新たな提督が着任してから2週間が経った。その頃には既に桜のことは殆ど受け入れられていた。会話は長続きしないものの、時雨の計らいもあり、挨拶程度ならば緊張せずに行えるようになった。
ただ、時雨の話を聞いたあの日から、桜と時雨の関係はぎくしゃくしていた。いや、主に桜自身が話しかけられないでいただけだった。
「今日から任務を再開するわ。これから艦隊の編成を伝えます」
食堂にて、本日から仕事を再開することを桜は言った。もともと彼女が着任してから2週間という期限で、他の提督と決めていた。
その為、今日から哨戒や海域攻略をしていかなければならないのだ。
艦隊数は第一艦隊から第四艦隊まで。残りは近海哨戒や護衛任務、待機となる。
「───以上。それでは、解散」
桜はそう言って集まりを解散させ、自身も台から降りて執務室へと向かった。
そうして午前のうちに他提督に感謝の電話をしたり、書類仕事を片付けたりしているうちに、お昼となった。
「提督。お昼だよ」
時雨が盆を持って執務机にそれを置いた。
「ありがとう」
桜は感謝を伝え、置かれた料理を見る。
ホカホカと湯気の立つそれは、天津飯だった。
「美味しそう……」
「あはは……ありがとう」
桜が素直な感想を零すと、時雨はお盆を胸に抱え、少し困った風に笑いながらお礼を言った。
「え?……これ、時雨が?」
思わず、といった風に聞く桜。彼女は時雨が間宮さんの所から持ってきたと考えていた。
「うん。僕が作ったんだ。……口に合わないかもしれないけど」
「大丈夫よ。美味しく頂くわ」
桜は早速とばかりに、手を合わせていただきますと言うと、備えられていたスプーンを手に取った。
「……! 美味しい」
桜は意識せず、そう零した。
「あはは。お世辞でも嬉しいね」
時雨はそれをお世辞と受け取り、愛想笑いを浮かべる。
「お世辞じゃない。本当に、美味しいわ。お店を出しても良いってくらいよ」
「そこまで言われると……照れるね」
時雨は恥ずかしそうに頬を染めてかく。それが何とも言えない色気を出していて、桜の心はドキリと跳ねた。その理由が桜にはわからず、心臓に手を当てて首を傾げた。
それから夏が来て、秋が訪れて、冬の寒さが吹きすさび、また、春が巡ってきた。
一年。たったそれだけでも桜と艦娘たちの溝は消え去り、確かな信頼関係が作られた。それは桜と艦娘たち自身の努力もあっただろう。しかし、最大の功労者はと言えば誰もがこの名を挙げる。───『時雨』と。
鎮守府内にある艦娘寮。その中のとある一室で、一人、苦しみに耐えている駆逐艦が居た。
「……やだ。やだよう……」
ぽつりぽつりと声を漏らす。その声は絶望の色を湛えていた。
「いやぁ……あいつらなんかになりたくない……」
ごしごしと擦る腕には、見るに堪えない紫の痣があった。それはよく見ると、徐々に徐々に広がっている。その進行速度は遅いが、数か月もすれば完全に左腕から手の先までを覆ってしまいそうだ。
「誰か……誰か……助けてぇ……」
フードを被って嘆く少女は、暗闇に助けを求める。だが、それを誰かが聞き取ることはない。何故なら、ほとんどの艦娘が出払っているからだ。彼女は、体調が悪いと言って休ませてもらっているにすぎないのだから。だが、奇跡的に。幸運にも、彼女は救いの手を差し伸べられた。それは、秘書艦が心配して見に来る、という幸運。そして───秘書艦が『時雨』だったということ。
「───如月」
コンコンとノックの音が響く。次いで少女の名を呼ぶ。
「し、時雨……」
少女───如月は咄嗟に腕を隠し、フードを被った。
「入るよ?」
「う、うん……」
時雨は如月の声を聞くと、すぐさま扉を開けた。如月はそれにあっけを取られる。
「───如月。フードを取って」
時雨は早速とばかりに如月に指示をする。
「い、いや」
如月はいやいやと首を振り、フードを掴んで抵抗の意思を示す。それは単に、恩人である時雨に嫌われたくないが為であった。如月は、幾度も戦場で時雨に命を救われている。それは敵艦載機からの攻撃であったり、敵潜水艦の雷撃であったり、敵戦艦や巡洋艦の砲撃からだったり。大破まで追い込まれても、決して沈まないように救われていた。されどそれはある意味地獄でもあった。『生きている限り、戦い続けなければならない』。命を救われることで、誰かが傷ついている姿を見、自身が痛みに苦しむことを、強制的に続けることになるのだから。だから一度、彼女は時雨に言った。「もう助けなくていいから」と。結果、時雨はより彼女を───いや、彼女を含めた全艦娘をより救おうと腐心した。それが何故か、わからないはずがなかった。何度も聞いて、何度も同じ言葉を返してきたから。時雨が皆を救い、庇うのは───時雨が、艦娘を愛しているからだと。たとえ地獄になろうとも、生きていてほしいと願っているからだと。それを、時雨が本気で言っていると知った如月は、もう、「助けないでくれ」とは二度と言わないと心に決めた。
