ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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明けましておめでとうございます(・∀・)
お気に入り数500突破!祝!!
なんか前回投稿で日間ランキング27位ぐらいなってました。
なんででしょう?
御蔭様でお気に入り数100ぐらいぐーんと伸びました!
ランキング効果凄い!

『腐食のオーラ』→『腐食の瘴気』に訂正しました。


ヘロヘロ、冒険者救出大作戦 その9

斑に並ぶ森を抜け、少し開いた丘には草花が生茂る。

夜空に浮かんだ月に照らされ、柔らかな灯りに包まれた草花達は、冬の到来までの残された期間を謳歌するかの様に、ぞれぞれの色をもってその丘を染め上げていた。

 

その何処か儚げにして、幻想的な夜の光景の中に足を踏みしめる2つの影がある。

それは幻想的なまでに美しい景色に誘われた男女。

否。

片方は二足歩行の狼だ。

 

それでは、狼男に追われる赤ずきん。

それも否。

もう片方は二足歩行の蛙であった。

 

思わずバードも筆を折ってゴミ箱へと投げ捨てたくもなる光景を他所に、2体の影は幻想的な景色を彩る草花を容赦無く踏みつけ、丘を横断していた。

 

当然である。

この二体の亜人種に景色を楽しむ余裕などある訳無かったし、そもそもそんな感性が無い。

 

畜生。何時まで追い駆けて来る気だ。

蛙男、詰まるところトードマンは心の中で毒づき必死に駆ける。

何故なら後ろには追跡者が迫っているのだ。

とは言え、最早限界は近い。

そもそもワーウルフとトードマンとでは生態的に足の速さが違うのだ。

しかもトードマンは手負いだった。

背中に突き刺さったダガーの傷口が激痛となって駆けるトードマンに容赦無く牙を向く。

 

畜生…。

徐々に縮まって行く距離に、焦りを覚え何度目かの悪態を吐き捨てる。

 

死ぬ。殺される。もう助からない。

脳が様々な悲鳴を吐き出し、最早諦めの境地に陥ろうかと言うグロプに運命の女神もそっぽを向いた。

そして最早その距離は目と鼻の先まで詰められ、ワーウルフの鋭い爪がグロプの背を容赦無く襲う…。

 

「……」

 

と思ったら並走していた。

隣に並び走るワーウルフを半目で眺め、そのまま追い越してどっかに行こうとするソレに思わず声が出た。

 

「お前…」

「あ、何だよ!?」

 

ワーウルフもワーウルフで若干追い抜いて前を走っていたところを、わざわざペースを下げて再び真横で並走なんてしたりする。 

律儀な奴だ。

 

「何やってんの?」

「見て分かんだろ!?逃げてんだよ」

「…え、なんで?」

 

思わずそんな反応にもなるが、安堵と共に肺が限界を訴え疲労がドッと押し寄せる。

何よりももう酸素が保ちそうにない。

 

「いや、まって。止まろうぜ。もう限界」

 

訴えるや否や足を止め、ゼーハーゼーハーと息を荒くしてその場に屈み込む。

 

「何だよ?もうへばったのかよ。情けねーなー」

 

等と容赦無く悪態を吐き捨てながらも、足を休めるグロプに合わせてワーウルフも止まっていた。

いや正確には動いている。

その場でメチャクチャ足踏みしているが、前には進んでいない。 

その場で足踏みしながら睨んでいるのである。

 

「…なんでお前が逃げんだよ?」

「お・ま・え・ら、が無駄に抵抗してくれた所為だよ!お陰で被害が相当出たじゃねーか!?どうしてくれんだ!?あん!?」

「………はぁ?どう言う事だよ」

 

たっぷりと間を置いて考える。

確かにマイクの活躍もあって被害は与えた。

が…。それがワーウルフが逃げる理由に繋がらない。

刹那、ワーウルフが足踏みを辞めた。

代わりに頭をこれでもかと掻きむしる。

 

「だあああ!!もう察しわりーなーもう。お前はアレか?村で狩りをする時、兎一匹狩るのに村の備品殆どダメにしても平気なタイプか!?これから冬に向けて蓄えなきゃいけない時に狩猟道具殆ど失って大変だな!お前の村!!」

 

酷い言われ様に思わずカチンと頭に来る。

…が、それはそれとして言いたい事は伝わった。

予想はしていたが、今回の騒動自体、魔物側に取っては誘い漁だったのだ。

それも多勢に無勢。

あちらさんに取っては簡単な漁だった。

ところがどっこい蓋を開けてみればゴブリンとオーガに多数の被害を出してしまった。

そしてその責任者が彼なのだろう。

当然、お咎め無しでは済まされない。

 

