キョウエイボーガン ~命運は矢となりて駆ける~   作:エガヲ

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2話:差し出された天運の手 ~前編~

 また選抜レースが行われる時期がやってきた。

 

 担当トレーナーがいなかったり、まだチームに所属していないウマ娘たちにとっては、スカウトを受けられる可能性がある、またとないチャンスの時である。

 

 しかし、誰もが選抜レースに出走できるとは限らない。

 夢を叶えたい、レースで活躍したい……そうい思うウマ娘たちが大勢いるため、毎回選抜レース出走希望者は、多数となる。

 

 そこで何度かに分けての予選――選考会が行われる。

 選考の内容は、順位だけに限らず、レース全体の内容をもって審査される。

 ここでいい結果を残し、勝ち抜いていかなければ、選抜レースに出ることすら叶わない。

 

 キョウエイボーガンもまた、選抜レースの選考会を受けていた。

 

 一度はチームに所属し、メイクデビューを果たした彼女だったが、また一からのスタートとなる……。

 

(……やれるだけのことはやった、けど……) 

 不安材料だった骨膜炎の具合はすっかりよくなり、特に足に違和感もなく、存分に走ることができるようになったはずだった。

 

 選考会の結果が発表される掲示板の前で、彼女は浮かない顔を浮かべていた。

 

 万全を期して望んだはずの選考会であったが、結果を見るまでもなく、一切の手応えがない走りをしていた自覚があった。

 それを裏付けるかのように結果は、一次試験不合格――という厳しい現実を突きつけられる。

 

 一度は突破したこの関門であったが、手も足も出なかった。

 

 足や身体の不調はなく、問題なく走れているはずなのに、なぜか足がついていかない。

 思ったようにスピードがのらない。

 

 スタート直後から先頭に立って、そのままゴールまで逃げ切る作戦を得意とする、キョウエイボーガンにとってそれは致命的だった。

 

 今回の選抜レースの選考会も、レース開始直後の位置取りを失敗して先頭を往けず、そのままずるずると中団に飲み込まれ、終わってみればドベ争い。

 

 彼女はメイクデビューで華々しく勝利を飾った、あの強い走りができなくなっていた。

 

 一時は、怪我の後遺症かと医師にも相談したが、怪我の後遺症はなく、完治していると告げられ、おそらく精神的な問題であろうと、医師からそう診察された。

 

 ◇◆◇

 

「…………」

 出口の見えないトンネル――。

 キョウエイボーガンは、大樹のウロの前で呆然と立ちすくんでいた。

 

 ウマ娘たちが、思い悩んだ時や悔しいことやつらいことがあった時、切り株の空洞の中に向かって思いっきり叫んで、発散させる場所――大樹のウロ。

 

 いっそ思いの丈を、ここでぶちまけられたのならば、どれほどよかったであろう。

 しかし彼女には何もない。何も叫びたい言葉が何も思い浮かばなかったのだ。

 

 以前、この場所を通りがかった時、実際に利用して、どこかすっきりした顔になっていたウマ娘を見かけたことがあったので、それを見習ってみようと立ち寄ってみた。

 しかしご覧の有様である。

 

 いざ切り株の前に立ってみて、何かを思っきり叫んでみようと思うが、何を発すればいいのか思い浮かばず、切り株の空洞をじっと眺めているだけ……。

 

 負けて悔しいという気持ちもある。

 思ったようにうまく走れないという焦燥感もある。

 

 だけど、それを口に出して言い表すことがなぜかできない。気持ちのコントロールができないでいた。

 

(部屋に戻ろう……)

 彼女は、なにか無作為な時間を過ごしてしまったような気分になっていた。

 

 これならまだ体を動かしていたほうが有意義だったと、そう感じる。

 その鬱憤を晴らすわけでもないが、早速寮に戻ってジャージに着替えてトレーニングでもしようと、踵を返そうとしたその時――。

 

「――どうしたんですか? 叫ばれていかないのですか?」

 突如として、キョウエイボーガンの背後から男性の声がする。

 

 いつからそこにいたのだろうか、さっきの今まで人の気配をまったく感じなかったのに。

 それほどここでボーッとしていたのかと、彼女は自分の散漫さに辟易する。

 

(……誰だろ?)