このような経緯があるから、時雨は皆から尊敬され、慕われているのだ。本人は嫌われていると認識しているため、あまり関わることができなくなっているが。
そんな尊敬し、命を救われた恩人に、呪われ、憑りつかれ、穢れた姿を見せたくなかったのだ。嫌われたくない。こんな姿を見せたくない。そんな思いが強く出て、彼女は尊敬する時雨からの要請でも応えたくなかった。
「如月。大丈夫だから。大丈夫。安心していいから」
時雨は優しく、手を握りながら如月に諭す。僕は君を嫌いにならないよ、君の味方だよ、と意思を込めて。
「……わか、った」
少し逡巡して、如月はゆるゆるとローブを掴んでいた手の力を緩め、膝の上に置く。
パサリと、時雨は如月の顔を露わにした。
そこには顔の左半分を痣に侵食された如月の顔があった。額には、ほんの少しだけ角が生えている。
「ああ、やっぱり……思ったよりも進行が速いね……」
時雨は悲しげな目でその顔を見つめる。それは如月を思ってなのか、はたまた別なのかは彼女にしかわからない。
ムニムニと頬を弄られる如月。その行為にどんな意味があるのか、如月は内心首を傾げたが、されるがままだった。
「……うん。如月」
何かに納得したのか、一つ頷くと如月に呼びかけた。
「……なぁに?」
「今日から僕の部屋で寝泊まりしようか」
時雨はサラリと、如月に告げる。
「…………はぇ!?」
一瞬、時雨の言うことが理解できなかった如月だったが、数秒するとその意味を理解し、顔を真っ赤にした。
「提督や睦月には僕から言っておくから。今の内に移動できるものだけ持って僕の部屋にいて。鍵は渡しておくよ」
如月を置いて次々と物事を決めていく時雨。そして鍵を如月に渡し、自身は提督室へと向かった。如月は怒涛の展開についていけず、ポケっと見守るだけだった。
それから如月は自身の移動できる荷物だけをまとめて、時雨の部屋に移した。時雨の部屋は2人部屋なのか、二段ベッドが置いてあった。それ以外には植木、箪笥が置いてあるといった生活感があまり感じられない殺風景なものだった。秘書艦として働いているからか、ほとんどの寝泊まりは執務室やその隣にある仮眠室で行っているのかもしれないと如月は考え、少々落ち込んだ。
提督に許可を得たのか、時雨が少しして部屋に入ってきて、如月の荷物を箪笥の使っていないところに入れた。
「さて、今日のところはこれでおしまいかな? 余り物がないけれど寛いでいてね。後で夕立が来ると思うけど隠さなくていいからね」
時雨はそう如月に言い残し、また部屋を出て行った。如月はポツンと一人、取り残された。
時雨が居なくなったからだろうか。それとも鎮守府のほとんどの仲間が出払っているからだろうか。世界に、たった一人取り残されたような感覚が如月を襲った。
寂しい。淋しい。寂寥感が、悲哀が、如月の胸に去来する。ギュッと胸のあたりの服を掴んで耐える。
しかし、その寂しさが消えることは無かった。
後日談はあり? なし?(20日まで)
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書いてほしいかな
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どちらかと言えば?読みたいかも
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あー、別に?あったら読むかもね
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いらんいらん。後日談は蛇足だから
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読まないね
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艦これの他の作品も読んでみたい
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どーでもいー