「……提督」
室内で寛いでいた球磨が神妙な声で私に声をかけた。
「なーにー?」
私は間延びした声を出しながら聞き返す。
私が着任してから既に一年が経ち、それなりに皆と仲良くなった。最初に会った四人の艦娘達は気安くしゃべれる程度になり、他の子たちとは挨拶をして世間話をできるくらいになった。こういうことができるようになったのは、全て、秘書艦である時雨のおかげだ。時雨が私のことを真っ先に受け入れてくれたから、これだけこの鎮守府の子と仲良くなれた。……時々ドキリとする仕草をするけれど。
今はその時雨が如月の様子が気になると言って席を外している。彼女の代わりに球磨が執務室で私の手伝いをしていた。今は仕事が少なくて寛いでもらっているけれど。ほとんどを時雨がやっちゃうんだよね……。
「球磨は、この一年、提督を見ていたクマ」
真剣な声音で、真剣な表情で私を見つめる球磨。私は張り詰めた雰囲気を感じ取り、自然と姿勢を正した。
「うん」
こくりと頷いて先を促す。
「この一年、提督は球磨達の為に頑張ってくれたクマ」
球磨は目を瞑った。恐らく、この一年のことを思い返しているんだろう。
「だから、今から話すクマ」
「え?」
暗い暗い雰囲気が漂う。何故か、聞いてはいけない気がした。知らなければならないことなのに。聞いてしまったら、何かが壊れるような、そんな不安が心の奥底から湧き上がってくる。
「この話は、鎮守府の闇の闇。誰にも知られてはいけない話クマ。でも、提督には知っていてほしい。知っていなければならない。だから、話すクマ。……覚悟は、いい?」
今にも泣きそうな顔で、懇願するように聞いてくる球磨。私は目を瞑り、深呼吸をする。頭が聞いてはいけないと警鐘を鳴らすが無視して、覚悟を決める。目を開けて、球磨を見つめて告げた。
「いいわ。話して頂戴」
球磨は私の覚悟を感じ取ったのか、一度目を瞑って頷いた。
「わかったクマ」
と、球磨が話そうとした瞬間にノックが鳴り響いた。執務室内に微妙な空気が流れる。
『時雨です。少し相談したいことがあります』
扉をノックしていたのは時雨だった。ドキリと心臓が跳ね、思わず球磨の方を見る。球磨も同じだったのか、目がバッチリ合った。
「……どうぞ」
目と目で会話し、時雨を招き入れることにした……いや、元々秘書艦なのだから招き入れるという表現もおかしいけど。
ガチャリとドアが開いて時雨が室内に入ってくる。
「どうしたの?」
早速、時雨の話を聞く。
時雨が相談をすると言ったことは、実は殆どない。それは彼女自身がとても器用だからだ。また、秘書艦として活動してもらっている中で、彼女の洞察力、分析力が高いのを知った。つまり彼女はほとんど自身で問題を解決する力を持っているのだ。
そんな彼女が相談事。期待しないわけがなかった。いつも助けてもらっているから、この機会にいっぱいいっぱいお返ししよう。そんな風に考えて。ある意味、予想を裏切られた。
「実は如月の一時的な部屋替えを希望したくてね……いいかい?」
「え、ええ……それくらいならば大丈夫だけれど……」
「ありがとう。それじゃあ早速部屋替えの申請書を出すよ」
そう言って時雨は秘書艦席の机の上にある紙を一枚とり、備え付けられているペンでサラサラと書く。ものの数秒で書き終わり、私に提出した。
私はそれを隅々まで確認し、受理したことを示すサインを書き、印を紙に押した。
「はい。これで受理したわ。如月の様子はどう?」
世間話程度に、私は時雨に聞いた。時雨は神妙な顔をして、張り付けたような笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。少し風邪気味ってところ。僕がつくから安心して」
そう言って時雨は球磨によろしくと言ってから執務室を出た。
「……」
「……」
執務室内を静寂が支配する。
「……どうして、時雨の部屋に移動なのかしら」
ポツリと、疑問に思ったことを零す。先ほど受理した紙には、時雨の部屋に移動する旨を記していた。
看病する、という意味だろうか。確かに風邪ならば看病する人がいてもおかしくはないし、現状、秘書艦だから出撃することは少ない。あったとしても海域攻略などの任務くらいだ。長時間ではあるが、出撃頻度は遠征組や哨戒、護衛任務組に比べれば圧倒的に少ない。それならば秘書艦である時雨が如月の面倒を見るのは当然と言えた。
しかし、球磨の言葉が、私のこの考えを否定した。
「……今度は、如月かクマ」
「……え?」
それはまるで。耐え難い何かをこらえるような、苦痛に歪ませた表情だった。
「……提督。聞いてくれクマ」
そうして、球磨から語られた内容は私に多大なる衝撃を与えた。その後に何も手に付けられなくなってしまうくらいの衝撃を───。
球磨が着任した当時、時雨は傍から見ても限界だったクマ。誰が見ても疲労困憊で。今にも倒れそうだったクマ。でも時雨はそんなの気にせず普通に過ごしてたクマ。いや、その過ごし方は普通とは言えなかったクマ。
