ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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砕かれた日常

 伏せて! ルピナスの叫びにクロエは従い、すぐに強い衝撃に全身を貫かれた。体がバラバラになりそうなほどの衝撃と揺れ。巨大で頑丈なはずのセントラルの一部が崩れたとしてもおかしくない。濃い不安にクロエは包まれたが背中に温かいものを感じてはっとした。

「大丈夫っす。私がついています」

「ルピナス!」

「フィル様も大丈夫。隊長とカメリアがついているから。まだ伏せて喋らないでいて!」

 ほとんど覆いかぶさるようにしてルピナスが守ってくれている。近くで大きな物音が連続した。ゲームセンターに置いてある機械が倒れたのだろうか。

 

 揺れが収まりつつある。だがルピナスはクロエから離れていない。もしかして気を失っているのだろうか?

「ルピナス?」

「怪我はしてないっす。クロエちゃんこそ大丈夫っすか」

「おかげさまでね。さっきの揺れ、ほんとになんだったのよ」

「たぶん空間爆撃っすよ。建物の分厚い壁のおかげで分かりにくいけど音もしてたし…フィル様と連絡はつくっすか」

 やってみる。クロエは頷いてスマイスを取り出して操作する。フィルの番号を押してつなげてみるが何コール待っても応答しない。アコニットとカメリアにも連絡をとってみるが駄目だった。

「こっちも出ないっすね…」

「もしかしたらフィーは怪我しているんじゃ?」

「きっと大丈夫っす。それに…カメリアとアコニット隊長の位置情報なら把握できているんすよ。ほら、ガーデナーの標準装備にはARコンタクトレンズがあるっすから。だから私の視界にARウィンドウを出して位置情報を見れば――」

 近いっすよ。ルピナスは明るい声を出してクロエから離れた。

「――おかしいな」

「どうしたの」

「ネクサスの出入口はここから南っすけど、位置情報は東の方に向かっているんすよ」

「東って…ネクサスから離れろって言ったのはフィーなんだよ」

「わかんないっすけどとりあえず行動しないと。エレベーターは危険だから非常階段で下に行くっすよ」

 ルピナスは懐から拳銃を取り出しつつ先導する。ぴりついた緊張感。杖を強く握りしめて杖術の訓練風景を思い返しながら、クロエは覚悟を決めて歩きだした。

 

 

 

 さっきの強烈な揺れと衝撃は空間爆撃のせいだとルピナスが言っていた。爆弾を地上に落とさずに目標の上で爆発させた。やっていることは花火を打ち上げるのと近い。爆発が起きたのが地上から近いか遠いかくらいの違いでしかない。

 いや、もっと大きな違いがある。花火の事故だとしたら今頃きっと園内放送でお詫びの言葉でも流れるはずだ。だがそうはなっていない。まわりの人間も不安や怯えの色が見えるのは、いったいどうしてこんな状況に立たされているのかまったく分からないからに違いない。

 これからどうしたらいいのか。何をすべきなのか。クロエには分からなかった。だが推測は立てられる。空間爆撃が悪意を持った人間によるものならば、やりそうなのはRONくらいしかない。

 

 そしてクロエの心には燃え上がるような思いがあった。親友とガーデナーたちと絶対に一緒に家に帰るのだ。誰かが欠けるという想像もしたくない。心の中から穴が開くような耐えがたい苦痛だ。みんなで無事に帰ろう。そのために前に進まないと。

「ねえルピナス」

 非常階段を下りながら灰色のスーツの背中に声をかける。ここには窓もなく、何かを告知するモニターもポスターもない。どこまでも白い壁が続いているだけだ。

「お願いがあるの。フィーはネクサスから離れてと言っていた。でもフィーやガーデナーのみんなを置いていけない」

「私だってそうっすよ。できるなら全員で帰りたい。でも難しいかもしれないんすよ。想像以上に悪いことがおきているかも」

「悪いこと?」

「例えば、RONがネクサスに爆弾を仕掛けたとかっすよ」

「私もそう思うよ。でも情報がないし、逃げるよりも先にフィーたちと合流したいの。きっとアコさんとカメリアさんと一緒にいるはず。ルピナスはついてきてくれるよね」

「…状況次第っすよ。無理だとか危険だとかって判断したら、私はクロエちゃんを連れて帰るっす。これだけはゆずれないっすよ」

 ルピナスが言い終わるのと同じタイミングで園内放送が流れた。内容は避難指示で、係員の誘導に従い園内からの避難を要請するものだった。

 まるでルピナスの言葉を強くするような放送だ。しかしクロエの思いは一ミリも揺るがない。早く東に向かってフィルたちと合流して、それから家に帰るのだ。

 

 

 

 非常階段を降り切った先はセントラルの外だった。大きな城を脱出したクロエとルピナスはすぐに逃げ惑う人々の姿を見た。誰もがパニックになってこの場から去ろうとしている。ということは彼らが遠ざかろうとしているところに何かがあるのだ。

「クロエちゃん。私の後ろに下がってくださいっす」

「わかった」

 灰色のスーツの背中に回ってクロエはネクサスの概略図を頭の中で展開する。参考資料はパンフレットの地図だ。

 巨大な城「セントラル」の周りはオーバルのサーキットのようになっている。サーキットとの違いは幅がとんでもなく広いことと、傾斜角がほとんど存在せずにどこまでも平らであることくらいだ。

