ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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明けましておめでとうございます!!
今年も宜しくお願い致します。

お陰様で赤評価のまま、新年を迎えることが出来ました。
こんな場末の物語ですが、読者がいてくれる事は有り難い事だと思います。
お気に入り数も何時の間にか800超えました。
今年の年末には4桁乗りたい所ですね(キリ)


さて、今回の話しは帝国内での状況説明の部分が多いです。
原作でここであーなってるから、裏ではこーなってるだろーなと言う妄想を形にしたものです。


ヘロヘロ、目覚める

 微睡みの中で夢を見る。

 断片的に浮かぶ光景は、開かれる蓋。夕焼けの空。覗き込む衛兵。破顔した商人達や傭兵らしき者達の顔。向けられる槍。

 ああ、そうか。…と、夢では無く記憶であった事を思い出す。木箱に潜んだ自分の結末。辿り着いた都市での一部始終の光景だ。

 

「どういう事だ!?」

「何故!?何故だ!?」

「畜生!!」

「どうする!?」

「殺せ!」

「捕まえろ!」

 

 血走った目で騒ぐ彼等の喧騒の中、容赦無く向けられた槍を受けながら、慌てて木箱から飛び出した。

 野次馬の様に遠巻きに眺めていた人の群れを掻い潜り、狭い裏路地へと逃げ込んだその矢先。ドクンと心臓が大きく跳ねた。

 

「うぐっ!」

 

 そして体は麻痺したように機能を失った。

 飛び込んだ慣性そのままに大地に突っ込み、馬鹿みたいに転がって、やがてゴミゴミした景色の一つに同化する。

 やけに狭くなった視界からボヤけた夕焼け空を眺めながら頭はユグドラシルにあったスライム種のペナルティの一つを思い出す。

 

 『スライムには目が無いので視界はありません』に続く理不尽なスライム種の異型種ペナルティ。しかし対策さえしてしまえば特に不便も感じなかったもの。

 乾燥における『渇きゲージ』の消費に伴い、一定値を切った段階で強制発動する『仮死』である。

 

 主に冒険や侵攻中に作動するサバイバルモードにて水中における窒息が無い変わりに『渇きゲージ』の消費の早いスライム特有のデバフである。

 行動不能状態となり更に一定時間以内に水分補給が出来ない場合『死亡』となるかなり重たいペナルティの一つだ。

 

 『仮死』はデバフの一種であるためアイテムや魔法での回復が可能だが、『渇きゲージ』が回復していない限り何度デバフを解除しても直ぐに『仮死』を強制発動するため事実上、回復アイテムや治癒魔法で回復が出来ないデバフでもある。

 

 それ故、解除方法もお手軽で、硬縮して手のひらサイズになったソレを器に移してお湯(水でも可)を掛けて3分。インスタンス食品かな?…と言う具合にクソ仕様が設定されていた。

 まぁ多くの場合は湖に投げ落としたりするのだが。

 

「…クソ運営が」

 

今の境遇の原因に思い至り、搾り出すように悪態を吐いたのを最後に、ヘロヘロの意識は微睡みの世界へ飲み込まれて消えた。

 

 永いような短いような、夢の中を彷徨った。

 ユグドラシルでの思い出。現実世界での境遇。そしてこの世界での出来事を指折り数えていくように、断片的に浮かんでは消える光景を海中に漂う塵芥となって呆然と眺めていた。

 なんとなくだが、そんな感覚だった。

 

 やがて、永い眠りから目覚める。

 重たい窪みを開き、寝惚け眼のまま彼が目にした光景は、温かなお湯を張る円柱状の壁と、上から覗き込む4つ頭だった。

 

 美人。

 かわいい。

 かわいい。

 

 ――と、二十代を思わせる大人の魅力を漂わせた美女に続き、あどけなさを残す10代の美少女の顔を順に眺め、いよいよもって極楽浄土へと召されたのかと思った矢先。

 『ヒャッハー!』とばかりに飛び込んで来た強面のオッサンの顔に現実へと叩き落され、おっかなびっくり顔色を伺う。

 

 だがそこでヘロヘロは気付く。

 彼等からこの国の街であれ程頻繁に、それこそ当然のように向けられた嫌悪や悪意は感じないのだ。

 

