ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

3 / 32
ヘロヘロ、刮目せよ焼き魚

 それは、木々が生い茂る深い森の中。

 我が物顔で立ち並ぶ樹海の光景を一本の線が切り裂いたように、流れる水が巨大な川を形成していた。

 

 川の流れを遮るように、所々立ち並ぶ岩場は永い年月を掛けて川の流れに削られたのか、見渡す限りどれもが平で滑らかだ。

 

 その中でも一際巨大で広く滑らかな岩場の上に、黒いスライムと緑のトードマンの姿があった。

 一心不乱に何かに打ち込むスライムと、それを見つめるトードマンの姿は一見して仲間であることが見て取れる。

 

 スライムとトードマンがコンビを組むと言うのも正直珍しい光景だ。

 

 とはいえ同じ穴のムジナとは良く言ったもので、種族は違えどモンスター同士なのである。

 珍しい組み合わせだと思うことはあっても、それ自体が奇妙な光景だと思う者はどれだけいるだろう?

 

 もしこの光景を冒険者が目撃し、そして何をしているか理解したならば…。

 その者は驚愕の余り目を疑い。

 もしもそれを語ったならば、「嘘も大概にしておけ」と笑い飛ばされるか、「貴方疲れているのよ」と心配されるかのどちらかだろう。

 

 何せスライムが焚き火で料理してました等と言う馬鹿げた話は、例えるなら現在巷を賑わせているアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者アインズ・ウール・ゴウン魔導王が裏で支配者らしい振る舞いの練習してますと言うぐらい馬鹿げた話しで。

 そんな話を信じられる位なら、そのスライムは元人間の転移者でしたと言う荒唐無稽な話を信じた方がマシだと言うか、もういっそそのスライムがその魔導国においてアルベドなんかより偉い立場の人ですと言った方が馬鹿を通り越して清々しい程だった。

 

 

 さて、語らなくてはならないだろう。

 そのスライムことヘロヘロが料理へ至った過程と言うものをーー…。

 時は少し遡る。

 

 

ーーーー

ーー

 

 その日、グロプはとあるスライムに声を掛けた。

 いや、声を掛けたと言うのも正解ではない。接触を図ろうとしたことは間違い無いが、正確には声を掛けるか迷っていたのだ。

 

 ただ、そのスライムの魚を取ろうと触手を伸ばして滑って落ちると言うコントみたいな一連の動作が妙にツボに嵌まって思わず嗤ってしまったのだ。

 殺伐とした日々のなかに突如降って湧いた『ほのぼの』 した光景が何故だか妙に愉快だった。

 ただ断っておくとヘロヘロにとってかなり真剣かつ切実な想いで魚の捕縛へ踏み切っていたのだが、グロプがそれを知る謂れはない。

 兎も角、それが予期せぬ接触に繋がっただけだった。

 

 とは言え、グロプも別に悪意をもって近づいた訳ではなかった。

 訳あってこの地に越してきたばかりのグロプにとっても情報交換の出来る相手と言うのは貴重だったのだ。

 

 ゴブリンやオーク等、多種多様なモンスターも意志疎通自体は可能だ。

 しかし弱肉強食のこの世界。群で活動するモンスターや強大な力を有したモンスターに迂闊に近付こうものなら、たちまちこちらが狩られる恐れがあった。

 

 その点、単体で活動しているらしきスライムと言うのは都合が良かった。

 スライムが知能を有していると言うのは、珍しくは有るが有り得ない話ではない。

 幸い、そのスライムに知能があるらしい事は姿を捉えて直ぐに気付いた。

 餌を求めて徘徊すると言うのも、魚を捕えようとすると言うのも、頭の良し悪しは兎も角、知能がある事の証明だ。

 そもそも本来本能で動くスライムは餌を求めてこうも白昼堂々と徘徊等しない。

 汚水だろうと苔だろうと微生物だろうとお構い無しで消化し吸収するスライムにとって捕食の為に移動などする必要が無いからだ。

 

