君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆── 作:キビタキ
(毎日ここにいるような気がする…)
それは当たり前のことなのに、なぜか不思議な気分にもさせてくれた。
トレーナーを目指していた時は、ただ漠然と担当ウマ娘と芝のレースに挑むと思っていた。子供の頃に見た憧れのあの娘も芝を走っていたし、大多数の娘がそれを目指しているからだ。
ところが実際は、この眼前に広がるダートで担当ウマ娘と夢を追い求めている。
もちろん、後悔なんてない。それどころか楽しみでさえある。ダートの申し子といってもいいファル子が、ターフの代償から解き放たれた時、とても凄いことが起きる。そんな気がしてならないからだ。
空から青色が消えていく。日差しはいまだに眩しいが、淡い橙色に照らされる校舎を見ていると、どこか物悲しくなってくる…そんな時間帯。
ここダートトラックでは、昼休み後に一チームずつリレーの練習が行われていき、その順番の最後にファル子たちのチームが割り当てられていた。
春のファン感謝祭の体育系競技は、八つのチームが優勝を懸けてポイントを競い合う。特に最終競技であるリレーは最も獲得ポイントが高く、そこでの大逆転劇も珍しくないらしい。普段は芝で走る生徒たちがダートで走る光景を見られることも、注目度が高い理由だろう。
オールラウンダーを選出するチームも多いが、両刀使いのウマ娘自体そんなに多くなく、だいたいは地力がある娘が選ばれるようだ。メイショウドトウもスペシャルウィークも、既に担当トレーナーがついているほど実力のある娘だ。
ちなみに、ファル子は率先して手を上げたらしい。ダートの素質があると知れ渡っていたこともあり、案外すぐに決まったのかもしれない。
「もうそろそろだね…」
目の前で七つ目のチームの練習が終わろうとしている。
隣でため息交じりにつぶやいたのは、つややかな栗色の髪の少女。傾く陽光に照らされたその表情は、どことなく憂いを帯びている。
「上手くいくか心配してるのか?」
「ううん…そうじゃないよ」
首を横に振り、続けてこう言った。
「やっと走れるんだって思うと、嬉しいの」
はやる気持ちを抑えられないのか、既にその足元に靴は無い。尻尾は定め無く揺れ動き、居ても立っても居られない様子を窺わせた。
ただ、その落ち着いた口ぶりには違和感があった。あの尻尾の動きなら、いつもならもっとテンションが高く、決めポーズをしてしまうくらい張り切っているはずなのに。
(緊張…してるんだろうな)
そわそわした気持ちと焦燥感、そして底知れない不安。色んな気持ちが入り混じっているのだと思う。
もしかしたらそれは、彼女を新たな境地へ誘うきっかけになるかもしれない。何となくそんな感じもした。
「先輩、絶対上手くいきますよ! だって昨日あんなに走ったんですから!」
ピンクのバトンを片手に快活な声を発したのは、転入生のスペシャルウィーク。
彼女のおかげで裸足で走らせることをひらめくことができた。まさにファル子の救世主だと思う。
そのことを彼女に伝えたが、彼女はただ一言「ひらめいたのはトレーナーさんの力ですよ! これからも先輩の支えになってあげてください!」とだけ口にした。
こんなにも思いやりのある少女を担当するトレーナーが、ちょっとだけ羨ましく思えた。
「今日こそは…成功させたいですねぇ…」
続けざまにそう言ったのは、図書室での一件をファル子に秘密にしてほしいと頼み、その優しさを見せてくれたメイショウドトウ。
