ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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良し。今回は早めに投稿出来た!


今回からサブタイトルのスタイルを変更します。

今回のお話は、ジルクニフや帝国軍にスポットを当てた彼等の様子です。



帝国、苦悩する

 

 このところジルクニフの調子は良い。

 非常に良い。とにかく良い。

 ナザリックという荘厳なる悪夢に赴いて以来感じていた胃痛は最早遠く、かつてはポーションを入れていた引き出しにはちゃんと書類などが入っている。

 

 最早ありとあらゆる苦悩から解放され、枕に付着した髪の毛を集め、その量に驚愕することもない。

 

 爽快だ。

 快適だ。

 心地いい。

 

 それもこれも全て、謁見を通して帝国の価値をアピールするとともに魔導王の興味を引き出したロウネの手腕によるものだ。

 

 魔導王の興味を引いた品が一部の帝国領にのみ自生・栽培されているムーンローズだと言うのも非常に都合の良い話だった。

 何故ならあれは、最高の品質を保つ為に日々品種改良されてきた花であり、その技術は帝国内部にしか存在しないのだ。

 つまるところ、根絶やしにして力尽くで奪い取ると言う手段の取れない特産品なのである。

 

 尤も、二流品の品で良いのであれば自生しているムーンローズだけでも事足りるだろう。

 しかしあの極上とも言える財宝の数々に囲まれる魔導王が二流品で満足出来るとは到底思えない。

 それ故の友好策なのか、裏切り行為をした帝国に対して魔導国は一切報復措置を取っていないのだ。

 

 事実、属国となった帝国に対する魔導国からの要求と言うものは驚くほど少なかった。

 一つは、帝国法の一部改正。魔導王とその側近の絶対性を示すことを前文に載せられた事。

 そしてもう一つが、死刑に相当する罪人の引き渡しであった。

 

 このように、日々の生活はほとんど何も変わっていないと言えた。

 

「それで、今日の仕事はこれだけか?」

「はい。本日は以上となります」

 

 その日、しばらくロウネから受け取った書類に目を通し、あるものには指示を出し、またあるものには押し印をする。

 そういった種の仕事を黙々と続けていたジルクニフは最後の書類をロウネに返す。

 

 属国となって以降、多忙であったジルクニフの仕事は激減した。

 ただでさえ、大粛清の結果招いた人手不足から忙殺の日々を送っていたジルクニフだ。

 その上に魔導国の対策に頭を痛めていたのだから、体調不良を招くのも当然と言えば当然だ。

 そんな地獄のような日々に比べれば今の生活は最早天国とも言える。

 

「そうか。嘗てを思えば物足りないぐらいだな」

 

 穏やかな微笑みを浮べて、ジルクニフは新調したばかりのテーブルを撫でる。

 嘗てそこにあったテーブルは荒れ果てた胃や頭皮と同じく、幾度と無く蹴り飛ばされ傷だらけとなった。

 それを魔導国の属国となり、ありとあらゆる苦悩や重責から解放されたのを機に新調する流れとなったのだ。

 

 幾度と無く更新されたテーブルの飛距離も膝を抱えて転がり回った思い出も憐憫の情を浮べた臣下からの眼差しも今となっては過去のこと。

 

 今度こそ大事に使ってやろう。

 そう決意するジルクニフの気持ちに答えるように、テーブルもまた光沢を放った。

 そのタイミングでノックが響く。

 

「失礼します。特注していた商人ギルドが到着したそうです」

「おお、早いではないか。さっそくムーンローズを魔導国に贈る手配を始めてくれ」

「あ…いえ、それが、特注していた商品ですが。スライムが涌いて消失したと報告が」

 

 瞬間、テーブルが宙を舞う。

 蹴り飛ばされたテーブルの飛距離は自己最高を記録した。

 

 

ーーー

ーー

 

 

「それで、経過はどうですか?」

 

 四騎士の一人、激風が問う。

 皇城内部に位置する兵舎の応接室にて、激風と言う二つ名を持つ四騎士が一人、ニンブル・アーク・デイル・アノックは対面に座る将軍の一人に捜査の進捗を聞いていた。

 

「スライムの身柄については不明だ。そういう意味では進展は無い」

 

 対面に座る将軍は答える。

 将軍職でありながら、その容姿はかなり若い。

 ニンブルよりは年上だが、それでもこの二人の年齢差は外見上あまり無いように見えた。

 剣の腕一つで選ばれる四騎士と違い、統率や人望、そして経験が物を言う将軍職に若い人物が選ばれると言うのは極めて稀だ。

 

 それは即ち、その人物の優秀さの表れでもあった。

 

 四騎士の地位は将軍に並ぶ。

 それでいて将軍とニンブルの年齢は近いものがあり、お互いの口調は自然体だ。

  

 ニンブルは人柄故に敬語だが、将軍はタメ口だ。

 

「そうですか」

 

 将軍の報告を聞くなり、ニンブルが頷く。

 期待外れだったのか、何処と無くその表情は暗く、固い。

 

 ジルクニフがテーブルを蹴り飛ばしてから早3日、当日から早々に軍を動かし捜索を開始しているが、3日経った現在でも事件の元凶とおぼしき黒いスライムの捜索は難航したままだ。

 言うまでもなく、これは悪い状況である。

 

 しかし、将軍の含みのある返答に、報告がこれで終わりではないと悟り目線で続きを促した。

 

「流石だな。ああ、そうさ。終わりじゃねぇ。良くない報告が残ってる」

 

