無慙無愧が巡る怒りの日   作:ヘルシーテツオ

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第五章『赤の誇り』

 荘厳なる髑髏の居城。

 それは死者を材料とした建造物。されど亡者の群れならば持って然るべき穢れを、この城は一切有していない。

 当然だろう。ここでの死とは、忌むべき終わりを意味しない。至高の黄金より与えられる寵愛の証なのだから。

 その名をヴェヴェルスブルグ城。ラインハルト・ハイドリヒにより創造された第五宇宙(ヴェルトール)であり、無限の死者で膨張していく“総軍(レギオン)”なのだ。

 

 彼は地獄であり、また同時に楽園でもあった。

 世界に終わりをもたらす魔王であり、世界を新しい場所へと導く救世主でもあった。

 そしてエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグにとって、その存在は運命であり幸福であり、彼女の本懐そのものであった。

 

 黄金錬成の対価など、彼女にしてみれば求める輩こそ度し難い。

 獣に喰われ、黄金の爪牙として一つになること。この祝福の意味をどうして理解できないのか。

 人の世の道理など、所詮は狂気一つで脆くも崩れる砂上の楼閣。あの時代の戦争がそれを証明していて、奉じるべき価値など何処にもなかった。

 右を見ても左を見ても、くだらんお為ごかしと傷の舐め合いばかりが罷り通り、飽きもせず互いの足を引き摺り合う。ただやるべきをやるという、当たり前の事が出来ない者が多すぎる

 それは貴女だけが特別なんだと、ああそれで?そんな負け犬どもの遠吠えなんぞ知らんし聞こえん。国難の窮地にあって、まだそんな弱音しか出てこないなら淘汰以外あるまい。

 女がどうだと言う前に、まずは貴様ら成果で示せよ。一文にもならん虚勢の意地など、後生大事に抱え込む価値もあるまいが。

 これを指して素晴らしいだと?都合のよい一面だけを切り取って、これが平和だなどとほざくのは、裏の醜悪さに目を向けようともせん愚者に過ぎん。

 至高の黄金と一つになれば、そのような苦悩からも解放される。それは貴様らにとっても喜ばしいことであろうがよ。

 

 ようするに貴様ら、理解が及ばんから拒んでいるだけだろう。

 訪れる新世界を前に、既存の常識など無意味だとどうして分からない。

 彼の愛は大きくて、誰よりも深く、純粋なものだから。理解した気で侮辱を吐くなど私は許さない。

 寛容な主に代わり、紅蓮となって総てを焼き払ってみせよう。案ずるなよ、咎人だろうと黄金は見捨てない。

 老いも若きも男も女も、彼は総てを愛している。黄金の愛の何たるか、髑髏の建材となって骨身に染みさせ理解するがいい。

 

「ザミエル」

 

「はッ」

 

 ラインハルトの修羅道を、エレオノーレは決して疑わない。

 間髪入れぬ返答に迷いはなく、鋼の覚悟を以て主の命を待っていた。

 

「闘神の御仁には卿があたれ。我が(ローゲ)よ。彼が歩む孤高の修羅道に、卿の熱の何たるかを知らしめよ」

 

了解いたしました、我が主(ヤヴォール・マインヘル)

 

 返礼と同時に、城の総軍に揺らぎが生じた。

 彼女もまた獣に喰われた爪牙の一つ。王者の許しを得たことで、再び一個の存在となりて現世の地に降り立とうとしている。

 率いるは軍団規模の魂。もはや前提が覆った舞台に余計な縛りは存在しない。一分の不足なく自己を確立させたエレオノーレが立ち上がる。

 

 ただ一度、玉座に腰掛けるラインハルトへと一瞥の礼を捧げて。

 顔半分、そして半身に至るまでを覆った火傷の痕。美醜をはっきり二分するその容姿は、しかし彼女にとって恥ではない。

 むしろ誉れ。黄金に見初められた祝福の証。今の卿こそが美しいと、昔日に告げられたあの刹那は、今も不変の忠誠(おもいで)として色褪せず残っている。

 この傷痕こそが、世界の最果てまで進軍するエインフェリアとして、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグを完成させたのだから。

 

「やれるか?あの御仁は、卿らよりも強いぞ?」

 

 それこそ、語るにも及ばず。

 彼女は五色の一角を担う赤騎士(ルベド)。その役目は黄金の行く手を阻む総てを燃やし尽くすこと。

 主命とあれば、たとえ神が標的でも、魔弾の射手は撃ち落とそう。

 

 ――――そうでなければ、彼の傍に侍る資格など無いのだから。

 

 

 

 

 激震が起こり、火炎流が天まで昇る。

 かつてそこにあった遊園地。日常の一部として確かにあったその場所は、既に跡形も残っていない。

 炎と拳脚。現実の領分を遥かに超越した暴力が、この場所を徹底的に蹂躙した。

 しかもこの場だけでは終わらない。魔人と魔王の闘争は今も尚続行中で、拡がってくる大災禍を前に人々は嘆く暇すら許されず逃げ惑う。

 もはや何人の介入さえ不可能となった絶域で、両者は遠慮無用とばかりに己の力を行使していた。

 

 紅蓮の焦土と化した戦場で、エレオノーレは睥睨する。

 その手に何の武器も取らず、くわえた煙草の紫煙を昇らせながら、最前線の様子を俯瞰していた。

 それは兵士の姿ではなく、指揮官としての在り方。魔人の中でも屈指の傑物たる彼女にとって、戦闘とはもはや剣戟をぶつけ合わせるものではなくなっていた。

 

