君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──   作:キビタキ

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【第11話】北の大地で ⑤真夏の第二戦

 一足先にミコアイサが退室した時のことだった。

 

「あっ、スペちゃんからメール来てる…!」

 

 控室からパドックへと向かう直前、お馴染みのデコパーツだらけのスマホを確認したファル子は出し抜けにそう発した。

 ピンク色のそれを巧みに操りながら放たれた第二声は、不意を食らわせるのに十分過ぎる力を持っていた。

 

「嘘っ!? お母さんと札幌レース場に来てるって…!」

 

 そう言いながらこちらへと向けるスマホの画面には、札幌レース場のスタンドを背にした母子の自撮り写真。見るからに素晴らしい天気は、まさに今日の陽気そのものだ。

 

「二人で来てくれたんだな…パドックで待ってるかもしれないぞ」

 

「わぁ〜、嬉しいなぁ☆ 素敵なサプライズだね♪」

 

 控室の鏡に向かって語りかけるファル子。ツインテール、結び目のヘアゴム、リボンの形をした髪飾りの順に触って問題がないか確かめている。

 次いで、一歩下がって全身の確認。白のゼッケンを着用した体操服、薄緑色の短パン、白のニーハイソックス、そして本番用の蹄鉄シューズ。

 身をよじらせながら目の届かない部分まで入念にチェックしている。最後にくるりと一回転してみせると、つややかな栗色の尻尾がたおやかに舞った。

 

「準備オッケー! ファル子、センター目指して頑張ります☆ ファイト! お〜っ!」

 

 こちらにドヤ顔とピースサイン、さらには決めポーズまでねじ込んでくる驚異的なコラボを見せつけて、ファル子は控室を出ようとする。

 

「頑張ってな。楽しんでいけよ」

 

 その背に向かって告げた言葉に、彼女は振り返らないまでも、尻尾をぶおんと縦に揺らしていた。それが頷きの代わりだったと気づいた時には、扉はかちゃりと静かな音を立てて緩やかに閉まっていた。

 

(めちゃくちゃ上機嫌だな…)

 

 旧友との再会に加え、スペシャルウィークの予期せぬ来訪も重なったのだ。上機嫌でないはずがなかった。

 

 ファル子を追いかけるように、観客としてパドックへ赴いた。

 札幌記念の影響もあり、おそらく普段よりも客足が伸びるであろうこの日。メインレースである第五レースまではまだ時間があるが、案の定大勢の人でごった返していた。

 もちろんパドックも例外ではなく、周辺を取り巻くように幾重にも人々が集まっている。そんな中から母子二人を探し出すのは困難で、そもそもパドックにいるかも分からないこの状況では途方に暮れるしかなかった。おまけにスペシャルウィークの連絡先も知らない。

 

(さっきファル子に聞いておけば良かったな…)

 

 自らの機転の利かなさに心の中で舌打ちする。

 別に必ず会う必要はないが、やはりわざわざ見に来てくれたことにお礼はしたかった。

 

 次の一手を考えあぐねているうちに、出走者の周回が始まった。

 ファル子の晴れ姿を見逃すわけにはいかない。ずっと彼女だけを追いかけると、デビュー戦の夜に約束したからだ。

 最前列とはいかなかったが、パドックを無理なく見渡せる位置に陣取って彼女の姿に目を注ぐ。

 五番のミコアイサの後ろを、付かず離れず堂々と歩む担当ウマ娘。終始にこやかな笑顔を浮かべつつも、きょろきょろと辺りを見回しているようにも見えた。

 それはきっと、見知った顔を探している仕草。それとなく手を大きく振ってこちらの存在をアピールする。

 途端、耳をぴくりと逆立たせたファル子。彼女は確かにこちらを見ながら、ある方向を指差した。

 次いで、そのジェスチャーを誤魔化すように「応援ありがと〜☆」と明るい声を響かせていた。

 おそらくそこにスペシャルウィークたちがいるのだと、直感で悟った。

 

(わざわざありがとな…)

 

