君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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【第10話】それぞれの門出 ⑧憧れの舞台

 数多のウマ娘が初陣を駆け抜けたこの日の東京レース場。全レースが終了し、残すは出走者によるウイニングライブのみとなっていた。

 夕方から行われるそれは、薄暗い鉛色の空の下、トラックの中央にせり上がったステージにて行われていた。雨の不安が拭えない中、一滴もそれが落ちてこないのは、出走者の晴れ女の割合が多いからだろうか。

 ウイニングライブの鑑賞の仕方は人それぞれである。レース用のプレビュースタンドから遠目に楽しむ人もいれば、巨大なターフビジョンに映し出される美麗なライブ映像に食い入る人もいる。

 そんな中でも、やはり一番人気なのはステージ真正面のエリアだ。熱心なファンがペンライトを一心不乱に振り、ウマ娘たちと一体感を味わう。その熱狂的ともいえる臨場感たるや、他に勝るものはないと言えるほど爽快であるからだ。

 

 ステージの舞台裏。大音量で鳴り響く『Make debut!』をBGMに、緊張した面持ちでそわそわしている体操服姿の出走者たち。そこにはスペシャルウィークとメイショウドトウの姿があった。

 レース順にウイニングライブが進められている。今ステージに立っているのは第二レースの面々。これが終われば彼女たちの出番である。

 本来であれば、一着がセンターとライブ開始前のコメントを務めるのだが、第三レースは同着ということで二人ともセンターに立ち、加えてコメントする措置が取られることとなっていた。

 

「はうぅ…だ、大丈夫ですかね…」

 

「きっと大丈夫です…! 昨日のリハーサルも上手くいったじゃないですか!」

 

「で、でもお客さんがあんなに…」

 

 スマートファルコンの高架下ライブで練習したとはいえ、それとは比べ物にならないほど数の観客が押し寄せている。緊張するなという方が無理な話であった。ある一人のウマ娘を除いては。

 

「二人とも安心してっ☆ お客さん皆と一緒に楽しもうって考えるの! そしたら緊張もなくなるよ〜☆」

 

 つややかな栗色のツインテールをふわふわと揺らしながら、彼女なりのアドバイスを送る。

 自分の番が待ち遠しくてたまらないといった様子で、聞こえてくる『Make debut!』に合わせて時折鼻歌さえ口ずさんでいた。

 

「お客さんと楽しむ…ですか?」

 

「そう☆ 昨日のお客さんの笑顔を思い出して! 自分の歌と踊りで喜んでもらえてるって思ったら、楽しくなってこない?」

 

 その言葉に、焦茶色の髪の少女がやにわに同意する。

 

「そうですね…! そう思ったら何だかワクワクしてきました! 今日はお客さんと楽しんできますね!」

 

 片方の拳をぎゅっと握りしめて、頼もしい輝きをその瞳に灯す彼女。

 つられるように、垂れ耳の少女も胸を張る。

 

「うぅ…びくびくしてても仕方ないですもんね…私も楽しんできます…!」

 

 自信なげな顔にうっすらと見える覚悟。その耳はいつになく逆立っていた。

 

「その意気その意気! 少しくらい失敗したっていいの☆ だってこれまでい〜っぱい努力してきたこと、必ず皆に伝わるからっ☆」

 

 明るく励ましの言葉をかける先輩。

 気がつけば演奏がフェードアウトし、次いで拍手が湧き起こっていた。それが鳴り終わると、ついにその瞬間を告げるアナウンスが流れてくる。

 

『続きまして、第三レース出走者によるウイニングライブです』

 

 二人の「行ってきます…!」が重なり合い、そのままステージへと飛び出していく。その姿を、スマートファルコンは舞台裏から見守っていた。

 盛大な拍手と共に迎えられる第三レースの出走者たち。最も眩しいスポットライトに照らされるセンターに、二人のウマ娘が並んで立っている。

 先に口を開いたのはスペシャルウィークだった。スピーカーを通じて快活な声が鳴り響く。

 

「今日はお忙しい中、私たちのレースを観戦しに来ていただいてありがとうございました! この日のためにパフォーマンスを一生懸命練習してきたので、最後まで楽しんでいってください…!」

 

 実直なコメントを堂々と言ってのけた彼女。真面目で堅苦しいといえばそれまでだが、それが彼女らしさでもあった。

 続けて、メイショウドトウがおそるおそるしゃべり出す。

 

「あ…え、えっと…今日は来てくださって、ありがとうございます。あの、その…同着で一着になれちゃいました。ウイニングライブでは皆の足を引っ張らないように頑張ります…よろしくお願いしますぅ…!」

 

 やはりおどおどした様子ではあったが、尻すぼみになることなく最後まで言い終えていた。

 九番人気だった娘の健気な姿に、観衆から自然と拍手が生まれていた。思わず顔を覆う垂れ耳の少女。しかし、感極まるのはまだ早い。

 顔を見合わせる二人。体の動きでタイミングを取り合うと、阿吽の呼吸で声を揃える。

 

「聞いてください…! 私たちの『Make debut!』!」

 

 それを合図に流れ出す音楽。高架下ライブの時よりも洗練された動きで彼女たちは舞った。

 前日に実際の観客の前でリハーサルをしていた効果はやはり大きかった。特に失敗らしい失敗もなく、ウイニングライブは大成功に終わった。

 温かな拍手が送られ、二人の後輩はこの上なく幸せそうにその手を取り合っていた。

 

 ウイニングライブを終えた娘は別の出入口から控室へと戻っていく。

 後輩たちの晴れ姿をしっかりと見届けたスマートファルコン。

 ふと、彼女は近くに水色の髪の少女を見つけ、気さくに話しかけた。それは、思いの外その表情が張り詰めているように見えたからだった。

 

