本編ではリボンの色が創造主を表していると言う仮説を採用しシクスス、フォアイル、リュミエールの『他の創造主によって作り出された者達と喋りたい』グループから、フォアイルがヘロヘロに造られたNPCと言う事になっています。
その他、本家と矛盾した部分があれば報告お願いします。
『腐食のオーラ』→『腐食の瘴気』に訂正してます。
その異変は劇的に現れた。
ゆっくりと…。
そう、余りにもゆっくりと落ちてくるフランベルジュの刀身を見上げ、一瞬巫山戯ているのかとオーガロードを疑った。
しかしそうじゃない。
周辺の様子を伺い、そして直ぐに気が付いた。
世界がスローになっている。
ナーガも、トロールも、シルフィーナも、マイクも、ありとあらゆる者の動きがゆっくりと僅かに動いている。
おや?
と思うヘロヘロであったが、自分以外の世界がスローになると言う謎現象には覚えがあった。
てゆーか、全然謎でも何でも無かった。
戦闘支援システムが作動したのだ。
【戦闘支援システム】
ユグドラシルのプレイヤーが快適に遊べるように最初期から導入されているシステムの総称である。
様々なサポートシステムがあるが、大きなもので2つ。
『動作最適化システム』と『時間差システム』だ。
DMMO-RPGにおいて、バーチャル世界を現実世界のように駆け回る事が出来ると言う事が開発当初から宣伝された売りの一つだった。
その自由度は他のゲームの追随を許さず、腕の関節から指の動きまでリアルに再現されており、だからこそゲーム内では戦闘や冒険だけでなく、ある種コミュニケーションの発展の場として成長を遂げるに至った。
だが鮮明に映す鏡が必ずしも美しい顔を映し出すとは限らないように、現実世界での動きと完全にリンクした動作が必ずしもメリット足り得るとは限らない。
なにせゲーム世界ではレベル100の一流の剣士であっても現実世界では剣はおろか、碌に運動もしていない素人が殆どだ。
そんな素人同士のチャンバラゴッコが白熱したバトルを生み出す筈がなく、動画配信なんてされようものなら、確実に100年前の時代劇見た方が100倍マシなどと罵られるのが関の山である。
これは売上に関わる由々しき問題だ。
せっかくプレイヤーが集っても、自分の戦闘動作が気持ち悪い事に気付いた者が端から引退などされようものならガチャの売上も悲惨な結果となりかねない。
その為に導入されたのが『動作最適化システム』だ。
コンピューターの中に保存されたデータベースを元に、蹴りなら蹴りの、斬撃なら斬撃の、最適化した動作を無意識下に擦り込み、アバターに適応させるシステムだ。
これにより、素人丸出しの滑稽な蹴りが、ゲーム内では華麗な回し蹴りに修正されて反映されるようになる。
そしてもう一つのシステムは人間スペックの差を如何に埋めようかと言う発想から導入された。
大半のプレイヤーが運動すら碌にしたことも無いような慢性的な運動不足を抱えるプレイヤーではあるものの、そうは言っても運動神経と言うものは個人差がある。
如何に『動作最適化システム』で動きだけが達人のソレに達していたとしても、そもそもの反射神経に雲泥の差があればバトルは一方的なものになりがちだ。
言うなれば、レベル100のモンクがレベル1のモンクに翻弄される事態にもなりかねない。
これも売上に関わる由々しき問題だ。
何せ大半のプレイヤーが運動神経0のドンちゃんなのだ。
極一部の体育会系プレイヤーの俺TUEEEを許してしまえば、その他大勢のドンちゃんプレイヤーが絶望して引退して売上が下がると言う事態になりかねない。
体育会系プレイヤーもレベル差があるからそうなるだけで、レベルが上がれば仕返しできますよ。
そんな貴方にレベリング効率を上げるこんな課金アイテムが〜…なんて事になれば一石二鳥。
