ほたるびにあこがれて   作:みえふぁ

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花火 前編

 そのとき、ミナモシティのポケモンコンテストライブ会場で行われようとしていたのは、うつくしさノーマルランクの演技だった。

 なんてことのない平日の昼前の観客席に、ぽつりぽつりと人が増えていく。ノーマルランクの注目度は決して高くない。彼らには何かしら、一般的ではない目的があるのだろう。

 例えば、出演する親類や友人の応援だとか、未来のスターの発見だとか、単なる気まぐれとかである。

 しかし、開演直前に入って来た男、ミクリは、そのような例に当てはまらない目的があった。

 彼の変装は、リーグのチャンピオンとは思えないほど軽いものだった。人の少ない時間帯であっても、見る者が見れば正体が露見しかねない。

 それでも、ミクリはある程度の変装で済ませた。そうでないと、自分がここにいるということが、彼女に伝わりにくいだろうから。

 幸い、ここに来るまでにはっきりと声をかけられるようなことはなかった。また、今も観客のほとんどは、そのうち登場するコーディネーターたちを見るためステージの方を向いており、わざわざこちらを振り向くこともない。さらに照明の落とされた観客席の暗さに紛れれば、バレる可能性はより下がる。

 

「それでは、出演者のご紹介です!」

 

 ミクリが端の席へ腰を下ろしたタイミングで、司会が話し始めた。

 名前を読み上げられて出てきた二人は、若いコーディネーターだ。新品の衣装に身を包み、慣れない本番に緊張しながらもプレッシャーに押しつぶされまいと背筋を伸ばす姿は、観客に初々しさを感じさせるものである。

 そして、次にステージに上がった女はその反対に、あくまで自然体だった。

 

「エントリーナンバー3番!ツユリさん!」

 

 司会が、ほんの少し強張った声で口にしたその名前に、少し会場がざわつく。それは、観客席のごく一部と、審査員席が生み出したものだ。

 ツユリと呼ばれた女は、そのようなざわめきや、既に登場していた二人からの視線に何か反応をするでもなく、指定されていた場所まで歩みを進める。

 羽織っているコートなどは高価そうにも見えるし、多少気合の入った私服のようでもあるが、他のコーディネーターのように煌びやかな衣装などは身に着けていない。

 彼女のことを知らぬ観客の目には、暇つぶしでコンテストに参加しているポケモントレーナーの姿として映っただろう。

 だが、彼女を知るミクリ以外の者にとって、この光景は衝撃的なものだった。

 記録的な早さでマスターランクへの出場権を手にし、業界全体からもその将来を嘱望され始めていたところで、自ら舞台を降りた人間が、今再び、ここで演技を披露するというのだ。

 目的は何なのか、彼女がこの業界に帰って来たということなのか、何となく気が向いたから参加しただけなのか。どれだけ考えようと答えは出ない。

 

「ふふっ」

 

 ミクリは、周りにその声を聞かれぬよう、小さく笑った。

 今、彼女の顔を真正面から見据えている審査員などは、とんでもなく混乱しているだろう。

 しかし、ミクリのみが知っていることではあるが、彼女はそう大した思惑があって舞台に立っているわけではない。それを思うと、彼らの予想と現実に存在するであろうギャップが可笑しかったし、混乱の最中にある審査員たちが気の毒にも思えた。

 

「エントリーナンバー4番!カワモトさん!」

 

 最後の出演者の名前が呼ばれたが、きっと今、コンテスト関係者のほとんどは、彼の方を見てもいないだろう。

 ツユリの登場は、それだけの衝撃を与えるのに十分な情報量をはらんでいた。

 しかし、そんな衝撃も、この後繰り広げられる世界に塗りつぶされるのだ。

 大した事ではないか、とミクリは背もたれに体重を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつくしさノーマルランクコンテストは、ほとんど予定通りの時間に終了した。

 明るくなった観客席で未だぼーっと席に座るいくつかの観客だったものを横目に、ミクリは会場を出る。

 そして、出てすぐの場所に立っている警備員に一瞬顔を見せた後、その脇にある関係者以外立ち入り禁止と表示されているドアを開けた。

 背後で扉が閉じるとともに、彼は適当な変装を解く。その表情は、非常に晴れ晴れとしたものだった。

 

「久しぶりの花火だった」

 

 誰もいない廊下で、ミクリはぽつりとそう漏らす。

 ツユリの表現力は、まるで衰えていなかった。部分的には、むしろ前より良くなっていたのではないかと思う程に、見事な演技であった。

 そして、その圧倒的とも言える世界観も相変わらずだった。他の出演者など気にも留めず、全てを飲み込み、見せつける。

 彼女の演技を始めてみたとき、ミクリは『花火のようだ』と思った。

 大きな音を轟かせ、色々な光を放ち、高い空で咲き誇る。人々はそれに目を奪われ、首が痛くなるまで必死に空を見上げるのだ。足元の浜で懸命に咲く花などには、残酷なほど目もくれずに。