「…ああ、成程な。で、お咎めが嫌で逃げてる訳か」

「お咎めで済むかよ!殺されるわ!!」

「そんなキツイのか?」

「キツイなんてもんじゃねーよ。無能にゃ死だよ!絶対殺される。なんてったって周りの一族を滅ぼして無理矢理従わせてるような奴だぜ?」

「ふーん。そいつは危ねー奴だな」

 

さてどうするか、グロプは思案する。 

正直な所、嫌な情報だった。

大人しく一つの縄張りに留まっていてくれるタイプの連合なら森の端っこぐらいで細々と生きていく事が出来るが、周りの一族を吸収して5種族連合なんて作る辺りまず間違いなく勢力を拡大していくタイプだ。

 

遅かれ早かれ森は制圧される。

村だって安全とは言い難い、寄生虫の群生地に取り囲まれるような形で護られているとしても、安全に襲えるルートが無いわけじゃない。

川の中を伝って行けば、群生地の内側に行けるだろうし最悪平地から回り込めば済む話だ。

 

これはいよいよ森を捨てる必要があるか…。

そんな事を考えた時だ。

突然背後に途轍もない気配を感じて振り返る。

 

「な、なんだよ。これ…。」

 

方角の先は洞窟だ。

それなりの距離を逃げてきた筈だが、ここまで届く死の気配。

それは余りにも規格外だった。

 

気配を読む事に特化している分、肌で感じる禍々しい気配は立ち所にその危険度を脳に叩き付け肌を粟立たせる。

この距離でそれなのだ。

もしも間近でコレを見たとしたならどうなってしまうのか…。

 

「あん?どうした急に?」

 

コイツは感じて居ないらしい。

ふてぶてしく顔を覗き込むワーウルフに、グロプはなんとか目線だけを向ける。

 

「こんなに、こんなにヤベーのか…。お前所のボスは?」

「そりゃそーだ。オーガロードだぜ?伝説上の怪物よ」

 

 

 

ーーー

ーー

 

世界が凍て付いた。

背筋が凍る等と言う言葉があるが、そんな言葉では到底表現出来ないような、余りにもあんまりな絶望感。

臓腑の芯まで凍り付く感覚は本能が自我に囁きかける恐怖と言う名の信号だ。

 

立ち所に身体は呼吸を忘れる。

体幹は崩れバランスを失い。

脚は最早そんな身体を支える機能を失った。

結果として尻餅をつく。

 

その目は未だに釘付けとなったソレから離すことは出来ず。

にも関わらず、ソレの挙動一つで恐怖と言う名の楔が打ち込まれ絶えず声にならない絶叫が内部で響き合う。

 

何故、今までコレを平然と見ることが出来たのか?

先程までの自分の正気すら疑った。

 

死の権化。

この世の常識から隔絶した絶対者。

 

例える言葉は山程あるが、互いの立場から決定的な事実を口にするならソレは敵対者であり捕食者だ。

食物連鎖からくる本能の前には長年培って来た王としての誇りなど糞の役にも立たない事が良く分かる。

 

故に誇りも矜持も圧し折れた。

自然と両手は身を守るように頭を覆い、脚は無意識に宙へ浮く。

抵抗する意思なき弱者のポーズだ。

ほんの少し前まで侮辱の対象ですらあったソレを今のオーガロードは取っていた。

 

一方…。

ヘロヘロは首を傾げた。

探知阻害の指輪を外した瞬間、明らかに周りの様子が変わった事が気になった。

 

対面にいるオーガロードなんて尻餅をついたかと思えば見るからに怯え始めている。

周りを見渡せば、【腐食の瘴気】の影響でバッタバッタと倒れ始めたオーガやゴブリンに続いて、トロール達も膝を突いて縮こまってしまっている。

 

ヘロヘロはまず真っ先に【腐食の瘴気】をオフにした。

これは確かに特殊ダメージと『毒・恐怖・麻痺』の三種のバッドステータスを付加し周辺のエネミーを薙ぎ倒せる優れたパッシブスキルであり、今のこの状況も理解できるのだが…。

様子が変わったタイミングがそれじゃないのだ。

 

十分に周りの様子を眺め、観察し、次いでヘロヘロはまじまじと外したばかりの指輪を眺めた。

リング・オブ・ステルス。

あらゆる探知系から回避する効果がある指輪だ。

 

なんでコレを外した瞬間苦しみ出したのか?

