「――という事があったんだよ……」
年老いたウマ娘が、孫たちにせがまれ、自身の昔話をゆったりとした口調で語りかけている。
普段は一人で住むには閑散としている母屋だが、年末の帰省で家族たちが会いに来てくれて今日は大変賑わっていた。
「「わぁ……」」
二人の姉妹の小さなウマ娘は、祖母の話す物語――トゥインクル・シリーズに出走していた頃の話に目をキラキラさせながら聞き惚れていた。
子供たちとってはまさに憧れの夢の舞台での出来事だ。
早く続きを聞きたい……二人は固唾を飲んで祖母が再び語りだすのを待ち望む。
「……………………」
長い沈黙が続く。
しかしいくら待てども、肘掛椅子に持たれかけながら語っていた祖母から続きが聞かされる事はなかった。
「……おばあちゃん…………?」
最初は孫の二人はお互い顔を見合わせて、疑問符を浮かべているだけであったが、どうにも様子がおかしいと不思議がった孫の内一人が祖母に近寄ってよく祖母をよく観察してみる。
すると、祖母は目をつむり静かに寝息を立てていたのだった。
「あっ、おばあちゃん、寝てる……」
「パパー、ママー」
急に黙ったままで動かなくなり驚いたが、単に眠りに落ちてしまったのだが分るや否や、寝てしまった祖母を勝手に起こすのも気が引けたので、とりあえずこの事を伝えに両親の元へ知らせる。
「あらあら、どうしたの?」
子供に呼ばれ、隣のリビングで父親と一緒に年末特番を鑑賞していた母親が顔を出す。
「おばあちゃんが急に寝ちゃったー」
「まだお話の途中だったのにー」
子供二人がそんな愚痴を漏らす。
「きっと、おばあちゃんは疲れちゃったんじゃないかしら? もうこんな遅い時間だし、しょうがないわよ」
母親は二人をなだめるようにそれぞれの頭を手を当てて優しく撫でる。
年の瀬も気がつけば、もう除夜の鐘が聞こえてきそうな時刻へと迫っていた。
それに加え、祖母は歳のせいかここ最近、起きている時間よりも眠っている時間の方が多い。
たまの家族と一緒に過ごす時間がよほど楽しかったのか今日は珍しく長い間起きていたので、つい眠ってしまうのも無理からぬ話であった。
「「ふぁ~」」
祖母の眠る姿に触発されたのか、仲がいいことに、孫二人から同時に大きなあくびが出た。
「ほらお前たちも、もう寝なさい。明日、朝早くに初詣行くんだから、ちゃんと寝ないと」
遅れて父親も子供たちの様子を見に来ると、段々船を漕ぎだしてきている二人の手を引きながらベットへ連れていく。
数時間前は、「年が明けるまで起きてる!」と息巻き、それまで退屈だからと祖母の話を聞いていたのだが、子供相応に眠気には逆らえなかったようだ。
「ふふっ……。なんだか幸せそうな顔しているわね。いい夢でも見ているのかしら?」
祖母は今座っているお気に入りの肘掛椅子でよく眠る事がある。
今ここで起こしてしまうのも申し訳ないので、母親は祖母に毛布をかけてあげたのだが、その時に伺えた祖母の表情がとても穏やかであった。
「おやすみなさい……」
母親は部屋の電気を消して、祖母を起こさないようそっと部屋から立ち去り、子供たちの元へ向かった。
***
長い……とても長い夢を見ていたようだった。
「ここは…………」
気がつくと、見知らぬ場所。
あたり一面の真っ暗闇だ。
どうして自分がここに居るのか、わからない。
まるで今までの記憶を全部失ったかのように、それまでに至った経緯が思い出せなかった。
「あっちに光が……」
まるでトンネルの出口のように、ずっと先に行ったところに灯りが漏れている。
何も手がかりがないので、何かに導かれるようにその光の射す方へと行く。
「――まぶしっ」
そこにたどり着くと、今度は一転、視界が真っ白に包まれ、思わず目を瞑ってしまう。
目を開けた瞬間、我が目を疑った。
「お、ようやく来たかい? 随分と長いこたぁ待たされたもんだねえ」
「ルーブル……先輩?」
なぜ彼女がこのような所に居るのだろう……思考が理解に追いつかずにいた。
「いよう久しぶりだなあ、ボーガン。元気してたかぁ?」
「ボーガン姉御、ボクも居るッスよー!」
「やっほ~ボーガンちゃん、ステイヤーもびっくりの超長スプリントだったね~」
「ラフイン、マーチ……」
バニータルーブルだけではない、そこにはかつての――いや、チームメイトの皆が居た。
「皆、お前さんを待ってたんだぜえ?」
「え?」
それまでこの空間は何もない世界だったはずが、気がつくと、よく知った感触が脚に伝う。
いつの間にかターフの上に立っていた。
「え――? み、皆……なんで……?」
そして視界が開けて気づく。
果たしていつからそこに居たのだろうか。
ルーブルやラフインやマーチだけではなく、ミホノブルボンやライスシャワー、マチカネタンホイザなど――かつてレースで競った自分の同期たちが、この場所に勢ぞろいしていた。
「何をそんなところでぼーっとなされているんですの?」
「委員長まで!」
「ヒダカベルベットですわ――ってこのやり取りも懐かしいですわね」
本当に懐かしく感じる。
同じクラスで、クラス委員長で、ライバルのヒダカベルベット。彼女もここに居たのだ。
「二人とも何してるのー? 後は僕らだけだよー」
「ハヤテ……」
ベルベットだけではない、二度の重賞レースを競い合ったライバルのハヤテも居る。
「ああ、そうでしたわね……。さあボーガンさん、行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
「そんなの……決まってるでしょ?」
にこやかな笑顔から、ハヤテの目が急に鋭くなる。
急な展開にはもう慣れたので驚く事はなかったが、目の前にゲートが突然と現れた。
そしてボーガンにはよく馴染み深いものであった――これは出走前の光景だと。
だがなぜここに……先程から疑問が尽きなかった。
唖然としているボーガンを尻目に、ベルベットとハヤテがゲートの中に入っていく。
「後は、君だけだよ?」
ハヤテがボーガンを誘うように手を伸ばす。
ハヤテだけではない、周囲を見回すと、同様に他のメンバーは皆、ゲートインしており、同じように皆、ボーガンに向けて、手を差し伸ばしていた。
(ああ、そうか……そういう事なんだ……)
理屈などではなく、心で感じ取る。
きっとこれからレースが始まるのだ。
それもこんな強敵だらけの、ワクワクしてしまいそうな大レースが――。
皆、準備はすでに整っている。
後は自分一人が、ゲートに入るのを残すのみだ。
こんな楽しそうな事、手をこまねいている場合ではない。
「さあ――やろうか!」
これからどんなレースが始まるのか、期待で胸を膨らませる。
一目散にボーガンはゲートに入り、いつでも走れる体制を取る。
それを待っていたかのように、皆同じように構えを取り、開始の合図を待つ。
――ガゴンッ!
ゲートが開け放たれる、開幕の調べが鳴る。
それは存在し得ない幻のレースなのかもしれない。
夢や幻なのかもしれない。
しかしこの胸の高まりは止まらない、沸き立つ情動が抑えられない。
『走りたい――勝ちたい――』
この純粋な気持ちには誰にも抗えないのだから……。
ウマ娘たちは今日も駆けていく。
新しい明日へ、希望の未来へ。