彼女の見繕った本の一冊が、ひらめきの後押しをしてくれた。
そもそも、図書室で彼女と出会っていなければ、翌日のリレーの練習を見ることもなかったかもしれない。そういう意味で、彼女との出会いには感謝しかなかった。
それも何もかも、図書室で本をばらまくというドジのおかげでもあったのだろう。
(ドジのおかげで道が切り開けるなんてな…)
まるで少し前の自分を見ているかのようで、少しくすぐったい思いがした。
次いで、二走目のケイマフリと三走目のミユビシギもつられるように熱意にあふれた挨拶してくれた。昨日、ファル子の下へ駆けつけられなかったことを気にしているようだったが、それは仕方のないことだし、気にすることでもなかった。
スペシャルウィークとメイショウドトウと同じように、今日という日を前向きに取り組んでくれるだけで十分だった。
「皆…ほんとにありがとね☆」
後輩たちの言葉に、ファル子は本当に嬉しそうに微笑んでいた。
淡い橙色に染められた瞳が、ほんの少しだけ潤んで見えた。
チームメンバーは一様にウォームアップを済ませ、今か今かとその時を待っていた。
そして、七つ目のチームが引き上げて、いざ砂地に繰り出そうという、そのタイミング。
なぜか俺の周りに集まるメンバーたち。いかにも指示を出してくださいと言わんばかりの目で、こちらを見ている。
「トレーナーさん、指示をお願いしていい?」
真剣な眼差しのファル子に促される。そこに拒否権なんてあるわけがなかったし、もしあったとしても使う気なんてさらさらなかった。
「よし、それじゃ始めようか。まずは一度最初から通しでやってみよう」
そう指示すると、彼女たちは所定の場所へと向かっていった。
たくさんのウマ娘を抱えるベテラントレーナーは、いつもこんな光景を見ているのだろうか。自分には到底不釣り合いな万能感みたいなものが込み上げてくる。いつかこんな風に、たくさんの担当ウマ娘を導くトレーナーになってみたい。その思いだけは間違いなく、自らの心に刻み込まれていた。
スタート地点につく焦茶色の髪の少女、スペシャルウィーク。張り詰めた表情は眼前の砂地へと向けられている。
合図とともに、ピンクのバトンを片手に駆け出していく。連日の晴天で乾き切った砂塵が蹴り上げられ、霞がかるほどにたなびく。
向こう正面でケイマフリにバトンが渡り、一周してきてミユビシギが目の前でスタートを切る。何度となく繰り返した練習の賜物だろう。ここまでは完璧といえるほど順調にきている。
チームのアンカーであるファル子が、メイショウドトウの到着を待つべく砂地に足を踏み入れる。肌色をしたその健康的な両足が、今日もまた鮮やかな砂色に染まっていく。
その顔は自信と不安が入り混じり、これから迎えるであろう黄昏時のような儚さを孕んでいる。ただ、高々と逆立つ両耳と振り上がる尻尾だけが、たぎる思いの強さを物語っていた。
向こう正面で褐色の髪の少女へとバトンが渡り、刻々と迫るその時。緊張を紛らわそうとしているのか、ファル子はその場でぴょんぴょんとジャンプしている。ツインテールが波打つように連動し、着地の度に砂ぼこりが舞う。
続き、後方に視線を送りながらスタートの姿勢を取る。その姿を固唾を呑んで見守る俺とメンバーたち。
(頼む…! 上手くいってくれ…!)
きっと今、皆同じ気持ちに違いない。
刹那、一歩目を踏み出してぐんぐん加速するファル子。後方からメイショウドトウが詰め寄り、お互い時速六十キロメートルに近い速度で接近する。メイショウドトウが差し出す右手と、ファル子の左手が交錯するその瞬間。
(…!)