首を傾げても答えは出ない。

兎にも角にもリング・オブ・ステルスを触腕に戻した。

 

 

凍り付いた世界が消える。

臓腑を凍らせ肺の機能すらも麻痺させた圧倒的な強者の気配は消え去り、思い出したように酸素を貪った。

とは言え、一度体感してしまった恐怖は消えない。

 

先程までの恐怖が喉元にナイフを突き付けられている瞬間とするならば…。

今の恐怖は、その殺人犯が喉からナイフを引っ込めた後のような感覚だ。

一抹と安堵と不安と恐怖が混じり合ったような後味の悪さは胸にある。

 

取り敢えず、弱者の象徴たる無様な格好からは開放されてスライムを見やる。

 

件のスライムはまるでこちらを観察するように終始眺めたままだった。

思えば最初からこのスライムから闘争を思わせる緊張感は感じられなかった。

それもそのはずだ。

 

次元が違う。

桁が違う。

最早、闘争と言う言葉が滑稽な程に、彼我の実力差は明白だった。

最早オーガロードに闘争心など残っているはずも無く、残されたのは強者と弱者との関係性のみ。

牙の折れた子鼠が大蛇の腹に収まる事は抗いようの無い自然の摂理だ。

 

オーガロードは幸運だった。

何故ならヘロヘロが一人だったから。

ナザリックとは別に転移し、未だにナザリックと合流を果たせていない。

もしもこの場にナザリックの面々が居たのなら、きっと彼等は許さない。

至高なる存在であるヘロヘロを侮辱し敵対し攻撃したオーガロードを決して許さない。

刺して、削って、焼いて、潰して、煮て、千切って…。

ありとあらゆる苦痛をもって自我を崩壊させた後に見せしめの為に晒されるか下僕の餌にでもなるだろう。

 

オーガロードは幸運だった。

何故ならヘロヘロは弱者を無意味に苦しめる趣味など持ち合わせていないのだから…。

それが例え仲間を傷付けた者達であったとしても。

それが例え村の人達を蹂躪しようと企んでいた者達であったとしても。

 

ヘロヘロに取っては等しくエネミーだ。

パッと殺してサッと終わらせる。

それだけの存在でしかない。

 

実のところ、ヘロヘロは怒っていた。

憤りを見せる程では無いし、そう言う性分ではないが、それでも彼等は大切な仲間を傷付けたのだ。

 

その借りは当然返さなくてはいけない。

 

「では、そろそろ行きますね」

 

そしてあべこべになった死刑執行人は宣言する。

死刑判決を受けた罪人に処刑の時を宣言する。

 

ヘロヘロは結局指輪を変えずに攻撃に踏みきった。

それは詰まり最大火力を断念したと言う事だ。

それ自体に深い意味はない。

そもそも深く意味を追求するような相手ではない。

あえて言うなら、外して付けて、また外して、等と言う動作が面倒になったからだ。

 

ヘロヘロがスキルを発動すると、周囲に強力な酸が湧き上がり人の頭程度の大きさの球体となってヘロヘロの周りを漂い始める。

その球体の数は7つ。

その一つだけであってもオーガロードを容易く溶かし切ると思わせるだけの禍々しさがあった。

 

「な、何をやっている!は、早くあのスライムに襲い掛からんか!!」

 

思わずオーガロードは叫ぶ。

対象は隅で縮こまっているトロールとナーガだ。

しかしその声は彼等に届かない。

 

顔も挙げず、目を向けず。

這い蹲ったまま一心不乱に地面へと顔を埋めていた。

 

そうのこうのしている内に、漂う球体の一つがヘロヘロの前でピタリと止まる。

それはまるでオーガロードへと狙いを定めたようにも見て取れた。

途端に心臓が飛び跳ねる。

命乞いでも何でも良いからスライムから攻撃を遠ざけたかった。

 

「まて!待ってくれ!!」

 

叫び、そして目を泳がし、そして直ぐに交渉材料を見付けて飛び付いた。

 

「そ、そうだ。人間!人間がいる!!全部お前にやろう!!内臓が特に美味いんだ」

「それが私の仲間なんですけどね」

「あああ!!違う!そうじゃない!知らなかった!そう俺は知らなかったんだ!人間の事も、貴さ…貴方様の事も、部下が勝手にやった事で、不幸な事故だった」

「……」

 

醜い。

ヘロヘロは思った。

コイツはクソブラック会社の上司と一緒だ。

普段は偉そうに踏ん反り返っている癖に、いざ問題が起きれば『知らなかった』だの、『部下が悪い』だの、『不幸な事故』だの…。

 