 こんな状況でも教えてくれたファル子に感謝しつつ、指差してくれた方へと向かった。

 だいたいの場所さえ分かれば、二人を見つけるのは容易かった。

 スペシャルウィークの母が身につけている臙脂色のキャップ。それは遠目からでも存外目立ったからだ。

 群衆をかき分けたどり着いた先。そこには焦茶色の髪の少女と金髪の女性。昨日会ったばかりの二人だ。

 

「こんにちは」

 

「あっ、トレーナーさん!」

 

 その挨拶に真っ先に反応して振り返ったのはスペシャルウィークだった。こんな人混みの中でもすぐ気づいてくれたのは、おそらくウマ娘の優れた聴力に加え、俺の声をある程度聞き慣れていたからだと思う。

 

「まさか来てくれるとは思ってなかったよ」

 

「あはは…結局来ちゃいました…!」

 

 嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような苦笑い。

 娘が声を出したことに反応して、母もつられるようにこちらへと振り返っていた。キャップを取りながら落ち着いた声を響かせる。

 

「こんにちは、先日はどうも。突然押しかける形になってしまってすみません」

 

「いえいえ、今日は来てくださってありがとうございます。ファル子もとても喜んでましたよ」

 

 昨日と何ら変わらぬ母子の姿。再会がこんなに早く訪れるとはさすがに思いもしていなかった。

 キャップを逆さにかぶり直して、金髪の女性はいたずらっぽく微笑んだ。

 

「娘の友達がここで走る機会もそうそう無いでしょうから。たまには娘のわがままを聞いてあげようかなと」

 

「ちょっと、お母ちゃん! 見に行きたいっていったのはお母ちゃんだべ!?」

 

 焦茶色の髪の少女が尻尾を振り上げながらすかさず物言いをつけた。

 

「いいや、あんたが先にどうしても見たいって言ったんだべさ」

 

 腰に手を当て、したり顔で娘をいなそうとする母。それはまさしく微笑ましい応酬。本気で言い合ってるわけではなく、どこか冗談じみたやり取り。

 どちらとも見に行きたいと思っていたことは間違いないようで、その気持ちは単純に嬉しかった。

 

「ははは…でも、ご都合の方はよろしかったんですか?」

 

「ええ、家のことはご近所さんに頼みましたし…」

 

 刹那、母が言おうとしたであろうその続きを、娘が元気いっぱいに横取りした。

 

「ウイニングライブまでがっつり見れちゃいます!」

 

 そのしたり顔は、ついさっき母が浮かべたものととても似ているような気がした。

 

「ありがとう。スペもいつか自分のレースをお母さんに見てもらわないとな」

 

「はい…! いつかきっと!」

 

 どこか面映そうに頷く少女の姿が、そこにはあった。

 そんな時、パドックのアナウンスが聞き慣れた名前を告げた。

 

『六番、スマートファルコン』

 

 いつしか始まっていたスタンドでの顔見せ。ワインレッドの幕と、グリーンカーペットが敷かれた舞台。その組み合わせはここ札幌レース場でも変わらないようだった。

 名前を呼ばれた少女が、颯爽とその姿を観衆の前へとさらけ出す。何の緊張も怯えもなく、明るさに満ち満ちた弾けるような笑顔。それは見る者の心を、隼が獲物を狩るかのごとく鷲掴みしてしまうのに十分な魅力を内包している。

 そう、初めて高架下ライブで出会った時と同じ輝きを、彼女は変わらずどんな時も放っていた。

 

「今日は見に来てくれてありがと〜☆ 北の大地を駆け抜けます☆ スマートファルコンです☆」

 

 冴え渡る決めポーズ。尻尾は軽やかに波打ち、誰が見ても絶好調に見える。

 壇上からの掛け声は確かにここまで聞こえていた。それはきっと、スペシャルウィークとその母に向けられたものに違いなかった。

 

──

 

 パドックでの披露を終え、地下バ道を抜けた先にあるもの。それは燦々と太陽に照らされる二種類のトラックだった。

 自身の走る茶色いコースの感触を確かめるように、つややかな栗色の髪の少女はぴょんぴょんとその場で跳ねていた。

 トラック一周分に加え約二百メートル走り抜けた先のゴールを目指す、札幌レース場のダート千七百メートル。

 出走者は十名。勝利を掴み取ることができるのは、もちろん最初に決勝線を駆け抜けるただ一人だけ。

 

