ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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お待たせしました。
複数人が会話するシーンってなんでこんなに難しいんでしょう?
私は苦手です。

シリアスパート続きます。それでもギャグは入れていく!
なんかそれのせいで文字数増えたような…。


ヘロヘロ、冒険者救出大作戦 その2

「さて、皆集まったようだね?」

 

そこ、最早会議室代わりと成り果てた村長の自宅にて、集った有志が円卓を組む。

とは言え、客間に置かれた楕円形のテーブルに集った有志全員を着席させるには大きさが足りず、一部の代表者が席に座りその他の農夫がその周りを取り囲むと言う形で円卓を完成させていた。

 

今は一刻を争う事態だ。

本来であれば、直ぐにでも出発したいところではあったものの、失った足の回復に30分は有すると言う。

 

その為、その間に作戦会議を執り行う事となった。

 

その代表者の一人に選ばれ席に座るシルフィーナは、そっと円卓に座る代表者の面々へと目を流す。

村長や、発言権の高い薬師マイクは当然ながら、その代表者として席にトードマンとスライムが着席すると言うのもなんとも滑稽な気分だった。

亜人であるトードマンはまだ分かる。

しかし粘体であるスライムが器用に椅子に攀じ登り、ちょこんと鎮座する姿は人によっては『なんの冗談だ?』と思ってしまっても可笑しくないだろう。

 

「それでは、シルフィーナ君。森の散策で何があったのか、教えてくれるかい?」

 

薬師マイクに促され、席から立ち上がろうとした所で

「座ったままで結構」

と掌を下げて制止された。

 

勿論、足の事を気遣っての事だろう。

ストンと椅子に座り直し、さりげなく治癒途中の足を擦る。

萎んだ風船のように成り果てた脹ら脛は少し中が構築されたのか、厚みが生まれブヨブヨとした感触に変わっていた。

 

早く治れと逸る気持ちと、冷静に立ち回らねばと慎重になる気持ちがせめぎ合う。

なんとも落ち着かず気持ち悪い心境ではあるものの、思えばそれでも先程と比べればまだ落ち着いた方だと思う。

…ヤケになっていたのだろう。

どうにかしなきゃいけないと言うのに、どうにも出来ない状況に思考は麻痺し精神は磨耗し、闇雲に進む事しか出来なくなっていた。

それが救出の目処が立ち首の皮が一枚繋がった時点で、こうも冷静に思考が回るようになるのだから現金なものだ。

 

と、今はそんなことよりも…。

 

「はい。えーと。私達は森の視察を依頼されてきました。それと同時に目ぼしい物の採集…と言った所でしょうか?」

 

現在、都市に流れる薬草や森の食材等の供給が下がり品薄状態が続いている。

その原因として挙げられる森の異変の調査及び解決の為、複数の冒険者が各地に赴いており、この村周辺の調査を担当する事になったのがシルフィーナの所属するパーティーだった。

 

…それと同時に、金になりそうな薬草や食材を採集して帰ろうと言う下心もあったのだが。

 

何はともあれ、以前から採集目的でちょくちょくお世話になっていた場所と言う事もあり、最初は何の問題もなく順調に進んだ。

 

視察の途中、出くわした魔物もハグレらしきゴブリンが数体。以前に比べれば確かに魔物が増えた気がしたが、正直な所異変と言われる程では無い。

それが当初、シルフィーナが感じた感想だった。

 

『辺境の人間は大袈裟だよな?』

オランドル…。リーダーはそんな事をボヤきながら金目の物に目星を付け、行く手を阻む様に流れる川へと辿り着く。

 

この時点で十分な量の目星を付け、採集目的としては達成と言って過言ではない。

目的がそれだけなら、ここらで引き上げ帰り道に目星を付けた群生地から薬草やら食材やらをお持ち帰りし、あの村で上手い料理とエールで、くーっとやるのが日常だ。…ちなみにこれはリーダーの言。

 

しかし今回は視察と言う任務で来ている事もあり、いつも以上に進んでみようと言うことになった。

虎穴に入らずんば虎児を得ず…と言うやつだ。

虎とは言わずマンティコアが出たような結果になった訳だが…。

 

「――それで、私達は川を越えてしばらく森の中を直進した辺りでゴブリンとオーガの群に遭遇しました」

「オーガだと!」

 

淡々と語るシルフィーナの言を突然怒号のような叫びが切り裂いた。

バタン…と身を乗り出した村長の椅子が倒れ激しく音を鳴らした。

その音に思わずビクリと肩を跳ねさせシルフィーナが恐る恐ると言った感じに目を向けると、鬼気迫る顔でワナワナと身を震わせる村長がいた。

その顔を覆い彼は言う。

 