 彼女の周囲で波打つ空間より現れるのは、無数の短機関銃の槍衾。

 一丁一丁が聖遺物としての特性を備えたシュマイザー。常道を無視したその絡繰りは、彼女が契約した出鱈目な聖遺物にあった。

 その名もドーラ列車砲。現実のドイツにかつて存在した冗談じみた巨大兵器。操作に一四〇〇人、整備等には四〇〇〇人以上を必要とした、あらゆる意味での規格外品。

 そのようなものと魂を一体化したエレオノーレは、いわば個のカタチを取った軍団そのもの。他の団員のように魂をただの燃料と捉えるのではなく、総てを十全に率いてみせている。

 拡大解釈による多機能化はルサルカと同じだが、その質は完全に圧倒しているといっていい。火を噴くのはシュマイザーばかりでなく、パンツァーファウストといった他の武器種まで。

 更には地中より突如として昇る炎柱。空中には無数の火種が数万単位で浮かび、砲門代わりの方陣から撃ち放たれる大火砲。

 もはや個人としての攻撃ではなく、軍団規模の部隊攻勢と呼ぶのが正しい。圧倒的な物量火力が、さながら津波のごとく対峙する敵を呑み込んだ。

 

「ははははは、どうしたどうしたこんなものかぁッ!」

 

 そんな大攻勢の真っ只中に置かれて、大笑しながらバフラヴァーンは我が身一つで迎え撃つ。

 個の力が大軍を凌駕するなど、遥かな古に過ぎ去った幻想だ。現代戦にそのような夢物語の余地はない。

 迫り来る物量差とは途轍もなく、容赦がない。超人が数人そこらいたところで、軍全体の戦況を覆せはしないのだ。

 そんな現実の答えを、それこそ戯れ言だと笑い飛ばすように、超々高密度の個の暴力が物量を踏み躙っていく。

 圧倒。まさしくそれは圧倒だといってよかった。魔人とて蹂躙可能なエレオノーレの銃火群を、逆に蹂躙しながら進み続ける様はいっそ理不尽とさえ言える。

 

「器用な真似をする。意志を以て現実を改変する力、確か我力といったか。

 感情を燃料とする以上、我々とも近しいと感じていたが、なかなかどうして応用も利くらしい」

 

 そんな彼我の戦力差を俯瞰して眺めながら、しかしエレオノーレに動揺は一切なかった。

 自らの劣勢をしかと理解して、それはさほど重要ではないといった風に、その意識は別の事柄へと向いている。

 

 傍若無人そのままに見えるバフラヴァーン。だがその裏の、眼には見えぬ所では不可解な現象が発生していた。

 焦土と化した地表には、既に彼ら以外の生命は無い。しかしその地中には、僅かながら難を逃れた者も存在していた。

 植物の種や虫の幼体、または土の中に住まう微生物まで。直接の着弾を受けた箇所以外では、それらの生命が今も現存していたのは確かであり。

 そんなか細い生命たちを、バフラヴァーンは殺していなかった。彼の力ならばただ踏み鳴らすだけでも十分なところを、あえて理を捻じ曲げてまで影響を与えないようにしている。

 

「自身に課した縛り、戒律というやつか。遵守と引き換えに見合った力を得るという、それが貴様の」

 

「うん?ああいや、違うぞ。別にこんなものは俺の戒律ではない」

 

 エレオノーレの呟きを耳聡く聞き取って、バフラヴァーンが蹂躙の中で答えてみせた。

 

「これは単なる姿勢の問題だ。不意打ちは好かんのでな。やるのなら真っ向からでないと愉しくない。

 まあそれも、今となってはさして重要ではないかもしれんがな。長いこと続けてきたのを途中で放り出すというのも締まりが悪いだろう」

 

 そう言って、地を踏み抜いたバフラヴァーンの震脚が、今度は地中にある生命の総てを絶滅させた。

 戦うのならば一対一、尋常な決闘という体に拘りを持つ暴窮飛蝗。複数の戦力が入り混じった乱戦では、明確な優劣をつけるのが難しくなるから。

 よって彼らは巻き添えの形で他者を殺生することを好まない。己以外の殲滅を謳いながら、矛盾するようなその心象は、闘争に懸ける彼らの狂信を証明するものだったが。

 

 とはいえ自身の本質を思い出した今となっては、そう大した意味もないのだろう。

 バフラヴァーンが真に望むのは己自身との永遠の闘争。他を滅ぼして回っていたのは、彼の理想にとって他人というものが不純物だったからに他ならない。

 だから、言ったようにこれはスタイルの問題でしかないのだろう。優に一八〇〇年も一貫させてきたやり方を、今さら曲げるというのが性に合わないという話だ。

 

「大体、俺のようなことならお前だってやっているだろう。

 その炎、やろうと思えばもっと速く燃え拡がれるはずだ。それをしないのは他の連中を慮ってのことじゃないのか?」

 

 そしてバフラヴァーンの指摘の通り、力のセーブというならエレオノーレも同じだった。

 彼女の聖遺物は、元からして戦略級の兵器。魔業によって外法の力を得た今となれば、核兵器規模の破壊とて容易く引き出せる。

 周囲への被害は今も拡がっているが、むしろこの程度で済んでいることが彼女の制御が行き届いていることの証明だと言えて。

 

「なんだ、もしかして俺に遠慮でもしていたのか?

