ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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ヘロヘロ様がいない裏で、起きていたこと。
主にムーンローズの事や城塞都市チャグラントの説明回に近い感じです。

何故、ムーンローズの為に八本指の人間まで関わっているか等など。

今回ほどタイトルに困った事は無かったよ。


ヘロヘロ、様がいない背景で

 日の傾き始めた夕焼け空の下で、なだらかな丘の上に堅牢な城壁が鎮座する。

 帝国西部に位置する大都市チャグラントは最もアゼルリシア山脈に近い大都市と言うこともあり、亜人達の侵略から帝都を守る防波堤の役割を持つ。

 だがその一方、立地の都合上、北部の都市からの流通や各地の村落から物資が集中する交易都市と言う側面も併せ持ち、中心部の大通りや繁華街では日中行商人や冒険者、そして市民で溢れ返る程だった。

 

 日没と共に城門は閉じられる。

 城壁を取り囲むように築かれた堀に倒れ込むように開かれた城門が現在は橋の役割を担い。

 入城者を招き入れる。

 だがそれももう間もなくの話しだ。

 

 一度城門を閉じられれば、この堅牢な城壁は如何なる魔物をも弾き返す鉄壁の要塞となる。

 

 この頃になると検問の任につく衛兵の仕事は極端に少ない。

 当然だ。

 如何に城壁の前とは言え、野盗や魔物の襲撃が無いと言うわけではないのだ。

 

 行商人にせよ冒険者にせよ基本的には早朝から日中かけて移動を済ます。

 わざわざ日没前に入城を試みようとするものは城門が開くまでキャンプを張る覚悟のある余程の変わり者か余程の実力者…それか時間の管理も碌に出来ない農村上がりの初心者ぐらいだ。

 

 だからこそ衛兵の仕事は日没の瞬間まで、変わり映えの無い外の景色をぽけーっと眺めているだけだ。

 

 しかしその日は事情が違った。

 正に日没。これより城門を閉じようとする間際、薄暗い景色の向こうから堂々と橋を渡る荷馬車が一台いたのである。

 荷馬車の刻印は商人ギルドを示していた。

 商人ギルドの荷馬車自体は決して珍しいものではない。

 

 しかし今回入城してきた荷馬車は明らかに異様であった。

 まずは護衛だ。

 商人が荷馬車で商品を運ぶ際に護衛を付けること自体は珍しく無い。

 運ぶ商品の量や価値によって様々だが、とは言え護衛の一人もいない方が珍しいだろう。

 今回はその逆だ。

 多すぎるのだ。

 荷馬車の上には屈強な体躯をした傭兵が数人乗り、荷馬車の周りには騎乗した傭兵が30を超える数で追従していた。

 

 ここまで来ると荷馬車の護衛と言うよりは皇族の馬車を守る騎士団だ。 

 御忍びで遊びに来た皇族が商人に偽って来たと言われた方が納得できる状況だ。

 

 荷馬車の荷台には木箱が並ぶ、丁度荷台のスペースを木箱と傭兵で半分に分け合ったような配分だ。

 傭兵の数に対して明らかに商品が少ないと言うのが、衛兵の率直な感想だった。

 

 となれば、それに釣り合うだけの価値のある商品と言うわけなのだろう。

 それが金銀財宝のようなお宝か、はたまた希少なマジックアイテムなのかまでは分からないが、恐らく衛兵が一生掛けても手に届かないような物なのだとは予想が付く。

 釘付けにされたように木箱を凝視する衛兵も、検問所の前で荷馬車から飛び降りた男に気が付き慌てて目を男へと向けた。

 

「商人ギルドの者だが、商品の搬入の為に参った。通行の許可を頂きたい」

「は、はい。あの、荷物を検めても?」

「規則だから致し方ない。とは言え、大事な商品なのだ。蓋をこちらで開ける故、覗くだけで勘弁して貰いたい」

 

 それは寧ろこちらが勘弁願いたい所だった。

 いくら検問の為とは言え、手にとって確かめる義務はない。

 高額な商品だと言うのなら尚の事、もし手で触れて傷を付けてしまい弁償等と言う話しになれば衛兵の人生も奈落の底へと落とされる。

 実際にそんな事になった衛兵など見たことないが、無いとは決して言い切れないのだ。

 

「さぁこちらへ」

 

 商人に誘われ衛兵は荷馬車に登る。

 そして商人の男が木箱の蓋を開けて見えた物は、花だった。

 それも木箱の中では一つ一つが重ならないように仕切りを立てて並べる程に丁寧に扱われている。

 しかもこの花には見覚えがあった。

 