「そんなものがこの森におるのか!?」

「村長、オーガなんてわりかし何処にでも生息してますよ」

 

狼狽する村長に対して、やけに冷静に答えるマイクが「ね?」とばかしに目配せをする。

唖然として見ていたシルフィーナの頭は縦に揺れていた。

 

「そりゃ分かってるんだがね。…今まで森でそんな化け物を見た報告すら無かったものだから」

「あー。その事なのですが、あの寄生虫が関係してるんじゃないですかね」

 

と、そこでマイクの目はグロプへと流れる。

あのパラサイト・ビーと言う寄生虫を潰した時に言った彼の言葉を聞き逃しはしない。

 

「グロプ君。あの寄生虫について教えて貰えるかい?」

「んまぁ。パラサイト・ビーつってな。オイラの故郷トブの大森林にも極一部の区域に生息してるんだけどよ。両刃草って言う刃物みたいな葉をした植物と共存してんだよ」

 

突然の指名に多数の目に晒され頬を掻きながら説明を始めたグロプは、ここで自分の掌を手刀で切り裂くような仕草をする。

 

「んで、両刃草で身体を傷付けるとよ。その傷口から体内に侵入して血肉を喰らい。十分な栄養を取ると爆発的に成体に変貌して……まあ後は見ての通りだわな」

 

ヘロヘロは思う。

説明の際に手が動くのは人間であろうと亜人であろうと共通なのかも知れない。

 

それは兎も角として、パラサイト・ビーと言う言葉には聞き覚えがあった。

それも二年前まで夢中になっていたゲーム、ユグドラシルの中でだ。

 

わちゃわちゃと手を動かして説明をするグロプを眺めながら、ヘロヘロはユグドラシルの記憶を遡る。

 

パラサイト。

これはユグドラシルにもあったバッドステータスの一つだ。

と言っても、正直なところバッドステータスの中でも極めて不遇の扱いを受けていた印象が強い。

 

トラップの一つである両刃草からダメージを受けることにより高い確率でパラサイトを受けるのだが、HPにダメージ量が比例する毒と違いパラサイトは一定時間経過で固定ダメージと言う扱いであり、同時に虫系モンスターを複数出現させる。

 

HPの低い低レベルのプレイヤーなら兎も角、上位のプレイヤーにとってそのダメージ量は微々たるものでありパラサイト対策をするプレイヤーなどユグドラシルに存在しなかった程だ。

 

いや、それどころか自分の味方に分類されないモンスターを複数出現させると言う部分が乱戦を得意とするプレイヤーにとって都合が良く、戦略として攻略サイトに記載されている程である。

 

kill数に比例してバフ効果を上昇させるスキルに。

巻き込んだ敵の数に比例してダメージを上昇させる攻撃魔法に。

即死させた敵の数に比例して高レベルのモンスターを複数召喚できる召喚魔法なんてものもあった。

 

そう言う輩は自分に次々とパラサイトのバッドステータスを付与するアイテムを使いワラワラと出現するモンスターで乱戦を造り出すのである。

事実この戦略で大会に優勝したプレイヤーがいる程だ。

『パラサイトはバフ効果』とまで言われたのも頷ける。

 

「ーーなにか方法は無いのかい?」

 

ふと、マイクの質問で我に返る。

パラサイトについての説明は何処まで進んだのか。

そう思いながら会議の様子を注視するヘロヘロの横で、

「そりゃまぁ」

と答えるグロプが自分の腕をなぞった。

 

「ーー抉り取るっきゃねーわな」

 

そして続く言葉にどよめきが上がる。

ヘロヘロも思わず耳を疑い、つい人の姿で想像しては悪寒が走った。

その解答を聞いて何の話か分からない程馬鹿でもない。

 

パラサイトを受けた際の対処法としてグロプは抉り出すしかないと言っているのだ。

 

そのユグドラシルには無かった野蛮極まる対処法にヘロヘロもまた瞠目していた。

 

パラサイトもあくまでバッドステータスの一種だ。

正攻法で治そうとすれば病気治癒や大治癒等の魔法で治すことも可能だが、何より最も正しい選択が放置なのだ。

 

周りの農夫達は揃いも揃ってこの世の終わりのように顔を青ざめさせている訳だが、ユグドラシルでは「ふーん」ですむ代物である。

 

剥離する自分の常識と周りの常識に最早驚きを通り越して混乱の域に達する。

最早それは驚くなと言う方が無理難題であった。

 

「で、何故オーガが今まで出なかったか、だったか?多分だけどよ。村周辺にこいつが生息してんだろ。オイラ達だって寄生されるのは御免だからよ。こいつがいる周辺には近づかねーんだわ」