 だとしたら無用の心配だぞ。言った通り、こんなものは俺個人の姿勢でしかない。

 他の奴らのやり方にまでケチを付けるつもりは――――」

 

「黙れよ、痴れ者が」

 

 納得したように喋るバフラヴァーンを、鋭い一言でエレオノーレが遮った。

 

「このシャンバラにある魂は、その総てがハイドリヒ卿に捧げられるべき供物だ。私の一存で無用に散らせるわけにはいかん。不忠になる」

 

 鋭く告げられた言葉に宿っているのは、黄金へと向けた絶対の狂信。

 

 ラインハルトが万民へと与える破壊の情。

 それをエレオノーレは祝福だと信じている。ヴァルハラへと召し上げられる結末を指して幸福であると。

 故に、かつての祖国の民草たちとて、彼女は躊躇なく黄金の生贄に捧げた。それが彼らにとって幸せだったと今でも疑っていない。

 

 つまりは両者、単なる己のスタイルの問題でしかない。

 命を慈しむ価値観など存在しない。無辜に生きる民にとって、彼らは厄災以外の何者でもなかった。

 

「ふうむ。まあ、はっきり言ってその辺りのことはよく分からんが。

 ああ、分からんというならもう一つ。たしか銃というんだろう、こいつらは」

 

 周りに展開される無数の重火器類を見渡しながら、バフラヴァーンは告げる。

 

「数も種類も随分と豊富だが、こっちではこういうのが流行りなのか?

 俺からすると、弱い奴らが群れて使うだけという印象でな。つまらん玩具というのが正直なところだ」

 

 この近代で旺盛を築いた銃火器類だが、バフラヴァーンの知る歴史において活躍の機会はほとんど無い。

 彼の一八〇〇年の戦歴にあっても、対峙した経験は数えるほどしか無いほどだ。白と黒の両陣営でも、主武装として使う者はまずいない。

 容易く絶大な力は魂を腐らせる。白の側が掲げていた理論の是非はともかくとして、そもそもかの時代における戦の形態にまるで噛み合っていないのだ。

 選ばれた一騎当千の勇士たる白の戦士(ヤザタ)と、更に限られた特記戦力たる黒の魔将(ダエーワ)。両陣営の英雄同士が覇を競う戦場では、それ以下の兵士が戦う機会は限られる。

 銃というのは基本、数を揃えてこそ真価を発揮する武装だ。数を頼みとするべき兵士に活躍が訪れない以上、陽を見る目はなくなってしまう。

 なにせ、上澄みの連中なら天変地異の如き戦力を誇る惑星規模の修羅場なのだ。雑兵が数の暴力など発揮したところで、薙ぎ払われるのが関の山。

 星間移動を可能にする技術等を持ちながら、文明が中世レベルで停滞している歪な構造。需要がなければ発達もないのが必然で、一部の物好きか、何とか物量を揃えられた国で用いられるのが精々。

 

 無論、宇宙の頂点に君臨していたバフラヴァーンが、そんな下々の事情など眼中に無いのは当然であり。

 彼が銃という武器を玩具の如くと軽んじる理由は、ごくシンプルなもの。

 

「怖さを感じないんだよ、こんなものを向けられても。

 だからこそかな。お前のような奴に、こいつは似合いの武器じゃないと思えるんだ。

 察するに、本当の得物は“剣”だろう?」

 

「ほう」

 

「勘だがな。本音ではそんなものに信など置いちゃいないだろう。お前が頼みにしているのは、あくまで鍛え磨いたお前自身の強さだ。

 だからなぁ、そういうお前だと分かるからこそ、いつまでそんな戦い方を続けている?手抜きなぞ、するようなお前ではあるまい」

 

 エレオノーレの戦いを手抜きだと、バフラヴァーンは指摘した。

 この会話の最中でも、彼女の爆撃号砲の雨は止まず、それは苛烈極まる攻勢だったが。

 

「俺が気付いていないと思っていたのか?お前、俺の肩透かしを狙っているだろう。

 クワルナフのような奴ならいざ知らず、お前はそういうものではない。本来ならばもっとノれる奴だ」

 

 バフラヴァーンを相手取るのに、エレオノーレが今用いる火力は十全とは言えない。

 より正確に言うならば、彼女はこの相手を一気呵成に斃すことを目的としていなかった。

 

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグの真価とは、手数の豊富さにある。

 ラインハルトに次ぐ、武装具現型の完成形。手段の多さに迷うこともない、全てを活用してみせてこその器用万能。

 やれる手段が多ければ、その分だけ戦術・戦略の幅も広がるのだ。敵の出鼻を挫き、気勢を制して、実力を発揮させずにじわりじわりと削いでいく。

 エレオノーレが仕掛けているのは消耗戦だ。拮抗した戦いを演じることで、バフラヴァーンに窮地を与えることなく余力を無くそうとしている。

 

 事実、この戦いが始まってから、バフラヴァーンは劇的な覚醒を遂げていない。

 窮地でなければ機会は生じず、追い込まれなければ彼の闘志は燃え上がらない。

 感情値による強さの向上とは、言い換えてしまえば気分次第。つまりバフラヴァーンの興が乗らないように立ち回っている。

 群生相も現れていない。ならば現状、エレオノーレが取っている戦法は功を奏していると言えたわけだが。

 

()()()()()()()()()()。まさか気付いていないわけでもあるまいに。

 俺に対してそういうやり方は上手くない。このままならどう足掻こうが、先に潰れるのはそちらだぞ」

 

 忘れてはならない。『殲くし滅ぼす無尽の暴窮(ハザフ・ルマ)』を持つバフラヴァーンの体力は無尽蔵。

 瀕死寸前、死する瞬間まで、暴窮飛蝗は全身全霊の戦いを続けられる。そんな相手に長期戦を仕掛けるなど愚策でしかない。

 そんなことをやり抜けるのは、それこそ世界そのものと見紛うほどの膨大な総体の持ち主だけ。エレオノーレとて並の鍛え方ではないが、今回は相手が悪い。

 ここまでの展開でも、間違いなく最大効率で回していながら、それでも消耗度合いはエレオノーレが上だった。このままの流れでは、バフラヴァーンが言った通りの結末は免れない。

 