 ムーンローズ。

 月明かりの中で咲く薔薇として知られるこの花は帝国領の限られた地域でのみ自生しており、特産品として採取されているものだ。

 甘い香りを放つこの薔薇は貴族や裕福な市民の間で嗜好品として人気があり度々商品として運ばれている。

 いくら品薄な情勢とは言え、盗賊がわざわざ狙う程高騰している訳でも無いだろう。

 

 当然、目を瞠るようなお宝を予想していた衛兵も肩透かしを食らう気持ちになったが、そうなると厳重な警護で守る商人に疑問が残る。

 

「帝都からの特注品だ。ムーンローズ自体は珍しいものではないかも知れんが、最高級の品を届けて欲しいと破格の金額を提示されている」

 

 怪訝な想いを抱く衛兵の心中が顔に出たのか、先手を打って口を開いたのは商人の男であった。

 

「…はぁ。まぁ、そういう事なら」

 

 衛兵は納得し荷馬車を降りる。

 検問を済ませ堂々と入城していく荷馬車と護衛の騎士の背中を眺めつつ、衛兵は検問所の入口を潜った。

 

「日没ギリギリに荷馬車とは珍しいな。品物は何だったんだ?」

 

 検問所に戻って早々、衛兵は同僚の男から声を掛けられた。

 そんなに気になるならお前も出てこい等と思いながらも目を向ければ、揃いも揃って間抜け面した同僚達数人が好奇の目で衛兵を捉えていた。

 

「ムーンローズだったよ」

「ムーンローズ?嘘だろ、あの護衛だぜ?木箱を偽装して黒粉でも持ち込んだんじゃ無いのか?」

「成程、有り得るな。王国の八本指なら、商人ギルドを装って黒粉を持ち込む事だって考えられる」

「いや、木箱自体に不自然な厚みは無かった。…てか、そう思うんだったらお前等も出てこいよ」

 

 衛兵の言に同僚が一斉に目を背ける。

 正直なところトラブルは御免だった。

 

 黒粉と言うのは王国から度々帝国領に流れてくる麻薬の一種だ。

 王国の中ではかなりの割合で蔓延していると聞く麻薬だが犯罪組織である八本指が栽培して王国内部を中心に広く取引されている。

 その一部が帝国領にまで流れているらしく、検問所の衛兵は日夜目を光らせているわけである。

 

 とは言え、衛兵も同僚も実際にそれらしき品物が持ち込まれた場面は見たことがない。

 「八本指のような巨大な組織が一目で黒粉と分かる形で持ち込む訳が無いだろ」と言われればそれまでだが、少なくとも帝国領にも持ち込まれ一部で蔓延している筈だ。

 

 なんて言っても、ソレを口実に王国に戦争を仕掛けているぐらいなのだから。

 

 

ーーー

ーー

 

 商人が持ち込んだ品物。

 ムーンローズ。

 それも採取されたものの中でも品質の高い最高級の一品が木箱の中に並ぶ。

 

 別に木箱を偽装して黒粉を持ち込もうとした訳では無かった。

 

 正真正銘、本物のムーンローズを商品として運んでいるのである。

 

 送り先は帝都アーウィンタールだ。

 ここ、チャグラントの商人ギルド所属の倉庫にて保管されている帝都行きの商品と合流させ、本日中にも再び荷馬車に乗せて帝都へと向かう予定であった。

 

 しかし何故こんなものが破格の金額を提示されてまで帝都から注文されたのか、実はそれには理由があった。

 

 政治…と言うよりも外交の話しだが、少し前、帝国は正式に魔導国の属国となる事が決定した。

 それに伴い、帝国は貢物として様々な財宝や特産品をアインズ・ウール・ゴウン魔導国に献上していた。

 

 財宝だけでなく様々な特産品まで貢物として献上したのは皇帝ジルクニフの判断だ。

 帝国の立場として軍事力では勝ち目がない魔導国から属国として生かすだけの価値を示す事は必須であった。

 何故なら相手は生者を憎むアンデッドの王である。

 例え属国になったところで、殲滅と言う一手を逃れられる保証等は何処にもない。

 それどころか喜々としてやるだろう。

 

 同盟を結んでいながら周辺諸国に呼び掛け魔導国に対する包囲網を結成しようと企み、結果それが露見した後なのだから。

 

 その時は咄嗟に属国になることを提案し首の皮一枚繋がったものの、実際のところ周辺諸国に対する見せしめとして根絶やしにされても可笑しくない立場なのだ。

 

