君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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【第11話】北の大地で ④旧友との再会

「お母さん…ごめんなさい。ファル子ね、もう…学校に行けなくなっちゃった…」

 

 それは最悪の目覚めだった。

 ホテルの一室。スマートファルコンは真夜中に汗びっしょりで飛び起きた。

 

「…また…あの夢」

 

 こめかみの辺りを抑えながらかぶりを振る。結っていない髪がばさばさと揺れる。

 一年に何度か見る悪夢。幼かった頃の記憶だ。

 昨日両親の話をしてしまったからだろうか。不意に訪れるそれは確かに彼女を苦しめていた。

 幼いウマ娘が泣きながら母親に抱きついている。そして、母親はとても困った顔をしている。それは約束を守れなかったから。

 

「お母さん…私…怖い…」

 

 布団を全身に覆い被せて、彼女は身をくるめた。

 大切な人を悲しませてしまった…そんな喪失感が悪魔へと姿を変え、邪悪な笑い声を立てて迫ってくる。

 

「私のせいなの…? 私が負けちゃったから…?」

 

 心の中の悪魔がせせら笑いつつ嬉しげに首を縦に振る。お前のせいで皆が悲しむことになったのだと、容赦なくこちらを指差しながら。

 

「お母さん…お母さん…!」

 

 必死に母に助けを求める彼女。すると、その願いが通じたのか、母の優しい声が心の奥に響き渡った。

 

『ファル子…一人で背負い込まないで。誰もあなたに悲しめられてなんかいないのよ…』

 

 そして、母は高く澄み渡った声で歌い出す。

 

『〜♪』

 

 途端に光が広がった。

 心の中の悪魔は、眩い光と清らかな歌によって跡形もなく消え去った。

 そう、いつだって母は優しく抱き止めてくれた。そしてあの歌を歌ってくれたのだ。それは彼女にとって、今まで聞いたどんた音楽よりも心安らぐ子守歌だった──

 

 

「〜♪」

 

 つややかな栗色の髪の少女が、鼻歌交じりにダートトラックをジョギングしている。それは彼女が好きで好きでたまらない、母の歌うあの心地良いメロディ。悪夢にうなされていたことなんて、もはや覚えてすらいなかった。

 

 雲一つない青いグラデーションがそこには広がっていた。

 東京レース場と比べて丸っこいコース。白を基調としたスタンドもやや小さめで、全体的にやや大人しめの印象を受ける。

 ただ、周辺に高い建物がなく、広々とした空模様と相まって開放的な気分をもたらしてくれる。

 八月二十二日。札幌レース場。まだ朝といえる時間帯、この日行われるメインレースを目当てに、既に観客が集まり始めていた。

 第五レースとして開催されるそれはG2ランクの重賞競走。札幌レース場を代表するレース、札幌記念だ。

 この日はどうしてもそれにばかり目が行きがちだが、一般レースも同日に行われる。第二レース、ダート千七百メートルに、スマートファルコンは出走する。

 

 彼女は朝一に会場入りし、ウォーミングアップと調整を兼ねて、何度もダートトラックを周回していた。それは昨日トレーナーに無理を言って予定を変更してしまった償いでもあった。単純に遠方のレース場を堪能したいという思いもありはしたが。

 レース場によってトラックの性質は大きく異なる。直線の距離、カーブの緩急、起伏の強弱など、同じものは一つとしてない。それゆえ、事前に走ってみて備えておかなくてはならない。

 札幌レース場は直線距離が短く、緩やかな大きなカーブが大半を占める。軸足への負担や勝負の仕掛けどころは東京レース場とは違ってくる。

 頭の中で本番をイメージしながら、札幌の砂地を彼女は一歩一歩踏みしめていた。

 『6』の白いゼッケンをつけた体操服に、薄緑色の短パン、そして白のニーハイソックス。以前の出走とほぼ変わらないスタイルでひた走る彼女。

 太陽を遮るものは何一つなく、この時間帯で気温は二十五度を超えていた。

 砂地は陽光のエネルギーをその身にどんどんと蓄えている。飛び散る砂粒と砂塵、そして靴伝いに熱を感じてしまうほどだった。

 彼女が出走する第二レースは、最も気温が高くなる時間帯。本番は二分とかからないとはいえ、この暑さではいつも以上に消耗するかもしれないと、彼女は少し不安に思っていた。

