あのチーム対抗レースの後から、キョウエイボーガンとヒダカベルベットは教室以外のトレーニング場などでもよく絡むようになり、時折併走トレーニングを一緒に行っては、
「最初にゴールするのはわたくしですわ、ボーガンさん!」
「あたしだって負けないよ、ベルベット!」
「「はあああぁぁぁ――!」」
といったように、レース本番さながら競い合う姿も見られた。
二人は同期というのもあり、良きライバル関係を築き上げていき、そして互いに刺激しあっていた。
二人であの時交わした約束――。
”共に
そんな騒がしいのやら賑やかしい日々を過ごしながら、二週間ほど月日は経過する――。
この日、ボーガンは戦いの舞台に挑んでいた。
「はっ……はっ……はっ……!」
鹿毛色のボブカットヘアーの小柄なウマ娘――キョウエイボーガンがターフの上を駆けていく。
ようやく巻き返し、先頭の位置についたボーガン。
最終コーナーまでずっと先頭を取られ、思ったように調子が出なかったが、この最終局面でトップを奪い取れたのは上々である。
芝、一六〇〇メートル。白藤ステークス。
前回復帰戦を勝利で飾った同じ、阪神レース場で繰り広げられているこのレースは、すでに終盤を過ぎ、残すところは仁川の坂と最後の直線だけ。
(――ここで一気にッ!)
後は突き放すのみ……力を込めて芝の大地を蹴り上げると、溜め込んでいた脚の余力を解き放つ。
「はあぁっ!」
いつ二週間ほど前に走ったコースなので、スパートを掛けるタイミングはすでに把握済みだ。
心臓破りの急な坂道をグングンと突き進んでいく。
「……ク――ッ!」
過去に制覇したとはいえ、急激な負荷に、ボーガンは肺が潰れ上がりそうなほど息苦しさを覚える。
しかしこの程度で足を止める訳にはいかない。
ここで失速してしまえば、追いつき追い越そうと駆け上がってくる後続にスキを与えてしまうからだ。
余力を削られながらも、ボーガンはピッチを上げて、坂を駆け登る。
そこを登れば終着点はすぐそこだ。
「――やあああぁぁぁ!」
坂道を登り終えてすでにスタミナは付きかけているが一息つくことも許されない。
渾身の力を振り絞り、最後の直線を、腕を振って脚を動かし続けて駆け抜ける。
ただ一つのゴールへ目掛けて――。
『今、先頭がゴールイン! 三番キョウエイボーガン、そのまま逃げ切りました!』
雌雄は決した。
猛追の手から辛くも逃れ、そのまま一着を死守した。
復帰戦に続き、ボーガンは勝利を収めた。
◇◆◇
「ぽけ~~~」
激闘の復帰二戦目から明けた翌週――。
キョウエイボーガンは、ひとり道端に佇み、口をあんぐりと開けながら天を仰いでいた。
すでに季節は梅雨シーズン真っ盛りで、このところ雨が降っては止んでのご機嫌な斜めな空模様が続いていた。
だがたまの休日の日曜日――人々の願いを成就したかのように、物の見事な青天となった。
往来では晴天のためか、休日を満喫しているかのように、多くの人が行き交っている。
(ハッ、そうだった……。こんな所でぼーっとしてる場合じゃなかった……)
初めて訪れた大型ショッピングモールのそのだだっ広さに、ついあっけにとられてれ、数十秒ほどは呆けてしまっていた。
(見てこいって言われたし……。行かなきゃ、だよね……)
ふいにため息が溢れる。
傍から見ても、あまり乗り気ではないのが見て取れる。
あまり休日に外出をしないボーガンには珍しく、トレセン学園から離れた都内の大型商業施設に一人で出かけていた。
なぜこのような場所に一人で赴くこととなったか……それは遡ること数日前――。
***
「ボーガンさん、この後、お時間よろしいですか?」
「……ん? 別にいいけど、どうかしたの?」
外周走り込みから戻ってクールダウンをしている最中、ボーガンは長末トレーナーに呼び止められる。
「少しお伺いしたい点がありまして……ここで立ち話もなんですので、部室の中までよろしいでしょうか」
「う、うん……」
何だか深刻そうな顔つきの長末トレーナーの表情に、何事かとつい緊張が走る。
もしかして周囲に聞かれたくないような悪い話なのだろうか……とボーガンは邪推してしまい、ぐるぐると思考を巡らせながら、黙って彼の後を追い、チームの部室へと移動する。
