今回も捏造要素を含みます。
修正内容
改革時期を約二年前から10年程前に修正。
異型種が人間社会に溶け込むと言うのは、何だかんだそれなりに難しい。
例えば、野良猫になったと仮定して繁華街等に紛れ込むとする。それ自体は簡単だ。なにも不思議な光景とは言い難い。
しかしそこで人並みの生活を手にしようとすると話しは別だ。人間社会に通貨は切っても切れない関係である。
必然、猫であろうと犬であろうと人並みの生活に拘るなら通貨を使いこなす必要がある。
しかしそこで問題が起きる。
猫に小判と言う言葉があるように、猫に通貨を持たせたところで売買に持っていくことは難しい。
猫に小判の価値が分からない事もそうだが、対応する店員も客として扱わないからだ。
別に店員が悪い訳ではない。
猫が店内に紛れ込んだとして、そこの店員が頭を下げて「いらっしゃいませ。お一匹様でしょうか?」等と丁寧に接客しようものなら誰もが狂人と思うだろう。
ようは人間社会における常識の問題だ。
ドラゴンが空を飛び、ゴブリンが群れをなし、ローブを羽織った良い歳したおっさんが「ファイアーボール!」と真顔で唱えれば掌から火球が飛んでく世界に常識を持ち込むのもナンセンスなのかも知れないが…。
この世界にはこの世界の常識があり、スライム等と言う異型種が人間社会で売買する行為もまた非常識として取り扱われていた。
故にヘロヘロは苦悩する。
人に近づこうものなら煙たがれ、店に入ろうものなら追い出される。
人間によって築かれた社会の風は冷たく、人間以外を軽視する文明の溝は遥かに深い。
スライムを客として扱わない人間相手に如何にして売買を成立させ、如何にして情報を集めるかと言う難題を考える必要があった。
しかし、不意に弱音が顔を出す。
いくら考えたところで無意味なのではないかと言う疑惑が頭を擡げる。
少なくとも、そう。
既に全財産騙し取られた今となっては…。
時は少し遡る。
ーーー
ーー
ー
寂れた住宅街の裏手に一人の男がいた。
永く置き捨てられたであろう苔の生えた樽を椅子にして座る男の身形は決して綺麗とは言い難い。
しかし不衛生ではあるものの、元は立派な衣服であったと思わせるデザインや装飾は、この男が元は貴族であった事を雄弁に語っていた。
没落貴族である。
ここ、帝国では10年程前から新しく皇帝に即位した人物によって大きな改革が推し進められていた。
封建国家から専制君主制に国の制度を切り換える大改革である。
当然、貴族派閥は反発した。
しかし帝国騎士の圧倒的軍事力の前に鎮圧され、関係者は容赦なく処刑。皇帝に尻尾を振る皇帝派のみが残される形となった。
男の家系は貴族派閥であったものの、帝国騎士団の強さを知っていた為に早期に皇帝派に切り換える事で難を逃れたが、次いで施行された無能貴族に対する位の剥奪により没落する事となった。
その後は浪費するだけの生活を続けたが、遂に蓄えは底を突いて生活は破綻。
今では詐欺や物拾いで生計を立て、憎き鮮血帝の首を取る妄想を肴に酒を飲む毎日を送っていた。
そんな男の前に、異型が佇む。
コールタールのように黒い粘膜質な身体で蠢く、漆黒のスライムであった。
男の目にそのスライムは驚異とは映らない。
しかし昼下りとは言え、寂れた住宅街の裏手は陽射しが遮られて薄暗く、暗がり紛れて佇むスライムの姿に気味の悪さは感じた。
その上、普段から人気の無い場所だ。
その男以外に人の気配は皆目無かった。
「なんだお前。あっちいけよ」
男は罵声を浴びせて、落ちていた石を拾って黒い異型に投げつける。
だが、そんなものでどうにかなる相手ではなかった。
男は知らないが、そのスライムの難度は軽く200を超える化物中の化物だ。
もしもこのスライムが僅かでも殺意を懐けば、男一人ぐらい容易く殺せる。
いや、その気になれば、こんな都市等ものともせずに無人の跡地に変貌させる事が出来るだろう。
だが男はその現実に気付けない。
本来であれば、その異型の姿を目にすれば、その余りの邪悪さに逃げ出したはずだ。
