【完結】愛するものを守るために   作:神楽 光

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 人は、失って初めて気づくものがある。まさにその言葉通りだと私は思った。

 私がどうして時雨の仕草に、笑顔に心を動かされたのか。どうしてこんなにもドキドキしたのか。

 それは───私が彼女に、『恋』をしていたからに他ならなかった。

 女同士で、と思う。でも、性別の壁を越えてしまうくらいには、私は彼女のことが好きなのだ。

 きっかけは恐らく一目惚れだろう。擦り切れた私の心を、一滴の水を垂らすように癒したあの笑みが、私の心を掴んで離さなかった。

 だからこそ、だからこそ私は、悲嘆に暮れている。

 もうあの笑みを見ることができないから。

 もうあの笑みが私に向けられることはないから。

 あの日から、鎮守府の雰囲気は暗い。皆の顔に生気がないし、夕立は部屋から出てこない。

 そんな不安定な状態で海域攻略なんか手につかない。むしろ被害が大きくなってしまう。そんなことになれば彼女とした約束が無為に帰してしまう。そんなことは許されない。私が愛した彼女が、彼女が愛した艦娘らを沈めるなんて許さない。───八方塞がりだった。

 

 海域哨戒のついでで、時雨が行方不明になった場所を見る。しかしそこにはただ水平線が広がるばかり。艤装の欠片すらない。毎回その様子を見て、顔を曇らせるのが一連の流れだった。

 ある時、桜は建造を開始した。それは前触れもなく始まった───わけではなく。遠征に出ていた潜水艦達が、海上にて彷徨っていた艦娘と接触したことから始まった。

 その艦娘の名は『Z1(レーベレヒト・マース)』───初めての()()()だった。

 そのまま彼女は柱島鎮守府預かりとなり、所属することとなった。彼女が艦隊に早く馴染めるようにと桜の計らいで秘書艦として動き、その流れで建造を行うことと相成ったのだ。

「大型建造……かぁ……」

 桜は通常よりも大きめの建造ドックの前でそう言葉を漏らした。

 大型建造。それは多くの資材を消費し、大型艦や特殊艦を製造する建造技術のことだ。これには多くの提督らが悩まされた。建造艦を特定できるわけではないので、多大な資材がまるで湯水のごとく消費されていくのだ。その減少の仕方は資材を管理する提督らからすれば顔を青くしてガタガタと恐怖に震えるほどだ。

「うーん……はぁ……やってみようか……」

 桜はあまり気乗りしないながらも、いい機会だからと建造の準備を始める。と言っても必要な資材の数を秘書艦に持ってきてもらい、ドックに入れて後は妖精さんにお願いするだけであるのだが。

「時雨がいたら絶対止めるんだろうなぁ……あぁ、いやむしろ推奨するのかな……うーん、でもやっぱり止める気がする……」

 桜は時雨がここにいればという妄想をする。それはもう叶わないと知りながらも、どうしても考えてしまう。その度に悔しさと悲しさ、そして自身への怒りが湧き上がる。

「提督、持ってきたよ」

 桜が一人気落ちしていると、Z1が多くの資材を持って工廠に入ってきた。

「ああ、ありがとう。レーベ」

「礼には及ばないよ……ねぇ、提督」

 レーベは窺うように桜に話しかける。

「あら、なぁに?」

 そんなレーベを横目に着々と建造の準備を行う桜。

「あの……その、言いにくいことならば良いんだ」

 少し気落ちした顔でレーベは言う。

「?」

 桜はレーベが何を言いたいのかわからず、首をかしげる。

「……提督や、ここの艦娘らの口からたびたび出る言葉が───いや、恐らく名前が気になって、ね。……提督、『時雨』って言うのは……」

「……ッ!」

 レーベがその名を口にした。別にそれはとるに足らないことだ。そもそも彼女はここにきてまだ数日。気になるのも仕方がないと言える。だが、その名は。もはやこの鎮守府内では()()になりつつあった。

 時雨が行方不明になってから既に、数か月が経っている。

「……そう。そうよね。貴女は、まだ何も知らないわよね」

 涙をこらえるように苦しげな顔をする桜。それを心配げに見ながらも何も言えないレーベ。

「……いいわ。執務室で話しましょう」

 桜はそう言って執務室へと歩き出した。床にはポタポタと涙の粒が落ちていた。

「は、はい」

 レーベは一度建造ドックを見て、桜の後を追った。

 建造ドックは静かに動き出していた。ドックに表示された時間は───『5:00:00』。

 新たな海外艦の着任は間近だった。

 