 だからこそヘロヘロは本来当初の疑問であった『何故自分は助かったのか?』と言う部分に思考が回り、そして当然のように導き出した答えに身を震わせた。

 

「ああ。わ、私は…。貴方達に助けられたんですね?」

 

 4つ頭は同時に顔を見合せ、「スライムって喋るの?」「初めて聞いた」等のやり取りの後、恐面の男が代表してヘロヘロに顔を向けた。

 

「…お前がそう思うんだったら。それでも良いんだけどよ?」

 

 その、奥歯に物が挟まったような物言いにヘロヘロは「はいっ?」とばかりに改めて辺りを伺い、間違い探しのようにお可笑しいところを探していく。

 例えば布団の代わりに風呂に寝かせると言う文化の違いを思わせる斬新な介抱方法は兎も角として、ほんの少しばかり温度調整を間違えてると言わざるを得ないボッコボコ沸騰するスープだったり、一緒に入っている野菜だったり。

 

 「ははーん」と彼は改めて状況を整理し、そして答えた。

 

「察し!」

 

 そして「お邪魔しました〜」の一言を残して、そっと鍋の壁を攀じ登り、いそいそと出て行こうとする矢先。

 そうはさせじと伸ばされた分厚い手がヘロヘロの頭を掴んで持ち上げた。

 

「ひぇっ!」

 

 と言う悲鳴も虚しく、ヘロヘロはそのまま強面の男の目線の高さまで持ち上げられると、ブラブラとゼラチンのように垂れ下がる。

 

「喋るスライムなんて見世物には丁度良いじゃねぇか」

 

 まるで次の瞬間には『ひでぶっ!』と爆散してしまいそうな悪党面で『グヘへ』と笑う強面の男。

 そんな悪漢の放った『見世物』と言う善意の欠片も無い言葉にヘロヘロは思わず、ゲーマー時代に培った記憶が不意に脳裏を奔る。

 例えばそれはムチ打たれる奴隷の姿だったり。

 例えばそれは猛獣の折に投げ込まれる兎だったり。

 例えばそれは処刑される罪人だったり。

 

「ひぃぃ!」

 

 と体をくねらせながらビッタンビッタン。水揚げされた魚みたいに抵抗を試みる。

 

「大丈夫なのかい?そんなに迂闊に掴んだりしてさ。一応それモンスターだろ?」

「ああ?いや、大丈夫だろ。言語を話す知能があるんだ。追い詰めねー限り反撃なんてしてこねーだろ。それにこいつからはヤバい気配を感じねー」

 

 等と言う会話がビッタンビッタンするスライムを他所に行われて、当然それはヘロヘロの耳にも届く。

 いやいやいやいや、追い詰めてるし、その気になったら殺せるんですけどね!?

 …と内心で吠えながらもビッタンビッタン跳ねるに留まっているのは、彼の特異性と戦闘スタイルによるものだ。

 

 戦士職のように『斬る』やら『殴る』やら加減しながら攻撃できるソレとは違い、ヘロヘロの攻撃の大半が特殊攻撃に分類されるものであり、加減と言う加減は一切利かない。

 恐らく発動イコール死と言う結果を生む上、なまじ攻撃範囲が広い為に地獄絵図を周辺一帯に押し付ける結果になることは容易に予想が付く。

 だからこそヘロヘロは最後の最後まで『攻撃スキル』における抵抗は封印している。

 

 しかし、そんなヘロヘロの善意に応えるように一人の天使が窮地の彼に手を差し伸べるかの如く。

 

「駄目だよ」

 

 と、その声は静かに、しかし確かに響いた。

 強面の男も、鷲掴みされるヘロヘロも、その声に導かれるように顔を向け、そこに立ち両手を伸ばす彼女の姿を凝視した。

 

 強面の悪漢をも恐れず諌め、窮地のヘロヘロを救った十代の少女の姿は正にジャンヌ・ダルクであり。

 

「駄目だよ。ヨーグ爺。駄目」

「あ、ああ…。」

 

 と、これまで汚物扱いだったヘロヘロを受け取り、不浄なるこの体を嫌がる素振り一つせず胸の中で抱き抱え、あまつさえ微笑みを向ける彼女は正に聖母マリアであった。

 