なんと言ってもカルマ-500と言う圧倒的な悪に分類される化物だ。
しかしそんなささやかな幸運すらもこの邪悪なるスライムは許さなかった。
指輪の効果で強者の気配を封じ込め、この男に逃げると言う選択を奪い取ったのだ。
何故なら男と戦闘するために。
比喩では無い。
殴って蹴っての野蛮なる暴力の為にこの場所にいた。
スライムは諦めていた。
平和的に交渉すると言う当たり前の事を。
人間社会であるが故に、亜人や異型を軽視する文明の溝は遥かに深く。
人に近づこうものなら煙たがれ、店に入ろうものなら追い出される。
そんな差別的な扱いを受けたスライムは、「もういいや…」と彼なりの善性を捨てたのである。
「まぁ聞いてください。私は悪いスライムでは無いですよ?」
とは言え、直ぐに暴力には移さない。
いきなり襲いかかって殺す事は容易いが、それでは本能のままに暴れる下等種とおんなじだ。
邪悪なるスライムには大いなる目的があった。
「ほら、お金だってあります」
そして触腕から5枚の金貨を掲げて男に見せつける。
貧しき者にそんな事をすればどうなるのか、それが分からない者など頭の中がお花畑な愚者ぐらいだ。
飢えた狼の前に肉を置くようなものである。
「よ、よこせっ!?」
当然、男は強奪に走る。
男の目にはこのスライムが強敵とは映らない。
そんなものは指輪の効果で封じられている。
だからただのスライムとしか認識出来ない。
それ故に男は投げ捨てられていた棒を拾い上げるとスライムに襲いかかったのである。
その凶行を前に邪悪なるスライムは「計画通り」とほくそ笑む。
それこそが邪悪なるスライムが立てた大いなる謀略の一環であった。
男の殴打を一身に受ける。
こんなものは痛くも痒くもない。
そして邪悪なるスライムは触腕を振り上げた。
この世界のレベルで言うところ余りにも隔絶したものの触腕だ。
オーガロードであれば思わず逃げ出し、白銀の竜王であれば思わず身構える。
そんな恐怖の象徴とも言える触腕を振り上げ、あろうことか男の足元、膝下辺りを殴打する。
ペチペチ…。
ペチペチ…。
それは実に壊れ物を取り扱う時のような力加減に細心の注意を払った殴打であった。
巫山戯ている訳ではない。
これこそが大いなる謀略の一環。
そう。ヤンキードラマ等で良く見かける『やるな、お前もな作戦』である。
ボカスカ殴り合った仇敵同士が死闘の果てに友情を芽生えさせて互いの健闘を称え合うと言うシチュエーションを意図的に発生させて仲良くなろうと言う高等技術だ。
トロールやオーガロード相手に戦った経験から偶然身に付けた交渉術であり、その時の感触から確かな手応えを感じていた方法だ。
そして目の前の男は正に掌の上で踊るピエロと言う訳だ。
それが謀略の一環等とは夢にも思わない。
しかしそれも無理ない事だ。
謀略を働いたスライムは至高の41人に名を連ねる御方の一人。ヘロヘロ。その人である。
もしもこの場にナザリックの知者として知られるデミウルゴスがいたのなら「なるほど。そういう事ですか」と言う言葉が出る前に頭の血管詰まさせて憤死するかも知れない程に恐ろしい一手だった。
男は散々棒でヘロヘロを叩きのめす。
しかし、いくら叩けど、うんともすんとも言わないヘロヘロの前に遂にスタミナが底を突いて膝に手を当てた。
ゼーハーゼーハーと荒い呼吸で酸素を存分に貪った後、男は唐突に顔を上げて言ったのである。
「そうか。悪かったなブラザー。人を襲って金貨を奪うような悪いスライムだと勘違いしちまったんだ」
ヘロヘロは余りのチョロさに男の将来が少しだけ心配になった。
ーーー
ーー
ー
「ええ!?種族が違っても話を聞いてもらえる方法があるんですか!」
程なくして、寂れた住宅街の一角で異型種の驚愕が響き渡る。
40センチ程度の小さな身体全体を使って前のめりとなったヘロヘロに対し男が慌てたように粘体の口的な箇所を塞いた。
「馬鹿!声がでけぇ」
そして男はキョロキョロ辺りを伺う。
誰もいない。
それはそうだ。ここは普段から人気の無い裏路地だ。
