ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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そろそろサブタイトルについて考え直さないといけない気がする…。

お待たせしました。
ナザリック内部の話しとなります。
ツアレ関連の部分はネット知識しか持っていないので、推測の部分も多いです。
特典読めたら修正するかも?


ヘロヘロ、様が運ばれる背景で

 DMMO-RPG

 サイバー技術とナノテクノロジーの粋を結集する事により生み出された仮想空間を現実のように体感出来るゲームの総称である。

 その中で圧倒的な自由度と広大な世界、そして日本人のクリエイト魂を刺激するジョブに外装…といった要素をこれでもかと盛り込んだゲームこそ『DMMO-RPGの代名詞』とまで呼ばれた大人気ゲーム【ユグドラシル】だ。

 

 しかしそのゲームの開発が、『親子揃ってキャッチボールの出来る世界を提供したい』と言う細やかな願いによって始まった事はあまり知られていない。

 

 荒廃した大地に、汚染された空気。

 科学技術の発展と引き換えに齎された自然破壊は完全環境都市と呼ばれるアーコロジーの中でなければ、人が満足に生存出来ない環境を生み出した。

 

 巨大複合企業に勤めるもの。

 所謂、勝ち組を中心にアーコロジー内での居住者を選別し、それにあぶれた貧しきものはアーコロジーの周りに寄り添うように街を形成し、防毒マスクありきの生活を余儀なくされた。

 

 そんな現実を憂いたプログラマーのチームにより、とある著名な日本のメーカーと手を結んで開発に踏み込んだゲームこそが【ユグドラシル】の基盤となるゲームであった。

 

 やがて、満を持してリリースされた【ユグドラシル】は他のゲームの追随を許さぬ程にヒットした。

 その理由として真っ先に挙げられるのは、ゲームとしては規格外とも言える自由度だ。

 RPGでありながら、釣りや建築が楽しめる…等と言うチャチなレベルではなかった。

 

 手足の関節は勿論、指の動きまで完璧にリンクした動作は物を触る、掴む、持ち運ぶといった細かな動作ですら可能にした。

 

 様々な版権元との契約により100年以上も前から存在していた映画、音楽、アニメ、マンガ、ゲーム等の著作物まで持ち込める様になり、映画館を作れば映画鑑賞が、音源とマイクを用意すればカラオケが。

 部屋に篭ってベッドに横になりながら一日中マンガを読んでも良いし、テレビの前でソファーに腰掛けアニメ鑑賞してもいい。

 親子や友達を誘って、釣りにスポーツにガーデニングにキャンプにと、最早日常生活の中では体験出来なくなってしまった『あれこれ』に加え、今でも体験出来る細やかな趣味嗜好といったものまで現実世界とほぼほぼ同じ感覚で出来てしまうソレは、最早、疑似生活と呼んでも過言では無い程だった。

 

 『半永久的に遊べる』

 『衰退する要素が何処にもない』

 …とまで謳われたユグドラシルはやがて、十数年の時をもってサービス終了と言う憂き目に合う。

 

 当時の開発陣には確かな理想があった。

 嘗ては当たり前だった。

 しかし今では手が届かなくなってしまった『あれこれ』をゲームの世界を通して再び体感出来る桃源郷として作り上げたはずであったが、現実は理想通りにはいかなかった。

 

 ゲームに依存し、リアルでの生活を忘れ、プレイ中に衰弱死する人間が続出した。

 また現実世界を放棄し、社会に復帰しなくなった者。

 ゲーム環境を維持するために犯罪に走る者など。

 プレイ人口が増えれば増える程、浮き彫りとなっていく社会問題。

 

 親子でも遊べるようにと、全年齢対象にリリースしたゲームであるにも関わらず、自作した全裸に近い外装でオープン街を彷徨くネカマプレイヤー。女性型NPCを作っては衣服を剥ぎ取り、画像や動画を拡散させる紳士を語る馬鹿共の存在。

 

 教育上に宜しくないと批判が殺到したことは言うまでもなく、社会問題や度重なるクレームの度に矢面に立たされ続けた開発陣は、その度に対策に翻弄することになる。

 やがて、そんな毎日による心労が故か?理想の為に立ち上がったプログラマーを筆頭に開発陣は退陣し、利益の事しか頭にない経営陣のみが残された。

 