そして責任を押し付けられ会社から消えた部下の事など考えもしないのだろう。

 

ふと目線だけを向ければ、這い蹲って震えるトロールやナーガから嗚咽のようなものが聞こえていた。

最早逃げられず、かと言って慈悲に縋りつこうにも許される筈が無い彼等は殺される瞬間を黙って待っている様でもあった。

 

だからこそ、ヘロヘロの殺意はオーガロードへと向けられる。

過剰なる報復がアインズ・ウール・ゴウンのモットーだ。

仲間を傷付けた者がどれだけ無様な末路を遂げるのか、それを教えてやる。

その殺意に呼応するように、ヘロヘロの周辺を漂う7つの球体が全てヘロヘロの前に集結した。

後は引き金を引くだけだ。

 

そんな時…。

 

「…なんなんだ。貴様はいったい何者なんだ」

 

ポツリとオーガロードの口からそのような譫言が零れ落ち、それが攻撃をしようとするヘロヘロの心に待ったを掛けた。

 

自分が最も輝いていた時の思い出を垣間見た直後だと言うこともあり、その質問がヘロヘロの胸を打ったのは、ある意味必然だったのかも知れない。

自分が何者であるかを考えた時、まず真っ先にソレが頭に過ぎったのだ。

聞くものが聞けば何を今更と笑うだろう。

その資格は最早ヘロヘロには無いのだろう。

 

だけど、今この時はあの頃のまま。

もし許されるなら、あの肩書を使いたい。

 

「アインズ・ウール・ゴウン。ギルドメンバーの一人。ヘロヘロです」

 

打って響く音のように、その声色は洞窟内部に拡がった。

今となっては何でも無い戯言だ。

言うこと言ったしとっととこのイベントを終わらせようかと思考を切り替え始めたその刹那…。

全く予想外なオーガロードの反応に、驚愕させられる事となる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン!アインズ・ウール・ゴウンだと?そうか、貴様がそうなのか!?」

「え?アインズ・ウール・ゴウンを知ってるんですか?」

「…ああ。部下から噂は聞いた」

「それはどう言う噂を?」

「…教えたら助けてくれるか?」

「……」

 

そう来る?

張り詰めた空気が一気に弛緩する。

そんな心境の変化に球体が呼応したように四散して、ヘロヘロは思わず目をパチクリさせて考える。

 

思いもがけない取引だった。

アインズ・ウール・ゴウンがあると言う事は高い確率でこの世界にギルド長が、友達がいると言う事だ。

ヘロヘロは正直その提案に飛び付きたい気持ちはあった。

だがそれを後ろの仲間達がどう思うのだろうか?

そんな不安に後押しされるように、そっとシルフィーナの顔色を伺った。

 

そう。この時初めて振り返る。

ヘロヘロは振り返る。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

静かで、寒くて、暗い場所…。

深い深い海の底。

光すら届かぬ暗闇の中で漂う何かになって、ユラユラと海藻のように揺れていた。

 

ドロドロになって溶けていく意識の中で、この身体も意識も何もかもが暗闇に輪郭が曖昧になって消えていく。

そんな気がして受け入れた。

 

嫌じゃなかった。

何故だか、この冷たさが心地良い。

 

ふと、暖かな陽射しを受けた様な気がして瞼を開く。

そこにあるのは差し出された誰かの手。

 

『ーーー立てるかい?お嬢さん』

 

それがいつかの光景と重なり、サティアは思わず手を取った。

刹那にして海底から水面へと引っ張られ、白い世界が顔を出す。

 

ーーー瞬間…。

 

スポンっと、スッポ抜ける何かの手。

結果としてサティアは再び海底へと投げ出される。

 

「……」

 

鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で見上げれば。

水面の手前ではユラユラと揺れる手が、まるで人を小馬鹿にするように戯けた様子で漂っていた。

 

そして再び手を差し出してくる。

 

それが何処と無く、戯けた時のマイクの姿と重なって見えてくる。

巫山戯ないで下さい…と、両頬を膨らませ。

サティアは再び手を取った。

今度は両手でガッチリと、掌でなく手首を握る。

そして再び浮上して、途中でスポンと手首が抜ける。

 

仏の顔も3度まで…。

仏ではないサティアは2回で青筋が額に浮かんでいた。

ケラケラと人様を嘲笑うかのように漂う掌が再びサティアの前まで差し出されたその時には、

 

「ふ・ざ・け・ん・なああ!!」

 

と、ばかりに怒号を上げて水面の上までよじ登っていった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

そして目を開く。

見慣れた天井は自分の部屋のいつものソレだった。

いつもの…では無いものがあるとするなら。

 

