ヘロヘロが行く   作:ロアグリーン

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捏造要素が多数入っております。
今回の話の作成において事前に調べはしておりますが、それでもなお原作との矛盾が生じる場合は御一報下さいσ( ̄∇ ̄;)

今回は解説回に近い感じでギャグ少なめです。
本当はここまでを前回の一話におさめようとしてましたが無理でしたね(ヾノ・∀・`)ムリムリ


ヘロヘロ、自分を見詰める

それはとある民家のとある一室の事。

壁に立て掛けられた鏡が対面の世界を写し出す。

 

例えばそれは壁沿いに並ぶ本棚を。

例えばそれは部屋の中心にあるテーブルを。

例えばそれは窓際に飾られた花瓶と花を。

例えばそれは、食らい付かんとばかりに張り付き凝視するスライムを。

 

黒い身体に。

目のようにも見える二つの窪み。

ネバネバと蠢く粘体の姿は、かつて慣れ親しんだ愛すべきアバターそのものだった。

 

自分の姿をありのままに写し出す鏡を前に、ヘロヘロは黙ってその姿を見詰める。

今、彼の脳裏にあるのは驚愕だ。

 

いや、もしかしたら…と僅かな可能性として脳の片隅には置いていた。

置いていたのだが、今こうして突き付けられた現実を前に驚きを隠せない。

 

何故なら長い間ユグドラシルで自分が使っていたアバターの姿がそこにはあったのだから。

古き漆黒の粘体。スライムの上位種であり、スライム属最高位の強酸使い。敵の撃破よりも武器破壊にこそ焦点を当てたその粘体こそが、彼の慣れ親しんだアバターだった。

 

突如としてヘロヘロの中に様々な『疑問』が沸き上がりその思考を奪い合う。

 

何故、アバターとしての姿がそこにあるのか?

これはゲームのアバターと全く同じヘロヘロなのか?

やはりゲームの延長線にあったのか?

ならば何故、GMコールも機能しないのか?

スキルやパラメーターは生きているのか?

そもそも何故、自分は今まで極自然にアバターの名前を名乗っていたのか?

 

「鏡がそんなに珍しいかい?」

 

突然、その部屋を静かに響かせる家主の言葉。

ふと家主であるマイクの言葉に我に返ると、薬草を煎じてビーカーに詰める彼の姿を目に写す。

 

彼は採集で得た薬草から薬効の抽出作業に精を出している最中で、時々流し目を向けては様々な事を問い掛けた。

知識あるスライムの言動が珍しいらしい。

観察対象として何がそこまで興味を引いたのか…。

昼食での雑談の末、彼の仕事場に招待されたヘロヘロは、今こうして屋内の物色の最中、立て掛けられた鏡に目を向けて今に至ると言う訳だ。

 

「…マイクさん。失礼します!」

 

そんな言葉を残し、ヘロヘロは部屋を飛び出した。

目を丸くするマイクを残し彼の住宅を飛び出せば途端に広がる青空と太陽が出迎える。

 

太陽が高く昇る空の下では広場で戦闘訓練をするサティアと農夫達数人が忙しなく金属音を響かせる。

その様子を広場の端からぼんやり眺めるグロプが腰を降ろしており、彼なりに村に馴染んでいるようだった。

 

そんな広場での光景を尻目にヘロヘロは村の端を目指した。

走って、跳ねて、引き摺って…。

そして村の領域を示す丸太の柵から身を滑らせると。

広大に広がる畑を前に言葉を失った。

 

残念ながら収穫期を終えたソレは黄金に輝く麦畑とまではいかないが、その時期には視界一杯に広がる黄金の景色を一望出来たことだろう。

 

今ではその名残だけが寂しそうに広がり、そこで何かしらの作業をしている農夫の姿がチラホラ見えた。

 

兎にも角にも、ヘロヘロは柵沿いに歩いて畑から距離を取ると誰もいないであろう広大な地平線の先を睨んだ。

ここならば取り敢えず人の目は無いだろう。

今は一人になりたい理由が出来た。

 

元々、転移直後にゲームでは無く現実世界と認識した時から捨て置いていたツケだ。

だが自分の姿を目にした以上、今一度確認しなくてはならなかった。

自分が『ヘロヘロ』であると言う事を…。

 

スキルは?

パラメーターは?

装備は?

アイテムは?