 それが森を散々徘徊した挙げ句、岩場の上で魚の捕食まで試みていたのだ。

 詰まる所このスライムは捕食する対象を選んでいると言うことになる。これで知能が無い筈がない。

 

 最も岩場から滑って川に転落するどんくささを見るに、知能の低さは伺え知れてしまうが、そこはさほど重要じゃない。

 

 情報交換が出来れば良し。もし友好的な相手なら仲間に取り込むことまで考慮し、グロプは接触を図ろうとしたのだ。

 

 接触を図った当初、スライムは明らかにこちらを警戒していた。

 それこそ此方の存在に気付くや否や奇声を上げつつ踵を返して岩場にしがみつき、滑って落ちるを繰り返す程の酷い有り様だった。

 

 それこそ良く今まで捕食されずに生きて居られたものだと感心する程ではあったが、そもそもスライムを捕食するモンスター自体が珍しい事を思い出す。

 

 このままでは埒が開かないと、安心させるように捕食する気は無いことを伝え、ようやく交渉に踏み込んだもののスライムの警戒心が消える気配は無かった。

 

 取り敢えずお互いの自己紹介を終え、いよいよお互いの情報交換へと移ろうと言う時に、何となくだがグロプは惜しいと言う気持ちが芽生えた。

 

 おっかなびっくり自己紹介を返すスライムの様子に、情報交換と言う目的は達成出来そうだが、このままでは仲間に引き入れる事は到底出来ない気がした。

 

 しかし、敵意が無く意志疎通が出来る存在と言うのはそれだけで惜しい。

 こんなどんくさそうなスライムを仲間にしたとて何の役に立つかは分からないが、グロプとて強者と言う訳じゃない。

 一体より二体の方が可能性の幅は広がるはずだ。

 

 さてどうして警戒を解いたものかと考え、そう言えばこいつは狩りに失敗していた事を思い出す。

 ならば現在こいつは空腹である公算が高いと判断すると、いっそ魚の提供を引き合いに信頼を得ようと考えた。

 

「お前、魚取るの下手くそだな。オイラが捕まえてやろうか?」

 

 と、取り敢えず切り出してみたものの。正直自分でも露骨な気がして不安になった。

 …こんな露骨な誘い文句に乗る奴なんているのだろうか?

 

「え、本当ですか?」

 

 ここにいた。

 そのスライムは見るからに語尾を上げて話しに食いついてきた。

 

「話の最後で良ければな!げっげっげ」

「勿論です。助かりました」

 

 と呆気なく交渉成立。

 最早、チョロいを通り越して此方が騙されているのでは無いかと警戒した程だった。

 

 兎にも角にも早速本題に入ろうと、口を開いたその時だ。

 

 グギュルルル…。

 とヘロヘロのお腹から空腹を訴える音が鳴った。

 

 これには当の本人も気恥ずかしそうな様子だが、話の出鼻を挫かれたグロプもこれに対して特に思う事はなかった。

 

 いやむしろ悪い気はしない。

 スライムって腹鳴ったっけ?と言う疑問こそあったが、腹の音が鳴ると言うのも生理現象である。

 

 先程までの緊張が溶けたのだろう。

 それは詰まりこのヘロヘロが本心から警戒心を緩めたと言う証明である。

 

 ならば、むしろ計画通りなのだ。いちいち腹の音なんかに腹を立てる筈がない。

 

 

「オイラ最近ここにたどり着いーー」

 グギュルルル…。

 

「最近ここーー」

 ググゥゥウウウ…。

 

「さいーー」

 キュルルルル…。

 

「……」

「……」

 

 ーーと思ってた時期が私にもありました。

 

 その腹どうやって鳴ってんだよ!?

