「な……んで……」
執務室内に、提督の呆然とした声が響く。それは私たちに向けられたものではなく、受話器の向こう側にいる相手に向けていた。
プルプルと体を震わせ、怒りを露わにした。
「何故ですか! 私の艦娘が行方不明になったのですッ! 探しに行くのが当然でしょうッッ!」
受話器に向かって怒鳴り声をあげる。しかし、返答は変わらなかったのか、苦々しい顔つきになった。
「ぐっ……!」
受話器を置いて、唸る提督。
「提督……」
私は悔しがる提督を見ながら声をかける。
提督は一度私のことを見て、顔を伏せた。
「……捜索の指示は下りなかった。艦隊行動も通常通り行うようにって……」
両のこぶしを握り締め、その悔しさを表す提督。かくいう私も、下唇を噛んでいた。
「……『時雨』の捜索は、できない」
「何故ですか……!?」
私の隣にいる高雄が提督に食って掛かる。当然、ここにいる私たちの思いも同じだった。たとえ上の指示で止められても、提督ならば『時雨』を探すよう指示してくれるはずだ、と。一年という少しの間だが、それでも彼女と関わって彼女の性格を知ったつもりだ。だというのに。
「……約束」
ポツリと。彼女は言葉を漏らした。
「……約束?」
私は、それだけで彼女が捜索指示を出さない理由を悟った。私の立場は幾らか彼女に近い。その為、
「彼女と、時雨と約束したの。
そう、私もだ。私も、時雨と約束をした。誰一人として
もしも時雨が行方不明になったとしても、
歯を食いしばり、拳を強く握る。
何故だ。何故なんだ! 私は今まで君に助けられた。救われた。その恩返しを、何故させてくれないんだッ! これじゃあ私は、恩知らずではないかッ! この鎮守府に所属する艦娘も、提督も、君に、助けられてばかりだというのに……。
執務室内を暗い雰囲気が包む。誰しもが苦々しい顔をし、俯いたり、天に向かって歯を食いしばったり、涙を流していた。
私たちは……守り神を、失った。
「提督。今だからこそ、あなたに伝えます」
「……何かしら」
執務室内から高雄以外が出ていき、静寂がここを包んでいた時、高雄は毅然とした顔で私を見ながら話しかけてきた。先ほどまでの苦々しい顔つきはそこにはなかったが、翳りがあるのが見て取れる。
「私たちは、彼女に───時雨に何度も何度も救われています。それは駆逐艦だけでなく、戦艦、重巡、軽巡、空母、果ては潜水艦まで。この鎮守府に所属するすべての艦娘が彼女に幾度もその身を救われています」
それは、ここで生活する間、何度も聞いた話だ。ある子は戦場で轟沈しそうなところをその身を挺して守られ、ある子は提督に手を出されそうなところを助けられ、ある子は精神を壊しそうなところを、救われた、と。
「彼女がそうなったのには、一つ、理由があります」
高雄は、試すような視線を向けてくる。
私は黙って続きを促す。
「大した話ではありません。ただ、彼女を変えるきっかけになったのは事実であるという話です」
私も本当は聞いた話なのですが、と前置きをして話し出した。
「数年前ある海域で、彼女が旗艦を務めました。特に危険な海域ではなく、何度も攻略した海域でした。それ故彼女以外はお気楽気分だったそうです。もちろん、しっかりと索敵などはしていましたし、練度はそこそこ高かったそうです。しかし、
息を吞む。しかし、艦隊には白露が所属していたことを思い出し、首をひねる。
「死んではいませんわ。時雨が海に沈む白露をギリギリのところで引き上げましたから」
ホッと息を吐き、そういう理由があったのか、と納得した。
「彼女は泣いていました。『死なせないから、絶対に死なせない』……ずっとそう言っていたそうですわ」
胸が、何かに締め付けられたように苦しくなった。その時の時雨はどんな気持ちだったのだろうか。私の言葉で元気づけることができたであろうか。そんなことが次々と頭に浮かんでは消えていく。
「それから、彼女は艦隊に過保護になりました。……私たちが彼女を深海棲艦と思ってしまうくらいには」
高雄は当時のことを思い出したのか、悲しみ、怒り、後悔、それらの感情がないまぜになった顔をしていた。
「私たちは恩を仇で返してしまいました。その償いも、恩返しもままならないまま……どうして」
私は何も言えなかった。彼女とした約束が、彼女の秘密を知ってしまったという枷が、私に絡みついて離さないから。
「……私からは以上です。もし、彼女を捜索する作戦ができましたら、是非艦隊に入れてください」
最後に一言そう言ってから高雄は執務室を退室した。もう、この部屋には私しかいない。
「……」
窓を見て、水平線を眺める。私は、つい数日前のことを思い出していた。
その日は暖かい陽気が差し込んでいた。ついついウトウトとしてしまって、時雨に何度か起こされた。
仕方ないからと休憩時間を取り、私はソファに座って時雨が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。時雨はそんな私の様子をニコニコと笑顔を浮かべながら眺めていた。
