ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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諸事情により長期に渡り更新が停止しておりました。
楽しみにしてくれていた方には申し訳無く思います。

改めまして復帰させて頂きましたので、読んでいただけると幸いに思います。

なお、今回の話しはヘロヘロ様にとってちょっぴり厳しいお話し。


ヘロヘロ、都会での暮らし

 異世界転生と言う言葉があった。

 

 本来死ぬべきじゃなかった人物が、神やら女神の手違いによって死ぬ結果となった際、救済処置としてチートスキルを持たされ異世界に転生すると言う種のジャンルであり物語だ。

 

 厳密に運命を管理している割には、その救済方法がメダカの水槽にザリガニ放り込むような処置であったり、そうやって送り込まれた転生者によって命を落とす者達はその『手違い』に含まれないのか?とか言う疑問はさて置き、なんの特徴もないようや一般人がファンタジーの世界に入り込んで無双すると言う子供の頃の夢をそのまま形にしたような物語は読者の心を大いに惹き付けた。

 

 ゲームや漫画やアニメ等を愛するものであれば一度はそんな世界へ入り込んで無双する自分の姿に妄想を膨らませた事ぐらいはあるだろう。

 

 好みのキャラクターと仲良くなって一緒に冒険したり一目置かれたり、青春したりと妄想のネタは尽きないが…。

 

 異世界にせよゲームの世界にせよ、大抵が現実世界に比べて遥かに危険で過酷な世界である一方、リモコンを夢中で握り締める人物が、プレイするゲームの主人公より身体能力的に優れている事など稀だろう。

 

 理想と現実が乖離する事など、現代社会であろうと異世界であろうと変わらない。

 

 いくらそこに理想を重ねようとも、デスクワークで運動不足抱えるような人間に重量2キロの鉄の塊を振り回して冒険等、土台無理な話なのだ。

 

 だから人はチートスキルと言う部分に希望を抱く、桁外れな能力を手にすれば、その他全ての問題が解決出来ると盲信し、文明社会で生きるために必須と言えるコミュ力や生活力、そしてその他諸々の機転や対応力と言う部分に目を伏せる。

 

 しかし本来そう言うものこそ現実世界で養われているべきものである。

 様々な人間との対話を重ね、様々な責任を経験して人は大人になっていく。

 

 …ところがどっこい。何事にも例外は付きものだ。

 そういう経験を重ね現実世界でも宜しくやっていけてる人間ならワンチャン。 

 もしも異世界では糞の役にも立たないような専門職でコミュ力やら生活力が育まれない人生を送って来た人間なら大変だ。

 

 未知なるヒロインとキャッキャウフフ待ってよー…等と卯建を立てるその前に、極単純な生活苦と向き合い戦う事になる。

 

 …例えばそう。

 そこの一角で一心不乱にゴミを漁るそのスライムのように。

 

 ここ、帝国の数ある大都市の一つ、城塞都市チャグラントの一角にヘロヘロがいた。

 とある農村から馬車を使って密入城して早5日。

 

 一部の超弩級の者達から至高の御方と呼び崇められる彼は、覚醒させたスキルと能力による万能感から勢いそのまま都市へと繰り出し見事にその世界の底辺に君臨する羽目になっていた。

 

 人気のない路地裏を徘徊してはゴミを漁って汚水をすする。

いよいよもってスライムらしい食生活にも一定の慣れを感じてきたのか、ゴミ箱を倒す、漁る、啜る…と言う一連の動作も磨きが掛かっていた。

 

 それもそのはず、入城二日目には金は疎か食料すらも失い、こそ泥のマネごとにも失敗した彼が生きる手段などゴミ漁りぐらいしか残されておらず、入城三日目にもなると迫りくる空腹感を前に元々イリオモテヤマネコ並に少ない自尊心など最早無いも同然であった。

 

 そんな訳で、ゴミ捨て場のゴミを荒らし回った彼に待ち受けるものは何か分かるかな?