「お前が強いというのは分かる。だから早く真価を見せろ。俺を追い込んでみせるがいい。

 互いの強さをぶつけ合い、上か下かを決定してこそ闘争だ。果ての最強という王冠を目指す意志なくば、どんな熱だって宿りはしない。

 そのためにも本気でやらなきゃ駄目だ。不本意なやり方のまま死んでくれるなよ。お前も俺になってみせるがいい」

 

 俺と並べ。俺を熱くさせてみろ。俺になれ。

 バフラヴァーンの言葉は、その全てが自己愛の変形だ。相手にかける期待はすべて、己を愉しませられる否かに掛かっている。

 一つの究極を表す闘争の求道。互角となれば己となり、そうでなければ他人に映る。狂気の域さえ振り切れた闘争への自負心に底など無い。

 

 唯一無二の例外はただ一人。闘神が上だと認める他人なんて、冥府魔道を征くあの男以外にあり得ないのだから。

 

「やれやれだな」

 

 稚気にも似た巨大な感情の放流を身に受けて、それでもやはりエレオノーレの鉄面皮は崩れなかった。

 

「少しは感心してやったと思えば、やはり猪か。

 口を開けば力だ強さだと、そんなナリをして餓鬼かよ、貴様。

 どうやら根本的に軍人というものが分かっていないらしいな」

 

 そうやって話している間にも、エレオノーレという軍団の統率に乱れはない。

 雑兵を精鋭へ。個々の兵士の質を高め、数以上の力を発揮する将器。それは彼女が仰ぐラインハルトと同質のもの。

 

「勝てるからやる。敗けるのならやらぬ。そんな次元でものを考えられるのは個々人の問題だけだ。

 戦争にあって、そんな贅沢は軍人に許されん。必要ならばやる。妥協はない。強さなど、そのための一要素に過ぎん。

 如何な恥辱にこの身を浸そうとも。我が忠義に報いる道なら躊躇いはせん」

 

「分からんな。そりゃつまり“みんな”のためにというやつか?白の奴らと同じノリだと?

 話を聞いている限りそう聞こえるが、どうにもお前を見ているとそういう気がせん。むしろ俺たちに近いのではと。

 だがやはり黒とも違う。なあ、よかったら教えてくれよ。お前が言う忠義とやらは、俺たちや白の連中とどう違う?」

 

「忠義とは自ら磨き鍛えるもの。初めから完全な形で存在するものではない。

 死地に立つ兵士は、その多くが祖国の大儀を口にする。だが、その言葉の多くは、実体を伴ったものではない。

 ただ漠然と、大きく尊いもののために己の生を全うしたい。生死の境目に立った時、人は己に意味を求めたがるからな。

 死を想え(メメントモリ)、だ。だが大半の者は日常において、そこから目を逸らしている。真に終わりを目前としなければ、死という未知を直視しようとせん。

 だから試されれば、その忠義は容易く折れる。何故己は戦うのか、この命を捧げるに値する意味とは何か。常にこの命題と向きあった者と、盲いた蒙昧とでは格差が出来て当然だろう」

 

 死を想え(メメントモリ)。それはラインハルト・ハイドリヒの座右の銘。

 死は重い。だからこそ厳粛に受け止めてほしい。そんな信条を、彼は万人に求めている。

 だってそうでなければ何も残らない。総てが繰り返される回帰の宇宙では、死の先には同じ生しか無いのだから。

 故に、終焉という刹那に、自らの輝きを刻んでほしい。さもなくば命は流されるまま、延々と堂々巡りを行うだけだろう。

 

 黄金の獣は総てを愛しているから。果てに超越して新天地へと飛翔せよ。その破壊の情に、エレオノーレは忠誠を誓っている。

 

「貴様らがいた場所のことは知らん。実感の伴わん知識で知った風な口をきくつもりもない。

 だが、白か黒かで総てを区分けするという二元論。どうやら想像以上に縛られた天地であるらしい。

 みんなのため、己ではない他の誰かのために。こちらでもよく聞いた言葉だが、それは実体が存在しない理想の雛形だ。

 みんなとは誰だ?他の誰かとは誰を指す?その答えを定義して、虚構の理想に実を与えていくのは他でもない己自身。

 その過程を奪われて、与えられた答えを疑う余地なく信じ抜く。ああ、管理の完成度という意味では優れた法かもしれんな」

 

「ほう。ならば貴様から見て、この俺はどう見える?」

 

「反吐が出る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 貴様の思想は己という内に閉じていくものだ。己は強い。己は絶対。何故なら俺は俺だから。

 人というにはあまりにも底が浅い。それが黒という属性に染められたが故の浮遊した在り方というなら、哀れにも映るよ」

 

「――――そいつは、聞き捨てならんな」

 

 告げられた言葉を、バフラヴァーンは無視することができなかった。

 きっと少し前までだったら、何の気なしに受け流していた。ああそうか俺の方が強いと、勝手な自己完結で聞く耳持たなかっただろう。

 だが今は違う。漠然としたものだが、ひどい侮辱を感じたのだ。自分の在り方を誇りに思っているから、そんなものと一緒にするな、と。

 

「確かに黒だの白だのくだらない。そんな色分けに囚われている限り、何も為せんと既に教えてもらったからな。

 己の内に閉じていくだと?おおそうとも。他がどうだのどうでもいい。俺という男は、自分がどうなりたいかに重きを置くようだからな。

 我、戦うゆえに我あり、だ。闘争のための闘争に総てを捧げてきた俺が至るべき答え、そいつはこの胸に宿っている」

 

「ほう。ならばその答えとは?」

 

「決まっている。“絶域(さいきょう)”だ」

 

 迷いなく胸を張って、バフラヴァーンは断言した。

 