 しかし財宝を献上すると言っても財力においても足元にも及ばないと言うのがジルクニフの率直な感想だった。

 100の価値の財宝に囲まれる魔導王に対して1の価値しかない財宝をいくら貢いた所で効果は薄い。

 だからこそ帝国にしか無い別のアプローチが必要だ。

 とは言え相手は人外だ。

 人間の常識では貢物として何が喜ばれるかは分からない。

 正直、生贄か奴隷が最も喜ばれるのではないかと言う不安はあるが、それは次の段階として、手始めに献上したのが帝国領だけに存在する様々な特産品であった。

 

 特使として抜擢されたのは秘書官のロウネ・ヴァミリネンと言う男だった。

 彼は非常に優秀な男であり、長年ジルクニフの側近として仕えていたが、魔導王の居城に赴いた際に洗脳を疑われ閑職に回されていた人物だ。

 秘書官である彼が抜擢された理由は様々だ。

 単純に優秀である事もそうだが、あのアンデッドの王を目にしたことの無い人物に任せるのは殲滅の口実を招く不安があった。

 後は優秀な人材がこれ以上洗脳される事態は可能な限り避けたいと言う事情も無いわけでは無かった。

 

 兎も角。

 秘書官に返り咲いて早々、世界で最も危険だと思われる魔導国への特使として抜擢されロウネは帝国を後にした。

 その際、ジルクニフから可能な限り帝国の価値をアピールする事や、何が魔導王に喜ばれるかを探る事など、実に爽やかな笑顔で無茶振りを一緒に命じられいる彼の心中は察するに余りあるが彼の忠誠に変わりは無かった。

 

 兎にも角にも膨大な貢物を荷馬車に乗せ元王国領であるエ・ランテルへと足を運び、無事に魔導王と謁見する事が叶ったのは帝国を出て数日後の事。

 

 魔導王の隣に立つのはメイドであった。

 魔導国宰相アルベドや王座の左右に並んでいた重役と思われる顔触れは無い。

 まさかと思いつつ、彼は特使として膝を付く。

 そしてその『まさか』であった。

 

「魔導王陛下から拝謁の許可が下されました。頭を上げなさい」

 

 メイドが謁見を取り仕切ると言う帝国には無い斬新なスタイルを見せた魔導国の対応に面食らうロウネであったが、それでも彼はジルクニフが認める優秀な人物だ。

 そんな感情をおくびにも出さない彼はメイドの声に従い頭を上げる。

 

 そして王座に座る魔導王の眼窩の窪みが否応なく目に止まる。

 感情の読み取れない髑髏の頭に、価値の計り知れない漆黒のローブ。かつてかの墳墓で見た死の支配者の姿がそこにはあった。

 

 込み上げる恐怖を鋼の精神で抑え込み、帝国の特使として胸を張って魔導王を見詰める。

 僅かな無礼も許されない。

 ここでの不手際の一つが亡国に繋がる事が無い等と誰が言えようか?

 だからこそロウネが選ばれた。

 彼には少なからずそういう自負もあった。

 

「遠路遥々御苦労であった。ロウネ・ヴァミリネン殿。本日はどのような要件か」

「ははっ。偉大なるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。本日は属国として成立しました事に対する感謝と未来永劫の忠誠の印とし、財宝と特産物の献上に参りました」

 

 鷹揚に頷く魔導王。

 そしてそれを皮切りに手配した衛兵が貢ぎ物となる様々な財宝と特産物を並べ。

 魔導国側のアンデッドによって回収される。

 

 献上を目的とした特使としての役割は問題無く全う出来そうだ。

 だが問題は、可能な限り帝国の価値をアピールする事や何が最も魔導王に喜ばれるのか探るというジルクニフからの無邪気な無茶振りの方だ。

 

 半ば諦めの境地でタイミングを伺うロウネであったが、そのタイミングは唐突にやって来る。

 

 それは丁度貢ぎ物の献上も終わり、特使としての役割を全うした直後の事だ。

 魔導王が突然、口を開いた。

 

「さて、ロウネ・ヴァミリネン殿。ここからは非公式だ。少し世間話でもしようじゃないか」

 

 それはただ純粋に会話をすると言う今のロウネの立場からすれば願ってもない誘いであった。

 

『ジルクニフすらも凌駕する叡智の化け物』

 

 脳裏に一瞬、帝国内部で共有する魔導王に対する認識が浮かぶ。甘い果実を模した罠…と言う、危機感も同時に覚えたが、だからといって拒否することなど出来るはずも無いロウネは息を飲み込み、覚悟を決め、魔導王の誘いに乗った。