 これまで受け続けてきた仕打ちから胸に残り続けた棘が浄化していくような感覚に、ヘロヘロの窪みにも思わず熱いものが込み上げる。

 そう。ヘロヘロはこの少女に天使を見たのである。

 

 やがて、その天使は病魔に蝕まれた子供を優しくベッドに寝かせるかの如くヘロヘロを鍋のベッドに寝かせ、そしておもむろに竈に薪を足す。

 

「ゼシ姉。火力ちょっと低くなーい?」

 

 悪魔だった。

 

 

ーーー

ーー

 

「良い?貴方は今日からここの店員兼ペットであり、ゼシ姉一家の末席よ?そして私は御主人様!御主人様の命令は絶対だからね?」

 

 煮ても焼いても食えない生き物だと分かったのはそれからしばらく後の事。

 カウンターのある食堂のテーブルにちょこんとヘロヘロを乗せ、壁を背にして立つ少女が声を張り上げた。

 

 煮ても焼いても食えない以上、ヘロヘロに吸収されて失ったスープ分の対価を労働と言う形で徴収しようと考えるのは当然の事だったらしく。

 

 早速ヘロヘロは店員兼ペットと言う立ち位置で採用されるという流れになった。

 

「い、いえっさー」

 

 何故か短い棒を片手に掌をペシペシ叩きながら天使から軍曹、又は教官へと変貌した少女に促されるまま、ヘロヘロも戸惑い気味に声を張り上げ少女に合わせる。

 

「よーし。私はラシュカ。そしてこの子がシャルカ。あっちにいるのがゼシ姉で、奥にいるのがミア。あとそこの男の人がヨーグ爺」

 

 短い棒を使って、あっちこっちと差しながらこの食堂にいる面々を紹介していく。

 ちなみにヘロヘロも名前だけではあるが真っ先に自己紹介を済ましている。

 

「今から貴方にここの仲間を紹介していくわ。ついておいで」

「い、いえっさー」

 

 そう言ってラシュカは隣に座るシャルカの手を引きつつ食堂の奥へと歩く。道中あるドアを開け。そして一度ヘロヘロを確認してから再びドアの奥へと姿を消した。

 ヘロヘロも同じくそんな彼女を追いかけズルズルと地面を這い、そしてドアの奥へと姿を消した。

 

 その光景一部始終を眺めていた二人は、片や一人はパイプを咥え、片や一人は紙タバコを指に挟み、テーブルの席に腰掛け煙を吹かす。

 

「…て、言ってるけどよ。良かったのか?」

「ま、かまやしないよ。うちは元貴族だろうが、障害者だろうが、エルフだろうが、来るもの拒まずさ。ま、来た以上はしっかり働いて貰うがね」

 

「それに…」とゼシリーエはヨーグに顔を向けると不敵に笑って見せる。

 

「何かあったら、ちゃんと退治してくれんだろ?元冒険者様?」

「今の俺は奴隷商なんだがな」

 

 ポゲーっと煙を吹かしながら、如何にもどうでも良さそうにヨーグがぼやく。

 そして「まぁ良いけどよ」と一言呟き、そして突然、何かを思い出したように口角を上げた。

 

「そんな事より、何時の間に拵たんだ?隠し子がいるなんて聞いてなかったがな?」

「あん?」

「5歳はあんだろ。あの子、流石にミラやラシュカにゃ無理だろ?」

 

 ラシュカやミラは年齢で言うところ16と17だ。

 いくらなんでも5歳の子供を拵えるには若すぎる。

 勿論、ここを出入りする娼婦全員が無理かと問われれば、年齢的にはそんな事は無いのだが…。

 残りの人間を頭に思い描き、そして流石に無いだろうと、その可能性を却下する。

 …となれば、消去法的にはゼシリーエと言う事になる。

 

 が。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ。拾って来たのさ。うちのアホンダラがね」

 

 ゼシリーエが否定する。

 勿論、ヨーグもその可能性を考慮しなかった訳じゃ無い。

 

 むしろその可能性が一番高いだろうとすら思っていた。

 つまるところ、ただの冗談だ。

 

「ラシュカか」

「ほんとゴミ山から何でも拾って来るのさ。役に立たないガラクタからスライム。そして人間の子供までもね」

 