 将軍は一度、そう言って笑った。

 楽しさから来る笑いとは程遠い。

 追い詰められたものがヤバさ故に笑う、そう言う種類の笑みを浮かべる。

 

「事件当日、輸送隊の身柄を拘束したことは知っているな」

「当然です」

「その際、護衛をしていた傭兵の半数以上を取り逃がした事も?」

「勿論」

 

 ニンブルは頷く。

 これはニンブルにとっても驚くべき情報だった。

 

 ここは帝都。

 それもムーンローズ輸送計画の事もあり、検問所とその周辺には普段以上に多数の騎士、それも精鋭が配置されていたはずだった。

 商人や傭兵団を拘束した理由は、もし何らかのトラブルが発生した場合、それが他国や敵対組織の謀略である可能性があるからだ。

 その場合は商人や傭兵団に扮した第三者を逃さない為に。

 それと単純に、万が一には彼等に責任を押し付け、魔導王の矛先を向ける為。

 

 しかし、いざ蓋を開けてみれば、傭兵団の半数も拘束出来なかったと言う。

 配置された騎士達が弛んでいたと言う事じゃなければ、単純に傭兵達が強過ぎたと言う事だ。

 

 勿論、単純に強い傭兵だっている。

 しかし、それは傭兵達の中でも一握りだ。

 帝国は平民であろうと実力ある人物には十分な待遇で召し抱える方策を取ってある。

 最たる例は雷光バジウッド・ペシュメルだろう。

 

 魔法にせよ、剣にせよ。

 才能ある人物は率先して取り込んでいるからこそ、強者はあぶれ難い環境にあると言う事だ。

 

 冒険者や闘技者等、まだまだ取り込みきれない強者がいることは確かだが、とはいえ、民間の傭兵団に帝国の精鋭が質で負けているなんて本来有り得る話じゃない。

 

 だからこそ、ニンブルは怪訝に思っていた。

 そんなニンブルの疑問に答えるように、将軍は新たに発覚した内容を提示する。

 

「その傭兵達だが、一部の者が漏らした情報では、どうやら八本指に所属しているらしい」

「本当ですか!?」

 

 思わず身を乗り出して声を上げた。

 それほどの衝撃だ。

 未だ信じられないと言った顔を貼り付け将軍を見詰めるニンブルに、将軍は平然と答える。

 

「ああ、保護を条件に口を割った奴がいる」

 

 八本指は王国に巣食う犯罪組織だ。

 永く続いた平民軽視と腐敗が生み育んだ国家級の病巣であり、野盗、ワーカー、暗殺者等、裏稼業と言われる者達を取り込みその戦力も王国に匹敵するとまで言われていた。

 

 その最たる例が六腕だろう。

 全員がアダマンタイト級に匹敵するとされる強者だけで構成された警備部門の長とその側近達。

 

 ただこれは過去の人物だ。

 今は長も含めて六腕は全て死亡している。

 

 そう言う意味では間違い無く八本指の戦力は激減しているが、そもそも強さと人数の比率はピラミッドを形成しているものだ。

 小さな組織なら兎も角、巨大な組織である八本指なら尚の事。

 つまりアダマンタイト級の強者が六人いたと言う事は、オリハルコン級の強者はそれ以上、ミスリル級の強者は更にそれ以上いると言う事になる。

 

 それが王国とは正反対の都市から輸送された商隊の護衛として付いて来た。

 これが陰謀で無いと言うなら何だと言うのだ。

 

「ああ、当然だが…。奴等は商隊の護衛と言う真っ当な仕事が任務で、ムーンローズの消失には関与していないと主張している」

 

 難しい顔で考え込むニンブルに、将軍は補足として付け足した。

 

「八本指が帝国を陥れるメリットは?」

「知らねぇよ」

 

 将軍が一蹴。

 無理もない事だ。

 ニンブルとて先程からソレを考えているが、八本指が帝国を陥れる事のメリットが分からない。

 しかし無関係とも思えなかった。

 

「ところでだが」

 

 思考に沈むニンブルに、将軍は八本指から話題を変えるべく口を開いた。

 

「市民からの目撃情報を募る事は出来ねぇのか?」

 

 現地を捜索している者からすれば当然の質問だ。

 帝国は現在、黒いスライムの行方を全力で捜索しているが、反面、市民からの目撃情報は募っていない。

 映えある帝国騎士が人目も憚らず市街地で溝浚いの真似事までしているのだ。

 当然、それを思う騎士も少なくないだろう。

 

「冒険者組合には捜索及び捕獲依頼を出しています」

「いや、そうじゃなくてよ」

 

 分かっている。

 将軍が言いたい事がなんなのか。

 

「お触れを出せばいいだろう?あの時みたいによ」

 

 将軍の追撃だ。悪い記憶を思い出したのか、吐き捨てるように口にした

 

 ーーあの時。

 帝国も過去、盛大に目撃情報を募り捜索の手間を省いた経験がある。

 

 現皇帝ジルクニフが、皇位を継いだ当初の事だ。

 騎士団を掌握し、真っ先に行った反対派貴族の大粛清から逃れた血族の捜索に当たり、禍根を断つべく帝都、各都市、果ては辺境の村落にまでお触れを出し捕縛を図った。

 

 その甲斐あって効果は劇的だった。

 高い懸賞金を掛けた事もあり、難を逃れるべく逃亡した血族の者の大半が数日と経たず捕らえられ、帝都へと運ばれた。

 

 その、逃亡した血族の多くが女性だったと言う事もあり、捕らえられた彼女達は既に多数の市民から凌辱を受け、口、膣、直腸に至るまで精液で塗れていたと聞く。

 

