君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

23 / 56
【第6話】ターフの代償 ②垂れ耳のドジっ娘

 穏やかな月明かり差し込むトレセン学院。

 中庭から校舎に入り、ひたすら奥へ奥へと進んだ先にあるその場所。四冊の本を抱えて入室したそこは、以前訪れた時とは違い、制服姿の生徒が十数名ほど読書に勤しんでいた。

 もちろん、室内は静粛な雰囲気が漂っている。

 

(人数的にはこの前よりは賑わってるな…)

 

 掲示板に張り出されたおすすめの本や新刊案内も、以前とは異なっている。唯一変わらないのは、白地に赤色の大きな文字で書かれた『図書室は静かに!』の文言だけ。

 

 半月ほど前に借りた本の返却のため、図書室に訪れていた。いや、正確にはそれは副次的な目的。最大の目的は、ファル子が伸び悩んでいる原因を見つけるべく、他に何か有用な書籍がないか探し出すことだった。

 まずは受付に赴き、返却の手続きを済ませる。

 

「こんばんは。本の返却なんだけど…」

 

 黒縁眼鏡をかけた鈍色の髪の少女に声をかける。やはりこの日も、彼女は本を立ち読みしながらそこに佇んでいた。読書の時間が一秒でも惜しい、そんな空気をまとわせながら。

 

「あっ、はい…! 返却ですね…!」

 

 驚いたように逆立つ両耳。

 ゼンノロブロイはすぐさま手元のそれにしおりを挟み込み、さっと閉じた。一瞬だけ見えたその本のタイトルは『ウマ娘失格』。それは活字に疎い俺ですら知っている名作。近現代文学史に足跡を残した文豪の代表作だ。

 

 借りていた本を返却すると、彼女はひそひそと口を開いた。

 

「スマートファルコンさんと契約されたんですね。この前、ダートトラックでトレーニングされているのをお見かけしました」

 

「ああ、おかげさまで上手くいったよ。紹介してくれた本もかなり役立ったし…本当にありがとう」

 

 同じような声で応答する。別に聞かれてまずい話でもないのに、これでは内緒話みたいだ。

 

「いえいえ、読んでくれた人の感謝の言葉が聞けて、私も嬉しいです…!」

 

 小さな声の代わりに、耳をぴょこぴょこと動かして嬉しさを表現する彼女。丁寧に編み込まれた鈍色の髪も、それに合わせてわずかに揺れる。

 彼女にとって読者の感謝は、自らの走りで湧き上がるレースの歓声と同じなのかもしれない。

 そんなあどけない笑顔にいじらしさを感じながら、今日ここへ来た本題を切り出す。

 

「ダートへのコンバートに関する本って、他にもあるのかな?」

 

「はい。またご案内しましょうか?」

 

 また私の出番ですねと言わんばかりに、いそいそと耳をぴくぴくさせている。だが、さすがにこの前来たばかりなので場所くらいは覚えていた。

 

「この前のところだったら覚えてるから大丈夫だよ。あそこら辺にあるんだよね?」

 

「そうですね、あの本棚の一帯に何冊かあります」

 

「ありがとう。今日は自分で見てくるよ」

 

 その言葉にゼンノロブロイは少しだけ残念そうな笑顔を浮かべると、おもむろに読書を再開させるのだった。

 

 この前と同じルートを静かに歩んでいく。本棚でできた迷路の、少し入り組んだ突き当たりの右側…へ進もうとした時だった。

 

(おいおい、凄い運び方だな…)

 

 目に飛び込んできたのは、十冊以上もの本を横に重ねてよろよろと歩く一人のウマ娘。

 運び方として見た目のインパクトは抜群だが、効率的とは到底言いがたい。多分まともに前も見えていないだろう。まるでそういう競技でもしているかのようだ。

 このまますれ違うのも困難なので、進路を避けて通り過ぎるのを待つ。積み上げられた本で見えなかった顔が、そろりと目の前を通り過ぎていく。

 ファル子より一回り高い背。ふわりとした褐色のボブに、前髪には印象的な薄桜色のメッシュとくせ毛。ほとんど水平方向に垂れ下がっている両耳。それが示すように、とても不安げな表情をしている。

 

(分けて運べばいいのに…)

 