 【ユグドラシル】の衰退はその時に始まったと、当時を知る元プレイヤーの多くは語った。

 

……

 

 衰退と共に人の動きにも陰りが見えるように、その一室は静寂の中に鎮座する。

 家主を失ってから既に久しく。

 しかし最盛期には趣味嗜好を同じくする友人を頻繁に招き入れては、熱く語り合った場所でもあった。

 

 その部屋の扉は唐突に開かれる。

 

 扉の向こうに立つ人影は四人。

 掃除道具を手にしたメイドの姿であった。

 

「失礼します」

 

 声と同時に一斉に頭が下げられる。

 勿論、それに答える家主はいない。

 伽藍堂となった部屋の中にメイドの声が響くだけだ。

 しかし、頭を下げたメイド達も、それを知った上でやっているのだ。

 例え答える者は居なくとも、神聖なる私室に足を踏み入れる以上、家主に敬意を示さなくても良い理由にはなりはしなかった。

 

 彼女達はナザリック地下大墳墓に仕える一般メイドであり、この一室は至高の41人の内の一人、数多くのメイドを生み出したヘロヘロの私室であった。

 

 四人のメイドは一斉に散らばり、あるものは床にモップを走らせ、またあるものは純白の布で調度品の数々を磨いていく。

 やっていることはただの掃除だが、その動きは洗練されており、優雅にして華麗ですらあった。

 

「ふぅ」

 

 不意に調度品の数々を磨き終えたメイドが溜息を吐く。

 休みなく働かされるブラックな環境に嫌気が刺したとかそう言うのではない。

 寧ろその逆。

 満足感から来る溜息だった。

 日々、代わる代わる清掃される室内にホコリ一つある訳が無く、家主のいない部屋の物が散らかるはずもない。

 完璧に整頓された室内は、最早繰り返しモップや雑巾を滑らせているに過ぎない。

 だが、ここにいる四人は幸運なことに、御方の掃除を始めた初日にこの部屋を担当したメイド達であった。

 つまり、初日の散らかり様を知る唯一のメイド達だ。

 

 メイドの一人はあの遣り甲斐と充実感に満たされた一時を思い出しては恍惚とした表情で部屋中を眺める。

 今でこそ全ての調度品や装飾品が完璧な配置で整理整頓されてはいるが、何も最初からそうなっていた訳では無い。

 

 空き巣や戦闘の痕跡が。…と言う程では無いが、ベッドの上には読みかけの本が。テーブルの上には出しっぱなしのマジックアイテムが。その床には倒れた調度品が。…と、いった具合に清掃意欲を掻き立てるには十分な『散らかり具合』であった。

 

 それが綺麗にビフォーアフターされたのは彼女たちの手腕によるものだ。

 

 例えば棚に並ぶランプや地球儀と言った調度品に寄り添うように並べられた美少女フィギュア。

 どれもこれもが際どい衣装を纏った如何にも『独身男性』の臭いがプンプンするコレクションだが、これも最初から棚に並べられていた訳じゃ無い。

 ベッドの下のダンボールの中に入っていたものを引っ張り出してきたものだ。

 

 同じく一緒に入っていた下着を露出させたアニメキャラが表紙にプリントされたマンガは本棚へと移されている。

 本棚にスペースが十分空いていた所為か、寄りにもよって全て表紙が表になるように並べられていた。

 

 そして極めつけが部屋の中で最も目が行く壁面に立て掛けられた額縁だ。

 一目で高価と分かる細かな装飾のされた額縁の中には、描きかけの少女が複数描かれたスケッチブックが開いた状態で収められていた。

 立っていたり、座っていたり、ジャンプしていたりと様々なポーズでありながら、どれもこれも顔の角度が全て同じ少女のデッサンが入室一番に目に飛び込んでくる手の込みようである。

 

 これらは全て、家主であるヘロヘロが同じ趣味を共有する仲間達と語り合う為に持ち込んだ所有物やこの世界で手掛けた著作物だ。

 性に対する規制の厳しいユグドラシルではあるが、流石に契約している著作物まで厳しく取り締まる事は出来なかったらしく。

 成人誌は兎も角として、少年誌や青年誌で通用するレベルのものであれば御目溢しの範囲として持ち込みが可能となっていた。

 