 …そうだね。粛清だね。

 

 とばかりに何時の間にか懸賞金が掛けられたのか衛兵や冒険者に追い掛けられるようになっていた。

 

 いよいよもってこれ以上下は無い。

 あちらの世界においても人間扱いされなかった事など悲しい程あったが、この世界ではスライムなど汚水を啜るゴキブリだ。

 

 一度はスライムに味覚が無いことを嘆いたが、今になって思えばこれはこれで救いなのだろう。

 下水で汚水を啜るスライムに人間と同等の味覚が備わっていたならば、スライムはきっと生き抜く事が出来なかっただろうし。

 ヘロヘロとて浮浪人ですらソッポを向いた悪臭漂うゴミを咀嚼し生活することなど出来なかった。

 

「ぐぇ…ふぅ」

 

 今日も今日とて日課となったゴミ漁りに精を出す。

 汚物で汚れたゴミ箱の中を舐め回したヘロヘロはゲップ混じりの溜息を漏らす。

 取り敢えずそれで、一時的に腹は膨れる。

 とはいえ、ゴミはゴミでも選り好み無しとはいかないのが現実だ。

 残飯と雨水が混ざって濁ったソレを舐める事に抵抗は無くなっても、虫が湧いて蠢くソレに口をつけるには人間の精神が許さない。

 

 そんな選り好みが原因か。何を食べたところで余り食べたと言う気がしなかった。

 

 それでも飢えと言う苦しみが薄まれば、思考や行動にも余裕が生まれると言うもの。

 よっこらせと湿った壁面に背を預け、スライムなりに楽な姿勢で最早見慣れた裏道理の通路をぼんやりと眺める。

 

 狭くて汚くて、ゴチャゴチャした裏路地の中でも一際嫌われた通路がヘロヘロ唯一の特等席だ。

 同居人とも言えるゴキブリやネズミに鉢合わせた所で思うことは無くなったのだから、慣れと言うものは本当に恐ろしい。

 それでも背中を預ける壁面の向こう。一度、裏路地から出ていけば明るいお日様の下。商いに精を出す人々の営みが拡がっている。

 

「……」

 

 こんな筈では無かった。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。もしかしたらこの世界に自分と同じように転移しているかも知れない友の情報を得るために都市に忍び込んだはずだった。

 

 ゲームの能力を武器に悪漢や魔物達から人々を守り、信頼と尊敬を勝ち取り、時には可愛いヒロインに慕われ、キャッキャウフフのペロロンポンな日常を満喫しつつお日様の下で大手を振って情報収集するなんて幻想を根拠も無しに期待していた。

 てゆーか、あちらの世界で読んだ『なろう小説』は大概そうなっていた。

 

 なのに現実はこの有様だ。

 正直、その日一日生きるだけで精一杯だった。

 

 そもそも、ホームレスになってゴミ漁りする未来が嫌で冒険者救出大作戦では必死になっていたはずなのに、万能感や使命感に促されるまま村を飛び出し、気が付けばホームレス以下のド底辺だ。

 

 ぶっちゃけ村に帰ろうと思った事も一度や二度ではない。

 なんなら初日に人間扱いされなかった瞬間にはもう帰りたくなっていた。

 

 そうしなかったのは、アインズ・ウール・ゴウンを探す使命に引き止められた等と格好いい理由ではなく、単純に帰り道が分からなかった事と、ここで何とか生き延びていれば冒険者のシルフィーナや薬師のマイクと再会出来るんじゃないかと言う希望に縋ったが故だった。

 

 思えば自分は幸運だった。

 スライムである自分は最初から村の皆に受け入れられた訳では無かったはずだ。

 

 たまたま偶然、森で生きる仲間を欲していたグロプと出会った。

 だから飢え死にしなかった。

 

 たまたま偶然、森の魔物と村とで協力関係を築くと言う理想を持っていたマイクと出会った。

 だから村長と会談の場を持つことが出来た。

 

 偶然、村も問題を抱えていて。

 偶然、冒険者が魔物に捕らえられていて。

 偶然、都合よく全てが解決出来た。

 

