君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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【第10話】それぞれの門出 ⑤一番大切なファン

 外界に漂うのは生暖かく湿った空気。

 地下バ道を急いで抜けて、乱れた呼吸を整えながら観客席の階段を登っていく。

 ようやくたどり着いたそこは元いた場所。スペシャルウィークとメイショウドトウのレースを観戦していた座席だ。

 ここでレースを観戦するとファル子には伝えていた。

 ただ、残念なことにそこは他の観客に座られていた。代わりに近くの空席を求めて辺りを見回すと、思いがけず見知った顔を二つ見かけた。

 若い女性と、その隣に小さな女の子。お互いほぼ同時に目が合ったが、先に声を発したのは小さな女の子だった。

 

「あっ! トレーナーさ〜ん!」

 

 さっと立ち上がりながら、元気いっぱいに手を振っている。

 歩み寄りながら同じく手を振り返す。そこには昨日見たのと何ら変わりない、黒髪を二つに結った少女の姿があった。

 少女の側にたどり着き、改めて挨拶をする。

 

「ミサキちゃん、こんにちは」

 

「こんにちは! トレーナーさん」

 

 『トレーナーさん』。ミサキちゃんはいつからか俺のことを単にそう呼ぶようになっていた。この日本に、いや、世界中にトレーナーはごまんといるが、ミサキちゃんにとってそれはたった一人のことを指すようだ。もしかしたら、大好きなファル子の真似をしてそう呼んでいるのかもしれない。

 次いで、少女の母親も立ち上がって一礼する。

 

「こんにちは。いつもお世話になっています」

 

「あ、どうも。こちらこそ」

 

 頭に手をやりながら同じく会釈する。お店以外の場所で顔を合わせるのは、春のファン感謝祭以来だ。

 

「今日はわざわざレース場にまで来てくださってありがとうございます」

 

「いえいえ、ずっと前から娘にせがまれていたことですから。見に行ける日で良かったです」

 

 その時、黒髪の少女が大きな声を上げた。

 

「ファル子お姉ちゃ〜ん!」

 

 少女はトラックに目を落として、ある一点を見つめていた。

 そこにはつややかな栗色の髪の少女。水分で濃く染まった砂色の絨毯、そのホームストレッチをゆっくりと駆けていた。幸い、雨はほとんど止んでいるようだ。

 本バ場に入場した出走者たちは、出走までの十五分間をウォーミングアップタイムとして思い思いに過ごす。トラックを走ったり、準備運動をしたり、時間の使い方はウマ娘によって様々だ。

 そして、出走予定時刻の五分前にはスターティングゲート前に集合という流れだ。

 スマホの時計を確認する。入場してからもう十分が経とうとしていた。

 

(遅刻するんじゃないのかあれ…)

 

 ファル子以外は既にスターティングゲートの前に集まり始めている。

 それでもなお、彼女は誰かを探すように観客席へと顔を向け、きょろきょろと走っている。彼女が探し求めているのはきっと…。

 

「ファル子お姉ちゃ〜ん! ここだよ〜!」

 

 ミサキちゃんが手を振りながら、大好きなその娘の名前を叫んでいる。

 しかし、ファル子がホームストレッチ上にいるとはいえ、とても声が届く距離ではない。ウマ娘の耳ならひょっとすると聞こえるかもしれないが、他の観客の声に紛れてそれも厳しそうだ。

 

(いや、たとえそうだとしても…)

 

 俺は意を決して、体中に酸素を取り込んだ。続き、限界まで膨らませた肺を渾身の力で解き放つ。

 

「ファ・ル・子〜!!!」

 

 全身全霊の叫び声を、気道から、喉から、口から、あらん限りの腹圧で絞り出す。そして、両手を最大限に広げて大きく振る。周りのお客さんが目を白黒させても構わない。それは俺のため、ミサキちゃんのため、そしてファル子のため。

 俺の声が届いたのかどうかは分からない。今まさに、担当ウマ娘が大きく手を振った。間違いなくこちらを視界に捉えている。尻尾を嬉しそうに揺らしているのが、ここからでもよく分かった。

 俺の隣で少女が大きく手を振り返すと、ファル子は一目散にスターティングゲートへと駆けていった。

 

(良かったな、ファル子…)

 

 ミサキちゃんが来ているか気にしていた彼女。出走前にそれを確かめられて嬉しいに違いない。

 徐々に小さくなる彼女から視線を戻し、今度はそっと息を吸う。

 