 そんな訳で、最推しのアニメや、俺の嫁等、普段は決して表に出さない密かな趣味を共有し、時には熱く議論し、時には互いを称え合う活動を行っていた。

 その仲間達と言うのは勿論、メイド同盟の面々だ。

 そして毎回当然のようにいるペロロンチーノも加えて7人が円陣を組み、俺の嫁のフィギュアや漫画を片手に語り合うのである。

 そして変態紳士が7人も集えば「じゃあ、俺もちょっと描いてみようかな」等と勢い余ってペンを取るものが現れるのも仕方ない事だったらしく。

 こうして禍々しく刻まれた黒歴史はベッドの下やクローゼットの隅など人目が付かない場所に巧妙に隠され、衰退と共に永い眠りに付くことになる。

 そして其れ等は全て、転移を機に活動を始めたメイド達によって暴かれ今に至ると言う訳だ。

 

 一度家主が戻れば憤死しかねないSAN値直葬レベルの地雷を随所に仕掛け、ソレらを眺めながらうっとりと頬を緩ませる行為は正直鬼畜のソレだが。

 なにも彼女たちも至高の御方のプライベートや黒歴史を晒して悦に浸るド畜生と言う訳では無い。

 

 ナザリックの絶対者であらせられる至高の御方に限って、『人目に隠れてコソコソ恥ずかしい事をしている』等と思う方が不敬にして無理難題だ。

 

 だからこそ、地雷探知機と化した彼女達の忠誠心の前では、デリケートな趣味や黒歴史など、ベッドの下やクローゼットに隠せば大丈夫だと言う至高の浅知恵等と言うものは無意味に等しく。

 秒で発掘されては次々と展示物さながら部屋の各所に飾られると言う事態になっていた。

 これはヘロヘロの私室にのみ言える事ではない。

 メイド同盟全員に言えることである。

 

 

……

 

 

「よし、完璧」

 

 と、緩ませた口元からツー…っと涎が零れ落ちんばかりに恍惚としたメイドが口を開いた。

 目前にあるのは、丁寧かつ慎重に磨かれ、光沢すら放つ調度品…と一緒に並ぶ卑猥なフィギュアのコレクションだ。

 

 メイド服に身を包み、際どいコスチュームを着たフィギュアを恍惚としながら磨く様は最早、傍目に残念コスプレ美少女にしか見えないが。

 何も彼女はその道に目覚めた変態と言う訳ではない。

 

 自分達の働きに満足したヘロヘロ様に褒めて頂く、あわよくばこの頭を撫でて頂けるかも知れない。…なんて妄想をした結果であった。

 

 全身ネッバネバのスライムの触腕に頭を撫でられ恍惚とするメイドと言う構図もそれはそれで別の種類の変態を思わせるソレではあるが、それは全メイド、いやナザリックにいる全てのシモベが懐く願望と言っても差し支えなかった。

 

 ナザリックに仕えるシモベ達にとって、至高の御方に褒められると言う事は何事にも代えがたい至福なのである。

 

 先日起きた食堂での一件以来、メイド達の間ではヘロヘロ様の御戻りは最早、確定事項のように扱われていた。

 夢見がち…と言われたらそうだろう。

 しかし、至高の御方が御隠れになって既に久しく、自分達は創造主に捨てられたのではないか…と言う不安を抱いてなお、そんな筈はないと言う根拠無き願望に縋る彼女たちにとって、あの食堂での一件は突如舞い降りた神の啓示に等しかったのだ。

 

 至高の御方がお戻りになられる。

 その現実だけでもテンションが鰻登りになる程の一大事であるにも関わらず、その至高の御方が自らの創造主ともなれば涎の一つや二つ零れ落ちるのも無理ない事。

 尤も、ナザリック地下大墳墓に仕えるメイドが実際にそのような粗相をするわけもないが、気分としては最早、そんなレベルであった。

 

「そう。無事に終わって良かった」

 

 と、何処からともなく発せられた溜息混じりな声に反応し、先程まで恍惚としていたメイドは流し目で同僚の様子を伺えば。

 どう好意的に解釈してもドン引きしてるとしか思えないような半目を向ける同僚と目があった。

 