 

戦闘系のパッシブスキルは現在発動していないのは分かる。

当たり前だ。

あんなものは基本的に戦闘前までoffにするのが通例だ。

『常態する強酸』は接触した敵や武器に酸属性ダメージを与えるスキルだが、アイテムの所得時にも発揮され一定確率でロストさせるデメリットがある。

『腐敗の瘴気』はどす黒い瘴気を常に発生させ周辺の敵に特殊ダメージと『毒』『恐怖』『麻痺』等の様々なバットステータスを与える凶悪なスキルだが、発動中常に視界が悪くなり鬱陶しいと言うデメリットがある。

 

ではスキルは発動できるのか?

ヘロヘロは自分の所得したスキルを思いだし、発動を試みる。

 

「アシッド・ブレス」

 

…空しく微風が頬を撫でた。

口に出して唱えてみたものの発動しないだろう事は分かっていた。

 

それはこのアバターがスキルを発動できるかどうか以前の問題だ。

仮にここがユグドラシルであったとしても発動しなかっただろう。

 

それは二年間と言うブランクが彼にもたらした弊害。

そうヘロヘロはユグドラシルにおいて操作方法の殆んどを欠落した常態でモモンガと合流し、そしてそのまま異世界に飛ばされたのだ。

 

「んー。どうでしたっけー?」

 

苦悶の表情でインベントリの開きかたを思いだそうとするが、霞を掴むばかりで一向に思い出せそうもない。

そもそもだ。

ヘルプやコンソールが開かなかったのが、ゲームの世界で無いと結論付けた要因だ。

 

DMMO-RPGではどのようなゲームもヘルプやコンソールの呼び出し方は共通と言うルールがある。

 

それは仮想世界に入り込んだプレイヤーが操作方法を忘れた際、確実にヘルプを呼び出せるようにする企業側の配慮だが、逆を言えばこれが無ければ最悪ゲームから抜け出せないと言う事態にもなりかねないからだ。

 

当然、ヘロヘロもヘルプの呼び出し方は分かっているのだが、それがどうしても開けなかった。

 

インベントリが開けない以上、スキルや装備やアイテムの確認は不可能だ。

それでもスライムで無ければ装備の確認ぐらいは出来ただろう。

人間であれば手に持っている武器や着ている鎧を確認すれば良いだけなのだから一目瞭然だ。

ところがスライムではそうは問屋が卸さない。

スライムの特性として装備に大きな制限が掛かるのだ。

装備出来る箇所がそもそも少なく。

まず『武器』や『盾』等の『手』に分類される場所。そして『指輪』だ。

 

以上、これで終わり。

 

防具関係の殆んどを装備出来ない。

いや、正確に言うと装備は出来る。

しかしグラフィック的に体内に沈むように反映され、装備された効果は全く反映されない。

それどころか一応装備扱いになっている為、ドロップ率が上がると言う糞仕様だ。

 

では指輪はどうか?

体内に埋もれる仕様上、視覚的には分からないが…。

恐らくユグドラシルのアバターであるなら装備されているはずだ。

そしてもし指輪の効果が確認されればいよいよもって確定する。

 

装備されているであろう指輪は恐らく10個だ。

ユグドラシルでは種族によって装備出来る指輪の数が違うが、大概のキャラクターは10ヶ所の装備箇所がある。

至極単純に指の数に比例しているだけだが、その内の二割は初期仕様。

残りの八割が課金による解放だった。

スライムに指の数など無いが、体内に格納する形で10個まで装備が可能だった。

…ちなみに初期から一つが塞がっている仕様上、流石に人間種と同じでは苦情が出ると思ったのか、スライムの場合は5個が初期仕様である。

 

なんだかんだ言ってもヘロヘロも課金で10箇所まで解放した口だ。

当然今現在体内には10個の指輪が埋まっている事になる。

それは一体なんだったのか?