 驚いた形で彼女は後ろを振り返り、男性を姿を視線に捉える。

 

 そこにはシワひとつないスーツを着こなして清潔感を感じる身なりの、歳は二十代半ばほどの、そして女性に人気がありそうな端正な顔立ちをした男性が居た。

 

 学園のどこかですれ違ったかもしれないが、このような知り合いは覚えがなかった。

 

「……と、トレーナーの方ですか……? あたしに、何か用ですか……」

 男の甘いマスクに目が行きがちではあるが、スーツの左胸につけてあるトレーナーバッチを見てすぐに、トレーナーだと気づく。

 

 よもやトレーナーから急に話しかけられるほどの、用事が自分にあるとは思っていなかったので、キョウエイボーガンは、恐る恐る質問をする。

 

「これは失礼しました。私は長末樹生といいます。ここトレセン学園でトレーナーをやっております。以後、お見知りおきを……」

 長末と名乗ったトレーナーは笑みを浮かべ、名刺を差し出しながら、丁寧な自己紹介をしてくる。

「ご丁寧にどうも……。キョウエイボーガンです……」

 その丁寧な対応にキョウエイボーガンも釣られて、名刺を受け取りながら、自分の名前を告げる。

「いえ、用というほどではないのですが、先程からずっとそこでじっとされていたので、少し気になってしまいましてね。……叫ばれてみてはどうです? 意外とすっきりしますよ」

 私はやったことはありませんが、と爽やかな笑顔を見せながらそう付け足す。

 

 どうやらキョウエイボーガンはずっと見られていたようだ。

 大樹のウロで叫ばずにずっと突っ立っているというのが、物珍しく見えてしまったのだろうか。

 

「……なんとなくここに立ち寄っただけで、特に理由はない、です」

 ごまかすように彼女は歯切れの悪い口調で、長末トレーナーにそう答える。

 

 なんとなく立ち寄ったのは事実ではあるが、何かを求めて大樹のウロに来た事には違いなかった……キョウエイボーガンはわずかに表情を曇らせる。

 

 そんな彼女の表情を見て、長末トレーナーは顎に手を当てると一瞬、考えを巡らせる。

 そして視線をキョウエイボーガンに向けながら、静かに語りかける。

「でも……何か悩みを抱えていることがある。だからここに立ち寄った……ということではないのですか?」

 

 見事に心境を察知されて、ドキリとしてしまう。

 トレーナーという職種柄、ウマ娘の繊細な機微を感じ取れるともでいうのだろうか。

 

「……もしよければ私に、話してみませんか? 悩めるウマ娘の相談をきくのも、トレーナーの仕事ですので」

 と言って、長末トレーナーは優しい笑みをキョウエイボーガンに向ける。

 

 彼女にとって、他にこういった悩みを相談できる相手はいない。

 まして普段からウマ娘と接しているトレーナーならば、なにかいいアドバイスをもらえるかもしれない。

 

 藁にもすがる思いながら、先程会ったばかりの長末トレーナーに、メイクデビュー以降うまく走れなくなった、キョウエイボーガンという一ウマ娘の、赤裸々に身の上話をすることにした。

 

 ◇◆◇

 

「なるほど……」

 キョウエイボーガンは、あまりこういったことを人に話したことがなかったので、たどたどしい説明となってしまった。

 

 話を聞き終えると、長末トレーナーは腕を組んで少し思考を巡らせる。

 すると何か的を得たような表情を浮かべた。

 

「ノープロブレム」

 と一言言い放った後、付け足すように、言葉を続ける。

「今、抱えている問題の答えは、すでにあなたの中にありますよ」

 爽やかに笑いかけながら、親指を立てて見せる。

 

 しかしキョウエイボーガン自身には、『答えは自分の中にある』と言われても、まったくなんのことなのかさっぱりであった。

 

「――え? どういう……」

「自分の走り方というものは、意識せずともできるものです」

 車はアクセルを踏めば走るように、走りたいと思えばそれに身体は反応するようにできている、と長末トレーナーは説明する。

 