 城を取り囲む巨大な道は園内パレードを催すために存在するという。パンフレットには巨大な車がゆっくりと道を走行し、車に備え付けられたダンスステージの上でダンサーたちが演技をする。巨大なスピーカーも車についていたはずだ。

 

 そんな道の東側に自分たちはいる。恐怖し逃げ惑う人々はさらに東側から走ってきている。彼らは港がある方から逃げてきているのだ。クロエはバッグからパンフレットを取り出して確認する。この先に港へ続く道があり、港からは「東の島」へと続く船や海底列車が運行している。

「この人たちは港から逃げてきているんすね。フィル様やガーデナーの皆の姿は…どこにも見えない」

「人が多すぎて紛れているのかもしれない。確かルピナスはARコンタクトレンズでアコニットとカメリアの位置情報を把握しているのよね」

「そうっす。二人がいる場所は…港の方にいるみたいっすよ」

「ウソでしょ。だってこの人たちは何かから逃げてきていて――」

 ばばばばば! 逃げ惑う人々の悲鳴を切り裂くような乾いた音が響いた。この音には聞き覚えがあった。銃声。ガーデナーの訓練場で飽きるほど聞いた音だ。

 ルピナスが近くの電灯にクロエを連れて駆け込んでいく。東から聞こえた音から身を隠す形になった

「そっちの石像に身を隠して。それとこれ、渡しておくっすよ!」

「これって…」

 手渡されたのは拳銃一艇と予備弾倉二つ。光を反射しない黒色をした、見るからに頑丈そうなものだ。この形も馴染みがある。ガーデナーの訓練場に置いてあるガーデナー制式装備だ。

「弾は15発、全部で45っす」

「アコさんと一緒にやった訓練でこういうのあったよ。残弾数を体で覚えるってやつ」

「それなら大丈夫。隊長とクロエちゃん自身を信じて。ヤバい奴らがいたらそれで戦うっすよ。危なくなったら安全第一で下がるっす」

「わかってる」

 クロエは両手に包んだ拳銃の重みを確かめつつ石像の後ろに回り込む。東から何かが来ても、少し離れた位置でクロエとルピナスがお互いを援護しあえる位置関係だ。

 弾倉をバッグの取り出しやすいところに入れてクロエは拳銃を握りしめる。照準器(スコープ)はない。しかしそれは不安材料ではない。射撃訓練では照準器を使うことはあまりなかった。

 

 東から聞こえる射撃音は最初に聞いた時よりずっと大きくなっていた。そろそろ来るのだ、とクロエが覚悟を決めた時にはあたりに大音量の音楽が流れた。

 ネクサスのテーマソングだ。「夢や希望」を見聞きして恥ずかしくなるような歌詞にのせて歌うポップな曲調のそれはきっとパレードの時に流すはずのものだろう。現に東からはダンスステージを連れた巨大な車が走ってきている。

 パレードを思わせるゆっくりした速度ではないが、レースで競うような速度でもない。車自体がそんなスピードを出せる性能を持っていないのだろう。石像に隠れながらクロエは様子を伺う。

 銃声の主はダンスステージにいた。十人ほどの集団がそこでゲラゲラ笑いながら景気づけに乱射しているのだ。誰もが突撃銃を持っていて、簡易なバリケードも見えたが、誰もそれに隠れてはいない。抵抗するものはいないと油断しきっているのだ。

「見つからないように。バレたらまずいっす」

「わかってる」

 しかし発覚されたら応戦するしかないだろう。安全装置を解除してクロエはいつでも撃てるようにする。

「つーかなんだよこの音楽はよぉ! さっさととめろバカタレが」

「んなこと言ったって勝手に流れんだから仕方ねえだろ!」

「勝手に流れるってどういうことだよ。さっきまでなんもなかったろうが」

「ここに着いたら始まったんだよ。でもよー、こんなノリの曲でひき殺しまわるのも楽しいだろうなァ!」

「違いねえや!」

 黒いニット帽、灰色の上着といったあまり目立たない格好の武装集団は残虐なことを楽しそうに叫んでいた。こんな奴らに見つかったらまずいなんてものではない。間違いなく戦闘になる。圧倒的な数的不利を背負ってしまえばこちらにルピナスというプロがいても無事で済まないはずだ。

 しかしじっと隠れているのも嫌な気分だった。ここで足止めを食っている間にフィルたちが離れてしまう。安否の確認もいまだにできない。そのことがクロエに焦燥を抱かせた。

「俺たちがRONだーつった時の奴らの間抜けヅラたまんねえよなァ!」

「ゴミどもの間抜けヅラほどおもしれえもんもねえわ!」

「ぎゃははは!」

 奴らはなんと言った? 自分たちはRONだと? 熱を帯びた心の制御が限界に近いのを感じながら、それでもクロエは表情が歪むのを抑えられなかった。恐れと怒りがごちゃまぜになった奇妙な感情。なんという名で呼べばいいのかは分からない。

 ルピナスの様子を横目で見る。彼女は電灯の影に隠れてスーツの内側を軽く叩いていた。他の武器の確認をしているのだとクロエが理解したその時、視界の端で何かが動いたのを認めた。

 

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