 

ヘロヘロは二年前の自分を振り返る。当時の最後のログイン時、狩りの最中だったと言うことは有り得ない。

パッシブスキルがoffになっているのがその証拠だ。

しかし肝心の装備については悔しい事に思い出せなかった。

 

とは言え、装備されているものの予測は出来る。

○視覚の指輪

○リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン

○リング・オブ・ステルス

○時間停止無効の指輪

○調停者の指輪

 

 

まずは『視覚の指輪』だ。

 

「スライムには目が無いので視覚なんてありません」

と言う運営の糞理論により初期装備として用意された指輪であり、人間と同じ視覚を得る事が出来るようになる物だ。

「だったらモモンガさんのオーバーロードだって目はありませんよね?」

と言う訴えも虚しく運営に黙認された案件である。

 

次に『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ。

ナザリック地下大墳墓の階層を跨いで自由に転移出来るようになる指輪であり、ギルドメンバー全員に配られる会員証みたいな物である。

 

そして『リング・オブ・ステルス』。

探知系から完全に身を隠す指輪であり、センス・エネミー等での捕捉を回避し、レベルやHPやMPの感知魔法も妨害できる指輪であり、アタッカーでありながらタンクよりの戦略を取るヘロヘロの必須アイテムである。

 

そして『時間停止無効の指輪』。

書いて字の如く、時間停止を無効にする指輪でありPVPにおいて時間停止が強力かつ使用者が多い戦術の為、最早必須対策と言える。

 

続いて『調停者の指輪』だ。

カルマの影響を受けなくなる指輪である。

種族的に物理攻撃には高い耐性を持つ古き漆黒の粘体だが魔法攻撃には弱いと言う特徴を持っており、転職条件がカルマ値-500と言う狂った設定の為、神聖魔法で馬鹿みたいにHPが溶けると言う究極の弱点を持つ。

それを緩和する為の指輪である。

他にも利点としてカルマ値による装備制限を無効にする事ができる為、聖剣のようなカルマ値+でしか装備出来ない武器も装備出来るようになる。

 

後はケースバイケースで付け変えたりもするので断言出来ないが…。

この五つは確定だ。

課金によって装備した指輪は再び課金でもしない限り外す機会なんて絶対無いし、ここの装備は絶対ドロップもしないと言うメリットもある。

 

とは言え指輪の効果が現在発揮されているかどうかは分からなかった。

今確かに目は見えている訳だが、それが元からなのか指輪の効果なのかは分からない。

 

残りの4つに関してはそもそも確認不可能だ。

ナザリックが無いと意味の無い指輪。

探知魔法を使ってくる敵がいる訳でもなく。

時間停止なんて言わずもがなであり。

カルマ値の無効の実感なんてちょっと意味が分からない。

 

結局、検証の結果分かった事と言えば、今のままでは何も分からないと言う現状だけだった。

 

もしも、今の自分がただのスライムでは無く100レベルの戦闘能力を有したアバターなのだとしたら今後の進展にも希望が持てる。

嬉々として何かを害するつもりこそ無いが、いざと言うとき護衛の手段が有りと無しとでは雲泥の差だ。

 

「一応、私だって要注意人物としてニャル測に載ってるんですけどねー」

 

そう言いながらヘロヘロは軽快なフットワークで左右に跳ねると触手を小刻みに繰り出した。

それはさながらシャドーボクシングをする選手のような巧みな動きだが、ユグドラシルにおいてそんな戦い方は勿論しない。

 

ユグドラシルの攻略サイト『ニャルちゃん測定』において、最盛期10本の指に入っていたギルド、アインズ・ウール・ゴウンの事も当然のように記載されていた。

その中に下手に手を出してはいけない人物として四人のプレイヤーが要注意人物に指定されていた。

 

・こいつが居たら回れ右、大会優勝経験者の最高位プレイヤー。たっち・みー。

・血と汗と涙のゴッズアイテムが惜しければ戦うな。最高位のウエポンキラー。ヘロヘロ。

・垢BAN誘導ですら戦略に取り込む超鬼畜軍師。ぷにっと萌え。

・魔法一つで戦況を引っくり返すワールドクラスの魔法職。ウルベルト・アレイン・オードル。

 

ギルド内でも名だたる面々の中に自分が並んだ要因はとある動画配信者の生放送中にゴッズアイテムのロストに成功した事だ。

それまでのゴッズアイテムの破壊は不可能と言う上位者の常識を打ち砕き、軽視され勝ちだったウエポンキラーを引き上げた伝説として語り継がれていた。

 

後にも先にもゴッズ破壊はそれきりだったが、血反吐を吐きながら作り出したゴッズアイテムが僅か一戦でロストする恐怖はヘロヘロを要注意人物として不動の地位を与えるに至った。

 

当時の輝かしい余韻に浸りつつ、ヘロヘロは帰路に就く。

向かう先は飛び出してしまったマイクの家だ。

ズルズルと粘体の身体を引き摺りながらも思考は未だ検証に囚われる。

 

後確認出来そうな事と言えば、殺す気で攻撃してもらってダメージ量を測るぐらいか?