「俺ではない。強く、眩しく、爛々と禍々しくも輝いていた他人(あいつ)。許しがたく、畏れ入って、出遭えた奇跡に感謝したい。

 だからこそ挑むのだ。俺が唯一、己よりも上だと認めた最強の男に、不甲斐ない自分を見せたくないんだよ。

 いずれ再び、相まみえる時のために。あいつという“絶域(さいきょう)”にも恥じることのない“最強”で在るためにも。

 俺は戦う。闘争こそが俺を満たす総てだ。宇宙の法とやらがどうあろうが、不変のままに戦い続けていくんだよ」

 

 その感情は恋に似ている。

 無論、バフラヴァーンに恋愛経験なんてあるわけがない。だがもしも、それに類する思いがあるとすれば、きっと今がそうなのだろう。

 焦がれているから追いつきたい。あいつは俺の憧れだから、再び相対するその時を怖いとさえ思う。

 果たして今の自分は、あいつに相応しいといえるだろうか。いつもだったら容易く断言できることが、こんなにも難しいとは。

 過日の姿と同じままでは申し訳なく、めかしこんでいかねばなるまいが、果たしてどれだけやれば十分だといえるのか。いいやもっとだ、もっと磨き抜いた己でなければ、あいつの前に立つには相応しくないと思えてしょうがない。

 

 ああ、今ならばザリチェやタルヴィの気持ちが分かる。

 お前たちもこんな気持ちだったのか。付かず離れず、なかなかやって来ないお前たちにはやきもきさせられたものだが。

 なるほど、こいつは悩ましい。恋い焦れる相手だからこそ、半端な真似が許せずに踏ん切りがつけ難い。相反する気持ちに決心が揺らぎそうになってしまう。

 

 だからこそ、暴窮飛蝗の王たる男が出す答えも同じ。

 追いかけ、追いつき、そして追い越す。そう心に決めて、最強を目指してひた駆けるのだ。

 果てに憧れた最強を打倒したとしても、その先を指して虚無などとは言わせない。

 いいや、より正確に言えば、そんな先のことなど考えられない。俺はあいつが不変の“絶域(さいきょう)”だと信じているから、敗北した姿なんて想像できないのだ。

 もちろん負けるつもりもない。ああつまり、理屈ではないのだ。俺は勝利を目指してあいつに挑むが、実のところ勝ち負けなんてどうでもいい。

 あの闘争があまりにも素晴らしかったから。たとえ勝とうが負けようが、俺にとっての理想の具現だと確信している。

 

 他など見えんし、求めもしない。まして自愛に酔った妄執などと、断固として言わせるものか。

 

「――――なるほど」

 

 その言葉、確固たる自負と懸ける想い、魂がこもった言霊を受けて、エレオノーレは頷いた。

 

「実を言えばだ。私はここまで貴様を観察していた。

 率直に言って、まともにやり合うのでは分が悪いと見たのでな。

 なのでそちらの指摘も、そう間違いではない。真価を見せていないというならその通りだ」

 

「ほう。ではつまり、俺を倒すための算段がついたと?」

 

「無論だ」

 

「面白い」

 

 ならばその策、真っ向から粉砕してくれよう。

 気炎を燃え上がらせるバフラヴァーン。与えられる窮地が危機的であればあるほど、闘争の権化たる魂は熱く滾る。

 

「先ほどの言葉は撤回しよう。

 詫びを受け取れ。私の“剣”を見せてやる」

 

 その闘志に応えるように、エレオノーレもまた己の真価の開帳を宣誓した。

 それは彼女にとっての誉れ。彼女が認めた者でなければ、その姿を眼にすることは叶わず。

 存在を知るのは黒円卓の双首領のみ。実際に見た者は未だ一人としてこの世にいない。

 

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグの誓いは重く、甘えも妥協も許さない。

 決意の言葉は意志の撃鉄。ひとたび口にしたのなら、それは即ち絶対にやり遂げるということである。

 

 

 

 

Echter als er schwur keiner Eide;(彼ほど真実に誓いを守った者はなく)

 treuer als er hielt keiner Verträge;(彼ほど誠実に契約を守った者もなく)

 lautrer als er liebte kein andrer:(彼ほど純粋に人を愛した者はいない)

 

 嵌められていた枷が外される。

 無限に燃え拡がる爆心という、有象無象を殲滅するための戦争用の制約。

 しかして本来のエレオノーレとは、剣の誉れこそを尊ぶ武門の騎士。ならばその真髄とは一対一、尋常なる決闘にこそ現れる。

 

und doch, alle Eide, alle Verträge(だが彼ほど総ての誓いと総ての契約),

 die treueste Liebe trog keiner wie er(総ての愛を裏切った者もまたいない)

 Wißt inr, wie das ward?(汝ら それが理解できるか)

 

 見渡す限りに広がる紅蓮の焦熱。

 絶対命中という概念が至る究極の一つ。そもそも逃げ場なんて存在しない世界。

 総てを焼き尽くす(スルト)の剣。エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグの真なる創造が、今ここに鞘走る。

 

Das Feuer, das mich verbrennt(我を焦がすこの炎が), rein'ge vom Fluche den Ring!(総ての穢れと総ての不浄を祓い清める)

 Ihr in der Flut löset auf(祓いを及ぼし穢れを流し), und lauter bewahrt das lichte Gold(熔かし解放して尊きものへ),

 das euch zum Unheil geraubt(至高の黄金として輝かせよう)

 

 詠唱として謳い上げるのは、黄金に懸けた彼女の想い。

 至高天の輝きに魅せられて、その光に焼かれ続けることを渇望した。

 何処までも何処までも追い続け、何時までも永久までも焼かれていたい。

 

Denn der Götter Ende dämmert nun auf.(すでに神々の黄昏は始まったゆえに)

 So - werf' ich den(我はこの荘厳なる) Brand in Walhalls prangende Burg.(ヴァルハラを燃やし尽くす者となる)