 それもこれも、ヘロヘロ自身が解決出来たという訳じゃ無い。

 たまたま偶然、問題を解決することに長けた仲間がいただけだ。

 ヘロヘロ自身はユグドラシルの性能を引き継いだだけで、それ以外は無力なのだ。

 だから一人になったヘロヘロはこんな汚い裏路地の片隅で人の目に怯えて身を隠す。

 

 朧気な視線を長い裏路地の先へと向ける。

 処々で零れ落ちるように届く表通りの光が薄汚れた壁面を照らしていた。

 

 まるで蠟燭の火に集る蛾の心境か…。

 その灯りに魅せられたヘロヘロはよろよろと照らされた壁面へと近寄ると、おもむろに表通りへ目を向ける。

 

 そこには商いをする人の姿に、行き交う人の波。今のヘロヘロの心境とは対称的に希望に溢れた活気立つ人々の営みが狭い視界の先に拡がっていた。

 それがどことなく農村で暮らした短い日々と重なり、重い足は無意識の内に引き寄せられる。

 

 もしかしたらシルフィーナが冒険者の仲間と共にその表通りを歩いているかも知れない。

 ひょっとしたらマイクがサティアを引き連れポーションを卸しに来ているかもしれない。

 

 そんな希望を幻視して表通りから照りつける陽射しに引き寄せられるようにその身を引き摺る。

 

 そして…。

 表通りの光景は先程とは違う形でざわついた。

 

「おい、またスライムが出てきているぞ」

「だれか、衛兵を呼べ」

 

 まるで敵意すら感じるその視線が一斉にヘロヘロを突き刺した。

 先程まで希望に溢れ、キラキラと目を輝かせていた民衆はまるで糞でも踏み付けたように顔を顰める。

 汚物を見るような目だ。

 下水から這い出てきたゴキブリを見た周囲の反応か、いやそれよりも街に降りてきた猪を見る周囲の反応に近いのか…。

 昔そう言った動画を見たことがあった。

 

 騒ぎ立てる喧騒に引き寄せられ走りくる衛兵の姿に我に返る。

 そして踵を返して裏路地に逃げ込むと。

 

「クソがっ!下水で汚水の処理でもしてろよ!!」

 

 逃げる背中を衛兵の怒号が突き刺した。

 レベル100を数えるヘロヘロに強者による恐怖は通用しない。

 しかし人々から向けられる拒絶や嫌悪、そういう悪意に対する恐怖は別物だ。

 

 元々ヘロヘロは図太い神経の持ち主という訳じゃ無い。

 どちらかといえばその精神は脆弱だ。

 

 どんなに暴れ回っても息一つ乱れなかった呼吸が貪欲に酸素を欲して貪った。

 

 悪意によって湧き上がる恐怖に背を押され、逃げ出したヘロヘロは裏路地を突き抜け、いくつかの居住地と路地を我武者羅に逃げた。

 逃げて逃げて逃げ続けた。

 

 背中を追う人の気配は無い。

 感覚がそれを感じるのに、感情がそれを否定する。

 そうでもしないと逃げられない気がした。

 

 怖かった。

 人々の目線が、その嫌悪が。

 

 どれだけ走ったのか、迷路のような裏路地を彷徨ったヘロヘロは裏路地では無いにしても人気のない寂れた路地に辿り着く。

 そこで唐突に我に返る。

 そして気付く。

 ここは最初に迷い込んだ奴隷街だ。…と。

 

 奴隷街と言うのも客観的に見たヘロヘロのイメージをそのまま命名しただけに過ぎないが、初めてここに迷い込んだ時に、鎖に繋がれたエルフや牢屋に閉じ込められた魔獣など表通りで売買出来なさそうなものを取引しているのを見た。

 

 如何にも異世界ならではな光景に目を釘付けにされた訳だが、本来ここは夜にこそ本領を発揮する店が並ぶのだろう。

 昼間である今は人気と言うものも感じなかった。

 

 確か、貨物の倉庫はここから近かった。

 そう。ヘロヘロがこの街にやってきた時、最初に貨物の倉庫に押し込められた。

 その倉庫が近くにあるはずなのだ。

 