それを確認してわざとらしく胸を撫で下ろすと、ヘロヘロに顔を近付けて人差し指を立てた。
「ブラザー。情報ってのは宝なんだ。そして何より鮮度がある。知る人間が増えれば増える程、鮮度は下がり価値は落ちるんだ」
ヘロヘロは男の掌の中でコクコクと頷いた。
納得の出来る話しだった。
情報と言うものは言わば知識だ。
知識が無価値と言うのであれば誰も高い金を払って学校に行こうとは思わない。
それに鮮度も重要だ。
誰も知らない知識であれば、その価値は計り知れないが、それが常識になった途端、知識の価値は地に落ちる。
ヘロヘロのコンピュータ技術が正にそれである。
奨学金と言う一生物の首を嵌められ飼い殺しにされはしたが、その技術があるからこそ普通の人よりは高い収入を得る事が出来ていた。
もしもそのコンピュータ技術が常識のレベルまで落ちようものなら、ヘロヘロは高収入を維持する事が出来なくなって生活苦から死ぬだろう。
掌の中で黙って首を立てに振るヘロヘロを確認して男は口元から手を放す。
「プハッ」と一言。掌から解放されたヘロヘロは、すぐさま男に食い下がる。
それはヘロヘロにとって必要な知識であると判断したからだ。
「お願いします。その方法を教えてくれませんか」
すると男は表情を変えた。
まるで苦虫を噛み潰したような顔になったかと思うと、歯を食いしばって地面を睨みつけた。
「畜生。俺っちだって教えてやりてぇ。ブラザーの苦境を思えばほっとけねぇよ。…だけどよ。俺っちだって情報屋なんだ。こいつを教えるには金貨5枚は必要になる」
金貨5枚は大金だ。
サティアの言を信じるならば、5ヶ月分の生活費と言う事になる。
しかし知識の大切さを知るヘロヘロは、むしろ先程見せた金貨5枚で済む幸運を噛み締める。
一生物のローンを組んで飼い殺しにする企業に比べればなんぼか良心的とも言えた。
「5枚ですね。分かりました」
ヘロヘロはアイテムボックスから布袋を取り出すと触腕の上に中身を転がした。
10枚の金貨が並ぶ。
「よし。じゃあ10枚だ。頼むぞ」
「ええ!?5枚では?」
ヘロヘロはガツンと衝撃を受ける。
5枚で良かったはずなのに、急に10枚になった理由が分からない。
咄嗟にヘロヘロが問い掛けると、急に男は立ち上がり顔を両手で覆って空を仰いだ。
何というか役者のようなオーバーな動きだった。
「ああ済まないブラザー。スライムと話している気がしなかったから、ついうっかりしていた。国の法律にも熟知しているとばかり…。」
一瞬、突然の男の動作に啞然として見上げるヘロヘロであったが、国の法律。その言葉を聞いてハッとする。
「まさか、消費税ですか!?」
「そう。それだよ!ブラザー!!よく分かってるじゃないか。しょ…。それだよ!」
当たった事にヘロヘロは内心胸を撫で下ろす。
正直金貨10枚の出費は計算外だ。
5枚残ればその後の生活もなんとかなると考えていただけに手痛い出費となったが、消費税だと言われてしまえば仕方が無かった。
「なるほど、やはりそう言う事でしたか」
「毎度、へへへ」
ヘロヘロは平然を装いながら金貨10枚を男に手渡す。
男はそれを受け取りニヤけながらソレを掌の上で眺めると、思い出したようにヘロヘロに目を向けた。
「じゃあ。良く見ておけよブラザー。これが種族関係無くお願いを聞いてくれるポーズだ!」
そして流れるような動作で見せてくれた男の構えは実に不可思議なポーズだった。
ーーー
ーー
ー
赤く色付いた空に雲がゆっくりと流れていく。
寂れた民家の屋根の上に登り、死んだ目のような窪みで空を仰ぐ粘体がポツリ。
見知らぬ土地で金無し、食料無し、人脈無しと言う三重苦に現実を嘆いていた。
結論を言えば騙された。
そう気付いたのは男と別れ、冷静になって考えた後だった。
正確に言うなら、冷静になって考えて試して踏まれた後だった。
金貨10枚と言う年収に匹敵する金銭を支払ったのも全財産を失っても問題が無いと考えたからではない。
お支払いの段階で金額が予想より膨れ上がってしまったからと言って、「あ、じゃあいいです」と引き下がれる性分では無かった事が原因だ。