 

 ともすれば少女の青臭い恋煩いのような。

 その忠義だけを胸に抱き、女騎士は紅蓮のヴァルハラを未来永劫ひた駆ける。

 

Briah(創造)――――Muspellzheimr Lævateinn(焦熱世界・激痛の剣)

 

 そこは大火砲(ドーラ)の砲身の内に築かれた大焦熱地獄(ムスペルヘイム)

 エレオノーレの渇望を具現化した(ローゲ)の全貌が、その姿を露わとした。

 

「――――ぬうぅ!?」

 

 唸るように声をあげるバフラヴァーン。

 それはこの異界が有する、膨大なる業火の熱量に圧されたから、ではない。

 

 何故なら、彼が見積った限り、敵の力の程は彼が知るところの一級魔将といったところ。

 ありとあらゆるものを溶かし尽くす熱量とて、宇宙広しの闘争を練り歩いた男からして見ればそう大したことはない。

 歴代でも最大級の戦闘経験を誇るバフラヴァーンの見立てである。強さの底を見せた以上、もはや間違いはあるまい。

 無論、今の彼にとっては手頃な相手といえるのだろうが、経験としてある以上、驚愕に値しないのは道理だろう。

 

 それなのに、この炎を眼にして、そこに込められた“想い”を直視した時、バフラヴァーンは思ってしまったのだ。

 

 恋焦がれた男に挑むと言った。

 唯一無二の憧れを抱いた他人。その“絶域(さいきょう)”を奉じるからこそ、己も最強たるべく戦うのだと。

 それこそが闘争の図式故に。互いがこの場の絶対強者たるを証明してみせてこその勝利なれば。好き嫌いに関わらず、それは戦いという道を選んだ者の宿命だといっていい。

 怖れも迷いも、バフラヴァーンにあるはずもなく。故に選んだ挑戦の決意に、不純なものなどあるわけがなかったのだが。

 

 しかし、バフラヴァーンは思い出していた。

 過日に繰り広げた大激闘。あれこそ理想の具現と今も信じて疑わない夢舞台。

 だが、その結末を指して、バフラヴァーンの敗北だったとは、一概には言い切れない。

 何故なら、超常さえ置き去りにした絶域との死闘の末、彼は神とは異なる次元への昇華を果たしたのだから。

 不変の凶剣と並び立てるように、己もまた不変の存在へと成り(おお)せる。この宇宙の法が如何に変わろうとも、闘争という概念の一要素として混ざり続けるのだ。

 未来永劫、冥府魔道を行く男を追い続け、その道を共有できるように。敗北を悟った故の妥協では断じてなく、これぞ辿り着く最果てだと信じたがための決断だと。

 

 だとしたら、今の俺はなんだ?

 こうして図らずも肉体を得て、これ幸いとばかりに挑もうとしている、この俺は。

 憧れた相手に挑みたい、この気持ちに嘘はない。しかし過日に至った結論にも、やはり嘘偽りなどあるわけもなく。

 対峙して挑みたいのか、同じ道を追い続けたいのか。思い至った瞬間、自らの本音が分からなくなり、そこに不純を感じてしまったのは誤魔化せない。

 

「我が望みは、ただ永劫、あの御方の“(モノ)”であること」

 

 されど、この炎に迷いは無かった。

 目指そうとして届かず、求めた輝きに永劫触れられなくてもいい。

 何故なら、己は追う者故に。届かないものだと知っているからこそ、それを欲し続けたいと願っている。

 

 たとえそれが強がりでも、貫き通した果てでならば矜持となろう。

 

「救いは請わん。同意も求めん。手を差し伸べる同胞など、こちらから切って捨てよう。

 至高の存在に侍るのならば、つまらぬ人の脆弱さなど無用なのだから」

 

 何時までも、どこまでも、想い焦がれた祈りのままに、炎は燃焼を続けている。

 それは一つの不変。幾度も輪廻を巡り、宇宙の法が塗り替わって、邪神の汚濁にその身を浸そうとも。

 たとえ敬愛する黄金が失われても尚、変わらなかった想いのカタチ。奉じた君主へと捧げる絶対の忠義(アイ)

 

 ただ殺すことぐらいしか物差しを持たない、薄っぺらな強さとは次元が違うと理解できたから。

 

「彼と一つになる怒りの日(ディエス・イレ)こそ、私が辿り着くべき最果て(ヴァルハラ)だ」

 

 似たような想いを抱いた同士として、相手を想う気持ちで敗けを感じてしまったのだ。

 

 その時の、バフラヴァーンが懐いた感情を何と表現するべきか。

 屈辱か、高揚か、あるいは嫉妬?どれとも言えるし、どれとも言えない。

 ただ分かるのは、それはかつて一度も感じた覚えがない敗北感。自分が知るものとはまるで別種の、まったく未知なる類いなのだと悟る。

 打ちのめされる。どうしていいか分からない。ああこいつは大した奴だと、もはや認めるのに何の躊躇もいらなかったから。

 

 有り体に言って、それはバフラヴァーンにはやってはならないことである。

 

「いいぞいいぞォ実にいい!そいつは俺が知らない強さだぁ!!」

 

 心に抱いた感情の総てが、覚醒のための起爆剤へと変換される。

 敗北という窮地を感知したことで、無限成長への撃鉄が落とされた。

 ここには俺が知らない強さがある。ならばどうする?ああ決まっている。

 戦おう。そして勝とう。何故なら己はそれしか知らぬ故に、ぶつかって凌駕する以外に道を持たない。

 

 敗けられない戦いがここにある。

 猛り漲る闘神の意気に応じて、暴窮飛蝗の群生相が現れ始めた。

 

「お前もまた俺になれェ!そして俺のために死ぬがいい!」

 

