君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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前回告知しました通り、小分けしての投稿になります。


【第10話】それぞれの門出 ⑦勝利の余韻

 どこか張り詰めた空気が漂う関係者専用の通路。そこには控室が並んでいて、出走者やトレーナーが忙しなく行き交っている。

 観客席でミサキちゃんと喜びを大いに分かち合った後、担当ウマ娘がやって来るであろう自らの控室へと急いで向かっていた。

 そう、ファル子の健闘を労い、初勝利を祝うために。

 その途中、見知った顔を二つ見かけた。それは先輩トレーナーの掛巣さんと江永さんだった。

 通路の片隅で何やら二人で話していたようだが、こちらに気づくや、すかさず声をかけてくれた。

 

「お疲れ様です。デビュー戦初勝利、おめでとうございます」

 

「おめでとう。ファル子ちゃん凄いわね…まさかあそこからまくるなんて」

 

 掛巣さんは深緑色の眼鏡を指で抑えながら、江永さんはポニーテールを揺らしながらそう言ってくれた。

 こちらも同じく二人に勝利を祝う。

 

「お二人も今日は一着おめでとうございます」

 

 その言葉に、ばつが悪そうに鼻を鳴らしたのは江永さんだった。

 

「まさか同着なんてね…自分の担当に起きるなんて思いもよらなかったわ。まぁ、これで私の連勝は『2』に伸びたわけだけど」

 

「今回は引き分けだと思いますが…?」

 

「何言ってんの。同着でも一着は一着でしょ? だったら勝ちじゃない」

 

「…まぁ、それなら僕の連敗も無くなったということで認識しておきます」

 

 ライバル同士の応酬。しかし、不思議とぎすぎすした雰囲気は感じない。

 それはもしかしたら、ファル子が起こしたプールでの一悶着が、結果的にお互いの距離を縮めたからかもしれない。

 ふと、そこへ通りかかったのは同期のトレーナー。烏羽色の髪に物憂げな表情。おそらく話しかけなければそのまま通り過ぎてしまったであろう彼女へ、無意識に声をかけていた。

 

「三砂さん、お疲れ様」

 

「…お疲れ様」

 

 呼び止められると思っていなかったのか、あるいは呼び止められたくなかったのか。どちらかは分からないが、彼女は確かに一瞬目をぱちくりさせて、落ち着いた声を発していた。

 そんな彼女へと真っ先に話しかけたのは江永さんだった。

 

「アルダンちゃん、惜しかったわね」

 

「いえ、ファルコンさんにアクシデントがあってこれですから…完敗ですね」

 

 目上の人には普通に敬語を発する彼女。どこか新鮮に映ってしまう。

 続けて、掛巣さんが口を開いた。

 

「勝負は時の運ともいいます。接戦だったことは確かですよ。それにしても、メジロアルダンさんは素晴らしい走りでしたね。以前とはすっかり見違えました」

 

「私、昔のあの娘を直接見たことがないんですけど、そんなに変わったんですか…?」

 

 先輩トレーナーの発言に、彼女はおそるおそる問いかけていた。

 江永さんがあごに手を当てながら答える。

 

「そうねぇ…怪我を怖がって全力で走れない感じだったわよね。アルダンちゃんの体が丈夫じゃないってことは、周知の事実だったし」

 

 好敵手の発言に大きく頷いて、掛巣さんはこう問いかけた。

 

「失礼を承知でお聞きしますが…メジロアルダンさんは何か治療のようなことをされたんですか?」

 

 少しだけ場を支配した静寂。三砂さんはやはり物憂げな表情のまま言った。

 

「私と契約を結ぶ前に治療したそうです。詳しいことまでは知らないですけど…」

 

「そうでしたか…何にしても体調が改善したことは良いことですね」

 

 にこりと微笑みながら、掛巣さんは穏やかな声を響かせていた。

 スポーツ競技者にとって、怪我や故障は切っても切れない関係だ。それを予防したり克服したりすることは、競技者にとって最重要課題ともいえた。

 

「トレーナーさ〜ん!」

 

 聞き慣れた明るい声が、何の前触れもなく通路の奥からこだました。全員がその方向を見やる。

 廊下を走らないでくださいという貼り紙こそないが、それはきっと注意されてしまう猛スピード。しかし、今はそんなこと気にならなかった。

 肩で風を切って現れた全身泥だらけの担当ウマ娘。最も泥にまみれた蹄鉄シューズは、案の定、通路に微かな足跡を残している。

 こちらも慌てて駆け寄りながら、祝いの言葉を口にする。

 

「おめでとう! ファル子!」

 

「ファル子勝てたよっ☆ メイクデビューで勝っちゃうなんて、なんかふわふわしてまだ信じられない…☆」

 

 両耳を激しく上下させながら、金色の瞳は嬉しげにきらめいていた。

 実力的に見れば勝ちは十分に狙えたファル子だったが、本人はスタート直後の芝をかなり不安視していた。実際、それに足を取られ出遅れるというアクシデントもあった。それでも一着になれた喜びはひとしおだろう。

 逃げではなく、実質差しの走りで勝てたことも驚きの要因だろうか。

 

「ファル子ちゃん、一着おめでとう」

 

「おめでとうございます。圧巻の走りでした」

 

「ありがと〜☆ スペちゃんとドトウちゃんもおめでとうだね♪」

 