「すみません。いきなり大声を出して…」

 

 それはミサキちゃんのお母さんに言ったのと同時に、周りのお客さんにも聞こえるように発した謝罪だった。

 

「いえいえ、とても素晴らしい声量ですね。ライブではいつもああやって声を出してるんでしょう? 娘からよく話を聞かされます」

 

 くすりと笑うその姿に、今さらながらに恥ずかしさが込み上げてきて思わず頭をかく。

 

「トレーナーさん凄いんだよ。ファル子お姉ちゃんの歌をいつも盛り上げてくれるの」

 

 追い打ちとばかりに、少女のお墨付きまで頂いてしまった。

 

「ははは…ありがとう、ミサキちゃん」

 

 こうなると照れ隠しすらできず、素直に褒め言葉を受け入れるしかなかった。

 ミサキちゃんは俺の合いの手やコーレスをいつも真似してくれる。感謝したいのはこちらの方なのに。

 

「ファル子お姉ちゃん、一番になれるかな?」

 

 いつの間にかスターティングゲートの方を見やりながら、黒髪の少女はあどけない笑顔を浮かべていた。

 それは問いかけというより、ファル子が一着になることを信じて疑わない、そんな口調だった。

 

(センターのファル子を見せてあげたいな…)

 

 心の底からそう思う。それが叶うも破れるも、後はもうファル子の頑張り次第だ。

 

「うん、一番になれるよ。きっと…」

 

 少女の言葉に呼応して口をついた返答。残念ながらそれは確信ではなく、願望に近かった。

 ミサキちゃんが見ている光景と同じものを視界に入れる。悠然と広がる"草色"の絨毯。彼女が超えなければならない試練が、そこにはあった。

 

──

 

 時を遡ること十分前。

 つややかな栗色の髪の少女は、光あふれるその場所へと恐れることなく第一歩を踏み出した。次いで、飽和した光が消え去り視界が開けた瞬間、経験したことのない高揚感に包まれた。

 まず目に飛び込んできたのは、一面に広がる白鼠色と鉛色、そしてその隙間からわずかに顔を覗かせる空色。

 次いで、草色と砂色の絨毯が敷かれた広大な大地。その境界線には白と黄色の柵が綻びもなく整然と続いている。

 一際異彩を放つのが、コンクリート色をした横長の建物。横一面に観客席が敷き詰められたそこには、大勢の観客が所狭しと密集して喧騒を生み出している。

 さっきまでいたあの場所が、ここからでは豆粒のように感じられた。

 

 ふと、生暖かい湿った空気が、微風となって彼女のツインテールを揺らした。

 それを生み出したのは、後ろから風を切って走り出した何人ものウマ娘たち。地下バ道から解き放たれて、砂色の絨毯を思い思いに踏みしめていく。

 その中に、美麗なアクアマリンのごとき髪を揺らすウマ娘を見た時、高揚感によって忘れ去られていた感情が不意に蘇った。

 そう、その少女に負けたくないという思いが。

 

「行かなきゃ…!」

 

 熱い闘志が彼女の中で沸々と込み上げると、水色の髪の少女を追いかけるようにして駆け出していた。

 スマートファルコンがメジロアルダンを意識している理由。それは彼女にとってメジロアルダンがライバルであるのと同時に、担当トレーナーとのいさかいの原因になったからだ。

 

 レースの直前というタイミングで、それも子供じみたわがままと嫉妬心で意固地になっていたことを、彼女は後悔していた。

 トレーナーが他のウマ娘を観察することは当然のことであるし、それを束縛する権利なんて無いことも分かっていた。

 それなのに嫉妬心に燃えてしまったのは、彼女が認識している以上に、メジロアルダンに対する対抗心が自身の中で強まっていたからだった。

 しとやかで、綺麗で、そして名門メジロ家の出身である好敵手。自身が持っていないものをメジロアルダンはたくさん持っている。そのことに劣等感を抱きこそしないものの、それは確かな焦りとなって、彼女の心を知らず知らずのうちに侵食していたのだった。

 あまつさえ、そんな相手に担当トレーナーの目を奪われたら…その悔しさは計り知れないものであった。

 それは間違いなく、メジロアルダンをライバルと認識しているからこそ燃え盛ってしまう、静かなる炎であった。

 