「ほざくなよ、蛮人めが。戯けたその口を焼き付けてくれる!」

 

 互いの戦意を言霊に変えて、真価を発揮した両者がここに激突した。

 

 

 

 

 自らの分身を生むバフラヴァーン。

 その数に限界はない。彼の闘志が続く限り、分身体は増え続ける。

 創造された焦熱地獄は、無数のバフラヴァーンたちによって埋め尽くされた蠱毒の壺と化した。

 

 十体、百体、千体と、増え続ける分身の総合計は加速し続けて止まらない。

 そのままならとっくに世界が飽和していただろう。そうならないのは、増えた端からバフラヴァーン同士によって殺されているからに他ならない。

 逃げ場のない世界だからこそ、闘争にも歯止めが効かない。少しでも劣った者は世界そのものに焼き殺されて、獄炎を耐えながら拳を振るえる者だけが生き延びる修羅の宴。

 

 そんな超絶たる闘争の坩堝で、たった一人の異物であるエレオノーレ。

 周りの総てが格上だという状況で、彼女は善戦しているといっていい。

 あらゆる手練手管を用い、先の先を見通す戦略眼。単純な強度の値など覆して然るべき練度の極み。

 これが一対一の状況のままであったなら、あるいは仕留めていたかもしれないと、そう思わせる奮闘ぶりであったが。

 

 しかしてバフラヴァーンは終わらない。

 彼は無限に群生相(じぶん)を生み続ける。無限に闘い続けるために。

 敵にとって理不尽なのは、バフラヴァーンが自分との戦いでも成長できるという点だろう。

 こうしている間にも、バフラヴァーンの強さは増すばかりで、敵からすれば戦況は悪化の一途を辿るのみ。

 

 二倍、三倍程度の格差であれば、如何様にも覆してみせよう。

 十倍の差があったとしても、必ずや活路は見出せると自負している。

 百倍の差であろうとも、一矢報いて相打ちには持ち込んで見せる。

 しかし千倍、万倍と力の差が広がれば、それは覆しようのない絶対の隔絶となる。

 

 もう一度、改めて断言しよう。彼女はうまくやっている。

 これだけの強度を持つ存在の群れを内包して、本来ならこの異界そのものが崩壊していた。

 そうさせないのが、彼女自身の自制と克己。己を無駄なく使いこなすことにかけて、彼女の右に出る者などいない。

 砕けそうになる世界を繋ぎ、弱味となる部分も片端から埋めていく。その上で戦闘も継続して行うのだから凄まじいと言うしかない。

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグはまことの騎士。たとえ善悪に分かたれた二元論の宇宙でも、決して見劣りしない強さの持ち主なのは間違いなかったが。

 

「ぐ、ぐぅぅッ!!」

 

 あがった苦悶が、彼女の限界を示していた。

 心身共に磨き抜かれた軍人である彼女は、滅多なことでは弱味など見せない。

 それがこうして表れているということは、彼女をして御しきれない消耗だという証左であった。

 

「俺はバフラヴァーンだ。

 俺が目指した頂きとは、永遠に冷めぬ闘争の高揚。

 熱く激しい競い合いの喜びこそ、俺の総てだ」

 

 だが、それもむべなるかな。

 バフラヴァーンとは、独力で神威に至れる資格を持つ逸材。

 七大魔王という頂点の枠組みがあって、その歴代の殺害要因の九割を担うという異常。

 最強位の枠でさえ収まらない規格外。神格という等級を考えたなら、真っ向からの打倒を可能とするのはラインハルトくらいだろう。

 

「原初の戦い。最も対等で、最も血沸き肉踊った、生誕を懸けた億の俺たちとの死闘を覚えている。

 最強とは孤独などと、そんな言葉で我が理想を穢させん。俺にとって最も打倒し難き難敵とは、即ち俺自身に他ならん」

 

 陸にあがった深海魚は、既に陸生の手足を得つつある。

 その拳が、再び星を砕く時も近い。

 ここまでに残ったバフラヴァーンたちは、もはや誰一人とて焦熱の剣でも殺せない強度に達していた。

 

 勝機はない。エレオノーレの敗北は秒読みの段階だった。

 

「果てに見つけたのがあの“絶域(さいきょう)”だ。俺の道には一片の曇りだとてありはしない」

 

 ことに個としての強さにおいて、バフラヴァーンに勝れる者などいない。

 それは第一天のみならず、歴代の神座を見渡しても同じく。

 例外を除いて、特殊な能力に依らない純粋な強さの究極であることは間違いなく。

 

 魂が命じるままに漲り燃える闘争心に底はなく、いよいよ本当の闘神の領域へとバフラヴァーンを至らせんとした、刹那――――

 

「ああ。ならばその求道に従い、己の内に閉じるがいい」

 

 その言葉を引き金に、無限のバフラヴァーンたちが一斉に“落下”した。

 

「うおおおおおおッ!!?」

 

 それはバフラヴァーンにとって、まったくの埒外の事態だった。

 ただの罠であるはずがない。そんなものならバフラヴァーンに見抜けないわけがなかった。

 それにそもそも、一斉にというのがおかしい。これだけの数、まとめて同時に嵌めるなどどう考えてもあり得ない。

 まずもって真っ当な手段ではあり得ず、もっと発想を飛躍させた常道の外にある手段だと当たりをつけて。

 

「――――まさか!」

 

 そこに至ってようやく、バフラヴァーンは起きている事態を理解した。

 

 落下しているのは、バフラヴァーンではない。

 落ちているのは、この世界そのもの。焦熱の異界それ自体が、バフラヴァーンたちを巻き込んで落下しているのだ。

 

 では、いったい何処に?