 そう言いながら、ゼシリーエは当時の様子を思い返す。

 土砂降りの雨の中、今にも死んでしまいそう程に衰弱した幼女を抱き抱えて戻って来たラシュカの姿。

 

 何日飲まず食わずでいたのか、ガリガリに痩せ細った幼女を連れて来るなり、店の食料を無断で引っ張り出して自分のベッドに寝かせ、娼婦の仕事も放棄して毎日夜通し介抱していた。付きっきりでだ。

 

 神の奇跡か本人が生きたいと縋った故か、結局彼女は奇跡的にも命を繋ぎ止め、今では自分で歩ける程には回復した。

 代償として言葉と人格を失ったのか元からだったのか、回復した後もその言動はまるで乳呑み子のようではあるのだが。

 

 本当は二人いたらしい。

 同じような年頃の幼女二人、抱きしめ合うように寄り添ってゴミ山の片隅で埋もれていたそうだ。

 片割れはとっくに事切れており、既に死後硬直が始まっていて、硬く握りしめ合った手を引き剥がすのに苦労したと言う。

 

「…捨て子か。今の御時世珍しくも無いが」

 

 ヨーグの言葉を耳に受け、ゼシリーエは当時を振り返ったまま遠くを見やる。

 捨て子…と言うだけなら珍しい訳では無い。

 特に貧困層の人間程、子供を作り、持て余し、そして捨てる傾向があるぐらいだ。

 

 しかしゼシリーエも解せない部分があった。

 あの幼女、今ではシャルカと名付けられているが、彼女は貧困の人間が着るには質の良い服を着ていた。

 元貴族か少なくとも裕福な生まれであった筈だ。

 

 生活苦から子供を捨てたにしても、ここ、帝国には孤児院もあれば教会もある。

 何故わざわざゴミ山に捨てに来たのか。

 それがゼシリーエには分からない。

 分からないが、訳ありだと言う事は間違いない。

 

「ヨーグの旦那。あの子は恐らく貴族か裕福層の子供だろうけど、そんな子がゴミ山に捨てられたりするのかい?」

「…貴族って言う根拠は?」

「服」

「ああ、なるほどな」

 

 そう言ってヨーグは煙を吹かす。

 

 まずゴミ山なんてところに子供を捨てるのは、ほぼほぼ貧困層の人間ぐらいだ。

 後先考えず子供を作る日雇い労働者。

 意図せず出来てしまった娼婦等。それこそ赤子のうちにゴミ山へと捨てられるケースは偶にある。

 

 しかし裕福層、それも5歳も育った子供を捨てる場所にゴミ山と言うのは普通は無い。

 普通なら孤児院や教会が選ばれるからだ。

 

 しかし、それが出来ないパターンがある。

 虐待、育児放棄等によって衰弱させた場合や単純に表沙汰に出来ない愛人との子供。誘拐や買収をした犯罪者や業者が卸先を失い処分に困った場合等もわざわざ孤児院には連れて行かないだろう。

 尤もこの場合は捨てると同時に殺されないだけマシとも言えるが…。

 要は捨てる保護者の立場にある人間に情が無ければ、どのような場所で捨てられても可笑しくは無いのだ。

 それがたまたまゴミ山であったと考えれば納得出来る。

 

「世間に晒せない子供なら恐らくな。育児放棄や虐待等で既に衰弱していた場合とか」

「使用人がいるだろう?」

「いや、勿論没落した貴族なら…だ。使用人を失う程困窮すりゃ、育児の負担は自分に伸し掛かるし、家主としても育児どころじゃ無い状態だ。育児放棄で衰弱させたり、子供を人身売買に掛けたり、没落した貴族の末路として珍しい話でもねーだろうよ」

「…酷い話だねぇ」

 

 没落した貴族と言うのは珍しい事ではない。

 現皇帝が即位した直後に発した改革により封建国家から専制君主制として中央政権を確立した。

 その際に反対勢力となった有力貴族達は圧倒的な軍事力を持って次々と処刑され、忠誠を誓った貴族達も『無能はいらない』と、多くの者が位を剥奪された。

 

 以降、収入の断たれた貴族は当初数年は貯め込んでいた私財を崩しつつ堪え忍んでいたものの、やがて私財が底を付いたものから困窮し、家を手放すに至った。

 そう言う貴族の末路が、やがてスラム街へと辿り着き、やがてゴミ山を漁る亡者と成り果てるのだ。

 