「なるほどね。ありがとう。ではシルフィーナ君、続きをお願い出来るかな?」

 

寄生虫の説明に一定の納得を得たであろうマイクに促され、シルフィーナは再び自分達パーティーの出来事を語り始める。

その顔が青く、そして険しくなっているのは寄生虫の説明によるものなのか…。

それとも森の視察での惨状を思い出しての事なのか。

彼女の声音はどこか重く感じた。

 

「…私達はそこで撤退を決め下がろうとしたのですが、その時には見つかっていたらしく。セランが…回復担当の仲間が投石を受け倒れました。その直後には取り囲まれて……」

「命からがら洞窟に逃げ込んだ…と言う訳か」

「はい。前衛組がなんとか道を切り開き洞窟の中に身を隠しました。しかしその戦闘で二人が重症を負い、直ぐに仲間の一人が救援を求めに向かいました」

「君じゃなく?」

「…はい。オランドルと言う戦士なのですが、見ていませんか?」

 

マイクに顔を向けられ合わせるように村長は首を左右に振った。

 

「いや、ちょっと待てよ」

 

と、顎に手を当てるとチラッとヘロヘロを見た。

 

見られた。

ヘロヘロは思わずグロプへと視線を向けると彼もまたジトリと半目を向けていた。

お前なんか下手うってねーだろーなー?と言う言葉がありありと浮かぶ目だ。

打ってるんだなこれがとヘロヘロも負けずに笑う。

ウヘ、ウヘへ…と小者臭半端ない媚びた笑いだった。

 

「遺品の紙とペン持ってる所見られました」

「おま…。だからあれ程持ち出すなって」

 

それは何処から飛んできたのか、「えっ?」と言う声に我に返りハッと辺りを伺うと、ジロリと向けられた周囲の目があった。

たまらずグロプが立ち上がる。

 

「ちょ、待ってくれ!オイラ達は行き倒れた冒険者から遺品を拝借しただけだ。襲ったりなんざしてねーって」

「あー。僕もそう思うね。村での様子を見る分、徒に冒険者を襲ったりはしないだろう。…まぁ襲ってこられた場合は別だろうがね。まだ思うことはあるかい?」

「いえ、私も救助を手伝ってくれる方を疑ったりしません。ただ…」

 

マイクに問われ、シルフィーナは慌てて否定する。

思わず声に出てしまったが、ここでそれを疑って救出の話が流れる方がはるかに問題だ。

そもそも冒険者の遺品が魔物に漁られ装備を奪われる事は冒険者にとって常識だ。

襲った魔物からハイエナした魔物まで多岐に渡る。

遺品を持っているだけでそれを一々疑っていたら切りが無い。

 

…平時で、たまたま遺品をもった魔物と遭遇したらと言われたら、また別の話だが。

 

ただ仲間の確認はしたかった。

そんな想いを察してだろう。マイクが言う。

 

「ああ、グロプ君。道中、その冒険者の元まで案内してくれるかい?」

「ん、分かった。…でもよ。綺麗な状態では残っちゃいなかったぜ?」

「構いません。お願いします」

 

軽く会釈のように頭を下げる。

そしてコホンと、シルフィーナは一度喉を鳴らして再び語り出す。

 

結局のところは、救助に向かった仲間が戻らぬまま三日が経ち、いよいよ食料も無くなり、水も底を突き始め、衰弱していく仲間の姿に居ても立っても居られず、仲間と荷物を置いて飛び出したのだと言う。

 

その際、再びゴブリンの群に襲われて傷を受けながらも、この村まで逃げ延びたと言う訳だ。

 

「もう。私には貴方達に頼る以外に術がありません。どうかお願いします」

 

彼女は最後にそう言って、頭を下げた。

一瞬静まり返る中。

「ああ、もちろんだとも」

と答えるマイクの優しい音色に後押しされたように周囲の農夫達も、

「任しとけ」

だの

「大船に乗ったつもりでいろ」

だの好き好きにシルフィーナに励ましの言葉を投げ掛け再びお祭り騒ぎになりかけた所で、パンパンと手を打つ音に水を掛けられる。

 

「さて、聞きたいことも聞き終えた所でまだ足の回復には時間が掛かるだろう。シルフィーナ君は少しでも仮眠を取るべきだ」

「いや、でも」

「でもじゃない。ポーションで傷は癒せても疲労は癒せないんだ。今は感覚が麻痺していて分からないかも知れないが、もう君の体は限界だよ」

「分かりました」

「宜しい。疲労回復を助ける薬を出してあげるから、飲んでおくように。いくらかマシにはなる筈だよ」

 