 こまめに水分を補充しながら、レースに影響を及ぼさない程度に走り込んでいく。

 じとりとまとわりつく汗。トラックの外縁に寄りながら、ゆっくりと減速する。しばらくして立ち止まったそこは、観客席から最も近いホームストレッチ。

 体操服の首元を引っ張って、少しでも涼しさを得ようとぱたぱたする。額から吹き出すそれを腕で拭いながら、観客席へと視線を飛ばす。

 その先には自身のトレーナーが座する席。見慣れた上下ジャージ姿。ここからでもその顔はうっすらと判別できた。彼女が手を振ると、鏡のように振り返してくれる。ずっと見ていてくれることが、彼女には嬉しくてたまらなかった。

 ふと、芝トラックをゆっくりと駆ける足音が後方から聞こえ、彼女は何気なしにそちらを見やった。そこには見知った顔があった。

 芝トラックの最も内側で風を切る、赤褐色のゼッケンをした一人のウマ娘。その色はG2出場者であることを示唆している。

 朱色の髪をさらさらとなびかせ、こんな暑さでも涼やかさを振りまく華麗な姿。

 ダートトラックの外側と芝トラックの内側。二人は自然と目があった。

 先に口を開いたのはつややかな栗色の髪の少女だった。

 

「スズカちゃ〜ん! おはようっ☆」

 

「あら先輩、おはよう」

 

 それは普段通りの朝の挨拶。声をかけられた後輩もスピードを落として、やがて立ち止まった。

 にこやかな表情で汗を浮かべる先輩と、落ち着いた面持ちで汗一つかかない後輩。

 まさに対照的な二人。サイレンススズカはつい先ほどジョギングをし始めたばかりだった。

 

「昨日はスペちゃんのお母さんに会えたかしら?」

 

「うん! すっごく美味しいにんじんカステラももらっちゃった☆ スペちゃんも喜んでくれてたよ〜」

 

「ふふ、良かったわね」

 

 芝と砂を隔てる一筋の白い境界線。その柵越しに飛び交うウマ娘の笑い声。

 サイレンススズカは『9』と書かれた赤褐色のゼッケンに、薄緑色の短パン。黒のタイツを着用していた。ウマ番こそ違えど二人の枠番は同一で、それゆえ短パンの色は同じであった。

 裏を返せば、服装の違いはゼッケンとタイツくらいしかなかった。

 

「先輩。レースのことでも何でも、困ってることや悩んでることはないかしら?」

 

 突然の質問に、スマートファルコンは思わず目を丸くした。普段から愚痴を言い合ったり話を聞いてもらったりはあったが、改めてそれだけを問われるというのはこれが初めてだったからだ。

 

「う〜ん、そう尋ねられると思いつかないかも…」

 

「そう…それならいいのだけれど。デビューし始めの時期って、やっぱり慣れない環境で調子を崩す娘も少なくないから…」

 

 心配げに尻尾を揺らす朱色の髪の少女。

 彼女はこれまでそういったウマ娘たちを何人か見てきた。それは気負ってしまったり、必要以上にプレッシャーを感じたり…理由は様々だが主にメンタル面でデビュー後につまずく者は珍しくなかった。

 あの先輩がそんなことに陥るとはサイレンススズカも思っていなかったが、やはり気になるところではあった。

 後輩の優しさに、スマートファルコンは満面の笑みで答えていた。

 

「心配してくれてありがとね☆ 今のところは超絶好調かな…これから昔の友達にも会えるし」

 

 北海道へ遠征に来た理由を、彼女はサイレンススズカに話していた。どのタイミングでその友達であるミコアイサに会うかまでは話していなかったが。

 

「あら、そうなのね。余計な心配だったかしら」

 

「ううん、そんなことないよ☆ わざわざありがとね♪」

 

 一片のかげりもない先輩の笑顔に、サイレンススズカはにこりと目を細めた。

 

「何でも相談に乗るから、困ったことがあったらいつでも相談してね」

 

「オッケ〜☆ でもさ…スズカちゃんの方こそ大丈夫? この間のレースも三着だったし…」

 

 六月下旬に行われた宝塚記念。サイレンススズカは投票で圧倒的上位につけ選出されていた。

 昨年の有馬記念以来となった出走。ブランクもあるのではないかとささやかれつつ挑んだそのレースで、その結果は三着であった。

 結果こそ入着ではあったものの、スマートファルコンはその走りに少しばかり違和感を覚えていた。去年までの鬼気迫る姿は鳴りを潜め、控えめで不完全燃焼な走りに感じたからだ。

 

「ふふ、先輩も無茶言うわね。あの強豪ぞろいでそう簡単にトップなんて取れないわよ。入着できただけでも良かったくらいね」

 

「あはは…☆ そっか、三着でも十分すごいよね。スズカちゃんなら一着が当たり前みたいに思っちゃってた」

 