「ご足労いただきありがとうございます。この間のレース結果も踏まえて、ボーガンさんの今後の出走方針について相談させていただきたいのですが――」
お互い座に着くと、早速とばかりに長末トレーナーが切り出してくる。
「…………」
先程トレーナーが淹れてくれたお茶をすすりながら、無言で話の続きを待つ。
以前脚を怪我してしまった事もあり、レース後には必ず検査を受けることにしているのだが、もしかして何か悪いところが見つかったのだろうか……そんな一抹の不安に思いを馳せる。
「そろそろGⅠにも手が届く範囲ですので……勝負服のデザインを決めませんか?」
「――へ?」
あまりにも予想外の言葉に、気が抜けて呆気にとられてしまう。
そんなボーガンの様子もお構いなしに、怒涛のラッシュが始まる。
「この調子で勝ち進んでいけば、早くても今年の秋にはGⅠに出走できると思います。そこで問題になってくるのが、勝負服です。何せ発注から仕上がりまで時間がかかりますからね、慌てて用意する事が無いよう、今のうちにデザインを決めてしまいましょう!」
いつになく雄弁を振るう長末トレーナーの勢いに思わずたじろいでしまい、
(――え、え? GⅠ? あ、あたしが?)
何一つと実感を伴わない単語に、一体何の事を話しているのやらさっぱりであったが、途中からようやく思考フリーズ状態から復帰出来き、まだまだ筆舌に尽くし難い長末トレーナーの制止にかかる。
「ちょ、ちょっと待って! あたしがGⅠなんてそんな事全然考えたことないし……。それに勝負服だなんてそんな急に言われても……」
トレセン学園に通うウマ娘なら誰しもが夢見たGⅠに出走――その舞台を彩るのは、色とりどりの勝負服を着たウマ娘たち。
ボーガンも例外もなく憧憬を抱いてはいたが、今は純粋にレースに出れて走れるだけで満足で、その先の未来の光景など、まだまだ見えていなかった。
それ故に、急に勝負服のデザインなどと言われても、何も思い浮かばない。
「ノープロブレム」
まるでその焦燥を見透かし、それを振り払うかのように長末トレーナーは、自分のスマホの画面をボーガンに見せながら告げる。
「……これは?」
そこに映し出されていたのはショッピングモールのキャンペーン告知ページであった。
「今こちらの店ではウマ娘勝負服フェアが開催されており、そこには有名ウマ娘の勝負服を再現した物が色々あるみたいですよ。まさにデザインの参考にするにはうってつけです!」
つまるところ彼が言いたいのは……そこで他の勝負服のデザインを見てきて、イメージを固めてこい、といった塩梅だろうか。
「そのなんていうか、そういうのに慣れてないっていうか……全然わかんないし。それに選べないっていうか……。なんなら市販品のと同じデザインでもいいし……」
日用品やトレーニング用品でもそうなのだが、ボーガンはあまり物に頓着がない上に、いざ何かを決めて選ぼうとなると、物凄く優柔不断であった。
そんな訳でなんとか理由をつけて拒もうとしたものの、
「それではいけません! 勝負服といえばウマ娘の花であり顔! 他のと同じデザインなどとナンセンス! 大事な一張羅はやはり唯一無二、オンリーワンでなければッ!!」
「そ、そうですね……」
長末トレーナーが見せたことのないグイグイと来る気迫に、一方的に気圧されてしまう。
「期間限定のフェアですので、善は急げという言葉の通り、早速次のお休みの日にでも行ってみて下さい。そして是非とも勝負服のデザイン案を今度聞かせて下さいね?」
「ア、ハイ……」
と、有無を言わせない長末トレーナーの妙な勢いと圧に、押し切られる形となってしまった。
***
――といった経緯で今日は長末トレーナーに紹介されたショッピングモールに来ている。
長末トレーナーから紹介を受けた際、「私も一緒に行きましょうか?」と、提案があったが、あの変なテンションで絡んできそうなのは何となく察したので、丁重にお断りした。
(えっと……。売り場の位置は……と。あった、あった。なんか人も多いし、ちょっと迷いそうだなぁ……)