何はともあれ、命綱の金銭を失い、このままでは飢え死に確定だ。
森の中ですらまともに食料が確保出来ずにグロプのお世話になっていたと言うのに、人間社会の中においては絶望的だ。
僅かばかり残った野菜がライフラインである。
これは樽の中に一緒に入っていた野菜だが、旅の途中食べ切れなかったものをアイテムボックスに収納したものだ。
今となって考えてみれば、どうして村の人達から食料を分けて貰いアイテムボックスに詰め込むだけ詰め込まなかったのか、見透しの甘さが悔やまれるばかりだった。
…最も非常食として野菜を詰め込んでもらっておきながら「もっと御飯下さい」とは言えないのだが。
「そうだ。アイテムを売ったらどうでしょう?」
ふと名案が頭に浮かぶ。
ユグドラシル金貨は使えなくともアイテムであればバザーとして売りに出せばこの国の金銭が手に入るかも知れない。
幸いな事に現実世界で露店を出した事は無いが、ユグドラシルのゲームの中では中立地区(種族関係無くPKすればペナルティを受ける地区)で何度か露店を出した経験がある。
しかし問題は何をいくらで売りに出すかと言う事だ。
金貨一枚の価値は一月分の生活費になると言う、家賃込で考えたら10万円の価値はあると見なければいけない。
「……」
そしていきなり詰んだ。
ふざけんなよと言う気持ちで一杯だった。
ヘロヘロの持つニッチな装備の何を露店に並べた所で10万円も出して欲しがる奴なんている訳がない。
それなら最新ガチャを10万円分回した方が遥かにマシだ。
誰だってそうする。
ヘロヘロだってそうするのだから。
金貨より価値の低い金銭で取引する事も却下だった。
ユグドラシルには金貨より下は無い。
だからこの世界の金貨よりも低い価値の通貨が分からない。
どんな通貨なのか分からなければ、どれだけの価値に差があるのかも分からない。
「なんか…。やる事なす事、全て裏目ですね」
ヘロヘロはアイテムボックスからトゥルー・リザレクションのワンドを取り出す。
それをぼんやり眺めながら思い返すのは、サティアを復活させた光景を見て驚愕していたオーガロードだ。
彼等が「神の御業」とか何とか言って跪いていたから、復活と言う行為はこの世界では凄い事だと認識した。
しかしこれだって、よくよく考えればエネミーはアイテムを使わないのだから、ある意味彼らの驚愕は当然であったと言えなくもない。
何故、マイクに復活させた事を伝えて、それがどれだけの事だったのかを確認しなかったのか。
詰めの甘さだけが浮き彫りになる一方だった。
「はぁ…。」
溜息を吐き出し民家の屋根から飛び降りる。
そして睨む先にあるのはこの都市一番の豪邸だ。
最早ヘロヘロに選択肢等無かった。
盗みに入る。
それがヘロヘロの下した決断だった。
ヘロヘロには盗みを働いた経験は無い。
貧困層において盗みや万引きは珍しい事では無かったが、幸いな事にヘロヘロの家庭はそれをしなければいけない程困窮してはいなかった。
そして、ヘロヘロ自身お人好しの類いである。
これまでの人生で一度だって犯罪の真似事などした事が無い。
しかし、それは人間だった頃の話しだ。
今のヘロヘロはカルマ値-500と言う外道中の外道なのだ。
言わば恐怖の象徴だ。
ならばそれを下等な人間達に分からさなければならない。
そして全ては人間が悪いのだ。
そんな存在の悪を目覚めさせるから。
そう思うと、何故だか気分が軽かった。
悪魔として目覚めたのだ。
食料は当然盗むし、ベッドの下のエロ本は全部机の上に出してやる。ブログは荒してやるし、ゲームデータは勝手にプレイしてセーブしてやる。隠しフォルダは見つけ出して消去してやると悪魔の本性を曝け出して彼は笑う。
まずは手始めに倉庫に侵入した。
まずはここに保管されている作物を盗む為だ。
「ふへへへ。大悪魔ヘロヘロ様の登場です」
正に大悪魔に相応しく床とドアの隙間から登場した彼はゴマを擦りながら木箱の山にしがみつく。
そして木箱の蓋を開ければ、輝かしいまでに鎮座するジャガイモを見て歓喜の咆哮を上げた。