「そう言ってくれて嬉しいわ。気を遣ってくれてありがとう」

 

 後輩の凛とした振る舞いに、スマートファルコンは余計な心配だったと頭をかいた。宝塚記念はたまたま調子が悪かったのだろうと判じ、本日のメインレースに期待を寄せた。

 

「今日のレースはG2だし、"異次元の逃亡者"を見せてくれるよね?」

 

 それはサイレンススズカの二つ名。まさに異次元のごとく圧倒的な大逃げで、影すら踏ませず勝利を掴み取る。その勇姿になぞらえて、いつしかそう呼ばれるようになっていた。

 そしてそれは、同じく逃げの走りが得意なスマートファルコンにとって、憧れの対象でもあった。

 

「さぁ…そればっかりはね。G1レースでも一般レースでも、勝負は始まるまで…そして終わってみるまで分からないから。それがレースというものよ」

 

 微笑を浮かべるその表情とは対照的に、彼女は確かな峻烈さを空色の瞳にたたえていた。

 スマートファルコンはたじろいだ。それは親友が初めて見せた張り詰めた雰囲気…鋭く尖った厳しさだったからだ。

 そして、その一言がとても重々しく、過酷に思えてならなかった。遠方に来て、どこか浮ついていた気分でいた彼女を引き締めるのには十分すぎるほどだった。

 両耳を真っ直ぐに伸ばして、スマートファルコンは胸に手を当てた。汗が体操服に不快にまとわりつく感覚を、彼女は覚えていた。

 

「そうだよね。どんなレースでも絶対なんてないんだもん。自分の走りができないことだってあるよね…」

 

 自身のデビュー戦を思い出しながら、彼女は自省気味に語尾をすぼめた。

 そこには、大事なレースを前にしている後輩に対して無配慮過ぎたのではないかという、後悔の念もあった。

 そんな俯き加減の先輩を見て、ふっと優しげな光を取り戻した後輩の瞳。見慣れた涼やかさと共に、穏やかな声を響かせる。

 

「大丈夫よ。全力を出し切るために今日までトレーニングに励んできたんだもの。先輩の方こそ、二連勝目指して頑張ってね。先輩ならいつかダートで頂点に立てるって、信じてるから」

 

 静やかに微笑むと、サイレンススズカは再び走り出していった。

 第一コーナーの向こう側へと去っていくまで、スマートファルコンは後輩を目で追っていた。

 

「全力で頑張らなきゃ…!」

 

 両の拳を握りしめ、さっと顔を上げる彼女。朱色の髪の少女を追いかけるよう砂地に足跡を刻んでいく。

 とめどなく流れる汗、乾きを告げる喉。観客席のトレーナーに、控室に戻るジェスチャーを送ったのはそれからしばらくしてのことだった。

 そう、旧友の来訪の時間がもうそろそろ迫っていた。

 

──

 

「というか、俺がいてもいいのか? 離席するくらいわけないぞ?」

 

 そこはファル子と俺に割り当てられた控室。広さは十畳程度で、部屋の奥にはカーテンで仕切られ更衣室として使える空間がある。壁には全身鏡がはめ込まれていて、控室というよりは楽屋という表現がしっくり来るかもしれない。

 椅子とテーブル、棚やロッカー、小さな冷蔵庫など、ゆっくり過ごすには十分な備品が揃っている。テレビも置かれていて、通常の番組はもちろん、レース場のリアルタイムの映像を見ることもできるようだ。

 

「う〜ん、いてもいなくてもどっちでも構わないけど…」

 

 担当ウマ娘が人差し指を口元に当てながら、目線だけ上向けている。それは迷っているというより、本当にどうでも良さそうな印象を与えてくる。

 

「なんなんだそれ…だったら別のとこ行ってるよ。俺がいない方が気兼ねなく話せるだろ?」

 

「そんなことないよ。いてもいなくても気兼ねなく話せるし☆」

 

 軽いトーンでそう答え、無邪気に微笑んでいる彼女。

 

(まるで空気扱いだな…)

 

 フォローしているのか小馬鹿にしているのか、掴みどころのない返答に思わず鼻白んでいた。

 

 彼女の友人であるミコアイサが、もうそろそろここへとやって来るのだという。数年ぶりの再会。それを邪魔したら悪いと思い、その間は離席すると提案したのだ。

 ところが、彼女いわくどちらでも構わないという。最初は俺に遠慮して優柔不断に振る舞っているのかと思っていたが、そうではなく本当にこだわりがないらしい。そんなこんなで俺が業を煮やしてしまい、今に至るというわけである。

 

「まぁ、ファル子は平気かもしれないけど、ミコアイサが遠慮してしまうんじゃないか?」

 