スケール感に圧倒されつつ、まるで迷宮の地図のような書き込み量の案内板を釘入る様に見つめながら、目的地を探す。
場から浮いている訳では無いが、どうにも慣れていない、そんな印象をボーガンの挙動から受ける。
それは無理もない話で、トレセン学園に通ってからというものの、こういうたまの休日はいつも自主練か勉強に励むといった、年頃の女の子にしてはあまり華のない暮らしを送っていたからだ。
道中、色々な興味を惹かされるものに目を移りさせながらも、最初に確認した案内板の記憶を頼りに、ようやく『ウマ娘勝負服フェア』の売り場まで辿り着く。
「――うわ、すごっ」
店中に入ったところで思わず感嘆が漏れた。
躍動感あふれるポーズをとっているウマ娘のマネキンがあちこちに配置され、これでもかと勝負服のレプリカがずらりと展示されている。
それらはすべて実際にウマ娘の勝負服を仕立てているメーカーの協賛もあってか意匠を凝らしており、ほぼ本物といっても過言ではない完成度であった。
まさに多種多様……色んなウマ娘が着ていた勝負服がある。
どれもこれも目が奪わ、キョロキョロと目配せしていると、ある一点が視界に写った時、ボーガンは我が目を疑った。
「え、うそ……。こんな恥ずかしい格好で走るの……?」
おもわずその勝負服を手にとって、じっくりまじまじと眺めてしまう。
それは勝負服と呼ぶにはあまりにも露出が際どく、布面積が胸元や腰回りしかない、もはやただの水着にしか見えないビキニタイプの勝負服であった。
「――お客様、このデザインよくお似合いですよ。試着もできますので、よろしければいいかがでしょうか? おすすめですよ♪」
と、どこからともなくニコニコと笑顔を振りまきながらシュバってきた店員にそう話しかけられる。
(……こ、これを、あ、あたしが――っ!?)
着ている姿をつい想像したボーガンは、顔を真っ赤に染める。
プライベートで着用するならまだ個人の趣味の範疇とも言えるだろう。
しかし大衆の面前にあえてこの格好を晒すなどと、どんな羞恥プレイというのだろうか……ボーガンはこれを着てみた自分のヴィジョンを、頭をぶんぶんと揺さぶって振り払う。
「い、いえ! 結構です!!」
手に取っていた商品を急いで元に戻すと、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
(あ、焦った~~)
からくも脱出に成功し、一安心する。
その後も先程のように、店員に試着を勧められないよう、小さな体躯を活かしながら、身を潜め見て回る。
数ある勝負服のデザインの中で、どれを参考にしようかなかなか決められずにいるが、唯一、心に決まっている事があった。
『……ビキニは――ない!』
それぐらい、あのビキニの勝負服には強烈なインパクトを受けていた。
しかし一体、あんな攻めた勝負服など誰が着ていたのだろうか……というか、冬でもあの格好で走るのだろうか。
沸き起こる疑問は尽きないが、自分は普通のでいい、至ってシンプルで機能性を重視したもので……そんな言い訳じみたことをボーガンは念仏のように唱えた。
だが心の奥底では、もっとスタイルが、もっとプロポーションがよければ……特にとある部分のボリュームがあれば……そういう後ろ暗い感情が渦巻き、何か精神的な敗北感を植え付けられたのだった。
◇◆◇
ただ見ているだけで買うつもりもないのに、長い間とどまり続けているというのも冷やかしがすぎるので、ざっと見渡した後は売り場を離れ、別のフロアに移動してベンチに腰掛ける。
「…………なんか疲れた」
さっき寄ったカフェでテイクアウトしたカフェラテを飲みながら一息つく。
店内に居たのは、時間にして一時間も経っていないが、妙な倦怠感を覚えていた。
それだけ目まぐるしく思考を巡らせた結果なのだろう、普段ならまず飲まないような甘ったるい飲み物がつい飲みたくなってしまった。
「うっ、甘い……」
飲んで一口で、自分の衝動的な行動に少し後悔するも、だからといって捨ててしまうのはもったいないので、口に広がる甘みに耐えながら、ちびちびと口をつける。
(……そういえば、そろそろお昼時かな?)