 いつしか降り止んでいた雨。重バ場と発表された砂地が足元でざくざくと音を立てている。湿り気を含んだ空気を割いて、地面の感触を堪能しながら自らの足跡を刻んでいく。

 初めて走る本物のレース場の空気に、彼女は魅入られていた。あんなにも大勢の観客が自分を見ている。そう思うと、自然と笑顔になるほど嬉しくてたまらなかった。

 あの中にミサキちゃんがいるのだろうか。応援に来るとは言っていたものの、今日その姿を確認したわけではない。それだけが彼女にとって唯一の気がかりだった。

 すかさずホームストレッチへと向かう。自分の目で探そうと思うまで時間はかからなかった。

 しかし、あの観客席からたった一人の少女を見つけ出すのは、砂浜に落ちた一粒のビーズを探すようなものであった。何度も何度もホームストレッチを行き来しながら観客席に目を凝らしても、当然見つかるわけもない。

 それでも彼女が諦めなかったのは、もしファン第一号がいたら、きっと手を振ってくれると信じていたからだ。事実、ミサキちゃんは何度も手を振っていた。しかし、小さな少女のそのアクションは遠目からではほとんど目立たなかった。広大な観客席からピンポイントで見つけ出すのは、やはり至難を極めていた。

 その時だった。微かに聞こえたのは叫び声。自身を呼ぶ聞き慣れたコーレスだった。

 彼女はすぐに分かった。それはいつも側にいて、心に安らぎを与えてくれるあの人の声だと。

 ウマ娘は聴覚に優れているが、それは小さな音を聞き逃さないだけではない。音を立体的に感知し、発せられた場所をおおよそ特定することができる。もちろん、叫び声がしたその場所も。

 視線をそこへ向けると、大きく手を振る見慣れたジャージ姿のトレーナー。その隣には、同じく手を振る黒髪の少女。遠すぎて顔まではよく見えないが、その少女がミサキちゃんであることはすぐに分かった。

 

「ミサキちゃ〜ん!!」

 

 彼女は思わず叫んでいた。もちろん、その声が届かないことは分かっていた。それでも叫ばずにいられなかったのは、心の奥底から喜びがあふれんばかりに込み上げてきたからだった。

 二人に負けじと彼女は手を振った。言葉では言い尽くせない感謝を、今日のために宿した並々ならぬ決意に乗せて。

 

 もう時間だ。周りの雰囲気で何となくそれは察していた。名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、彼女は慌ててスターティングゲートへと駆け出した。

 蹄鉄シューズはもう泥だらけになっている。白のニーハイソックスも、走れば走るほど少しずつ茶色に染まっていく。

 彼女にとって、砂地を走ることは本当に心地良かった。それは生まれつきの適性もさることながら、彼女自身が砂の上を駆けることが大好きだったからだ。

 デビュー戦を馴染み深いダートで迎えられたことを、彼女は良かったと思えていた。三ヶ月前にはとても考えられないことだった。

 それも何もかも、あの人と出会ったからに他ならない。

 

「ファル子は俺の中でいつだって一番人気だから」

 

 天を衝く両耳。

 地下バ道で去り際にかけられた言葉を、彼女は思い出していた。

 特別な…本当に特別なファン第零号の言葉が脳内を駆け巡ると、強張った心を優しく慰撫してくれるような温かさを覚えるのだった。

 ファン第一号のミサキちゃんもきっと同じことを言うだろう。どんどん胸が熱くなっているのを、彼女は確かに感じていた。

 その期待に応えるためにも、このレースを一着で駆け抜けたい。そして、センターでその感謝を伝えたい。決意の炎が今の彼女を無尽蔵に突き動かしていた。

 視線の先には八人のウマ娘たち。あの中の一番になってみせると、血気盛んに意気込みながら。

 

 ところが、心に満ち満ちたそれは、たちどころに逆風にさらされた。

 スターティングゲート周辺へと差し掛かった時、足裏に激しい違和感を覚えたのだ。そこは大好きな砂地ではなく、雫を滴らせる青々とした草色の絨毯が広がっていた。

 あまりの不快感に思わず減速してしまう。足元に目を落としながら、その感触を確かめるように…いや、振り払うように歩んでいく。

 しかし、彼女にとってまるで底なし沼のような感覚を催すそれは、レースを前にほど良く張り詰めていた緊張感を力無く弛緩させるには十分だった。

 