そこで導入されたのが『時間差システム』である。
対峙したプレイヤーの戦闘レベルから、体感時間を算出して反映させる。
詰まるところ上位のプレイヤーからの攻撃であればより速く、下位のプレイヤーからの攻撃であればより遅く感知するシステムだ。
体内に埋め込まれたナノマシンが神経に介入することにより、強制的に情報伝達から処理の速度を爆発的に向上させ、走馬燈の原理よろしくスロー再生する世界を再現させるのである。
これにより現実世界では蚊も殺せないドンちゃんがゲーム世界では達人の居合斬りを指で挟むようになる。
だが当然、これは生身の身体に負担を強いる。
負け組だけに提供されているゲームならまだしも、ユグドラシルは勝ち組も参加する以上、安全面には厳しい審査があり、『時間差システム』の発動は攻撃されるタイミングか、攻撃をするタイミング。それと一部のスキル発動中に限定され、発動中もプレイヤーの意識一つでオフにする事も可能とすることで負担を減らし、
最も使用者の身体に負担を与える『時間停止』等と言う魔法やスキルでは発動時間が限定され長いクールタイムを設ける事により負担を減らした。
この『戦闘支援システム』ありきで調整されたエネミーやNPCの戦闘AIもレベルに応じて反応速度や戦闘技術が向上されており、NPCやエネミー同士の戦闘であれば、パラメーター以前に反応速度や戦闘技術で圧倒するようになり、一昔前のゲームで言うところの『命中率』や『回避率』を再現していた。
ちなみにNPCには『戦闘支援システム』なんてものは無い。
当然である。
そんなもの無くても人間とコンピューターでは反応速度に雲泥の差があるのだ。
レベル30以降からは人間の反射神経が取り残される事になるらしく。
仮にレベル100のNPCと『戦闘支援システム』の無い人間が戦えば、プロボクサーのジョブを容易に受け止め、フェンシング選手の突きを容易に摘み、剣豪の斬撃を欠伸しながら小指で弾くようになる。
………
……
…
この理論で言えば、正常に『戦闘支援システム』が作動していればレベル30程度のオーガロードからの攻撃は全てスロー再生され、容易に避ける事ができるしトロールの餅付き大会だって開催されて無かった筈だ。
兎にも角にも、ゆっくりと流れるスローの世界は今のヘロヘロにとって都合が良い。
咄嗟に発動させた『常態する強酸』により、取り敢えずは武器破壊の効果が発揮されているはずだが、今のうちに試しておきたい事は山程ある。
不思議なものだ。
ヘロヘロは思う。
あんなに分からなかったはずのスキルの発動方法が今なら当然のように、それも手を動かすぐらい簡単に分かるのだ。
だから試しに、いくつかスキルを発動させておく。
「スキル発動…。武器破壊向上Ⅲ、武闘家の心得Ⅲ、刀軸折りの構え、腐食の瘴気」
その瞬間、身体中の感覚が変わる。
まるで何かの力が身体中に巡り溢れる感覚。
それが一つ一つの効果の内容を雄弁に語りかけ、先程までは無かった万能感に似た感情が胸の中に拡がった。
それにしても遅い。
オーガロードの刀身がヘロヘロに身に届くまでまだ時間がありそうだ。
いっそ今の内にインベントリを開いて、アイテムや装備の確認もしてしまおうかと思ったが、それはもっと落ち着いたタイミングで良いだろう。
回り込んで後ろから『ばぁっ!』と脅かしてやっても良い気もしたが、何より今は武器破壊の性能を試したい。
だからヘロヘロはその場で動かずオーガロードの斬撃を受け入れた。
その感情に呼応したように時の流れが元に戻る。
刹那として、落とされる刃。
それは容赦無くヘロヘロの身体を両断しズブズブと身体の中に吸い込まれたが、今更それに恐怖など微塵も感じない。
オーガロードは如何にも勝利を確信したように、その顔に笑みを貼り付けていた。
勝利の余韻にでも浸っているのだろうか?