「調子が出ないのはおそらく、走る目的を少し見失っているからでしょう。あなたが一体何のために走るのか……それを思い返してみてはいかがでしょうか?」

 

「…………」

 自分が一体何のために走るのか、彼女はそれまであまり考えたことはなかったし、いきなりそう言われても答えは出ず、キョウエイボーガンは押し黙ってしまう。

 

「論より証拠……というものですかね……」

 そんな思い悩んでいるキョウエイボーガンのその姿を見て、長末トレーナーはぼそりとそう呟く。

 

 そして意を決したかのように、明るめのトーンでキョウエイボーガンに話しかける。

「ボーガンさん! これから少しお時間よろしいでしょうか?」

「え――あ、はい。大丈夫ですけど……?」

 急に呼ばれて驚くキョウエイボーガン。

 

 そしていつの間にか、長末トレーナーから『ボーガン』と、親しみを込めた呼ばれ方になっていた。

 

「それでは行きましょう――!」

「い、行くって、どこへ……?」

 突然のこと過ぎて、理解が追いつかないキョウエイボーガンであった。

 そんな彼女をお構いなしに、長末トレーナーは人差し指を唇に当てながら、こう言った。

 

「それは……行ってからの、お楽しみです」

 

 ◇◆◇

 

 なんとなく勢いにつられて、ついていってしまった。

 

 どこに行くのか、何をしに行くのかも告げられず、黙って先程知り合ったばかりの男性――長末トレーナーの後をついていくキョウエイボーガン。

 

 ふと、なぜだかわからないが、昔を思い出していた。

 それはキョウエイボーガンが幼き頃の遠い日々の記憶――義理の祖父と一緒に散歩をして、歩いていた時の事だった。

 

『人とウマ娘の走る速度は違うけど、歩く速度はそう変わらんねぇ』

 義理の祖父が、そんなことを話していたのを思い返す。

 

 人とウマ娘……違いはあれど、たしかに家族の絆がそこにはあった。

 もうそんな日は訪れないのだと、どことなく物悲しい気持ちに包まれた。

 

「さあボーガンさん、着きましたよ」

 そんな思い出に浸っていたら、いつの間にか目的地についたようである。

 

 目的の場所に、どこか見覚えがあった。

 それはどこかのチームの部室のようだ。

 それが部室だとわかったのは、以前チームに所属していたので、同じような建物を知っていたからである。

 

「ようこそ! こちらが私たちのチームの部室ですよ」

 長末トレーナーは部室のドアを開けて、先に中に入り、キョウエイボーガンも入るよう手招きする。

 

 なぜチームの部室に案内されたのか、今の状況を理解できなかったが、「どうぞどうぞ」と催促されるまま、キョウエイボーガンは部室へと入ることになった。

 

 その中は、手狭というほど狭くもないが、けして潤沢に広くもない、七名くらい詰め寄れたら御の字と思えるほどの、そんな空間だった。

 

 おそらく長末トレーナーのチームのウマ娘なのだろう、その中には三名のウマ娘が居た。

 

 彼女らはここで雑談をしていたようだが、そのうちの一人は、机に突っ伏して寝息を立てている。

 

 長末トレーナーとキョウエイボーガンが中に入ってくるに気づくと、その中のひとりのウマ娘が声を上げた。

「お? なんでえ長末。そこにいるのは、新人かい?」

 妙な独特な訛りのある口調でしゃべる、小柄な長い赤茶色の髪のウマ娘が威勢よく喋りかけてくる。

 

「ええ、そうですよ。ルーブルさん、あなた方と同じく逃げ脚質を得意としている、キョウエイボーガンさんです」

 長末トレーナーがそう答えると、ルーブルと呼ばれたウマ娘は、キョウエイボーガンを値踏みするように、じろじろと観察し始めた。

 

 腰まで長い伸びた赤茶い髪を持ち、前髪のメッシュが入っているこのウマ娘の名は、バニータルーブルという。

 

 長末トレーナーのチームの一番の古株で、昨年のティアラ路線の一角であるオークスを優勝したGⅠウマ娘であった。

 キョウエイボーガンより一つ年上の先輩で、高等部にあたる。

 

 ちなみに身長については、キョウエイボーガンよりはやや高いが、一般的に見れば同等に低かった。

 

(なんかチームに入る流れになってる……?)