腕時計で時刻を確認すると、ちょうどランチタイムに差し掛かかるであろう時間帯。
このフロアに飲食店が多いためか、すでに辺り一帯、人で賑わい始めていた。
(用事も済んだ事だし、寮に戻ろうかな……)
せっかくなのでここで昼食をとも一瞬考えたが、さすがの休日のこの混雑する時間。
すでに目ぼしいレストランなどは入店待ちの人だかりが出来ていた。
ここで待ち時間をかけて昼を取るよりも、帰ってトレセン学園のカフェテリアに行った方が無難である上に、そこら変の店と何だ遜色のないクオリティの食事が出てくるのだから尚更だった。
「――ん?」
たまには日替わり定食以外のメニューを頼んでみようかと、今日の昼食に思いを馳せていると、わずか先に居る、長女の片手二本ずつに手を繋いだ、仲睦まじい感じの和気あいあいとしている三人の姉妹たちが、ふと目に映る。
「ねぇねぇベルベットお姉ちゃん、お腹すいた~。エビフライが食べたい~!」
「ベルベットお姉ちゃん、わたしはハンバーグがいいー!」
元気いっぱいの小学生ぐらいの小さなウマ娘の女の子二人が、姉に話しかけている。
(あれ、なんかさっきベルベットって聞こえたような……?)
気のせいかボーガンには覚えのある、クラスメイトでクラス委員長の名前が聞こえた。
「さっきのファミレスの順番待ちに書いたから、もうちょっと待っててねー」
妹二人に挟まれている黒髪のポニーテールのメガネをかけたウマ娘が、妹たちをなだめるように諭す。
「あきた~。ベルベットお姉ちゃん、遊んで~」
「あーずるーい! わたしもわたしもー!」
退屈だから構ってと言わんばかりに両サイドから握られた手ごとブンブンと振られる。
日常茶飯事なのか、慣れた様子で長女は頭を繋いだ手を離し、その手で二人の頭をなでて落ち着かせる。
「はいはい、お願いだから、いい子にしててねー」
(気のせい……? けど……)
その身なりは何の変哲もなくごく一般的、むしろかなり没個性的というか、はっきり言って地味といえた。
彼女の私服姿を一度も見たことはないが、普段から綺麗な髪飾りなどをこしらえていて、いかにも『育ちがよさそう』というあの絢爛な雰囲気がまるでない。
ボーガンの知る彼女の姿とはかけ離れていて、他人の空似かと思えたが、しかしそれだけでは説明出来ないような、背丈や顔の輪郭や目元などをよく観察すると、どこか見覚えがあった。
「………じー……」
半信半疑で視線を向けていると、ボーガンの視線に気がついたのか、その姉と目が合う。
「!?」
恐らく、向こうもこちらの存在に気がついたはずなのだが、
――プイッ。
と、不自然にも、即座に顔をそらされた。
明らかに自分の顔を見て、一瞬ギョッとさせたのをボーガンは見逃さなかった。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、お手洗い行ってくる。すぐ戻るから、ちゃんとここで待っててね!」
妙にうわづった声を上げながら、まるで逃げ出すかのようにこの場を立ち去る。
「…………」
もはやこの段階で疑惑から確信に変わっており、これ以上追求する意味は殆どなかったが、それでもボーガンは確かめずにはいられず、彼女の後を追ってトイレまで移動する。
中に入る様子を伺うと、ただひたすらに洗面台で、まるでアライグマになったかのように手を洗い続けている彼女の姿を目撃する。
その顔は少し青ざめており、「どうしよう……どうしよう……」と、時折ぼやいているのが聞き取れた。
「……あのー……。もしかして、委員長……?」
「なッ――わたくしはヒダカベルベットですわ!」
つい条件反射で反応してしまったのだろうか、顔を振り向きながらいつもの彼女らしい態度が返ってきた。
「――ハッ!」
その直後、「しまった!」と、ヒダカベルベットは慌てて口元を押さえるもすでに遅し。
「や、やあベルベット。き、奇遇だね……」