 わざわざそう突っ込むのは野暮だろうか。

 よく見ると、重さではなくバランスの悪さでぷるぷると震える両腕。その表情と相まって、おどおどとした空気をまとっているように見える。

 それにしても、この後大惨事が起きそうな雰囲気だ。

 

(ロブロイに見つかったら、速攻で注意されそうだな)

 

 そうこう考えていると、お約束かのごとくその瞬間が訪れる。

 

「あわっ、あわわわわっ!!」

 

 段差も障害物もない通路で、なぜか突然けつまずいてしまう彼女。本の山と一緒に前へと倒れ込み、どすんと全身を強打する。全てが崩壊し、散乱する何冊もの本。

 すぐさま悲鳴にも似た叫びが漏れる。

 

「あぁ〜…! わ、わわわ、私…なんてことを…っ!」

 

 かなり激しく転んだようだが、怪我はないだろうか。

 何とか自力で起き上がったものの、動揺からかその場にへたり込む彼女。

 こうなるんじゃないかという不安がよぎりつつ、いやさすがに…などと傍観していたのは間違っていたか。

 慌てて駆け寄り、膝をつきながら声をかける。

 

「怪我はしてないか?」

 

「あっ…け、怪我はしてないですけど…」

 

 それを聞いてひとまず安心した。

 しかし、ただでさえ水平に垂れ下がっていた両耳が、これ以上ない角度でさらに倒伏している。さすがに可哀想で見ていられない。

 

「とりあえずこれを片付けようか。手伝うよ」

 

「あ、あ、ありがとうございます…わ、私がドジなせいでこんなことに…」

 

 本を拾い集めようと立ち上がったその時、何事かと駆けつけてきたゼンノロブロイ。

 

「ドトウさん…! 本を一気に運んだら危ないじゃないですか…!」

 

 一目見て状況を悟ったのか、塞ぎ込むその娘とは対照的に、ぴんと耳を逆立てて目を吊り上げている。

 

「ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ〜!」

 

 平謝りに謝罪する彼女の声が、図書室中に響き渡る。

 追い打ちをかけるように、図書委員からまたしても注意が飛ぶ。

 

「それと、図書室は静かにお願いします…!」

 

 口に人差し指をしーっと当てて、眉を逆八の字にする。

 

「あ、うぅ…し、静かにしないといけないのに、大きな音を出して、ごめんなさいぃ〜…!」

 

 と、謝る声からしてあまり声量を抑えられていない。小声では謝意が伝わりにくいと思ったからかもしれないが、これでは焼け石に水である。

 ここまで来るとあまりにもいたたまれないので、どうにか手を差し伸べる。

 

「まあまあ…本を運ぶのを手伝うから少し落ち着こうか。ロブロイもここは俺に任せてくれないか」

 

「そうですか…すみませんが、よろしくお願いします」

 

 同伴者がつくことでとりあえず納得したのか、心配そうな面持ちで渋々と退散していった。

 

「あぁ…わ、私のせいで…私がドジだから…」

 

 頭を抱え、ただおろおろするとするばかりの少女。

 

「大丈夫? まずは片付けよう」

 

「はっ、はい…愚図でごめんなさい…」

 

 別に急かしたわけではないのだが、彼女はことあるごとに謝ってしまう。ここで「そんなに謝らなくてもいいよ」と言ったところで、条件反射でまたごめんなさいが飛んできそうだ。となれば、しばらく何も言わないのが吉か…。

 あの温厚そうに見えるゼンノロブロイに立て続けに注意されたことで、相当ショックを受けていることは間違いない。

 

(図書室や本のことになると、あの娘かなり神経質そうだもんな…)

 

 十冊以上あったそれの半分以上を持ち上げる。残りを全部彼女が持ったとしても、もうバランスを崩すこともないだろう。

 そう思いながら、気弱なその少女を見やる。

 

「あうぅ…も、もも、もう落としたらダメ…お、おっきい声も出したら、ら、ダメ…」

 

 おぼつかない手で本を拾い集めている。

 まじないのように唱える声と本を持つ手が、尋常ではなくびくびくと震えている。

 これではまたドジを踏みそうな気がしてならないので…。

 

「本を集めてそこで待っててくれるかな。残りも運んであげるから」

 

「あ、え、はい…ご、ごめんなさいぃ…」

 