「おや、気が付いたかいサティア君」

 

まるで付きっきりで看病でもしていたような位置にマイクの頭があった事だろう。

顔を覗き込むように見下ろすその頬に手を当てて、その感触を確かめる。

そしてようやく安堵が全身に広がった。

 

「先生。いざと言うとき、私だけを助けようとするところ…嫌いです」

「うむ、だろうね」

 

そう言ってマイクは頬に伸ばされた掌に自分の掌を重ねる。

分かっているのかいないのか…。

多分この人は同じ事を繰り返す。

思わず溜息を吐き捨てたくもなるものの、身体はそんな気持ちに反旗を翻し、微笑んでいた。

それはきっとマイクが微笑んでいたからだろう。

 

結局いつもこの人には勝てはしない。

諦め半分で手を降ろし、起き上がろうかと手に力を込めたその瞬間ーー。

 

「サティア目覚めたーー!!」

 

鼻提灯製造マシンが鳴り出した。

部屋の隅の椅子に腰掛け、もくもくと鼻提灯を膨らませていたクラリスが目覚めるなりサティアを見るなり吠えたのだ。

 

…それからは大変だった。

呼応するようにドタバタと走ってくるシルフィーナやその仲間達…。そして村の農夫の皆も混じってもみくちゃにされた。

 

「良かった。無事だったんですね」

「あー。もう心配したんだよ」

「本当、もう目覚めないのかと…」

「心配させやがってバーロー」

「てやんでぃバーロー」

 

 

そんな人混みの中心で、もみくちゃにされゆくサティアを他所にマイクは一人部屋を出る。

部屋を出ると言っても、ドアさえ開けっ放しにしていればサティアの様子は伺える。

だからマイクは部屋から出るなり部屋の様子が見える位置で壁に背を当てて、目的の生物へと目をやった。

ヘロヘロである。

 

「少なくともサティアは死んでいた。…と、思ったんだけど、いったいどんな手品を使ったんだい?」

「へへ、うへへ」

 

マイクは惚けたように笑うヘロヘロを見下ろし、そして一人思案に耽りながらも束の間、

 

「まぁ僕の気の所為かも知れないけどね」

 

そう言って、ヘロヘロに背を向けた。

歩き去っていくマイクの背中を見送りながら、ヘロヘロは一人安堵の息を吐く。

 

貴方も死んでいたんですよ…。

ヘロヘロは一人、その背中を見送りながら、そっと心の中で呟いた。

 

ヘロヘロは言わなかった。

本当はマイクも死んでいた。…と言う事を。

 

 

 

てゆーか全員死んでた。

 

 

 

 

……

……

 

あの時、オーガロードの交渉を受け判断に困ったヘロヘロは皆の意見を聞こうと振り返った。

 

「……」

 

振り返った。

 

「……」

 

振り返った。

 

「……」

 

前を向いた。

都合良く顔を上げていたトロール達やナーガ。そしてオーガロードに目を向けて、そっと触腕を向けてみた。

何かした?

そんな疑問たっぷりに含んだ動作に、えらく察しの良いオーガロード達がシンクロを思わせる一糸乱れぬ動作で手と顔を左右に動かした。

 

「……」

 

さり気なく地面に泡を吹いて倒れるゴブリンを見て、そして背後で泡を吹いて倒れるシルフィーナを見る。

檻の中のマイクも救助対象の冒険者も、皆が皆、地面に伏しており、その口から泡のようなものが…。

 

腐食の瘴気。

周囲に『恐怖・毒・特殊ダメージ』と言う効果を付与するこのスキルは、フレンドリーファイアが無効であったユグドラシルでは味方に被害を与えず、広範囲の敵だけにダメージを与える手段として重宝されていた。

 

そう。フレンドリーファイアが無効だったユグドラシルでは…。

 

フレンドリーファイヤーが有効になっているなんて知らなかったし、これは不幸な事故でした。

後になってヘロヘロは当時を振り返ってそう語る。

 

それから先は大変だった。

 

身体を揺すったり、脈を取ったり、調べれば調べるほど非の打ち所がない程に死んでいた。

シルフィーナもマイクも冒険者も全員が全員死んでいた。

 

『どうしようどうしよう』と喚きながらシルフィーナの周りを旋回したり、奇声を発しながら転げ回ったり、嗚咽を漏らしながら壁に頭を打ち付けたり。

 

仲間を傷付けた者がどれだけ無様な末路を遂げるのか、それをちゃんと御手本を見せて教えて上げた後。

しまいには「ドンマイ」と周りのトロール等から慰められる始末。

 

