【完結】現実世界のネット販売で売ってるような便利グッズを無限に取り出せる能力を持った男が「実験」と称して異世界の弱小国家をのし上がらせるお話。 作:主(ぬし)
「なんだ───いったい何が起きているというのだ。我々はいったい何と戦っているのだ」
汗でびっしょりと濡れた顔面を蒼白に強張らせ、偉丈夫の将軍が呻いた。その詰問に答えられる参謀も指揮官もいなかった。そのうち数人は、答えようにも守備兵たちの猛攻によってこの世からあの世へと蹴落とされていた。
5ヶ月前に目にした都市国家の守備兵たちは、粗末で旧式の装備を身を包んだ貧弱な男たちだった。戦闘の場数を踏んだ経験もなさそうで、簡単に皆殺しに出来るに違いなかった。それが半年にも満たない期間で悪鬼羅刹のような猛者になるなど、考えられない事態だった。
「なんということだ。奴ら、悪魔と契約したとでもいうのか」
すでに守備兵たちは城壁を乗り越えて砦内に次々と侵入し、こちらの兵を一方的に蹂躙していた。門扉の強度も限界だ。蛇行する亀裂が随所に走り、破断が近い。あと1分も持たないだろう。そうなれば、筋肉の塊のような守備兵たちが雪崩込んでくる。
「将軍……」
老練の上級指揮官があからさまに狼狽えている。こんなことは彼の長い従軍経験においても初めてのことだった。
「……貴様が直接出向いて指揮を執れ。兵らの士気を少しでも長く保つのだ」
「……この老骨風情にやれることはやってみせましょう」
将軍と指揮官が互いの目を覗き込んで同時に頷く。長く轡を共にして敵を滅ぼしてきた二人の脳裏に、“もう二度と会うことはない”という共通の直感が過ぎっていた。
砦内の兵士たちの士気は、守備兵たちの恐ろしい猛攻に気圧されてとっくに沈んでいる。戦わずして帰ると思って緊張を解いた矢先のこれなのだ。狙っていたとしか思えない絶好のタイミングだった。恐怖に慄く男たちの救いを求める視線を浴びて、将軍が拳を握り締める。都市国家を包囲する他の侵略兵たちが救援に駆けつけるのを待って籠城戦に移行する猶予はないかもしれない。
「く、来るぞ───っ!!」
否。猶予はもう無い。
バキバキと断末魔を上げて門扉が破壊され、祖国を護らんと守備兵たちが鉄砲水のように流れ込んできた。突入を待ち構えていた弓兵が応戦するも、透明な盾を構えた最前列の一団に軽々と防がれる。慌てて次矢をつがえようとするが、すかさず放たれた電動ガンとガスガンによる横殴りの弾幕に阻まれる。投網のような攻撃に狼狽えた隙を見逃されるはずもなく、すでに侵入していた熊のような兵士たちに背後から襲われてズタズタの肉片にされてしまった。
簡易砦には1000人の侵略兵が詰めていたが、こうなると多勢に無勢だ。足止めにもならない。守備兵側の揃えた2千人という人数は、まるで砦の兵力規模をしっかり数えたように正確だった。
「将軍、ここは危険です。我々が退路を作りますので、お逃げ下さい」
「き、貴様、俺に尻尾を巻いて逃げ帰れと言うのか!?数で大いに勝る兵力を与えられていながら袋叩きにされて情けなくも尻に帆をかけて逃げ出せというのか!死ぬほど無様な姿を晒せというのか!?」
「では、もう一度外をご覧ください!」
忠実な参謀に促されて階下の戦場を見下ろす。都市国家の屈強な守備兵たちは一兵足りとも欠けることなく一直線にこの城館へと向かってきていた。
「待てい、雑兵ども!ここから先は行かせはせんぞ!」
先ほどの老練な上級指揮官が、先祖伝来のロングソードを鞘から振り抜いて躍り出た。柄に埋め込まれた装飾がギラリと煌めく。迫りくる先頭の兵士を睨みつけてグッと腰だめに構えると、大上段に上げた剣を裂帛の気合をこめて全力で振り下ろす。それはまったく同時に一閃された斧の刃と真正面から衝突する