 人混み激しい大通りで見知った顔を探すのは正直困難だ。

 なにより出切ればもう人前に姿を晒したくは無い。

 だから貨物の倉庫で迎えを待とう。

 そうすれば再び村から納品のためにやってきた誰かと再会できるかもしれない。

 

 そんな事を思った矢先。

 

「こいつ懸賞金のスライムじゃねぇか?」

 

 突然背後から声が聞こえた。

 ビクリと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。

 

 そこには二人組の男がいた。

 冒険者なのかワーカーなのか、軽装の胸当てを着込んで武装した男が、獣臭い布袋を肩に担ぎ、何かの牙や耳を腰にぶら下げ、そしてヘロヘロを見下ろしていた。

 

 ジロリと睨む男達の視線は、次いで取り出した何かの紙へと吸い込まれ。

 そして数秒。

 突然、男の片眉が釣り上がったかと思うと。

 

「ゴミが」

 

 唾を吐き捨て素通りした。

 過ぎ去っていく男達の背を見届け、ヘロヘロは勢いそのままペトンと屁垂れこむ。

 

 取り敢えず危機は去った。

 出来るだけ目立たないように再び裏路地に逃げ込み、湿った壁に背を当てる。

 

 自分の懸賞金はそうとう額が低いらしい。

 思い返せば駆け出しの冒険者からも追われるようにはなったが汚い裏路地に逃げ込めば執拗に追っては来なかった。

 それは懸賞金の額が原因だったらしい。

 追い掛ける価値が無いと思ったのか…。

 こんな汚い所を入るのは割に合わないと思ったのか…。

 人を襲う事はしていないのだから当然と言えば当然かもしれないが、それでもジワリに心に染みる。

 

 今の自分は懸賞首として見てもゴミなのかと。

 

 ……

 …

 

「おい、聞いたか?帝国がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国になったそうだぞ」

 

 いつまでそうやってへたり込んでいたのか。

 死に体のまま茫然自失で壁に背を預けていたヘロヘロの耳にそれは届いだ。

 表通り…ではない。

 恐らく声の主は壁面、酒場らしき店の中から聞こえているのだろう。

 

 念願のアインズ・ウール・ゴウンの情報だ。

 本来であれば喜々として飛び付く会話なのだろうが、当の本人にとっては最早そんな気力は無かった。

 

 と、言うよりも、最早その情報を集める事自体が億劫になっていた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。この単語はかなり有名なようで、僅か五日の裏路地生活に精を出しているそれだけで、結構至るところから聞くことが出来た。

 

 どれもが噂程度の話ではあったが、それでも元アインズ・ウール・ゴウンの一員であった彼は薄々勘付いてしまうのだ。

 

 自分の知るアインズ・ウール・ゴウンでは無い可能性が極めて高いと言う事に…。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとはなんぞや?

 唐突に彼はそんな事を考える。

 

 哲学だとか真理だとか、悟りを開いたわけじゃ無い。

 アインズ・ウール・ゴウンと言うのはそもそも神話の神や人物、はたまた組織名ではないのかと言う疑問を抱いたのだ。

 

 悔しい事にヘロヘロは神話には詳しくない。

 しかしギルドメンバーには神話等が好きな連中も相当数居たのも事実なのだ。

 

 ギルド名の由来が神話であった場合、ゴブリンやオーガ等の神話の魔物が跋扈するこの世界だ。

 同名の組織や人物がいても可笑しく無い事になってしまう。

 

 むしろそちらの方が現実的に思えた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の王の名前が、アインズ・ウール・ゴウンなのだと聞いてしまった今となっては。

 

 もしも、本当にモモンガさんがこの世界に来ていた場合、慎重な彼なら偽名を使う可能性は十分あった。

 だからこそモモンと言う名前に可能性を感じたのだ。

 

 しかしギルド名をこうも曝け出している以上、偽名を使って潜伏していると言う線は無いだろう。

 