そんなこんなで、アイテムボックスから蘇生アイテムを取り出すと、藁にも縋る気持ちで『トゥルー・リザレクション』が込められたワンドを振りかざす。

 

果たして、蘇生の効果で息を吹き返す。

檻の外や中を行ったり来たりで転げ回っていた事もあり、最初に蘇生させたのはサティアだった。

 

呼吸が戻り、思わず胸を撫で下ろすも束の間。

ゆっくりと瞼が開こうとする彼女に、思わずビクリと肩を震わした。

何故なら周りはヘロヘロのスキルで死んだ仲間が転がったままだから…。

 

だからヘロヘロは迷わず、サティアに『気絶』のスキルを発動する。

 

「漆黒の瘴気」

 

これは対象に『気絶』のデバフを付与しつつ固定ダメージを……。

死んだ。

 

「……」

 

今までのが事故なら、これは他殺である。

存分に滝汗を流した後。

ヘロヘロはバッと後ろを振り返る。

檻の外では遠巻きに様子を伺っていたオーガロード達が一斉に背を向けた。

『私達は何も見ていません』とばかりの一糸乱れぬ統率感だった。

中には口笛まで吹き出す剛のものまでいた。

 

そんなこんなで、死んだ全員を蘇生させつつ気絶させられたのは、しばらくたった後のこと。

何故だか急に物凄く協力的になったオーガロードやトロールの手も借りて、眠った状態で洞窟の外まで運び出した。

 

自分のスキルで仲間全員を殺して置きながら、それを棚に上げて、『はい、では今から仇を取りますね』と言える程に逞しいメンタルなどしていないヘロヘロは、気まずさを押し殺しながらオーガロードに会釈して背を向ける。

 

だから意を決したのはオーガロードだ。

 

「本当に…俺を、いや、私を見逃して頂けるのですか?」

「えー。あー。まぁ、はい」

 

ヘロヘロは気まずそうに振り返る。

そもそもヘロヘロの目的は冒険者を無事に助け出す事だ。

復活とはいえ、生きた状態で連れ出せた以上、ヘロヘロは今更オーガロード達に危害を加える気は無かった。

てゆーか、そんな資格は無い。

 

「村…。襲わないで下さいね」

 

ポツリと呟くと、オーガロードもトロールもナーガも一斉に慌てた。

こんな化け物が住んでる村など頼まれてもお断りだと言わんばかりの慌てようだった。

 

そもそも死者を次々と復活させていくヘロヘロの姿に、彼等は驚愕の余り跪いていた程だ。

 

「神々の力を行使されるのか」

 

と口々に意味不明な事を呟いていたかと思うと、それから彼等はまるで神を崇めるかのような態度に変わった。

 

だからだろう。

一通り慌てたオーガロードも、突然襟首を正すような振る舞いに切り替えると改めてヘロヘロの前に跪く。

 

「ヘロヘロ様、どうか私を貴方の下僕にして頂きたい」

「はい?」

 

それに慌てたのはヘロヘロだ。

いったい何がどうしてそうなった?

 

「私は思い上がっていました。魔神の神器に選ばれた事を鼻に掛け、私以上に優れた存在は居ないのだと…。しかしヘロヘロ様の偉大なる力の一端にふれ、目が覚めました」

 

そしてオーガロードは頭を下げる。

それに釣られて、他のトロールやナーガも一斉に頭を下げていた。

 

「えーと。その。あー。まぁ…良いんじゃ無いですか?」

 

結局、ヘロヘロは引き受けた。

断りきれなかったと言うのが本音だったが、取りあえずそう言う事で彼等の住まいを後にする。

 

村まで運ぶと買って出てくれた彼等の好意を断わりつつ、一人になってようやく安堵の溜息を漏らす。

そして横になって並ぶ5人の姿を眺めつつ、その溜息は後悔のものへと変わる。

せめて手前までは運んで貰うべきだった。

 

そんな時。

 

「おーい!相棒!」

 

と手を振って走ってくるトードマン。

 

「グロプさん!」

 

ヘロヘロも思わず飛び跳ねた。

 

聞くところによると、一度は逃げたグロプであったが物凄くヤバイ気配があって直ぐに消え、何事かと気になって遠くの木の上から様子を伺っていたらヘロヘロの姿を見付けたと言う。

だから直ぐに走ってきたそうだ。

 

「お前、生きてたのかよ!!」

「グロプさんこそ、どこ行ってたんですか!!」

 