自らの勝利に疑いすら持たないその顔が何故だか却って滑稽に見えた。
その顔が驚愕に歪む瞬間を拝みたい。
不意に悪魔が顔を出す。
性格が悪いつもりは欠片も無いが、それでもやはり胸をすく想いと言うものは確かにあった。
武器破壊はある意味平和の象徴だとか何とか主張してきた身であるが、この時ばかりは感じてしまう。
その感情を正しく表現する語弊力は持ち合わせていないが、あえてそれを表現するならこう言おう。
この思わず舌舐めずりしたくなるような感覚と…。
刹那、オーガロードは何かに感づいたように笑みを引っ込めると突然大きく後退した。
そして次の瞬間には再び笑みが貼り付けられていた。
だがその笑みの種類が違う。
先程までが、勝利を確信したものの笑みとするならば、今度は好敵手を見付けた獰猛な狂犬の笑みだ。
しかしそれも一瞬で終わる。
オーガロードは獰猛に笑いながらヘロヘロを睨み付け、そして流れるようにその目はフランベルジュに向けられた。
瞬間、衝撃が走る。
「ば、馬鹿な!?何だこれは!?」
オーガロードは吐き捨てる。
その手には鍔から先の刀身がドロドロに溶けて無くなったフランベルジュの一部が握られていた。
そして再び前を見る。
斬った場所から変わらずヘロヘロはそこにいた。
変わらぬ形。変わらぬ大きさ。変わらぬ姿勢。
なのに最早オーガロードの目には同じに映らなかった。
「ひぃぃ」
「おぇぇ」
「助け…」
そして同時に周囲の異変が訪れる。
周りの下僕がバタバタと倒れ、地面に転がりのたうち回っている。
ゴブリン等の弱いものは地面に倒れ泡を吹いてピクリともしなくなり。
オーガ等は地面を転がりのたうち回り。
トロールは身を丸めてガタガタと震えだした。
明らかに異変を訴える下僕の様子に、その渦中にいると思われるスライムを呆然と見た。
どす黒いオーラを吐き出し続ける粘体を…。
まだ息があるなんてものじゃない。
無傷だ。
それどころか、得体の知れない何かを目覚めさせた。
そう確信できる程に、尋常じゃない何かをそのスライムに感じた。
有り得ない。
心の中でそう吠える。
魔神の神器が呆気なく溶けて無くなった事もそうだが、何よりも有り得ない事は…。
この自分が、オーガを統べる王たるオーガロードが、一瞬とは言えスライムに恐怖を覚えた事だ。
有り得ない。
認められない。
許せない。
オーガロードの王たる自負が咆哮を上げる。
「よこせ」
オーガロードはドロドロに溶けたフランベルジュを手放しトロールからハンマーを奪い取る。
そしてソレを全力でヘロヘロへと振り降ろす。
ーー瞬間に溶けて無くなった。
「!」
その衝撃が一瞬顔に出る。
続いてオーガの棍棒を拾い上げ。
殴った瞬間、当たる直前には溶けて無くなり代わりに腕が焼けただれて無様に床を転げ回った。
今度はゴブリンの槍を拾い上げ。
その時の反動で、溶け始めていた矢じりはポロリと落ちて消えた。
この時点で、オーガロードの戦意は一気に地に落ちた。
胸の中で吠える王たる自負も鳴りを潜め、ただ黙ってヘロヘロへと目を向けた。
ーーー
ーー
ー
フランベルジュで斬られた後は、ハンマーで殴られ、棍棒で殴られ…。
誇らしいまでの武器破壊スキルは問題無く全て破壊し尽くしてくれたのだが、ヘロヘロに達成感なんてものは微塵も無かった。
むしろ残されたのは残尿感だ。
物足りない。
魔神の神器等と誇らしげに語っていたからてっきりゴッズアイテムなのかと思ったが、いざ溶かしてみたらあっさりと溶けた。
これならまだユグドラシルの戦士が使い捨てに振るってきた武器の方が余程上物なのでは無いだろうか?
騙されたのかな?