 と思わずグロプは心中で吠える。

 

 一番の目的が情報収集である。

 さっさと本題に入りたいグロプに対し、空腹を訴える腹の虫がそうはさせじと邪魔をする。

 

 しばらくの間、すったもんだすったもんだと腹の音と格闘したグロプであったが、やがて無言で川の中へとダイブした。

 

 

 

ーーーー

ーー

ー。

 

「え?良いんですか!?」

 

 川の中から程よい魚を生け捕りにしてきたグロプに魚を差し出され、目を輝かせてヘロヘロは声を張り上げる。

 

「その腹何とかしてから言えや」

 

 と向けられた軽い突っ込みを流しつつ、ヘロヘロは素直に感動していた。

 

 話の最後に取ってくれる筈の魚を予定を変更して真っ先に取ってくれたグロプの人の良さもそうだが、あちらの世界ではもう手にする事も難しい新鮮な魚にヘロヘロは感動を隠せなかった。

 

 焼き魚なんて最後に食べたのは何時だっただろうか?

 ふと、子供の頃の祖母の手料理がフラッシュバックする。

「昔はね。こういう食卓が何処の家庭も当たり前だったのよ」

 そう言って、作ってくれた献立の中に焼き魚があった事を思い出す。それが堪らなく美味しかった事も…。

 

 記憶の片隅に追いやられていた懐かしくも儚い記憶、もう二度と食べることも無いと思っていた焼き魚への羨望はーー。

 

「取り敢えず、飯にしよーか」

 

 そう言って生きた魚をそのまま口に放り込むグロプの姿に砕けて消えた。

 

 確かに魚は生で食べた方がビタミンが取れるとか聞いたことはある。

 航海士は昔、ビタミンが不足する事で発生する病気に悩まされた事があるだとか…。

 栄養は大事だ。

 それは分かる。

 増してはこんなサバイバルのような世界で栄養を無駄にするのは愚かな事だろう。

 なるほどなかなかどうして、魚を生で食べるのは理に叶っている訳だ。

 

 だがそれでも焼き魚に対する渇望は捨てきれない。

 

 グロプも唖然と見つめるヘロヘロの目線に気付いたのか、怪訝な様子で問いかける。

 

「なんだ?食べないのか?」

「ーーかな」

「え?」

「…焼き魚」

 

 そう呟くヘロヘロの姿は悲壮感駄々漏れであった。

 

 焼き魚を求めるスライムと言うのも可笑しな話なのかも知れない。

 それもそうだ。

 自然の中で生きる野生動物が肉や魚を火で炙る等聞いたことがない。

 料理と言うのは人間が産み出した最高の文明の一つなのだ。

 最も彼方の世界では環境破壊が進みすぎて、実際の野生動物がどうだったかは知らないし、最早料理なんてアーコロジー内での食文化だ。

 

 手料理なんて最後に食べたのが何時だったのか?

 それこそ幼い頃の祖母の手料理まで遡る事になる。あれもどれだけ奮発した結果だったのか、食料品の値段など当時考えた事すら無かった。

 

 兎に角、焼き魚が食べたいと告げたグロプの反応は、それはもう盛大に笑い転げていた。

 

「お前、人間みたいな事言う奴だな。これは大概な物好きだ。げーげっげっげ、止めとけ止めとけ人間の真似事なんて馬鹿らしい」

 

 散々嗤って嗤って笑い転げて、それでもなおヘロヘロの目線に思うことがあったのか、バツが悪そうに目線を反らすと、頬を指で掻きながらポツリと一言。

 

「でもま、良いんじゃね?お前みたいなスライムがいても」

 

 そして、

「ちょっと待ってろ」

 と言い残してグロプは何処かへ走り去っていった。

 

 後に残されたヘロヘロは岩場の上でピチピチ跳ねる魚と走り去っていくグロプの背中を交互に眺めて、一人小さくぼやいた。

 

「鮮度、大丈夫かな?」

 

 

 

ーーーー

ーー

 

 しばらくして戻ってきたグロプが薄汚れたリュックをひっくり返すと、中から様々な道具が当たり一面に散乱した。

 

 その殆んどの物が何に使うかも分からない物だが、その殆んどから漏れた物は当然用途の分かる道具だ。

 

「あ、フライパン」

 

 その中の一つにヘロヘロは思わず目を輝かせる。

 

「たまたま行き倒れてた冒険者の遺品だけどよ。魚焼く道具ぐらい残ってんだろ?」

 