『第三レース、ダート千七百メートル。バ場状況はご覧の通りの晴天と相まって、良となっております。ここで十名の出走者を紹介いたします』

 

 実況による出走者の紹介が始まった。それはゲートインが間近に迫っていることを意味していた。

 十人のウマ娘たちが、スタート前特有の張り詰めた雰囲気に包まれつつ、各々自由に過ごしている。

 いかめしくそびえ立つスターティングゲートの前で、おずおずと口を開いたのは純白の髪の少女だった。

 

「もうすぐ始まるね…」

 

 その独り言とも取れるつぶやきに、ツインテールの少女はやにわに反応した。

 

「楽しみだね♪ ミコちゃんとほんとのレースで走るなんて、何だか夢みたい☆」

 

「アタシもだよ! あの時の約束がこんな形で叶うなんてさ」

 

 額の汗を拭いながら笑うミコアイサ。

 最も気温の高い時間帯。ただ立っているだけでも汗が噴き出してしまう。

 ただ、その汗は暑さだけではなく、高鳴る鼓動によってもたらされていたことも、スマートファルコンにとっては事実だった。

 

「少しどきどきしてきちゃった…☆」

 

「そうなの? 全然そんな風に見えないけど」

 

「やっぱりレース前は落ち着かないよ。パドックとライブは全然平気なんだけどなぁ…」

 

 そう答えつつ、彼女はおそるおそる真横を見上げた。熱気と重圧を絶え間なく放ち続けるその場所。そこには観客で埋め尽くされたスタンドがあった。

 スタート地点はスタンドの真正面だった。バックストレッチ側からのスタートだったデビュー戦と違って、そこは実況や歓声がダイレクトに伝わってくる。注がれる視線がひしひしと感じられて、高揚感とも緊張感ともいえないどきどきとした感覚が、スマートファルコンの心身を支配していた。

 ふと、実況が彼女の親友の名を読み上げた。

 

『五番、ミコアイサ。二番人気です。デビュー戦以来のセンターを、今日こそ勝ち取ることができるでしょうか!』

 

 ミコアイサもスマートファルコンと同様に、デビュー戦で初勝利を飾っていた。だが、その後は必ず三着以内には入るものの勝ち切れないでいた。その期待を込めての二番人気であった。

 

「二番人気だって! ミコちゃんやるね!」

 

「へへへ…嬉しいけど、やっぱり二番かぁ。ファル子ちゃんにはかなわないや」

 

「でもまだ一番って決まったわけじゃ…」

 

「そんなことないって。ファル子ちゃんだけ次元が違ったもん」

 

 その一言が合図だったように、実況が彼女の名を呼んだ。

 

『六番、スマートファルコン。一番人気です! 観客の期待に応え、無傷の二連勝となるのでしょうか!』

 

 それを聞くやいなや、ツインテールがふわりと舞った。

 

「やった☆ 一番人気!」

 

「ほら、言った通りでしょ!」

 

 一番人気。それは出走者にとってこの上なく名誉なことであった。その理由は簡単明瞭。最も勝利に近いウマ娘と期待されている証だからだ。

 それはパドックで一際目を引いた明るく元気な姿に加え、デビュー戦を一着で飾ったという、確かな実績に裏付けされたものだった。

 

「よぉし! ぜ〜ったい勝っちゃうもんね♪」

 

 ぎゅっと握りしめた拳を高々と掲げ、彼女は意気揚々と宣言した。

 たくさんの人が期待してくれていると思うと、嬉しさと同時にわくわくする感覚が込み上げてきたからだ。

 

「そう簡単には勝たせないよー! 今日こそは追いついてみせるから!」

 

 対するミコアイサも自らを鼓舞するかのごとく尻尾を振りかざしていた。

 燃えるような眼差しを交わす二人。それは火花を散らす好敵手の対峙ではなく、かけがえのない親友に寄せる信頼感そのものであった。

 

『さぁ、スタートに向け、各ウマ娘ゲートインとなります』

 