 話の流れについていけていないキョウエイボーガンであったが、なんとなく長末トレーナーは、自分のチーム入れさせるために連れきたのだと、察し始めた。

 

 先程まで、長末トレーナーのチームに入るなどまったく聞いていない事柄だ。

 いまいち長末トレーナーの考えていることがわからない。

 

 これはどういうことなのだと、長末トレーナーに問いただそうとキョウエイボーガンは声を上げようとした。

 しかし、バニータルーブルにそれを遮られる。

 

「おいおい、長末さんよお。こんなチビ助で、ちゃんと走れるんだろうねえ?」

 その言葉にキョウエイボーガンは少しムッとした。

 

 実のところ、背が小さいことを多少コンプレックスに感じている節があった。

 すでに高等部であるが、キョウエイボーガンはまだこれから身長がのびると、未だに信じている。

 

 まして自分と大差ない身長のウマ娘に、『チビ助』などと、言われる筋合いなどないのである。

「ノープロブレム。彼女はすでにメイクデビューで走って、勝利されていますので」

 長末トレーナーがそう説明すると、「ふうん」と、バニータルーブルはあまり納得していないような感嘆を漏らす。

 

 長末トレーナーには一通りの事情は話してある。

 メイクデビューを勝利した後、連敗続きであることも――。

 

 キョウエイボーガンの預かり知らぬところで進んでいる、チームに加入するという流れに戸惑いつつも、彼女にとっては悪い話ではなかった。

 

 チームに所属できるということは、つまりレースに出走することできることだ。

 有力なウマ娘ならいざしらず、スカウトを待つ身としては願ったり叶ったりである。

 

 ただ入るチームはよく考えてから、決めたい。

 また必要なくなったら追い出される……そんな経験はそう何度もしたくはなかった。

 

 長末トレーナーの真意をまだつかめない。

 なぜ悩みを相談しただけなのに、チームに引き入れようとしたのか。

 

 その疑問をはらすために、長末トレーナーに問いかけようとしたが、今度は別の、白髪のショートヘアーのウマ娘によって遮られた。

 

「あのぉミッキー……この方って、確かデビュー戦以来連敗中で、調子を落としまくっているっていう噂の方じゃないッスか……?」

 先に部室に居たウマ娘の一人が、長末トレーナーの近くに寄って、小声で聞こえないようにひそひそと長末トレーナーに耳打ちをする。

 

 この少しボーイッシュな印象を受ける、白髪のショートヘアーのウマ娘の名は、オーサムラフインという。

 

 バニータルーブルと同様、長末トレーナーのチームの一員で、デビューを控えたまだ中等部のウマ娘。

 キョウエイボーガンの年下、後輩にあたる。

 

 ちなみにバニータルーブルやキョウエイボーガンよりも、背が高かった。

 

 気を使ってくれたのかもしれない、しかしあまり距離が離れていなかったせいもあるが、キョウエイボーガンの耳にも、しっかり届いてしまっていた。

 

 レースの成績の話は、ウマ娘たちの間でよく話題に持ち上がる。

 メイクデビューで颯爽と勝利を飾ったが、その後調子があがらず二連敗……。

 挙句の果てには怪我をしてチーム除籍と……そういった話題性では、キョウエイボーガンは少し有名になっていた。

 

 耳打ちされた長末トレーナーは、オーサムラフインの心配を払拭させるかのように、微笑みを浮かべながら「ええ、存じ上げていますよ」と、織り込み済みだと答える。

 

「……なんでえ、それってただの”フロック(まぐれ)”って奴じゃあねえかよ……」

 オーサムラフインと長末トレーナーのやり取りが聞こえていたのは、バニータルーブルも同じだった。

 不愉快そうに、独り言というには声量が大きい声で、そうぼやいてみせた。

 

