キョウエイボーガン ~命運は矢となりて駆ける~   作:エガヲ

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エピローグ:運命のその先へ

 柔らかな朝の日差し。

 鳥たちが賑やかにさえずり、木々には花びらが咲き乱れる。

 春眠暁を覚えずとはよく言ったものだが、このような麗らかな春の陽光の前に、心地の良い静寂な朝の時間が流れる。

 まるで時がすぎるのも忘れてしまいそうになる。

 春の朝、平穏な日々の始まり……。

 

「……う、うわぁー! もうこんな時間だーっ!」

 と――そんな静かな朝の一幕に、とある一軒家の二階の部屋から、外にまで聞こえてくる叫び声に似た大きな声が響き渡ってくる。

 

 彼女は目を覚ますと、まず一目散に目覚し時計を確認する。

 すると顔を青ざめ、あのような悲痛な叫びを上げたのだった。 

 なんということだろう。

 昨日の夜に目覚ましをちゃんとセットしたいたはずだが、いつの間にかそれが止められており、すでにかれこれ十分程度は寝過ごしていた。

 予定していた乗るはずだった電車の発車時刻は過ぎており、これでは遅刻は免れないだろう。

 

 この情景を見ると、かなりずぼらな性格と思えてくるが、普段からこう朝に弱いわけではない。

 本来、今日は彼女にとって休日で、いつもの休みの日であれば、まだぐっすりとベッドの上で夢の中にいる時刻だった。

 

 しかし今日は朝から出かける用事があった。

 大切な人たちと久しぶりに再会する大事な約束が――。

 

 彼女はベッドから体を飛び出ると、前よりも少し伸びた髪を煩雑に後ろで結ぎ、気合を入れてオシャレをしていくのが少し気恥ずかしかったので仕事着のスーツに着替えると、部屋を出る。

 急いで駆け下りて転ばないよう気をつけながら、階段を駆け下りていった。

「あら~弓子、大丈夫? 間に合うの~?」

 先ほどの寝起きの騒動を一階から聞いていた彼女の母親は、娘の様子が気になったのか居間の扉を開けて、顔を出していた。

「うん、大丈夫……多分。それじゃお母さん、行ってくるね! わたし今日ちょっと遅くなるかもだから」

「は~い、気をつけて行ってくるのよ~」

 そう母親に見送られながら玄関を出る。

 

 失った時間を取り戻すべく、そのまま最寄りの駅に向かって走り出すその前に……何か忘れ物がないか、身だしなみは変じゃないか手鏡でチェックしたりと、急いでいる割にはまだどこか余裕が感じられた。

 一度腕時計を見て現在時刻を確認し、軽くその場で柔軟すると「よし――!」と、小さく掛け声を上げた後、彼女は颯爽と駆け出した。

 

 彼女の住む実家の家から最寄りの駅まではだいたい歩いて二十分ほどあった。

 しかし彼女が走れば……約五分程度になる。

 

 それはゆっくり漕いでいる自転車なら追い越せそうなぐらい、一般人と比べると速い速度だった。

 全盛期と比べるとかなり衰えてはいるが、やろうと思えば彼女はもっとスピードは出せた。

 しかし他の通行者もいるし、車などが走る道路も経由するのであまり速度を出しすぎると、危険なのでセーブしている。

 

 そのままペースを崩さず駆け抜けていくと、本当に五分程度で駅についてしまった。

 そのまま改札口を通り、駅のホームへ降り立つ。

 

 次の電車が来るのを待っている合間に、家から履いていた運動用のスニーカーから、リュックサックの中からフラットシューズを取り出し、ホームのベンチに座りながら履き替えておく。

 幸い電車を一、二本乗り遅れた程度で済んだ。

 これなら少し遅れただけと、言い訳も立つ。

 

 しかしあれだけ全力で走ったのだから、普通なら息を整えるのもやっとのところだが……彼女は軽く汗をかいた程度ですんでいる。

 それもそのはずだ。

 

 特徴的なウマ耳とウマ尻尾……彼女はウマ娘であった。

 現役を退いてから久しいが、先ほどの距離ぐらいなら、過去毎日のようにトレーニングで何回も走って鍛えられていたので、容易いものであった。

 しかしすでに本格化(ピーク)を終えて、身体能力も普通の人ととさほど変わらなくなり、現役の時のようにトレーニングも行っていない。

 人より多少早く走れる程度で、オリンピック選手のような鍛え抜かれたアスリートには到底敵わない程度の能力だ。

 