 前者、恍惚としていたメイドは感情豊かな活発な人柄をイメージするならば。

 後者は対極。鉄仮面を思わせる真面目で大人しい人柄をイメージさせるメイドであった。

 

 彼女達は、デクリメントそしてインクリメント。

 共に家主であるヘロヘロに直接創造されたNPCであり、ナザリック地下大墳墓第九階層の雑務や清掃を生業とする一般メイドだ。

 

 インクリメントの極寒の視線を受け、初めて頬の3分の2程度筋を作っていた涎に気が付き、高速で口元を拭うと『冗談だよ』ってアイコンタクトをインクリメントに向ける。

 

 返ってきたのは『神聖なるヘロヘロ様の私室に冗談を持ち込むな』と言う更に鋭さを増した極寒の視線だった。

 

 インクリメントは全一般メイドの中でも、ど真面目に分類される。何時も済ました顔で業務を粛々と熟す優秀なメイドだ。

 

 そんな彼女からすれば創造主の私室と言う此の世で最も尊い職場で緩みきった間抜けヅラを晒したまま仕事をするデクリメントに思う所があったのだろう。

 

 デクリメントの粗相を極寒の視線で牽制しつつ、先程まで丁寧に磨いていた『この部屋で最もたちの悪い冗談』にしか見えない額縁を壁に掛け直す。

 

「こっちも終わり」

「はーい。私もー」

 

 間もなく分担したそれぞれの同僚からも清掃の完了と共に声が上がる。

 そして各々が担当した箇所を一望し、不意に零れ落ちる笑みが、その出来栄えと言うものを雄弁に語っていた。

 

「これならヘロヘロ様が御覧になっても満足して頂けるよね」

「勿論。褒めて頂けるわ」

「あー。早く御戻りにならないかしら。ヘロヘロ様」

 

 デクリメントの声を受けて二人の同僚も声を弾ませる。

 そんな矢先にドアが開く、開けた本人はインクリメントだ。

 彼女はドアを開きつつ首だけをデクリメント及び同僚達に向けるや否や。

 

「ほら、終わったのならさっさと次に行く。私達の仕事はここだけじゃ無いのだから」

 

 そう言い残してドアの向こうへスルリと消えた。

 一人、先頭して次の清掃場所へと歩くインクリメントを追いかけ3人が飛び出してくるのは間もなくの事。

 

「待ってよー」

 

 通路の先でスタコラサッサと歩くインクリメントを追いかけ3人が歩く。

 この神聖な場所でみっともなく走るようなメイドはいない。その為、その距離が縮まる事もなく完全に置いてけぼりの構図になってはいるが、デクリメントとインクリメントはこれはこれで仲が良い。

 言ってみればこの光景は何時もの事でもあった。

 

 通路にはその場を担当する同僚がおり、熱心に床へモップを滑らせる最中、ツカツカと歩くインクリメントとデクリメント他2名の追いかけっこを見て苦笑していた。

 

「貴方達は本当、こんな時にも何時も通りね」

「デクリメントは浮かれ過ぎだけどね」

 

 挨拶代わりと言わんばかりに通路を担当する同僚が茶化せば。

 追撃とばかりに他の同僚が口を開く。

 それら全てに後頭部を描く仕草と苦笑をもって応えるのも何時もの事だ。

 

 茶化す割には通路も心無しか何時も以上にピッカピカだ。

 普段以上に気合が入っているのは何もデクリメント一人ではない。

 

 そんな折。

 予め割り当てられた担当場所へとインクリメントの背中を追いかけ歩くデクリメントの足は唐突に止まる。

 角を曲がってすれ違った人物が目上の存在であるからだ。

 

「御苦労様です」

 

 頭を下げたデクリメントにそう言い残し、その人物――セバスは横を通り過ぎる。

 口にしかかった挨拶の言葉を飲み込んだのは、その後ろを付き従うように歩くツアレの姿が目に止まったからだ。

 

 やがてセバスとツアレの二人は、とある一室の中に吸い込まれていった。

 

 晴れやかな気分は一変、まるで糞でも踏みつけたような気分へと急降下する。

 

 

……

 

 ツアレニーニャ・ベイロン。

 このナザリック地下大墳墓にて、メイドの肩書をもって勤める唯一の人間だ。

 彼女はかつて王国の娼館で廃棄処分されかかったところをセバスに保護され、色々あってセバス直轄の仮メイドとして雇用された経緯を持つ。

 