 なるべく優しく声をかけたつもりだったが、またそのフレーズを言わせてしまった。

 そんな調子で、本を運び終えるまで彼女はずっと及び腰だった。

 

 受付から最も離れた端の方のテーブルに腰を下ろす。ここなら周囲からも目も声も届きにくい。

 彼女を対面に座らせ、まずは時間をかけて落ち着かせる。深呼吸を促し、時間をかけてリラックスさせた。

 ふわりとした褐色の髪に、今にも接地してしまいそうなくらいしおれた両耳。それが水平に戻るくらいまで待ってから、小声でそっと語りかける。

 

「君の名前は?」

 

「め、メイショウドトウっていいますぅ…」

 

「そうか。ドトウは何を読もうとしていたんだい?」

 

「えっと、その…リレーについて、調べようとしてました…」

 

 褐色の髪の少女は、図書室へ訪れた理由をとつとつと打ち明けた。

 テーブルに山積みにされた、彼女が読もうとしていた本のタイトルに目を注ぐ。

 『陸上競技大全』、『リレー走の魅力と歴史』、『運動会競技に関する考察』、『砂地裸足最速論』。確かにそれに関連していそうな本ばかりだ。

 

「あ、あの…私、春のファン感謝祭で、ダートのリレーを走るんですけど…チームの足を引っ張ってばかりで…」

 

 自信なげな顔をして、その耳はやはりぱたりとしょげてしまう。

 

(リレーか…そういえばファル子もダートリレーを走るって言ってたな)

 

 担当ウマ娘との会話をふと思い出しながら、目の前の少女に質問を投げかける。

 

「足を引っ張るって、何が上手くいかないの?」

 

「その…バトンパスが全然ダメで…」

 

「受ける方? 渡す方?」

 

「わ、渡す方です…私、アンカーの一つ前なんですけど、渡す時に失敗しちゃうんですよぉ…」

 

 俯き加減にしょんぼりとした顔つき。声も微かに震えている。

 

「渡す時ってことは、受け手にバトンが収まらないってことか」

 

「えっと、その…次の娘にバトンを渡そうとするんですけど、その手が左右に動いちゃってて…」

 

「それなら君のせいじゃないんじゃないか?」

 

「で、で、でも…それは私が渡すのが下手だから…」

 

 ずっと萎縮しっぱなしの彼女。その気弱な性格が災いして、全て自分のせいだと思い込んでいるような気がする。

 

「まぁ、バトンパスって難しいもんな。俺も運動会のリレーに出たことあるけど、ミスったら負け確定だし…」

 

「はうぅ…私のせいで…負け…」

 

 耳が一気に水平よりも下に垂れ下がり、見るからに危険領域。

 迂闊だった。彼女の前でネガティブな発言はご法度である。

 

「いや、まぁ、負け確定とまでは言わないけど、失敗しない方がいいよな…そのために練習を毎日頑張ってるんだろう?」

 

「はい…そうなんです…でも、どうしてもスピードを出すと、失敗しちゃうんです…」

 

 考えてみれば、あのウマ娘のスピードで行われるバトンパスだ。はっきり言って、難しいとかそういう次元ではない気がするが…。

 

「ウマ娘はあれだけ速いんだ。トップスピードだと上手くいかないのも仕方ないよ」

 

「で、でも…リレーはポイントが高くて、しかも最後の競技だから、絶対に負けられないんです…」

 

 リレーは運動会や体育祭など、学内レースの華だ。それはここトレセン学院でも同様らしい。

 びくびくしていた彼女の目も、それを話す時だけは力強さを秘めていた。

 

「うーん、だったら君がアンカーを走れば解決するんじゃないか?」

 

「それは…無理なんです…リレーの順番はアンカーから年長順って決まりがあるから、変えられなくて…だから、私がドジしないように、上手くなるしかないんですぅ…」

 

「それでリレーに関する本を片っ端から見繕ってたわけか」

 

 その言葉に力無く倒れる耳。もはや首の代わりに耳で頷いているようにさえ見えてくる。

 春のファン感謝祭まで後四日。そのわずかな期間でここからヒントを見つけ出し、練習に活かせるだろうか。

 ふと、一つ気になってことを問いかける。おそらくそれは、数分の一の確率で的中してしまう当て推量。

 

「ところでさ、もしかしてなんだけど、君のチームのアンカーって、スマートファルコン?」

 