「――っ!」

 あえて聞こえるようにつぶやいたのだろう。

 その言葉にキョウエイボーガンは、口惜しそうに唇を噛みしめると、思わずとっさにバニータルーブルを睨みつける。

 

 そんなことを言われるのが、悔しかった。

 何か言い返してやりたいと思った。

 

 しかし事実であることに変わりはなく、返す言葉が出ない。

 

 競争の世界(レース)は結果がすべて……実力を示すには、結果を残すしか術はないのである。

 

「へえ……。その目は、なんか文句があるって面だねえ……」

 楽しそうにニヤリと笑うと、負けじとバニータルーブルも、顔と顔が接触せんばかりにキョウエイボーガンの目の前に詰め寄って、睨み返す。

 

 お互いの視線と視線がぶつかり合う――。

 一触即発の空気が流れる。

 

「ちょちょ……ケンカはまずいッスよ、ルーブル姉御! ボーガンさんも、姉御を刺激しないでくださいッスよ!」

 そんなピリピリとした緊張感に耐えられず、オーサムラフインが仲裁に入ろうと、二人の間でアタフタとする。

 

 元より、気性が荒くて喧嘩っ早いバニータルーブルは、これまでにも多少なりとも問題を起こしている。

 あわや停学となりかけた事もしばしば……。

 これ以上厄介事を起こさないようにと、オーサムラフインも必死だった。

 

「ミッキーからも何か言ってくださいッスよぉ~」

 そう涙目になりながら、長末トレーナーに助けを求めるオーサムラフイン。

 

 そう助けを乞われた長末トレーナーは、顎に手を当てて「そうですね」と、少し考え込む。

 そして名案を思いついたのか明るい声でにこう提案をしてきた。

「では、実力を確かめるためにも、模擬レースで入部テストしてみてはどうでしょう!」

 

 またしても突然の展開である。

 

 しかし『火事と喧嘩は江戸の華』と言わんばかりに、バニータルーブルは、いの一番で声を上げた。

「面白れえ、乗ったぜ! ”オレら”が直々に相手してやるぜえ!」

 オーサムラフインの首に腕を回して、肩を組みながら、キョウエイボーガンに向かって叩きつけるように言い放つ。

「ええーっ! ボクも参加するんッスか?」

 そんな乗り気のバニータルーブルと正反対に、オーサムラフインは巻き込まれて嫌そうな顔であった。

「ったりめーだろ! ラフイン、おめーもチームのメンバーなんだからよお」

「そ、それならマーチでいいじゃないッスかぁ~。ボクは別に、勝負なんてやりたくないッスよぉ~」

 こんな騒ぎになっても、まだ気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている、黒髪のところどころ毛先がはねたポニーテールのウマ娘の方を指差す。

 

 仮にもメイクデビューを制している相手にするなんて、まだレース出走経験がないオーサムラフインには、荷が重いと感じていた。

 

 もっともレース経験がないのは、今そこでスヤスヤと寝ている、黒髪のポニーテールのウマ娘――アントレッドマーチも同じであったが。

 

「マーチはあれだ……今寝てっし、それに病み上がりだからいいんだよ!」

 オーサムラフインは「そんな~」と諦めたような泣き言をあげる。

 

 そんな彼女を尻目に、バニータルーブルは、キョウエイボーガンの目をまっすぐ見ながら、こう問いかけた。

「――で、お前さんはやるのかい、やらねえのかい?」

 嫌なら逃げてもいい、まるでそんな言葉を目で語りかけてくるように、不敵に笑みを浮かべている。

 

 安い挑発だ、そうキョウエイボーガンは思った。

 しかし言われっぱなしで、このまま終わりたくはない。

 

 チームに入る入らないに関わらず、ここで黙って引くほどキョウエイボーガンは、臆病ではなかった。

 

 そして自分がけして『フロック(まぐれ)』などではないことを証明してみせる、そう決意していた。

 

「……わかりました。やります」

 

 わけもわからず連れてこられたチームの部室。

 なぜかなりゆきで、チーム加入をかけた模擬レースをすることとなった。

 

 だが、やるからには負けたくはない。

 

 己のプライドをかけた、意地と意地のぶつかり合いが、行われようとしていた。


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