 

「そうだな。ロウネ殿。ジルクニフ殿は元気にやっておられるかね?」

「はっ!偉大なるアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国に認められ、大層お喜びの様子で御座いました」

 

 まずは軽いジャブであった。

 絶対的強者に殲滅の口実を握られ属国と言う苦渋の選択を選んだ一国の王が元気に過ごしている筈など無い。

 枕は日に日に抜け毛の量を増やしているし、常備された胃痛のポーションは日に日に空き瓶の数を増やしているが、それをバカ正直に話す程、ロウネも愚者ではない。

 

 問題は魔導王がそれを問いた事だ。

 その瞬間、叡智の化け物との『知略と言葉』での攻防、謂わば宣戦布告を受けたとロウネは悟る。

 

「なるほど。それは何よりだ。…ところで、我が魔導国は属国として帝国を迎えた訳だが、思えば私は帝国について余り詳しく無い。この機会だから聞くとしよう。ロウネ殿。帝国とはどのような国かね?」

 

 ロウネは思わず息を呑む。

 それはまるで魔導王自らロウネの心中を察して誘ったかのような都合の良い話題だった。

 だが、あえてロウネはソレを小事と切り捨てた。

 知略の化け物とまで称されるアンデットだ。

 属国に追い詰められた一国の考える事など想定内にも程があるだろう。

 例え相手の掌の上であろうとも、そうやってロウネの土俵で受けて立つ以上、向こうも何かを測っていることは明白だった。

 例えそれが近隣国の中で生かすに足る人間の国がどれなのかを値踏みしていたとしても、ロウネのやるべき事は変わらない。

 いや、むしろそうである方が好都合だ。

 近隣諸国の人間の国で自国が劣っているとは思っていない。

 比べてる対象が王国なら尚更だ。

 

 だからこそ、ロウネは帝国の魅力を魔導王に語った。

 帝国領の規模。人口。法律。犯罪率。税収。文化等…。

 それこそ王国を対比して如何に帝国が優れた人間の国であるかをネウロは事細かに語った。

 

 語って語って語り続け、やがてロウネによる大演説が終演を迎えた頃。

 手応えを探るロウネに対して、魔導王は…。

 

「ふむ。そうか…。」

 

 と、実に薄い反応を見せた。

 何処か失望すら感じられる反応。

 当然、ロウネは焦る。

 とは言え、その可能性は最初から分かっていた。

 

 相手は叡智の化け物が治める国であり、兵力、財力、人材等、全ての分野で帝国を凌駕する規格外な存在だ。

 唯一、人口だけは劣るかも知れないが、それは兎も角、政治の分野に置いても帝国が劣っている可能性は限りなく高い。

 

 だからこそ、王国を対比して説明したわけだが、数字の面だけで帝国の底を見られ、期待外れだったと判断されれば絶滅と言う憂き目に合う可能性は否定出来ない。

 

 焦燥するロウネ。

 ポーカーフェイスは業務上苦手では無いが、それでも顔色として出たかどうかは分からない。

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 魔導王である彼は失望していた。

 …と言うか後悔していた。

 軽い気持ちでを帝国の事を聞いたら、目の色を変えて政治やら法律やら税収やら難しい話しを羅列し始めたからだ。

 愛国心が強いと言うことは分かったが、正直『何言ってんだコイツ』感が拭えなかった。

 会話の内容が難しすぎて理解が追い付かない。

 

 『農民の収穫〜に対して、税収は〜%』等と言われても、それに対して返して良い返事が分からない。

 

 勿論、アインズだってナザリックについて語ろうものなら小一時間以上語り続ける事が出来るだろう。

 愛国心においては負けるつもりも無かったが…。

 そもそもゲーム時代のギルド拠点改造と、現実世界の政では根本が違うのだ。

 

 そもそもアインズがこうやって雑談をしようと思った理由は純粋に帝国の情勢を知りたかった訳では無い。

 アインズなりに帝国とは仲良くやっていきたいと考える背景がそこにはあった。

 

 実の所、ナザリック内での帝国の評判と言うのは非常に悪いのだ。

 それもそのはず、仕向けられたとは言えナザリックにコソ泥に送り込む等と言う不敬を行った張本人だ。

 それを裁かれるどころか許された上に対等な立場として同盟を結ぶ等と言うこれ以上無い御慈悲を受けていながら、それを欺き対魔導国の為の包囲網を結成しようと暗躍していた裏切り者の国だ。

 

