【完結】現実世界のネット販売で売ってるような便利グッズを無限に取り出せる能力を持った男が「実験」と称して異世界の弱小国家をのし上がらせるお話。 作:主(ぬし)
早朝。まだ水平線上に鎌を思わせる鋭い三日月が居座り、鶏も目覚めていない時刻に、それは起きた。
ギ、ギ、ギ、ギ………
都市国家の城壁のすぐ手前で陣を張っていた侵略軍の兵士たちは、唐突に耳に忍び込んできた重い木材の軋む音に目を瞬いて、引きずられるように意識を覚醒させた。薪不足のせいで焚き火は小さく、食料不足のせいで身体は温まらない。ぶ厚いヴェールのように天高くから降り落ちてくる寒さは全身を凍てつかせる。使い古した毛皮一枚を羽織って地面に丸まった兵士たちは頭だけをわずかに持ち上げたものの、かじかんだ身体は動かせなかった。動かすには日光を必要とした。撤退することが決定し、戦闘もしなさそうだということになり、彼らはすっかり気を抜いて、少ない薪と食料をどう節約するかしか考えていなかった。
だが、そうも言っていられない事態が目の前で起きていた。
「え……お、おい」
「城門……開いてないか?」
都市国家の正面、簡易砦と目と鼻の先で睨み合って堅く閉ざされていた城門が、朝の爽やかな大気を捻るように重苦しい音を立てて開いていく。ざわめきは侵略兵のあいだを波紋のように広がれど、撤退を前提として緩みきっていた指揮系統は機能せず、報告は上官まで届かない。その内、山の稜線から朝日の片鱗が顔を覗かせ、城門から姿を表した都市国家の守備兵の出で立ちを照らし顕わにしていく。
「なんだぁ、ありゃあ?」
半ば嘲りを含んだ声で、兵士たちがポカンと顔を呆けさせた。歯を磨いたことがない故の臭気を放つため息がそこかしこで朝の清純な空気を汚す。寝ぼけ眼にも、守備兵たちの装備が間の抜けたものであることが理解できたからだ。ひと目で、彼らの装備に通常はあるはずの金属らしいものがほとんどないことが見て取れた。分厚い鉄製の重くて頑丈な鎧も兜も盾もなかった。剣さえ持っていなかった。
守備兵たちが肉体に叩き込まれた通りの規律正しい走りで出動し、城門の前に整然と列を為す。その動作だけで、見る者が見れば彼らが相当に厳しい訓練を積み重ねてきたことを悟るだろうが、小さな都市国家を「所詮小国だ」と侮って弛みの極みにあった侵略兵たちは気付く節すらなかった。それも仕方ないと思えるほど、守備兵たちの装備は、この世界の常識とはとてもかけ離れていた。
「なんだ、あいつらの盾はよぉ!透明だぜ!ガラスでも使ってるのか!?」
「兜もガラスだぞ!陶器とガラスだ!何考えてんだ?」
「わははは!鎧も着てねえ、ありゃただの服だぜ!ケチりすぎだ!」
「おうい、剣はどこにやったんだよ!剣は!そんな細い斧なんかじゃ、俺たちは殺せねえよ!」
「おうおう、いい靴履いてんじゃねえか!殺して奪ってやる!」
下品な笑い声がそこかしこで散発する。彼らの指摘は的を射ていた。守備兵たちが装備する身の丈程もある巨大な盾はなんと
「槍はどうした、売っぱらっちまったのかよ!?おい!」
ファランクス隊形を構えようにも、守備兵たちは誰一人槍を持っていなかった。これでは一般的な戦術である
鉄の装備で身を固めた侵略兵からしてみれば、守備兵たちの身なりはどこからどう見ても貧弱にしか見えなかった。唾を飛ばして下品にあざ笑う侵略兵たちは、守備兵たちの体躯が分厚い服に隠されていることにも、守備兵全員が
守備兵たちが小走りで続々と並び、城門前にズラリと列を為して居並ぶ。2千人の隊列は、3万人の侵略兵に比べればちっぽけなものに見えた。数で圧倒的に劣る守備兵たちが一向に怖気づいた気配がないことも、侵略兵には滑稽にしか思えなかった。守備兵たちは、おそらく簡易砦を占拠しようとしているのだろうと思えた。目の鼻の先の敵拠点を押さえなければ侵略軍を撃退できない。だが、それは無謀というものだ。突貫工事で造られた簡易砦とはいえ、侵略戦において歴戦の軍が築城しただけあって、堅牢な石造りの城壁がそびえ、城壁塔からは弓兵が見張っている。辺境の都市国家のひ弱な守備兵如きが2千人程度では、一日かかっても攻略は出来ない。攻略しているあいだに、都市国家を囲う3万人の敵兵たちがわらわらと蝿のように集まってきて虐殺の憂き目に遭うのは素人目にも明らかだった。
であるからして、奇妙な装備の守備兵たちが盾を背に担いで“突撃”の構えを見せ始めても、侵略兵らは一様に余裕を崩さなかった。いくら目と鼻の先といえど、簡易砦まで500メートルは離れている。普通、金属製の鎧兜だけで20キロ以上、盾と剣で10キロ以上、合わせて30キロを超える装備を身に着けた歩兵の突撃速度は、どんなに必死になっても時速10キロ程度だ。しかもそれはトップスピードであり、寒さでかじかんでいた肉体は重量に負けて急激に疲弊し、進軍速度はすぐに落ちる。いざ相手と鍔迫り合いをする時には疲れ切ってしまっているのが戦場の常である。要するに、自分たちは獲物が首を差し出すのを待ち構えているだけでいいのだ。
「突撃!!」
