ほたるびにあこがれて   作:みえふぁ

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光が足りない 前編

 ツユリはしかめっ面で、端末に映る動画を眺めていた。彼女の隣に立つブーピッグも、不安げな目で画面をのぞき込んでいる。小綺麗に整えられたビジネスホテルの一室だった。

 彼らの見る画面に映っているのもまた、女とブーピッグという組み合わせだ。だが、彼らは鏡を眺めているわけではない。

 画面の背景に映っているのは安っぽい壁紙ではなく、自然に青く生い茂った草むらだ。じてんしゃに乗っていてはとても走り抜けられなさそうなほど深く、広い。

 録画された映像は、ズイタウン北、215番道路で撮影されたもののようだった。動画の中で大きく風が吹いたようで、ポジションを探す彼らの背後、草原が波打つように色を変え、波紋のように広がっていく。

 準備を終えると、画面の中の彼女が口をパクパクと動かし始めた。きっと何事か言っているのだろうが、カメラが遠い上に風の音が大きく、言葉は聞き取れない。

 ツユリは音量を上げなかった。何を言ったかはだいたい覚えているし、風の音が余計うるさくなりそうだし、何より初っ端からあんまりな出来の自分を、あまり直視したくない。

 ブーピッグも、持ち前のサイコパワーでツユリの心情を何となく読み取り、隣で見守ることにした。

 そして、画面の中の彼らが動き始める。彼らは、これまで磨いてきた技術を、唯一それを見届けるカメラに向けて披露し始めた。誰かを傷つけるためではなく、感動させるために身に着けた技を、虚空に向けて放つ。

 小さな『サイコショック』の輝きが散るとともに、彼は軽くステップを踏み始める。

 ブーピッグというポケモンは、サイコパワーを使用するとき、鼻息を荒くしながら特徴的な踊りを行うという生態を持っている。

 そしてその本能は彼の持ち味であるとともに、マイナスな評価にもつながりうる諸刃の剣だ。気持ちの昂るままに踊ることは、場の空気を乱しかねない。

 それをコントロールするのが、トレーナーであるツユリの役割である。演技はまだ始まったばかり。本能はそのまま、けれど鼻息は小さく、力を抜いて、ステップも控え目に。目線と手振りでそう伝える。

 そしてそのコミュニケーションは、自然な振る舞いでなければならない。花形はあくまでポケモンだ。引き立てるように目立たず動き、しかし同時にパートナーと息を合わせる。

 それらを並行して行う技術は、簡単に習得できるものではない。駆け出しのコーディネーターが、一番最初につまずくポイントだ。大抵、どちらかを重視しすぎて、もう片方が疎かになる。

 だが、若くしてマスターランクまで上り詰めた彼女とそのパートナーであれば、できて当然のことでもあった。実際、画面の中の彼らの動きも、しっかりと息を合わせられている。目立ったミスもない。それでも、映像を見るツユリはしかめっ面のままだった。ブーピッグの顔からも、不安は消えていない。

 それから二十秒ほど流れたところで、ツユリが画面に手を伸ばして動画を停止させた。そのまま、伸ばしていた手を目に当てて息を吐く。

 

「これはまずい…」

 

 その言葉に、ブーピッグは否定も肯定も示さない。やはり、目に不安を浮かべるのみだ。

 この頃、彼女が出立前に用意していた分の金は、もう残り少なくなっていた。

 ツユリも他地方とはいえ八つ持ちのトレーナー、探せば働き口はそれなりにある。日雇いのアルバイトなどをしながら、何とか誤魔化すことができていた。

 だが、いよいよ資金の底が見え始めると、まともな収入源がほしくなる。このまま好き勝手しているフリーターというのも、まあ、それはそれで良いものだが。

 できれば今やろうとしている方面で、何か食べていける方法はないかと考えた。考えて、自分のパフォーマンスを撮影して投稿することを思いついたのだ。今の時代、安直な手段かもしれないが、悪くないだろう。

 しかし、早速試しに撮ってみれば、まるで理想と違う動きしかできていなかった。

 決して、酷いパフォーマンスではなかった。ポケモンの技も見事なものだし、トレーナーの動きも悪くない。悪くはないのだが。

 

「ぱっとしないなあ。無難、無難すぎる」

 

 ブーピッグは申し訳なさそうに、小さくコクンと頷いた。

 はあ、と大きくため息をついて、彼女はベッドに体を放り投げる。

 

「やっぱ映像だとこうなるなあ、私」

 

 動画映えしない。ツユリのこの欠点は、コーディネーター時代から自覚していたものだった。

 観客の感情を直接圧倒し、己の世界観に取り込んでしまおうとするのが、彼女の主なやり方だ。それゆえに、遠目から客観的に眺められるテレビ中継のような映像では、多少奇抜なだけの、イマイチな出来になってしまう。

 カメラを通して少しでも冷静さを挟んでしまえば、なかなか夢中にはなりにくいのだ。少なくとも、生で見るものに比べれば大きく劣る。

 

「んー、いやそれにしても、ちょっとなあ」

 

 それだけなら、以前から知っていたことだ。だがツユリは、それとは別の違和感を覚えていた。

 低いカメラ性能、適当な衣装、無編集の映像、舞台設備の有無。違和感の候補をいくつか挙げてみるが、彼女にはどれも腑に落ちない。

 パフォーマンスの質に影響はしているだろうが、それらではなく、もっと根本的な部分にあるような気がしてならなかった。

 

「何かわかる?」

 

 ベッドに寝転がったまま、顔を向けてブーピッグに尋ねる。

 彼女の経験上、こういうときに有用なアドバイスを求めるなら、手持ちの中ではブーピッグが適任だ。生来の気質に加え、サイコパワーによって高い感受性を持った彼は、自分がつかみ損ねている違和感をはっきりさせてくれる。