意外にも、その時は訪れなかった。
バトンはメイショウドトウの手に握られたまま、ファル子に届くことなく二人の距離が離れていく。
力を使い果たしたのか、垂れ耳の少女は自身の両耳をそれ以上なく倒伏させながら減速する。バトンが到達しないことに気づいて、ファル子も走るのを止める。
こんな失敗の仕方は初めて見た。
「ファル子のスタートが早すぎた…?」
誰に伝えるでもなく、思い当たる原因が独り言のように漏れていた。ファル子の走り出すタイミングが早すぎたために、メイショウドトウが到達する前にトップスピードに達してしまったのだろうか。
(いや、違う。そうじゃない)
大きく首を横に振り、その推察が間違っていることに気づく。
なぜなら、これまでのパスミスは全て手のぶれが原因であって、走り出すタイミング自体は何の問題もなかったのだから…。
(もしスタートが原因じゃないのなら…)
深呼吸して、改めて一から考えてみる。
バトンを受け取る側は、スピードが乗り始めたら後ろを振り返ることはしない。ただ手を後ろにかざして、その手にバトンが収まるのを待つだけだ。
必然、スタートが早すぎればバトンを受け取ることなく走り去ってしまうことになる。
しかし、この前の練習では走り出すタイミングは完璧だった。おそらく今回も上手くいっていたはず。それなのにバトンパスのタイミングが合わなかった。つまり考えられる理由は…。
(ファル子のスピードが上がった…?)
いつの間にか俺の近くへと集まってきていたメンバーたち。その顔は狐につままれたような不可解な表情が大半だった。
「ご、ごめんなさいぃ…一生懸命走ったんですけど…先輩に追いつけませんでした…」
何とも言えない空気に耐えられなくなったのか、垂れ耳の少女はすかさず自らを責めた。
「ドトウちゃんのせいじゃないよ! 私のスタートが早すぎたから…ごめんね、タイミングばっちりかと思ったのに、失敗しちゃったみたい…」
ファル子は逆に自分のミスだと言い張っているが、どこか納得いかない様子も見せている。
ということは、やはり…。
「ファル子、スタートのタイミング、今までより一呼吸遅らせられるか?」
聞いた途端、はっと見開かれた金色の瞳。
その言葉が意味するところを、全員がすぐさま理解した。
「うん…! 分かった、やってみる」
まなじりを決して、彼女は両の手の拳をぎゅっと握りしめた。
「ドトウ、もう一回バトンパスを頼む」
「分かりました…!」
いつもたどたどしいしゃべりの彼女にしては、はっきりとした受け答えだった。きっと気合が入っているのだろう。
次いで、向こう正面へと駆け出そうとした瞬間、ぱっと動きを止めて振り返った。
「あ、あの、先輩の手なんですけど…ほとんど動いてなかったです。とても渡しやすそうに見えました…」
そう言うと、ピンクのバトンを片手に急いで走り去っていった。
そこにいた全員の顔が晴れやかになっていく。最も嬉しそうな反応をしたのは、スペシャルウィークだった。
「きっと練習の成果が出たんですよ!」
両手をぴたりと合わせながら、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
ファル子は大きく頷くと、スタート位置へと歩んでいく。その足は一回走っただけなのに既に砂だらけで、陽光に照らされると砂色と肌色の境界線が分からなくなってしまう。そう、まるで砂地と一つになったように。
そんな風に見えたのは、きっと本来の姿に戻ろうとしているから。
彼女は砂地を走るために生まれてきた。砂塵を越えた先に待つゴールを、ただ一番に駆け抜けるために。
ほどなくして、メイショウドトウがスタートした。
迫る影をじっと見つめるファル子。その視線は、研ぎ澄まされたどんな刃物よりも鋭く見えた。
刹那、さっきより少し遅いタイミングでファル子は駆け出した。少しずつ距離が詰まっていく二人。
垂れ耳の少女が伸ばす右手にはピンクのバトン。ツインテールの少女が差し出す左手には、それを受け取らんとする確かな決意。指の先までしっかりと開かれている。
ただ前だけを見て突き進む二人。お互いトップスピードに達し、それぞれの手と手が合わさった瞬間。
「やったー!!」
スペシャルウィークの歓喜の声が響いていた。
バトンは確かにファル子の手に握られていて、そのまま砂地を蹴り上げていく。バトンを繋ぐ大任を果たした褐色の髪の少女は、ふらふらと減速しながらも、嬉しさのためかその耳を大きく逆立たせていた。
その後も物凄いスピードでコーナーを駆け抜けていくファル子。ストップウォッチを持っていなくても分かる。それは今まで見てきたどの彼女よりも、間違いなく速かった。
その勢いのままゴールである向こう正面を突っ切ると、一人両手を上げて喜びを表現していた。それはさながらウィニングランであった。
メンバーたちも一様に喜びの声を上げる。それは俺の胸中も同じだった。
(やったな…ファル子…!)
