アンタがいなきゃダメなんだよ、バカ   作:八咫ノ烏

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第一話

 菊花賞が終わってから数週間が経った。アタシは今まで通りトレーナーの指示通りにトレーニングをして、復帰レースの日経賞に向けて調整をしてる最中だ。もし体調を崩していなかったら有馬記念に出走していたかもしれないけど、この状態でハヤヒデとチケットを含めた面子を相手にできるわけがない。おまけにあのトウカイテイオーも出るときた。菊花賞のときみたいにわがまま言って出走したとして、勝てる可能性はほぼ無いし、そこでまた調子を崩す可能性だってゼロじゃない。認めたくないけど、今のアタシはそれほどまでに酷い状態だから仕方ない。

 

 とは言っても、それを理由に何もしないでいるわけにもいかない。早く調子を取り戻して、あいつらに追いつかなくちゃいけない。だからアタシは今日もトレーニングをする。

 

「坂路終わらせた。次は何すればいいの」

 

 肩で息をしながらトレーナーに聞く。トレーナーは目を何度か擦ってメニュー表を見て、一つあくびをしてから

 

「お疲れ様。少し休憩を挟もうか」

 

 と言ってアタシの頭を撫でようとしてきた。アタシはその手を払うと

 

「次撫でようとしたら蹴っ飛ばすからね」

 

 と威嚇する。別に撫でられることが嫌いなわけじゃない。ホントにたまにだけど寝ぼけた同室のクリークさんに撫でられることもあるし。ただ、なぜかは知らないけどコイツ相手だと妙に恥ずかしい。

 

 トレーナーはごめん、と小さく謝るとスマホに目を落として何かを読み込む。その目の下にはくっきりとしたクマが出来ていて、ちゃんと寝ているのか不安になる。

 

 アタシが走るとコイツに告げた日から日に日にクマが酷くなっていっている。歩いている姿もフラついて不安を煽る。アタシよりも自分の心配をしろと言ったこともあるけど、

 

「俺よりタイシンの方が大事だから。それに倒れるなんてことはないから大丈夫だって」

 

 と言われてしまった。正直、無理矢理にでも休ませた方が良いような気もするけど、コイツが大丈夫だって言うんなら大丈夫なんだろう。そう思って数日が経った今も、裏で無理をしているのがわかるほどに、目に見えて疲労が溜まっているのがわかる。一体どういう生活をすればこうなるんだろう。アタシの頭じゃ思いつきそうもない。

 比較的ヒトより体が頑丈とされているウマ娘ですら、不眠不休で一週間以上過ごすことなんてできるわけないのに、コイツがそんなことできるとは思えない。というか、そんな生活をしていたらものの数日でぶっ倒れて病院送りに決まってる。そこまで酷い生活をしてないことを信じたい。けど……。

 

「ねぇ……。アンタ、ホントに大丈夫なの?クマもすごいし、歩くのもフラフラで見てらんないんだけど」

 

 思わずそう声を出す。トレーナーはそうかな?ととぼけたけど、今日こそは引き下がれない。意を決して

 

「今休む必要があるのはどう考えてもアタシよりもアンタでしょ。どうせ、家でまともな休息取ってないんでしょ?何やってるわけ?」

 

 と鋭く睨みながら尋ねる。トレーナーはいやぁ?と頭をかくと弁解し出す。

 

「特にこれと言ったことはやってないんだけどなぁ。そんなに疲れてるように見えるのか?」

 

 その言葉に思わず呆れて大きくため息を吐いた。もしかしなくてもバカなんじゃないの?という言葉を飲み込んで

 

「それで疲れてない?さすがに無理があるでしょ。アタシはもう帰って休むから、アンタもさっさと帰って寝なよ」

「俺のことは気にしなくていいから……」

「アンタに倒れられると困るの!!いいから休め!」

 

 強くそう言ってアタシは練習場を後にする。トレーナーはちょっと、と言って追いかけてくるけど、振り返って強く睨んでから背を向けて走り出す。こうでもしないと無茶やってるって自覚をしないだろうから仕方ない。当然、トレーナーに追いつかれることなく寮の自室に入ったアタシは、ベッドに潜ってゲームを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 パチリと目が覚める。時計を見るとまだ三時、草木も眠る丑三つ時だ。向かい側のベッドでクリークさんがすうすうと寝息を立てているのが聞こえる。どこかで救急車のサイレンが鳴っているのも聞こえるくらいには、この寮は静かだった。

 

「なんで目が覚めたんだろ……寝よ」

 

 そう呟いてふわふわする頭をポリポリとかいて布団を深く被る。つい1時間くらい前までソシャゲの周回をしてたからか、眠気はすぐに襲ってきた。それに抗うことなく私の意識は落ちていって、もう少しでストンと寝れたであろうタイミングで、スマホが音を鳴らして震え始めた。

 

「誰だよこんな時間に……」

 

 面倒くさいけど、このまま放置しておくのも相手に悪い。ベッドから体を起こして、震えるスマホの画面を見る。

 

「たづなさん?あの人からかかってくるなんて珍しいな……」

 

 電話をかけてきたのはたづなさんだった。あの人がこんな時間に電話をかけるなんてことは滅多にない。きっと、今すぐに伝えなきゃいけないくらい重要な話なんだろう。重たくなった瞼を擦って電話に出た。

 

「もしも……」

「ナリタタイシンさんですか!?」

 

 たづなさんの切迫した声。驚いて思わずうわっと声を出してしまう。

 

「……なんでそんなに焦ってるんですか?」

 

 少しスマホを離してそう聞き返すと、たづなさんは

 

「担当トレーナーさんが……」

 

 そこから先は言いにくいのか、そこで切った。当然、その先が気になったアタシは聞き返した。

 

「アイツに何かあったんですか?」

 

 何か嫌な予感がする。まさかとは思うけど、あのあと休まずに無茶やってぶっ倒れたとかじゃないでしょうね。たづなさんの方から聞こえてくる騒がしい環境音が、その不安をさらに大きくする。

 

 たづなさんは何度か言うのをためらったのち、覚悟して聞いてくださいと。落ち着いて聞いてくださいと。押し出すように言う。アタシはそれにわかりました、と息を吸ってから返すと、たづなさんはアタシにこう告げた。

 

「担当トレーナーさんが救急車で運ばれました。危篤な状態ということですので、万が一ということもあるかもしれません。急いで○○病院まで向かってください。カウンターで待っています」

 

 そして電話はぶつりと切れた。アタシはスマホを手から滑り落として、それを拾うする間すら惜しかった。制服を引っ張り出すと急いで着替えて、ランニング用にシューズを履くと部屋を飛び出るのだった。

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