ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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予告でのアンケート。
回答ありがとうございました。

突然のネタバレともなってしまいますので、不快に思われた方がいるなら申し訳ありませんでした。
…とは言え、シリアスに見えるように意図的に狙ってみました。

それでも最後まで読んでくれた方が、最終的にやっぱりコメディだったわ。
と思ってくれれば幸いです。
そういう物語を目指したいと思います(人 •͈ᴗ•͈)

ではでは、2章はじまりはじまり。


修正内容
杖→剣の柄


ヘロヘロ、2章のプロローグする

 ウエポンブレイカーとはゲームの中だけに通用する言葉である。

 

 現実世界に武器破壊が無いと言うわけではない。

 ソードブレイカーは相手の剣を破壊する事に特化した武器であり、工兵は敵軍の兵器を破壊する技術を持ち、ハッカーは遠隔兵器を無効化すると言う。

 何れも立派な武器破壊と言える。

 

 しかしそれは武器…と言うよりは特定の何かを破壊しているに過ぎない。

 ソードブレイカーに遠隔兵器は破壊出来ないし、工兵も単純に剣を折れと言われても困るだろうし、ハッカーに大砲は無力化出来ない。

 

 だが、ユグドラシルに限らずゲームの世界のウエポンブレイクと言うものは武器の種類や素材に左右されるのではなく、概念に作用するのである。

 これは現実世界では有り得ない。

 

 例えば、酸は本来鉄を溶かす事が出来るが、硝子を溶かす事が出来ないと言う性質を持つ。

 しかしヘロヘロの強酸は鉄の剣だろうが硝子の剣だろうが等しくロストさせるのだ。

 

 この概念に作用すると言う部分は一見分かりやすい様でいて実に曖昧だ。

 それが武器であるかどうかは元より、使用方法、カテゴリ等、様々な要素を持って武器と判断されたものが対象となるのだが、それがバグの温床となっている現実はあまり知られていない。

 

 例えば、庭の噴水に立つオブジェは武器では無い故にヘロヘロの武器破壊の対象外だが、戦闘中にそれを担いで殴り掛かれば武器として認められロストする事になる。

 この例などまだ良い方で、耐性の関係上、ヘロヘロの攻撃を殆どを無効化していたプレイヤーがいたとして、突然そのプレイヤーの足を掴んでヘロヘロにぶつけようとした瞬間、武器として認識され特攻が刺さるのである。

 

 これは明らかにバグだった。

 しかし明確にバグだと分かっていながら、運営から見て見ぬ振りをされている理由は、単純に被害者がいないからだ。

 極めて自由度の高いゲームである故にオブジェや柱を武器として殴り掛かる事は可能だが、武器としての性能は遥かに劣る。

 勿論、下位の装備と比べればチラホラ高い威力を発揮する場合もあるが、上位の武器ともなれば比べるまでも無い。

 その為、武器として殴りかかった時だけロストすると言う謎現象に対してギャーギャー騒ぐプレイヤーなど居らず。

 他のプレイヤーを掴んで武器として振り回すなど、何かの漫画の『ドレス』を思わせる戦闘技術は専用のスキルを所持した極一部のプレイヤーに限られる。

 

 その為、被害報告は一切無く、運営もわざわざメンテナンスをしてまで修正すると言う決断を下す訳もなく、だらだら日和見を続けていた…と言うのが現実だった。

 

 

 これは某動画にて最近巷を騒がしている最高峰のウエポンブレイカー・ヘロヘロに対して警鐘を鳴らす、とある人形術士にインタビューをした記録である。

 

「PVPに置いて突き詰めたら身体能力の差が勝敗を左右するなんて言葉があるけどな、そうは言ってもRPGや、身体能力で左右される方がマレで、大半は課金力とジャンケンがモノを言う」

 

 そう言いながら高級中華料理店で満漢全席のコース料理に箸を動かすのは、今回取材に応じてくれた某人形術氏の奇行種(笑)氏だ。

 

Q:無課金者では課金者に勝てないと?

 

「そりゃそうや、種族によって基本弱点はあるもんやし。装備で補うと言っても普通は弱点全てを完全にカバーするなんて不可能やからな。戦闘中に相手の弱点を見破り、武器や鎧を変えながら戦うんは基本中の基本や。そやけど瞬時にショートカットに登録した装備に切り替えるには課金アイテムがいるやん?無課金者は弱点バレた時点で終いなんや」

 

Q:ジャンケンと言うのはお互いの装備の相性?