 ――あれから約10年。

 目前にいる将軍は若い頃に、そう言う人間の醜悪さを間近で直面した人間だ。

 

 歴戦の騎士でさえ、過去一番キツイ任務を問われれば口を揃えて『反対派貴族の生き残りを追い詰めた時』と答える。

彼もその内の一人だ。

 

 それを思えば、相手はスライム。

 如何に追い詰めようと良心の痛まないこの捜索任務で、目撃情報を募らない理由が分からないのだろう。

 

 いや、本当に分からない筈はないのだろうが。

 

「…この件について、未だ政府は対応を決めかねています」

 

 ニンブルは絞り出すように口にした。

 流石の将軍も呆れたようだ。

 そう言う表情を一瞬見せた。

 

 詰まるところ、政府は今回の失態をどう取り繕うべきか決まっていないのだ。

 幸いな事に、ムーンローズの献上に魔導国側から明確な期日は示されていない。

 とはいえ最早、消失してどうしようもないソレに対して、失態だけを報告することが出来ずにいる。

 だからこそ、首謀者を捕らえ、そして代わりの献上品を持って打ち明けると言う形にしたい。

 

 そう。詰まるところ。

 

「――つまり魔導国に失態がバレたくないから公に出来ないって事か?」

 

 そう言う事だ。

 苦虫を噛み潰したような顔をするニンブルに対し、厳しい目を向ける将軍。

 しかし、苦虫を噛み潰したような気分なのは将軍も一緒だ。

 魔導王の桁外れの力は当然知っている。

 

「無能はいらない。そう言って切られるのは貴族だけとは限りません」

「…皮肉な事だな」

 

 将軍が吐き捨てる。

 政府が無能貴族を解雇したように、ただ捨てられると言うなら歓迎だ。

 しかし相手はアンデッド。

 そしてその部下の多くは人外の化け物だ。

 

 無能と打ち捨てられた帝国民の行く末は奴等の贄かも知れない。

 

「……」

「……」

 

 暗い話題に言葉を失い。

 一時、静寂が訪れる。

 

 思えば将軍の目には隈が出来ていた。

 ここ最近、碌に眠れていないのだろう。

 自分も似たようなものかも知れないが。

 いっそこのまま解散し、何もかも忘れて眠ることが出来ればどれほど幸せか…。

 

 そんな事を考え、しかし時間は有限だと我に返ると、ニンブルは再び重い口を開いた。

 

「話を戻しましょう」

「そうだな。何処まで話したか…あー。取り敢えず、東地区、南地区、北地区、そして中央の捜索は終わったと見ている。次はいよいよ西地区だが…」

「スラムですか」

 

 途端に二人の顔色は重たいものへと変わる。

 風俗、奴隷商、そして貧困層が跋扈する無法地帯と言われている場所だ。

 当然だが、そこにも衛兵は配置しているし、法律はちゃんと適用される。

 

 しかし二人の顔色の変化はもっと別のところにある。

 政府から解雇され、領地を失い資金を失い。

 それでも死ぬに死にきれない亡者と化した元貴族の成れの果てが、最後に辿り着く場所だ。

 

 その変わり果てた姿を見るのは、如何に屈強な騎士とて胸に来るものがある。

 部下の中には華やかな時代の彼等を知っている者。元部下だったもの。中には肉親の者だっている。

 

 路上で身売りをする元貴族の娘の姿を見れば、自ら追い詰めた彼女達と重ねてしまう者達もいるだろう。

 

「難航するだろうな」

 

 ポツリと将軍がぼやく。

 金で動く輩も多いだろうが、非協力的な者だって多いだろう。

 政府を憎む輩も少なくない。

 

「ちなみにだが、反対派の生き残りはいないのか?」

 

 そして思い出したように彼は言う。

 反対派貴族の生き残り。

 恐らく存在したなら最も脅威と成り得る存在だ。

 

「いない訳ではないですね。…リストに残った未確認の人物が数名。とはいえ、死後状態が悪く確認が取れなかった者。森や山へ逃亡しモンスターに殺されたと思われる者。全てを把握するのは流石に不可能かと」

 

 10年も前のリストだ。

 ニンブルも勉学の一環として、それらのリストには目を通していたが、流石に全てを覚えてはいない。

 

「その反対派貴族の手引き…と言う可能性は?」

「有り得ません」

 

 ニンブルは断言する。

 しかし彼らしく無い即答ぶりに腑に落ちないものを感じて将軍はニンブルの顔を覗き込む。

 

「そうか?もし反対派貴族の生き残りが復讐の為に事件を起こすなら、隠し財産を吐き出し八本指を動かした可能性――」

「あってはならない!」

 

 突然、声を荒らげ、将軍はその口を止める。

 彼のその尋常ならざる振舞いに、「ああ、なんだ。そう言う事かよ」と思い当たる可能性に舌打ちをした。

 

「此度の失態。他国の陰謀ではなく、自国の問題によるものだったなんて…そんな事は絶対あってはいけません」

 

 もしそうならば、首謀者を捕らえ、矛先を他国に向けると言う一縷の望みが水泡と化す事になる。

 

 ニンブル側のテーブルに置かれた書類の束が、不意にそこから落下する。

 捜索を指揮している将軍と情報交換をしているニンブルに秘書官であるロウネが用意してくれたものだが。

 

 バラけた資料の一つに羅列された貴族の名前。

 反対派貴族の処刑された人物の名前と、所在不明となっている血族の名前が個別に記されていた。

 