彼女がこちらに戻ってくる前に、メンバーたちに声をかけた。
「よし、後は何回も繰り返すだけだ。残り時間、最初から通しでやれるだけやろう!」
「はい!」
元気の良い返事が一斉に帰ってくる。そこには一片の曇りもない希望が満ち満ちていた。
そこへ興奮冷めやらぬといった顔で戻ってきたファル子。すかさず駆け寄ったのは焦茶色の髪の少女だった。
「先輩! さすがの走りでした!」
「ありがと〜☆ スペちゃんの…ううん、私を信じてくれた皆のおかげだよ」
ライブで一曲歌い終えた時のように、にこやかに感謝の意を示す担当ウマ娘。その笑顔はとても明るく、見ているこちらに勇気と元気を分け与えてくれる。
「ふえぇ…本当に良かったです…」
顔を両手で覆い、垂れ耳の少女はいつの間にか涙ぐんでいた。
困難を打破しようと図書室に訪れ、一時は矢面にも立たされて…彼女の苦労と努力を俺は知っている。その喜びはひとしおだろう。
今にも泣き出してしまいそうなメイショウドトウの側へ、ファル子は慌てて駆け寄った。
「ドトウちゃんのバトン、今までこぼしてばっかりでごめんね…手がぶれてたのは多分、怖かったからなの。ドトウちゃんに迷惑かけちゃいけないって…」
おずおずと本心を吐露していく彼女。
手のぶれはターフの代償によるものだが、失敗できないという精神的プレッシャーが、それをさらに増長させていたのかもしれない。
垂れ耳の後輩は、おろおろしながらも先輩の話を静かに聞き入っていた。
「だけど、もう大丈夫だから。絶対に震えたりなんかしないから…! 安心してバトンを繋いでね?」
「は、はい…あ、ありがとう…ございます」
言葉にならない言葉を何とか絞り出すようにして、メイショウドトウはむせび泣いた。いや、正確にはその一歩手前で踏み止まっていた。
それはきっと、ここがまだスタートだと分かっているから。涙を流すのは本番が終わってからだと、か弱いその声が誰よりも力強く訴えかけていた。
「…よし、また最初からやってみようか」
彼女の意思を汲むべく、両手をぱちんと叩いて練習再開を促す。
ファル子からスペシャルウィークにバトンが渡り、メンバーたちは各々のスタート地点へと向かった。
その後、何度も繰り返された練習。
砂地に愛された足を悠然と奮い立たせ、揺るぎない自信で恐れを克服したファル子。その手が震えることは、二度となかった。
練習時間が終わった時には、学院は夕日に包まれていた。鮮烈な橙色がトラックを覆い尽くし、柵や生徒たちの長い影がわずかな闇を作り出す。
チームメンバーたちは解散し、残ったのは俺とファル子の二人。明日への手応えは十分だった。
「まだ走ってもいい?」
「もちろん」
担当ウマ娘の申し出にすぐさま頷く。
「それじゃあ、いってきま〜す☆ ディー・アイ・アール・ティー! ダート! ゴー♪」
少し前まで芝にこだわっていたとは思えない掛け声と共に、ファル子は鼻歌交じりで駆け出していった。もちろん裸足のままである。
(本当にうずうずしてたまらないんだな)
昨日からずっと、何かに取り憑かれたように裸足で走り続けている。ダートを封印していた反動が一気に出て来ているかのようだ。途中で夏合宿を挟んでもなお、抑圧しきれないエネルギーとなって溜まり続けていたのだろう。生まれ持ってのダート適性の才覚、その片鱗を垣間見た気がした。
とにかく今はターフの代償を取り払うことが先決だ。他のトレーニングは一旦置いておき、当面は裸足で砂地を走ることに注力するべきだろう。
こちらに向かって手を振る彼女が、目の前を颯爽と通り過ぎていく。その顔に不安や恐れは微塵もない。この分なら明日のリレーも心配なさそうだ。
そう思ったのも束の間、ふと、ある疑問がよぎった。
(明日のリレー、裸足で走って大丈夫なのか…?)
