君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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【第4話】芝と砂 ④女の子とウマドル

(えっと、洗剤売り場はあっちか…)

 

 初めて訪れるお店というのは、さながら迷宮のように初陣の戦士の行く手を阻む。

 所狭しと商品が陳列された棚。他の客の間隙を突きながら、目的の場所を探し求める。唯一のヒントは壁に掲示された商品案内だけだ。

 食料品や日用品を求めて入店したそこは、いかにも個人商店といった趣だ。店内はそこまで広くはないものの、品揃えや値段は悪くない。

 店内にはウマ娘の姿もちらほら見受けられる。おそらくトレセン学院の生徒だろう。距離もほど近いし、関係者ご用達のお店になっているようだ。

 そして、買い物は精算という名の佳境を迎えようとしている。この日まで後回しにしてきたツケが回ってきたのか、買い物かごはもう何も入り切らないほどいっぱいになっていた。

 

(お金足りてるよな…?)

 

 レジに並ぶ直前、財布の中身が急に不安になる。確認のためポケットから財布を取り出したが、その際に誤って手帳が落ちてしまった。

 更に、その勢いで手帳がパサッと開き、ファル子からもらったフライヤーがこぼれ落ちる。

 慌ててそれを拾おうとした時。

 

「わぁ、可愛い…!」

 

 小学生低学年くらいだろうか、そこにいたのは長い黒髪の女の子。

 小さな手でフライヤーをひょいと拾い上げると、そのイラストをまじまじと見つめている。ファル子が手書きした『オウマサン』だ。

 もしここに彼女がいたら、きっと尻尾を大きく振るわせて喜んでいたと思う。

 買い物かごを置いてしゃがみ込み、女の子と同じ目の高さに合わせる。

 

「拾ってくれてありがとう。名前は何ていうのかな?」

 

「ミサキだよ」

 

「ミサキちゃんか。そのチラシが気になるの?」

 

 フライヤーを拾ってから、こちらにはほとんど顔を向けず食い入るように見入っている。

 

「これライブって書いてある?」

 

 一緒にフライヤーを見られる位置へ回り込む。

 小さな人差し指が指し示すのは、ファル子独特の丸っこいフォントで書かれた三文字。

 

「うん、合ってるよ。ライブって何か分かる?」

 

「うん、歌ったり踊ったりするんでしょ」

 

「そうなんだ、ミサキちゃん物知りだね」

 

 少女はちょっとだけ微笑んだ。

 すぐさま、つぶらな瞳が何かを探すように泳ぎ始める。

 

「誰がライブするの?」

 

「えっとね、ここに名前が書いてある。スマートファルコンって」

 

「あ! その人知ってる!」

 

「え? 知ってるの?」

 

 意外過ぎる反応に、内心では少女以上に驚いてしまったかもしれない。

 もちろんそんなことを意に介することなく、ミサキちゃんは次々と話してくれる。

 

「あのね、よくここにお買い物来てくれるんだよ」

 

「そっか、だから知ってたのか」

 

「ライブどこでやるの?」

 

「場所はね、すぐそこなんだ。そこの橋、分かる? ここがこのお店で…そこからちょっと進んだところ…そこの橋の真下であるんだ」

 

 フライヤーの地図をなぞりながら、小さい子にも伝わるよう意識して説明する。

 

「橋の下? そこの?」

 

「うん、そこの橋の下。お父さんかお母さんに見てもらったらすぐ分かるよ」

 

 結局、あまり自信が持てずご両親に丸投げしてしまったが…。

 思いのほかライブに興味を持っているみたいなので、フライヤーはそのまま渡すことにした。

 

「そのチラシはミサキちゃんにあげるね」

 

「ほんと? これ凄く可愛いから嬉しいな」

 

 どうやらあのイラストをいたく気に入ったらしい。

 

「その動物みたいのは『オウマサン』っていうらしいよ」

 

「オウマサン…? 可愛い名前だね」

 

「うん、じゃあね」

 

 微笑む少女に癒やされながら、満杯の買い物かごを拾い上げ精算に向かう。心配された財布の中身も問題ないようだ。

 その時、今日散々聞いたあの声が鼓膜を叩いた。

 

「あああ〜! こんなところで会うなんて…!」

 

「…はは、こんなにすぐ会えるとはね…」

 

 真横から聞こえた元気過ぎる声。振り向いた先にあったのは、さっきまでと何ら変わらない服装の彼女。それを見ただけで、思わず苦笑いしてしまった。

 彼女は口に手を当てながら目を丸くしている。

 

「もしかしてファル子に会いたくて待ち伏せしてたとか?」

 

「…そうかもしれないな」

 

 否定する気力も起きなかった。

 別れ際、ファル子は"一旦"帰ると言っていた。もしかしたらどこかで会えるかもしれないと思わなかったわけではない。もちろん、それが実現するとも思っていなかったが…。

 ただ、思いがけない再会は単純に嬉しかった。

 