 筆頭の人物は、反対派貴族を纏めその盟主を名乗ったグラム公爵の末娘。ゼシー・ネイシアル・ウェア・グラム。一度は国民に捕縛されながらも、帝都へ連行される直前に忽然と姿を消した。当時16歳の少女である。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 現在、帝国の騎士の主な仕事はスライムの捜索だ。

 しかし、だからと言って、日課である訓練も疎かに出来ない。

 日中は捜索に駆り出され、日が沈んだ夕方から城内の練兵場で訓練を行う。

 その為、現在の騎士の仕事は非常に激務だ。

 

 今日も今日とて練度を維持する為の訓練に汗を流し、日が沈んだ夜になってようやく業務から解放される。

 全ての騎士がこのような激務を繰り返している訳では無いが、精鋭部隊と言われるエリートの中には、どうしても訓練を疎かに出来ない者達がいる。

 

 練兵場に集まる十数人の男達は、その殆んどが同じ部隊に所属する騎士達だ。

 殆んど…と表現しているように、全てが全て同じ部隊と言う訳では無い。

 多くの騎士が利用する日中であれば、使用権は軍団毎にスケジュールが組まれるが、利用者の少ない日没後の使用は完全フリーだ。

 

 其れ故に夜間の練兵場は様々な立場の者が顔を合わせる事になる。

 とはいえ、今はスライム捜索の激務の最中。

 やはりその使用者は少ない。

 

 一番多い部隊の者は、騎士と言う立ち位置ながら、隠密よりの任務を行う者達だ。

 

 第二位階の魔法を使用する通称『隠密』の特殊諜報部隊程、様々な能力を発揮する訳では無いが、しかし、力技だけでは解決出来ない要人の救出や、武力無しには解決の出来ない敵拠点の急襲等、幅広い場面で彼等の部隊は能力を発揮する。

 

 当然、その入隊は狭き関門だ。

 騎士としてある一定以上の実力を示した者達の内、更に『隠密』の能力を伸ばすことが出来た極一部の精鋭だけが入隊できるエリート中のエリート軍団。

 故に帝国内での地位は近衛に相当するとさえ言われる。

 

 そんな彼等に相応しい。つまり並の騎士なら血反吐を吐くような訓練も無事終わり。 

 今は重たい甲冑を脱ぎ去り、思い思いの場所に腰を降ろし、火照った身体を夜風に当てている。

 

 そんな男達の前に、未だ甲冑を纏った騎士が歩み寄る。

 その騎士の動きに気付いた男達は雑談の口を止め、騎士に顔を向けて注視する。

 この騎士は彼等の隊長だった。

 

 同格と言われる近衛の隊長の実力は四騎士に匹敵する。

 負けず劣らず、このエリート軍団を束ねる隊長も真の実力者だ。

 任務の中では、この隊長の言葉一つで敵組織の人間が慌てふためき、号令一つで亜人共が恐怖する。

 

 そんな修羅の如き隊長は部下である隊員達の前まで歩み寄ると、その足を止めた。

 

「明日、スラム地区での捜索を開始する」

 

 その一言で、隊員達の間に緊張感が走る。

 しかしそこで隊長の言葉は終わらない。

 

「ゴタゴタするだろうし、思い残しがある奴は今日の内にやる事やっとけ」

「はっ?」

 

 隊長の口から発せられた内容に、思わず一人が反抗的に言葉を漏らす。

 その男の姿は若い。

 十代半ばと思われる少年…または青年だが、苦言を漏らしたにも訳がある。

 

 隊長は明らかに少年に向かって言っているからだ。

 言葉の前半は確かに男達に顔を向けて発したものだが、後半は否定の仕様も無い程真っ直ぐに少年を向いて発言していた。

 だから思わずそんな声も漏れる。

 

「スラムは暫くゴタゴタする。だからもしその地区にお気に入りの店や娘がいるなら、今日のうちに行っとけ。暫くは行けなくなるかも知れないだろ」

「意味分かんねーんすけど」

 

 ギラリと睨む隊長の圧に怯む様子も無く少年もまた睨み返す。

 そして再び、反抗的に吐き捨てた。

 

 ーーその時だ。

 瞬間的に後方から剣の鞘が飛んできた。

 それが少年の後頭部に直撃するや否や、ドッ!と周囲の男達が立ち上がる。

 

「てめぇ!隊長の気遣いを何だと思ってやがる!!」

「初恋の相手が風俗嬢とか言う健気なお前の事を思って言ってやってんだぞコノヤロウ!!」

「うだうだ言ってねーで、抱きに行けよ馬鹿野郎!!抱き納めになるかも知れねーだろうがボケェ!!」

 

 四方八方から野次の如く飛んでくる怒号の嵐に流石の少年も怯む、『本当なんなんだコイツ等は』と言う想いがありありと分かる表情で汗を流した後、少年もまた負けじと吠えた。

 

「うるっせー!!俺はお前等みたいなのとは違うんだよ」

 

 正に一触即発。今にでも乱闘に発展するのではないか…と思われたその刹那。

 

「まーまーまーまー。熱くなんなって。ほらお前等も言い過ぎだ」

 

 と、一人の男が少年と隊員との間に割って入った。

 その男とは、練兵場を共にしている中年の男だ。

 白髪交じりの頭髪に、無精髭を生やしたその顔は、そろそろ初老と言われる手前の中年のそれだが、その肉体は未だ絶頂期を思われる程に引き締まってある。

 