 そんな彼女はかつて、国民的人気誇るトゥインクル・シリーズという大人気スポーツ・エンターテインメントに、レースやライブをするウマ娘として参加していた。

 

 重賞と呼ばれる大きなレースにも何度か出走したこともある。

 だがけしてニュースやテレビで紹介されるようなスターウマ娘とは違い、さほど華々しい活躍はできなかったので知る人ぞ知る……といったところに落ち着く。

 今となってはいい思い出だと、当時を振り返り彼女はそう思う。

 

 そして今日はそんなウマ娘を養成する機関『トレセン学園』で知り合い、同じチームに所属して共に切磋琢磨し合った――チームのメンバーたちと久しぶりに再会する日だった。

 

 あれからもう何年も会っていない……。

 期待をしつつ、どこか不安もあった。

 

 彼女の中ではトレセン学園に居た時のまま時が止まっており、皆の現在の姿が想像もつかなかった。

 それほど長い時がたったわけではないので、あまり変わっていないかも知れないし、逆に数年で見違えるほど成長していて別人のように変わっているかも知れない。

 かくゆう自分も、身長はあいにくとあの頃から打ち止めで悔しいことに変わっていないが、一端の社会人にもなったし、少しは大人らしくなったと、自負している。

 自分だとちゃんと気づいてくれるかと、それはそれで少し心配になる。

 そういった意味でも皆と再会するのはとても楽しみであった。

 

 元チームメイトたちのその後の活躍ぶりは、本人たちの口から聞き及んではいないものの、ニュースなどで噂には聞いていたし、時間が合う時はレースをテレビ越しに観戦もしていた。

 

 対する彼女は、レースで競う世界とは程遠いところに身を置き、かつてトゥインクル・シリーズを駆け抜けていた面影は鳴りを潜めていた。

 レースから退き、しばらく立った後、彼女はレースで走ること以外のやりたい事――新しい目標を見出していた。

 

 かつて自分がそうであったように、競走ウマ娘を引退したものの、自分の行き場所を失ってしまった――または新しい生活にうまく馴染めず社会に孤立してしまった、そういった引退ウマ娘たちを支援できるような仕事につきたいと思いを抱いていた。

 自分が誰かに救われてきたように、一つでも悲しい出来事を無くしたい、辛い思いをしているウマ娘を救いたい……その志を胸に、彼女はそういった活動している協会へ勤めていた。

 

 協会に勤め始めて早一年が経とうとしている。

 まだこの協会は設立されて日が浅く、そこに勤める職員は日々右往左往し、忙殺されている。

 彼女もすべからく同様に、幾分か仕事には慣れてきたがまだまだ覚える事が多く、忙しい毎日を送っていた。

 仕事から帰ってそのままベッドに倒れ込んで眠ってしまうこともあり、大変な仕事な割にはそれほど給金も高くはなかったが、この仕事にやりがいを感じていた。

 

 自分の頑張りがどこかで、誰かの明日の為になるかも知れない。

 

 そう思うと、寝不足で辛くても朝早く起きれたし、不思議と大変な仕事でも頑張れた。

 ターフの上で走っている時と大差なく、今を輝いてみせた。

 

 そんな新しい生活を送っている折……二ヶ月ほど前に、招待状が彼女の元へ届いた。

 差出人は、トレセン学園でお世話になった担当トレーナーからで、かつてのチームのメンバーたちと、花見でもをしながら旧交を温めよう、という内容の催しだった。

 

 前に一度、彼女の住所を教えてあったが、未だに覚えていてくれており、こうして素敵なお誘いをくれた。

 こんなにも嬉しいことはなかった。

 二つ返事で返信用の封筒の記入欄に『参加する』に丸をつけて送り、当日を楽しみに待った。

 

 それが――今日だった。

 昨日も夜遅くまで仕事だったこともあるが、実のところ逸る気持ちを抑えられず、昨晩あまり寝付けなかったのも寝坊の原因でもあった。

 

 そのぐらい心待ちにしていた。

 あの時、交わした誓いを果たせるその時を――。

 

 ◇◆◇

 

 電車を乗り継ぎ、目的の駅へと到着する。

 そして駅から出て、案内板に導かれるまま歩いていくと、目的地へと辿り着いた。

 

 そこは大きくて広い公園だった――。

 その公園は平日の昼間だというのにシーズン真っ盛りのせいか、同様に花見をしに来た花見客で溢れかえっていた。

 思わず人混みに酔いそうになるが、彼女は招待状に書かれていた地図を頼りに、集合場所を目指す。

 