一瞬、ユグドラシルにも流行ったバザー取引での詐欺事件が頭に過ぎり、その被害者とオーガロードを重ね合わせた。
可哀想だから黙っていよう。
そんな憐憫の情を向けつつ、既に放心状態になっているオーガロードを横目にヘロヘロはインベントリを確認する。
本来戦闘中にインベントリを開くなんて自殺行為だ。
だからこそ戦闘中に装備やアイテムを素早く取り出せる課金アイテムは課金者にとっては必須アイテムと言える。
とは言え、オーガロードも直ぐに攻撃して来るようには見えないし、そもそも現状ヘロヘロをどうにか出来る敵がいないと言う事も事実であって…。
お構いなしにインベントリを開いて装備を確認した。
すると触腕に10個の指輪が浮き上がる。
予想してた事だが、やはりこの黒い身体に取り込まれるように装備自体はされていた。
「……あー。なるほど」
それによって初めて自分の装備が確定した。
なんの事は無い。
だいたい予想通りだった。
チラリと一度オーガロードを見る。
そろそろ攻撃スキルも試してみたいところだ。
せっかくだから盛大にやりたい。
となると、デメリットが高い為に普段は外しているあの指輪に入れ替える必要がある訳で…。
何かを取り外す必要があった。
視覚の指輪は論外だ。
これを外すと何も見えない。
武器破壊効果を上げる指輪は選び難い。
まだ武器を隠し持っている可能性はある。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも、なんとなく気が乗らない。
だからこれにした。
リング・オブ・ステルス。
あらゆる探知系を回避する指輪だ。
善は急げとヘロヘロはその指輪に触腕を掛ける。
そしてそれを外した。
ーーー
ーー
ー
ナザリック地下大墳墓・第9階層ー…。
フォアイルはその日、どこかしんみりした気持ちで食堂の席に腰掛け目を落とす。
その顔が浮かない理由は別に献立のメニューが気に入らないとかそう言う事では無い。
偉大なる主人であるアインズ様が週に1日もの休暇を取らせようと計画し打診されたと言う話をペストーニャ様から聞かされた事も…少しはある。
だがそれとは別にフォアイルは一つの疑問を抱いて拭えずに胸に秘めている事が…。
そしてソレを唐突に思い出してしまった事が最大の要因だ。
あの日、ナザリック地下大墳墓がこの世界へと転移する直前まで、ヘロヘロ様はこのナザリックに居られたのではないのか…。
それがフォアイルの抱く疑問であった。
勿論、疑問に抱くぐらいなのだから確証がある訳ではない。
ただ、胸騒ぎに近い予感がするのだ。
ヘロヘロ様は指輪の効果で普段から気配を隠されている御方ではあった。
しかしそれでも直接創造されたフォアイルには胸騒ぎに近い感覚として感じるのだ。
残り香のように感じる僅かな気配が…。
しかし、アインズ様の口から説明が無い以上、ただの下僕でしか無いフォアイルがそれを問い詰める等と恐れ多い事など出来るはずが無かった。
もしもそれでアインズ様の不興を買うような事になれば自分はどうすれば良いのか…。
だからフォアイルはそれが頭に過る度に自分に言い聞かす。
そう。全ては気の所為だと。
至高なる41人であり自身の創造主であるヘロヘロ様を想う余りに錯覚のように感じてしまうのだと…。
その日もまたフォアイルは自分に言い聞かす。
それなのに…。
その日、その時…。
ほろりと一筋の涙が頬を伝った。
まただ。
思わずフォークを握る手に力が籠る。
フワリと漂うヘロヘロ様の気配。
その錯覚が胸一杯に拡がって、懐かしさと同時に喜びも悲しみも虚しさも…。
ありとあらゆる感情がフォアイルを支配した。
そんな時…。
「泣いているの?フォアイル」
対面に座るシクススから声が掛けられる。
心配されて当然だ。
食事の最中に突然涙なんて流している訳なのだから。
思わず片手で目を擦り。
『何でも無い』と笑って誤魔化そうと顔を上げ、そして想定外なものを見て時間が止まった。
シクススの隣、一足早く夕食を食べ終え静かに本に目を落としていた筈のインクリメントの頬にも涙の筋が出来ていた。