 

「せや、極論やけども。相手の武器が炎属性やったら炎耐性を完全耐性まで積んでやったら負けへんやろ?ショートカット自体がカードジャンケンみたいなもんやな。大会なんかの試合見てみい?皆コロコロ装備変えよる。課金アイテムの所持上限一杯まで使い切るんも珍しくないで?」

 

Q:それがヘロヘロとどう関係してくる?

 

「ヘロヘロはそのジャンケンのバランスを崩すんやわ。そりゃパーティ戦では戦略とか言うかも知れへんけどな?今まで仲良くジャンケンしてた所を突然『チョキ出したら通帳没収な!』なんて奴が横から入ってきたら、もう誰もチョキ出せへんやん?そんな奴とジャンケンしたかないし嫌われて当然やわな」

 

Q:戦士キラーとも言われるヘロヘロだが、戦士以外にもヘロヘロを脅威とする職業はある?

 

「あるで、まず世間の認識が根本的に間違っとるけど、ウエポンブレイカーで最も割を食っとんわ我々人形術師や。召喚士やビーストテイマーと良くごっちゃにされるけど似て非なるものなんや。召喚したエネミーや使役する魔獣は独自のAIを持っとるけど、人形はAIを持たないんや。…ま、例外もあるけどな」

 

Q:人形術士が割を食うとは?

 

「AIを持たない人形は戦闘中にこちらが遠隔操作するんやけど。…これがな武器として認識されてヘロヘロの特攻が刺さるんや。ブーメランと同じ扱いなんやろな。それで人形って言うんは複数同時操作が出来る代わりに一般の戦闘で破壊できるようにHPが割り当てられとる。言うなれば普通の武器より脆い存在なんや。それをヘロヘロに差し向けようものなら近付いただけでHPがバンバン減るんやわ。正直ビビるで?」

 

Q:それは遠隔操作する事で武器として認識されるから特攻が発動して大ダメージを受けると?

 

「そや、武器破壊じゃなくても偶に武器が壊れるってあるやろ?上位の武器と下位の武器でガンガン打ち合った時とか、恐らくやけど全ての武器にマスクデータとしてHPが割り当てられとる筈や。勿論、普通の戦闘では滅多に壊れんように膨大なHPが割り当てられとるやろうけど。そのゴッズを破壊するんがヘロヘロや。通常攻撃で破壊可能な人形なんて一瞬やわな」

 

Q:もしも最初から特攻の刺さる武器や鎧を遠隔操作した場合は?

 

「武器を遠隔操作したところで何も変わらん。武器は武器や」

 

 そこで奇行種(笑)氏はニヤリと笑い。最後の皿を掻き込むと、我々に語った。

 

「けどな。鎧は別らしいわ。武器特攻+装備特攻の相乗効果が効いて近付いた瞬間、ダーー!らしいで。ま、言うてもそんな奴おらんで。鎧使いなんて職業聞いたこと無いしな。一部のエスパーが似た事出来たっちゅーだけの話しや」

 

 そう言って彼は立ち上がり、我々取材班に背を向けた。

 なんでも奇行種(笑)氏はこれより7つの大罪シリーズ最難関の一つと言われるアスタロト討伐のレギオンに参加するとの事だ。

 

「ま、無事に討伐達成したら一緒に狩りでもしよーや。ええ狩り場知っとるんや。そこで武勇伝聞かせたるで」

 

 自信満々に言い放った彼の背中を我々スタッフ一同忘れないであろう。

 彼の討伐が達成する事を切に願う。

 

 後日、スタッフの一人が市場で彼を目撃した時には、レベルが少し下がっていた。

 自慢の人形もドロップして回収に失敗したのかゴッズからレジェンドに格下げされていた。

 

 あれ程自信満々だった奇行種(笑)氏の身にいったい何があったと言うのか…。

 是非ともアスタロトとの壮絶なる死闘の感想を聞こうとスタッフが「ねぇねぇ今どんな気持ち?」と取材を試みたところキッパリと拒否されてしまった。

 流石7つの大罪最難関の一つアスタロト、あれ程快く取材を受けてくれたプレイヤーの心を折る強さは、正に最難関と呼ぶに相応しいものだろう。

 

 以上でヘロヘロに対するレポートを終了する。

 

 

ーーー

ーー

 

 

 それは、ユグドラシルにおける様々な情報を提供するとある調査班が残したレポートであった。

 そのレポートにあるように、極一部のものはヘロヘロを代表するウエポンブレイカーと言う存在に相当な割を食っているのである。

 とはいえ、些細な問題とは言えた。

 何故ならその極一部の職業は、かなりレアに分類される職業だ。

 ましてや遠隔操作する対象が鎧で、更に攻撃手段が剣やハンマー等の物理属性と言う正にヘロヘロを意識しながら最も割を食うキャラ作りましたなんて奴はユグドラシルでも滅多に居なかった。