そう言ってマイクはサティアを呼ぶと「彼女を診療室へ」と、シルフィーナを押し付け部屋から追い出した。

 

言われるままにサティアから手を引かれ、そして即座に肩を担がれ、

「一名様ご案内」

と、連行されるシルフィーナが部屋のドアから消えた後、崩れるようにグロプが机に伏した。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

「疲労回復の薬、ここに置いときますね」

 

シルフィーナをベッドに寝かせたサティアは枕元に小瓶を転がした。

そしてしばらくシルフィーナの顔を眺めると。

 

「おやすみなさい」

 

そう言って、シルフィーナの眠るベッドに背を向けた。

ドアノブの捻り、ドアを開く。しかしサティアはその場に留まったままだった。

僅かな時間。そう本当に僅かな時間サティアはそのまま静止したまま項垂れる。

 

「…シルフィーナさん。本当に、それだけでしたか?」

「…うん」

「そうですか」

 

バタンと響くドアの音。そこにはもうサティアの姿は無かった。

 

枕元に転がる小瓶を握りしめ、仰向けの体を転がすとベッドの中で膝を抱えた。

これでもかと丸め込んだ身体を抱き締め、自責の想いに嗚咽が漏れる。

 

結局最後まで言えなかった。

 

思い出してしまえば、四肢は震え、涙は浮かぶ、布団に包まり抱きしめる身体は何処までも脆くか弱い少女のソレだった。

 

ゴブリンとオーガの二種連合なんかじゃない。

トロールとワーウルフ、そしてナーガを含めた5種連合だ。

 

言える訳が無かった。

 

アダマンタイト級冒険者でも無ければ引き受けられないような規模の連合だ。

そんなものを正直に話して、誰が駆け付けてくれると言うのか?

 

自分は救助に手を貸してくれようとする心優しい彼等を犠牲にして仲間を助け出そうとしている。

 

最低だな…私って…。

そう心の中で吐き捨てる。

 

溢れだした涙がシーツに吸われ、いつしか耳元を濡らしていた。

 

この作戦が成功したにせよ、失敗したにせよ。許される筈の無い選択にダイスを振った自分の未来には最早破滅しか有り得ない。

 

「助けてよぉ。助けて」

 

それは最早、何に対しての『助け』なのか…。

震える声で懇願する自分の言葉に答えるものは、この部屋にはもう誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

「ああー。チクショウ…マジかよ」

 

それはシルフィーナがサティアに連れられ客間から消えた後の事。

テーブルに伏して頭を抱えるグロプは次々と呪詛のような小言を溢していた。

 

一時はお祭り騒ぎとなりかけた会議も二人が退席した今では一旦小休止となっていた。

 

何かを考え込むように顎を擦るマイクがいれば、終始落ち着かない様子で目を泳がせる村長がいる。

伏して頭を抱えるグロプがいれば、ぼんやりと伸びたり縮んだりしているヘロヘロがいる。

それと同じように、この場集った有志とも言える農夫もまた

この小休止の間にそれぞれの動きを見せた。

 

初めての戦闘作戦に互いに鼓舞し合うものや、過去ゴブリンを倒した武勇伝を語るもの、シルフィーナの境遇に涙するものも居れば、単純にシルフィーナちゃんに良いところを見せたいんだと言う下心を持ったものまで多種多様、様々なざわめきを響かせていた。

 

だが、それもサティアが帰ってくるまでの話だ。

唐突に音を発するドアノブに、唐突に開かれる扉に、開かれた扉の向こうから現れたサティアの姿に。

 

「お待たせしました」

 

そして発せられた彼女の言葉に、小休止の終わりを理解させられた一同は同様に口を噤んだ。

 

「ご苦労さま」

 

戻ったサティアを労い、指先で着席を促す。

コクリと頷いたサティアが隣の席に着席したのを合図にマイクが身を乗り出した。

 

「おおよその話が聞けたと思うけど、一度意見を聞きたいところだね。魔物側の立場として今の話、どう思う?」

 

その目線からヘロヘロは自分が指名された事を悟る。

その余りにも突然の指名に一瞬狼狽える。…が、突然感想を問われるなんて事は学生時代の授業の中でも良くあった事である。

何処何処でこんな事件がありました。どう思いますか?