 彼女は、一人、満月を見上げていた。

 雲一つない美しく輝く月は、彼女と海を照らしていた。

 周りには何もない、あまりにも美しい世界。

 彼女は海面を覗き込み、自身の姿を確認した。

 そして、()()()()()()()()()()()()を───消した。

 

 終わりの時は、近い。

 

 新たな海外艦娘が着任し、今まで以上に私は忙しくなった。恐らく、これからも増えるであろう海外艦の為の寮計画、海域攻略に艦娘らのケア。海外艦の観察報告もしなければならない。正直、休む暇もなく仕事をしている。

 世間は既に平和になっている。それはここのところ深海棲艦の侵攻が少ないからだ。原因はわからないが、小規模な艦隊か見てはぐれだとわかる敵しかいない。と言っても、それは私の周囲だけで他のところは普通に出没しているらしいんだけど。しかし被害が少ないためか、世間は平和ボケした人が多い。それに対しての言葉なんかも考えなくてはいけなくて、正直気が滅入る。

 まぁ、平和な分にはまだ、いいのかな。

 書類を読みながら、物思いにふける。こんな器用なことができるようになったのも、あの子が居なくなったからだろうか。あの子が居た頃はまだ、何もできなくてよく手伝ってもらったっけ。

 夕立も、ようやく立ち直りだした。長い時間がかかったけれど、私も割り切りだした。艦隊の士気も、あの子が居た頃よりかは低いけれど、持ち直してきている。私の初恋は相手の行方不明で失恋になってしまった。これも、いつかは誰かに話せるようになるのかしら。

 そんな感傷に耽りながら書類を片付けていく。すると、緊急通信が入った。それは海域攻略に出ていた第一艦隊旗艦の長門からだった。

『提督! 緊急事態だ!』

「……どうしたの」

 緊急事態でこそ上官は冷静であれ。あの子に教えられたこと。それを実戦で生かせずしてはまた同じことを繰り返す。そんなことは絶対にさせない。するものか。

『"姫"級の深海棲艦が現れた! それも、()()()のだ!』

「……ッ!?」

 新種の深海棲艦。それは日本を、ひいては世界を揺るがす問題だ。

「できる限り情報収集をして。でも、誰一人として沈むことは許さないわ」

『了解! これより戦闘に入る!』

 長門が通信を切り、私は書類の準備をする。新たな深海棲艦、それも姫級となれば危機だ。何としても情報を確保しなければならない。たったの一戦でどれだけの情報が得られるのかはわからないが、それでも全てを有効活用しなければならない。

 それから数分もせずに、再び通信が繋がれた。

『……提督』

「何かあったの!?」

 こんな短時間で再び通信を繋げる、それは艦隊が危機に陥っているとしか考えられない。

 一体どれほどの強さなのか。この鎮守府でも指折りの第一艦隊を短時間で大破させるほどの力を持つ深海棲艦……果たして、これに勝つことができるのだろうか。

『いや、何かがあったわけではなく……むしろ何もないというか……』

「……はぁ?」

 ちょっと長門の言っていることがわからない……。

『いや、その……何というか、何もしてこないんだ』

「何も、してこない?」

『ああ』

 何もしてこない、とはどういうことか。奴らはこちらを見るや否やすぐさま沈めようと攻撃を仕掛けてくるのに。

『こちらは先制砲撃をしたのだが……何もし返してこないんだ』

「……」

 そんなことがありえるの……? 今までとは違った行動をしてきた。同じ艦種でも性格や思考が違うのは確認されている……。そう言えば以前、会議で罠を仕掛けようとした個体がいたという報告が……。つまり、この深海棲艦も罠に嵌めようとしている……?