「う〜ん、どうかなぁ」

 

 彼女はやはり同じポーズで澄ました顔をしている。真剣に悩んでいるわけでも、はやる心を落ち着かせようとしているわけでもない。本当にリラックスしているように見えた。

 

「…何か凄く落ち着いてないか?」

 

「そう? とってもわくわくしてるけどっ☆」

 

「普通はもうちょっと緊張感ありそうな気がするんだけどな。仮にも今日は"ライバル"同士なわけだし…」

 

 当たり前の話だが、この控室には関係者以外立入禁止だ。それなのに訪れることができる友人。

 そう、ミコアイサは今日のレース、ファル子の出走する第二レースにエントリーしているのだ。つまりレースで競い合う相手ということである。

 その経緯は至って簡単、カヤクグリの発案だ。

 ファル子が夏頃に北海道に行きたいと彼女に伝えた時、それなら同じレースに出てみたらと、ファル子とミコアイサに提案したらしい。それがこの日のレースだったわけだ。

 ミコアイサはここ札幌にあるウマ娘養成機関に入学し、既にデビューを果たしていた。それも戦績はファル子と同じ一勝、主戦場もマイル距離帯のダートと、まさに似た者同士だった。

 ファル子と同じ砂好きで、小学校の運動会では徒競走で競い合ったらしい。転校してしまう時には、いつかまた競走しようねと約束を交わすほどの仲だったそうだ。

 

 ツインテールをふわりと揺らして、ファル子は首を横に振った。

 

「ううん、ミコちゃんとは"友達"同士だよ。勝っても負けてもね♪」

 

 彼女はにこやかにそう言い放った。

 

「それと、ミコちゃんの性格だと、トレーナーさんがここにいても多分全然気にしないと思うんだよね」

 

「そうなのか…」

 

 ずばずばと容赦ない見解が可愛らしい顔から飛び出してくる。自らの存在感の薄さに寂寥感を覚えてしまうほどに。

 

(まぁ、どちらにしてもいないに越したことはないだろうな…)

 

 そう思い、席を立とうとした時だった。

 こんこんと力強く扉を叩く音。それと同時に発せられた女の子の元気過ぎる声。

 

「ファル子ちゃんいますかー!」

 

 あたかも友達の家に訪ねてきたようなノリ。

 耳をぴんと逆立てて、ファル子はすかさず扉へと駆け寄った。

 続き、開け放たれた先にいたのは白毛のウマ娘。

 

「ミコちゃん! 待ってたよ〜!!」

 

「ファル子ちゃん! 久しぶりー!! めっちゃでっかくなってるし可愛くなってる!!」

 

 二人分の黄色い声が辺り一面に響き渡る。

 ミコちゃんと呼ばれたそのウマ娘。何より目を引くのは純白のセミロングヘアだろう。それはハッピーミークのものよりも白く、まさに巫女装束を彷彿とさせた。真っ黒なメッシュとはね毛とのコントラストも印象的だ。

 

「ミコちゃんも可愛い〜☆ 髪の毛伸ばしたんだね! ってかミコちゃんの方がでっかくなってない!? 今何センチなのっ!?」

 

「へへへ、この前測ったら百六十になってたよー! 六十台の仲間入りしちゃったんだよね!」

 

「わわっ、逆転されちゃった☆ ファル子まだ百五十六なのにぃ☆」

 

 扉を閉めることさえ忘れて、元気いっぱいに語り合う二人。ファル子がもう一人増えたのではないか、そう思わせるほどに賑やかだった。

 一方、俺はといえば、完全に退室するタイミングを逃してしまった。出入口付近で話しているのだから、そもそも通れないということもあるが…。

 

「ってかさ、北海道まで来てくれて本当にありがとー!! マジで超嬉しいんだけど…!」

 

「カヤちゃんが教えてくれたおかげだよ☆ ミコちゃんがこっちで走ってるって知らなかったもん」

 

「カヤちゃん様々だよね! ファル子ちゃんが東京のトレセンに入学しててアタシもびっくり仰天だしさ! そうそう、今日のレース終わったらさ、駅近の美味しいお店紹介してあげる! 一緒に行こうよ!」

 

「ほんとっ!? 行く行く! せっかく北海道に来たから美味しい物食べてみたかったの☆」

 

 ひたすらハイテンションなガールズトーク。

 もう退室なんてしなくても良い気がする。あの二人、全くこちらのことなど眼中にない。ファル子の言っていたことがようやく分かった気がした。

 

(それにしても楽しそうだな…)

 