「後は誘拐された子供や買収された子供を業者が捨てる場合も有り得るかもな」

「誘拐?」

 

 神妙な顔で答えたヨーグの回答にゼシリーエは疑問符を貼り付けた顔を向ける。

 その顔からは『捨てるぐらいなら誘拐なんてしないだろう』と言う当然の思いが有り有りと浮んでいた。

 

「お前は知らんだろうが、今、帝国の状況ってのは大きく変わってんだよ」

「どういう事だい?」

「平たく言うとだな、帝国民の少女は売れん」

 

 自信満々に断言したヨーグの言葉。それにゼシリーエは押し黙り、僅かな沈黙が流れる。

 

 が。

 

「…前からだろ?」

 

 僅かな沈黙を一蹴するようにゼシリーエが言う。

 

 帝国民の少女は売れない。

 これはもう奴隷商をやっているものからすれば合言葉に近い程共有されてる情報だ。

 

 一般的に奴隷を想像すると奴隷少女を連想する一般人は多いかも知れないが、それは初心者の発想だ。

 奴隷商とて国の定めた法律に則って商売をする合法的に認められている職業であり、一般の商売同様、需要と供給によって成り立っている。

 では帝国民産奴隷少女の需要がどれだけあるのかと問われば、皆無と言っていい現実がソコにはある。

 

 奴隷と一言で言っても様々だ。

 若い体を目的とした性奴隷。労働を目的とした生産奴隷。今では廃れたが戦争に駆り出す為の戦奴に闘技場で強制的に戦わされる剣闘士等と様々だが、共通して言える事は奴隷と言うものはファーストコストとセカンドコストの両方で費用の掛かる高級品だと言う事だ。

 

 大半の需要は肉体労働に適した成人男性であり生産性のある労働力の確保。主に農業や建築業。土木工事等に使われる事がほとんどだ。

 安い賃金だったり、過酷な重労働や不衛生な仕事だったりと日雇い労働者が集まりにくい仕事を押し付けるのに奴隷と言う存在は重宝されている。

 

 そして、そう言う奴隷達の扱いと言うのも、狭いあばら屋に大人数押し込んで最低限の食事で重労働、毎日誰かを柱に括り付けてムチ打ちヒャッハー!!…等と言うある種世紀末を思わせるような粗末な境遇と言う訳では無い。

 

 立派とは言えなくとも衣、食、住は保証され、自由な時間と人権が守られる環境だ。

 労働に対して賃金が発生しない代わりに衣食住が保証される環境と言った方が正解だろう。

 

 一方で性奴隷や愛玩奴隷と言うものは、基本的に娼婦の真似事でもさせない限り生産性は無い。

 そう言う意味では完全に金持ちの道楽の一種として扱われる訳だが、どっかの王国の貴族のようにブヒブヒ言いながらマウント取って暴力を奮いながら犯す…等と言う事は無い。

 奴隷である故、主人の要求には応えなくてはいけないが、かと言ってなんでも押し付けて良い訳では無い。

 暴力によって怪我をさせたなら程度にもよるが『障害罪』が、万が一にも殺してしまえば『殺人罪』が適用される。

 金魚の飼育に失敗した翌日には警察が押し掛けてくる世の中だったら金魚掬いなんてものは流行らないように、過度な性癖を押し付けた結果、犯罪者として追われるリスクが伴う帝国民の少女に需要は無いのだ。

 

 これらは全て帝国法において奴隷の人権が保護されており、それに伴い帝国内での奴隷の『在り方』と言うものが王国とは大きく異なるからだ。

 

 王国内での奴隷とはそもそも、壊れてもいい使い捨ての玩具のような風潮があった訳だが…。

 帝国では急ぎ纏った金が必要になった者が、明確な期限を定めて契約し、『身売り』をする事により奴隷として主人に尽くす一種の契約スタイルでしかない。

 

 つまるところ数ヶ月後か数年後には一般市民として返り咲き、帝都の大通りを闊歩し、将来的にはお客様として自分の前に立つかも知れない訳だ。

 一度奴隷になってしまえば返り咲く事などまず不可能で死ぬまで奴隷として生き続けなくてはいけない王国とはこの辺りが大きく違う。

 