 その男の登場で野次は沈黙。

 少年もムスっとした顔のままだが押し黙った。

 この中年の男は部隊としては部外者だが、夜間での訓練では最早顔馴染みだ。

 そもそも地位こそ第二軍団の一兵卒だが、実力は彼等に引けを取らない。

 度重なる戦争では毎度最前線に出ては生き残り、手柄を重ねて昇格の話が出る度に「皇城の守りで敵が倒せるか」と近衛の推薦を蹴り、「死兵に部下など必要ないわ」と軍団内での昇格も蹴った変人だ。

 

 毎度毎度果敢に死地へと向う彼の姿に『死にたがり』『怖いもの知らず』と揶揄される事も少なくない。

 そんな男だ。

 今ここにいる隊員の者達も、この部隊の入隊前、つまり一兵卒だった時代にその背を見ていた者も多く。

 敬意を払う者も多い。

 

 其れ故だ。

 この中年の男の言葉は部隊の者達を黙らすだけの力があった。

 

「コイツは15の餓鬼だが、立派な大人だ。その年で風俗店に入る度胸に免じて見守ってやるべきだろう」

 

 最もその発言が、ベテランの騎士を思わせる発言とは限らないのだが…。

 味方かと思った男のまさかの裏切りに、少年は思わず慌てた。

 

「ち、ちげーよ!飲食店だと思って入ったんだ。…そんな店だとは1ミリも知らなかった」

 

 このままでは自分は女の身体目当てで暖簾を潜った変態だ。

 最もその後は女目当てで常連になった訳だが、それはそれとして、しっかり伝えるべきだろう。

 少年の咄嗟の弁明に中年の男は『えっ?』て顔を作って目を向ける。

 

「でもお前…。指名したんだろ?」

 

―――!!

 

 ぐぅの音も出ない。

 その弁明の急所とも言える部分を的確に指摘され少年の顔が真っ赤に染まった。

 指名した。

 そう。確かに指名した。

 

 だが、それだって誤解がある。

 たまたま飲食店だと思って入った店で出会ったウエイトレスに一目惚れして、他のお客の様子から『指名』と言うシステムを知った。

 

 しかしそれだってお酌してくれたり、お喋りできるサービスかと思ったのだ。

 そう言う店をたまたま知っていたから。

 

 彼女に見惚れるまま気付けば『指名』して、2階に案内され――以下省略。

 

 とはいえ、二回目以降はそれがそう言う店だと知って指名した。

 それは偽りの無い事実だ。

 

 最早弁明の余地もなく唸る少年の様子に、思わず中年の男も笑いが込み上げた。

 ブハッハッハと盛大に笑う。

 

「いやいや、すまんすまん。だが、初恋の相手が風俗嬢なんて行幸だぞ?お陰でお前は失恋を知るまでもなく女を知れたんだ。悪くなかったろ。女の中と言うのも」

「――してねぇ」

 

 上機嫌に喋る男の言葉を遮り、地を這うような少年の言葉が周囲に響く。

 何時しか中年の男に少年の相手を託し、思い思いに雑談しながら二人の様子を眺めていた男達も思わずそれに呼応して口が止まった。

 隊長、中年の男、そして野次馬の如き男達。そんな彼等の注視する真ん中で、少年は絞り出すように続きを吐いた。

 

「しゃ、しゃぶってもらっただけで、そのミアちゃ、いや、…女の身体には指一本…」

 

 すでに顔は耳まで茹でダコのように赤く染まり、互いの指先は人差し指がくっ付いたり離れたり。激しい訓練で身体中から出ていた湯気は今や頭部に集中していた。

 絵に描いたようなモジモジっぷりである?

 

 乙女かな?

 

 騎士を志した者なら誰もが憧れる精鋭部隊。

 その狭き門を15と言う余りにも若い年齢で潜り抜けたエリート騎士とは思えぬ少年の仕草に、周囲の男達全員の動きが止まった。

 

 エリート部隊である彼等は精鋭だ。

 その名に恥じぬ数々の伝説も一つや二つなんてものじゃない。

 

 オーガの群れの襲撃を受け、孤立無援の中で奮闘したあの時も、周辺の瓦礫に身を隠し、択一した連携の元、死傷者を出さずにオーガを壊滅に導いた。

 とある殺人鬼に貴族の娘や孤児院の子供達が人質となったあの時も、監獄と化した孤児院に急襲し殺人鬼の僅かなスキをついて束縛、無事彼女達を救助した。

 

 それが出来たのは彼等の類稀なる練度と連携力に依るものだ。

 

 彼等は非常時において言葉を封じてアイコンタクトだけで連携を取る術に長けていた。

 言葉を封じる事により、対象に気付かれる事なく計画を立て合図を送る。

 そして驚異的なのはその速さだ。

 独自のアイコンタクトによる伝達は喋るよりも数倍早い速度で連絡を送り、行動に移し、対象を沈黙させる事を可能とした。

 その練度は正に神業であった。

 

 仮に今この場にオーガやトロールが急襲を掛けて来ようとも、その『非常時』を敏感に察知した彼等は即座に連携を取り撃退するであろう。

 

 そんな男達の『非常時』に少年の言葉は匹敵した。

 静止した世界から数秒。

 突然、そう。正に突然。

 隊員である男達は互いに、まるで打ち合わせていたかのように目合わせをすると、僅か数秒と言う僅かな時間の中で互いの情報を連絡し合った。

 

 無駄な動作一つない択一した連携は、部外者である中年の男の精神を置き去りにし、瞬く間に彼等の世界の会話は進んで行く。

 

 しかし非常に残念ながら、対象となる少年もまたこのエリート部隊の一員だ。

 男達のアイコンタクトの内容など耳で聞くに等しく脳に入る。

 