 ペストーニャ、ユリ、エクレア等の指導によってメイドとしての技能を教育し、エ・ランテルにてアインズが使用している館担当のメイドとしてセバスと共に就かせている。

 行く行くは人間のメイドを現地で雇い入れ、そのメイド達の指揮・監督を任せる予定だが、現在は2つの理由で一般メイドと共に仕事を任せていた。

 

 一つは、ナザリックに来てまだ日の浅いツアレにメイド長を任せる程の技量が身についていない事。

 そしてもう一つは単純に、アンデッドの王と国民から恐れられるアインズの元でメイドとして働きたがる人間など居るはずが無いと言う事だ。

 

 前者はエ・ランテル内の館での実習と、定期的に行われる講義・指導によってメイド長に相応しい人物へと仕立て上げる予定だが、後者についてアインズは対策と言う対策をまるで考えていない。

 馬鹿が何を考えても無駄だからである。

 だからこそこの件は。

『人間は我々とは違い。技術の習得や成長に時間を要する。しかしだからと言って急かす必要はない。いずれは人間どもを支配下に置くに当たって、奴等の事を知る必要がある。彼女はその為のテストケースになるだろう』

 …等と適当な理由で時間を引き延ばし、館の執事として全般を任せているセバスに丸投げし、後は時間が解決してくれるだろうと楽観的に逃避しているのである。

 

 兎にも角にも、ツアレは一般メイドから見れば共にエ・ランテルの館での業務を共にする同僚と言う事になる。

 しかし、現実問題、ツアレと一般メイドには垣根が存在していた。

 

 一般メイドにとってツアレの存在とは『自分達の尊い仕事を奪いに来た部外者』であり、『アインズ様の近くに来ることが出来ながらナザリック地下大墳墓のメイドとして働けなかった哀れな女』と言う認識だ。

 仲良く一緒にお仕事…と言う気などある訳がない。

 

 やがて何事も無かったように、デクリメントは同僚2名と共にインクリメントを追いかけ仕事場に向かう。

 が…、その足は再び止まることになる。

 先を歩いていたインクリメントの背中に追い付き、既に頭を下げていた彼女と同じく、深々と頭を下げる。

 目上の存在とすれ違ったからだ。

 

「何かいい事でもあったのかしら?一般メイドの皆の雰囲気が何時も以上に明るい気がするのだけど」

 

 気分は一気に引き上げられる。

 だからこそ、その言葉に笑顔で答える。

 

「はい。アルベド様」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 何故、至高の御方は御隠れになったのか…。

 シモベである私達は考える。

 そして誰もが一度はソコに辿り着く。

 

 きっとそれは自分達が至らなかったからだと。

 

 ならば至高の御方が御隠れになる前、私達はちゃんと職務を全う出来ていたであろうか…。

 

 そこで気付く。

 メイドである私達はメイドとしての職務を全う出来ていなかったと言う事に。

 

 なんと愚かしい事だろうか。

 至高の御方に仕える事こそ使命であると自負していながら、その実メイドとしての役割を全うしていなかった。

 

 至高の御方の慈悲深さに胡座をかき、怠惰に時を潰した罪深きシモベ達を、ついに神は見限ったのだ。

 気付いた時にはもう遅い。

 自らの神を失った哀れなシモベは吐き気すら催す自己嫌悪の中で、唯一最後まで私達を見捨てず残られ続けたアインズ様の慈悲に今でもこうして縋り付いている。

 

 だが、一度は御隠れになったヘロヘロ様が再び私達にその気配を御示しになった。

 それに私達は歓喜に震えた。

 

 まだ。私達は許される余地がある。

 それは至高の御方…強いては創造主のお戻りであり、ナザリック全ての希望であった。

 

 だからこそ、それに歓喜しない者がナザリックに居るはずなどない。

 少なくとも私はそう思っていた。

 

「ヘロヘロ様がお戻りになります」

 

 偶然通路ですれ違ったアルベド様に言う。

 流石のアルベド様も驚いたのだろう。

 一瞬、ほんの一瞬だが珍しく硬直したアルベド様から事の詳細を聞かれ、食堂での一件の事。そしてその件についてどれだけの者が知っているか等、アルベド様に質問されるまま全てを話した。

 

「そう。でもヘロヘロ様と言うのは少し」

 

 あれ?と私は思う。

 ヘロヘロ様がお戻りになる。

 此れ程の吉報に対して、アルベド様の反応が想像と違ったからだ。

 

 少し―、少しとは何だろう?