 そもそも落下というのが表現としておかしい。

 世界に上も下もなく、三次元的な認識では括りきれない。もっと高位の視点による、次元の異なる位相の見方こそ正しいはずで。

 ならばこそ、落ちるというならその先とは世界の外。既存の宇宙法則から外れた特異点と呼ばれる座標に他ならない。

 

「認めよう。貴様の方が強い」

 

 これはある意味、地形利用といっていい。

 周辺環境を戦術に組み込むのは軍人の常道。そんな戦場のリアリズムを、エレオノーレは誰よりも熟知していた。

 

 ここは水銀の蛇が座に坐す第四の宇宙。

 多層的な広がりとは無縁だった第一天とは異なる。可能性並列時空を内包させた、複数の宇宙を同時に展開可能な場所なのだ。

 そうした可能性(もしも)が存在しない宇宙の構造故に、存在を規制されて神威に至れなかった経緯を持つバフラヴァーン。

 故にこそ気付けない。既に規制は解除されて、そしてバフラヴァーンの強度はとうに、永劫回帰の輪の中で許容できる範囲を逸脱していた。

 

 ましてここはシャンバラである。

 複数の神威が入り交じり、世界というキャンバスに穴をあけて、新たな色に染め上げようとした儀式の場。

 元より環境は整っていたのだ。焦熱の世界は、ドーラの砲身内に築かれた異界。それを砲弾のように加工して、特異点へと射出した。

 言葉にするほど簡単ではないだろう。それをやってのけたのは、他ならぬエレオノーレの力量があってこそだ。

 

 脱け出すことは出来ない。

 何故なら、落下の勢いを強めているのは何よりバフラヴァーン自身の存在自重。

 落下から逃れられたのは、この世界の許容範囲に収まり続けたエレオノーレだけ。バフラヴァーンという個は世界を外れ、急速に閉じていく。

 たった一人で森羅万象に匹敵する、人の形に凝縮した宇宙。どんな外圧にも砕かれず染められず、そして他を侵すこともない求道の極致。

 

 完全な独立独歩を貫く孤高の世界。それは同時に、舞台からの放逐をも意味していた。

 

「ああ実際、こんなものは本意のやり方ではないよ。

 業腹であるし、故に甘んじて頷こう。闘争という土俵の上で、勝っていたのは確かにそちらだと」

 

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグは、凡愚である。

 独力で神威に至れる器ではない。彼女が奉じる黄金とは、永遠に並び立てない運命なのだ。

 傲慢なようで、エレオノーレは弁えている女である。冷静に自己の器を客観視して、出来ないことは出来ないと割り切れるのだ。

 つまり才能がない。怒りが支配する宇宙にあって、彼女の嚇怒は現実を塗り替える域には達しない。何処までいってもその芯は人のままで、外れた存在にはなりきれない。

 

 そう自覚して、それでもいいと彼女は自らの在り処を定めたのだ。

 

「だが、それがどうした。ハイドリヒ卿の御言葉はすべてに優先される」

 

 ただ、至高の黄金の駒であること。

 自分など、彼の普遍なる愛情の一部にすぎない。獅子の鬣の一本、爪牙の一つだと己こそが誰よりも自覚している。

 それでいいのだ。そのような貴方だから、私は至高天の輝きを見た。たとえ貴方の眼差しがこちらを向かなくても、その背中を追い続けているだけでいい。

 それを指して稚拙だと?女の戦場に立っていない?馬鹿め、貴様らの道理で私を括るな。

 世間一般で言われる女らしさなど知らん。有象無象どもが用いる詭弁じみた論理など欲しいとも思わん。

 抱かれなければ幸せではないなどと、どうして凡百の理屈で彼を語れると思うのだ。

 

 未来永劫、この炎に焼かれていたい。

 貴方が口にする、あらゆる期待に応えてみせよう。

 それこそが、貴方に示せる私の忠義(アイ)なのだから。

 

「は、は、ははは。なるほど、こりゃあ一本取られたな。

 どうにも俺は、この手のやり口に不覚を取ってしまいがちだ」

 

 収束していく自己の宇宙から、バフラヴァーンは脱け出せない。

 より正確に言えば、脱け出す意味がないというべきか。

 求道の祈りを持つ者にとって、至るべきは究極の自己完結。

 極まった闘争の祈りがもたらすのは、自分自身との永劫終わらぬ闘いの螺旋だろう。

 他者などいらない。己以外の者など所詮、究極の闘争に混ざった不純物でしかない。

 故に希求する祈りが真ならば、自らの渇望に引かれて閉じていくが道理。バフラヴァーンもまた、完成していく自己に満たされたものを感じていたから。

 

「いいだろう。この場での負けを認めよう。

 だが忘れるな。無理だ、不可能だなんて言葉は、俺にとってぶち壊すための理由でしかない。

 特異点(こんなもの)くらいで、俺を封じたなどと思うなよ」

 

 自己から生まれるその引力に、バフラヴァーンは真っ向から抗っていた。

 それが自身にとっての理想の完成、望んだ地平に辿り着ける手段だと知りながら。

 

「俺は負けん。お前にだって、俺は勝つ!

 俺はバフラヴァーンだ!ハハハハハハハハハハハハ――――!!」

 

 その言葉は、果たして何を指してのものか。

 強さという指標。闘争の土俵では上回ったのはバフラヴァーン。

 ならば勝つとは、いったい何に対して?搦め手で掠め取られた、勝負の結果を指してのものか?

 それとも――――

 

 落下は強まり、言葉の裏にある思いは明言されることはなく、バフラヴァーンは次元の彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 




如何にバフラヴァーンといえど、正田卿より嫁宣言をされた乙女力にはかなうまい。
そんな気持ちで今回の話を書いてました(笑)。

本編でロミオとジュリエットのような台詞が出た時から、バフラヴァーンは私の中では乙女です。
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