そして右見て左見て周囲を確認、真後ろのシャドウデーモン以外に人の姿が無いことを確認して。
「!!」
もの凄い勢いで二度見した。
なんと真後ろの暗闇に溶け込むような位置にシャドウデーモンがいたのだ。
シャドウデーモン。
ユグドラシルに存在するモンスターであり、戦闘能力は大したことが無いが闇に溶け込む性質を持つ。
このモンスターの利点…と言うか、厄介なところは、ぶっちゃけ闇に溶け込む能力と身体の色だ。
…と言うのも敵の目を掻い潜る能力は不可視化や完全不可視化と言う魔法や能力があり、それを使うモンスターもいるが、そんなものは大半のプレイヤーには通用しない。
対策する方法など5万とあるからだ。
大抵が看破されて終わる。
ところがシャドウデーモンは能力が看破されても、黒い奴が暗い場所にいる為、単純に見落としやすいのだ。
こればかりは暗視の能力があっても見落としやすい。
故にユグドラシルではクソの役にも立たないモンスターだがこちらの世界では番犬代わりには大活躍だろう。
現に豪邸の主人に番犬として使役されていると思われるシャドウデーモンに見つかり絶体絶命のヘロヘロがいるのだから。
咄嗟に楽しかった思い出がヘロヘロの脳内をフラッシュバックする。
例えばそれは、メイド同盟を組んでいた仲間の一人がまさかの裏切りのユダと化し、メイドから巫女に変更すると宣言した時の思い出だ。
当然、メイド七姉妹と言う理想郷を掲げた同士と大きく揉めた。
当然である。
メイド同盟とは、メイド推しのギルドメンバーが必ず一体のメイドNPCを作っている事を条件に結成されたアインズ・ウール・ゴウン最大規模の派閥である。
メイド御三家とも呼ばれる三柱。
ヘロヘロ、ホワイトブリム、ク・ドゥ・グラースの三者を筆頭に弐式炎雷、獣王メコン川、ガーネット、源次郎、そして後に語られる裏切りのユダを含めた総勢8名により結成され、その掟は厳しく、裏切りは絶対に許されない。
「メイドこそ至高!」
「いいえ。巫女たんも決して負けていません!」
弐式炎雷。獣王メコン川。ガーネット。源次郎。ヘロヘロ。
女性であるやまいこを除いた5人に裏切りのユダを含めた6人での討論は熾烈を極め、やがて討論では埒が明かないと判断したであろう裏切りのユダこそ『ぷにっと萌え』がアイテムボックスに手を伸ばした。
「どうやら口で言っても分からないようですね?弐式さん。泣いても知りませんよ?」
「上等だ。やってみろよ」
そしてアイテムボックスから取り出した『巫女巫女アニメ〜劇場版〜』のDVDを手に、6人でゾロゾロと第九階層映画館へと乗り込み、程無くして人間と妖怪とのハートフルストーリーにメイド同盟の6人全員で涙を流し。
そのまま、その足で円卓にいたモモンガさんを取り囲み。
「モモンガさん。ここ。ちゃんと見るヨロシ」
「不老不死書いてアル」
「ただの人間違うヨ」
「…あの、なんで皆さん。なんちゃって中国語なんですか?」
変なテンションのままモモンガさんを説得して人間NPCを作る許可を貰った。
…ちなみになんで『なんちゃって中国語』になったのかは今でも分かっていない。
例えばそれは、紳士同盟のメンバーと共に『18禁に該当する行為』のギリギリのラインを見極める為の実験を行った時の思い出だ。
ユグドラシルと言うゲームは風営法の影響を受け、AIと運営による監視によって18禁行為を厳しく取り締まっている。
しかし女性型プレイヤーもいれば、女性型NPC、更には女性型エネミーまでいるユグドラシルにおいて、何処までがセーフで何処までがアウトかを見極めるのは、上位の地位をキープし、人間型の敵の多いアインズ・ウール・ゴウンにおいては重要な課題であった。
何せ、女性型プレイヤーの装備がズボンであるとは限らない上にフライを使って空まで飛ぶのである。
「くぅ。このアングルは…不味い!」
等と言う事を気にして防衛に失敗する訳には行かない。
その為に、垢バンの危険に身を晒してでもギルドの為に自分を実験台にしようとする仲間想いの紳士は少なからずいた。