先祖伝来のロングソードは、いわば原始的な製法で鋳造された初期の鉄剣だった。物質の硬さの基準単位であるモース硬度では、鉄は『レベル4』である。一方、守備兵が握る斧の刃は、タングステンカーバイドを主原料として焼結成形した超硬合金であり、モース硬度は最強のダイアモンド『レベル10』に次ぐ『レベル9』だ。地球における歴史で見れば、それは11世紀生まれのロングソードと21世紀生まれの超硬合金刃という遥かにかけ離れた時代の技術の激突であり、1000年間の技術格差の交錯が実現した瞬間と言えた。結果は火を見るより明らかだ。
砕け散ったロングソードの破片と吹き飛んだ戦友の頭から思わず目を逸らし、将軍は目眩を覚えて窓枠にグラリと手を付いた。歴戦の戦士が目の前で惨敗したことで、兵士たちの士気が目に見えて地に落ちた。地上ではかつて味方の兵士だった死屍累々の山が築かれていく。額を押さえて苦悩に呻く彼の背中に、参謀が直談判にぐいと詰め寄る。
「奴らは強過ぎる!もう止められません!貴方を失ったら我が軍、ひいては我が国も終わりなのですぞ!」
将軍は、その軍事的カリスマによって国軍の実質的な大黒柱を体現すると言っても過言ではなかった。侵略軍の連戦連勝は彼がいなくては成り立たなかった。たとえ冷酷非情な作戦を平気で指示できる悪魔のような男だとしても、自国にとっては勝利を確実に手に入れて祖国に貢献する立派な戦士に違いなかった。国王からの信認も厚く、国内の反乱を抑止する役割も担っていた。辺境のちっぽけな都市国家からの反撃でむざむざ失われるべきではない、代え難い人材だった。
「奴らの目的は間違いなく将軍を人質に取ることです。それしか手段がないのです。逆に言えば、貴方さえ無事ならすぐに立て直せる。まだ貴方の居場所は知られていない。チャンスは今しかありません」
参謀の言うとおりだ。兵力で劣るのならば、逆転するには敵の“頭”を狙うしかない。この場合は将軍だ。たとえ3万の大軍勢だろうと、頭をもぎ取られれば手足をばたつかせるだけの烏合の衆となる。
「何故だ……どうしてこんなことに」
楽勝のはずだった。こんな結果になるなど誰も予想だにしていなかった。じわじわと迫りくる敵の怒号に睾丸の裏側が恐怖でヒリつく。自慢の巨体も、あの筋肉の塊のような守備兵たちを前にすれば無力に違いない。戦場で散華する覚悟は常にあれど、むざむざと人質に取られそうになるとは思ってもいなかった。戦場でこれほどの屈辱を味わうのは初めてだった。
周囲が固唾を呑んで見守るなか、将軍がマグマのようにうねり狂う葛藤に目を剥いて顔面を真っ赤に充血させ、そして渋々頷いた。
「わかった……。皆の者、すまないが時間を稼いで───なんだ、あれは?」
不意に、窓の外から奇妙な“鳥”が飛び込んできた。怒ったスズメバチのような唸り音が耳を劈く。回転する4枚の羽根を持った人の頭ほどの“鳥”が風を下方に叩きつけながら滑るようにして空中を進んでいる。生命を帯びない人工的な作りをしていて、精巧に造られた機械仕掛けの装飾品のようだ。それがクアッドコプター・ドローンだと彼らは知る由もない。それが、ずっと上方から彼らを監視していたことも知る由もないし、彼らの気を引いて油断させるための囮であることもまた知る由もない。
急に眼の前に現れた鳥とも虫ともつかない正体不明の飛行物体にまごついている一同の背後で扉が音もなく小さく開き、拳ほどの銀色の金属缶が幾本も差し込まれた。それらの先端から突き出た細い管から毒々しい赤に着色された霧が噴出し、人知れず部屋に充満していく。