 私は長門に罠である可能性があることを伝えた。

『罠、か……』

 私はその場にいないから可能性の話をするしかない。罠か、そうでないか。それはどうしたってわからない。

『……ッ!? おい、待て! すまない提督、少し切る!』

 何か問題でもあったのか、そう言って通信を一方的に切られた。

 大丈夫だろうか……。私の心を示すかのように、鎮守府の空は曇り始めていた。

 

 しとしとと雨が降り始めた。

 私の目の前には初めて見る深海棲艦の"姫"級。かつてない脅威だ。どんな能力を持っているのか、どんな行動をするのか、全くわからない。

 奴はただ微笑むだけ。何とも不気味だ。

「……」

『……』

 何もしないのが怖い。何もしてこないからどうすればいいのかもわからない。

 だが、奴から放たれるこの圧は……途轍もなく、怖い。

「……長門、どうするの?」

「……提督に、聞く」

「……そうね、それが一番だわ」

 陸奥と話し、提督に指示を仰ぐ。

 目の前の敵から視線を離さずに、通信機を繋げる。

 提督と会話している中、艦隊には待機を命じていた。初めに砲撃を入れたが、何もしてこなかった。その理由が全く分からないが、攻撃をする意思はあまり感じられなかった。戦意がない、とでも言うような。

 と、提督と通信をしていると、視界に呆然としている夕立が目に入った。見ている内に、その体が少し震えていることに気づく。

……ぃゃ……そんな……嫌……

 小さな声が聞こえる。それは何故だか何かを否定しているように見えた。

「……陸奥」

「わかった」

 一応、陸奥にいつでも動けるようにお願いしておく。あれは、放置しておくと危険だ。

 提督から罠の可能性を聞き、思案する。確かに、今現在敵対の意思や攻撃をしてこないとしても、もしかすればいつの日か牙を向けてくるかもしれない。

「……長門!」

 と、今後どうするかを考えていると、陸奥の叫び声が聞こえてきた。

 ハッとして夕立の方を見る。夕立が他の子に抑えられながら、深海棲艦に手を伸ばしていた。その頬には、幾筋もの涙が通っていた。

「時雨ぇ! 時雨ぇッ!」

 時雨……? どこに、と目を周囲に走らせる。しかし、そこには一体の姫級の深海棲艦が微笑んでいるだけだ。

 もしかして、いや、そんな筈はない。あっては、ならない!

 提督の執務を手伝っているとき、何故艦娘の扱いが向上したのかを聞いたことがった。その答えは、悲惨な事件があったことを聞いた。根拠は何もない。証明する術もない。だが、そうとしか思えない事件。

 ()()()()()()()()。付けられた名は───『()()』。

 そして、いま私の目の前で微笑んでいる深海棲艦が───深化した時雨。

 認めたくない。違う。違うはずだ。そんなわけがない。そんな筈がない。違う。嫌だ。

「な、長門……?」

 陸奥が心配げに私を見る。

 私はいつの間にかその場で蹲り、大粒の涙を流していた。

「あ……」

 そうか。夕立は、一番長く時雨と関わっていた。だから、何か感じるものがあったのだろう。私は前情報があったからこそだが……周りも私と夕立以外は困惑顔だ。

「どうしたの長門……?」

 時雨の深化。それはつまり───彼女を殺さなくてはならない、ということだ。

 何故。何故なのだ。私は、君を殺したくない。

『……』

 彼女は何もしてこない。ただこちらを微笑んでみているだけ。

 あぁ……見れば見るほど、その笑みは、その顔は、彼女に似ている。

 それでも、それでも。

「……全員、砲撃準備……」

「長門さん!」

 夕立が私に食って掛かる。それは恐らく、私を止めたいがためだろう。だが、しなければならないのだ。

 私は夕立に嫌われる。いや、皆から嫌われるだろう。それでも。彼女が手を汚す前に。私たちは止めなければならないのだ。

「……夕立、すまない。恨んでくれても構わない」

「……ッ」

「あの、長門? 話が見えないんだけど」

 私と夕立を除く全員が困惑顔で彼女に砲塔を向けている。

「陸奥……それにみんな……聞いてくれ」

 提督とも再び通信を繋ぎ、覚悟を決めて宣言する。

「彼女は……この姫級の深海棲艦は───恐らく、元時雨だ」

後日談はあり? なし?(20日まで)

  • 書いてほしいかな
  • どちらかと言えば?読みたいかも
  • あー、別に?あったら読むかもね
  • いらんいらん。後日談は蛇足だから
  • 読まないね
  • 艦これの他の作品も読んでみたい
  • どーでもいー
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