何処のギルドにも多少はそれなりに結構一杯いた。
そんな訳で一部の同士を集めて結成された紳士同盟はその実験の危険性故に皆に心配を掛けてはいけないと言う良心から他言無用を絶対のルールに定め、もしも適正者がいて勧誘する場合は全員で相談し同意を得る事が必須とされた。
更に女性プレイヤーには何としてでも秘密を死守し、その中でも『ぶくぶく茶釜』の名前は契約書の注意喚起に赤文字二重線で名指しされる程に厳重に記載されていた。
「見てくれ。最近導入され話題になった魔法をナーベラルに習得させてみたんだ」
「まさか、兎さん魔法ですか?」
「いいですね。俺のシャルティアは信仰系なんで覚えさせられないですからね」
「…て言うか、あれの為に枠3つ使ったんですか?有料のツール使えば装備のデザインを自由にイジれるんですから、水着でもレオタードでも作れば良いじゃないですか」
「ホワイトブリムさんシィィィ!!」
ぶっちゃけたホワイトブリムをヘロヘロとペロロンチーノで押さえつけ、衝撃の事実に両膝付いた弐式炎雷を慰めて、皆仲良く、兎さん魔法3つ使ったナーベラル・ガンマを体育座りで並んで鑑賞した。
更にその後変なテンションのまま、バニースーツ姿のナーベラル・ガンマにヘロヘロ特製セクシーポーズを取らして。
「セーフ、セーフです!」
「うおおお!!」
更にペロロンチーノが用意した水着(ビキニタイプ)と水着の上から装備出来る制服(の外装をした腕輪)を装備したシャルティアのスカートをたくし上げ。
「セーフ、セーフです!」
「うおおお!!」
更にエロ最悪と言われるNPCの所まで行って触手と絡めて。
「セーフ、セーフです!」
「うおおお!!」
あんなことやこんな事して沢山楽しんだ翌日、次のアップデートで全ての女性キャラクターのスカートの下にはスパッツ履いていようが短パン履いていようが関係無く種族特性だろうが超位魔法だろうがワールドアイテムだろうが突破不可能な究極の暗闇魔法を展開される事になり、紳士同盟全員で涙を呑んだ。
勿論、不慮の事故による垢バンの危険が無くなったと言う歓喜の涙だ。
そんな細やかな想い出が次々とフラッシュバックしそして最後は唐突に彼の姿が浮かんで現実に戻された。
楽しかった想い出の中に突然苦虫でも投入されたような後味の悪さが広がる。
兎にも角にも、ヘロヘロはシャドウデーモンを睨む。
これから突進して「確保おおお!!」とかするつもりなのだろうか?
いや、それしか無いだろう。
で、なければ身を屈めてグラウディングスタートのような格好になった理由が分からない。
モタモタしていたらいつ「確保おおお!!」が来るか分からない状況だ。
絶体絶命。
そんな彼の窮地を救うべく脳裏に浮かんだものは寄りにも寄って「これがあれば種族気にせず、お願いし放題だぜ!ブラザー」等と決め顔で語る詐欺師の男だ。
ヘロヘロは咄嗟に藁に縋る。
詐欺師の男に教えられるまま身に付けた不可思議なポーズをバッチシ決めたのである。
「私の事は見なかった事にして下さい!」
デデンと不可思議なポーズを晒して固まり時間は止まる。
2体の異型の間にヒュー…と冷たい風が吹く。
「……」
「……」
もしも動画で撮られて公開されようものなら『大草原不可避』とかそんなコメントが流れた事だろう。
いっそ死にたい…。
ヘロヘロの羞恥心が限界を迎えそんな願望を懐き始めたそんな時…。
運命の女神が微笑んだ。
…さぞかし口とお腹を抱えて「大草原大草原」等と呟いた事だろうが、兎にも角にも奇跡が起きた。
「畏まりました」
なんとシャドウデーモンが応じたのである。
驚愕するヘロヘロを余所にシャドウデーモンは深々と頭を下げたのだ。
その様はまるで敬意を払うような丁寧な動作であった。
「ええ!?良いんですか!?」
「当然でございます」
はっきりと言い切るシャドウデーモン。
意味が分からないのはむしろヘロヘロだ。
「え…。うぇ、まじ、やば…。」
等と狼狽するヘロヘロだったが、そうのこうのしている内にシャドウデーモンの後ろの方からひょっこり二体目のシャドウデーモンが顔を出す。