 人並みをかき分け、どうにか目的地の近くまで行くことができたが、周囲の花見客に混じって顔見知りを中々見つけることができずにいた。

 その場でキョロキョロと辺りを伺っていると、男性が彼女の元に近づいてくる。

 そして彼女にとっては懐かしい……聞き覚えのある声で話しかけられた。

「ああ、よくぞいらっしゃいました! こちらですよ、()()()()さん……あ、失礼。今は――()()()()さん、でしたね」

 顔はちょっと老けたかも知れないが――当時と変わらない、清潔感のあるスーツを着こなしている端正な顔立ちを持つ男性が、これは失礼しましたと、苦笑いしながら頭をかいている。

 

 彼女――かつてキョウエイボーガンと呼ばれていたウマ娘は、クスリと軽く笑うと、依然彼から向けられた言葉をそのまま返す。

「そのままで構いないですよ。わたし……あたしはあの時チームの一員だった”キョウエイボーガン”であることに変わりないから……。ね、トレーナー?」

 彼女は片目をつぶってウインクしてみせて、かつての担当トレーナー――長末樹生に目配せをする。

「……これはこれは、一本取られましたね」

 意趣返しに気づき、長末トレーナーはお返しとばかりに屈託のない、爽やかな笑顔をみせる。

 

 なんだか昔の光景を思い出せるやり取りであった。

 あの時と変わらない絆がここにはある。

「おおう、長末ーっ! 何やってんだあ。早くこっちに戻ってきやがれ!」

 そんな感傷に浸っていると、一度聞いたら中々忘れられそうにない、独特の喋り声が少し離れた場所から響いてくる。

「……ボーガンさんが最後に来ましたので、もうみなさんお揃いですよ」

 そう言って長末トレーナーは、手でその先を示す――。

 

 期待で胸が高まる……。

 

 その先に居たのは三人のウマ娘……時の流れを感じさせるように三人ともあの頃とはすこし変わっていた。

 けれどわかる……。

 見間違えることはない。

 

 彼女が知る皆――チームメイトたちが、そこには居た。

「よおボーガン、久しぶりだねえ……あんま背は変わってねえみてえだなあ!」

「ボーガン姉御、お久ぶりッス……ってルーブル姉御、再会の最初の言葉がそれってあんまりじゃないッスか……。あとマーチ、食べてばっかいないでお前も挨拶するッス!」

「うん? あ。ボーガンちゃんだ~、おひさ~。マーチはまた会えて嬉しいよ~。あとこれミッキーが用意した食べ物だけど一緒に食べる~?」

 ゆっくりと皆の元へ近づくと、三者三様に声をかけられる。 

 そしてあの時のままと変わらない、やり取りを交わす。

 

「みんな……久しぶり!」

 目一杯の笑顔を見せると、彼女は三人の元へ駆け出す。

 

 最後に交わした約束……それをきちんと果たせた。

 こうしてまた笑顔で再会することができた。

 

 今は共に楽しもう。

 いつか一緒に騒いでいた時のように……。

 その時だけは、トレセン学園にいた時の『キョウエイボーガン』に戻っていた。 

 

 

 来たる未来は自分次第、運命だってこの手で変えられる。

 幸せは、きっとここにあるから――。

 

 桜の花びらが咲き、散り始める季節……。

 出会いがあれば、別れも来る。

 終わってはまた始まる、始まりのための終わり。

 

 運命のあの日――。

 大きな変革をもたらしたあの大舞台――。

 

 良いことばかりではなく、辛いことや心が折れてしまったことや色々あったけれど……あの日あのレースに出て走ったからこそ、今日に繋がっている、未来に続いている。

 レースにでなくてもこの道を――自分の道をちゃんと走っていける。

 

 そう思える人生(これから)にしていこう。

 胸を張って前を向いて進もう。

 

 かつて自分がターフの上で駆け抜けたことは忘れない。

 当時の名前はもうなくなってしまったけど……かけがえのない大切な思い出としていつまでも大事にしている。

 そして今という自分に刻んでいく……この道を歩んでいく。

 

 紆余曲折の末に……数奇な運命の果てに、たどり着いた結末(みらい)――。

 しかしこれで終わりではない。

 道はまだ続いていく。

 

 これからも紡いでいこう、自分だけの物語を……。




遅くなりましたが、これにて完結となります。
読んでいただいた方には、厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました!

またいつか別の作品を投稿できたらいいなと、思います。
それでは・・・。
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