 ならば当然、モモンガと言う名前を隠す必要は無いはずだ。

 せめて王の名前がモモンガ節を炸裂させたトンデモネーミングならば希望はあったが、国の名前と同一と言う絶妙に判断に困るネーミングをチョイスしている。

 

「はぁ」

 

 ヘロヘロは盛大に溜息を吐き出し、起き上がる。

 思考の渦に囚われてしまった頭を振って空にする。

 無い。無い。有り得ない。

 

 これまでの思考も現状の情報を可能な限り好意的に解釈して無理矢理可能性を残した程度だ。

 

 そもそも一人ぼっちで転移したはずのモモンガさんがこの僅かな期間で一国を築くなど無理な話だ。

 

 それなら最初からそういう国や組織があったと考えるほうが妥当だろう。

 

 淡い期待を頭から振り払い、日の沈んだ空を眺める。

 建物の屋根に遮られ、切り取られた視界の先にはあちらの世界では有り得ない星空が満開に拡がっていた。

 

 気付けば空は夜模様。

 表通りも店に灯りが灯され、アングラな商店街が本領を発揮しようとするそんな中で、それでも未練かヘロヘロは想う。

 

 だけどもしも本当に、この世界に流れ着いた者が自分だけじゃないのなら…。

 今の自分の境遇を知れば、少しは悲しんでくれるのだろうか?

 そう。傷付いた心を慰めるぐらいには。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 商人ギルド所有の貨物倉庫。

 日も沈んだ暗がりの中にも関わらず、この倉庫は監視をするには十分な明るさが保たれていた。

 これは灯具となるマジックアイテムが各所に設置されているからだ。

 松明の炎と違い、常に一定の明るさを保ち続けるマジックアイテムはそれ一つで灯具として高い効果が期待できる。

 

 静まり返る倉庫の中には様々な貨物が並ぶ、仕分けされた貨物は等間隔で山を築き、それぞれの山には主張の激しいサイズの札が掛けられていた。

 輸送先を記した札だ。

 

 その中で一つ、山を築かず平らに並べられた貨物の一群がある。

 掛けられた札には『最重要』と言う意味を込められた赤い文字が記されてある。

 

 それを無事に帝都に送り届ける事が、今回の任務だ。

 

 赤い札が掛けられた木箱の前で男が立つ。

 彼は商人ギルドの輸送隊に付けられた護衛だった。

 勿論、護衛はこの男一人ではない。

 腕に覚えのある同僚達が今回の任務に相応以上動員されている。

 与えられた任務は全うする。

 しかし男には分からなかった。

 なぜ自分たちが帝国の、それもあんな端の地域から輸送隊の護衛として派遣されたのか。

 

「よう。どうした。浮かない顔して」

 

 突然の声に振り返る。

 別に驚きはしない。

 聞き慣れた声だ。

 

「あ、いえ、団長。今回の任務は何が目的なのかと」

「護送だろ?」

「本当にそんな、ただ荷物を帝都に運搬する為に帝国まで来たんすか?もっとこう他にも何かあるんじゃ」

「ねーよ。俺等の仕事はいつだって警護だろう?」

 

 そう言われてしまえばグゥの音も出ない。

 確かに自分たちの専門は警護だ。

 今は無き六腕には及ばないが、それでもそれに迫る実力と実績を併せ持つ者達が招集されたこの警護団は物資の護送に充てるには過剰と言って差し支えなかった。

 

 暗殺をするにも、諜報をするにも、専門の組織がある。

 ましてや、こんな隣国の城塞都市で組織の倉庫を襲撃など馬鹿げた事をやるのは…百歩譲って悪魔ぐらいだ。

 

 しかし運送中となれば話しは別だ。そして、それだけの価値のあるお宝だと上が判断すれば、無いと言う事も無いだろう。

 商人ギルドの護衛等と本来確かな実績と信頼が無ければ就けない依頼にわざわざ捩じ込んだぐらいなのだから、余程の品が運搬されると言う情報を掴んだのだろう。

 

 ならば当然、運搬中に略奪と言う計画の可能性もあるわけだ。

 …と言うか、そうだとこじつけない限り理由が分からない。

 