 しかしこれはあくまでも帝国民であればの話しだ。

 現状、外国人やエルフ等は法律で守られておらず、人権そのものが存在しないため、一昔前の帝国や王国のように過酷な労働や過度な性癖を押し付け、使い潰す風潮が今でも残っている。

 

 そう言う奴隷の需要は今でもそれなりにある。

 当然その分高額ではあるが、犯罪者と言うリスクを伴う事の無い分、需要は高い。鎖に繋いで好き勝手できる性奴隷の多くは外国人やエルフ等を指すぐらいだ。

 金持ちの道楽として奴隷を買うなら、扱いの難しい帝国民よりも高価ではあるが好きに使い潰せる外国人やエルフを選ぶのは当然と言えば当然だ。

 

 故にこの格言が存在するのである。

 帝国民の少女は売れない。

 

 しかし、今回ヨーグの言う言葉の意味は全くの別物だ。

 故にヨーグは更に吐き捨てる。

 

「奴隷契約とは別の商品としてもだ」

 

 一度、ゼシリーエに目を向け、『続きを話せ』と黙って促す彼女に「ふー」と一度、大きく溜息を吐く。

 ニコチンが多量に含まれた白い吐息が宙を舞う。

 

「非合法なウラルートだが、契約と言う形ではなく商品として売買する闇ブローカーは存在する。幼い少女や少年を帝国内の組織や貴族、後は外国に売買している連中だ。勿論この場合は人権なんて存在しねーし。売られた先でどうなるかも分からないがな」

 

 そうは言いながらも予想は出来る。

 闇取引で売買される少女は奴隷契約よりも安価に購入出来る。

 その上、秘密裏に売買する為に書類上の証拠は残らず、処分さえ上手くやればエルフ同様に扱い潰す事が出来る。

 性奴隷として地下に監禁して過度な性癖を押し付ける事や、飼育している魔物の餌に儀式の生贄等、表沙汰に出来ない『何か』をする為に購入する者は帝国内部にも存在する。

 

 そして外国に売るケースは、主に奴隷として王国に売り捌くか、食料として評議国に売り捌く場合のどちらかだ。

 

 どちらも犯罪行為ではあるが、それでも一定の需要は存在しており是迄秘密裏に少年少女が売買されてきた。

 

「――が、そう言う闇ブローカーが売買する子供自体が今は売れない。王国の奴隷制度の廃止、その上、奴隷商の元締めだった男が近年逮捕され、王国へのルートが潰れた。更に帝国が魔導国の属国になった事で帝国内での需要が激減した」

「ほう。初耳だね」

 

 黙ってヨーグの説明に耳を傾けていたゼシリーエは意外そうに目を丸くする。

 帝国が魔導国の属国になった事は帝国内でも有名な話題だ。

 それ故ゼシリーエも知っていた。

 

 しかしその影響の部分までは予想が難しい。

 意外そうな顔を向けたゼシリーエに、今度はヨーグが問い掛ける。

 

「何故だと思う?」

「さぁね。勿体振らずに喋りなよ」

「魔導国が帝国に死刑囚を要求している事は知ってるか?なんの理由で要求してるかは知らんが、碌でも無い事は馬鹿でも分かる。今は死刑囚だけを要求してるようだが、死刑囚が底を付けば重犯罪者が…。その次は軽犯罪者が要求されるかも知れん。帝国民の多くはそう考えてるみたいでな。帝国内での犯罪率自体が激減してるそうだ」

 

 現在、魔導国は帝国の死刑囚を要求しており、帝国はそれに応え死刑囚を魔導国へと送っている。

 そしてそれは帝国民の誰もが知ることだ。

 

 しかし何時までも死刑囚だけで済むとは帝国民の誰もが思っていない。

 今、帝国内で犯罪を犯せば近い将来、アンデッドが支配する魔導国への生贄として連れて行かれるかも知れない。

 そう言う思いが帝国民の中にあり、是迄犯罪に手を染めていた者ですら躊躇するほどの犯罪抑止力となっていた。

 それ故、末端の消費者は疎か、卸売業者でもある闇ブローカーの人間ですら迂闊に商売が出来ず、子供が売れない状況が続いていた。

 