 出走者の紹介も終わり、レース開始を告げる大きなゲートの中へと身を沈めるウマ娘たち。

 その直前、スタンドという名の観客席を一瞥したスマートファルコン。あそこに自らを期待の目で見てくれている人が大勢いる。大切な人も、見知らぬ人も、生まれも見た目も関係なく。それは彼女の金色の瞳をめらめらとたぎらせるのには十分だった。

 凛とした眼差しで、扉の向こうに続く砂地を見据える。激しく脈打つ鼓動に心地良ささえ覚えながら、彼女はその時を待っていた。

 ゲートの中は日陰なのに、陽光にさらされ続けた影響で外よりも暑い。じとりとまとわりつく汗。早くここから解放されたいと思う心に反して、一向にゲートは開かない。

 だが、その瞬間はいつどんな時も突然だった。

 刹那、蹴り上がる乾いた砂、宙に舞う砂塵。

 一拍の空白の向こう側、肌の不快感は一瞬にして冷涼感へと変転した。

 風を切って進むスマートファルコン。今回のコースは最初から最後まで余すところなく砂地である。絶好のスタートを切った彼女を遮るものは、何一つ存在していなかった。

 

『一斉に飛び出しました十人のウマ娘! 開始早々ホームストレッチでの駆け引きが繰り広げられます! 真っ先に前へと抜け出したのは二人!』

 

 黄土色の短パンのミコアイサ、その横に薄緑色の短パンのスマートファルコン。五番と六番のウマ娘が並んで頭一つ抜け出そうとしていた。

 それは逃げウマとして当たり前の動き。ミコアイサもスマートファルコンと同様、脚質は逃げであった。

 逃げウマが複数いる場合、コーナーの関係で横並びになることは稀で、どちらかが後塵を拝することになる。

 どちらを選ぶかは駆け引きだ。

 前を行けば、後続をブロッキングしやすくなり、後方集団のペースを左右する特権を得られる。ダートなら砂がかからないという大きな利点もある。

 逆に、後ろを行けば、絶えずプレッシャーを与えることができ、空気抵抗の低減によりスタミナを温存できるというメリットもあった。

 

『間もなく第一コーナーに差し掛かります! 先頭の二人はどう出るか…おっと! ここで六番スマートファルコンが先頭に躍り出ました!』

 

 スタート直後は横並びだった二人。前に出たのはスマートファルコンだった。

 それは損得勘定によるものではなかった。先頭を行く者としての…いや、追いかけられる者としてのプライドがそうさせたのだった。

 何度も繰り返した練習の通り、頭の中で正確にタイムを刻みながらトップをひた走る彼女。

 心配していた暑さも、時速六十キロメートルというスピードではさほど苦にならなかった。とめどなく流れる汗は、その速さでは瞬時に吹き飛ばされるか蒸発する。冷涼感が全身を包んでいるかのような感覚を、彼女ははっきりと覚えていた。

 

『第二コーナーを抜けバックストレッチ! 先頭で逃げ続ける六番スマートファルコンに、ぴったりとつけます五番ミコアイサ!』

 

 向こう正面でも変わらない位置関係。親友同士で仲良く並走しているようだと、スマートファルコンは楽しささえ感じていた。

 それでなくても、彼女にとって砂地を駆けることは、魚が水の中を泳いだり鳥が空を飛んだりするくらい自然で心躍る行為だった。

 熱を帯びた砂地の感触は、裸足で過ごした夏合宿の砂浜と同じで、母の腕の中のように優しい。前に誰もいないダートトラックを駆けるのは、この上なく爽快感に満ちあふれていた。

 焦りではなく、気持ち良さによって思わず掛かってしまいそうになる。はやる気持ちを何とか抑えながら、彼女は晴れやかな気分で走り続けた。

 

『レースもいよいよ終盤を迎えます! 緩やかな第三コーナーを抜けても順位に変動はありません! 第四コーナーで誰か仕掛けるでしょうか!』

 

 ぐいぐいと集団を引っ張るつややかな栗色の髪の少女。その快適な走りを止める者はいまだ現れない。いや、いなかったと言うべきだった。

 夏合宿でさらに磨きがかかった彼女の走りは、並大抵のウマ娘ではとても太刀打ちできなかった。それでも後ろにぴったりと食らいつくミコアイサ。

 彼女の気力と体力の根源もまた、旧友との競走を楽しく思う気持ちであった。

 