「運搬中に略奪でもするとか思ってんのか?」

 

 突然心中を当てられ心臓が飛び跳ねる。

 勢いそのまま団長を見れば、苦虫でも噛み潰したような顔が出ていたのかニヤニヤと小馬鹿にするような顔が出迎えた。

 生まれつきだから仕方がないが、さぞかしこの顔は雄弁に感情を語るのだろう。

 

「やめとけやめとけ、そんな簡単にはいかねーよ。あの六腕ですら王国と蒼の薔薇に潰されたんだ。帝都の兵に囲まれればまず生きて帰れねーな。一国の力ってのはそれ程だ」

「あの」

「心配すんな。聴かれてねーさ。監視は周辺に放ってんだ。ギルドの人間が来ても連絡が入る」

「…まぁ。そっすね」

 

 男は団長に言われて相槌を打つ。

 結局のところ理由は謎のままなのだが。

 

 警備部門の長が抱える。エリート軍団、六腕。

 一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われる八本指の最強戦力…だったものだ。

 王国が行った複数存在する八本指の重要拠点への同時攻撃により拠点は壊滅、長も含め六腕は全て誅殺され、八本指に大きな被害を出した事は有名な話しだ。

 直後に起きた悪魔による王都襲撃事件によって話題の影に隠れがちだが、これだって歴史的な快挙であることは間違いない。

 

 その際に大きな功績を上げた人物として、かの御前試合で名を馳せたブレイン・アングラウスが上がる。

 その功績からか現在は王国に仕えているそうだが、ブレイン・アングラウス。ガゼフ・ストロノーフ。そしてアダマンタイト級冒険者・蒼の薔薇。それに軍の力が合わされば、あの六腕ですら敗れるのだ。

 

 王国よりも格上だと思われる帝国の軍隊と鉢合わせたなら勝ち目などある訳がない。

 

「まぁ。単に帝国に根を張るための布石かも知れないっすね」

「ああ、そう言う可能性もあるか。…まぁ何にせよ。失敗は出来ねぇな。上の…それこそ最高幹部の面々に直接呼び出されての命令だよ。絶対に失敗しないでくれってさ。なんか縋るような目だったよ」

「何ッスかそれ。最早ギャグでしょ?」

「あー。やっぱお前もそう思うよなー。」

 

 王国最大の犯罪組織・八本指。

 その最高幹部である8人の長…と言っても現6人だが、これだけの事をしている以上、何かしらの計画が働いているのは確実だ。

 

 そして自分達の働きの失敗はその計画の失敗に繋がる可能性は否定できない。

 莫大な権力と兵力を持つ彼等に取って自分達の存在などゴミ同然だ。

 任務もまともに遂行出来ない無能など暗殺部隊を差し向け人知れず消すような事ぐらい容易にするだろう。

 …それか見せしめに使われるか。

 

 そんな彼等に取って恐れるもの等、あるわけないし、何かに縋るなんて事など有り得ない。

 

「あ、それとだ。正確には護送は帝都までじゃない。そっからは帝都の特使と共にエ・ランテル。つまりアインズ・ウール・ゴウン魔導国へ運ぶ手筈となってんだ」

「はい?」

「安心しろよ。別にアンデッドの国だからって奴等と戦うって訳じゃねー。知ってんだろ?八本指もアンデッドを借受けたりしてんだ。取引相手さ。あ、帝国じゃなく、魔導国に対する布石の可能性もあるのか?」

 

 無精髭を擦りながら団長が仰ぐ。

 その横で目を丸くする男がまじまじと団長の様子を伺い、そして密かに溜息を吐いた。

 

 結局のところ団長も訳を知ってはいないのだ。

 自分達が帝国で物資の護送をする理由だけでも難解なのに、帝都の連中と仲良く魔導国まで足を運ぶのだ。

 ここまで来ると最早お手上げだ。

 

 実のところ大層な布石なんて何も無くて、依頼があったから受けただけじゃ無いかと脳が逃避する。

 