それを目にしたヘロヘロの行動は早かった。
ピシィと不可思議なポーズを取って命令を下す。
「お仲間さんにも伝えといて下さい。私の事は上には報告しないように!貴方もですよ」
「畏まりました」
ビシィ、ビシィと殿下の宝刀の無双乱舞を決めた後、跪いて頭を下げるシャドウデーモン達を尻目にスタコラサッサと退散する。
監視の目も一つじゃ無いと分かった以上、最早長居は無用であった。
お願いポーズも何時まで効果があるのか分からないのだ。
もしかしたら次の瞬間にも効果が切れて、「確保おおお!」とラグビー選手さながら突っ込んで来るかもしれない。
「それじゃあ。失礼しましたぁ…」
ペコリと会釈し、のそのそと倉庫から撤退する。
そして豪邸の敷地から外に出てようやく安堵の溜息を吐き出した。
このスライムの身体にある訳も無い心臓が胸の奥でドッドッドッドッと暴れている気がした。
そっと胸を撫でる触腕が緊張の余り震えていた。
そして思う。
このポーズ。すげぇ…と。
ーーー
ーー
ー
倉庫の中。
シャドウデーモンは見えなくなった主人の一人、至高の41人ヘロヘロ様が居なくなったと判断して頭を上げた。
このシャドウデーモンは帝国内での情報収集の為にデミウルゴスから命じられ各地に潜伏する下僕の内の一体であった。
そんな彼に後方に潜伏していた仲間の一体が声を掛ける。
「まさか、このような場所でヘロヘロ様と遭遇しようとは」
「全くだ。しかしヘロヘロ様はこの遭遇を秘密にせよと御命令だ。…一体何故?」
「分からん。至高御方の考える事だ。きっと深い理由があるのだろうな」
「しかし、それではデミウルゴス様の命令に反する事になってしまうがーーー…。」
本来であればヘロヘロ様との遭遇は速やかにデミウルゴスに報告する義務がある。
それを怠れば確実に殺される事になるだろう。
それを口にしたシャドウデーモンも考えるような素振りをした後に、ニヤリと笑う。
「ーーー問題はないな?」
「当然だ。至高の御方であるヘロヘロ様の御命令はデミウルゴス様の命令よりも遥かに重い」
ナザリック地下大墳墓に所属する下僕には絶対の上下関係が存在する。
最下層に位置するのはこのシャドウデーモンのように直接創造されていない下僕達だ。
勿論その中にも役職を貰ったかどうかの上下関係や、召喚したものとその眷族との上下関係も存在する。
そしてその上に立つのが、彼らの上司であるデミウルゴスのように至高の御方に直接創造された者達だ。
彼ら上位者の中でも役職による上下関係が存在しており領域守護者や最上位の階層守護者、更に守護者統括と言う地位が設けられている。
そして更にその上に立つのが、ナザリック地下大墳墓の絶対者。至高の41人なのだ。
故に彼らは即決する。
そこには迷いすら微塵も無かった。
例え特別情報収集官ニューロニストにこの身体を斬り刻まれようとも決して口にしないだろう。
当然だ。
至高の御方に忠誠を尽くす事こそが下僕の全てだ。
その気持ちは自ら創造された者達にも決して負けていないと断言出来る程の忠誠心がそこにはあった。
ーーー
ーー
ー
一方その頃。
豪邸を抜け出し絶体絶命の窮地を脱したヘロヘロであったが腑に落ちない気持ちと言うのも確かにあった。
何故、シャドウデーモンにだけ効いたのかと言うのが疑問であった。
…と言うのも、既にお願いポーズは人間に一度試しているのだ。
気持ちの問題や真剣さの違いだと言われればそれまでなのだが、どうもそれだけでは無い気がしたのだ。
「……」
無言で考えてみたが、その疑問は解決しない。
もともと情報が少なすぎるのだ。
しかし貴族か富豪かは知らないが、人間に飼われて倉庫の門番をしているであろうシャドウデーモンが、こうもあっさりコソ泥を逃がすのは如何なものだろうと考えさせられる。
シャドウデーモンはユグドラシルにも存在しているモンスターだが、確かに彼らの能力ならこの世界では番犬代わりに重宝するかも知れない。