時雨の毎日は出撃だったクマ。提督は典型的な大艦巨砲主義で、駆逐艦が盾代わりにされていたクマ。だから時雨は
球磨はあんまり出撃してないからわからないけど、当時は時雨に助けられたって子が多かったクマ。だから多分、戦場で身を張っていたんだと思うクマ。……いつもボロボロになって帰ってきてたから。ここら辺の話は長門や赤城と同じクマ。でも、球磨しか知らない闇があるクマ。
球磨たち軽巡や重巡はほとんど資材の肥やしだったクマ。使われない艦娘。偶にある出撃も、上から隠すための演技。球磨たちの仕事は主に、提督を喜ばせることだったクマ。
でも、誰も提督に手を出された子はいなかったクマ。理由は……時雨。あの子は……帰投報告の時に、いつも犯されていたクマ。ここでも球磨たちは助けられていたクマ。
だからこそ球磨は……それを知って、狂ったクマ。
自分の存在意義を失って。仕事も、生存理由も、何もかもが疑わしくなって。球磨は、壊れる寸前まで行ってしまったクマ。
誰も彼もを疑って。何より自身を疑って。そして、何かを失いそうになったクマ。
その時クマ。球磨の体に痣が現れたクマ。紫色の、火傷のような痣。紫色の痣は徐々に広がって、紫色の痣を覆うように白い痣も出始めたクマ。球磨の半身を覆って、額に少しだけ角が生えたクマ。
誰にも言えなかったクマ。だって、その様はまるで───
鏡を見てからは更に自分を否定したクマ。否定して、否定して、否定して。手足の感覚が、ほとんど無くなるまで進行したクマ。
でも、球磨は無事だったクマ。暗い部屋で、一人寂しく自己嫌悪に陥ってた時に。時雨が、突然部屋に入ってきたクマ。
びっくりして体を硬直させたクマ。それで時雨は球磨の姿を見るなり球磨を抱きしめたクマ。
大丈夫。大丈夫。って何度も何度も言って。頭を撫でながら、安心させる声音で、何度も。当然、球磨は拒否したクマ。それでも時雨は諦めなかったクマ。頑なに離れず、ずっと抱きしめてくれたクマ。時雨の体は心地よくて、優しい感じがして、いつの間にか球磨は寝ちゃったクマ。
起きたら時雨が膝枕をしてたクマ。恥ずかしくて飛び退こうとしたけど手で押さえられて無理やり寝かされたクマ。それでどうしたのか聞いてきたクマ。
始めは、正直に答える気はなかったクマ。でも、なんでかスラスラと言葉が出てきたクマ。それで、一日中話あって、球磨の蟠りは消え去っていたクマ。それでまた寝て。時雨と話して、また寝て。そんな生活を一週間くらい続けていたら、球磨の体は元に戻っていたクマ。元に戻ったことを喜んで、皆の前に出れることが嬉しくて、時雨に感謝を言いながら抱き着いたクマ。
違和感があったクマ。以前に触れ合った時には感じなかった異物感が、時雨にあったクマ。時雨の体が───氷のように冷たかったクマ。理由はその時わからなかったクマ。でも、球磨と同じような子が現れたクマ。
その時も時雨がそばについていたクマ。何日かして、また助けられた子が居たクマ。そんなことが何度かあって、流石に球磨も気になったクマ。だから、こっそり覗いてしまった球磨。
時雨は、その子を抱きしめていたクマ。ただ、抱きしめていただけだったクマ。でも、効果は劇的だったクマ。
痣に触れている部分から、段々と時雨の方へ痣が移動していたクマ。
恐ろしかったクマ。時雨が、その身を犠牲に球磨たちを助けていたことに。今まで隠し通せていたことに。
時雨は、毎日の激務に、毎日の暴力に、毎日の性的な暴行に耐えながら、球磨たちを、深海から救っていたクマ。
───これが、時雨が背負っている闇クマ。
私は何も言えなかった。ただただ衝撃に打ち震え、意味を理解しようと思考の渦に飲み込まれた。
今、この鎮守府の闇が、私を───、
───呑み込もうとしていた。
後日談はあり? なし?(20日まで)
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書いてほしいかな
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どちらかと言えば?読みたいかも
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あー、別に?あったら読むかもね
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いらんいらん。後日談は蛇足だから
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読まないね
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艦これの他の作品も読んでみたい
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どーでもいー