 

少年では流石に良く分からなかった。

だからちゃんとした攻撃が出来るものからダメージを測らなくてはいけない。

 

そこでーー…。

ふと思考に耽る自分の耳をつく騒がしい音に目を向ける。

 

視界の先には広場があり、騒がしく訓練する農夫達の声がここまで響いているらしい。

その訓練をぼんやりと眺めているグロプの姿を見つけた時ーー。

思わずヘロヘロはグロプから棍棒で殴られる姿を幻視する。

グロプが棍棒を持ってる姿など見た事が無いが、何と無くイメージしやすかったのがそんな光景なのだから仕方がない。

 

「…無理ですね」

 

そしてヘロヘロは吐き捨てた。

あんなバイオハザードのハンターみたいな奴に棍棒で殴られたら痛いに決まっている。

と言うか想像上の自分はあっさり死んだ。

 

ならばと続いて農夫達に目を向ける。

日々農作業で培った肉体は逞しく引き締まっており、転移前の人間だった頃の不健康な自分とついつい照らし合わせようものなら、そっと首を括りたくなる程だ。

 

「…あれも無理ですね」

 

変わり無く吐き捨てる。

何せあの農夫達。森で観察した時の表情は正に修羅のそれであり、嬉々として人一人ぐらい殺していても可笑しくない存在だ。

そんなものに自分を殺す機会を与えるなど転移前、週末の夜寝ずに月曜日を迎えるぐらいの自殺行為だ。

 

そしてヘロヘロは消去法により自然と決まった一人に目を向けた。

男臭い農夫達に混じって咲く一輪の花。

薙刀を手に訓練に混じるポニーテールの少女。サティアだった。

 

十代半ばから後半ぐらいの見目美しい少女の華奢な体格は、どう見積もっても戦闘をする存在とは言い難い。

 

行ける。

彼は決断した。

 

あれなら最悪殺されはしないと判断し、ヘロヘロは闘志を胸に広場へと歩を速めた。

 

 

ーーー

 

「…何ですか?」

 

丁度都合の良いことに、休憩の為に訓練から席を立ったサティアを捕まえる事に成功して今に至る。

 

タオルを手に怪訝な顔を向けるサティアに攻撃の依頼をしようとするヘロヘロだったが、内容が内容だけに周りの目線も気にせずとは当然行くわけがない。

 

流石にグロプの前で斬ってくださいなんてお願いしようものなら、後から何て言われるか分かったものではない。

 

「すみません。ちょっとお願いしたい事がありまして…来て貰えませんか?」

 

ますます怪訝な様子で目を丸くしたサティアだったが、特に断る理由も無かったのだろう。

 

「いいですけど」

 

と二つ返事で了承してくれた。

 

善は急げと民家の裏へと猛ダッシュして一目が無いことを確認するとヘロヘロは付いてきたサティアに向かって向き直る。

なんだか女の子を人気の無い所へ連れ出したような若干な背徳感を感じつつ、ヘロヘロは黙ってサティアを見上げた。

まるで告白をするようなシチュエーションに女の子を意識しない方が無理と言うものだ。

告白も出来なかった青春時代の苦い思い出が唐突に蘇り、ヘロヘロの心をひ弱せる。

だが、それでも今は検証を優先しなくてはいけない場面だと。

甘い青春の香りに怖じ気付こうとする弱い自分の心を叱咤し、ヘロヘロは口を開く。

 

「サティアさん!私をーー…。」

 

しかし、ここに来てヘロヘロは気付いてしまった。

怪訝な顔付きで見下ろすサティアが振り下ろしている薙刀の鋭さを。

鈍く光る刀身は数多の命を吸ったであろう事を連想させるに十分な迫力があり、それは共モヤシっ子のヘロヘロの精神が耐えられるものでは無かった。

 

あんなもので斬られたら普通、女の細腕であっても死ぬよね?

 

死が間近に迫ったと感じたせいか冷やされた頭で冷静にそんな事を考える。

何もあんな刃物で斬りつけて貰わなくても良いのではないか?