 

 多種多様な職業溢れるユグドラシルですらそうなのだ。

 だからこの世界にもピンポイントでそんな痛いところ突いてくる者などいるはずが無い。

 絶対いない。

 いる訳か無い。

 

 そう。ツアーぐらいしか…。

 

「……」

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 通称、ツアー。

 

 現在を生きる最強の竜王であり、アーグランド評議国永久評議員の白銀の竜王と呼ばれるドラゴンだ。

 

 彼は驚愕していた。

 アゼルリシア山脈北東の森林にて彼は有り得ないものと遭遇したからだ。

 嘗てこの地で暴れた魔神を十三英雄と共に屠ったツアーは、その魔神が所持していたフランベルジュの回収に失敗していた。

 激しい激戦の末に仲間の一人が死にかけ救助を優先した結果の事ではあったが、あの武器もまたこの世界の武具と比べれば隔絶した領域にあったものだ。

 もしもそれを手にする者が現れたのなら、必ず目立つ動きを見せるはず。

 ツアーはそう考え、定期的にアゼルリシア山脈をパトロールしていた。

 そしてその日もまた。パトロールとして上空を浮遊していた時の事だった。

 

 アゼルリシア山脈北東の森林の中から巨大な気配を感じたのである。

 彼は直ぐに急行し、その気配の正体を探ろうと森林内部に存在していた洞窟に足を踏み入れた。

 そしてそれは起こった。

 突然、彼のHPは急激な減少を見せ始めたのだ。

 

「何だこれは?」

 

 長居はできない。

 しかし原因は突き止めなくてはならない。

 そう判断した彼は洞窟の奥、強く邪悪な気配を放つ場所へと急行し。

 そして彼は見た。

 禍々しく蠢く黒い粘体を。

 だが、同時にそこがタイムリミットであった。

 決壊寸前の鎧を保護する為にツアーはその光景を目に焼き付け、洞窟内部から撤退を開始。

 無事、白銀の鎧が決壊する前に脱出に成功したのである。

 

 安堵もあったが驚愕が優った。

 過去、プレイヤーと対峙し戦った経験を持つツアーが過去を振り返っても、近付いただけであれ程のダメージを与えてきた者は居なかった。

 

 最近の記憶として偶然遭遇した吸血鬼が脳裏を過る。

 あれも隔絶した力を持ったものだったが、今のスライムはそれよりも遥かに厄介な存在だった。

 

 なにせ、あのスライムにおいては対峙…すらもしていないのだ。

 もしも明確に敵対し、対峙していたのなら、果たしてどうなっていたのだろうか?

 

「それで、あれが件のスライムと言う訳じゃな?」

 

 嗄れた声が掛かる。

 とある洞窟内部にいる人影は二人。

 一人は白銀の鎧だが、壁を背もたれしたまま座り込み魂が抜けたかの様に微動だにしない。

 代わりに巨大な竜がいた。

 そして、その竜から1m程距離を開けた場所に立つ老齢の冒険者こそ、声を掛けた張本人だった。

 

 リグリット・ベルスー・カウラウ。

 死者使いのリグリットの通称で知られる13英雄の一人として数えられる人物だ。

 彼女の前には正方形の画面が浮かび上がっており、そこに都市の大通りを上空から捉えた景色が映り込んでいた。

 一見、情報系魔法の様に思えるものだが、少々仕組みが異なる。

 これは使役するアンデット『アンデット・クロウ』を飛ばし視覚を共有化したものを、画面に投影しているのだ。

 それを証明するかのようにリグリットの片目は魔法的な光を放っていた。

 これには複数の魔法を使用することになる上、使役するアンデットが死亡すれば全てが無駄になる。

 にも関わらず、わざわざそんなリスクと手間をかける理由はプレイヤーと思われる人物に直接情報系魔法を使用すれば手痛い反撃を受けるリスクが高いからだ。

 

 …最も、これらは全て嘗ての友人の受け売りなのだが。

 

 リグリットが確認を取ったように、画面の中心、上空から映す都市の大通りの片隅に黒い粘体が人混みに紛れ歩いていた。

 紛れると言っても、スライムの周りには、それを避けるように出来た半径1m程の円になっているが、下水から這い出てきたスライムが彷徨っているとでも思われているのだろう。

 騒ぎにはなっていなかった。

 

「間違いないとも。あのスライムだ」

 