 冒険者。詳しくは知らないそうだが、主に人間で構成された集団であり、近くに人里等があれば、ソコから依頼を受けて薬草採取やモンスターの討伐等を目的に、森の奥まで入ってきたりするそうだ。

 恐らくだがこの近くにも人里があるのだろうとグロプは付け加えた。

 

 ヘロヘロもそんな彼等に心の中でそっと黙祷を捧げつつ、遺品のバックから料理に必要そうな物を物色する。

 

 点火する為の火打ち石に、フライパン、火を囲むに適した四角い石、更に森から乾燥した枯れ葉や大小様々な枝まで用意してヘロヘロはバーベキューの用意に奮闘した。

 

 火を起こす事に苦戦してそれなりに時間が経過したのか、暇を持て余したグロプがいつの間にかキノコやトカゲや山菜等も調達しており、

「ほれ、人間が好きそうな物だ」

 とレパートリーに加えていった。

 

 グロプはヘロヘロを物好きだと称したが、それに付き合うこいつも大概な物好きだ。

 …と、ようやくバーベキューらしく、パチパチと燃えて炭へと変化する枝を見詰めながら微笑んだ。

 

 実の処、ヘロヘロは怒っていたのだ。

 自分でも驚く程に静かに怒っていた。最も今ではそれも大分下火になったが、変わりにグロプに思い知らせたいと言う要求が生まれた。

 

 だって許せる筈がない。

 こいつは祖母との思い出の詰まった焼き魚を、我々貧困層の人間が惜しみながらも手放さなければならなくなった家庭の味を侮辱したのだ。

 

 だから思い知らせてやりたかった。

 人間の文明が生んだ料理と言うものの素晴らしさを…。

 

 ヘロヘロに料理の知識など無かった。当たり前である。貧困層の人間に食材などと言う高級品に手が届かなくなって既に久しい。

 

 それでも祖母が手料理を作ってくれたあの時、うちの家系はそれこそおばあちゃんの更におばあちゃんの時代には代々大衆食堂を開いていたと教えてくれた。

 

 いつかまた店が開ける時代が来ることを信じて、その店の味を受け継いで来たと言う。

 

「だからお前にも、料理人の血が流れているんだよ」

 

 そう言って笑いながら、祖母は料理の仕方を教えてくれた。

 時に思い出話を加えながら…。

 時に他愛のない世間話を加えながら…。

 

 ヘロヘロは必死に思い出す。

 朧気に霞んで消え行く思い出を、祖母が伝えようしてくれた手料理の手順を。

 

『✕✕✕や、料理と言うのはね。ただ焼けば良い訳じゃないんだよ』

『そう、これは…こうして…』

 

 手繰り寄せる記憶が徐々に形を帯びていくように…。

 少しずつパズルのピースが嵌まっていくように…。

 あの頃の記憶が鮮明に色付いて行くのを感じた。

 

 そう。それから祖母は何て言っていた?

 

 

「✕✕✕、お前もいずれ結婚して子どーー…。」

 ーー駄目だ!思い出せない!!とヘロヘロはそこで吐き捨てる。

 時の流れは残酷だ。

 どれだけ大切な思い出も、時と共に劣化し色褪せ消えていく。

 

 だがそれでもヘロヘロは引く訳にはいかなかった。

 事実、ヘロヘロは祖母の料理の手順なんて結局何も覚えていない。

 だが、それでもヘロヘロは引くことはしなかった。

 

 祖母の料理が侮辱されたのが悔しかったから?

 ーーそれはある。

 先祖代々受け継がれてきた料理人としての血が、その魂が、料理を造れと焚き付けるから?

 ーーそれもある。

 だが、何よりもヘロヘロ自身が料理なんて焼けば全部一緒だと高を括っていたからこそ果敢に料理に踏み切った。

 

 そしてヘロヘロは熱されたフライパンに、魚やキノコや山菜等の食材を落とし込む。

 

……

 

 果たして出来上がった『炭』を前に

「そうはならんやろ!」

 と全力で叫ぶ事が、彼の出来る唯一の抵抗であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。