君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆── 作:キビタキ
忘れた頃にまた小雨が降り出していた。
雨雲という名の暗闇に染められた夜の商店街。ミサキちゃんをお店まで見送り、トレセン学院への帰路についたところだった。
青の傘と白とピンクの傘が横並びになって歩んでいる。ごくごく小さな雨音が、傘の中でしっとりと響き渡っている。
「お疲れ様。ミサキちゃん大喜びだったな。今日は本当におめでとう」
ミサキちゃんとも別れ、完全に肩の荷が下りたことで、それは自然と口をついていた。
「えへへ…ミサキちゃんに最高のプレゼントができて良かった☆ 今日はきっと人生で一番幸せな日だね♪」
少しだけはにかみながら、傘を持つ手を入れ替える担当ウマ娘。傘の奥で、両耳が上機嫌にぴくぴくと動いていたのがちらっと見えた。
そんな彼女へと、念願叶ったポジションの感想を尋ねていた。
「センターはどうだった?」
「そりゃもう凄かったよ! スポットライトが眩しくて、ペンライトも綺麗で…たくさんのお客さんがきらきらした目でファル子を見てくれてるの☆ 今自分が最高に輝いてるんだって感じてさ…ほんとに幸せだったなぁ。これがずっと憧れてた場所なんだって…♪」
いまだにあの時の興奮を隠せない様子で、彼女はこれでもかと言い募っていた。その言葉数の多さが、感動の大きさをそのまま表しているようだった。
「でも、ファル子の目指してるのはまだまだこんなもんじゃないだろ?」
言い終えるや、尻尾が勢いよく波打った。
「そうだよね…! トップウマドルを目指してるんだから、こんなので満足してちゃダメだよね」
「おっ、俄然やる気が出てきたって顔だな」
「あったり前だよ! ファル子のきらきらでこれからもたくさんの人に元気と希望を与えなくっちゃ☆」
ピースサインと共にそう豪語する彼女の顔は、いつになく自信に満ちあふれていた。
「頼もしいな。ちなみに、今日の観客数が千人ってところだな…重賞になれば数万人は集まるはずだ」
「この前スズカちゃんが出てたウマ娘ライブショーみたいな感じだよね」
「そうなるな。実力が認められれば、いつかきっと大きなレースにも出られる。そのために、まずはこつこつ実績を重ねていこう」
「下積み時代ってやつだね…少しずつ成長していくのって、何だかウマドル的〜☆」
期待を帯びた声を漏らしながら彼女はうっとりしていた。
トレーニングという名の日々の努力を決して惜しまないファル子。地道な進展というのは、意外に彼女の気質にも合っているのかもしれない。
(まぁ、勉強はからっきしだけどな…)
お世辞にも、彼女は座学が得意とはいえなかった。宿題に追われる姿をたまに見かけることがあるし、テストも毎回赤点すれすれらしい。とはいえ、おめでたいこの日だけは、あえて目をつむることにした。
気がつくとトレセンの正門へとたどり着いていた。それは残念なことに、この日の別離を意味していた。
「今日は本当にお疲れ様。興奮して眠れないかもしれないけど、ゆっくり休むんだぞ」
「うん、もちろんそのつもりだよ。多分ぐっすり眠れそうな気がするけど」
「体が疲れてるからか?」
その問いに、彼女は茶目っ気たっぷりに答えた。両手の人差し指をそれぞれの頬に当てて、幸せそうに体を左右へ揺らしながら。
「違うよ〜。だって、今夜はぜ〜ったい良い夢見れそうなんだもん☆」
「そうだな…俺も良い夢が見れそうだ」
きっと夢の中でも嬉しさが渦巻いて、またレースに勝利する夢でも見てしまいそうな気がする。そういう時に限って、眠れなかったり何の夢も見れなかったりもするが。
その時、ファル子のつぶやきが確かに俺の耳に届いた。
「これでもう悪い夢を見なくて済むかも…」
「悪い夢…?」
それはきっと独り言としてささやいたつもりだったのだろう。だが、テンションの高さに声が上ずったのか、人の耳でも聞き取れるほどの声量だった。
「あ、だいじょぶだいじょぶ! 気にしないで☆」
意味深なことを口走った彼女だったが、慌てた様子もなく、その満面の笑みの前では些細なことのように思われた。
いずれにせよ、今は最高に幸せな気分だった。
白とピンクの傘を片手に立つその少女。一見どこにでもいそうな可愛いウマ娘。しかし、内に秘めたるその輝きは尽きることを知らない。きっとこれからも、たくさんのファンを魅了していくのだろう。
ふと、にこやかに佇む彼女の姿を見て大事なことを思い出した。
「そうだ…! 忘れるところだった」
「どうしたの?」
「遅くなったけど…これ」
ポケットから取り出したのは二つのラバーバンド。そのうち一つを彼女へと差し出す。不思議そうな顔をしながらも受け取ってくれた。