等、解答も自然と定番なものになり勝ちだ。

ならばこういう時の無難な解答は…。

 

「可哀想に思いますね」

「善良だね」

 

親指を立てるマイクに渾身の作り笑いも思わず口角が吊り上がる。

突然の指名に戸惑いながらも、無難に乗り切った事に、安堵の溜息を盛大に吐いた。

 

そんなヘロヘロの気持ちなど露知らず、彼の興味は早速隣の相棒へと向けられる。

 

「グロプ君はどう思った」

「どーもこーもねーよ。これは思ったよりもタチが悪いな」

 

啞然と見詰めるヘロヘロの横で…。

グロプはそう吐き捨てる。

 

「うん。僕もそう思う」

 

啞然と見詰めるヘロヘロの横で…。

マイクもそう同意した。

 

しかし、それはヘロヘロとは別の意味で聞き捨てならない発言だったらしく、頷きあうマイクとグロプの二人に横槍が飛んで来るのは間も無くの事。

 

「ど、どういう事だね?」

 

大いに動揺したであろう村長の質問にグロプはそっと頬を掻いた。

 

トブの大森林を故郷とするグロプの森での狩猟生活は長い、だからこそ分かる事があるのだ。

シルフィーナの話した内容は本来有り得ない。

 

さて、何から説明するべきか…と思案しつつもグロプは取り敢えず思い付くものから口を開いた。

 

「洞窟の中って言うのはオイラ達モンスターに取って一等地なんだよ」

 

勿論、洞窟の中が適さないモンスターだっている。

だが、そんなものは極一部で多くのモンスターは巣穴として洞窟を好むのだ。

ゴブリン、オーガ、トロールだってそう。

そんな洞窟が藻抜けの空だと言う事はまず有り得ない。

 

「普通はモンスターが巣食ってんだ。ゴブリンだったりオーガだったりよ。なんでそんな所に身を隠せんだ?」

「…じゃあ、一掃したんじゃないのか?」

 

どこからかポツリと溢れた呟きのような言葉を思わず鼻で笑い飛ばしていた。

 

「ゴブリン達に追い回され既に満身創痍な連中でか?」

「…複雑な洞窟なら身を隠すところだってあるんじゃないのか?」

 

また別の誰かがまるで独り言のように呟いた。

人間と言うのはここまで分からないものなのか…。

内心でグロプは呆れた。

だが実際はそうあって欲しいと言う期待の様なものだろう。

事実、グロプ自身、自分の推測が杞憂であることを願ってしまう。

もしもこの推測が当たってしまったならば、それは恐らく最悪の事態と言う事になってしまうのだから。

 

「人間の血って奴は匂うんだよ。増してや洞窟のような所じゃ余計にな。気付かれないなんてまず有り得ねーな」

 

確実にモンスターはいたのだろう。

そもそも、それこそが遭遇したゴブリン達の拠点であったと考えても可笑しくはない。

 

では、何故三日もの間、隠れ続ける事が出来たのか?

悔しいことに一つだけ、想定できる事態があった。

何のことはない。腐っても一族の中では腕利きの狩猟班だ。

だからこそ簡単に想像できてしまう。

何せ自分も良くやった手段なのだから。

 

ざわめく周囲の人間に

「それだけじゃねー」

と言って注目を集めると、まず真っ先に気付けと言いたい案件を吐いてぶつけた。

 

「皆も見たろ?あいつ歩くのもやっとと言った感じじゃねーか。それがどうやってゴブリン達に襲われて無事にここまで逃げ延びるってゆーんだ?」

 

そう。無理なのだ。

グロプだって空地の端からフラフラと村長宅へと向かう彼女の姿を見ている。

歩くことで精一杯な程に負傷と疲労を抱えた身体。多数のゴブリン。そして魔物側に有利な森と言うフィールドだ。

これでどうやったら狩人から逃げられると言うのか?

むしろ、どうやったら獲物を取り逃がすと言うのか?

 

「ああ、それは僕も思ったね。恐らくだけど、彼女…。逃げ延びたんじゃなく、逃がされたのかもしれない」

 

ここに来て、グロプと同じ意見に達した人間、マイクが声を発した。

とは言え、マイク自身それは最初から疑っていた。

だからこそシルフィーナが居ない今、魔物側であるヘロヘロとグロプの意見を求めたのだ。

 

「な、何のためにかね?」

 

だが、それに同調できない村長はただただ目を皿にするばかりだ。

いや、ここまでの話の流れで行き着く予想は同じところを示したのだろう。

で、なければここまで顔を青くする筈がない。

ただ可愛そうな冒険者の安否を心配する話でしかなかったものが、一転して村全体の危機に変貌しようとしているのだ。

 

「勿論、人間の村を見つけるためですよ」

 

そんな村長にあっさりと判決を下す。

恐らく死刑判決に等しいソレを真っ先に告げると、村長はまるで自分自身が死刑判決を受けた直後のように項垂れた。

 

「推測ですけどこの森には昔から普通に魔物が生息していたんじゃないですか?たまたま寄生虫の群生地に遮られて発見されなかっただけで」

 