「───……ッッ!?」
「な゛、な゛ん゛だッ!?」
突如、その場の全員の目鼻口の粘膜が焼けるような激痛に襲われた。火箸を突っ込まれたような鋭い痛みが喉奥にまで爪を立て、屈強な男たちも堪らず膝をついて全身で喘いだ。それは唐辛子から抽出されたカプシカム・オレオレジンを主成分とする催涙ガスだった。一滴がタバスコ125瓶にも相当するこのスプレーは暴徒鎮圧にも使用されるほど強力であり、呼吸器から吸い込めば粘膜を灼熱させて呼吸困難症状を引き起こし、眼球の表面を焼いて一時的な盲目状態に陥らせることができる。その効力は凄まじく、涙など流すことはないと自負していた残虐卑劣な将軍も、駄々をこねて泣きじゃくる子どものように涙と鼻水と涎で顔面を汚して発作を起こしたように苦しみのたうち回るしかなかった。意志の力では制御できない肉体の反応に屈して四肢を床に投げ出しながら、将軍は理解した。
(
先ほどの機械仕掛けの“鳥”は、守備兵の“目”だったのだ。あれが、知らぬ間に砦の構造や兵力や配置を調べていたのだ。撤退を決めて兵士たちの緊張が切れて気が緩んだ次の日の早朝に反攻してきたのも、狙ってのことだったのだ。そこまで至って、これから自分の身に起きることにも考えが及び、将軍は苦しげに歪んだ笑みを口元に刻んだ。
『いたぞ。こいつだ』
『連れて行け。他の偉そうな奴らもだ』
幾重にも重ねた布で口を覆ったような籠もった声が聴こえた。どんよりと淀んで輪郭がボヤケた視界に、奇妙な装備をした都市国家の守備兵たちが映り込む。透明な兜の下に、さらに眼鏡と口の覆いをして顔の皮膚が顕わにならないようにしていた。まるで
なおも果敢に抵抗しようとした将軍だったが、恐るべき膂力に羽交い締めにされてしたたかに横っ面を殴られ、その意識はむりやり現実から引き剥がされた。これ以降の戦いにおける全ての選択肢が、彼の手から引き剥がされた。
拠点である砦が陥落したという衝撃的な報告が侵略軍全体に激震を走らせたのは、何もかもが終わった後だった。頭を失った手足たちが慌てふためいて駆けつけた頃には、簡易砦は物言わぬ味方の死体が横たわるだけとなっていた。かろうじて生き残った侵略兵たちは恐怖に震えて縮こまっていて、何が起きたのかを説明することが出来ない。わかることは、将軍や幹部たちが連れ去られたこと、そして敵の死体が一体も転がっていないことだけだった。得体のしれない“何か”が襲来し、将軍たちを攫って跡形もなく消えたとしか思えなかった。
『全軍撤退と以後の永久不可侵条約の締結を条件に、将軍と幹部たちの身柄を解放する』
都市国家の若領主がそう宣言したのは、それから数日も経たないことだった。紆余曲折を経て、両国間の条約は無事に締結された。小国でありながら世界に類を見ない高い技術と豊富な物量、そして特殊な装備を纏った強靭な兵士によって圧倒的な大軍をものの見事に跳ね返した都市国家の実力を、大国は認めざるを得なかった。人質に取られ、条約締結後に解放されて帰国した将軍は、「あれほどの豪勢な待遇を受けたことは無い。あんな美味な飯を食えるのなら永遠に投獄されていた方がよかった。あんな国に喧嘩を売ったのが間違いだったのだ」と後世に語り、人質の頃に振る舞われた食事や菓子を懐かしんだという。
この後、この都市国家は大国による暴虐的な侵攻を次々と阻んで弱き者たちを護り続け、正義の覇者として大陸じゅうに名を馳せることとなる。
その背後に、とある魔法使いの存在があったことを知る者は少ない。
『あなたが結月ゆかりになって弦巻マキに食われる話』が良き。新しい時代のTS小説ですよこれ。“読む催眠”とでも言うべきか。女性声優さんに朗読して欲しい。