「えっ? あ、はい…ファルコン先輩を知ってるんですか…?」

 

 まさかこんな偶然があるなんて…心の中でそう大笑いした。

 

「ああ、よく知ってるよ。俺は彼女の担当トレーナーだからね」

 

「えーっ!!」

 

 伝えた途端、褐色の髪の少女から放たれた驚嘆の声。図書室中の視線がじろりと、同時にウマ耳がぴくりと、一斉にこちらへと向けられる。

 俺は慌てて口に人差し指を当てて、『図書室は静かに!』のジェスチャー。

 

「あ、うぅ、ごめんなさいぃ〜…」

 

「ごめん、驚かせちゃったな…ドトウは悪くないよ」

 

 しばらくの間しおらしくしていると、生徒たちの視線は自然と元あった場所へと戻っていく。

 ただし、一つだけ例外もある。遠目から変わらず凝視してくる、ゼンノロブロイの鋭い眼光。メイショウドトウは彼女を背にしているから気づいていないが、はっきり言って半端なく怖い。もし席が逆だったら、今頃背筋を凍らせて震え上がっていたに違いない。

 ウマ娘の聴力は人のそれよりも遥かに敏感だ。より一層、小声を意識して話を続ける。

 

「まぁ、そういうわけだから、ヒントを探すのを手伝うよ」

 

「えっ、その…ありがたいんですけど、本当にいいんですかぁ…?」

 

「一人で探すより、二人で探した方が効率的だろう?」

 

 彼女を手助けすることは、ファル子を応援することにもなる。だとしたら何のためらいもなかった。

 

「あ、ありがとうございますぅ…!」

 

 それはゼンノロブロイに目をつけられる一歩手前の声量で、嬉しく感じたと同時にひやりともした。

 

 その後、時間の許す限りいくつもの本を読み漁った。残念ながらこれといったヒントは得られなかったが、彼女の自信を少しばかり取り戻すことには貢献できたようだ。

 別れ際、褐色の髪の少女はおそるおそるこちらの顔色を窺った。

 

「あの…ファルコン先輩には、今日のこと秘密にしておいてくれますか…?」

 

「構わないけど、どうして?」

 

「先輩優しいから…このことを知ったら、一緒に原因を探ろうってなるじゃないですか…」

 

 彼女の言う通り、ファル子の性格なら率先して後輩の手伝いをしそうだ。しかも、そのチームで最年長ならなおさらだろう。

 

「やっとトレーナーさんにスカウトされたんだって…喜んでる姿を見たんです。だから…メイクデビューを控えた大切な時期に、手をわずらわせることしたくなくて…だって、これは私のせいだから…」

 

 本当にとつとつと、とても不器用に、それでも確かに伝わってくる彼女なりの気配り。

 

「ドトウは優しいんだな」

 

「えっ…あの、その…そんなこと…」

 

 戸惑ったように言葉を濁す彼女。それはすぐ照れ隠しだとわかった。なぜなら、今まで見た中で、両耳が最も高く逆立っていたのだから。

 ファル子にはこのことを秘密にすると約束して、彼女との慌ただしい読書の時間は終わりを告げた。

 図書室を退室しようと出入り口へ向かう彼女。転んでしまわないか不安だったが、さすがに手ぶらの状態ならば杞憂だった。

 彼女が退室した直後、胸に手を当てながらほっとしていたゼンノロブロイの姿が、とても印象的だった。

 

(リレーの練習、上手くいくといいな)

 

 彼女の成功を密やかに祈りながら、当初の目的である本を探しに向かう。

 ふと、近くの掛け時計をちらりと見た。常に一定のペース刻み理想的な走りを見せる秒針が、華麗なコーナリングを駆使してコースを十周してしまう時間。それが俺に残された猶予だった。多分、今日もまた、図書室で最後の貸出利用者になってしまいそうだ。

 秒針が残り五周を切った頃。コンバートに関する本に加え、メイショウドトウと過ごした中で興味を惹かれたいくつかの本を携え、ゼンノロブロイの待つ受付へと足を運ぶのだった。




お疲れ様でした。
ゲームアプリにて、ゼンノロブロイが『駆けろ、ウマス』という本を紹介してくれますが、『ウマ娘失格』はそれ繋がりですね。

メイショウドトウが好きなので登場させてみました。
彼女は今後もたくさん出る予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。