 ファル子がトレセンで色んな友達と話す姿を見てきたが、こんな上擦ったやり取りは初めて見た。旧友との数年ぶりの再会なのだから、当然のことといえば当然なのだろうが…。

 

「あ、ここだと周りに迷惑かな? とりあえず入って入って!」

 

 ミコアイサの後ろを他のウマ娘が訝りつつ通り過ぎたのを見て、ファル子はようやく友達を控室へと招き入れた。

 

「失礼しまーす!」

 

 こちらの存在には気づいていたようで、明るい笑顔と声でこちらへと会釈をするミコアイサ。

 

「この人は私のトレーナーさんね」

 

 こちらを見ながら俺の紹介をしてくれたファル子。

 てっきりこのままスルーされ続けると思っていたが、これも彼女なりの気遣いなのだろう。

 とはいえ、数年ぶりに再会を果たした彼女たちに割って入るような無粋な真似はしたくないので、余計なことは一切言わないつもりだった。

 

「こんにちは。これからもファル子と仲良くしてあげてね」

 

「はーい! 仲良くします! でさ、ファル子ちゃん! もう何年ぶりだっけ?」

 

 そしてすぐさま女子会モードへ突入する。

 

(やっぱり離席した方がいいんだろうか…)

 

 そんなことを思わないでもなかったが、このタイミングで席を立ったら逆に気まずさを生むかもしれない。いや、多分それすらも杞憂なのだろうが。

 となれば、やれることは部屋の片隅で目立たず過ごすこと。手帳をぱらぱらと開いて、先々の予定に目を通したり、過去の書き込みを振り返ったりした。

 だが、親友同士の賑々しい会話は嫌でも耳に入ってくる。

 

「ファル子ちゃんのMVP動画見たよ! あのトレセンでMVPってヤバくない!?」

 

「えっへん☆ なんてったってチームの優勝を決めたアンカーだったからね♪ もうね、ごぼう抜きだったの☆」

 

「ファル子ちゃん、かけっこ最強だったからね! 今日は運動会のリベンジ狙ってるよー!」

 

「懐かしいなぁ、そんなこともあったよね♪ もちろん今回だって負けないぞ☆」

 

 勝負への意気込みを語る二人。だが、それにしてはあまりにも和やかな雰囲気。本当にこの後競い合うのだろうか。首を傾げてしまうほどに仲良しな会話。

 気づかない間に話題はどんどんと変遷していく。

 

「ファル子ちゃんのお父さんとお母さんは、まだどこかで公演してるの?」

 

「もちろんっ☆ 私が産まれる前から続けてるお仕事だもん! もう人生の一部だよね♪」

 

「一回公演を見せてもらったけど、凄かったよねー! お母さんの歌がとても綺麗だったのは良く覚えてるよ! ファル子ちゃんもあの時踊ってたよね?」

 

「う〜ん…確かバックダンサーしてたっけ。当たり前だけどちょい役ばっかりやってたなぁ。いつかお母さんの役をしてみたいなって思ってるんだ☆」

 

 この話題は興味深く、無意識に聞き耳を立ててしまっていた。

 スペシャルウィークの実家でも公演のことで質問攻めにあっていたファル子だが、それでもまだまだ知らないことはたくさんあった。

 

 俺の説得もあって、ファル子は両親にレースを見てもらうことに前向きになっていた。どこか恥ずかしそうにしながらも、いつか来るその日に思いを馳せていたようだった。

 そして昨夜、それが現実的に可能か検討してみたが、今現在一座が拠点を置いている地域にはレース場がないため無理そうだった。また拠点が移動したらその都度考えよう。彼女とはそういう結論に至っていた。

 

(そのためにも一戦一戦頑張らないとな…)

 

 どうせならよりレベルの高いレースに挑むファル子を見てもらいたいと思う。もちろん、理想は重賞競走だが、今の戦績ではまだまだ足元にも及ばない。そこは少しずつ実績を重ねるしかなかった。

 何にしても、彼女が夢見るウマドルとしての姿を、両親には見せたいと思うのだった。

 

 ちらりと後ろを見やると、肩を揺らして無邪気に笑う担当ウマ娘の姿。

 その楽しげな話し声が、俺の鼓膜を絶え間なく、そして優しく撫でていく。

 年頃の少女が織り成す取り留めのない話は、二人が出走する第二レースの直前まで続いた。




お疲れ様でした。
今さらですが、ミコアイサも野鳥の名前から取っています。
羽衣が巫女の白装束に見えるのに由来することから、作中でも白毛の設定です(今年の札幌記念を制した白毛の馬ソダシにちなんだ…とかそんなことはありません^^;)。
次回はファル子ちゃんの公式戦二戦目です。
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