 ブーピッグは少し考えてから、ツユリに背を向けると、彼女の反対側の空間を覆うように、腕を大きく動かした。そのまま伸ばされた手は空間をさらっていき、ついには再びツユリへ向き直る。手の先は、彼女の端末をさしていた。

 

「あ、ああ……見てる人か。なるほど、なるほどね」

 

 ブーピッグの意図を理解した彼女は、一瞬動きを止めた後、納得したように頷く。

 ツユリも考え付かなかったわけではない。観客の有無は、パフォーマンスに大きな影響をもたらす。観客席の表情、作り出される熱気、それに呼応して力むコーディネーターとポケモンたち、など。その目で見、反応を示す人間がいるといないとでは、場の空気は大きく異なる。

 そんなことは分かっていた。分かった上で、まだ足りない何かがあるように思っていた。観客がいないなら、いないなりのやり方というものがあるのだと。だが、彼が言いたいことはその先にあるようだ。

 

「これが『見てくれてる』とは思えないもんなあ」

 

 言いながら、端末を手に取り、じっと見つめる。スリープモードに移行した画面は、ツユリの顔を黒く反射するだけだ。

 この映像を動画サイトに投稿すれば、世界中に公開されることとなる。どの程度再生されるかはともかくとして、まあ、見てはもらえるだろう。

 ツユリは、その『見てくれる人』、すなわち視聴者というものを実感できないのだ。確かにそこで見てくれている、ということを、感覚的に理解できない。だから、どう動けば魅力的に映るのか分からないでいる。

 彼女は動画サイトを開き、コーディネーターが個人で開設しているチャンネルを探す。

 ポケモンコンテスト公式チャンネルは、コンテストの映像をほとんど無加工のまま投稿しているだけだから、あまり参考にならないだろう。

 動画映えを意識したパフォーマンスとは、どのようなものか、今気になっているのはそれだ。

 

「んー、微妙。綺麗ではあるんだけど」

 

 だが、求めているような動画は見当たらない。確かに、動画映えするうつくしさがある。いくつか見た限りでは編集も丁寧だし、再生数も相応に伸びているようだ。

 しかし、『これではない』と彼女の感覚は訴える。この動画を見て、果たして人は、呆然とするほど感動できるのだろうか。そこまで見る者を惹きつけられる力はあるのだろうか。

 

「お金のためだし、背に腹は代えられないかあ」

 

 彼女はぼんやりと「筋はいいしうちに来ないか?」というアルバイト先の勧誘を思い出していた。

 制服のセンスのない、何故か用心棒(募集の名目は違ったが、実際の仕事はほとんどそうだった)のアルバイトを必要とする、新エネルギー開発というぼんやりとしたことを行っている胡散臭い企業ということで、ほとんど拒否のつもりで返事を先延ばしにしていたが、もうこの際、そこで働いたっていいかもしれない。

 動画を眺めながら考える彼女を、ブーピッグのつぶらなひとみが覗き込んでいた。

 

「うっ、わ、わかってるよ。しないよ、しないけどさ」

 

 ツユリは視線を感じて、思わず顔を背けた。

 ブーピッグには彼女の心をそっくり読むことはできないが、邪で怠惰なことを考えていることくらいは嫌でも感じ取ってしまう。だが、彼は責めているのではなく、単に思考に行き詰っているツユリを心配しているだけだった。

 そして、それくらいは彼女も理解している。だが彼女にとって周囲からの心配とは、ときに激しい非難よりも心を抉ってくるものだ。

 これがミミロップであれば、エスパーでもないクセに勝手にこちらの考えを読み取り、呆れと咎めを含ませた目で睨んでくるのだろうな、とその光景を思い浮かべる。

 もしかすると、そのくらい思い切り責めてくれる方が楽かもしれない、とまで考えて、ミミロップからは、たまに軽いビンタくらいなら平気な様子で飛んでくることを思い出し、ブーピッグに振り向いてサムズアップを送った。

 彼は困惑した。

 

「さあて」

 

 そのまま、動画を漁り続ける。

 少しでもいい。まるきり自分たちと同じスタイルでなくとも、これだけ動画が存在するのだ。どれか一つくらいからは、得られるものがあるかもしれない。

 だが、再生中に動画が中断され、広告が流れ始める。焦る気持ちを邪魔されため息をつくが、それで広告が止まるわけでもない。

 

「……ん?」

 

 声が漏れる。鬱陶しげに画面を見ていた彼女の目が、ふっと光を取り戻した。

 そして、広告動画を巻き戻す。リニューアルされたらしいモンスターボールのことはどうでもいい。彼女が目を見張ったのは広告内容ではなく、それに起用されていた人間とポケモンの方だ。

 わかりやすいうつくしさはない。ツユリも、何度かこのコマーシャルを目にしているはずだが、今日までよくあるつまらない広告としか見ていなかった。

 しかし、今その映像に目を奪われている。同時に、よく通る声のナレーションがボールが如何に高機能であるかを話しているが、邪魔だ。

 

「これ、これ、これだよ」

 

 ブーピッグが彼女のテンションの上がりように戸惑う。一応画面は見ていたが、彼にはそれほど素晴らしい映像には思えなかった。

 ツユリはベッドに横たわったままほくそ笑む。予定は決まった。この技術を、なんとしても自分の内に取り込まねばならない。アルバイト先へ伝える、明日仕事に行けなくなった言い訳を考え始めていた。

 貯金の残高はだいたい把握している。パルデアまでならどうにかなるだろう。 

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