「ま、了解ッス」

「おう。何もねーだろうが、最後まできばってけ。失敗なんかしたら殺されるからよ」

 

 そう言って団長は男に背を向け、片手を上げる。

 

「ッス。心配の使用が無いっすよ。誰が襲うんすか?八本指ですら避ける帝都の商人ギルドを」

「ん、モンスターとか?」

「了解。あ、そう言えば、どんなお宝が入ってんすか?その箱の中に」

 

 歩き去って行く団長の足がピタリと止まる。

 そして一度振り向き、無精髭を擦る。

 

「ああ、ムーンローズらしいぞ。ほら帝国の嗜好品として良く市場で売ってるアレだな」

 

 男は考える事を止めた。

 

 

ーーー

ーー

 

 季節外れの心霊スポットへ行った際、偶然ヤクザの取引に直面してしまった話しを聞いたことがあった。

 恐らくだがネットサーフィンで辿り着いた都市伝説を読んだとかそんなのだろう。

 

 特にそれを読んで思うこともなく、ページを閉じてネットサーフィンを再開し、特に何もない一日の光景として記憶の片隅に放り込まれる。

 

 感情移入等、土台無理な話しなのだ。

 

 だから例えば、とある理由で貨物倉庫に忍込み、たまたま偶然木箱の中に逃げ込んだら、見張りの男の視線が分からなくなって出るに出られなくなったと言う話しを聞いても、きっと誰も感情移入などしてくれないだろう。

 

 よりにもよってそのタイミングで『略奪』だとか『根を張る』だとか『殺される』とか。

 普通の運送会社の社員や警備員の口から出るはずのない物騒な会話を聞いてしまったとするならどう思うだろう。

 

 感情移入など土台無理な話しだ。

 だから当事者して言わせてもらう。

 

 ーーちびりそう。

 

 とある城塞都市の貨物倉庫。男と団長とが物騒極まりない会話をしていたその最中、ヘロヘロはずっと木箱の中に隠れていた。

 

 よりにもよって赤い札が掛けられた『最重要』の木箱の中だった。

 

 最悪なのは、中にあったのが『物』ではなく『植物』であったと言う事だ。

 

 ここに来る道中の樽の中で分かった事だが、ヘロヘロの体は大概の物体に損傷を与えず乗っかる事が出来る。

 体内に沈み込ませる…と言ったほうが正解かも知れないが、兎も角、だからこそ樽の中では野菜等の食料を無駄にすることなく潜伏することが出来たのだ。

 

 ところがどっこい花のような柔らかな物だとそうは問屋が卸さない。

 現にヘロヘロの下に轢かれた花は潰れていたり、萎れていたり、挙句の果てには花弁が千切れて体内に取り込まれたりしている惨状だ。

 

 あーこれ怒られる。

 怒られる奴だ。

 …等と一人頭を抱えていた矢先、箱の外から悪の秘密結社らしき男達の会話が聞こえて来た訳である。

 

 ヤバいヤバいと狼狽えるヘロヘロに拍車を掛ける。

 いやまさかコレじゃ無いよな?

 と足元の花…だった形容し難い無惨な何かを眺めて頭を抱える。

 

 この人生最大の局面を乗り切る神の一手を、ヘロヘロは全力で模索した。

 

「ああ、ムーンローズらしいぞ。ほら帝国の嗜好品として良く市場で売ってるアレだな」

 

 丁度外からそんな会話が聞こえて来たそんな時、ヘロヘロは唐突に決断した。

 そうだ。バレたら謝ろう。

 

 そう。考えることを止めたのである。




今までヘロヘロ様がいたのは帝都ではなく最寄りの都市となります。
そしてようやく帝都に運ばれるフラグが立ちました。
…さっそくやらかしてますが。

捏造情報
【城塞都市チャグラント】
例の村の最寄りの都市。ヘロヘロが潜伏している。
【ムーンローズ】
帝国では嗜好品として販売されている花。帝国の限られた地域でしか採取・栽培出来ないが、特別珍しい物では無い。甘い香りを放ち香水等に利用される。
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