 その文面からどのような言葉が続くのだろう?

 

 私の頭はアルベド様程優秀では無い。

 そのことが少しもどかしい。

 

 アルベド様と同じ世界が見えていたのなら、きっと其れに続く歓喜の言葉が見つかる筈なのに、それ――

 

「――不味いわね」

 

 刹那、冷たい感情が全身を駆け巡る。

 咄嗟にアルベド様に掴み掛かっていなかったのが不思議なくらいだった。

 

 しかしそんな感情はそのまま顔に出たのだろう。

 眉をハの字に傾けたアルベド様が言う。

 

「ごめんなさい。そう言う意味じゃ無いのよ」

 

 そっと私の肩に掌が乗せられる。

 柔らかな感触が肩に乗っかる。

 

「貴方達を見ていれば分かるわ。ヘロヘロ様がどれだけ拘られて貴方達を創造されたのか」

 

 優しい言葉だった。

 いつも通りの優しい言葉。

 

「貴方達が至高の御方に合わせて41人ピッタシに創造されたのは、きっと偶然じゃないと思うわ。貴方達が余すことなくお仕え出来るように、拘り抜かれたのでしょうね。…流石は至高の御方。なんと慈悲深い」

 

 ああ。その通りだ。

 思わず歓喜が胸一杯に広がった。

 

 なのに同時にノイズが奔る。

 理解不能な胸騒ぎに疑問符を浮かべるソレより早く、そっと囁くようなアルベド様の言葉が、鋭利な刃物のように私の胸を貫いた。

 

「ところで、そんなヘロヘロ様の御領分とも言えるメイドの中に汚らわしい人間が紛れ込んでいる事を。ヘロヘロ様はどう思われるかしら?」

 

 ピシリとヒビ割れたように、胸の奥底で擡げた不安が顔を出したような気がした。

 ヘロヘロ様はメイドを管轄された御方の一人だ。

 それも一般メイドと戦闘メイドの両方を手掛けた唯一の御人、謂わばメイドを総括されていた御方と言っても過言では無い。

 

 そんな御方が、ツアレ等と言う薄汚い人間をお許しになるのだろうか?

 不意に、失望するヘロヘロ様の姿を想像して悪寒が走った。

 

『貴方はそれを認めたのですか?』

 と、冷たい眼差しで問い詰めて来る創造主の姿を連想させて吐き気すらも込み上がる。

 思わす口に手を当て蹲った私を気遣うように、アルベド様はそっと背中に手を添えた。

 

「大丈夫。きっとアインズ様なら上手く解決して頂けるわ。アインズ様とヘロヘロ様でアレの処分を決めて頂ければ良いだけの事」

 

 ああ、その通りだ。

 優しい言葉に私は縋る。

 アインズ様の言葉によって保護されたツアレは最早私達の力ではどうすることも出来ない。

 

 しかし永年纏め役として君臨されていた偉大なるアインズ様であれば、きっと最善の形で解決して頂けるはず。

 

「――でもね」

 

 しかしアルベド様の言葉はそこで終わらなかった。

 恐る恐る顔を上げれば、真面目な顔をしたアルベド様の姿がそこにある。

 

 優しさを帯びたその声音で、アルベド様は不安を語る。

 

「このナザリックで唯一、セバスだけがツアレの為に行動するわ。きっとアインズ様にツアレの助命を嘆願する」

「…そんな、セバス様が?」

 

 そんな馬鹿なと、私は思わず口に出る。

 だって有り得るはずがない。

 栄えあるナザリックのシモベが薄汚い人間を庇う理由なんて無い筈なのだから。

 

「ええ。だってあれはセバスがアインズ様の御命令を無視してまで匿った女なのですもの」

 

 アルベド様の告白に衝撃を受ける。

 当たり前だと思っていた常識の一つがガシャンと割れて崩れたような気がした。

 ナザリック地下大墳墓に仕えるシモベが慈悲深きアインズ様の御命令を無視する等有り得なかった。

 ましてやそれが人間の為等と。

 