『え?なんでコイツ風俗行ってやらずに帰って来てんの?』

『初にも程があるだろ!』

『こいつ結構な常連じゃなかったか?』

『何回行ってんだ?』

『少なくとも5回以上は』

『ちょっと聞きました?奥さん』

『わたくし、手の震えが止まりませんわ』

 

 中年の男には伝わらないが、少年が見た限りそんな内容だ。

 当然だが、この部隊に奥さんどころか女などいないが、それは兎も角。少年の怒りのボルテージが振り切れるのは間もなくの事。

 

「…お前等、人が大人しくしていれば。こういうのは順序ってもんが――」

「うっせータコ!風俗店で順序求めんな!!」

「さっさと告白してこい!」

「お前、自分が優良物件だってさっさと気付け!スラムの女なんてイチコロだろうが!!」

 

 豆鉄砲一つで、マシンガンが放たれる勢いだ。

 少年のチャチな怒りの炎など怒涛の如く放たれる重火器の集中砲火で出火元から更地にされ押し黙る。

 

「ぐぬぬ」

 

 少年はこの初恋を相談したことを後悔していた。

 平時であれば先輩である彼等は尊敬できる人達であり、とても頼りになる人達だった。

 

 しかし少年の初恋を知って以降は悪魔と化した。

 事ある毎に、やれ『告白しろ』だの、やれ『付き合っちゃえ』だの、面白半分に茶化して来るのだ。

 

 優良物件…。等と言われても少年にはいまいち実感などありはしない。

 

 とはいえ、この少年は知らない…と言うか、そう言う実感等は持ってはいないが、あながち彼等の言うことも間違いではない。

 

 国に仕える騎士とは帝国民にとって花形だ。

 一軍を指揮する将軍、又はその下の師団長。

 皇帝直轄の部隊であり、皇帝直下で身辺の守りを固める白銀近衛。皇室地を地上から警護するロイヤル・アース・ガード。皇室地を上空から警護するロイヤル・エア・ガード。それら3つを総称する近衛。

 諜報活動を行う隠密、そして特殊部隊。

 

 騎士として国に仕えた者達が目指す先は様々だが、幼少期から軍学校で兵法を学び、ある程度年齢を重ねないと昇格の難しい将軍や師団長と違い、実力次第で若くとも入隊の出来る近衛や特殊部隊と言う『精鋭職』は多くの者にとって憧れの的である。

 

 当然、国民からしても彼等は尊敬の的であり、特に女性からは結婚相手として人気が高い。

 

 それを15と言う異例の若さで入隊したこの少年は紛うことなき天才のそれであり、将来的には特殊部隊を束ねる隊長になる事も期待されている。

 

 そんな少年が異性にモテない訳がない。

 

 しかし、それは皇帝ジルクニフが政策として騎士には高い権限と高い給与を与え、国民にマジックキャスターや騎士等、国に仕え国防に関わる職は『誉』であると言う思想を植え付けた結果と言える。

 

 これが他国であればそうとはいかない。 

 

 同じキャリアを積んだサラリーマンの待遇も会社によって様々だ。

 優良企業とブラック企業でその待遇は雲泥の差と言われるように、各国が抱える騎士についても同じような現象は起きていた。

 

 例えば、隣国の王国では、同じく15の若さで近衛(金級冒険者)並の強さに辿り着いた戦士がいるが、其奴の二つ名は『童帝』だし、「お前には才能が無い」と世間の風は冷たいし、将来性は鎖に繋がれたワンちゃんだ。

 

 国が違えばそのぐらい違う。

 

 まぁそんな事は兎も角。再び少年が劣勢となったところで、「まぁーまぁーまぁーまぁ」と中年の男が割って入った。

 

「人の青春に首突っ込むなんて野暮なもんだろう」

 

 興奮する隊員や少年を宥めるように掌を向け、しかし次の瞬間には真っ直ぐ少年を見下ろし肩に手を置いた。

 

「だがよ。坊主。これだけは言っとくぜ」

 

 ゴクリと息を飲む少年を前に、これ以上無い真剣な顔を向けるや否や、語る。

 

「自分の聖剣が何時までも現役だと思うなよ。本当、いつ立たなくなるか分かんねーんだぞ?突然だからな。俺なんて随分前から立たなく――」

「エロジジイと一緒にしてんじゃねーよ!!」

 

 ブチ切れた。

 

「馬鹿にしやがってクソが!」

「おい、まだ俺の話終わってないんだけど」

 

 少年は吐き捨て、素早く上着を切るなり練兵場を飛び出した。

 呼び止めるように声を掛けた隊長の言葉も蚊帳の外。言い出しっぺは隊長だったが、収集の付かなくなった自体に若干後悔をその顔に滲ませる。

 しかし次の瞬間、練兵場を飛び出したはずの少年が出入り口から再び顔を出すなり男達へと指を指す。

 

「お前等、絶対に良い感じになって見返してやるからな!」

 

 最早口車に乗っているのかどうなのか、途端に再び練兵場に男達の笑い声が響き合う。

 若干呆れた様子で赤面した少年と笑い始める隊員達を見回して、「もういいや」と隊長はシメを諦めた。

 

「ちくしょー!!」

 

 怒号一つ残して背中を向けた少年が走り去り、やがて姿が見えなくなった頃、ヒーヒー笑っていた男の一人が盛大に吠えた。

 

「かー!!青春してんなーあいつ」

「15だしな!しゃーねーだろ」

 