そんな村長にマイクは持論を語る。

トブの大森林に比べれば小さいとは言え、ここの森だってそれなりの規模がある。

にも関わらず、魔物がまったく居ないなんて事は本来考えられない。

マイクが都市からここに移り住んだ頃にはゴブリン等がちらほら目撃されるようになった後だったからこそ気にはしていなかったが…。

村長から聞かされた話では魔物など滅多に出るものじゃ無かったそうだ。

恐らくそれは寄生虫が防波堤の役割を担っていたのだろう。

もしかすると、寄生虫の壁は弧を描くように村周囲の森を覆っているのかも知れない。

 

「それなら十分有り得るな」

 

と、グロプが答える。

最もグロプにとってはそれは確定事項だが、ゴブリンとオークの連合もまだこの村の存在に気付いて居ないのだろう。

それはつまり…。

 

「あえて冒険者を一人逃がす事で村の位置を突き止めるんだ。恐らく尾行されてたんじゃねーのか?あいつ」

 

そう言うことだ。

見失う事の無い程度に負傷させて追い払い、その後ろを尾行して拠点の場所を暴き出す。

 

グロプ自身、良くやった手だ。

 

自分自身命からがら逃げ延び、一刻も早く救助を要請したい状況だ。

尾行されているかも…などと考える余裕も無かっただろう。

多少、負傷させすぎている気もしたが結局そこも上手い下手の問題と言われたらそれまでだ。

 

「…来ると言うのか?魔物がこの村を襲いに」

「ふむ、どう思う?グロプ君」

 

そこでグロプは考える。

この村の位置が知られてしまったのなら遅かれ早かれ襲撃には来るだろう。

だがそれは彼らに誤算が無ければの話だ。

 

彼女は群生地を突っ切ってしまっており、なおかつ彼女自身が寄生されてしまっていた。

これは誤算だったはずだ。

 

「分かんね。群生地を突っ切ってまで尾行したかどうかがまず分かんねー。と言うか普通はしねーと思う」

「ふむ、そう考えると彼女は群生地を突っ切ったから助かったと見る事が出来そうだね」

「だとしても洞窟の件が説明出来ねーなー。尾行の為にあえて手を出さなかったとしか考えられねー」

「群生地の向こうだから諦めたと言う事は無いかな?」

「あるんじゃねーかな?ただそれは向こうさんの備蓄しだいだろうよ?」

「備蓄?」

「モンスターが人間の村を襲う理由は食料だ。でもよ。食料に困ってねーなら、そもそも危険な寄生虫の群生地を抜けてまで襲いには来ねーよ」

「なるほど、因みにそのゴブリン達が食料に困っている可能性はあるかい?」

 

その質問にグロプは

「あるぜ」

と結論を述べた。

トブの大森林の異変が引き起こしたもう一つ弊害。

近隣最大規模の大森林から発生した難民はそれだけで大きな問題となって突き付ける。

それが食料問題だ。

 

「今あの森にはトブの大森林から多数のモンスターが流れ込んでるはず。当然そいつらも森の食料を食い潰す。今は恵みの季節だ。直ぐに食料が底を突くことはねーだろーが、冬になれば食料も無くなる。だから蓄えが必要だ」

 

マイクとグロプとの話の内容に、いつしか農夫達の表情も凍り始めていた。

それはサティアとて変わらない。平然を装っているが、内心では不安で押し潰されそうなのだ。

 

ゴブリンとオーガの連合。

それだけでもオーガの実力を知っているサティアに取っては命懸けだと言うのに…。

連中は頭まで使うと言うのだ。

プレッシャーで吐きそうになる。

そもそも、そんな事を考える連中が本当にゴブリンとオーガだけの連合なのか?

その規模だって、もしかしたら予想よりも遥かに大きいかもしれない。

 

シルフィーナの話を聞いたグロプが伏して頭を抱えた気持ちも分かる。

むしろ平然としている先生こそが異常なのだ。

サティアはそう考えた。

 

だがこの話を聞いて恐怖を感じていない人物…いや、異形が他にもいた。

 

ヘロヘロである。

 

彼、ヘロヘロは恐怖を感じていなかった。

むしろその脳裏にあるのは複数の疑問だ。

 

先程から話に出るのは、ユグドラシルでも最底辺のバッドステータスに最底辺のモンスターばかり。

 

ゴブリンやオーガだって確かに強いのはいる。

だがゴブリン・エンペラーやオーガロード亜種等を単純にゴブリンやオーガと呼称しているとは思えなかった。

 

