最初に彼に会ったのは街でのモデル仕事終わりにスカウトされた時だった。
私の彼への第一印象は、とにかく低姿勢で人の事を第一に考えているのではと思うほどの丁寧な言葉で彼からアイドルにならないかと誘われた、
友人から聞いていた話では大抵こういうスカウトの方は押しがすごいらしいが彼は、
「本当にやりたくないならそれでいいので、どうか1度ご一考ください」
と、とても丁寧な口調で名刺を渡し、それでいてどこまでも人の事を慮っていた。
そして私がアイドルになると決めてからの彼はすごかった
彼は疲れると言うことを知らないのではと言うほど私の仕事現場に顔を出してはスタッフさんやメイクさんなどとよく談笑をしていた、彼曰くこういう会話の積み重ねが後々の仕事を作るといつも楽しそうに人と話していた。
ただ、私はある事に気付いた、
彼は私の仕事や他のアイドルの事を見る時ほんの少しだけ表情が曇る、
それは中々言葉では言い表せないような複雑な顔を、
ほんの一瞬だけだがする事に。
これに私が気付いたのは私をプロデュースしてくれてから1年が経とうとしていたくらいだっただろうか…
彼は一体どんな気持ちで、どんな事があってこの仕事をしているのだろう
そう簡単に聞けてしまったらどんなによかっただろう
そう考える程には彼の少しだけ見せる複雑な表情は本当に愛憎入り乱れた複雑な顔だった。
そんな顔はしても仕事には一切手を抜かずに私を気遣って色んな差し入れをくれたり、ダンスやモデルの時の表情のアドバイスなど、
彼は今までに色んな人をプロデュースして来たんだな、と分かるくらいには的確なアドバイスをくれた。
「アドバイスありがとう、プロデューサー。
今までにも色んな人をプロデュースして来たんだね、プロデューサーは、ちょっと嫉妬していまいそうだよ」
そう褒めると彼は
「いや、すごいのは自分じゃない、自分よりもっとすごい先輩がいてその先輩に色々と教えて貰っただけだ、
今のアドバイスもほとんどその先輩の受け売りだよ……。」
彼はどこまでも謙虚だった
そしてまた私は気付いてしまった。
彼の考える彼のプロデュースにはどこまでも彼自信が含まれて居ないことに
私は彼が何時もどこか私やアイドルに対して1歩引いているように感じていた、つまりはそういう事なのかと私の中で合点がいった。
彼の考えるプロデュースとは、
アイドルが目指す道、目標、夢を第1に考えてその夢に向かうアイドルをどこまでもサポートするということらしい。
彼とかなり過ごしてきて、ある日にプロデューサーとしてのプロデュースはどういうものなのか聞いたことが有った、
彼は
「今までこの業界にいてやりたくない方向の仕事をやらされたり、やりたくないキャラクターを押し付けられた人を何人も見てきたから……、せめて自分のプロデュースするアイドルくらいはしっかりとその夢に向かって突き進んで欲しい…、から……ね…。」
と少し恥ずかしそうに頬を書きながら言った。
ああ、彼はどこまで行っても優しいんだな
私は彼が自分のプロデューサーでよかったと安堵した
それまでにW.I.N.G決勝で負けたり様々な事があったが全ては瑣末事だ…私をスカウトしてくれたの本当にアナタでよかったよ……。
そして、彼との別れの日がやってきた
そしてそれは突然だった
「えっ……!?アナタが私の担当を辞める!?」
「そ、まぁ自分としては分かりきってたことだけどね…」
「どうして…!?何か私に落ち度やミスでもあったのかい!?」
「いや…、咲耶さんは充分に頑張ってくれたよ!
………単純にもう俺のレベルでは教える事は何も無いから、もっとすごいプロデューサーに変わってもらうだけだよ、安心して…」
「そんなのは関係ないよ!私はアナタと一緒にトップアイドルを目指したいんだ!」
「……じゃあなおさら僕と一緒じゃだめだよ…、自分の力量は自分が一番よく分かってるし……僕じゃ咲耶さんをトップアイドルにしてあげれないよ…残念だけどね、これが僕に出来る精一杯さ……。」
「……なんでっ!…私をさらに輝くアイドルにすると言ってくれたのはアナタじゃないか!?
あの言葉は嘘だったのかい!?」
「……嘘じゃないよ、実際モデルの時よりは輝いてたし、咲夜さんもアイドルをやってて楽しそうだった…、ただその更に上の
咲耶さんの方にはなんの問題もないよ、すごい才能の塊だから……、問題は僕の方だし…………」
「アナタは少し自分の実力を信じなさすぎる!!もう少しは自分の事を信じて欲しい!私が信じるアナタをアナタも信じて欲しい!!!」
私は今思い返すと少々恥ずかしいような事を言っていたなと少しあの時を懐かしむ
「…………自信…か……、そんなものはもうとっくに擦り切れて無くなっちゃったよ…………、
じゃあね…咲夜さん……、
引き継ぎの人にはちゃんと咲耶さんの目指す夢を尊重するように言っておいたから心配しないでね……。」
「なんでだい!!なんでそんなに自分の力をその程度だって決めつけるんだッ!!もっと自分を信じてみても…」
『自分を信じてもどうにもならなかったから今の自分があるんだよ………。
……………本当にゴメンね、咲夜さん……。
君の夢が叶うのを下の方から応援してるよ……』
彼は本当に残念そうに背中を見せて歩いて行く
「プロデューサー!影浦さん!!私はッ!……アナタだったからっ………!!!」
私はいつの間にか泣いていた。
それからのアイドル活動はあまり憶えていない。
そして私はいつの間にか283プロダクションに移籍していた、
もしかしたら無意識下で彼との思い出がある事務所を嫌に感じていたのかもしれない
それから私は素晴らしい283のアイドル仲間達と優しいプロデューサーと一緒にトップアイドルを目指している
それはとても充実した時間だった、だが何処かでここに影浦さんも居てくれれば…と考えていたのも事実だ。
そして風の噂で彼がプロデューサーを辞めたと言うのを耳にした…。
私のせいなのだろうか…、私がもっと頑張って会社に何も言われないくらいに売れていたら………たらればの話は止めよう……今は現実を受け止めよう。
別れが突然ならば再開も突然だった。
彼は少々やつれて痩せていたようだが元気で良かった
プロデューサーも流石に283のアイドルの皆を担当するのは大変だ、そろそろ新しい社員を雇おうかという話を社長としていたのを思い出した。
最初に会った彼の様に彼をスカウトしようと思ったが彼の意思は固く、失敗してしまった。
影浦さん…、私は信じているよ。
アナタがまたプロデューサーに戻ることを……
また一緒にトップアイドル目指して頑張ろうじゃないか!
まぁそもそも笑顔にもなってくれないし守れないんですけどね
誕生日おめでとう、樋口。(遅刻)