 そして更に低迷する闇ブローカー達に激震が走る事態が起こる。

 死刑囚として送られていた人物の一人が『こいつは冤罪だ』と言う理由で送り返されてしまったのだ。

 事実として冤罪であったのか、それとも魔導国側の何らかのパフォーマンスであったのか、その真偽は謎のままだが、死刑囚として囚えられていた男は物的証拠や状況証拠、更に周りの証言からも容疑が確定的だった男だ。

 もしもこれが本当に冤罪であった場合、彼の逮捕は巧妙に仕向けられたものであり、黒幕の人物は表にも裏にも強い影響力を持つ事になる。

 それこそ高い地位を持つ貴族や、王国の八本指のような犯罪組織の幹部等、一般市民ではどうしようも無いような権力を持つ人物と言う事になるのだ。

 

 もしそのような黒幕がいたならば、今回の騒動で当時の事件が掘り返され、相当に焦っているだろう…との事だ。

 

 これらはあくまでも最近耳にした噂でしかないが、事実として少年少女の売買がピタリと止まり、代わりにシャルカの様な幼子が捨てられるケースが増えている。

 

 ちなみに評議国に売るルートは残っているだろうが、あれは食料として売買する為に、そもそもの利益が低い。

 犯罪を犯してまでするメリットは無く、駄目になった商品をバラして大量に売り込む等しなければ往復するだけでも赤字に成り得る商売だ。

 一人か二人、処分に困った子供がいる程度では到底評議国まで足を運ぶ気にはならないだろう。

 そもそもは別の用事で評議国へ出向く機会がある時に、在庫処分として売りに行く為の販売ルートである。

 

「…まぁ。要するに、その闇ブローカーの人間が貴族や外国に売れなくなった在庫を処分する為にゴミ山に捨てたって事かい?」

「あくまでも可能性の話しだがな。そもそも別の場所に捨てられていたか、逃げて来たかして、最終的にゴミ山に辿り着いたのかも知れん」

 

 ヨーグが語り、その見解に耳を傾けていたゼシリーエも「なるほどねぇ」と相槌を打つ。

 そしてしばらく考えるような素振りをし、紙タバコを一度口に含んだ。

 残り僅かになったタバコを灰皿に押し付ける。

 

「そうか。ありがとう。わざわざ済まないね」

「いや、そろそろ俺は帰るけどよ。お人好しは大概にしとけよ」

「ラシュカに言っとくれよ」

「あんたも同意の上だろ?」

 

 おちょくるような目を向けヨーグは立ち上がる。

 そして最後に厨房で一人、孤高に鍋の中の具材と格闘するミアへと目を向けた。

 最後に挨拶を…とも思ったが、やめた。

 

「一度ラシュカに毒見を…いや、アイツが平気でも私や皆が平気とは限らない…か?」

 

 等と鍋に向かってブツブツ呟くミアを見て、なんとなく今はそっとしておく方が良いと思ったからだ。

 結構、潔癖な部分もあるミアだ。

 帝国内において、下水で汚水処理をしているスライムの投入と言うのはお味噌汁のお椀の上にゴキブリが浮いてるぐらいの衝撃だろう。

 衝動に駆られてスープを捨てずに、保ってるだけでも評価するべきだろう。

 …もっとも、困窮してスラム街の片隅で娼婦をするような境遇でも無ければ2秒で鍋ごと床にぶち撒いていただろうことは間違いないが。

 

 一食分ぐらいヨーグの懐事情でどうにでも案件だが、この件に関しては口を出すべきでは無いと自重する。

 スラム街で生きる彼女達にとって食事とは粗末に扱っていいものではない。

 彼女達はスラム街に住む住民の中ではまだ裕福な方かも知れないが、それでもそう言う精神が必要なのだ。

 

 …と、ヨーグは一人、口を噤んだ。




奴隷のくだりだったり、魔導国の属国になった影響の部分は作者の妄想です。

娼館の店員、兼ペットになったヘロヘロ様の運命はいかに。

娼館の愉快な仲間達↓
店主→ゼシリーエ。
従業員→ラシュカ・ミア・他。
保護対象&ペット→シャルカ・ヘロヘロ。
常連客→ヨーグ・他。
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