「トレーナーさんもここにお買い物来てたんだね。ファル子もよく使ってるの。やっぱりトレセンから近いから…」

 

 その時、ファル子以上に元気な声を上げて、一人の少女が駆け寄ってくる。

 

「ファル子お姉ちゃん!」

 

「あっ、ミサキちゃ〜ん! こんばんは☆」

 

 明るく朗らかな声を響かせながら、手を膝をつけて、満面の笑みで少女を迎えるファル子。

 

「ねぇねぇ、ライブするってほんと?」

 

「えっ?」

 

「ほらこれ、ファル子お姉ちゃんの名前が書いてあるって。もしかしてこの絵もお姉ちゃんが描いたの?」

 

「あ…うん、そうだよ」

 

「凄い! 絵も上手いんだね」

 

「うん、ありがとね…♪」

 

「それでそれで、ライブいつから?」

 

 矢継ぎ早に質問が飛んでいる。ファル子はいかにもたじたじといった様子で気圧されていた。いくら彼女といえど、天真爛漫な少女には手を焼いてしまうのだろうか。

 そんな二人に微笑ましさを覚えながら、その場を後にした。

 

 レジでの精算を済まし、買い込んだ商品を二つの袋に詰め込んでいると、後ろから声をかけられた。

 

「随分買ったんだね。荷物持ってあげるよ?」

 

 振り向いた先には、つややかな栗色の髪の少女。ピンク色のセーターと淡いブラウンのミニスカートを着ている。今日幾度となく見た可愛い彼女の姿だ。

 

「ミサキちゃんとの話は終わったのか?」

 

「うん、終わったよ。買い物も済ませたし」

 

 その手には尻尾用トリートメントが握られていた。どうやらこのお店は、ウマ娘専用商品も充実しているようだ。

 

「これぐらいの荷物、俺一人で大丈夫さ。それに、生徒に持たせるわけにもいかないし…気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「私の方が力持ちなんだけどなぁ」

 

「まぁ、それはそうなんだが…」

 

 やはり男として、女の子に荷物を持たせるのは気が引ける。たとえそれが、パワーみなぎるウマ娘であっても…。

 商品を詰め終わった二つの袋を、試しに片手で一つずつぐいっと持ち上げる。どちらともちょうどいい重量感。これならいい筋トレになりそうだ。

 それをどこか心許なさそうに見やる彼女。

 

「もうトレセンに帰るの?」

 

「ああ、ファル子もか?」

 

「うん、一緒に帰ってもいいよね?」

 

「もちろん」

 

 それを聞くやいなや、にこりと笑ってみせると、袋の一つをぱっと強奪する。

 

「あっ…!」

 

 まさに一瞬の出来事。呆気に取られて情けない声が漏れてしまった。

 

「こういう時は素直に甘えるんだぞ☆」

 

 多少は重いはずの袋を、片手で軽々と、今にも振り回してしまいそうな勢いで揺らしている。

 ふわふわとした足取りで、そのまま薄暗い外へと飛び出していってしまった。

 

(卵が入ってるんだぞ…あっちの袋…)

 

 中身の安否に腐心しながら、もう一つの袋を急いで携え、追いかけるように早歩きした。

 店を出ると、彼女は闇に染まっていく曇り空を見上げていた。暗雲はさっきよりも厚みを増しているように見える。予報では、深夜から本格的に雨が降り出すそうだ。

 彼女がこちらに気づき、目と目が合う。何を言うでもなく、ついさっきまでと同じように並んで歩き出す二人。

 

「どう? だいぶ楽になったでしょ?」

 

「ああ、おかげさまで。助かるよ」

 

 一つだけの手荷物を両手で掲げてみせて、感謝の意を示す。彼女の尻尾は嬉しそうに揺れている。

 

「ところでさ、トレーナーさんはミサキちゃんとは知り合いだったの?」

 

「いや、会ったのは今日が初めてだ。近所に住んでる子なのか?」

 

「ミサキちゃんはあのお店の看板娘なの。ご夫婦が経営してて、そのお子さんってことね」

 

「なるほど、お店の子なのか」

 

 近くに保護者が見当たらないと思ったが、それを聞いて納得した。あの人懐っこさも、自然とそこで培われたものなのだろう。

 ふと、ファル子の不安げな声が耳に届く。

 

「あのさ…ミサキちゃんにライブのフライヤー渡したのって、トレーナーさんだよね…?」

 

 思いの外神妙な面持ちに、焦りの気持ちが芽生える。

 

「ああ…いや、渡したというか、たまたま落としたのを拾われてしまったというか…渡すとまずかったのか?」

 

「いや、何ていうかね。その…恥ずかしくて」

 

「恥ずかしい?」

 

 思いもよらないその言葉に耳を疑った。

 臆することなくライブをこなし、人目も憚らず決めポーズを披露できる彼女は、「恥ずかしい」という言葉から最も縁遠いはずだからだ。

 