戸惑ったように目元を拭う彼女と目線が重なり、一瞬驚いたように目が見開いたかと思うと、時間が止まったフォアイルに代わって口が開かれる。
「…フォアイル。貴方も?」
そして気付く、涙を流しているのはフォアイルとインクリメントだけではない。
ある一つのグループで構成されたテーブルの席に付く者達も皆、一様に戸惑ったように涙を流し、ある者は立ち上がり、ある者は抱きしめ合い。
他のグループの一般メイド達の注目を集めていた。
ヘロヘロ様から創造されたある意味姉妹と呼べるグループが座るテーブルだ。
そんなものを見てしまったなら…。
そんな言葉を聞いてしまったなら…。
もう無理だ。
フォアイルは胸の奥底から噴火する感情にいとも容易く白旗を挙げると、決壊した涙腺から流れ落ちる涙を何度も手で拭い、やがてその顔を両手で覆った。
「…感じた。ヘロヘロ様の…ヘロヘロ様の気配を感じたよぉ」
胸の奥底から込上げる感情を涙に、そして声にして吐き出した。
泣き崩れるフォアイルの背にそっと添えられる手の感触。
見れば何時の間にか隣まで回り込んで来たシクススも釣られたように目に涙を溜めて、気遣うように手を添えていた。
そんなシクススに思わずフォアイルは立ち上がり抱き締める。
胸に溢れる想いはどうしようも無い程の歓喜と感動だ。
一部の例外を除き、ナザリックに勤める創造されし下僕の誰もが抱く一つの不安。
胸に一つの凝りを残しながらも、気丈に振る舞いながら最高の主人であるアインズ様に仕える下僕は誰もが抱き考える。
だが、そんな不安を一蹴するように届けられた御方の気配が、その実感が、胸の中で叫ぶのだ。
ーーーー私達は、見捨てられていなかった。
シクススの胸にしがみつき、これでもかと涙を拭って胸一杯に拡がった安堵を噛み締めた。
涙に涙。
そのような光景は伝播するように食堂全体に拡がった。
シクススもそう。
リュミエールもそう。
ヘロヘロ様によって創造されたグループの皆は勿論のこと、一般メイドから料理長、そして使用人までも巻き込んで、食堂全体に鼻を啜る音が拡がった。
ーーー
ーー
ー
ガシャンと響く音と共にティーカップが割れて中の紅茶が飛び散った。
ユリもルプスレギナもナーベラルもが、落とした張本人を見て目を丸くする。
何故ならそれがソリュシャンだからだ。
「…珍しいわね。貴方がそんな。ルプスレギナじゃあるまいし」
テーブルを囲み静かにティーカップを傾けていたユリが落ちたティーカップとソリュシャンの顔を交互に見詰め、そんな感想を口にする。
「しないっすよ?」
隣でそんな抗議の声が聞こえた気がしたが気にしない。
それよりも、心ここにあらずと言ったソリュシャンの様子が気になり思わず顔を覗き込む。
「…ごめんなさい。私ったら」
そして突然ハッとして我に帰ったソリュシャンが立ち上がり、テキパキと落ちたティーカップと濡れた床の処理をする。
しかし明らかにソワソワした様子は何時もの落ち着きあるソリュシャンのソレとは程遠かった。
「どうかしたの?ソリュシャン。…言ってみなさい」
だからユリはその手を掴み、顔を覗き込む。
そんなユリに釣られて顔を上げるソリュシャン。
光の無い瞳をレンズ越しに睨み付け、そしてようやくソリュシャンは口を開けた。
「ヘロヘロ様の気配を感じた気がして…」
「ヘロヘロ様の?」
「…気の所為かもしれないけれども」
消え入りそうな言葉を付け足し目を落とす。
その様はまるで不安に駆られる子羊だ。
だが、その気持ちはユリには痛い程に良く分かる。
至高の41人の内、アインズ様を除いた40人が御隠れとなって既に久しい。
その中には当然、創造した下僕である自分達を残して御隠れとなった御方も相当数含まれている。
至高の御方に仕える事こそが我々下僕の幸福であり全てだ。
今では唯一の至高の御方であり、最後まで我々下僕に付き添って頂けた慈悲深きアインズ様に絶対の忠誠を捧げているが…。
もしも自身の創造主にもう一度忠誠を捧げられるなら…。
そんな事を夢に見ない者などこのナザリックに果たして居るのだろうか?