「これって…もしかしてトレーナーさんの手作り?」
手の平に乗せたそれを、まじまじと見つめながら彼女は言った。
「ああ、いかにも手作り感満載であれだけどさ…」
それは、以前ファル子からもらったサイレンススズカのラバーバンドを参考に、無地のラバーバンドから自作したこの世に三つしかないオリジナルファングッズだった。
白とピンクと茶色というカラーリングは、彼女が好きであろう二色と、ダートの茶色をイメージしての配色。拙い字で恐縮だが、アルファベットで『Smart Falcon』とも書いている。
当然のことながら、デビューしたての彼女に公式によるグッズはまだない。この前の選抜レースの日、もし自分のグッズをプロデュースできるなら何がいいか尋ねた時、彼女はライブグッズがいいと答えていた。それを踏まえてこのラバーバンドを自作してきたのだ。
目の前の少女は何も言わず、手の平のそれへといまだに視線を注ぎ続けている。
「今さらだけど、誕生日プレゼントだ。年中受け付けるって言ってたろ? それと、デビュー戦勝利祝いも兼ねてさ」
それでも彼女はぴくりとも反応しない。不思議そうな表情も、垂れる尻尾も、垂直に逆立った耳さえも。
あまりにも出来が悪過ぎただろうか。そぞろにそんな不安に駆られてしまう。
「ごめん。ちょっと見た目が拙すぎたかな…」
「ううん…そんなことない」
頬をふっと緩ませると、彼女は傘を体に預けながら左手首にラバーバンドをはめ込んだ。次いで、満足げな眼差しをそれに向けつつ、ひっそりとささやいた。
「ファンにグッズを自作してもらったのって初めてだからさ…ありがとう☆ トレーナーさん」
いつになくしおらしく、そして落ち着いた様子で彼女は顔を綻ばせた。
俺も右手首にもう一つのそれをつけてみる。お揃いのペアグッズ。どこか嬉しくもあり、気恥ずかしさもあった。
「喜んでもらえて良かったよ」
「えへへ…何でだろ。ほんとは飛び跳ねたいくらい嬉しいはずなのに…やっぱりレースで疲れちゃってるのかな…☆」
つややかな栗色の尻尾がふわふわと揺れている。彼女の言うように、飛び跳ねたい嬉しさを代わりに表現しているかのようだった。
ラバーバンドをはめた左手を胸に当てて、彼女はいつになくしおらしい声を響かせた。その所作はどことなくあでやかに見えた。
「もっと喜ぶって期待してたらごめんね…でも、これだけは言わせて。ほんとにほんとにすっごく嬉しい…☆」
そこにあったのは幸せそうな微笑み。それを見ることができただけで十分だった。
「実は同じ物をミサキちゃんにも今日渡したんだ。ライブの時は必ずつけてくれるってさ」
「そうなんだ…今度のライブが楽しみだね♪」
「ファンとしてできることはこれくらいだしな…」
トレーナーとしてではなく、一人のファンとして。それがこの自作ラバーバンドに込められた思いだった。
順調にいけば、彼女にはこれからファンがどんどん増えていく。そうなれば、たくさんのファンレターが届いたり、オリジナルファングッズが作られたりするだろう。
そうなる前に渡しておきたかったのだ。トップウマドルを目指して、ようやく羽ばたき始めた彼女のために。
雨音さえ心地良よく感じるしじまに、彼女の柔らかな声が不意をついて響いた。
「トレーナーさん…いつもありがとう☆」
「どうした? 急に改まって」
「別に深い意味はないよ。でも、ここまで来れたのは、トレーナーさんが私のことを信じてくれたからだもん☆」
こちらの目を見てにこにこと話す彼女。濁り一つない金色の瞳が、いつにも増して輝いていた。
「お礼を言うのは俺の方だよ。ファル子の夢の手伝いができて、本当に嬉しいんだ」
それは紛れもない本心だった。
彼女の目指すものが少しずつ形になってきている。まだ夢物語の段階かもしれないが、それでも確実に進んだ一歩が嬉しくてたまらない。
ファル子の夢を叶えること、それが俺の夢でもあるのだから。
「うん☆ トレーナーさんのためにも一生懸命頑張るよ☆ ず〜っとファル子だけを追いかけてね♪」
「ああ、もちろんだ」
雨夜の学院にひっそりと響いた二人の声。その手首で同じ色のラバーバンドが光っている。
記念すべき第一歩に胸を撫で下ろしつつ、お互いの瞳は大きな目標を見据えていた。
(ダートでトップウマドル…!)
そう、ファル子との二人三脚は、まだまだ始まったばかりなのだ。
お疲れ様でした。
これにてメイクデビュー編終了となります☆
以降の流れですが、ゲームアプリのシナリオを参考にしつつのオリジナル展開となります(つまり、いつも通り…)。
完結に向けて頑張っていきますので、今後ともお付き合いいただけますと幸いです☆
次回から早速ファル子ちゃんの遠征開始です!