 楽しげに笑う男達。

 しかしそんな男達の様子を黙って見ていた男が一人。少年がいなくなるなり沈黙を保っていた部外者のもう一人が隊員を睨む。

 明らかに体格の違う偉丈夫だ。

 普段、近衛として皇帝の身辺を警護する精鋭中の精鋭と言う事もあり、少し不機嫌を顕にした殺意の無い睨みであってもその圧は相当だ。

 

「…茶化し過ぎだ。流石に見ていて不快だぞ?」

「ばーか、青春出来る時にしといた方が良いんだよ」

 

 笑っていた隊員の一人が答える。

 人を小馬鹿にするように笑っていた男が何の反省も無いように断言した。

 それが面白くない。

 

「あいつはまだ15だぞ?ゆっくりでいいだろうが」

 

 噛み付くように吐いた言葉を――。

 男が鼻で笑う。

 

「馬鹿。15とか関係ねーよ。俺等に、来年があるかなんて…分かんねーだろ?」

 

 瞬間、笑っていた男達全員の顔色が変わる。

 先程まで楽しげに笑っていたのが嘘のように、一様に顔に影を落とした。

 

 180度反転する重苦しい空気が流れる。

 その理由は簡単だ。

 そんな彼等の空気を代弁するように一人がポツリを不安を溢す。

 

「やっぱさ。なんのかな…魔導国との戦争」

 

 ムーンローズはあの魔導王が自ら気に入り発注した商品だ。

 それを帝国は消失させてしまった。

 

 それを知れば魔導王はどうするのか。

 

 大層楽しみにしている商品だったと聞く、それが届かないと知ったなら、きっと機嫌を損ねるだろう。

 

 相手は生者を憎むアンデッドだ。

 機嫌を損ねた以上、戦争を仕掛けて来るかも知れない。

 

 そうなれば帝国としても戦わざるを得ないだろう。

 魔法一つで十数万の兵を葬り去る規格外の化け物と。

 

 理不尽だった。

 これまでどんな強敵が立ちはだかろうと、個々の実力を上げ、部隊としての練度を上げれば乗り越えられると信じていた。

 トロールだろうが、ジャイアントだろうが、ドラゴンだろうが、きっと倒せる。なんとかなる。

 それを信じて自分の肉体を追い詰めて来た。

 

 なのに、そんな努力等を一笑するような規格外な化け物がいることを知った。

 

 そんな化け物達から愛する家族を、仲間を、国民を守る手段は人生を捧げて鍛え抜いた肉体でも技術でも連携でもない。

 

 おべっかだったり、貢物だったり、ひたすら相手の顔色を伺う事だという。

 クソ喰らえだ。

 

 なのに現実は変えられない。

 

「俺の母ちゃんな。楽しそうに笑うだわ。俺の出世が嬉しいのか、来月はあーだの。再来月はこーだの。…知らねぇんだよな。帝国が滅ぼされるかも知れねーって事。それに話し合わせてる俺はよ。やっぱ、騙してる事になんのかな?」

 

 目に涙を浮かべて肩を震わす男の問いに、最早答える事の出来る男などこの場にいなかった。

 変わりに隣の男がポンと肩に手を乗せる。

 

 男の苦悩はよく分かる。

 それはここにいる全員が抱えている苦悩だ。

 

「…すまない」

 

 笑っていた男達の心情を知り、近衛の男が謝罪した。

 

 そんな時だ。

 ハッハッハ!と中年の男が笑った。

 

「お前達は、骸骨野郎に踊らされ過ぎだ」

 

 豪快に笑う中年の男の様子に影を落としていた隊員達は一人、また一人と顔を上げる。

 

「俺が見るに。大したことねーよ。確かに魔法はつえーが。どーにも出来ねぇ訳じゃねぇ」

 

 威勢よく吠える中年の男の目は戦士のそれだ。

 ギラついた目で周辺の男達を一望し、「死ぬときは俺が真っ先に死んでやるよ」と吐き捨てた。

 

「死ぬんかい!」

 

 と言うツッコミが誰からか飛んできた。

 それを無視して中年の男が吠える。

 

「骸骨野郎と対峙したなら真っ先に俺が斬り込んでやる。活路を生んでやる。そしたらよ。お前等も続けよ。愛する家族を、国民を守るのが俺等の使命だろう」

 

 魔導国と戦争になった時、魔導王しか戦わない前提の作戦だ。

 無茶苦茶だが、それを笑う奴はいなかった。

 いや、笑う奴はいた。

 しかし笑いの意味が違う。

 

 散々少年を笑っていた男の一人が不敵に笑う。

 

「じゃあ、二番目は俺だな。魔導王を散々苦しめて撤退を余儀なくさせた後にな…立ち尽くす俺を見て言うんだよ。コイツ…死んでる――ってよ」

「おー。シブいね。死ぬなら俺もそう言うのが良いわ」

「じゃあ、三番目は俺か…って、終わってんじゃねぇか」

 

 戯けるように一人が言い。周囲がドッと笑い出す。

 だいたいその辺りが頃合いだ。

 

 そう判断した隊長が突然手を打った。

 

「ほれ、お前等!いい加減そろそろ解散だ」

 

 それに呼応して帰り支度を始める男達。

「お疲れ」だの「また明日」だの「失礼します」だの、帰り支度が整った奴から挨拶を残して姿を消し、残ったのは隊長と中年の男と近衛の男の3人だ。

 

 少し遅れて帰り支度が整った近衛の男がふと見ると、既に帰り支度を済ませた二人が出入り口で肩を並べる。

 その二人の目線から、どうやら待っていてくれているらしい事に気付いて駆け寄った。

 