だが、だとすると恐れろと言う方が無理難題だ。

ユグドラシルにおいて、あれらは敵ではない。

単なるkill数量産機だ。

イベント中、報酬条件にあるkill数を手っ取り早く稼ぐために低難易度エリアに行ってアイテムで敵を引き寄せパッシブスキルで薙ぎ倒すだけの簡単なお仕事だ。

 

勿論、この世界のゴブリンやオーガがユグドラシルと同じと断定するのが浅はかだと言う事は分かる。

 

そもそもユグドラシルのゴブリンは敵をわざと逃がして尾行なんてする筈がない。

…と言うか何のモンスターだってそんな事はしない。

なんと言ってもあれ等は単なるプログラムだ。決められた場所に出現し、近付けば襲ってくるだけの単純なAIしか搭載されていないのだ。

現に生きて食べて寝ると言う生物として当然の生活をする魔物にソレが当てはまる筈が無いのである。

 

だがそんな疑問など最早どうでも良かった。

むしろ問題なのは…。

 

なんでグロプより先に自分に聞いたんですか?

と、ヘロヘロは叫びたい。

マイクに小一時間問い詰めたい。

 

所詮自分はプログラマーだ。上から流されてきた資料を受け取り黙々と画面と向き合いプログラムを組むのが主な仕事だ。

コミュニケーションが得意な人種であるとは思っていないし、得意な訳がない。身の程は弁えている。

 

だからこそ会議は苦手だった。

話せる材料が手元にあっても自分だけ何か的外れな気がして尻込みしてしまうなんて事は良くある事だ。

 

事実話した言葉が的外れなのだから、これはもう笑うしかないだろう。

平然を保っているが心は既に爆心地。

いっそ吐血を吹き出しながら転げ回りたい心境ではあったが、そんな事はしない。

これ以上周囲の目線に耐えられない。

 

せめてグロプから先に聞いてくれれば話を合わせる事ぐらい出来ただろうが、今となってはそれも後の祭りだ。

とは言え、環境の差と言うものもあるだろう。

あっちの世界の授業中に聞かされた事件の感想に『事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!』なんてガチ推理しようものなら、それはそれでヤベー奴だ。

 

ヘロヘロは会議の内容を右耳から左耳へ流しつつ、一人モンモンと考える。

 

円卓の間はもっと気楽だったのにな…。

と、唯一此の世で気楽に参加できた会議の場を思い出す。

 

モモンガさんが司会をして、ウルベルトさんとたっちさんが喧嘩を始めて、ペロロンさんがふざけ始めて、茶釜さんが黙らせる。

 

皆それぞれが言いたい事を言えて、気兼ね無く笑い合えて、場違いなんて言葉はそこには無かった。

ただ、楽しかった。

 

今では自分はこんな様だが皆は元気にやっているのだろうか?

ユグドラシルのアバターの姿で異世界に飛ばされたなんて言ったらきっと笑われるのだろう。

 

モモンガさんならーー…。

ふとそこで見馴れた骸骨が脳裏に浮かぶ。

誰よりもアインズ・ウール・ゴウンを愛し、たった一人最後までナザリック地下大墳墓を守り続けたギルド長。

ヘロヘロがこの世界に飛ばされる瞬間まで、共に円卓にいた仲間だ。

 

彼は飛ばされていないのだろうか?

ふとそんな彼を想った時だ。

ザワッと胸騒ぎが体中を駆け巡った。

何故なら右から左へ流していた会話の内容から、こんな言葉を拾ったからだ。

 

「ーーモモンでも呼ぶか?」

 

その有り得ないタイミングで飛び出した言葉が自分の世界に浸るヘロヘロの意識を強制的に連れ戻す。

それは後ろに並ぶ農夫達から発せられた雑談のようなものだった。

激しい動悸に突き動かされるように、ヘロヘロは180度身体を捻り会話をした農夫二人を真っ直ぐに捉えた。

 

その様子に恐らく村の防衛についての話をしていた会議は止まり、視線はヘロヘロに向けられる。

だがそんなものを気にする余裕など無かった。

 

「ーー今、なんて言いました?」

 

突然食い入るように割って入るヘロヘロの様子に明らかに啞然とする農夫は、ポツリと言葉を零す。

 

「いや、依頼料で村が破産するだろって…」

「その前です」

「村の防衛の為に漆黒の英雄モモンでも呼ぶかって……いや、冗談だぞ?」

 

漆黒の英雄モモン?