そんなゆったりとした時間が流れていた執務室で、時雨は私に話しかけた。
『提督。少し、聞いてくれるかい?』
『あら、何かしら』
その時の私は、何の気負いもなく聞いていた。
『そろそろ、なんだ』
『?』
『だから、今から僕の秘密を話すね』
秘密。それはこの鎮守府の闇の話か。私はそう考えて身構えた。しかし、時雨の話は私が思っていた以上の衝撃を私に与えた。いや、正直信じることができなかった。何故なら───。
『提督は"転生者"って知っているかい?』
『"転生者"?』
『うん。いわゆる別の世界の記憶を持ち、この世に生まれてきた存在のこと』
『いいえ、知らないわ。というよりも、そんなことってありえるのかしら?』
『……あり得る……というよりも、あり得たのだろうね』
『? どういうこと?』
『僕はね、提督───前世の記憶を持った、"転生者"なんだ』
『───……は?』
『僕が元居た世界は平和な世界だった。戦争はあったけど、世界を巻き込むほどのものは終わり、限られた地域だけしか戦争は無かったんだ。僕は平和な国に生まれたけれど、生まれつき体が弱くて病院の外には出られなかったんだ』
『ちょ、ちょっと待って』
『そんな中でね、出会ったゲームがある』
『はい? ゲーム?』
『"艦これ"っていうゲームで、死ぬまで遊んでいたんだ』
『は、はぁ』
『そのゲームで一番に育てた"艦娘"が───時雨なんだ』
『───え』
『この世界は、僕が前世で遊んでいたゲームに、酷似している』
『───』
『多くの艦娘が居て、深海棲艦と呼ばれる敵が存在し、提督が指揮を執る。……正しく、"艦これ"の世界だ』
『……』
『だからこそ、この世に"時雨"として生まれた僕は、
『……』
『だから提督。約束して』
『……』
『絶対にこの鎮守府を、ここに所属する艦娘を、守るって』
時雨は、私の目をまっすぐに見つめながら言った。その瞳には、噓を言っているような動揺は見られなかった。
だから私は───、
『……わかったわ。約束する。貴方が"転生者"であることも、信じるわ』
『……ふふ。よかった』
彼女が安心したような、心からの笑みを見た時。私はその笑みに、心を奪われた。
思い返して。何故私はあの時、「貴女もここの一員なんだから私が守ってあげる」と言わなかったのだろうか。私にはそれを言う勇気が無かった。恥ずかしくて、時雨ならば言わなくても理解しているだろうと思ってしまった。
慢心だ。私は、私が許せない。あれは前触れだったのだ。
いくら後悔しても、何も変わりはしない。これから、時雨が居ない生活が始まるのだから。
同時刻。ある海域で、戦闘が起こっていた。
『オマエ……! ナニモノダッ!』
白い素肌の長身女性型の異形が、もう一体の女性型の異形に叫ぶ。もう一体の異形はただ微笑むばかり。
『クッ……!』
押されているのは長身女性型の方だった。
『ヤ、ヤメッ───』
そして腹に大きな穴を開け、異形は頽れた。海の底に溶けるように消えていき、突然白く光った。
輝きが収まり、現れたのは───、
「雲龍型航空母艦、天城と申します。提督、どうぞよろしk───えっ」
天城が挨拶をしようとするが、目の前の異形を見て言葉を途中で止める。
異形は戦闘から変わらない微笑みを天城に向け、手を伸ばした。
天城は何かをされると感じ、身構える。が、それは徒労に終わった。
「え……?」
天城には分らなかった。ここがどこなのかも、目の前の異形が何者なのかも、今、何故頭を撫でられているのかも。
異形は一頻り天城の頭を撫でると、ついて来いばかりにどこかへと移動を開始した。
天城はどうすればいいのかわからず、ただ呆然とするばかり。
異形が天城がついて来ないのを知ると、振り返って手招きをした。
天城はそれを見ていろいろと考えたが───結局、何をすることもできないので、異形の後に続くことにした。
後日談はあり? なし?(20日まで)
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書いてほしいかな
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どちらかと言えば?読みたいかも
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あー、別に?あったら読むかもね
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いらんいらん。後日談は蛇足だから
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読まないね
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艦これの他の作品も読んでみたい
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どーでもいー