「はは…久しぶりだね」

 

 ウマ娘の耳をもってしても聞き取れないほど声で、彼女は確かに独り言ちた。それはさながら、会いたくない人にばったり出会ってしまったような、そんな気まずさにあふれていた。

 

 東京レース場のダート千六百メートルは全てが砂地ではない。コース設計の関係で、最初の約百メートルは芝のコースを横断する形でスタートすることになるのだ。そう、彼女に鉛の靴を履かせる、あのターフの上を。

 当然、それは走る前から…いや、メイクデビューをダート千六百メートルに選んだ時から分かっていたことである。その距離とコースを持つURA管轄のレース場はここしかないのだから。

 確実に勝ちを狙うなら、該当する全てのレース場が全面ダートである千八百メートルを選ぶべきだったかもしれない。

 それでもなお、ダート千六百メートルにこだわったのは、やはりファン第一号であるミサキちゃんの存在。いや、ミサキちゃんだけではなく、他のファンや見知った人が多いのはやはりここ東京レース場なのだ。

 メイクデビューは思い入れのあるこの場所で…その強い意思が彼女に千六百メートルを選択させたのだった。

 

 出走者の輪の中に加わったのと同時に、実況が流れてきた。

 

『第五レース、ダート千六百メートル。バ場状況は重となっています。先ほどまで降っていた雨も今は止んでいるでしょうか。メイクデビューを砂地に託した九人のウマ娘たち。勝利の栄光は誰の手に…! 早速出走者を紹介していきましょう!』

 

 遠くから微かに聞こえるそれは、スマートファルコンが観客席から見た第三レースのものと何ら変わらない声とテンションだった。

 これから名前を呼ばれるであろう彼女たち。一様に尻尾を定め無く揺らしてそわそわしている。自分の姿やアピールが観客にどう映ったのか気にならない娘はいなかった。

 もちろん、それはツインテールの少女も例外ではない。

 彼女は自分なりにやれるだけのことはやったつもりだったし、実際に手応えも感じていた。自らの笑顔で観客を魅了した自信は確かにあった。

 

『一番、スマートファルコン。二番人気です』

 

 二番人気。そう聞こえた瞬間、落胆にも似た悔しさが彼女の心の海に広がっていった。表情には出さないまでも、俯き加減に人知れず唇を噛んでいた。

 担当トレーナーの言うことはいつだって正しかった。今回も、メジロアルダンが一番人気になるかもしれないという推察は見事に当たっていたのだ。

 それなのに、あの時へそを曲げてしまったことが、急に情けなく思えてきた。春のファン感謝祭でMVPを取っても、相手にメジロ家という看板があったにしても、やはりまだまだ無力なのだと彼女は痛感するしかなかった。

 となれば、走りで魅せるしかない。それがトップウマドルになるための唯一の道であった。

 スマートファルコンは水色の髪の少女の下へゆっくりと歩み寄ると、明るい声で話しかけた。

 

「アルダンちゃん、一番人気おめでとう☆」

 

「え? まだ一番と決まったわけでは…」

 

 唐突に声をかけられたことも手伝って、思わず戸惑いの声を漏らしたメジロアルダン。実況はまだ九番の彼女にまで到達していないが、もはやそれは確定的であった。 

 この戸惑いの声が演技なのか、それとも本心なのか、スマートファルコンには判断しかねていた。ただ、水色の髪の少女が優越感をひけらかすような娘ではないことを、彼女はよく知っていた。

 

「ううん、アルダンちゃんすっごくおしとやかで綺麗だし、メジロ家のお嬢様だからさ…ファル子のトレーナーさんも一番になるかもねって言ってたよ」

 

「まぁ、そうなんですね。でもそれはメジロ家の看板のおかげで、私の力ではありませんから…」

 

 落ち着いた様子で謙虚に振る舞う水色の髪の少女。たとえ一番人気だったとしても、それが自らの力によるものでないことは、本人が最も自覚していることであった。

 

「そういえば、ファルコンさんのトレーナーさん。パドックの最前列にいらしてましたよね」

 

「そうだね。ファル子のこと見るんだって、張り切ってたから…☆」

 

「やっぱりそうでしたのね。ふふ…道理で私に見向きもしなかったわけですね」

 

 思いがけない言葉に、スマートファルコンは目を見開いた。

 