 これらは全てアインズ様がそう言う人物である事を見抜いた上で利用している計画の一端…と言う認識があるからこそ許容されているものの、本来ならコソ泥を差し向けた時点で死罪。拝謁の栄誉に授かりながら、国を差し出して頭を垂れるべきである事を理解出来なかった時点で死罪。

 そして何より至高の御方の御慈悲を裏切った時点で根絶やしと言うのが当然の認識だった。

 

 デミウルゴスやアルベド等、ナザリック内の智者でこそ『中途半端に賢い』または『そこそこ賢い』と言う認識だが、それ以外の者からすれば、偉大なる至高の御方に拝謁の栄誉に授かりながらも尚、そんなことも理解できない愚者でしかない。

 

 だからこそアインズは帝国にも良いところがあると言うところを示したかった。

 ところがどっこい蓋を開けてみると別の問題と直面するハメとなる。

 

 脳裏に浮かぶのはたっち・みーに迂闊にも特撮の話題を振ってしまったペロロンチーノの末路だ。

 彼はマニアの話題に触れてしまったばかりに、特撮論を延々と語られた上にペロロンチーノさん向けにオススメ特撮作品のプレゼンまで受けるハメとなった。

 そしてそれが全50話、その日からログインするたびに「見ました?」的な期待を込められ、感想を求められ、結果血反吐を吐きながら連休を潰すことになった彼の無念は計り知れない。

 

 まずい…と、アインズは密かに焦燥する。

 このままロウネにこの話題を許せば、最悪、帝国の法律や文化を記した資料書50冊がデデンと出てくるは自明の理だ。

 そんなものを押し付けられて、毎日「読みました?」等と感想を求められれば溜まったものではない。

 

 ヤバイヤバイとアインズは内心で頭を抱える。

 何でも良いから話題を変えなければとアインズは高速で話題を探して脳味噌を回転させる。

 だがこう言う時に限って都合の良い話題が出て来ない。

 

 だから彼は感覚に縋った。

 そう。何処からともなく漂ってきた甘い香りに飛び付いたのだ。

 

「そういえば…。気にはなっていたが、この匂いは何かな?」

 

 

……

 

 そして話しはムーンローズに繋がるのである。

 

 メイドを通してムーンローズの受け取ったアインズは『もう二度と政治の話には戻さねー』とばかりに、褒めちぎった。

 

 アインズとロウネの関係は言わば、親会社の社長と子会社の営業だ。

 …または取引先の社長と営業か。

 

 兎も角、ロウネもまさか相手国の王が機嫌良く帝国の特産品を褒めちぎっている最中に、『その話しは置いといて』と政治の話しに戻したりはしないだろう。

 

「で、でしたら。ムーンローズは間もなく、最も旬の時期を迎えます。少しお待ち頂ければ、最高級の品を改めて魔導国に献上できるかと思います」

 

 え?まだ来んの?

 正直、アインズはロウネの言葉にそう思う。

 花を愛でる心は無いし、花の香りを楽しむ感性など生前の自分だって持ち合わせていない。

 

 しかし、先程まで褒めちぎっていた手前、ここに来て『それは結構です』とは言い辛い。

 そんな流れが既に出来ていた。

 だからアインズは鷹揚に頷く。

 

「ああ、期待しているよ。ロウネ・ヴァミリネン殿」

 

 そして、特にどうでも良いムーンローズが再び献上される事になり、ロウネとの謁見も無事、無知がバレる事なく遣り遂げたのだった。

 

 しかし、そんな事をすれば「くっふーーー!」とか言いながら「必ずや帝国からムーンローズを献上させて御覧に入れます」等と張り切っちゃう女がいるのがナザリック。

 

 当初、原産地まで直接取りに行く計画を画策していたアルベドだったが「献上するって言っているのに原産地まで取りに行くのはどうなの?」と思ったアインズによって止められ、裏から輸送をサポートする方向に変更された。

 

 そのサポート役として白羽の矢が刺さったのが八本指だ。

 王国暗部に深く根を張る八本指の上層部は今でこそナザリックに支配された手足に過ぎないが、それでも王国の中では強い権力を持ち合わせている。

 

 当然、その影響力は王国や帝国を股に掛ける商人ギルドにも及び、八本指の息の掛かった人間を護衛として同行させることも訳無い事だった。

 

 そんな訳で、アインズ本人にとって本当にどうでも良いムーンローズの献上。

 しかしそんなアインズの本音とは裏腹に、帝国、八本指、そしてアルベドにとっても決して失敗の許されない一大プロジェクトとなったのである。




捏造箇所は
城塞都市チャグラント
ムーンローズです。
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