公式のレースは裸足での出走は禁止されているが、学院内だけのローカルレースはどうだろうか。ファン感謝祭の催しであるし、おそらく問題はないと思うが…。
(念のため確認はしておくか…)
トレセン学院から支給されたトレーナー専用のタブレットを、おもむろに取り出す。生徒の記録や成績を確認したり、秋川理事長から直接メールが届いたりするそれには、実は特殊な機能が備わっている。
理事長秘書であるたづなさんの顔写真がアイコンとなっているアプリ。それを立ち上げると、『教えて!たづなさん!』なる質問画面が表示される。そこに質問内容を書き込み、回答期限を指定すれば、期限までに答えが返ってくるという仕組みらしい。もちろん、内容や期限によっては回答不可となることもあるようだが。
ガイドラインに沿って質問をさくっと投稿した。
(便利な機能なんだろうけど、たづなさんのドヤ顔がなぁ…)
アプリアイコンの得意げな表情が、何とも言えず複雑な心境へと誘う。
利用するのはこれが初めてだが、仕事の早いたづなさんのことだ。明日の本番までには確認してくれるだろう。
タブレットをしまい、ダートトラックへと向き直った、その時だった。
「お疲れ様です」
涼やかな音色が真後ろで響いた。それは聞き覚えのある少女の声。
その持ち主の顔を思い浮かべながら振り向くと、予想通りの姿がそこにはあった。
腰まで伸ばした朱色のロングヘアに、緑色をした耳カバー。小さめの耳をぴくぴくさせながら佇む彼女は、紛れもないサイレンススズカだった。
「お疲れ様。話すのは久々だね」
「そうでしたっけ? たまにお見かけするので、あまりそんな気がしませんでした…」
どことなく恥ずかしげな顔をして、彼女は続けざまに言った。
「ファルコン先輩の調子…良さそうですね」
「そう見える?」
「ええ、あんなに楽しそうに走る先輩、なかなか見られませんし…」
その空色の瞳は、はっきりと向こう正面を駆けるファル子の姿を捉えていた。
「芝の癖がついてしまっているって聞きました。そしたら今度は裸足で走ってるって噂が流れてきて…ずっと心配してたんです」
「そうだったのか。わざわざありがとう」
「いえ…でも、あの様子なら大丈夫そうですね。やっぱり砂の上だと別人みたいです。というか…かなり速くなってません?」
視線の先にはジョギングペースのファル子。本気で走ってはいないが、その状態からでも変化が分かるのだろうか?
