ゾワリ、と全身の毛が逆立った。冷や汗が止めどなく流れていく。
強い。
ただそう思うしかなかった。
覇気が出ているわけでもなければ威圧感があるわけでもない。なのに、『強い』。そう思った。
「僕は白露型駆逐艦『時雨』。これからよろしくね」
彼女もまた、私を見て少し驚いた後、手を差し出してほんわりと笑った。───その笑みに、私は射抜かれた。
愛しい。その感情のみを含めた笑み。その笑みに、私は驚き、そして見惚れたのだ。
私は小さい頃から人の機微に聡かった。ただその人の所作を見るだけで、感情や思いを読み取れた。もちろん、しっかりと感情を読み取れるわけではない。度々間違えることもあるし、分からないこともある。大抵間違えても分からなくても問題にはならないけれど。
だからこそ、大きくなるにつれて嘘や偽りで塗り固められた人々の思いを感じとり、私は疲れた。
艦娘という存在が現れて、私は彼女らのことが気になった。人では無い彼女たちは、何を思うのだろう、と。もしかしたら人よりも、心が綺麗なのかもしれない。そんな期待と好奇心を胸に、海軍の門戸を叩き、提督を目指した。幸い、提督適性があった為に提督になれないと言う事態は無くなった。養成校で必死に勉強して、首席で卒業した。そして、彼女らを見た。彼女らには……失望しか、無かった。
艦娘は私たちに、失望していたのだ。
どうして、そう思った。だけど、それも当然だった。何故なら、彼女らの扱いが極端に悪かったからだ。
彼女らが私たちに失望するのも、仕方がないと言えた。
私は多くの艦娘を見た。やっぱりその多くが失望し、恨み、憎んでいた。中には感情を殺していた子もいた。
悲しかった。期待していたものを見ることができなくて。それをなしたのが私たちだという事実に。
そうして希望を失って。ただ仕事をして生きているのみとなった。そんなときに、私にこの話が来たのだ。
優秀な人材を遊ばせておくわけにはいかなかったのだろう。とある事件をきっかけに方針を切り替えた大本営は、私に最前線ではないにしろ、そこそこ危険性のある鎮守府の立て直しを命じた。
そうして、今ここにいる。そして、私は人生で初めて、『愛しい』だけを込めた笑みを見た。見惚れるしか、なかった。
この笑みを潰してはならない。無くしてはならない。そう、確固たる信念ができてしまうほどに。
「……私は橘桜。階級は中佐で、これから貴女の提督になる者よ。よろしくね、時雨」
なんとか我を取り戻し、手を差し出して握る。
「……うん。これからよろしく」
何かを確かめるように私の目を見て、一つ頷く。
「それじゃあ僕は行くね。ここに居たらお邪魔だろうし」
そう言って時雨は素早く全員に目を向けてから最後に私を見て、去っていった。
「……」
執務室を、静寂が支配する。
彼女たちが私に向ける感情は様々だ。
悲哀、後悔、嫉妬、憎悪。そして───期待と憧憬。
それを向ける理由が今は分からない。わからないが……いつの日か、彼女のような娘が多く笑顔になれる鎮守府を作ろう。私は、そう誓った。その為にはまず───着任の挨拶をしなければならない。
私は悠々と執務机へと向かい、机に手をつき、宣言する。
「これより、提督が柱島鎮守府に着任した。艦隊の指揮に入ります。……宜しくね」
私、橘桜は。必ずこの鎮守府を、笑顔あふれる鎮守府にしていきます。
時は過ぎ、夜。
提督の放送により、今週を含めた二週間は哨戒も任務もしない完全な休みを艦娘らは知らされた。更に続けて提督着任の挨拶と共に宴会を行うことも。
宴会会場は食堂。全艦娘を収容してもなお広い場所であるからだ。
そこで、全ての艦娘が勢ぞろいしていた。
彼女らの視線の先には、今新任の提督がいる。巷で才女と謳われた彼女は、大本営から遣わされた提督だ。彼女らが提督を見る目には憎悪ではなく、疑心にあふれていた。
桜は前方の台からそれを見て、驚いた。普通ならば彼女らの受けた仕打ちは憎まれても仕方がないと言えるからだ。それ故に彼女は
「こんばんは。今夜は私の為に集まってくれてありがとう。強制ではなかったのに、まさか全員が集ってくれるとは思わなかったわ。私は橘桜。階級は中佐で、これからあなた達を指揮する提督よ。今は疑心に溢れていることが多いでしょう。中には憎んでいる娘もいるかもしれない。嫌悪している娘もいるかもしれない。それでも、私はここで誓うわ。あなた達に不当な扱いはしない。絶対に。私の目標は笑顔あふれる鎮守府よ。まだまだ若輩者だからその目標を達成するためにはあなた達の協力が必要不可欠だわ。だから、私にどうか、力を貸してください」