指揮官の号令一下、守備兵たちが一斉に地を蹴る。勇壮な地鳴りが近付いてくるが、長続きしないに違いないと高をくくった。500メートルを走破するにはまだまだ時間が掛かる。侵略兵たちは、“ド素人”の守備兵たちが早々にふらつき始める様子を思い浮かべながら、悠長に一度まとめてしまった装備を引っ張り出して身につけ始めた。
終わりの始まりだった。
「待て───待て待て待て!!速い、速いぞ!!??」
悲鳴じみた声があがって、侵略兵が弾かれるようにハッとして地鳴りの方向に顔を向けた。果たして、力走する守備兵たちの速度はまったく低下せず、それどころか彼らの予想より倍以上も速かった。遠目に見えていた2千人の男たちは、勢いを落とすどころか倍加させながらどんどん肉薄してきていたのだ。
「嘘だろ、なんでこんなに速いんだよ!?」
「俺の鎧、鎧はどこだ!?」
「そんなものより剣を取れ、剣を!」
「弓だ、弓で牽制しろ!」
慌てふためいた兵士数人が弓を射る。足止めをするつもりなのだ。ほぼ地面に並行して飛翔した矢の群れが疾走する守備兵たちに襲いかかる。だが。
「
鉄でもないはずなのに、守備兵たちの服は矢を受け付けず、傷一つ与えることなく弾き返した。ここに来てようやく、彼らは守備兵たちの装備が虚仮威しではなく尋常でない高性能なものであることを薄々ながら察した。
「効かねえぞ、どうなってんだ!?」
「そんなの知るかよ!とにかく撃ちまくれ!」
青ざめた男たちの悲鳴が冬の冷気に虚しく吸い込まれる。真正面から命中した矢も、放物線を描いて頭上から命中した矢も、すべて弾かれた。どんな屈強な兵士が相手でも弓矢の攻撃で足を止められたはずなのに、まったく通用していない。
彼らの疑問に応えるのなら、それは守備兵たちの特別な装備故であった。
盾は、ポリカーボネート製のライオットシールドである。透明で視認性は高く、ガラスの250倍の強度を誇り、同サイズの金属製の盾の半分以下の重量で同レベルの防御力を有している。
フルフェイスタイプのヘルメットは、金属より硬度の高く軽量な繊維強化プラスチックとポリカーボネートで構成され、透明な前面部には格子状のフェイスガードが取り付けられている。
重苦しい鎧の代わりに着ている上下の服は、ポリエチレンとポリマーの複合素材によって製造された裏起毛の分厚い防刃服であり、その上にポリエチレンファイバーをマンガン鋼で裏打ちした防刃タクティカルベストを着用している。厳しい冬の冷気を通すことなく、通気性も良い。グローブも同じものだ。
足元を脛までしっかり覆う長靴は極めて頑丈なミリタリーブーツである。足裏にはシリコンとカーボンファイバーフレームによって形作されたショック吸収インソールを仕込んであり、地面を蹴る衝撃を効率よく吸収し、全力疾走をしても疲れにくい。
そして、それらを全て合わせても、総重量は従来の鉄製装備の半分以下なのだ。鉄の鎧や粗末なサンダルとは比べ物にならないほど動きやすい。視界は良く、呼吸しやすく、動きを阻害せず、むしろ肉体をサポートしてくれる。当然、彼らの突撃速度は前人未到のレベルに達している。
しかも。
「奴ら、疲れってものを知らないのか!?」
「く、来るぞ!た、隊列を……!」
「間に合うもんかよぉ!野郎ども、構えろ───!!」
ついに眼の前まで迫ってきた守備兵たちの力走っぷりに、百戦錬磨の侵略兵たちが怖気づいていた。守備兵たちは疲れ知らずだった。一兵たりとも脱落することなく、怪物のような雄叫びをあげながら迫ってくる。それはあたかも大自然の竜巻が押し寄せてくるようだった。
彼らは比喩でもなんでもなく、疲れを知らなかった。そのように
それに加えて、劇的に改善した食生活が物を言った。毎日の猛訓練のあいだ、高タンパク、高カロリー、高栄養であるうえに美味極まるボリューム満点の食事を一日4回、制限なく満足に与えられる。そこに新鮮な牛乳とともにクエン酸配合プロテインや高価な各種サプリメントを配られ、充実した一日が終わる。明日の自分が今日の自分より確実に強くなっているという確信を抱いて眠りに落ち、次の日の朝にそれを実感する。肉体強化のみならず精神的な安定を図るためのサプリメントによって、“包囲されている”というストレスは軽減され、睡眠の質も大いに良くなった。
これらの結果、戦意は向上し、引き締まった肉体はみるみるうちに巨大化し、筋力はうなぎ登りに上がる。装備のサイズが合わなくなったり足りなくなったり壊れたりしても、魔法使いがすぐに代わりを無限に用意してくれる。清潔な服、綺麗な水、温かい風呂、贅沢な石鹸や香水や香辛料が無尽蔵に供給される。病気になれば効き目抜群の薬をくれるし、怪我をすれば塗り薬や貼り薬をくれる。物珍しい菓子や玩具など、家族への土産に困ることはない。暴徒になるかもしれないと思われていた避難民は、信じられない高待遇に感動し、今では続々と志願兵に転じて、新たな戦友へと生まれ変わっていく。
物資不足に悩むことなど一切ないまま彼らは訓練に明け暮れ、ひたすらに己を高めていった。モチベーションは右肩上がりであり、あんなに怖がっていたはずの戦いの場を求めるほどになった。愛する祖国を害さんとする卑劣な悪漢たちへの怒りを燃料としながら。
その怒りが今、満を持して、明確な暴力となって、侵略兵たちに衝突した。
『30歳まだ童貞でいたら魔法少女になりました』ええぞ!ええぞ!