モモンガの名前から一文字抜けた名前にヘロヘロは内心で震えた。

冷静に考えれば似た名前の別人だ。

たったそれだけの根拠で友人と結び付ける程ヘロヘロも馬鹿でも酔狂でもない。

 

…無いはずなのに、妙な胸騒ぎが止まらない。収まらない。

まるでそれが友人であると囁やき掛けるように。

その可能性を否定させてくれない。

 

「そのモモンについて教えて下さい」

 

自分でも驚くぐらい必死な声だった。

その様子に何かを感じたのか、面食らった顔を見せた農夫は腕組みで考える。そして。

 

「んー。と言っても周辺国最強の冒険者としか」

「王国のアダマンタイト級冒険者だよ。最近急に現れて最上位まで駆け上がった。二本の大剣と漆黒の全身鎧で身を包んだ冒険者だ」

 

言い淀む農夫に続き、マイクの声が補足する。

再び振り返り前を見れば、席で立ち上がったマイクが見下ろしていた。

 

最近現れた全身鎧…。

マイクの言葉から拾い上げた重要な2つのワードを心の中で転がした。

もしも…。

もしもモモンガがこの世界に飛ばされていたならどうしただろうか?

モモンガは自分とは違い骸骨ではあるが人型だ。

装備で身を包み素肌を隠せば人混みに紛れる事だって出来るだろう。

異型の自分が人里を望んだのだ。

モモンガがそれを望まない理由など無いだろう。

触れば分かる柔らかな衣服やローブと違い全身鎧も彼の立場では都合が良いはずだ。 

彼はマジックキャスターだが、魔法で作った装備は装備出来たはずなのだから。

 

ではモモンと言う偽名は有り得るのだろうか?

ーー有り得る。

ヘロヘロはそう結論付けた。

 

ヘロヘロの知るモモンガは極めて慎重な性格だ。

アインズ・ウール・ゴウンはそもそも敵の多いギルドだった。

ここ2年間の動向は分からないが、その間も敵視される傾向にあったならモモンガが偽名を名乗る事は頷ける。

 

自分達が転移したのなら、他のプレーヤーだって転移していても可笑しくないのだから。

 

ならば偽名としてモモンを名乗るのはどうだろうか?

自分の素性を隠すことが目的であれば、いくらなんでもモモンガからモモンは無いだろう。

ゲームのサブアカウントでは無いのだ。

 

現実となってkillされたら死ぬかも知れない状況で素性を隠す目的でそれは狂人の所業だ。

普通なら有り得ない。

少なくともヘロヘロはそんな名前を選ばない。

 

しかしそれはモモンガであれば一変した。

有り得る。

そう有り得るのだ。

 

頭隠して尻隠さずと言う言葉があるように。

あのネーミングセンスにおいて的確に残念な所を突いてくるモモンガならば、素性を隠す目的でモモンは許容範囲だ。

 

妙に冴える頭がパズルのピースを次々と嵌め込んでいく、それは必然かそれともただの偶然か、マイクの語るモモンの人物像が、それこそ正に本人であると囁やき掛けるように都合の良いピースとなってパズルを埋めていく。

 

ヘロヘロは思う。

断言は出来ない。だがそれでもモモンがモモンガで無いと言う根拠など最早何処にも無かった。

ならば会いに行こう。

ヘロヘロはこの異変の解決後に目指すべき先を心に決める。

 

何故なら予感がするのだ。

虫の知らせと言うのだろうか?

都合の良い話だと言う事は分かっていた。

だがそれでもヘロヘロは信じた。

この神憑りと言っても過言ではない予感と言うものを。

 

そう。決して人違いなどではーー…。

 

「ああ、それと。絶世の美女と二人でパーティーを組んでるらしいね」

 

ーー人違いでした。

と、ヘロヘロは心の中で吐き捨てた。

 

モモンガと言えは…。

お互い彼女がいない事を称え合い。

お互い碌に手を握ったことも無い事を誇り合い。

お互い童貞の契によって固く結ばれた同士であり心の友だ。

それが異性と二人で冒険者をやっているだけでも度し難いと言うのに、その異性が絶世の美女などと…そんな事はヘロヘロは許せない。

いや許さない。

 

結局ヘロヘロは壮絶な勘違いに落胆しつつ、絶対行かない場所のリストにトブの大森林に続いて王国を加える。

何が楽しくて絶世の美女を引き連れたリア充見学などしなくてはならないのか…。

 

その後、シルフィーナが戻ってくるまでの間、怪訝な顔で様子を伺う周囲の者達に頭の悪そうな言い訳で誤魔化す事になり、白い目で見られる訳だが…。

それら全て漆黒のモモンが悪いと、勝手にヘイトが爆上げする事になるのはまた別の話。




いよいよ次から出発です。
戦闘シーンも入るよきっと!…たぶん。

原作のように、オリキャラのパラメータを記載しても面白いかもしれませんね。
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