刃物で斬られても平気なのはゲームの中だからこその話であり、仮に彼方の世界の現実世界ならば確実に事件となるのは明白だ。

確かに姿形はアバターではあるが、感覚としてはむしろ現実世界そのものな訳であって…。

刃物で自分を傷付けるなど人間である精神が許さなかった。

 

だが開いた口は塞がらず、ヘロヘロは咄嗟に代案を探して思考はフル稼働。

殴って貰う?

蹴って貰う?

高速で空回りを続ける頭がオーバーヒート寸前で何とか選択を一つ絞り出す。

後は流れるままに身を任せ、ヘロヘロは絞り出した選択を渾身の思い吐き出した。

 

「ーー踏んでください!」

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

ヘロヘロは一人、トボトボと帰路につく。

激痛に晒された人の髪は白くなると言う。ならば恐らく今の自分も心なしか白くなっているのでは無いのだろうか?

 

結論から言って凄く痛かった。

 

サティアに踏まれた事が痛かったと言うか、「踏んでください」と伝えた時のサティアの目線は恐らく二度目は耐えられない。

初恋の相手と重ねてしまった事もさることながら、異性から汚物を見るような目を向けられた衝撃は容赦なくヘロヘロのメンタルを抉った。

 

別に異性に踏まれて悦に浸りたかった訳ではない。

そもそもヘロヘロにそんな属性は無い。

だが誤解であろうと無かろうと、此方の要請に答えてくれたサティアに「ありがとうございます」と御礼を言うのは当然の礼儀であって、仮に頭に変態の良くあるワンシーンが流れようとも無言で立ち去る選択肢などあるはずが無かった。

 

どうして自分はこうも説明が下手なのかと悲しくなる。

これも仕事柄あまり人と係わらなかった弊害か?

なんにせよ、もっと上手く説明出来ればサティアから誤解される事もなく、こんな悲しい気持ちで帰路に就く事も無かったはずなのだ。

 

だが、ここに来て足が止まる。

マイクの家に帰っても、訓練から戻ったサティアと再び顔を合わせる事になると思うと、どうしても気が進まなかった。

 

だがらヘロヘロはマイクの住居を通りすぎた。

きっと自分はずっとこの様だ。

餌も取れず。

料理も出来ず。

堅苦しい交渉の場では何一つ会話に加われず。

異性に対して会話一つ上手くいかない。

 

唯一得意なのはプログラムだった。

それだけが他者に誇れる唯一の取り柄だった。

 

それすらも…

この世界に来て失った。

今の自分に一体何が出来るのだろう?

 

目の無いこの異形の身体では、指輪の力で視力は得ても涙までもは流せない。

目のように空いた二つの窪みも、目蓋のように涙は溜められない。

 

それでも人の心は嗚咽を上げる。

今はマイクの家を飛び出した時とは別の理由で一人になりたかった。

 

覚束無い足取りで向かう先は元いた森の川の側。

岩と岩との間で出来た僅かな隙間が、この世界に転移したヘロヘロが唯一帰れる居場所だった。

 

視界を流れる掘っ立て小屋をいくつか通りすぎ、村を覆う丸太の柵を滑り抜け、愛しの森の向こうへと目を向けたその時だ。

 

ーー森の中で人影を見付けた。

 

森からまっすぐ村へと歩くその人影に思わず目を奪われる。

冒険者と一目で分かる出で立ちをした少女だった。

ボロボロと言う言葉を体現したように土と血で汚れた旅装束は所々が破れて下着と皮膚を露出させ、痛々しい皮膚から傷口が見て取れた。

一番の痛手と思われる脇腹は添える手に隠れて良く見えないが、一面に広がる紅い染みがその傷の重さを雄弁に語る。

 

最早痛みも感じていないのか、疲れ果てたような顔からは人形のように感情が抜け、光の無い目でただ一心に村の奥を捉えていた。

 

その少女は、一瞬だけヘロヘロを一瞥するが、何事も無かったようにヘロヘロの横をすり抜け柵の扉を開けた。

 

自分のちっぽけな悲しみを凌駕する。まるで地獄の釜の淵を覗き見たかのような絶望に塗り潰された少女の姿に思わず足を止め振り返る。

 

村の奥で小さくなっていく背中の向こうでは、彼女の到来で色めき立つ村人達で、騒動となる様子が見て取れた。

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