「あの子にはライブを見られたくないってことか?」

 

 彼女は静かに首を縦に振った。

 

「ミサキちゃんとはね、ずっと前にお店の中で出会ったの。目の前で転んで泣きそうになってたから、あやしてあげたら、それから懐かれちゃって…」

 

「何だかファル子らしいな」

 

「でしょ☆ それでね、普段何をしてるのって聞かれたから、見栄を張ったわけじゃないんだけど、ウマドルなんだよって教えてあげたんだ」

 

 少し誇らしげに思い出を語る彼女。いかにも彼女らしいエピソードに口元が緩む。

 

「ただね、ミサキちゃん、ちょっと勘違いしてるみたいなの。ウマドルはライブに引っ張りだこで、きっとお姉ちゃんにはファンがたくさんいるんだって…」

 

「なるほどな。スターウマ娘っぽいのを思い浮かべちゃったわけか」

 

「そうみたい…私なんか無名のウマ娘なのに、ミサキちゃんはテレビで流れるようなスターウマ娘を想像してるの。そんな娘は今日のライブみたいに、ほんとにごく一部なのにね」

 

 彼女の耳が天に向かって大きく逆立つ。

 

「もちろん、将来的にはたくさんのファンを感動させるトップウマドルになるつもりだけどっ!」

 

 一転、それは力無くしおれる。

 

「でも、今はまだダメなの。ファル子のライブ、いつもがらっがらだし…嘘ついてたって思われて、がっかりさせちゃいそうで、怖いの…」

 

 また泣き出してしまうのではないか。そう思えてしまうほどに意気消沈している。

 矢も盾もたまらず語気を強める。

 

「らしくないな。そんなの、絶対ファル子らしくない」

 

「…え?」

 

 表情が困惑の色に染まる。

 それがただの取り越し苦労であることに、彼女は気づいていないらしい。

 

「あの子が見たいのは、たくさんのファンに囲まれたファル子じゃなくて、ウマドルとして輝くファル子なんじゃないのか?」

 

「ウマドルとして輝く私…?」

 

「ああ、この前言ってただろ。きらきら輝いて、皆に希望を与えるのがウマドルだって。いつからファンの多寡が重要になったっていうんだ」

 

 金色の瞳の中で、何かがゆらゆらと揺れている。

 ライブでなら、ファル子はいつだって、どこでだって輝ける。ファン第一号として、そのことは一番よく知っているつもりだ。

 

「ファル子のライブを見たら、あの子は絶対にファン第二号になってくれると思う。そうなったら、とても嬉しいじゃないか」

 

 ほんのわずかな静寂。

 何かを思い出したように、ぱっと明るい表情を浮かべて顔を上げる。

 

「うん、そうだよね…何を弱気になってたんだろ。誰がライブを見に来ても、全力でパフォーマンスするだけだよね」

 

「ああ、ミサキちゃんは絶対喜んでくれるさ」

 

「うん…ファル子、頑張ってみる!」

 

 彼女はまなじりを決して、堂々と前を見据えていた。

 

(そう…それでいいんだ。いつどんな時でも全力を尽くす、その気持ちさえあれば…)

 

 意気込むその姿を、ダートレースに臨むそれに見立てて、一人思い描く。砂塵舞う大地に、悠然と構えるその勇姿。いつかきっと、彼女がダートを駆けるその日を夢見ながら…。

 

 いつの間にか、トレセン学院の正門にたどり着いていた。

 

「荷物持ってくれてありがとな」

 

「ううん、これくらい何でもないよ」

 

 彼女からそれを受け取ると、双肩にずしりと負荷がかかる。

 それなりの重量感。やはり女の子に持たせるには重すぎると思う。ウマ娘に持たせるには軽すぎるのだろうが。

 そんな仕草をしていると、すかさず声が飛んできた。

 

「もしかして疲れてる? トレーナー寮の前まで運んであげてもいいよ☆」

 

 まるで小悪魔のような、にんまりとした上目遣い。

 冗談なのか、本気なのか、正直分かりかねる。

 

「いや、もう本当に大丈夫だからな」

 

 念のため、ひったくられないようしっかりガードを固める。

 

「えへへ、冗談だよ〜☆ そんなに身構えなくたっていいのに」

 

 したり顔でくすくすと笑っている。何か言い返してやろうと思ったが、その笑顔が不思議と可愛く思えて、そんな気もすぐに失せてしまった。

 ファル子と語り合えるこの瞬間は、俺にとってかけがえのない時間だ。

 

「それじゃ…今度こそ、また明日な」

 

「うん、今度こそ、また明日ね☆」

 

 楽しいことも悲しいこともあった彼女との一日が、今度こそ終わる。

 不思議な心地良さに浸りながら、脇目も振らず寮へと向かった。




お疲れ様でした。
女の子の名前はゲームアプリのサークルメンバーから拝借しました。
次回は久々にあのウマ娘の登場です。
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