そんな皮肉めいた挨拶を皮切りに、何があったのか質問漬けにされた後、ありのまま全てを説明し、そして全然信用してくれないまま『取り敢えず皆を村まで運ぼうぜ』と言う事になって行動に移す。

 

グロプが三人担ぎ。

ヘロヘロが二人を引きずりながら、せっせと村を目指した。

 

道案内は専らグロプが務めた。恐らく群生地がいないであろうルートから川を辿って内側に入り込むと、そのまま真っすぐ村へと目指す。

 

川を辿れば、

「相棒!頭!頭沈んでるそいつ!!」

だの、岩場に来れば、

「あー。ここはオイラが運ぶから、ちょっと待ってろ」

だの、何の問題も無くあっさりとは行かないが、それでも何とか協力して村へと辿り着いた時には山間の向こうから朝日が顔を出しつつあった。

 

あの連合を抜けたワーウルフの事も聞いた。

村長さんが許せば村に住まわせてもいいかも知れない。

 

「だから!マジヤバイ気配があったんだって!?この村も安全とは言えねーぜ?」

「えー。私全然そんなの感じなかったんですけど」

「連合のボスがいたんじゃねーのか?伝説級の」

「でももう悪さしないって約束してくれましたよ。冒険者も返してくれましたし」

「本当、なんで!?それ!」

 

村の入口でワイワイガヤガヤ騒ぎ合い。

 

「うっせーわ!ボケ!何時だと思ってやがる」

 

と、農夫の一人が怒り心頭と言った具合に飛び出して、そしてヘロヘロとグロプ、更に倒れたマイクや冒険者を見て、二人以上に煩い声で騒ぎ出す。

 

「帰ってきた!!おーい。皆、帰ってきたぞ!!」

 

そんなこんなでお祭り騒ぎ。

ゾロゾロと集まってくる村人達も最初は倒れた皆を見て心配した様に慌てていたが、気絶しているだけだと分かると嬉しそうに騒ぎ出す。

 

「良かった!本当に良かった!!」

「おい、どうした?え、死んでる?」

「バカ野郎!気絶してるだけだ!」

「おい、野郎共!ベッドまで運ぶぞ」

 

わっせわっせと運ばれて行く患者達を見送って人混みが向こうの方へと消えた頃、後に残された村長が、同じく残されたヘロヘロ&グロプの二人組の前まで来ると。

 

「本当に、ありがとう」

 

そう言って一人ずつ肩に手を添えた。

 

 

ーーー

ーー

 

マイク、シルフィーナ、セラン、ローヴァの四人は比較的に早く目覚めたらしい。

目覚めなかったのはサティアだ。

 

息がある事は間違いないが、昏睡状態からサティアだけが目覚めなかった。

 

心配するシルフィーナやクラリスを他所に、一番症状が重かったのだろうとマイクは推測し説明していた。

そして全力を尽くしてみせるとも…。

 

これに関して、ヘロヘロは一人考える。

どう考えても思い当たるものは一つしかない。

やっぱり3度の復活が原因だろう。

サティアには本当に申し訳ない事をしたと思う。

『漆黒の瘴気』により死なせた後、更に他の手段を試みて殺している。

結局その後に『気絶』のデバフを付与するアイテムを見付けて事無きを得たのだが、何だかんだでサティアに至っては3度の復活を行っているのである。

 

とは言え、最高位の復活呪文を行使できるワンドに、2回目からは課金アイテムまで使ったのだ。

死亡ペナルティは殆ど発生しないはずだが0では無い。

最もこの事実はアインズ・ウール・ゴウンの名に掛けて墓場まで持っていく所存ではあるのだが…。

 

兎にも角にもサティアが目覚めたのはその翌日だ。

その日も早朝から見舞いに来た村人でマイクの家は飽和状態だった。

皆が皆サティアの部屋に押し入ってしまっては看病に支障が出る為、部屋には最低限の人物としてマイクとクラリスが担当し、その他は客間で吉報を待っていた。

 

そしてクラリスの咆哮が吉報を知らせ、今に至ると言う訳である。

 

ワイワイガヤガヤと部屋の中で、もみくちゃにされるサティアを眺め、ヘロヘロは一人考える。

オーガロード達の様子からしてそうなのだが、死者復活と言うのは特別な事らしい。

現実世界で考えれば当たり前の事だが、操作方法を思い出してから、どうも感覚がゲームの中だった。

だからこそ、安易に復活させるべきでは無いのだろう。

マイクの質問を誤魔化したのもそれが原因だ。

 