 一人は特殊部隊の隊長であり、一人は近衛の隊員であり、一人は一兵卒だ。

 全くもってバラバラの立場の騎士ではあるが、とはいえ夜の訓練でここまで顔を合わせる間柄もそうは無い。

 

 練兵場を出て、一度中を振り返る。

 特殊部隊に所属する隊員達の心を折った魔導王と言う化け物の存在を、彼は噂でしか聞いた事がない。

 近衛である彼の戦場はカッツェ平野では無かった。

 だが、魔導王の部下である子供のエルフの魔法一つで同僚の多くを失ったのだ。

 

 その場にいながら巻き込まれなかっただけで、太刀打ち一つ出来なかった。

 あれすら心を折るには十分な衝撃だ。

 

 あれより酷いと推測できる十数万もの死者を出した魔導王の魔法を目の当たりにして、それでも「なんとかなる」と豪快に笑ってみせた中年の男に、彼は改めて敬意を向けた。

 あれがあったからこそ、特殊部隊の隊員達は再び奮い立つ事が出来たのだ。

 

「流石ですね」

 

 前を歩く中年の男に声を掛ける。

 地位は下だが、敬語を使うに値する人物だ。

 

「あん?」

 

 と、一言。中年の男は振り返り、近衛である彼の眼差しに何を感じたのか。

 

「――ったりめーよ」

 

 鼻で笑って、片腕を上げた。

 近衛の男も思わず笑みを溢して背中を見やる。

 

 そんな時。

 何と無く気になっていながら、しかし聞く機会に恵まれなかった事を思い出す。

 多くの騎士の心を圧し折り、思い出す事すら躊躇われる大虐殺。それはいったいどのような魔法だったのか。

 

「そう言えば、魔導王の魔法って、どんな魔法だったんですか?」

 

 何と無く。

 本当に何と無く。

 そんな軽い気持ちで問い掛けて。

 

 ――目を疑った。

 

 瞬間、中年の男の様子が変わった。

 何かの悪夢を思い出したように、突然呆然と立ち尽くし、そして次の瞬間には立ち眩みに襲われたかのように、フラフラとバランスを崩したのだ。

 座り込んだ中年の男は、力尽くで何かを押さえていた。

 それは自分の片腕だ。

 

 掴んだ腕の押さえが効かぬのか、それとも押さえた腕が自ら震えているのか。

 中年の男の肩が揺れる。

 

「いけねぇーなー。酒が切れちまった」

 

 酒の臭い一つしない。そんな中年の男から独り言のようなぼやきが上がる。

 

「へへ。こいつぁー懲罰もんだなぁ。酒がバレちまった」

 

 彼の心情を吐露するように震える腕を押さえつけ、それでもままならない肩の震えに、戸惑ったように男は笑う。

 

 そんな小さな背中を目の当たりにしたのだ。

 近衛の男は思わずその背に手を伸ばしかけ、しかし触れるでもなく引っ込めた。

 変わりに空を遣る瀬無く握る。

 

 近衛の男はこれでも一応、軍学校を卒業している。

 だから指揮官と言う道も目指す事は出来た。

 しかしその道は早々に諦めて正解だった改めて思い知る。

 自分は本当に見る目が無いのだな…と近衛の男は自分自身を罵り笑った。

 

「ああ、俺もだ。共犯だな」

 

 何も出来ない近衛に変わり、隊長がそんな背中に手を置いた。

 何時までそうしていたのか、多少身体の震えも落ち着いて来た頃。しかし最早それを誤魔化そうともしない中年の男は、その感情を吐き出した。

 

「あれ以上に怖ぇ事なんてねえと…思ってたんだ」

 

 それは男に取って懺悔の言葉だ。

 『死にたがり』だの『怖いもの無し』だと散々周りから揶揄されてきたが、何のことはない。それより遥かに怖いものを知っていただけだ。

 

「俺の娘ぐらいの歳の子がよぉ。スカートたくし上げてよぉ。おじさん、やらせてあげるからって。悲痛な目で訴えるんだ。死にたくないって、そんな声なんか聞こえない振りしてよ。手枷を掛けて、断頭台に縛り付けてよ。俺が殺したんだ。…あれ以来だ。何を見ても立たなくなっちまった」

 

 あれより怖いものなんて無い。

 あれより怖いものなんてあってはならない。

 なのにこの震えは、そのトラウマに起因するものでは無いときた。

 

「それなのによぉ。へへ、情けねぇ。なんて情けねぇんだ。俺は…」

 

 肩を震わし泣き崩れる背中を目に捕らえ、遣る瀬無い気持ちに駆られた近衛の男は足元へと目を落とす。

 何でも良いから思いっきりぶん殴りたい気持ちで一杯だった。

 

 この事件を引き起こした野郎は俺達の気も知らず今頃何処かで笑っているのだろう。

 陰謀だか何だか知らないが、大成功だぜ。この野郎…と、姿形分からぬ敵を想像して皮肉った。

 

 

ーーー

ーー

 

 一方その頃。スラムにて。

 

「お、UNOだ」

「あー。またかよ姐さん」

「ヘロヘロ、このマークなんだっけ?」

「えっと、それはですね」

「次わたしー!次わたしの番!」

 

 事件を起こした張本人は笑っていたし、気にも留めていないし、今日のお客さんと従業員とでテーブル囲んでこの世界にUNOを拡めていた。




【本日の捏造】
反対派貴族の盟主。グラム公爵。
グラム公爵家唯一の生死不明の人物。ゼシー・ネイシアル・ウェア・グラム。
特殊部隊の存在。
西地区にスラムがある事。
など…。

次回ぐらいでようやく話しが動きそうな気がします。
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