 ツアーの断言を受け、リグリットの顔は険しいものに変わる。

 プレイヤー。八欲王や六大神と呼ばれるように隔絶した力を持つ招かれざる転移者達の総称。

 最もその強さは十人十色であり最初から全員が全員隔絶した力を持っていた訳ではないが、それでも十分この世界では驚異と成り得る存在だ。

 

 そんなものが都市の大通りを、あの人混みの中を平然と歩いているのである。

 もしも八欲王級の力をあの場所で開放されようものなら、あの大通りは…いや、あの都市自体が消滅する恐れすらあった。

 リグリットは地獄絵図と化した都市の光景を幻視する。

 …が、しかし。

 弱そうじゃの……。

 

 リグリットは一瞬本音が脳裏を掠め、瞬間。自分を激しく叱咤した。

 当たり前である。

 姿形が実力を示さない事など、この世界においては常識と言える。

 勿論、姿形だけではない。

 あのスライムからは強者の気配が感じないことは使役するアンデットの情報から伝わってくるが、強者であればあるほど、実力を隠す術を持っていて当然だ。

 ましてや相手がプレイヤーであるなら尚の事。

 一瞬とは言え、僅かでも油断をしてしまった現実がリグリットの心を深く抉った。

 声となって零れ落ちなかった事が唯一の幸いだった。

 もしもそんな本音を聞かれようものなら友であるツアーは深く失望した事だろう。

 

「やはりプレイヤーだと思うか?」

「ああ、彼がプレイヤーである可能性は極めて高いね」

「そうか、せめてリーダーのように我々に協力的なプレイヤーであればのぅ」

 

 リグリットのぼやきに、ツアーは洞窟での光景を振り返る。

 あの洞窟の中には死んでいると思われる様々な亜人の姿があったが、その中でもツアーが注目したものはスライムの後方で横たわる人間の娘だった。

 どのような状況であったかは不明だが、死んでいるのは間違いなさそうだ。

 ツアーですら撤退したのだ。

 人間の娘が生きていられる筈など無いのだが。

 あのような所で、人間も亜人も関係なく力を開放したのだ。むしろそれが問題だった。

 

「難しいだろうね。彼は人間を…それも普通の村娘を殺している」

「ーーなんと?」

 

 リグリットは衝撃を受ける。

 プレイヤーが人間を殺したと言うのはそれ程の情報だった。勿論、野盗等なら話しは別だが、それが村人の娘となれば確定的だ。

 …と言うのも、プレイヤーと言うのは人間、亜人、異型と様々な種族がいるが、共通して人間にだけは優遇していたと言う特徴がある。

 悪名高い八欲王ですら、人間を殺した時には一線を越えたような動揺があったと言う。

 にも関わらず、あのスライムは人間の、それも村娘を殺したとなれば、最早善悪のどちら側かは確定的だ。

 

 そんな悍ましい存在が平然と都市の中を闊歩しているのである。

 なんの目的があって都市の大通りを闊歩しているかは定かでは無いが、人を人とも思わぬ悪魔が、命を命と思わぬ存在が都市の中心に紛れ込んでいるのだ。

 地獄絵図は時間の問題かとも思われた。

 様子を伺うリグリットにも緊張が走る。

 

 やがて、そんなリグリットの警戒に答えるように、そのスライムは驚愕の行動を取った。

 突然、スライムは路地裏に入るとキョロキョロと辺りを伺い、物陰にスルリと入り込んだ。

 

「なっ!監視に勘付かれたか!?」

 

 尾行に失敗した事にリグリットは焦りを見せた。

 アンデットを使役しての尾行や気配を殺しての接近はリグリットに取っても得意技の一つだ。

 にも関わらず、あっさりと看破され逃げられた。

 

 それは正にスライムが只者ではない証明だ。

 リグリットの額にも冷たい汗が流れた。

 このままスライムを逃してしまえば預かり知らぬところで大虐殺が引き起こされてしまうかも知れない。

 

 …と思ったら出てきた。

 

 人間で言うところの右手に該当する触腕で銅貨を一枚握り締め、「ひゃっほーい」と小躍りを始めるや否や、大通りにある食堂へと直行した。

 

 ーーーズドン。

 洞窟内部に衝撃が響く。

 何事かとツアーは音の正体を探り、そして直ぐに壁面に頭を打ち付けるリグリットに行き当たる。

 

「大丈夫かい?」

「ああ大丈夫じゃ、気にせんといてくれ」

 

 リグリットは引き攣った笑みを向けた。

 その額には一筋の血が流れており、明らかに大丈夫とは言い難いが、リグリットとて超一流の冒険者である。

 彼女が大丈夫だと言えば、大抵が大丈夫なのだ。

 