ヘロヘロは無限に復活させられる訳では無い。

あくまで所持しているワンドの数だけだ。

まだまだいっぱいあるとはいえ、補給する目処が無ければいずれは底を突く。

 

だからヘロヘロは少しだけ後悔していた。

自分が殺してしまった者等は別にしても、そもそも最初から死んでいた者を復活させたのは間違いだったのかも知れない。

別に友達でもなんでも…。ないのだから。

 

ただ何となく、死別が可哀想だとか思っただけだ。

自分が悲しいとかそう言う感情は無い。

きっと一人だけ見捨ててもヘロヘロは平気だった。

 

むしろ問題は、ヘロヘロが死者を復活させられると思われる事だ。

死別の悲しみは想像を絶する。

だから断られれば憎しみが生まれかねない。

 

だから今回の事は笑って誤魔化そう。

死んでた筈なのに…。そんな疑問を持たれても笑って惚ければ、本当は生きていましたと誤魔化せるかも知れない。

そう。何とかなる。

きっと何とかなる。

そんな想いで、ヘロヘロは微笑んだ。

 

 

ーーー

ーー

 

シルフィーナはマイクの客間のテーブルで白湯を飲む。

テーブルの席に着くのは、シルフィーナの他にセランとローヴァの三人だ。

他の客はいない。

農夫はせっせと仕事に戻った。三人が今ここにいるのは経過観察の為にマイクのお世話になっているからだ。

 

各々がのんびりとテーブルに座る。

誰一人腑に落ちたと言った顔はしていない。

皆不思議なのだ。

何故、自分達が無事に村に帰れたのかが分からない。

絶望的な状況だった。

はっきり言ってシルフィーナは生きて帰ることを諦めていた。

だから命を投げ売ってでも討伐隊を派遣させ、いち早く解決させようとしたのだ。

…さもなければ人類の危機に直結すると考えた。

 

だが蓋を開けてみれば、誰一人犠牲者が出ないまま、村へと戻りのんびり白湯なんて飲んでいる。

それが不思議でたまらない。

 

最後にシルフィーナが見た光景は、オーガロードと言う恐ろしい怪物が、フランベルジュと言う波打った剣でヘロヘロを斬り裂いた瞬間だ。

…そこから先の記憶が無かった。

 

だけど神の奇跡としか言いようが無い現状に文句を言う不届き者等誰も居なかった。

謎は謎のまま。

そして誰もそれを追及しない。

 

「……ごめんよ」

 

突然、ローヴァが気まずそうに顔色を伺う。

目をパチクリさせているセランを他所にシルフィーナは顔に影を落とす。

 

「いいの。そう言う環境にいたんだもんね」

 

そして沈黙。

ふと、こんな時に彼が居てくれたなら、空気を和ます気の利いた言葉でも投げ掛けてくれるのに…。と、欠けた一人を思い出す。

 

オランドルの事は皆に説明した。

どれほど変わり果てた姿になっていたのかも、それを聞いて誰も驚いては居なかった。

薄々は気付いていたのだ。

 

「そっか」

 

と、目を落とす。

そんな彼等に遺品となった指輪を差出し、しばらく手遊びの様に弄る様子を眺め、そしてシルフィーナは窓の外の景色を眺める。

 

「なんか、オランドルならどんな状況になっても笑って走って来そうだね」

 

ふと、シルフィーナを気遣うようにローヴァが笑う。

そして一口白湯を飲む。

 

「ですです。だってあのオランドルですから」

 

釣られたようにセランが笑う。

そして一口白湯を飲む。

 

「そうだね」

 

励ますように笑う二人に釣られ、シルフィーナも微笑みながら窓の外の景色を楽しんだ。

そして一口白湯を飲む。

 

そして、窓の外。

森の中から手を振って走ってくるオランドルを見付けて、全員が一斉に白湯吹いた。

 

「うへへ、うへ…」

 

それを他所にヘロヘロが一人、惚けたように笑いだしたのは別の話し。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

全てが終わった後のこと。

ヘロヘロ達が去った洞窟で、ここにも一人、今自分が生存している事実に不思議がる人物がいた。

 

実力差は雲泥の差だった。

下僕がとは言え、仲間も傷付け、大義名分もあったはずだった。

そして事実敵対し、殺される一歩手前だった。

 

それが今や自分は許され、現に生かされているのだ。

だからこそ思う。

 

 

オーガロードは幸運だった。




取り敢えずは冒険者救出大作戦は解決しました。
次回はエピローグとなります。
んでんでようやく2章と言う訳ですね!
分かります。

今後も宜しくね(人 •͈ᴗ•͈)
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