 まるでさっきの繰り返し。江永さんと掛巣さんがファル子の勝利を祝うと、彼女もまた二人に祝いの言葉を返していた。

 ファル子が二人に会うのは、あのカヤクグリとキンクロハジロと行った学院内レース以来のはずだが、全くそんなことを感じさせないほど気さくに声をかけ合っていた。

 三砂さんは何も言わず、ファル子の満足げな表情をうら寂しい目つきで見つめていた。

 それを知ってか知らずか、先輩トレーナーは楽しそうな声を響かせる。

 

「ウイニングライブが始まるまで、いつでも僕たちの控室に来ていただいて結構です。もしかしたら、ドトウさんがそちらにお伺いするかもしれませんが…」

 

 眼鏡を抑えて、ライバルの方をちらりと見やる。

 

「もちろん、江永さんのところにもね」

 

「…それはこっちも同じよ。スペちゃんが掛巣君のところに行っても気にしないでね。ファル子ちゃんもいつでもウェルカムよ」

 

 そう言いながら、江永さんはいたずらっぽく笑っていた。

 この二人は本当は仲が良いのではないだろうか。数日前までの確執が、まるで嘘のように感じられた。

 

「は〜い☆ 後でお邪魔しに行くかもっ☆」

 

 上機嫌に尻尾を揺らしている担当ウマ娘。それはライバル同士の仲の良い姿を見て、心から安堵しているからのようにも思われた。

 ふと、江永さんはこちらへと顔を向けた。

 

「この後の流れは知ってる? 今やってる第六レースが終わったら、出走者は地下バ道からウイニングライブ会場に移動よ。トレーナーは舞台裏まで付き添ってもいいし、観客に紛れてもいいし…そこは自由ね」

 

 その視線には三砂さんの姿も含まれていた。

 二人の新人トレーナーが同時に頷くと、「それではこれで」、「それじゃあね」という声と共に、先輩トレーナー二人はおもむろに去っていった。

 その後ろ姿に目を奪われていると、思いがけず担当ウマ娘の声が背後をついた。

 

「それじゃあ、ファル子も一旦控室に帰るね。顔だけは綺麗にしなくっちゃ…!」

 

 照れながら言うその頬には泥の跡がべったりとついている。それはまさに激戦の証。取ってしまうのはもったいないような気がしたが、そこはウマドルとして見過ごせないことなのだろう。

 

「あんまりどこまでうろつくなよ」

 

「分かってるよ〜☆」

 

 にんまり微笑んでみせると、彼女は風のように通路の向こうへと消えていった。

 レースが始まる前に注意を受けてしまったのだが、一度出走者として受付を済ましたウマ娘が、一般のお客さんが出入りする箇所へ立ち入るのはやはり駄目だったらしい。

 理由は言わずもがな、混乱を招くからだそうだ。平謝りに謝ったことと、新人トレーナーのデビュー戦ということで今回は大目に見てもらえたが…。

 

(それでもファル子は見に行ったかもしれないな…)

 

 たとえきちんと知っていても、ファル子のことだ。後輩のレースをその目に焼き付けようと、こっそり抜け出していたかもしれない。いや、きっと変装してでもそうしていただろう。彼女の担当として、それだけは確信を持てた。

 

 その場に残された新人トレーナーの二人。何となしにしじまを割いたのは、意外にも三砂さんだった。

 

「初勝利おめでとう」

 

 それも、祝いの言葉によって。

 心の中で面食らいながら頭をかく。

 

「ありがとう。三砂さんから祝ってもらえるとは思いもよらなかったな」

 

「勝っても負けても恨みっこなしなんでしょ」

 

「そうだったな…」

 

 俺の安堵した顔を見るや、彼女はため息交じりに肩をすくめた。

 

「周りが勝者だらけってのも、なかなか居心地が悪かったけどね。どうして呼び止めたの? とは言わないけどさ」

 

「ごめん…そこまでは気が回らなかった。気を悪くしたなら謝るよ」

 

「別に気にしてないよ」

 

 他人事のように素っ気なく言い放つ彼女。それは見慣れたいつもの姿だった。

 

「呼び止めたのは、三砂さんにお礼を言いたかったからなんだ」

 

「お礼?」

 

「ああ、全力でレースしてくれたことに対してさ。本当にありがとう」

 

 不思議とそのことを伝えたくて仕方なかった。それは三砂さんに昔付き合っていた彼女の面影があるからなのか。それとも、俺とファル子のように、メジロアルダンとの距離を縮めてもらいたいと願っているからなのか。

 

「よしてよ。私は何もしてない。お礼ならあの娘に言って」

 

 紫煙を煙たがるような仕草で手を左右させる彼女。その目には呆れの色さえ見えていた。

 

「そんなことはないさ。ウマ娘はトレーナーを信じて走るんだ。それは日々のトレーニングだったり、何気ない会話だったり…少しずつ絆を深めながら。嫌いな人のために全力で走る娘なんていないよ」

 

「……」

 

「メジロアルダンは君を選んだんだろ?」

 

 選抜レースの最中、メジロアルダンは三砂さんの姿を見出しスカウトしてほしいと頼み込んだという。

 それはきっと何かを感じ取ったからだ。その何かの正体は分からないが、彼女にとって大事なものに違いない。

 不意に、三砂さんは烏羽色の髪をかき上げた。

 

「…あの娘にはお礼を言ってたって伝えておくよ」

 

 胸の奥で「素直じゃないな…」とつぶやきながら、地下バ道の時と同じようにグーサインをする。

 

「ああ、頼むよ。また同じレースになった時はよろしくな」

 

「…望むところよ」

 

 彼女の淡々とした声に、ほんの少しだけ熱がこもっていた、そんな気がした。




お疲れ様でした。
短めですが、明日と明後日にも投稿します。
次回はセンター! ウイニングライブです☆
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