 なにもスライムの瘴気に充てられ気が触れた訳ではない。

 これは自らへの戒めだった。

 なにせ相手は八欲王…下手すればそれ以上の超弩級のプレイヤーだと聞かされている。

 しかもその情報提供者はリグリットが一目おく世界最強の竜王、ツァインドルクス=ヴァイシオンなのだ。

 情報の信憑性など、それだけで十分だ。

 そんな怪物を前にして『あんな奴に世界滅ぶんかいの?』と一瞬とは言え思ってしまった。

 それが憎らしい。

 13英雄に名を連ねた超一流の冒険者であるリグリットが一度ならぬ二度までも油断し見縊ったのである。

 

 頭を打ち付け、正気を取り戻したリグリットは修羅の如き気迫の満ちた目で睨む。

 もしかすれば今頃、あの食堂の内部では身の毛も弥立つような惨劇が繰り広げられているかも知れないのだ。

 

 そう思った次の瞬間には食堂の主人に蹴り飛ばされてスライムが出てきた。

ベチョっと顔から地面にダイブして黑いシミとなって広がった後、銅貨を片触腕に露店を次々回っていた。

 

 リグリットは持っていた剣の柄を勢いよく自分の顔面に打ち付けようとして…。

 突然起動した鎧によって阻止された。

 鎧によって意識を失い崩れかかるリグリットの身体を鎧は抱きかかえるように受け止め、優しく地面に寝かせる。

 術者の意識が消失したことにより照らし出されていた画面は消え去り、静寂の中で鎧と竜だけが取り残された。

 

 ツアーは横になったリグリットを眺める。

 そして思う。リグリットには申し訳ない事をしたと。

 やはり彼女は精神干渉を受けていた。

 画面を見た限りこちらの監視に気付いた様子は無かったが、それ自体がブラフの可能性が高い。

 それか気付かなくても反撃の出来る能力を持っているパターンも考えられる。

 もしもあのまま監視を続けていれば、古き友人をまた一人失っていたかも知れない。

 とは言え、彼女には酷だが協力を仰いだのは正解だった。

 八欲王すら超越したプレイヤーだとかなんとか、不安を煽る様な事を散々口にした手前言えなかったのだが、実のところツアーも画面を見ていて少し不安になっていたのだ。

 銅貨を拾って小躍りしたり、食堂の主人に蹴り出されたりと先日遭遇したスライムとでは雰囲気が余りにも違い過ぎたから…。

 

『あ、やっぱりこれ違うかも』

 

 そう思いながらも口に出来なかったのは、友であるリグリットが鬼気迫る様な顔で画面を睨んでいたからだ。

 しかしこの時点でリグリットもスライムの精神干渉と戦っていたのだろう。

 そう思えば納得の顔だった。

 

 もしも自分一人で監視をしていたなら、あれ程邪悪な存在をみすみす逃してしまった可能性も否定できない。

 

 しかし彼女のおかげでツアーははっきりと断言出来る程の確信を得られた。

 そう。あれはプレイヤーでは無い。

 

 そもそもツアーの言った『極めてプレイヤーである可能性が高い』と言う言葉の裏には、もう一つの可能性を示唆していた。

 そのもう一つの可能性と言うのは神人等の事を指している訳ではない。

 

 それより遥かに恐ろしい存在の事だ。

 

 『もしも、奴がこの世界に転移したら流石の君でも勝てないよ?…と言うか、八欲王全員が結束しても勝てないと思う。絶対勝てない』

 

 古き友の一人が冗談交じりに語ってくれた。

 八欲王級のプレイヤーが64人結束したレギオンと言う軍隊を作ってようやく倒せるかどうかと言う規格外の存在。

 当時、なんの冗談だと鼻で笑ってこそいたが…。

 今となっては頷ける。

 

「そうか。あれがワールドエネミーと言う奴か」

 

 それはある晴れた昼下り。

 至高の御方であるヘロヘロは都会の冷たい風に絶望し、白銀の竜王であるツアーはヘロヘロを見て絶望していた。

 

 では語るとしよう。

 田舎から都会へと上京したヘロヘロが一文無しで食べ物を求めて彷徨っている理由と言う奴を。

 彼の身に何があったかと言う事を。




冒険者救出大作戦でのシルフィーナの服装は登場人物の紹介でも然りげ無く公開してますが、村人から借りた衣服となっています。
なので第三者の視点で見ると、冒険者ではなく村人と見られても可笑しくないのです。
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