もしかしたら『逃げ』が得意同士、何か感じるものがあるのかもしれない。
「そういえば、裸足で走り出してからきちんと計測してないな…」
以前よりは確かに速くなっているはず。トレーニングの最後にタイムを計ってみようと決めた。
そこへ、友人の来訪に気づいたファル子が元気良く駆けてきた。
「あっ! スズカちゃ〜ん!」
すぐ側で舞い上がる砂ぼこりが、夕焼け色にきらきらと染まる。
目の前までやって来ると、ファル子は汗を拭いながらにこりと微笑んだ。
「久しぶり…かな☆ 元気にしてた?」
その問いかけに、朱色の髪の少女も同じように目を細める。
「ええ、先輩も元気そうね。裸足だけど大丈夫なの?」
「全然平気だよ☆ 砂を走るととっても気持ち良いの。スズカちゃんも裸足で走ってみる?」
「えっと…それはちょっと遠慮しておくわね」
「あは☆ 冗談だよ〜♪ スズカちゃん今本気にしちゃったでしょ?」
くすくすと笑うファル子と微笑するサイレンススズカ。それは本当に他愛のない会話で、見ているこちらをほっこりとさせてくれる。
相変わらずのテンションで、ファル子は後輩にどんどんと話しかける。
「ところでさ、感謝祭が終わったら高架下でライブしようと思ってるんだけど、誘っても大丈夫かな?」
「ええ、構わないわ。日時が合えばだけど…」
「ありがと〜☆ また今度メールするね♪」
以前からサイレンススズカを高架下ライブに誘うんだと意気込んでいた彼女。どうやらその夢も近々叶うかもしれない。
二人の会話を邪魔したらいけないと思い、そっとその場を離れようとした時だった。
「あの…一つよろしいですか?」
こちらに向かって静かに言うと、サイレンススズカは心なしか張り詰めた表情でこう切り出した。
「今日はトレーニングを休んでもいいとトレーナーから言われているんですが…差し支えなければ先輩と併走してもよろしいですか?」
その言葉を聞いて思い出す。一部の人間以外、顔も名前も知られないようにしているサイレンススズカのトレーナー。彼からの指示がメールで届き、彼女は日々のトレーニングを実行しているという。
「えっ、ほんと? それならスズカちゃんと併走したいなぁ☆」
尻尾を高々と振り上げて、ファル子は体をもじもじさせながら上目遣いをする。
正直に言えば、それは願ってもないことだった。ただ、彼女のトレーナーの意向に反するのではないかという疑問が当然湧いてくる。
それが顔に出てしまっていたのだろうか、朱色の髪の少女は諭すように言葉を紡ぐ。
「私のトレーナーはいつも言っています。他の誰かのためになることは積極的に行え…と。私自身もその考えに強く共感していますし、そのために学院生活を送っています」
春の微風が、毛先の整った彼女のロングヘアをさらさらと揺らしている。夕日に照らされるそれは、一層鮮やかな夕焼け色になって見る者をうっとりさせる。
「ですから…是非よろしくお願いします」
凛としたその眼差しに、かげりや迷いは一切見当たらなかった。
「ああ、分かった。こちらからもお願いするよ」
「や〜ん☆ トレーナーさん、ありがとう♪ スズカちゃんと併走かぁ…」
嬉しさを抑えきれず、いそいそと両耳をぴくぴくさせる彼女。意外にも併走する機会はこれまでなかったようだ。
「それじゃ先輩。いきましょ?」
「うん、いこう☆ 実はこの前ね、商店街にできたお菓子屋さんに行ったんだけどさ…」
年相応の取り留めのない会話をしながら、二人は砂地へと向かっていく。憧れのサイレンススズカとのトレーニングは、一人で走るよりずっと効果があるような気がする。あの混じりっけのない笑顔を見ると、そう思えてならなかった。
(皆がファル子を気にしてくれてる。良い娘なんだな、やっぱり…)
お調子者の一面もあるが、後輩たちに慕われる担当ウマ娘の姿はとても誇らしげに思えた。
深く息をつきながら、向こう正面を見やる。
今日もまた、かけがえのない友人との併走に勤しむファル子。おしゃべりしながら走る二人の姿は、熱を帯びたこの砂地のように温かく、そして、夕日のように眩しく見えた。
お疲れ様でした。
例によってモブ娘ちゃんたちの名前の元ネタは野鳥です。
第7話はこれにて終了となります。
次話は春のファン感謝祭当日のお話になります。
いつの間にか投稿数30回&20万文字到達ですね。
書き始めた頃は、20万文字(文庫本二冊分くらい)あればスマートファルコン編は終わるかなと思っていましたが、全くそんなこともなく…。
まだまだ続きますが、最後までお付き合いいただけますと幸いですm(_ _)m