桜はその場で頭を下げた。それを見て多くの艦娘が驚く。ここまで親身に艦娘のことを考え、更には頭まで下げる上司。だが、ここで動く艦娘はいない。裏切られたら、そう考えると動くことができないのだ。
誰も何も言わない。そのことに少し恥ずかしいと思った桜は、空気を切り替えようと頭を上げようとした。その時。多くの艦娘の中から、一人。頭を下げている彼女に近づいた。その足取りは軽く、何も心配していないかのような、これからが楽しみだと言わんばかりだった。
「提督。頭を上げてください。貴女が頭を下げる理由がありますか?」
その声音は、慈しみがこもっていた。泣きそうな子供をあやすかのように。
「提督。一言、こう言えばいいんです『私についてこい。そうすれば、素晴らしい景色を見せてやる』ってね。それだけで、僕たちはついていきますよ」
その言葉に、誰も何も言わない。それは、彼女が絶対的強者だからではなく。彼女の思うこと、考えること、成すこと全てが、艦娘らの総意であるからだ。だから、誰も何も言わない。ただ、彼女に従うのみなのだ。
「時雨……。ありがとう」
桜は顔を上げ、時雨に礼を言った。桜の目は、少しだけ潤んでいた。
「さて、これで着任の挨拶も終わったことだし、ご飯、食べようか。いいよね? 提督」
「ええ。今日は存分に食べなさい! 飲んで食べての大騒ぎよ!」
時雨が手を叩いて注目を集め、桜に確認をとる。桜の宣言により、おずおずと艦娘らは動き出した。
「あれ、そんなにゆっくりでいいのー? 僕が全部食べちゃうよ?」
時雨が意地悪気な笑みを浮かべながら颯爽と食べ物を取りに行く。それにつられるように艦娘らは急ぎだした。
桜はと言うと、またしても時雨の顔に見とれていた。
「なにおー!?」
白露が飛び出し。
「もーおっそーい」
島風が走り。
「っぽーい!」
夕立が続き。
「ここは譲れません」
加賀が素早く料理にありつく。
そこには、疑念も、嫌悪も、憎悪もなく。ただ、楽しみだという感情だけが存在していた。
「はい。提督」
壇上から降りて、少し艦娘から遠目の席に座り、彼女らの様子を見ていた桜の前に、料理が盛られた皿が置かれた。
驚き、目を瞬かせ、それをした人物を見る。時雨だった。
「え………?」
「あの様子だと提督の分も無くなってしまうからね。取っておいたよ。一応全種類を入れておいたから」
そう言って時雨は桜から離れ、何故か厨房の方へと走っていった。
桜は時雨の後ろ姿と目の前に置かれた料理を幾度も見比べ、そして箸をその手にとった。
瞬間、桜は殺気を感知した。
びくりと震え、すぐに目を走らせる。
しかし、誰が桜に殺気を放ったのか分からなかった。それは桜が周囲を見回した途端に殺気が消え去ったからだ。
表面上は楽しそうにしていても、その心の裡にはやはり、複雑な思いがあるのだろう。
この宴会は、正解と言えたのだろうか。桜はそう考えながら料理に手をつけた。
夜は、更けてゆく。
後日談はあり? なし?(20日まで)
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書いてほしいかな
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どちらかと言えば?読みたいかも
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あー、別に?あったら読むかもね
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いらんいらん。後日談は蛇足だから
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読まないね
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艦これの他の作品も読んでみたい
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どーでもいー