 そんな風なことをどこかの取材でミクリが話し、これがどういうことか広まる。以来彼女の載るポスターなどには『花火』とつく異名が書かれたりもした。

 たまに空回りして不発に終わることも、その表現のらしさを補強した。

 そして、彼女の世界に流され飲み込まれるような二流のコーディネーターでは、今日のように手も足も出ないのである。だが、ミクリをはじめとする、一流と呼ばれるようなコーディネーターは違った。

 広げられる世界観とせめぎ合い、我を通すだけの能力を持った人間も当然いた。そして、ツユリがその対策をして、相手がまた対策の対策を講じる。

 ツユリは絶対的な王者ではないが、コンテストは間違いなく彼女を中心に回るだろう。そのような、今までにないコンテストの世界が始まりを、かつてのミクリは予感していた。

 だが結局、それが始まりかけたところで彼女はいなくなってしまった。

 しかし先ほどその可能性の片鱗を、また確かに感じることができた。その実感がこの上なく心地よい。

 

「ミクリさん」

 

 考え事をしていた彼の正面から声がかかる。

 意識を浮上させてそちらを見れば、廊下の少し向こうで、件の彼女が小さく手を振っていた。

 ミクリが歩み寄りながら言う。

 

「ああ、元気そうで何よりだよ」

「そう簡単に潰れたりはしませんよ」

 

 そう返したツユリは、何か抑えきれない様子で「それよりも」と続けた。

 

「先ほどのものは、ミクリさんの見たいものでしたか?」

「もちろん、まさにあれだった」

「綺麗でしたか?」

「綺麗だったよ」

 

 ミクリの返答に、彼女は大きく、満足げに一つ、二つ頷いた。

 そのような彼女の興奮のころ合いを見計らって、ミクリが尋ねる。

 

「これからも、コンテストには出るのかい」

「見たいと言われれば、できる限りはと思っていますけど」

 

 その言葉に、今度はミクリが満足して頷く番だった。

 彼女とはその引退に際して、幾らか相談に乗った関係だ。ツユリがコーディネーターとして完全に復帰するのは難しいということを、はっきりと理解している。

 そんな彼は、ツユリからコンテストの出場に前向きな返事が出ることの貴重さをよく知っている人間の一人だった。

 

「本当ならもう少し話したいところだが、この後また用事があってね」

「いえいえ、ミクリさんも多忙な立場でしょうから。こちらこそ今日は無理を聞いてもらって、ありがとうございます」

 

 丁寧に感謝を述べるツユリの所作は、先日通話をかけてきた酔っ払いと同一人物だとはとても思えないものだ。

 もっとも、今だって少し小突いてやれば、すぐに彼女のばけのかわは剥がれるのだろうが、生憎とミクリにそのような趣味はない。

 

「ではまた。何かあったらいつでも頼ってくれ」

「はい、また今度」

 

 そう告げると、二人は振り返ってそれぞれの行き先へ歩き出した。

 ツユリは、今回の試みを通して、己の決めた道が間違っていなかったことを確かめる。

 ミクリは、ツユリの現役時代とはまた違った彼女への期待に胸を躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男がツユリの再登場を耳にしたのは、その翌朝だった。

 彼は関係者から電話口に伝えられてすぐ、動画サイトで昨日行われたノーマルランクコンテストの映像を漁る。

 コンテストの公式チャンネルがアップロードしているそれは、サムネイルや概要欄が簡素ながらも丁寧にまとめられている。彼女が出演したプログラムはすぐに見つかった。

 彼女が舞台に立ったという事実を確認した彼は、一瞬混乱した。だが、彼の知るツユリの人間性から、おそらく彼女には大した考えなどなかったであろうことを察することができた。

 それからしばらくして、男の心にふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 散々なことをやっておきながら、気まぐれのようにコンテストを去った彼女が、再び、空っぽの頭で帰ってきていたらしいという事実は、男を苛立たせるに十分なものだった。

 この後、男はギリギリの平常心を保ちながら一日を過ごす。周りのスタッフも、彼の精神状態やそれが不安定な理由を察し、穏やかに終わることを願った。

 そして彼は、仕事で出くわしたミクリから、彼女がシンオウのトバリにいることを知る。

 それから彼は、ツユリにどの程度の意図があったのか、知っているかとも尋ねた。

 

「本人に聞いてみなよ。きっとその方が面白い」

 

 はぐらかされた答えに、彼はより一層苛立ちを募らせた。ミクリはそんな男の様子も楽しんでいるようだった。

 今、彼の中に渦巻く苛立ちが何なのか、彼自身も言語化できないでいる。

 それでも、彼女と直接会って何かを確かめねばならないという衝動だけが、彼を強く突き動かしていた。

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