 セバス様がアインズ様の命令を無視する等信じられない。

 しかしアルベド様が嘘を付くとは思えない。

 そんな私の気持ちを察したのか、アルベド様は優しく言葉を繋げる。

 

「信じられないのも無理も無いわ。でも本当よ。この件はヘロヘロ様に創造されたソリュシャンだって知ってるもの。直接聞いてみるといいわ」

 

 そしてアルベド様は言う。

 

「もしもセバスがアインズ様にツアレの助命を嘆願すれば、慈悲深いアインズ様の事。セバスを庇ってしまうかも知れない」

 

 そう言いながら、アルベド様の両手がそっと肩に乗せられる。

 そして圧が掛かる。

 体勢を崩さない程度に加減された圧を両の肩に受けながら、耳元で囁かんとばかりに寄せられたアルベド様の口がゆっくりと耳に近付いてくるのを感じた。

 そして。

 

「――だけどそれって、ヘロヘロ様にとって面白くない事じゃないかしら?」

 

 ゾワりと全身の毛が逆だった。

 

 ――瞬間、バシャンとバケツが床にぶちまける。

 通路に広がる水や転がる道具。しかしそれらを気にもせず、突然走り出した背中に私達は驚愕の目を向けて硬直していた。

 何故ならそれがインクリメントだったからだ。

 どんな時でも冷静で強かだったメイド一の鉄仮面が、そんなイメージもかなぐり捨てて、周りの目線もお構い無しに我武者羅に走っているのだ。

 

 唯一、変わらぬ微笑みを携えたアルベド様だけが、平然とその背中を目で追っていた。

 そして変わらぬ笑みをこちらに向ける。

 

「だからこの話しは、これ以上拡散しない方が良いと思うわ。万が一にもセバスの耳には入らないように」

 

 私は最早、硬直して動けない。

 なんとかコクコクと首を縦に動かせば、「良い子ね」とアルベド様の掌がそっと頬に当てられた。

 

「まずは私の方でヘロヘロ様の捜索を行うわ。だから貴方達が知っているヘロヘロ様の事。出来る限り全て教えて」

 

 

 

 

……

 

 その扉は突然開けられる。

 戦闘メイドの面々が紅茶を傾けるその一室には、既にユリ・ルプスレギナ・ソリュシャン・エントマ・シズの5名がテーブルを囲んでいた。

 ナーベラルは居ない。彼女は現在、モモンに化けたパンドラズ・アクターと共にエ・ランテルに居るからだ。

 

 楽しくお茶会で紅茶を傾けていた戦闘メイドの面々は、ノックも無しに部屋の扉を開け放った不届者へと目を向け、そして驚愕と共に言葉を失っていた。

 

 開け放ったのは一般メイドのインクリメントだ。

 個性豊かな一般メイドの中でも飛び抜けて真面目な筈な彼女が、額から流れ落ちる汗にも、それによって濡れ、水分を含んだメイド服にも気に掛けず。荒く乱れた呼吸を晒しながら部屋の扉を開け放ったのだ。

 何かしらの緊急事態である事は明白だった。

 

「ソリュシャン」

 

 言葉を失った戦闘メイドの面々の変わりにインクリメントは口を開けた。

 その瞬間、何かを悟ったユリが立ち上がる。

 

「さ、皆。ここはソリュシャンに任せて席を外しましょうか」

「…ん、分かった」

「はーい。分かりましたー」

 

 と賛同して立ち上がるシズとエントマ。

 

「え!なんスか?何なんすかコレ?」

 

 とインクリメントとソリュシャンの顔を交互に見合わせるルプスレギナも、声と同時に伸びてきたユリの手にガッチリと掴まれ、ズルズルと引き摺られて行く。

 

 バタンと閉じる部屋の中に残るインクリメントとソリュシャン二人。

 未だ席に腰掛け、紅茶のカップを片手に持ったソリュシャンは一度それをグッと飲み干し、そしてインクリメントに目を向けた。

 

「何の用かしら?」

「ソリュシャンはヘロヘロ様の気配に気付いている?」

「ええ、勿論」

「なら、セバス様がアインズ様の御命令を無視してツアレを匿ったと言う話しは事実?」

「そうね。事実だわ」

「だったら!セバス様が――」

「言いたい事は分かるわ」

 