「……」
だからこそユリはソリュシャンに掛けるべき言葉が見付からずにいた。
もしかしたら、このままソリュシャンはヘロヘロ様を探しにふらりと消えてしまうのでは無いか…。
そんな不安が脳裏を過る。
そんな時…。
「大丈夫っすよ」
突然投げ掛けられるその言葉。
振り返れば、椅子に寄り掛かって座るルプスレギナが片手にティーカップ、もう片方にポテトチップを摘んで、ぼんやりとそのポテトチップを見詰めていた。
「ヘロヘロ様なら大丈夫っす。完璧に全てを熟す事が出来る…。41人の内のお一人っすから」
「ねっ?」と笑いかけるとルプスレギナの笑顔。
それを見て、ソリュシャンからスーっと焦りのような何かが消えた。
そしてソリュシャンは立ち上がる。
「当たり前でしょ?私はただ…。ヘロヘロ様のお近くでお役に立てない事がもどかしかっただけよ」
片手で髪を靡かせて、ルプスレギナに背を向ける。
「ユリ姉さん。仕事に行ってきます。…ヘロヘロ様がお帰りになった時に、恥ずかしい姿は見せられませんもの」
扉に消えるソリュシャンの背を見送って、残された三人はそっと顔を見合わせる。
ヘロヘロ様の気配と言うものはこの三人では感じられない。
だからこそソリュシャンの話は半信半疑な所もあった。
ただ、創造された者特有の何かがあるのだろう。
現にソリュシャンは何かを感じて、焦りを見せていた。
そして背を向けた姿からも確信めいた何かを感じた。
ヘロヘロ様の御帰りと言うものを…。
「ヘロヘロ様か、会いたいわね」
「そりゃそーっすよ。ヘロヘロ様と言えば戦闘一般問わずメイドに深く関わりを持たれた御方っすからね。言わば我々の模範となる御方っす」
「そう言う意味では、ルプスレギナ、貴方が一番怖いんだけど。くれぐれもヘロヘロ様を失望させる事が無いように」
「ユリ姉、酷いっす」
ナーベラルの一言を皮切りに、盛り上がる話題はもっぱらヘロヘロの事ばかり…。
だが彼女達は誰一人として口にしない。
仕事に行くと言って背を向けたソリュシャンに対して、今時分やれる仕事があるの?等と野暮な事を口にするものなど、今ここには居なかった。
ーーー
ーー
ー
「今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解出来ますが、せっかくなので最後まで残っていかれませんか…」
何となく…。
本当に何となく、アインズはあの日のヘロヘロに告げるべき言葉を口の中で転がした。
もしもあの時に、ヘロヘロさんにその言葉をちゃんと伝える事が出来ていたのなら…。
そんな後悔を感じた事は一度や二度なんてものじゃない。
そんな事を突然思い出したのは、アインズが密かに狙っている「ナザリックホワイト企業プラン」の進行に頭を悩ませているからだ。
理想を言えば、週休2日制、有給、連休、ボーナスから福利厚生、更には社内旅行まで整えられた職場環境を作りたい。
連休だって三ヶ日のようなケチなものでは無く、正月や御盆、GWのような大型連休を実地したい。
これらは何もアインズの妄想の中だけのものでは無い。
勝ち組がどのような職場環境で働いているかなど世界が違い過ぎて想像出来ないが、100年も前には普通に取り入れられていた制度だったらしい。
兎も角、そんな環境の実現に取り組むべくモモンガは日々奮闘している訳なのである。
とは言え、実現の道程は果てし無く遠い。
試しに一般メイドに休暇制度を持ち込んだ際には「自分達から仕事を奪わないで欲しい」と直談判され。
三ケ日の導入の為に自ら休みを取ろうものなら一般メイド総出で酷い目に会った。
結局今でこそ41日に一度、アインズ当番の前日にコンディションを万全に整えると言う名目で休暇を与えるに至っているが…。
現状ホワイトどころか元の世界ですら追随を許さぬブラック体制だ。
ヘロヘロさんが遺した娘達とも言える一般メイドを彼が勤めるブラック会社以上に劣悪な環境下で酷使しているなど、ヘロヘロさんが知ったら何と思うのか…。
だからアインズは奮起した。
せめて41日に一度と言う極悪な休暇制度を週一日の休暇に取り替えようと密かにペストーニャに打診したのである。
今頃はそれが一般メイドに伝えられている頃だろう。
…本当、なんでそれを一般メイドにそれとなく言ったらこの世の終わりのような顔を見せるのか。
だがここで、待てよ…。とアインズは気付く。
一般社員が大企業の社長から連休を仄めかされた時に嬉しそうな顔をするだろうか…と。
本心はどうあれ、少なくとも社長の前ではしないだろう。
そんな事でやる気が無い奴だと評価されるリスクを取るぐらいなら、心を無にしてでも誠意ややる気をアピールする筈だ。
それに気付いたアインズは遠隔視の鏡を起動する。
本来ナザリックは攻性防壁によって護られている為に外部から情報系魔法を用いた場合、手痛い反撃を受けることになるが、内部から内部であれば問題無い。
映す場所はこの時間帯に一般メイドが集まっていると思われる食堂だ。
もしかすると降って湧いた休みに今頃、メイド同士で何をしようか等と話題に華を咲かせているかも知れない。
何処かワクワクした気持ちでアインズは遠隔視の鏡を食堂に合わせ……。
「……」
そしてそっ閉じした。
しばらくその場で頭を抱えた後、休暇制度を週一日に取り替える計画はひとまず断念しようと決意した。
捏造要素
○戦闘支援システム
○フォアイルの創造主