬時に再生してみせるフレデリカ。

 傷は元より汚れまで、甦ったその身には残っていない。シュライバーに臆した様子も皆無だった。

 むしろ微笑ましいといった具合に、フレデリカはシュライバーへと親しげに問うた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第十二位、大隊長。 

 ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。

 こんにちは、お姉さん。いい夜だ、と言うにはちょっとまだ早いけど、よろしくね」

 

 ここに在るは二匹の凶獣。狂い壊れし殺人鬼(かいぶつ)たち。

 人間の道理など介さない、壊人たちの間に挟まれて、ルサルカは自らの運命を嘆くしかなかった。

 

 

 

 

 そうして現世での死闘が激化せんとする中で、異なる位相の次元にあっても激している存在があった。

 

 そこは地獄。総軍の魂が渦巻く第五宇宙(ヴェルトール)

 死後の概念を具現化したグラズヘイム。傷に苦痛に罪に嘆きと、そこには数百万単位の人生(ものがたり)が溶け合っている。

 数多の終わりがあった。幸福であれ、不幸であれ、最期には死後(ここ)へと落ちてくる。

 死を想え。死の先の世界を想像せよ。あらゆる宗教における命題の答えの一つがここにはある。

 分からないから不安なのだろう。分からないから疎ましいのだろう。愛する者らとの断絶という未知を恐ろしく思うから、死とは重い。

 ならば祝福を与えよう。未知の先はここにある。私は総てを愛しているから、離れ離れになど決してしないと。

 

「屑共が」

 

 そんな理に呪詛と殺意を向けながら、凶剣たる男はひた駆けていた。

 

 ここは魂の混沌。並の者ならば瞬く間に呑み込まれよう。

 無数にある終わり、そこにある嘆きや痛み、無念を叫ぶ渇望の坩堝は、英雄あらざる者を間引く修羅のヴァルハラ。

 されど、こと彼に限り、そのような心配は無用なもの。不変たる魂は、たとえ数百万の混沌の中にあって尚際立ち、凄絶な輝きを放っている。

 何故なら、彼という男ほどに苦行に満ちた人生(ものがたり)は、このグラズヘイムにも一つとして有りはしない。

 死にも至るほどの苦痛など、彼にとっては日常でしかない。不快さしかない世界は、ただ息を吸っているだけでも地獄のようなおぞましさだった。

 ありとあらゆる苦行を越えて、尚も不変の無慙無愧を貫く孤高の魂。たとえ総軍の混沌でも色褪せない。

 

 そして凶剣たる男にとって、やるべき事は何時の何処であろうが一つのみ。

 グラズヘイムに溶ける混沌、その雑魂の一つ一つにまで凶眼を照らし、理解を以て解体していく。

 人の数だけある地獄のカタチ、その総てを踏破せんと駆け抜ける様は、ただただ凄まじい。

 

 ■■■という名の外装なんて、既に剥げ落ちていた。

 地獄をひた駆ける殺戮行は、まるでかつての生涯の焼き直しだ。よって魂は、過去の姿を思い出し投影していく。

 それは極限の闇。己の血統に連なる総てを覆い隠さんとする全身鎧。白の陣営に我力の恩恵を与える孔雀王(マラク・タウス)

 されど彼という担い手と出遭ったその時に、“彼女”の運命は劇的な変化を遂げる。あるいは奈落に落ちたというべきか。

 彼が彼という道の完遂のために酷使し、彼女もまた彼のために尽力した。その相関は運命の比翼連理とも例えられる。

 生涯を通じて不敗。赴いた戦いの総てに、勝利という名の殺戮をもたらした血みどろの凶戦士の姿。

 

 その名は、マグサリオン。

 とある一つの宇宙の、総ての生命を剣一本で絶滅させた男である。

 

 よって地獄を統べる“心臓”は、その判断をくだした。

 もはや凡百の見る地獄などでは不十分。如何なる人の責め苦も通じまい。

 ならばこそ、最も強き魂を。この地獄においても不動にて変わらず、孤高たる“英雄”をぶつけるより他にないと断定する。

 

 屍山血河の果て、マグサリオンが辿り着いたのは闘技場(コロッセオ)だった。

 濃密が過ぎる戦の残滓。数百、数千、数万と、幾度も幾度も血と屍が撒かれたが故の密度には、流石のマグサリオンも足を止める。

 ただ数の問題ではない。異常なのは質。単純に憎み、違う陣営に属する者同士が戦ったものとはわけが違う。

 同じ釜の飯を食った同胞たちによる、最後の一人になるまで強要された蟲毒。正義も悪も介在し得ない、ただ目の前の敵を討ち斃していく原初の闘争。

 永遠闘争(ヴァルハラ)という地獄の縮図。これまでのような生温いものではない。彼をして一筋縄ではいかぬと、そう認めざるを得なかったから。

 

 その舞台の中央に、独り佇む偉丈夫の姿が見えた。

 黒の軍服に身を包んだ男。他の黒円卓とそう変わらない意匠のはずなのに、男のそれは遥かに深き暗黒に映る。

 一分の隙もなく着こなして、その佇まいにもまた余計なものは微塵もない。強者であるのに間違いはないが、凶戦士が相対してきた者たちとは別種の強さだ。

 ただ強い強いと、強大な力を振りかざし、我を振り撒くばかりの阿呆とは違う。純粋に強いが故に、誰も本気で磨こうとしていなかった武錬の極地。

 その自負。たとえ何者を前にしようと揺るがない鋼の精神。凶戦士をして認めざるを得ない、不変の在り方。

 

 その顔は、視えなかった。

 頭全体を覆ったフルフェイスの鉄仮面。その首から上は一切窺い知れない。

 図らずも、見せるべき貌を持たない者同士。歩く凶戦士を闘技場へと迎え入れて、その中央にて対峙する。

 

 聖槍十三騎士団黒円卓第七位、大隊長。

 ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。あるいは、幕引き(マキナ)

 重く揺らがない沈黙の中で、英雄は静かにその戦意を漲らせていた。

 

 

 

 




スワスチカが開き切っていないと三騎士たちは完全ではないのかと疑問に思うかもしれませんが。
そこは舞台が違うという、この話の独自設定として、完全な状態で戦えるものとしてお考え下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。