 落ち着いたソリュシャンの声がインクリメントの言葉を遮る。

 

「ヘロヘロ様はツアレをお許しにならないかも知れない。しかし、そうなればセバス様はツアレの助命をヘロヘロ様に、もしくはアインズ様に嘆願されるでしょうね。…そして、アインズ様はセバスを庇われる可能性がある」

 

 カチャリ。と言葉の間を取るように、微かに響く金属音。言うまでもなくソリュシャンが紅茶のカップを置いた音だ。

 一度だけソリュシャンは深く目を閉じた。

 それから先の展開、いや不吉に近い予感を脳裏に描いたのか。それとも言葉にすることを戸惑ったのか。

 貼り付けた表情からは分からない。

 それ程に、ソリュシャンの対応は冷静だった。

 

「…もしそうなれば。アインズ様とヘロヘロ様の間に不和が生じる事になるかも知れない」

 

 インクリメントはただ黙ってソリュシャンの話しに耳を傾ける。

 しかしその顔には、『それが分かっていながら何故それ程平然としていられるのか』と言う心情がありありと浮かんでいた。

 

 しかし、それも次の言葉ではっきりする。

 

「でも。そうはならないわ」

 

 そう断言するソリュシャンの目は、既に何かの覚悟を済ました者の瞳だった。

 それを見て、インクリメントは直感的に理解する。

 別にソリュシャンは平然としている訳では無かった。

 ただ、その段階はとっくに通り過ぎていたのだ。

 懐き、悩み、そして苦悩の末に覚悟した。

 

 それはつまり――…。

 

「ヘロヘロ様がツアレをお許しにならなかった時は、私があれを処分します。…例えアインズ様のお言葉に反する事になろうとも」

 

 神妙な顔付きで覚悟を吐き出した。

 しかしその次の瞬間には確かな殺意が顔に出る。

 

「だけどその時は」 

 

 と、地に響くような低い声が漏れ出たかと思うと、剥き出しとなった殺意が能面となったソリュシャンの顔を僅かに歪ませる。

 

「ただでは殺さない」

 

 正に悪鬼の如く増悪が、その言葉に込められていた。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 一方その頃。

 帝国領の辺鄙な草原を駆ける荷馬車の中。

 木箱の一つに入り込んで抜け出せなったヘロヘロは、遠ざかって行く都市の感覚をガタンゴトンと揺れる振動から感じながら白目を剥いていた。

 

 時間が解決してくれる問題と時間が解決してくれない問題の2つがあり、そこを履き違えて爆睡した結果、気が付いたら出荷されていたと言う現実に直面した彼は。

 『そりゃそうですよね』とドナドナを口遊みながら白目を剥いて現実逃避していたという訳だ。

 

 不意に楽しかった思い出が走馬灯のように頭に浮かぶ。

 アインズ・ウール・ゴウンの皆と馬鹿をした日々はヘロヘロの灰色の人生の中でも一際煌めく思い出だ。

 

 ナザリック地下大墳墓を攻略し、ギルド拠点として手に入れた当初を思い出す。

 あれはまだメイド同盟を結成する以前の頃だ。

 

「これだけ大きい場所だからメイドは必要だよな」

「墳墓だからマミー女では?」

「女学生だろおおおお!」

「ナース!ナース!!」

 

 と、くだらない一言に過敏に反応した男達は、長い議論の末、投票という形で雌雄を決し、結果メイドと言う形で可決された。

 それに対してヘロヘロは思うことは無い。

 ヘロヘロの懐く桃源郷にメイドは全然有りだったし、その後結成されたメイド同盟との日々は本当に楽しい日々だった。

 

 ただ。結果投票に破れたとはいえ、女々しくも未練が零かと言われたならそうじゃない。

 

「良いと思ったんですけどねー」

 

 箱の中で、当時の自分の案を振り返ってぼんやりと溢す。

 流石にその時はそこまで考えていた訳では無いが、後になって考えれば出来たはずなのだ。

 

「プレアデスをセンターにしたアイドルグループ。AOG48」




捏造
ユグドラシルの開発関連。
メイド同盟関連。

さて、次回はヘロヘロメインの話しに戻ります。
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