『六番スマートファルコン、最終コーナーを抜けて悠然とトップをひた走ります! 残すは最後の直線のみ! このまま逃げ切れるのでしょうか!』

 

 ホームストレッチに戻ってきた頃、スマートファルコンはその耳で確かに聞き取っていた。真後ろを走る親友の絶え絶えとした息遣いを。そして、それが意味することを。

 そう、ついていくのが精一杯。体力の限界はもうすぐそこであることを。

 

 小学生時代にミコアイサと臨んだ運動会のことを、彼女は思い出していた。

 ウマ娘はかけっこでは無敵だ。だから競走相手は必然的に同じウマ娘となる。

 あの時も、先頭を行くスマートファルコンに、ミコアイサだけが食らいついていた。結果は、一度も前を譲ることのない完勝だった。

 それは砂地のグラウンドでの一幕。彼女の才能の片鱗が垣間見えた瞬間でもあった。

 

 スタンドの熱い歓声にも耳を貸さず、ツインテールの少女はまなじりを決して尻尾を大きく振った。

 自身のトレーナーにミコアイサのことを"ライバル"と言われた時、彼女はすかさず"友達"と答えていた。その理由は二つあった。

 一つは、ミコアイサが心を許せる大の親友だから。

 

『スマートファルコン、ここに来て物凄い加速です! まだ余力を残していたというのでしょうか!』

 

 そしてもう一つは、あまりに力の差があったからだ。

 

『尻尾を華麗にしならせながら、ぐんぐんとミコアイサとの差を広げていきます!』

 

 夏合宿の中で、彼女は尻尾の扱い方をマスターすべくトレーニングに励んでいた。

 それは推進力を爆発的に増加させる動かし方。そう、デビュー戦でメジロアルダンを差した、あのダイナミックなモーションである。彼女のトレーナーはそれを『テールブースト』と名付けていた。

 地面を割るかのごとき勢いで踏み出される一歩一歩は、砂地をえぐり飛ばし、砂塵を舞い散らせ、砂埃をたなびかせる。

 

『三馬身…五馬身…さらに開いていく! もはや独走状態です!』

 

 テールブーストの存在もあり、スマートファルコンはレースに対して余裕を持って臨んでいた。

 とはいえ、決して油断はできない。スタートの出遅れや何らかのアクシデントで下位に沈むことは十分あり得る。やはりレースは始まってみるまで分からない。

 だが、ホームストレッチまで理想通りのレース運びをしてきた彼女に、もはや負ける道理はなかった。

 それでも、レースは最後まで何が起こるか分からない。だから、全ての力を出し惜しみせず出し尽くす。

 たとえそれが親友相手であっても、圧倒的大差であっても。

 それは今朝、サイレンススズカに気づかされたことだった。

 

『スマートファルコン! 栄光のゴール板を今! 風のごとく駆け抜けたー!! 他の追随を一切許さない、堂々の一着です!!』

 

 二着との差は六馬身。一度も先頭を譲らない、まさに逃げウマとして完璧な勝利であった。

 

 二番目に決勝線を走り抜けた純白の髪の少女は、全力疾走直後の苦悶に満ちた表情とは対照的に、その心を踊らせていた。どんどんと小さくなっていった親友の姿に、悔しさでもなければ恐ろしさでもない、確かな嬉しさを感じていたからだ。

 

「やっぱりファル子ちゃんは…かけっこ最強だね…!」

 

 その視線の先には、満面の笑みを浮かべる親友のウイニングラン。砂色の絨毯を力強く踏みしめながら、夏の日差しを反射するつやつやとした尻尾をたおやかに揺らしている。

 砂だらけの靴、汗みどろの体操服、埃まみれの髪。どれも激走の証だった。

 観客の眼差しを一身に受けて、悠然と舞い戻ってきたスマートファルコン。スタンドから送られる大歓声が、喜びに満ちた彼女を温かく包み込んでいた。




お疲れ様でした。
今年最後の投稿となります。
思い返せばあっという間でしたね。

すみませんが、来年からは仕事が多忙のため不定期投稿になります(汗)
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