「え、そんなことがあったの?」

 

「ええ、周回中にお見かけしたので手を振ったんです。でも、全く目を合わせてくれませんでした。多分、ファルコンさんだけをずっと見ていたんだと思いますよ」

 

 にこりと微笑みながら、メジロアルダンはどこか羨ましそうにしとやかな声を響かせていた。

 そのことに嬉しさと恥ずかしさを隠し切れず、思わず両手を口にあてがうスマートファルコン。

 

「そうだったんだ…ううん、当然だよね。だってトレーナーさんは私に一途だから☆」

 

「ふふ、仲が良いんですね。いつもお二人は楽しそうに話しているんですもの、当たり前ですよね」

 

 その整った目鼻立ちに微笑を含ませながら、彼女は付け加えるように言った。

 

「私のトレーナーも…それくらい話してくれたら嬉しいんですけどね」

 

 憂いを帯びた声が発せられた瞬間、実況が彼女の名を呼んだ。

 

『九番、メジロアルダン。一番人気です!』

 

 耳をぴんと逆立てて、つややかな栗色の髪の少女はにこやかな表情を浮かべた。

 

「あは☆ やっぱり一番人気だったね!」

 

「どうやらそのようですね。私には過ぎた評価だと思いますが…」

 

 喜びよりも困惑の方が大きく、水色の髪の少女は頬に手を当てて苦笑いしていた。

 そんな彼女をよそに、スマートファルコンは笑顔で問いかけた。

 

「アルダンちゃんのお父さんとお母さんは今日も見に来てくれてるの?」

 

「そうですね。どちらとも来てくださっています」

 

「はは、さすがだね♪ すっごく大切にされてるって伝わるよ。ファル子のお父さんとお母さんは滅多なことじゃ来られないから…」

 

「私は実家が都内にありますので…ファルコンさんのご実家は遠方なんですか?」

 

 そう質問したのは、距離的な問題で来られないと推察したからだった。

 全国から将来有望なウマ娘が集うトレセン学院。実家が遠く離れている娘は言わずもがな多数派で、メジロアルダンのように頻繁に両親が訪れる娘の方が稀であった。

 

「そうだね。遠方だったり近場だったり…」

 

「転勤族…ということですか?」

 

 断定しない曖昧な表現に、彼女はそう問い返していた。

 

「う〜ん、まぁ、そんなところかな。たまたまトレセンの近くにいた時にお母さんが来てくれたけど、それっきりだよ」

 

「まぁ、そうだったのですね…」

 

「でもね、今日は近所の女の子が見に来てくれてるの☆ その子、ファル子のファン第一号でさ。今日も駆けつけてくれたんだ☆」

 

 ファン第一号の来訪を嬉々として話す彼女。その満面の笑みには、これっぽっちの曇りもかげりもなかった。

 その笑顔につられるように、メジロアルダンも楚々と微笑んでいた。

 

「お互い大切な人が見に来ているなんて素敵ですね。でも…これでお互い負けられませんね」

 

「そうだね! その子のために、ファル子全力で走るよ」

 

「ええ、私も両親のため、全力を尽くします。今日は良いレースにしましょう」

 

 それぞれの瞳に宿る熱意と決意。そのたぎる思いを静かにぶつけ合いながら、二人はその場を後にした。

 ミサキちゃんが見ているであろう場所に目を注ぐスマートファルコン。次いで、誰にも聞こえない声でこうささやいた。

 

「それに、もう一人いるんだ。ファル子の一番大切なファンが、あそこに…」

 

 ここからでは見えるはずのないその人の姿を、彼女の金色の瞳は確かに映し出していた。

 

 スターティングゲートの入場を促される九人のウマ娘たち。

 足元の違和感が拭えないまま、スマートファルコンは一番ゲートをくぐっていく。無機質な扉の先に見える草色の大地。その奥には砂色の絨毯が遥か遠くへと続いている。

 心臓がばくばくとその脈動の間隔を狭めていく。

 初めて迎える本番。それはとてつもなく新鮮で、不安で、わくわくで、そして、待ち遠しくてたまらなかった。

 まなじりを決して待つその瞬間。

 刹那、メイクデビューのゲートが開け放たれた。




お疲れ様でした。
ゲームアプリによれば、子供の頃のファル子ちゃんは引っ越しばかりだったようです。
引っ張りまくりですが、次回こそ初レースです。
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