しかしもしも自分がユグドラシルのモンスターを使う側になった時はシャドウデーモンだけは使わないようにしようと思う。
だって彼奴等。
忠誠とかそう言うの知らなそうだから。
ヘロヘロは一人、納得した。
……
……
そしてその日は眠りにつく。
頭の片隅にあるのはフラッシュバックに紛れて浮かんだ苦虫の彼のこと。
「私のアヴァターラも並ぶのでしょうか?」
最後のとき。震える声で呟いた彼の声が今でも頭にこびり付く。
誰よりもアインズ・ウール・ゴウンを愛し、それが不変のものだと信じ、幻想を懐き続けた人物。
そしてそれが儚い幻でしかない事を、引退していくメンバーの姿に思い知らされた者。
ヘロヘロが知る限り櫛の歯が欠けたように減っていくメンバー達の中で、最も最後までモモンガの隣にいた人物だ。
メンバーの減少と共に昔のような冒険も、敵対ギルドとの抗争も、希少鉱石やマジックアイテムの収集も、ギルドボスの討伐も、NPCの作製も、当時当たり前だった事の何もかもが出来なくなり、又はしなくなり、毎日の日課となった簡単なダンジョンでの金貨集めや、黄金時代の想い出話しや、仕事の愚痴ぐらいしか出来なくなった桃源郷の末路を悲痛な目で眺め続けていた。
「アインズ・ウール・ゴウンか。…本当、くだらない」
「…それモモンガさんの前では言わないで下さいよ」
「すみません。ですが、アヴァターラを作るモモンガさんを見てたら、そこまでする価値なんて無いんじゃないかって思ってしまうんです」
「気持ちは分かりますよ。本人も武器の保管場所だの何だの理由は付けてますけどね」
「正直、見てらんなくて。リアル都合でどうしても参加出来なくなったと言うのは分かります。…けど、大半のメンバーは流行りのゲームで宜しくやってるんですよ?」
それは何時だったか彼と話した時の思い出だ。
アインズ・ウール・ゴウンを指して「下らない」とまで吐き捨てた彼が結局最後まで残った理由は単純にモモンガが居たからだろう。
寂しそうにアヴァターラを作る彼の背中を、嘗ての栄光に縛られ続けるモモンガを、結局最後までほっとけられなかったのだ。
しかしそんな彼も最終的には貧困層の煽りを受けてリアル都合に圧し潰された形となった。
詳しくは知らないが、いよいよもってゲームの継続が出来なくなったと言う事らしい。
身体を壊して働けなくなったとか、会社に責任を押し付けられたとか、何らかの理由で住まいを出なければいけなくなったのだろう。
貧困層の現状を考えれば特別珍しい事でも何でも無かった。
ただ。
引退する最後の日、ヘロヘロにだけ聞かせてくれた最後の言葉が、震えた声が、何時までも頭にこびりついて離れないのだ。
そんな事さえ無ければ、ユグドラシル最後の日、円卓の席に彼の姿があったのであろう。
ヘロヘロも、丁度その頃転職し、結果として新しい環境がクソ過ぎた為に彼の後を追うようにログイン出来ない日が続き、気が付けば2年もの歲月が流ていた。
モモンガからサービス終了の知らせのメールを受け取るまでの話である。
本当であれば、もしも本当にアインズ・ウール・ゴウンがこの世界にあるのなら、もしもこの世界にモモンガが居るのなら、彼に会いに行くべき人物はきっと彼だろう。
だが、残念ながら最終日に来てくれたメンバーの中に彼の名前は無かった。
だけど少しだけ思うのだ。
ヘロヘロがログインしなくなって以降、2年間。
モモンガはその2年間をたった一人で守り続けてきた。
そんな現実を、そんな寂しそうなモモンガの背中を、もしも彼が眺め続けていたのなら、何を思ったのだろうか?
そんな事を考えている最中に、ヘロヘロの思考は微睡の中に呑まれて消えた。
その日に見た夢は、下水の中で他のスライムと一緒に楽しそうに汚物の中を泳ぎ回る夢だった。悪夢だった。
今回の捏造
○オーレオール・オメガの創造主→ぷにっと萌え
どう考えたもロリ好きそうな名前。
指揮官タイプの共通点。
○アインズ・ウール・ゴウンに幻想を抱いた彼。
彼と言う存在と言うかその設定。
いったい誰の事だろう?
○ヘロヘロの走馬燈のあれこれ
作者のただの妄想です。