「アルダンちゃん、緊張してる?」

 

 突然の問いかけに、水色の尻尾が上下に揺れ動いた。

 

「ええ、少しだけ…ファルコンさんはさすがですね。どうしてそんなに平然としていられるんですか?」

 

「う〜ん、子供の頃から人前に出てたからかな。だからこういうライブとかは全然緊張しないの☆ むしろ、レースの方が慣れてないから緊張しちゃうなぁ」

 

「そうだったんですね。私もメジロ家の一員として、社交パーティーを通じて人前に出ることは多々ありましたが…緊張はいつだってしてしまいますね」

 

「すご〜い☆ 社交パーティーに出ることあるんだね…まさに淑女って感じ」

 

 好奇心と憧れに満ちた瞳を輝かせて、つややかな栗色の髪の少女はあどけなく笑った。

 

「今日はお父さんとお母さんに、感謝の気持ちをたくさん伝えないとだね♪」

 

「ふふ、そうですね。この日を昔から夢見て、ずっと練習を積んできましたもの。ファルコンさんのスピーチにも期待してますよ」

 

「あは☆ 実はもう何を言うか決めてあるの! 楽しみにしててね♪」

 

 その明るい笑顔につられて、ふっと頬を緩ませるメジロアルダン。他愛のない会話に、彼女の緊張も少しだけほぐれていた。

 さっと踵を返して歩み出し、舞台裏から再び眩し過ぎるステージを見やるスマートファルコン。その右手は無意識に、毎日欠かさず自らの髪にあしらっている、リボンの形をした三色の髪飾りに優しく触れていた。

 

「お母さん…見ててね」

 

 それは入学前、夢を目指す娘へと母から贈られた、お手製のアイドル衣装だった。

 

 そして、ついに訪れたその時。

 スマートファルコンは第一歩を踏み出す。舞台裏からちらっとだけ見えていた夢の空間。そこに一歩足を踏み入れると、まず目の前に広がったのは、宵闇のレース場に輝く色とりどりの無数の光。次いで、大勢の観客たちの期待にあふれた顔。

 頭上から降り注ぐスポットライトは、自身の素肌を真っ白に染め上げるほどに眩い。元々白の体操服の汚れていない箇所は、それこそ雪を欺くほどに。

 後ろにはレースを共にした出走者たちと、巨大な液晶画面。そこに映し出されているのは紛れもない自分自身。

 そう、彼女が今立っているのは、トゥインクル・シリーズの存在を知ってからずっと憧れてきた場所。レース場のステージ、そのセンターであった。

 今まで感じたことのない高揚感を、彼女は確かに感じていた。速さを増す鼓動、真っ直ぐに逆立つ耳、そして何より、わくわくが止まらなかった。

 憧れの空間に感動しつつ、センターに佇む少女は大きく息を吸い込んだ。

 

「みんなの思いを華麗にキャッチ☆ スマートファルコンです♪」

 

 スピーカーから明るく朗らかな声が残響する。もちろん、お得意の決めポーズと共に。

 その視線はある一点へと向けられていた。それは目と鼻の先ともいえる最前列。そこに担当トレーナーとミサキちゃんの姿があったのだ。

 競争率の高いその場所を確保することがどれだけ難しいことか、ライブ好きの彼女はよく知っていた。だからこそ、それがとても嬉しくてたまらなかった。

 そのあふれんばかりの感情を声に乗せて、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「今日はファル子たちのレースを見てくれて、ほんとにありがとう〜☆ これから最高の踊りを皆さんに見せちゃいます☆」

 

 一切気後れすることなく、彼女は自信満々にそう言ってのけた。目の前にある何百何千という瞳が自らに注がれていると思うと、それだけで幸せな気分になれたからだ。

 

「…でも、ファル子だけじゃなくて他の娘もきちんと見てあげてほしいの☆ だって、大切な家族やファンのために一生懸命に走ったんだから…ファル子との約束だぞ☆」

 

 出し抜けにちらりと後ろを見た彼女。その視線は、スポットライトに照らされ、まさしくアクアマリンの光沢を放つその少女へと向けられていた。

 そして、何事もなかったように前を見据え、高らかに宣言した。

 

「それでは聞いてください☆ 私たちの『Make debut!』♪」

 

 しばらくして流れてきたのは、入学してから何度となく練習してきたそれ。彼女の体は反射的に動いていた。

 観客にとって、その日五回目となる『Make debut!』。さすがに飽きを感じてくる頃合いだったが、この時ばかりはスマートファルコンのパフォーマンスに目を見張っていた。

 それは彼女の集大成。ずっと夢見てきたセンターのために、何百回、何千回も繰り返してきた特訓の成果。

 華麗なターン、研ぎ澄まされたステップ、緩急のきいたアクション。音楽に合わせて一切の乱れも躊躇もなく舞い続ける彼女。

 その眩すぎる笑顔から放たれる明るい歌声は、鼓膜を優しく包み込むように澄み渡る。

 七色に変転するスポットライトを浴びながら、思いのままにパフォーマンスするツインテールの少女。その笑顔と金色の瞳は、その日世界中で最もきらきらと輝いていた。

 

 最前列に陣取っていた根っからの二人のファンは、彼女の晴れ姿をその目にしっかりと焼き付けていた。




お疲れ様でした。
同じ日にいくつもレースがある場合、一組ずつライブするしかないよなぁ…と思いつつ書いてます。
ゲームアプリによると、ファル子ちゃんの髪飾りは"母お手製のアイドル衣装第1号"らしいです。
次回(メイクデビュー最後のお話)も明日投稿です。
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